2008年11月30日

東京漫歩1 明治神宮と外苑の銀杏

 私は横須賀生まれの田舎者であり、東京の様な大都会は余り馴染みがありません。せいぜい仕事で訪ねるだけの地域だったのです。しかし歳を重ねた今、地方の自然ばかりを追うのでなく、東京を始めとする都会の風情も楽しんでみようと思い立ちました。特に江戸や明治・大正の雰囲気を今に残す、神社仏閣や町並みを歩いてみたいと望みました。今回は外苑の銀杏を第一の目的にし、明治神宮の周辺を巡ってみました。また今回の旅は読売新聞社の旅行読売江戸・東京さんぽを参考にしました。

 1、旧乃木邸
旧乃木邸
 明治の軍人・乃木希典が夫人と住んだ邸宅です。木造で黒壁の家、実に渋く簡素な住まいです。現在は家の中には入れずに家の周囲を回廊で巡らし、中を垣間見えるようになっています。明治天皇崩御の際、夫人静子と共に自刃した部屋も覗けます。それはさほど広くなく質素であり、夫婦共々自刃した凄惨な部屋には露とも思えぬ静けさに満ちていました。
 この館の隣りには乃木神社があります。明治の大将乃木はその功績と忠誠で神に祭り上げられました。この日は秋晴れの中、婚礼と七五三の祝いで宮は賑わっておりました。そしてそれは時の重さと長さを感じさせ、現代の豊かさが象徴されて見えました。(旅行読売江戸東京さんぽより)

 2、乃木邸の紅葉
乃木邸の紅葉
 東京も秋が深まり、この館の楓も赤く色付いていました。大きな木であり、きっとあの時代も生えていて、乃木も夫人と共に愛でていたでありましょう…。今日の私達の様に…。

 3、梅窓院の小さなお地蔵様
可愛いお地蔵様
 乃木坂から漫ろ歩いて青山墓地に至ると、辺りはそこはかとなく線香の匂いがしてきました。私達は顔を見合わせ、「いい匂いだね」と言い交わし、何となく穏やかな気分にさせられました。墓地を抜けしばらく歩くと、ビルの畔に小さな寺を見出しました。参道の脇を孟宗竹が埋め、都会の中に僅かな侘びを現出していました。その竹林の中には小さなお地蔵様が飾られていて、その表情が余りに愛らしいのでアップで撮らせて貰いました。
 本堂は法要で見られませんでしたが、阿弥陀堂を参拝しました。金色の阿弥陀様が居られました。私は静かに手を合わせ、世の安寧を願いました。妻は何時ものように御朱印を頂き、穏やかな微笑みを浮かべていました。

 4、外苑の銀杏並木
外苑銀杏並木
 毎年のようにマスコミに取り上げられ、何時ぞやは皇太子ご一家もTVに登場されお楽しみのご様子、私も何時かはここを訪ね銀杏に見えたいと願ってきました。
 それは予断を違える見事な銀杏で、天を突き刺す毅然を表し、王者の風格を漂わせていました。正に巨木ならではのオーラを発し、圧巻でした。私は圧倒され熱く心満たされ、幸福でした。

 5、渋谷駅コンコースの壁画 岡本太郎作「明日への神話」
明日への神話
 一昨日の仕事の帰り道、東急渋谷駅への道すがら、この壁画を見つけました。その時の衝撃が忘れられなくて、この東京漫歩の終わりにもう一度訪ねてみようと決めていました。そしてその再会の喜びは更に深く、私はそこを立ち去りがたく、何時までもそれと見えていたかったのでした。しかし妻に促されて仕方なく、流石の私も現を取り戻し写真を一枚撮り終えて帰路に下りました。

 後記;今回ここに紹介した以外にも、明治神宮の森の木々に大きな癒しを貰った事や、表参道ヒルズのお洒落な佇まいにも興味を惹かれました。東京の魅力も意外と深く、今回その一端を味わい獲得できたと自負しております。またお昼ご飯で楽しませて貰った外苑前のラ・メゾンドゥ・タカギの名も記しておきたいと思いました。前菜にサラダ、スープにキッシュ、焼きベーコンにドリア、デザートにミルクティ、大変美味しく頂きました。本来は洋菓子のお店らしく、ショーケースには美しい品が並べてありました。その美味しそうな事、そしてその値段の高額な事、まだ旅の途中だったので持ち帰りができなかった事が悔やまれました。流石は東京ですね!、素晴らしい店があるものですね!
posted by 三上和伸 at 23:29| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月29日

間奏曲42 おじさん政治で大丈夫か?

 皆様もよくご存じのある政治家は、良くも悪くもそこら辺にいる品のよろしくないおじさんの域を出ていないようです。ただ大きく違う所は大変な大金持ちである事、そして恐ろしい事に日本の政府高官である事です。その言動には金持ち特有の貧乏人を見下した優越感で満ちており、医者の人格を否定したもの言いは、己の無学の劣等感の裏返しと受け取る事ができるでしょう。代々の総理大臣を見渡したとしても、己の命と引き換えにしてもこの国の民を守ると言う強い決意・信念が見られません。総理大臣になれた事だけで満足をしている様に思われます。そして一応は歴史に名を残し、その在職期間を少しでも長く引き延ばそうと躍起になり画策しているのです。
 「人生色々、会社も色々」とお茶らかしたり、「美しい国日本」と述べて川端康成の二番煎じをしたり、「あなたとは違うんです」と開き直ったり、「努力をしないだらけた病人等には俺は保険料を払いたくない」と嘯いたり、正に下品な優越感の塊であり、弱者などはどうでもよく、困窮は自己責任だと決め付ける冷血で利己的な人々です。ピアノ調律師だってピアノの前に立てば命を掛けます。よい音を得るためにぎりぎりの努力をするのです。だからこそ高血圧になったり不整脈が出たり胃潰瘍になったりするのです…。病の辛さは病人にならなければ分かりません。覚悟もなく情もない金満おじさんの政治で大丈夫なのでしょうか? もっと民の為に己を投げ捨てられる若き守護神や強き女守護神の登場を願います。
posted by 三上和伸 at 10:54| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

間奏曲41 鉄道のあれこれと本日の取って置き

 今日の仕事は電車と徒歩で回りました。最初の訪問先はさいたま市浦和区で、道程約二時間の見込みで朝八時に家を出ました。最寄駅の相鉄線二俣川駅より横浜に向かいましたが、朝のラッシュ時の為か遅々として進まず、大幅な遅刻の第一の原因となりました。相鉄さん、これじゃーチンチン電車ですよ! 横浜からは東海道線に乗り東京を目指しました。ところがこれが第二の失敗であり、正しい選択は湘南新宿ラインを使い赤羽まで行く事でした。東海道線はギュウギュウの混雑加減で身動きが取れず、朝から押競饅頭の稽古をしてしまいました。そして第三の不覚は京浜東北線の名にし負う各駅停車振りを忘れた事で、上野、田端、赤羽、川口、蕨、南浦和と私のイライラは募りっぱなしで爆発寸前でした。そして浦和駅を降りてから五分の所に訪問先はあり、急ぎ足で向かい二十五分遅れの到着となりましたが、それでもお客様は笑って許してくれました。
 午後は上高井戸の仕事をこなし、京王井の頭線に乗り帰路を渋谷に向かいました。急行だったので気持ち良く、車両も素敵だったので私はご満悦でした。そして何よりも素晴らしい本日の取って置きは、渋谷駅連絡通路の壁一面に飾られている岡本太郎画伯の壁画「明日への神話」でした。偉大な芸術家の渾身の作であり、私はその鮮やかさと巨大さに度肝を抜かれました。日本の広場に空前絶後の芸術の風を吹き込むなんて、何て素敵なプレゼントなのでしょう。
今度はこの壁画を望む為だけに…渋谷を訪れたいと思いました。
posted by 三上和伸 at 23:02| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月27日

間奏曲40 炊事当番

 我が家は四人家族で、私と妻と二人の娘が一緒に暮らしています。全員が働いており、それぞれの職場からの帰宅時間が違います。一番早いのは私であり、夕方は時間の余裕があるのです。よって私も家族の一員として責任を担い、週に二日程は晩ご飯の炊事当番をするのです。一番頭を悩ますのがメニューの選択であり、何時も皆に「今日は何が食べたい?」と聞き回っては顰蹙を買っています。また私の作れる品数は高が知れており、得意はカレーライスや豚カツ、鳥の空揚げなどで実は聞くまでもないのですが…。
 今日は鯖の塩焼きと豚汁を作りました。塩焼きはレンジのグリルを使い、ややきつめに焼き、カラリと焦げ目を付けました。豚汁は豚の三枚肉を使い、野菜は大根に人参、里芋にシメジを加えやや弱火で十五分ほど煮込みました。最後に豆腐を入れ自家製味噌で味付けをしました。一つのこだわりは、他の調味料や出汁を一切使わない事で、材料と味噌の旨味だけを引き出すのが私流です。家族はそれぞれ順次帰宅をし、その都度鯖を焼いてやり食べさせました。美味しそうに食べている姿を見るとこちらも幸せな気分になれます。こうなると丸で一端の主夫ですね? 恥ずかしながら…。
posted by 三上和伸 at 22:29| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月26日

間奏曲39 キャンセルに泣く一日

 今朝起きてメールを見ると、明日の仕事のキャンセルの知らせが入っていました。先方には深い事情があるようで、それは仕方のない事だと私は諦め納得しました。そして今日の仕事に出かけ、午前中は予定通りにこなしましたが、午後の時間に約束したお客様は留守でした。三十分程待ちましたが帰られません。どうしたのだろう、忘れてしまわれたのかしら? 私の心は千千に乱れるのでした。そして徒労感に襲われ私は後ろ髪を引かれる思いで泣く泣くその場を後にしました。お客様相手の予約制の仕事にキャンセルは付きもので世間の習いでは仕方のない事であり、それにあれこれ言及するつもりはありませんが、その徒労感は深く悲しいものです。昔の若い私などはショックを隠せずに帰宅して、妻や子供達に不機嫌な顔を見せたものでした。しかし今の私は大きく成長して、天の声の「今日はゆっくり休め!」の命に従っております。大分平和な暮しになりました。お客の皆様、不測の事態ではキャンセルをしてもよいのですよ! どうぞお気遣いなく…。
posted by 三上和伸 at 21:56| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月25日

間奏曲38 忍耐と創意工夫

 昨今の痛ましい殺傷事件を知るに付けて、その真因は何か? 私には思い当たる節があります。それは犯人達の少年時代の家庭環境にあり、一言で言えば愛に恵まれなかったからだと確信します。愛には様々の意味合いがあります。無条件の優しい愛、理を伴った厳しい愛、そして静かに冷静に子を見つめる親の愛。大切にするが決して甘やかさない愛の躾を授けたのなら、子は忍耐を身に着け創意工夫のできる人間に育つに違いありません。ただのぬるま湯のような家庭や何も授けて貰えない心貧しい放任の家庭で育った子には、社会は余りに厳し過ぎる環境です。そんな子は、社会に出て一度でも挫折を味わえば、心は萎え深く傷つき憎悪を募らせ、最早落ちる所まで落ちるしかないのです。少しでも耐え忍ぶ事ができ、創意工夫が可能ならば、社会には至る所で青山はあります。何が起きても逆上しても、必ずその子の心の片隅には冷静が宿りバランス感覚が働き、その場を凌げるものなのです。親の責任は重大です。子を持とうとする人間はそれを肝に銘じるべきです。愛ある教育こそが正義を育て犯罪を防ぐ近道です。
posted by 三上和伸 at 23:47| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月24日

間奏曲37 父母を見舞って

 今日は勤労感謝の日の振り替え休日で、私もお休みでした。この国民の祝日は、読んで字の如く国民の勤労を感謝し労を労う日。そして最も休日に相応しい一日と思われます。いっその事、全ての国民が一遍に休んだら良いのにと思いますが、それは限りなく無茶な話でありましょう。現代とは何時も、何処かで誰かが国民の為に働かなければ一歩も立ち行かない時代です。だからこそ、この日をしみじみと思い返し、勤労の大切さ有り難さを実感することが必要だと思うのです。そして感謝をし、我々も大いに働こうではありませんか。
 そんな想いでいる私に、妻は私の年老いた父母の手助けに行こうと提案してくれました。然るに私達は休日を返上して父母を見舞う事にしました。あいにく父は福祉のデイサ−ビスに行き不在でしたが、妻は部屋の掃除をし、私は母の使いの足となり、母の用達の手助けをしました。その後に母を回転寿司屋に連れて行き御馳走をしました。母は大いに食べ、素直に喜びを顔に表し、感謝の言葉を述べました。私達はそれを見て自分達も嬉しさを覚え、張り合いを感じ甲斐がありました。そして微力ながら少しずつで良いからこの力の弱った年寄りを助けて行こうと改めて思いました。
 父母を見ていると二十数年後の自分達の姿が透かし模様のように見えてきます。そしてその都度に私は思います、心して生きようと、その日まで精一杯生きようと…。 
posted by 三上和伸 at 23:24| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月23日

間奏曲36 日曜の朝の逢瀬

 出掛ける事のない日曜日の朝は、TBSTVのサンデーモーニングを視聴します。時事の話題を数人のコメンテーターで論じ、分かり易く世界の情勢を教えてくれます。特に浅井信雄氏の解説する中東の紛争の顛末や寺島実郎氏や金子勝氏が解き明かす世界経済の実態など、成程と思えるコメントに触れる事ができます。また大沢親分の年齢をものともしない抜群の記憶力や張さんのやや偏った人間味溢れるスポーツ解説はこの番組の名物コーナーとして人気が高く、私も大好きな一時の楽しみです。そしてもう一つ、メインキャスターの関口宏を差し置いて出色なのが、サブキャスターを務める四人の女性の滑らかなアナウンスと爽やかな美貌。特に唐橋ユミさんの優雅な声と愛らしい眼鏡っ子振りは素敵であり、それは私にとって待ち遠しい一週間振りの逢瀬なのです。
posted by 三上和伸 at 22:16| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月22日

間奏曲35 元気の源

 私の元気の源は自然の風物と触れ合う事。しかし今、その一つの野の花は冬枯れを迎えて野にはなく、私は少し元気をなくしています。雪の山や紅葉の楽しみもありますが、やはり生き生きと生を輝かせる優しい花達が恋しくなるのです。またここ一月余りの間に三回も紅葉の旅をしてしまったので、その疲れや満腹感もあるのでしょう、今は意欲も低く小休止と言ったところです。
 それにしても良い天気が続きます。仕事をしているのがもったいないなどと不謹慎な思いも頭をもたげますが、ここは一つ仕事に精を出す事に致します。仕事があるのも私の大切な元気の源なのですから…。土曜の今日も仕事です。では行って参ります!
posted by 三上和伸 at 09:13| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月20日

間奏曲34 虚しさに負けないで

 昨夜、今朝から散歩を始めようと思案していましたが、今朝は寝坊をしてしまい不履行となりました。昨晩は午前零時に床に入りましたが、考え事が多く中々寝付けず、その分起床が遅れて時間の余裕をなくしました。今日は富士も見ずじまいに終わりました。しかし、この日の仕事は徒歩で回り、約一時間余り歩きました。今日の運動はこれで事足りたでありましょう。メタボの改善を願い色々考えているのですが、食事制限や運動は難しく思うような効果が得られません。一重に私の意志薄弱のせいですが、人間我が身の些細なことですら儘ならないのですから、社会や世間の関わりに依っては益々困難が待ち受けています。最近の円高や不景気は日本人の生活と心模様に大きな負の影響を与えています。私も不満不安な毎日です。虚しさに押し流されそうになりますが、粘って前向きで生きて行くつもりです。元気な心で富士山を拝みたいですものね。御同病の方々も頑張ってください、エールを送ります。
posted by 三上和伸 at 23:03| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月19日

間奏曲33 冬来る

 湿度19%の快晴の空、この秋初めての張りつめた空気、冬が来たんだなと実感しました。湘南への仕事の道すがら、車窓の前方に富士が現れ、その鮮やかさに驚かされました。富士は頭上に新雪を頂き、青空にクッキリとしたスカイラインを描いて悠然と鎮座していました。頂上付近には白い雲のような気流が見え、地吹雪が起きているものと想像されました。あそこには今、物凄い冬の季節風が吹き荒れているのだな…と確信し、ゾクッと体に悪寒が走りました。これからは毎日のように富士が見えます。その雄姿に会うために、早朝の散歩でもしようかな? 寒さにめげずに…。
今思案しているところです。
posted by 三上和伸 at 21:53| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月12日

間奏曲32 徒然なる儘に

 徒然なる儘に夜を過ごしている平和な今の私ですが、だからと言って何も心配事が無い訳ではありません。世の御主人達と同様に悩みはあり、不安の中での生活です。そのタネはピアノ調律の仕事の減少であり、多くの調律師達は少ない仕事を奪い合い凌ぎを削っています。その主な原因は日本人のアコースティック・ピアノ(生ピアノ、電気的増幅装置を使わない本当のピアノ)の敬遠とそれに取って代わる調律の必要のない電子ピアノの需要の急激な増加にあります。真に残念な事ですが、日本の生ピアノは使われずに余り、楽器ブローカーに買い取られ、海外に輸出されています。日本の生ピアノ保有率は急激に低下をしており、それは取りも直さず日本のピアノ文化の凋落を示しているのです。電子ピアノとピアノの違いも分からずに電子ピアノを使っている危うさを誰かが示さなければならないでしょう。生の楽器の響きと電子の音鳴りでは倍音の質と量が丸で違い月と鼈であり、問題にならない事を教えるべきなのです。そしてそれは我々ピアノ調律師とピアノ音楽関係者の為さねば為らない最大の義務です。さもなければピアノは一部の愛好家だけの御用達になり(最早そうなっているかも知れませんが?)、その内骨董品になるか滅びます。売れなければ作る人はいなくなるからです。そしてピアノ調律師は仕事を失うのです。
 鋼鉄の弦をフェルトハンマーで打ち、そこで発生した音は駒を伝い音響板(マツ科の木材の板)で増幅され、ピアノ全体で鳴り響きます。この自然発生音こそがピアノの音であり響きです。そしてそれは多くの倍音を含み豊かなニュアンスに満ちています。楽器とは人間が高度に細工して導き出した自然音の器なのです。電気や電子では作り出せない魔法の器と言えます。私はこの素晴らしいピアノの響きを未来の子供に伝えたいのです。
posted by 三上和伸 at 22:10| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ご挨拶と私のプロフィール

 皆様、お元気ですか? 何時も私のブログを読んでくださり、誠にありがとうございます。私事の拙い文で恐縮であり、また詰らない戯言にお付き合いをさせてしまい、申し訳なく思う今日この頃です。全く以て恥ずかしい限りです。しかし少しでもこの駄文に関心を寄せられ読んでくださるならば、それは私の喜びであり本懐です。
 ピアノ調律技術の仕事を始めて早三十七年、よく飽きもせずやってこられたな…と己自ら感心する次第です。それは紛れなく私が音を好み、音楽好きであり、ピアノが大好きな男であると言う証でしょう。
 ピアノ(の音)作りの原点とは、よい設計をし、よい材料を選び、より優れた職人の技で加工組立し、ピアノの音、響きとは何かを知り尽くした調律師が整調(鍵盤とアクションを整え、鋭敏で気持ち良いタッチを作る作業)、調律(音律を正しく整え、正確な音階と透明な響(和声)を得る作業)、整音(フェルトハンマーを整形し、一音一音の硬軟をハンマーに針を刺して均一に整え、美しい音色を得る作業)をして最高に音楽的なピアノを作る事です。
 ピアノ調律師とは今述べた最後の三つの工程、整調、調律、整音をする人、つまり完璧な音のピアノに仕上げ、弾き手に直接手渡す人間の事なのです。(ピアノ工場では調律師の事を仕上げ屋と呼んでいました。)今思えばそんな素敵な職業につけたのは真に幸運であり、幸福な事であると確信しています。「良かったな…」としみじみ思っている所です。今後も上を目指し精進し、美しいピアノの音を作り出して行きます。どうぞその節にはご愛顧の程よろしくお願い致します。
 皆様もピアノについての疑問質問をお寄せください。精一杯のお答えを致します。ご期待ください。
 メールアドレス otonotanoshimi_mikami@yahoo.co.jp
 また、我が娘三上夏子はピアノ教師をしています。ピアノ演奏の事、ピアノのテキストの事、更にバロック・ダンスの事など、ご質問をお寄せください。こちらはブログアドレス三上夏子で開きます。
posted by 三上和伸 at 22:10| プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

日本の景色7 諏訪大社

 1、諏訪大社
諏訪大社秋宮
諏訪大社下社秋宮
 人々からはお諏訪様と呼ばれて親しまれている諏訪大社は四社あり、其の内、諏訪湖の南の上社には本宮と前宮の二社が、諏訪湖の北の下社には春宮と秋宮の二社があります。上社は男神であり、下社は女神であるそうです。また日本全国には諏訪神社と呼ばれる一万有余の分社があり、一大勢力を欲しい儘にしています。そう言えば、私の実家の氏神も諏訪神社でお諏訪様と呼ばれておりました。
 今回は美ヶ原探勝の後に和田峠超えで訪れたもので、最初は下社秋宮に参りました。門前は賑やかな町並みを見せ境内は参拝者が多く、その信仰の確かさが窺えました。この写真右端には御柱(おんばしら)が写っています。御柱とは樅の木の大木で、七年に一度の大祭(式年造営御柱大祭と称し社殿の建て替えも含みます。)で山中より曳き出され、社殿の四隅に建てられるものです。八ヶ岳や八島高原より曳き出された用材を男衆が途中崖の急斜面を曳き落としたり、川を曳き渡したり、また道程二十数キロメートルを数千人で曳き回したりして、社殿に曳き建てられます。この勇壮剛気な神事は他に比肩するものはなく、正に奇祭と言うに相応しいものです。この大祭を眺めては如何に諏訪大社が強大であり、その民の信仰の厚さが知れるものです。(諏訪大社由緒略誌より) 次回の御柱大祭は平成22年に行われるそうです。 
 次の春宮は秋宮に比してずっと簡素であり、静けさに満ちていました。どちらかと言うと私はこの静けさが感じられる宮を好みますが、神社とは仏閣と異なり、本来はより元気で前向きな祈願をする所であり、私の心根・心境は寺向きと考えられます。私の人生の姿勢はもしかしたら後ろ向きかも知れませんね?
 夕暮れが迫り、やや焦燥を覚えながら最後に参拝を済ませたのが上社本宮となりました。流石に本宮と名乗るだけの事はあり、それは一目見ただけで得心できました。その重厚で神秘的な佇まいは真に素晴らしく、千年前より時の歩みが止まっている感が深かったのでした。そしてそれは私には極めて快く、居心地の良い時間と空間でした。ふと気付くと私の傍らにいる中年の男性は一心に手を合わせていました。それは真摯に、しかしすがりつくような執拗を滲ませ、不乱に拝み続けていました。私は妙に気に掛かり、何かあったのかしら? 病気かしら? 大きな決断に迫られているのかしら?…と様々な想像を巡らしてしまいました。するとその時、時を告げる太鼓が打ち鳴らされ、私はドキリとし脳が思考を停止しました。打ち止まぬ長い太鼓の音声に私の意識は一気に時を遡り、再び千年の時空を彷徨いました。そしてそのたゆたいに身を委ね、腹の底から心地よく覚醒され、晴れやかに解放されたのでした。
 何時もの様に我妻は御朱印を頂いて嬉しそうでした。閉門の際の時の太鼓の高鳴りは妻も驚き、それに中々良い印象を得たようで、彼女の手帳に感動を込めて記されていました。妻の手帳はちゃんと同意を得て見せて貰ったのですよ!

 2、万治の石仏
万治の石仏
 下社春宮の西方、案内の旗を頼りに小路を辿ると川に突き当たり、橋を渡ると箱庭の如き田んぼに行き当たりました。石仏はその奥にひっそりと佇んでいました。何処となく愛嬌のある、ほのぼのとした親しみを感じさせ、これを愛した芸術家もいたそうです。短期間でその首が伸びたと言う不思議をTVで紹介され、突然有名になりました。その道すがらに幟がでるまでになったのですから大したものです。首は修繕され元に戻ったとの事です。
posted by 三上和伸 at 23:55| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月06日

日本の景色6 美ヶ原牧場にて

 1、美ヶ原牧場
美ヶ原牧場
 溶岩台地のほぼ全域を占める美ヶ原牧場。その中央を突っ切って横たわる横断道路より写しました。この両側の柵の中には夏になると沢山の牛達が放牧され、草を食んでいます。それは長閑な雰囲気を醸し出し、メルヘンの夢あふれる別天地です。

 2、王ヶ頭(2034m)
王ヶ頭
 王ヶ頭は美ヶ原の最高点であり、この地のシンボルと言えます。しかしこの写真でもお気付きのように電波塔が林立しており、ここからの眺めはまるで戦艦のようであり、極めて人工的です。周囲はやはり広大な美ヶ原牧場となっており、昔から夏の数か月間は放牧が行われています。夏にここを訪れれば牛と戯れる?事ができます。声を掛けるとこちらに寄って来て草をねだります。牛は善良そのもので愛らしく愛しいものです。

 3、畜魂碑
畜魂碑
 この牧場に放牧される牛はまだ仔牛で、しかも全てが雌牛です。麓の酪農家たちがより優れた乳牛を育てるために、一夏、雌の仔牛をこの牧場に預けるのです。仔牛たちは自然の中で生活し、旺盛に草を食み、よく体を動かし、丈夫な牛に育って行きます。やがて秋になり草も枯れると、それぞれの酪農家の牧舎に帰ります。そして子をはらみ、出産して乳牛としての役割を果たし始めます。しかし何れ年老いて乳が出なくなれば畜肉として処理されてしまうのです。何と言う無残な生き様なのでしょうか。全てが私達人間の為の一生なのです。そんな牛達を供養する為にこの碑が建てられました。私もしばしの間、感謝を込めて手を合わせました。

 4、美しの塔の前で
美しの塔
 美ヶ原牧場のシンボルとなっています。高さ6メートルで昭和29年に建てられました。晴れた日には目印となり、霧の日には上部に付いている鐘でハイカーが道に迷わないように位置を知らせています。塔中央には詩人・尾崎喜八の【登リツイテ不意ニ開ケタ眼前ノ風景ニ シバラクハ世界ノ天井ガ抜ケタカト思ウ…】。の詩碑と高原開発の始祖・山本俊一郎の像がはめ込まれています。(山と渓谷社 トラベルJOYより)。
 恥ずかしながら、塔の前の男は筆者です。
posted by 三上和伸 at 23:29| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自然通信54 白いロマンティック・白樺 美ヶ原 2008.11.02

 植物は様々な姿を見せ、私達を楽しませてくれます。花、新緑、青緑、紅葉、果実、そして落葉後の樹形の姿。一般に余り注目を集めませんが、この樹形の姿にも味わい深い楽しみがあります。我が愛する白樺もその一つの代表であり、この白い枝の広がりは官能的ですらあります。

白いロマンティック・白樺
 自然通信54 白いロマンティック・白樺 美ヶ原 2008.11.02
 秋の素晴らしい陽気に誘われて、またしても私は心昂り、秋の自然に会いに出掛けました。会いたくて会いたくて堪らないもの、それは白い山と白い樹木、そう、新雪の北アルプスと白い恋人・白樺に会いたくなったのでした。
 白樺は何処か芸術の香り漂う、お洒落な木だと思います。遠い昔、私は初めて志賀高原に旅して、初夏の日差しに萌える新緑の白樺を見たのでした。その時の柔らかな葉、白い樹皮、繊細な枝振り、その芸術的な姿は、未だに私の記憶に焼き付いていて鮮明な像を結びます。後に唐松を知り、樅を知り、ブナを知った今でも、私は白樺が一番好きと言わなくてはならないでしょう。この青空に映えた白い枝振りを皆様は如何にご覧になられますか? 私はここに来られた喜びに暫し心奮え、その掛け替えのないロマンテイックに酔い痴れました。
posted by 三上和伸 at 22:12| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月04日

自然の風景8 秋の美ヶ原

 秋の風景が大好きな私は、ここ数日の好天にまたしても旅心を刺激され、今期三度目の秋の旅に出掛けました。今回は新雪纏う北アルプスの山岳観望と、この地の美しい樹林の今を楽しもうと、旅先に信州美ヶ原を選びました。ここ美ヶ原は標高二千メートルを超える溶岩台地で、その頭頂部は広大な草原をなして遮る物が無く、絶大な眺望を誇っています。本州のほぼ中央にあり、西に日本アルプスと乗鞍火山帯、南北に富士火山帯(美ヶ原も富士火山帯の一つの山です。)が連なり、東に関東山地、那須火山帯、鳥海火山帯があり、ここは日本の高山の殆ど全てを望む事ができるのです。北アルプス(穂高岳・3190m、槍ガ岳・3180m、白馬岳・2933m、鹿島槍ガ岳・2890m、五竜岳・2814m他)を筆頭に、乗鞍岳(3026m)、御岳(3063m)、中央アルプス(木曾駒ケ岳・2956m他)、南アルプス(白峰北岳・3193m、間ノ岳・3189m、仙丈ヶ岳・3033m、甲斐駒ケ岳・2966m、鳳凰山・2841m他)、富士山(3776m)、八ヶ岳(赤岳2830m、蓼科山・2530m他)、浅間山(2542m)、四阿山(2333m)、そして北信五岳(妙高山・2446m他)が眺望可能です。正に360度、見遥かす山また山の山岳展望の聖地です。また美ヶ原は夏のお花畑と並び、その草原の下に広がる広大な森林の美しさでも際立つものがあります。特に白樺は見事な樹林帯があり、純林と言っても良い程の林があります。

 1、北アルプス、槍・穂高連峰 美ヶ原・王ヶ頭より
槍・穂高連峰
 中央の鞍部大キレットを挟んで左が穂高連峰(左から前穂高、奥穂高、唐沢、北穂高)、右が槍連峰(右端の尖塔が槍ガ岳)。この山塊が北アルプスの核心です。
 美ヶ原は北アルプスの選れた展望台です。特に素晴らしいのが槍・穂高連峰と後立山連峰です。この日は空気の透明度がいま一つであり、私の憧れる白い山岳の期待は完全には果たされませんでした。また次の機会に譲る事といたします。

 2、浅間山 王ヶ頭より
浅間山
 写真を拡大して頂ければ、浅間の頂に白い噴煙が見えると思います。
日本有数の活火山ですが、ここからの眺めは穏やかに見えます。その白い噴煙すら長閑な山の一風景にしか見えません。

 3、白樺の樹林
白樺林
 美ヶ原の草原の直下は、広範囲に熊笹が密生していて、その上に夥しい数の白樺が生育しています。それは純林と申しても良いくらいの真に素晴らしい群生であり、一見の価値は十分にあります。優しく清らかな美しい樹木で、その白い幹と白い細枝は落葉のこの時期に最も優美な姿を現します。思わず溜息が出てしまうロマンティックな光景は、見る者を有頂天にさせ、やがて優しく包み込んでくれます。
posted by 三上和伸 at 22:47| 自然の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする