2009年02月25日

横浜漫歩2 松原商店街でお買い物 2009.2.21

 1、旧東海道の案内板(浅間神社ー境木)芝生(しぼう)の追分付近
旧東海道の案内板
 横浜市の保土ヶ谷の辺り…、今の東海道と江戸時代の東海道は近くにありますが所在は違っています。JR東海道線を跨いで東が現東海道、西に旧東海道があります。そして旧東海道は正しくこの洪福寺松原商店街を貫いているのです。この案内板は商店街の駐車場の脇にあり、この地こそが芝生の追分です。追分とは分かれ道、真っ直ぐ南へ向かえば尚東海道を行き、西に折れればそれは八王子道、今の国道16号線です。この興味深い道・旧東海道はいずれ近い内に歩いてみたいと思っています。漫歩シリーズでお伝えします。
 この昔ながらの素朴な商店街…、この松原商店街は旧東海道に似つかわしく、味わいのあるお買い得な商店街です。

 2、八百屋さん
八百屋さん
 道に所狭しと品物を並べています。これがこの商店街の日常的な風景で、混雑するとかなり歩き難くなります。薄利多売を旨としており、大量の商品を陳列するには店内では狭すぎ、道にはみ出してしまうと言う訳です。客は必死に品を見定め、「白菜」、「キャベツ」と声を掛け、店員と小銭で売り買いします。慣れた人は直ぐには買わずに店を渡り歩き、最後にそれぞれの種類の最も安く新鮮な品を買い求めていきます。 

 3、魚屋さん
魚屋さん・サワラ
 何と言ってもこの商店街の目玉は魚幸水産の魚でしょう。特に鮪の解体ショーは見物です。いなせなお兄さんが鋭い切れ味の長包丁で威勢良く次々と捌いて行きます。真に小気味良く、見ているだけで旨そうで思わず垂涎してしまいそうです。メバチマグロが中心で、日によっては本マグロやインドマグロなどの高級品もあり、この日は本マグロの入荷がありました。それでもここの売りは庶民の鮪・メバチマグロで、それは舌に柔らかくまとわりつき、噛めば脂が蕩けます。そして仄かな鮪特有の良い香りがするのです。是非一度皆様もご賞味ください。
 また、他の魚も新鮮であり、魚特有の嫌な臭いがまるでありません。鰹に鯵、秋刀魚や鰯などの大衆魚も本当に美味しく生で頂けます。安価で旨い魚が鱈腹食べられる、松原商店街の魚幸水産は誰が何と言おうと庶民の味方です。褒め過ぎたか?…



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日本の景色10 瀬戸家の雛飾り 2009.2.22

1、寄棟造りの古民家・瀬戸家の佇まい
茅葺の古民家
 茅葺の寄棟造りの美しい古民家。あしがり郷の代々の名主・瀬戸家の住まいでした。現在は開成町の公の施設として町民に供用されています。その風情は鄙びてしっとりと佇み、遠い昔の田舎にタイムスリップしたようです。茅葺の家に住んだ事がない私にも不思議な懐かしさが込み上げてきて、ちょっと、住んでみたい気がしました。

 2、雛人形と吊るし雛
雛人形と吊るし雛 

雛人形と吊るし雛
 瀬戸家に代々伝わる雛人形の数々が展示されています。そしてそのお雛様の傍には吊るし雛が飾られ、益々の賑わいと美しさを演出しています。そこには女児誕生の喜びが横溢しており、観る者全てを優しい幸福感で包んでくれるのです。私達も幸せのお裾分けを頂きました。
 吊るし雛は誰でも作れるそうで、妻はその作り方の手引き(冊子)を求めました。その内作り出す事でしょう。

 3、お雛様と布のぽっくりの雛型
お雛様とぽっくり
 真に愛らしいぽっくり(木履)の雛型。お雛様の前にはべらせました。そのいとおしさに私は思わずシャッターを切りました。女児を育てた私達夫婦には心に響く堪らない光景でした。

 4、親王飾り
親王飾り
 小さく繊細な親王飾り、でも中々に凝った作りのようです。愛らしいお内裏様とお雛様、仄々とした優しい風情で奥床しさが漂っています。

posted by 三上和伸 at 16:20| ☁| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

日本の景色9 松田の河津桜 2009.2.22

 1、河津桜と富士
河津桜と富士
 神奈川県松田町の河津桜は、松田山西畑公園に植えられています。ここは松田駅の北・徒歩20分の高台にあり、桜は山の斜面を覆い尽くし、下からでも美しい景色を見せています。それは二月の大気の清冽に踊り、超早咲きの優雅な花が早い春を告げています。
 ここの何よりの売りは桜と富士を同じ画面で見られる事です。真白き富士の嶺を薄紅に染める河津桜、日本の二大象徴の共演は正に圧巻であり、他の追随を許しません。

 2、河津桜の花房
河津桜
 寒緋桜と早咲きの大島桜の自然混合と言われ、両者の優れた因子を受け継いだ傑作と言えます。花の色、花の形、花の密度、何を問うても素晴らしいの一言です。後はどれ程の大木になるかどうか?、私はそれを見届けたいと思っています。大いなる夢を描きながら…、長生きをして…。

3、富士と菜の花
富士と菜の花
 松田山の尾根続きには嵯峨山があり、そこにはあぐりパーク嵯峨山苑の農園があります。秋からはミカン狩りで賑わいますが、今は菜の花が山の斜面一杯に咲き乱れ旅人を出迎えてくれます。それは桜同様に山を春色で染めており、遠くからでも良く見えます。でも一寸頑張り山を登れば、更に素晴らしい眺めを手にできるのです。富士と菜の花、それは富士と桜に負けず劣らずの素敵な春色を披露しています。
 
posted by 三上和伸 at 08:23| ☁| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月23日

野の花5 タチツボスミレ 2009.2.22

タチツボスミレ
 タチツボスミレ スミレ科スミレ属
 “スミレは春の花”、その掟は絶対でそれに背くスミレはおりません。スミレは春しか咲かず、僅かな花を付け瞬く間に散り失せてしまいます。正に泡沫の春の花なのです。しかし夏にもタネは作られ繁殖を図ります。それは閉鎖花(へいさか)と言う花弁のない閉ざされた花の中で行われ、自家受粉で子孫を残すのです。真にスミレは賢い草で、今日この日まで生き残ってこれた所以がそこにあるのです。
 このスミレの薄紫は美しい乙女の象徴…、仄かな優美を私は愛して止みません。
posted by 三上和伸 at 23:28| ☁| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花4 オオイヌノフグリ 2009.2.22

オオイヌノフグリ
 オオイヌノフグリ ゴマノハグサ科クワガタソウ属
 松田町あぐりパーク嵯峨山苑の道端にはオオイヌノフグリが咲き始めていました。畦に陣取りチカチカと青い光を発し、私達にサインを送ってきました。これは、まだ寒い早春から春本番の頃まで咲く継ぐ道端の雑草で、その青い小花は美しく、私は「路傍の青い星」と称して愛でています。毎年のように写真に撮りますが、この花は写真映りが悪く私を悩ませています。でもその一筋縄では行かないところが小憎らしくて愛しいのです。「上手く撮れますように」と願いながらシャッターを切りました。
posted by 三上和伸 at 18:40| ☁| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月18日

’09庭の花4 猫柳の花芽

猫柳
 ネコヤナギ ヤナギ科ヤナギ属
 猫柳、それを眺めていると思わず撫でたくなる衝動に駆られます。これも立派な花の蕾で、この後咲いて、中から雄しべを多数出します。柳は雌雄異株なので、雌花の株と雄花の株に別れています。この木は雄の木なので全ての花が雄花と言う事になります。咲いた姿は蛇腹提灯のようでとてもユーモラスなので、その時再び写真を掲載します。お楽しみに!

猫柳の花
 猫柳の花 2009.3.17
花芽の頃はあんなにふっくらと丸かったのに、今は提灯のように間延びしてぶらっと垂れてしまいました。でも何だかユーモラスで可愛らしくも感じます。真に驚きの変身ぶりですよね…、びっくりです。良く見れば紅色の葯(オシベの先)が分かります。流石にこれも花なので虫が飛来し食事をして行きました。
 
posted by 三上和伸 at 23:17| ☁| 庭の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲102 雨水(うすい)

 今日は暦の上では雨水、雪が雨に変わり、積もった雪も溶けて水になるの意があり、春間近を示す節気です。しかし北国や山間部ではまだまだ雪は降り止まず、この雨水は比較的低緯度の平野部が対象となっているようです。また、よくこの季節には三寒四温と言う四文字熟語が登場します。これは三日寒い日が続けば四日は暖かい日が訪れると言う意味で、正に春の兆しの微妙な時の移ろいとその上昇を表した言葉です。雨水も三寒四温も人間の春を待ち侘びる希望を込めた言葉で、古の人々がどんなに春を待ち侘びていたか、そこにその切実を知る事ができるのです。
 しかし現代人にとってはこの季節、辛く厳しい季節でもあります。風邪にインフルエンザ、肺炎に高血圧、お年寄りや幼児には危険な季節です。そして受験生や確定申告をする人々など、この人達も厳しい日々を過ごしています。私は調律師の自営業者であり、税金を納めるまでは、数字と格闘しなければなりません。数字がまるで苦手な私は妻に平身低頭、ひたすら計算のお願いに心を砕くのです。でもこれが済めば我が世の春、何でも思いのままに出来るのです。早速山野に分け入りお花見でも致しましょうか、酒や団子を沢山用意して…。と儚い夢を見ている今日この頃の呑気な私です。厳しい……。
posted by 三上和伸 at 22:53| ☁| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月17日

間奏曲101 冴返る(さえかえる)

 今朝は強い北風が吹き、とても寒い朝でした。TBSTVのお天気お姉さんはこの春の寒さを“冴返る”と称しました。美しい言葉だなと感心し、広辞苑で調べてみました。まず“冴”は澄みきること、光・色・寒気などのすんでとおることとあり、“冴返る”はひどくさえる、余寒がきびしいとありました。真に正しい言葉使いであり、この若いお天気お姉さんの知性に改めて感心したのでした。朝一番の興味深い話でした。
posted by 三上和伸 at 08:16| ☁| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月15日

間奏曲100 哀悼と日常と

 今日は義父の十年目の祥月命日に当たり、私達一家は義母と義姉夫婦を伴って墓参りをしました。花を手向け、線香を捧げ冥福を祈りました。けれども私達は墓参の後はお茶をしケーキを食し、日常生活を楽しみました。湿った話はなく、皆和やかに過ごしました。十年も経つと親族の死も遠くに去り、日常の中に埋もれてしまいます。そしてそれは私達には何の落ち度もなく、仕方のない事なのです。でも何となく腑に落ちないのは皆同じでありましょう。私は今、ブラームスのレクイエムを聴いてみました。音楽は私を慰め、私を励まし、私を亡き義父に目を向けさせてくれました。今再びの冥福への祈りを捧げました。
posted by 三上和伸 at 23:50| ☀| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

間奏曲99 春一番とセント・バレンタインデー

 昨夜の凄まじい春一番は正に春の使者、今日の春本番の暖かさを連れて来ました。我が庭の椿も急に次々と咲き出して、私を驚かせてくれました。しかし、それも仮初めの春、まだまだ寒さは残ると天気予報では言っていました。ここ当分はコートのお世話になる日が続くでしょう…と。と言う事で、今日は暖かいバレンタインデーになりました。長女からは紙パックに入ったチョコボールを貰いました。何しろ紙パック入りですから食べ応えがあります。お菓子大好き人間の私にはぴったりの品でした。真に心憎い選択ですね!、モリモリ食べてます。次女からの貰い物は板チョコと生クリームを練り合わせた手作りチョコトリフで、甘く蕩ける旨さがたまりませんでした。流石にお菓子作りのカリスマ?ですね。従って今日はチョコばかり食べていて明日にはニキビ? 否、吹き出物が出ているかもね?…。心配です…。二人には感謝の印として来月のホワイトデーに高級なケーキを贈ろうと思っています。お二人さん、お楽しみに! もしかしたらその頃には染井吉野の桜も咲き始めるかも知れませんね。ここしばらくはワクワクする日が続きます。
posted by 三上和伸 at 23:47| ☀| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

’09庭の花3 福寿草

福寿草 
 フクジュソウ(福寿草) キンポウゲ科フクジュソウ属
 雪深い山地に生える野草です。春、花はいち早く咲き、黄色が荒れ野によく目立ちます。豊かな大輪は福寿(幸福で長寿な事)の名に相応しく、名花の誉れ高い草です。
 昔から園芸化され促成栽培されて、正月頃に咲かせる事が行われてきました。因って元日草の別名もあるのです。我が庭では鉢で普通に育てており、早春の今頃に咲き出します。今は一番花で、この後、茎が伸びて次々と花を咲かせ、大きく立派な株になります。でも私はこの一番花の頃が特に美しいと思っています。
posted by 三上和伸 at 16:10| ☀| 庭の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月12日

間奏曲98 方向音痴と梅の香(外回りの仕事のあれこれ)

 実は私は軽度の方向音痴です。それは幼い頃から自覚があり、例えば右折して入った店を帰りに右折で出る事がよくあり、帰れずに右往左往していました。更に地下街やデパートは苦手で出口や階段エスカレーター及びトイレも探せません。何時も店員に聞き回っています。町や店で、今自分が何処に居るか分からず訊いている太目のおじさんを見掛けたら、それは私だと思って間違いはありません。貴方も優しく道を教えてください。そして心から憐れんでください…。今日も、何度も伺っている川崎のお客様の家を探し当てられずに辺りを歩き回り、電話をしたり、コンビニの優しく綺麗なお姉さんに道を尋ねたりして、ようやくお客様のお家に辿り着けました。冬なのに汗だくの私を見つめ、奥さんは気の毒そうに「お疲れさまでした。」と迎えてくださいました。仕事前なのに「お疲れ様」と言われてしまった私は何なのか? 恥ずかしく情けなく、汗を拭き拭き仕事に励みました。(今日は暖かく春の様な一日でした。)
 午後は磯子の仕事で、帰路、住宅街を歩いていたところ、そこはかとなくふくいくたる香りが鼻先をかすめ、見渡せばあちこちの庭に梅の花が咲いていました。この辺りは素敵なお庭の家が多く、見事に選定された梅ばかりでした。もう満開を迎えていました。私は深呼吸をして梅の香を満喫しました。
posted by 三上和伸 at 23:52| ☀| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

間奏曲97 コジュケイが鳴く

 今は朝の七時半、コジュケイが鳴いています。甲高く大きな声で「チョットコイ、チョットコイ……」とけたたましく鳴きます。昔から人家の近くの里山で鳴く鳥で、私の少年の頃は“チョウセンキジバト”と呼んでいました。本来は外国種で朝鮮ではなく台湾より持ち込まれ繁殖したものだそうです。鳩よりやや大きい、赤い顔と褐色の斑模様の羽が印象的な野鳥です。とにかくその鳴き声が特徴で、これが鳴き出すと「あ、春が来るんだな…」と直感し、何かしらムクムクと心動かすものがあります。もう直ぐ春ですね…。
posted by 三上和伸 at 08:03| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

間奏曲96 十六夜の月

 今宵は十六夜(いさよい、いざよい)の月が煌々と照り映え、素晴らしい眺めを魅せています。今は夜の十時過ぎ、南東の空高くに昇ったところです。空は月光に弱められた星の瞬きの他一点の汚れなく黒く澄み渡り、月を見事な明るさに映し出しています。これを観ずして何を観たと言えるのでしょうか? 真に見事な月夜です。
 普通十五夜の月は暦上では望(ぼう)と言います。望は満月の事であり、従って十六夜の月は既望(きぼう)と言うのです。既に望となり得た月、満月より一日進み欠け始めた月を指す言葉です。しかしその美しさは満月と遜色はなく、私の老眼乱視の眼には立派な満月に見えました。
 ところで先の話ですが、今年の中秋の名月(十五夜)は望ではなく、望(満月)の一日前なのです。従って望は十六夜にずれて、満月の夜は十六夜になるのです。これは地球と月の回転の誤差からくるもので、暦の上の調節です。こんな事どうでもよいのですが、私にとっては興味津々の事柄なので書かせて頂きました。
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2009年02月09日

’09庭の花2 藪椿

ヤブツバキ
 ヤブツバキ(藪椿) ツバキ科ツバキ属
 暖地の海と山の狭間に住んだ者には、藪椿は最も馴染みの深い花…。早春のこの時期、山に入れば必ずこの花に出会えました。風の寒さと太陽の温み、そして椿の色の暖かさ…、少年の日の体感温度が今の私に残っています。
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2009年02月08日

間奏曲95 「隠し剣 鬼の爪」を観てU

 私は日本の古の歌にたしなみはなく、劇中でヒロイン(きえ・松たか子)が歌った歌は何の歌か分かりませんが、優しく歌うその柔らかいソプラノの声に聴き惚れました。愛する男(主人公・片岡・永瀬正敏)にせがまれて照れて歌う仕草は少女のように愛らしく、こんな人に歌って貰えるなんて、何て幸福な男だろうと私は嫉妬さえしました。とにかく愛に満たされた美しいシーンであり、この場面を観るだけでもこの映画の秀逸が分かります。私だって愛する人に沢山ピアノを弾いて貰い、聴かせて貰って幸せでした!。でも出来れば歌も聴かせて欲しい…。柔らかく濡れたソプラノの声で…。
posted by 三上和伸 at 17:49| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

間奏曲94 「隠し剣 鬼の爪」を観てT

 世にも美しい映画を観ました。それは田舎の武士と農家の娘の恋物語…。その奥床しい純愛は今の私にはもう遠くに置き忘れたもの。でも何故か懐かしく、切なく、心が揺れてしまいました。美しくいたいけな乙女を命懸けで守る、そんな男の愛を私も演じていたのを思い出したのです…。遠い昔のあの麗しい時の中で…。
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2009年02月05日

間奏曲93 桜便り来る頃

 どんな花でもその美しさに上下はなく、虫は依怙贔屓なく花に群がります。しかし人間には好みがあり、花への愛は均等ではないのです。例えば秋に咲く黄色のオミナエシと同じ黄色のセイタカアワダチソウではこれは比べるまでもなくオミナエシに軍配は上がります。真に悲しい事ですがそれは仕方のない事であり、美しいとは正に依怙贔屓から始まっているのです。そんな依怙贔屓の最たる花は何と言っても桜でしょう。今年も早、桜便りが聞こえてきました。沖縄の寒緋桜が咲き始めたそうです。そして神奈川県松田町の河津桜もこの七日から花祭りが開かれると聞きました。河津桜は私の一押しの桜で、その濃色の花弁は麗しく濃厚な色香を漂わせます。そして早春の荒れ野を鮮やかな春色に染め抜くのです。染井吉野とは趣の異なる、しかしそれと肩を並べる美しい桜に育つと確信します。と言うのは、この桜木は何処の並木もまだ若く枝の広がりはいま一つなのです。きっと後二十年も経てば見応えのある名木に育つでしょう。長生きする事を願うばかりです。唯一、河津町の原木がこの域に達しています。また会いたいと私は心から願望しています。今の私は花待ち人?です。是非、皆様もどうぞ!
posted by 三上和伸 at 23:42| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

間奏曲92 立春に思う

 暦には二十四節気と言う季節を表す言葉があります。一年を二十四等分にして、その一節一節にその季節に相応しい二十四の名前を与えたものです。立春はその年の三番目に当たる節気で、旧正月の頃です。「春は名のみの風の寒さや」と歌い出される“早春賦”の歌は正にこの立春の頃の歌と思しきものでしょう。まだまだ寒さが残りますが、春は直ぐ近くに来ています。
 今年の立春も寒い一日でした。私はここのところ疲れが溜まり、昨日も今夕もお散歩は取り止め、家でぐずぐずとしていました。お料理もしたくなく、私の心のバイオリズムは今下降線です。でも落ちたものはまた上がります、季節が冬から春に代わるように、私も揺ら揺らと揺れながらまた上って行くでしょう。立春は再度の正月と言われています?。節分(再度の大晦日)で厄を落としたのですから、落ち込んでも再びの春はゆっくり巡って来るでしょう。立春に負けないように頑張ります!…。
posted by 三上和伸 at 21:32| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

間奏曲91 節分豆まき

 今日は節分 今、豆まきをしていました。昔は家族総出で大きな声で「鬼は外! 福は内!」と盛大に行っていましたが、近頃は恥ずかしさや近所迷惑も手伝って、静かに隠れるように執り行っています。今日は私と長女で慎ましく豆を撒きました。寂しい限りですね…。それにしても近所からはまるでその掛け声が聞こえてきません。昔ながらの風習には無関心な現代の生活になってしまったのでしょうか? 残念至極であり、もっと楽しく伝統を守れたら良いのになーと思わずにはいられません。そんな楽しさや安全への願いが家族を一つにすると思うのですが…。
 
posted by 三上和伸 at 22:33| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月02日

横浜漫歩1 日本大通りと大桟橋 2009.2.1

 漫歩は漫ろ歩き、それは字の如くゆるゆるとあてどなく歩く事、私の大好きな言葉ですが、この気儘な旅・漫歩の横浜版を始めたいと思いました。私も横浜に住んで今年で三十年、もっと横浜を知りたいと願望したのです。まずは横浜の顔と言うべき日本大通り界隈を訪ねました。

 1、日本大通り
日本大通り
 関内駅で降り、日本初の西洋式公園・“横浜公園(横浜スタジアムがあるが明治の頃はクリケット場)”を北に抜けると日本大通りに突き当たります。ここは日本最初の西洋式街路で、明治3年に完成し、同8年に日本大通りと命名されました。そしてこの街路を直進すればやがて世界へ繋がる大桟橋へと至ります。正にこの道は当時の横浜のメインストリートだったのです。今でも神奈川県庁を初めとし、日本銀行、横浜地方裁判所、地方検察庁等が立ち並び、神奈川の司法行政の中心であり、往時の威容を今に伝えています。
 因みにこの道の街路樹は銀杏であり、秋には美しく色付きます。

 *旧関東財務局(旧労働基準局) 現横浜・創造界隈ZAIM
 この大通りには幾つかの古き良き歴史的建造物が並んでいます。最初に入館したのが“旧関東財務局(並びに旧労働基準局)”のビルで、昭和2年に竣工されたものです。現在は“横浜・創造界隈ZAIM(ザイム)”の拠点となっており、アーティストやクリエーターの創造活動の場として活用されています。ホールでは展覧会やライブ、ワークショップなどのイベントも開かれ、一般の市民にもその利用を募り受け付けています。一階には飲食店があり、ジャズが流れ、音楽好きには楽しめます。

 2、横浜情報文化センター(旧横浜商工奨励館)
 昭和4年に建設された美しい近代ルネッサンス様式の建造物で、長く横浜商工奨励館として存在していました。現在は旧館部分を残し高層化され情報文化センターとして運営されています。新聞博物館と放送ライブラリーを擁し、情報文化に係る様々な施設を有しています。また店舗もあり、私達はここにあるドイツ料理の“アルテリーベ”でランチを取る予定でした。ところがこの日は貸切で結婚式が行われており、敢え無くお預けとなりました。残念! 実はここはかつて結婚前の妻が私に食事を奢ってくれた店なのです。アルテリーベ(昔の恋)、それは忘れられない懐かしい思い出の店です。
 丁度、店の前の大通りでは新郎新婦の写真撮影が行われていました。ウェディングドレスの美しい花嫁にうっとりと見惚れた私は恐らく間の抜けた顔をしていたのでしょう、妻のたしなめに我に返りました。でも観た者勝ちですよね、美しいものの観聴きほど、心を豊かにするものはありません。
  @ 輪転機
輪転機
 一階ホールの中心にドンと構える輪転機です。大量の新聞を高速で刷り上げる機械で、その大きさに度肝を抜かれました。下部には白く巨大な巻き紙が見えています。 
  A 貴賓室の天井画
貴賓室の天井画
 旧横浜商工奨励館の社屋には往時の貴賓室が大切にリニューアルされ残されています。誰でも観覧する事ができます。石と木の織りなす美しい質感に私は惚れ惚れとし、往時の栄華が偲ばれ、しばし飽く事はありませんでした。そしてこの天井画、鮮やかな色彩を放って麗しく、目に染みました。

 *横浜開港資料館(旧英国総領事館)
 更に私達は漫ろ歩きを進め、旧英国総領事館の現横浜開港資料館を訪れました。西門から入り、しばし旧館の旧英国総領事館の落ち着いた佇まいを楽しみました。それから中庭を伝い新館の開港資料館展示室に向かいました。その中庭には地面から細い幹の密生した楠があり、これを玉楠の木と称し大切に養生していると聞きました。何故ならこの木は1854年の日米和親条約締結を見届けた生き証人だからだそうです(締結の場の脇に生えていた)。一旦は関東大震災で焼け落ちましたが、強い生命力を発揮して根から多くの幹が叢生し今日に至ったのです。その因縁も強く、不滅の楠として益々大切に養生されているのです。
 さて展示されている資料は数多あり、短時間ではとても堪能はできませんでした。しかし当時の横浜の地形図やペリーに随行した画家ハイネの詳細な条約締結の場の描写になるほどと合点し、興味を引かれました。何とその絵にはこの中庭にある玉楠の木が見事に描かれていたのでした。そしてそれは想像を絶した巨木でした。
 また明治となり様々な外国人が横浜に滞在し、日本の発展に大きな力となりました。中でもアメリカの宣教医ヘボン博士の存在が私の目に留まりました。キリスト教の布教、それに伴う聖書の日本語訳、更に医療や教育など、ヘボンの果たした役割は多大なものでした。文明開化の偉大な礎となったのでした。

 3、大桟橋からのみなとみらい
みなとみらい
 そして更に私達は歩を進め、私が一度行きたいと思っていた大桟橋に着きました。大桟橋は1889年から1894年に掛けて造られた外国航路専用の波止場です。“メリケン波止場”と呼ばれ歌にも歌われ特異な異国情緒を醸し出し、庶民にも大いに知られる存在となりました。
 快晴のこの日は絶好の展望日和で、みなとみらいのビルの間からは富士山が見えました。生憎写真は拙く、ここには載せられないのですが素晴らしい風景なので皆様にはお勧めです。いらしてみてください。横浜の新しい顔、みなとみらいと赤レンガ倉庫、そしてベイブリッジを望む絶好のポイント大桟橋は、新しい横浜の名所ですね。

 4、近代ルネッサンス様式の建築物
 「たかだか百年前の建造物なのにどうしてこうも立派で美しいのでしょうか?。私には現代のビルが百年後の未来の人々に今の私のように感動を持って眺めて貰えるのか甚だ疑問です。」
 こう私が言い放って仕舞えるほどに、これらの建築物は素晴らしく見応えのある建物でした。美意識と経済性のバランスなのでしょうか?。建築家の皆様教えてください?。

  @ 神奈川県庁(横浜三塔の内の“キング”)
横浜三塔“キング”
 入館していないので全ては分かりませんが、外観は渋く極めて重厚です。神奈川の行政の核心としての威厳に満ちて立派です。

  A 横浜開港記念会館(ジャック)
ジャック
 館内に入りました。ステンドグラスとシャンデリア。石と木の織りなす重厚でエレガントな佇まい、ホール(多目的)のレトロな思いが溢れ出す格調高い雰囲気等、どれもこれもが超一級品です。

  B 横浜税関(クィーン)
クィーン
 赤レンガ倉庫からよく見えます。スッキリとした爽やかさが感じられ、クィーンの名に相応しいと思いました。

 お散歩日誌
 2月1日 横浜漫歩9734歩
 2月2日 歩数  5842歩
posted by 三上和伸 at 23:21| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする