2009年03月31日

間奏曲110 山桜・讃

 葉山方面への仕事の道すがら、私は湘南の山々の仄かな光彩の変化を感じ取る事ができました。そうです、山桜が咲き始めたのです。白、薄紅、やや濃い紅。山が淡く明るく…、清らかに優しく…、揺らめいたのです。それは正に春の色、喜びに溢れた地球の幸せの色…。私もそれに呼応しそこに溶け込んでいたい…、そこに遥かなる永遠の安息を得たいと切望してしまいました。美しきかな山桜!
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間奏曲109 ウグイスとデュエット 2009.3.30

 横浜郊外のある幼稚園へ…、私は毎年この時期にここにピアノの調律に行きます。そこはお寺さんで、広い境内には豊かな庭園があり、様々な植物が植えられ花を咲かせています。それらに会う事は仕事とは別にして、私の一つの楽しみであり、毎年ここに来る甲斐でもあります。その花としては、大木のハクモクレンは、はや花は終わりを告げ残念でしたが、コヒガンザクラは満開を迎え、地にはハナダイコンが辺りを紫に染めていました。またこの境内にはユリ科のバイモが群落を作り風雅な佇まいを見せており、大いに私を喜ばせてくれるのです。染井吉野ももうしばらくすれば盛りを迎える事でしょう…。
 調律をしていると林からはウグイスの声が聞こえてきました。それは澄んだ清らかな声でしたが、鳴き方がやや拙く、「ホーホケケキョ」と鳴くのです。本来の上手な鳴き方は「ホーホケキョ」であり、ケが一音多いので、ちょっと笑っちゃいます。まだこのウグイスは修行中の身なのかもしれませんね…きっと…。私が一日かけピアノを鳴らしてる間中、しばしばウグイスはここに立ち寄り、私のピアノに寄り添うように鳴くのでした。楽しいデュエットが実現しました。ありがとう、ウグイス君! 修行頑張って!
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2009年03月29日

’09庭の花19 トキワイカリソウ 2009.3.29

トキワイカリソウ
トキワイカリソウ(常葉碇草) メギ科イカリソウ属
 当年の花の頃まで昨年の葉が紅葉して残る、そんな草ゆえこの常葉の冠が授けられたのです。白い碇、その繊細な光は目映く透き通って私の眼と心を貫きます。驚いて思わず「美しい!」と声を上げたら私は最早この花の虜になっていました。白の魅力に打ちのめされた私でした。
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’09 庭の花18 イカリソウ 2009.3.29

イカリソウ
イカリソウ(碇草) メギ科イカリソウ属
 船の碇に似た花、因って碇草の名が授けられました。自然の造形の不思議さ精妙さをこの花ほど見せ付けるものはありません。真に美しい繊細この上ない碇です。
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’09庭の花17 ヒトリシズカ 2009.3.29

ヒトリシズカ
ヒトリシズカ(一人静、別名・吉野静)
 小さく素朴ですが、キラリとした命の輝きが感じられます。それは見るからに善良で優しく、誰が見ても心癒される事でしょう。私も多くの慰めを貰い大好きな花となりました。「これぞ野草」と言うように野の花の原点を感じさせ、命の大切さを教えてくれているようです。
 別名の吉野静は、吉野山に舞う静御前の姿に見立てたものと言われており、この典雅な花には似つかわしいと心から思います。
 参考・山渓「日本の野草」
posted by 三上和伸 at 21:55| ☔| 庭の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

’09 庭の花16 ミヤマキケマン 2009.3.28

ミヤマキケマン
ミヤマキケマン(深山黄華鬘) ケシ科キケマン属
 華鬘(ケマン)とは仏前を荘厳にするための仏具、仏堂の欄間などに飾られています。もともとはインドの風俗として男女の身体を装飾する生花などを用いたものと言われています。この華鬘の形に似た草がケマンソウと名付けられ、そのケマンソウの仲間であるこの草も華鬘を名乗る事になったのです。深い山に生える黄色のケマンソウ、因って深山黄華鬘の名になりました。やや奇異な雰囲気を持つ見慣れない花ですが、私は美しいと思います。
参考・広辞苑 
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2009年03月28日

’09庭の花15 イワヤツデ 2009.3.28

イワヤツデ
イワヤツデ(岩八手・園芸名タンチョウソウ) ユキノシタ科ユキノシタ属
 春、芽を出して直ぐ咲く花は、つやつやとし新鮮な美しさに溢れています。これを昔からの言葉で表すならば“瑞々しい”でありましょう。ところが昨今、巷で使われている“みずみずしい”は水々しいであり、果物や野菜サラダを食した時によく使われます。しかしこんな言葉は昔は無かったのであり、時代が言葉を変えると言えばそれはそれで仕方のない事なのでしょうが、何か勘違いをした言葉使いに思われます。真に残念な事です。
 イワヤツデ、本当に瑞々しい、豊かな草です。誰かが言っていましたっけ…。「本当に美味しそうね!」と…。
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’09庭の花14 オキナグサ 2009.3.28

オキナグサ
オキナグサ(翁草) キンポウゲ科オキナグサ属
 静かに頭を垂れる紫褐色の渋い花、綿毛のある柔らかい姿、こんな草がこの世に存在するなんて、何て素敵な事でしょう。この愛しい姿?…、誰が何と言おうとも、私はこの奥床しい風情を愛して止みません。
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’09庭の花13 バイモ 2009.3.27

バイモ
バイモ(貝母・編傘百合) ユリ科バイモ属
 {美しい花のユリ科…}、そう思われていますが、実は地味な花も多いのです。このバイモもそんなユリ科の草で、決して華やかとは言えません。でも何処か魅力があり、気になる存在ではあります。編傘に似た愛らしい花としなやかな草の姿、花の内側にある不思議な模様…、やはりこれは地味ですけど美しい花(草)なのです。
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2009年03月24日

’09庭の花12 タチツボスミレ 2009.3.24

タチツボスミレ
タチツボスミレ スミレ科スミレ属
 春はスミレの咲く季節、我が庭にもようやく春は訪れ、タチツボスミレが咲きました。この涙色は乙女の色、でも乙女は決して悲しいのではありません。春が来た喜びに震えているのです。そしてその麗しい色香は風になびき、優しい人を恋慕い甘い感傷に浸っています。薄紫は乙女の感傷の色…、仄かに甘い恋の色…。
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2009年03月22日

’09庭の花11 アカヤシオ(紅八染) 2009.3.22

アカヤシオアカヤシオ
 アカヤシオ ツツジ科ツツジ属
 このところ、風の強い日が続き、花の写真撮影は困難を極めています。しかし、花の命は短く花は時を待ってはくれません。特にこの蝋細工のような繊細な花は、風に揺れて枝に当たり痛んでしまうのです。然るに止むを得ず、私は風の止み間にシャッターを切りました。まずまず、ピントの歪みは少なく撮れたと思います。
 ツツジは常緑の種と落葉の種があり、このアカヤシオは落葉の種の中に入ります。落葉種は春に先駆け葉の出る前に花が咲きます。枯れ木に咲くその様は美しく、この花に瞠目する通り掛かりの人は多々おります。その度に私は花の名を尋ねられ、親切丁寧に答えています。皆ツツジの一種であると知ると一様に驚き、更にうなずいて感心されます。けれども誰もを唸らせるその美しさは野にあってこそ格別で、山の断崖を薄紅に染める風情は圧倒的魅力に満ちています。山では初夏に咲き、五月一杯花が見られます。近頃はこの花を求めて登山ツアーも組まれているようです。健脚の方は出掛けられては如何ですか?。
 
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2009年03月21日

間奏曲108 彼岸の祈り

 今は彼岸、今日私は妻と次女を伴い、墓参りのために横須賀へ向かいました。途中使った横浜横須賀道路は昨日、残された最後の区間、佐原ー馬堀海岸が開通しました。早速新し物好きの私達も使ってみました。快適なドライブの果て、終点馬堀海岸の少し手前の丘からは車中、青い東京湾の絶景が拝めました。それは突然に両手に余るくらいの大きな幅で、広々と望めたのです。驚いた妻と娘は「わあー奇麗、海が見えるんだー、素敵!」と声を揃え興奮した様子、私もその開放感溢れる美景に胸のつかえが降りる思いがしました。高料金で悪名高いこの有料道路もようやく景色のセールスポイントが生まれ、観光道路としての¥1400の価値が達成されたものと思われます。皆様も是非どうぞ! 素敵ですよ。
 さて、それから先は、私の両親と共に墓参のために二つ寺に詣でました。一つは私の姉弟と父方の祖父母の眠る寺、もう一つは母の父母と兄が葬られている寺、どちらの寺も分け隔てなく訪ね、思いを込めて参拝しました。墓を洗い、花を手向け、線香を捧げ冥福を祈りました。
 そして近年、私はここに私の存在の原点があると、強く思うようになりました。私の存在とは先祖の気の遠くなるような奇跡の確率の賜物と言えます。それ故に私の存在も驚くべき奇跡と置き換えても何ら不思議ではありません。私は私の奇跡がくれた人生を大切に生きようと…、そして自分の務めを果たそうと…、この時、何度も何度も挫ける心を新たな強みに入れ替えようと…、念じています。
posted by 三上和伸 at 23:07| ☁| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

間奏曲107 春分の日

今日は春分の日、昼と夜の時間が同じ日です。ところで春分には時分まである事をご存知でしたか?。今年の春分は中央標準時で3月20日20時44分で、つい先ほどその時分に達し春分となりました。これは地球の太陽に対する自転と公転の計算で表される時間数値で、正に暦とは数学で成り立っているのです。数がまるで苦手な私がこの話題を述べるのは、お門違いでおかしいと思われるでしょうが、そこに科学のロマンが入り込めば、やおら私の目付きは変わります。私は計算は他人に任せますが、理屈には興味津々で解ろうとします。世の真理とは実に面白いもので、人を熱狂させる魔力が潜んでいるのです。
 私は立春からの春の足取りを日々感じ生活してきました。春は名のみの風の寒さを嘆きながらも、雨水の頃は春は一進一退、行きつ戻りつを繰り返し、椿咲き梅が香り始めました。やがて啓蟄を過ぎたあたりから春は蠢き始め、虫が舞い野鳥は囀り沈丁花が匂いました。路傍にはイヌノフグリが青く煌めき、それが満開を迎えたところで早春は終わりを告げていました。いよいよ染井吉野が明日にも綻ぶでしょう。春が来るのです。
 
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2009年03月18日

間奏曲106 忘れられたホワイトデー

 “忘れられたホワイトデー”と書きましたが、実は私が忘れただけなのです。真に嘆かわしい事ですが、日々の生活に追われ、寄る年波には勝てず記憶を逸しました。あのチョコをくれた二人の優しさに背いてしまったのです。懺悔の思いにさいなまれた私は昨日妻に「ケ−キを買って来てくれない、お金は僕が払うから」と頼みました。その夜妻はコージーコーナーで素敵なケーキを買って来ました。私は二人の娘に侘びを入れ、その後、皆で美味しくケーキを食べました。本当に美味しかったですよ!。それから私は代金を妻に支払おうと「いくらだった?」と聞きました。すると妻は「いいよ、私が奢るわよ」と嬉しい返答。私は「ははーん、ママは僕にチョコくれなかったものな、今その埋め合わせをしてるな」と合点しニンマリとほくそ笑みました。「ウフフフフ…、儲かったな!」、私は結局この経緯の中で一銭のお金も使わずに済み、しかもチョコもケーキもたらふく食べて一人得をしたのでした。こんな事もあるのですね!「ウフフフフ……」笑っちゃいます。
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’09庭の花10 ゲンカイツツジ(玄海躑躅) 2009.3.18 

玄海躑躅
 ゲンカイツツジ(野生種) ツツジ科ツツジ属 2009.3.18
 ツツジは桜同様、野生でも数々の品種があります。そしてその咲く時期も同じく春であり、各品種が次々と咲き継いで行くのも桜とよく似ています。そんなツツジの仲間でも特に早咲きはこのゲンカイツツジで、日当たりに植えられているのも手伝って、この庭では一番に咲くツツジです。本来はもう少し淡い色をしていますが、この株はかなり濃色で色鮮やかです。その紅紫色は艶やかで成熟した色香を漂わせ、しかも決して下品に堕ちていません。春の麗婦人と言ったところでしょうか。
posted by 三上和伸 at 08:19| ☀| 庭の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月17日

’09庭の花9 ヒマラヤユキノシタ

ヒマラヤユキノシタ
 ヒマラヤユキノシタ ユキノシタ科ベルゲニア属
 青々と照り映える大きく立派な葉、色鮮やかで豊かな花房、中々に美しい花です。暑さ寒さにもよく耐え、枯れる事は皆無です。世話もせず、日陰に放っておいても早春になると必ず花を咲かせます。正に手の掛からない孝行娘…。その孝行振りに免じて美しく撮ってやりましょう。
 
 
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’09庭の花8 雪割草 2009.3.17

P3170122.JPG
ユキワリソウ(薄紅) キンポウゲ科ミスミソウ属
 薄紅はうら若き乙女の色、何よりも瑞々しい肌の色…。男が…、そして年老いた男でさえもが愛しむ色。それは大きな父性で守り抜くもの、永遠の憧憬を捧げる美しき存在…。
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2009年03月14日

音楽の話5 第252回神奈フイル定期を聴いて 2009.3.13

 昨夜、私は久し振りでオーケストラの演奏会を聴きに行きました。それは神奈川フィルハーモニーの252回目の定期公演で、ハンス=マルティン・シュナイト指揮のブラームス、ブルックナーの合唱作品がプログラムでした。
 シュナイトはドイツの指揮者で長くミュンヘン・バッハ合唱団・管弦楽団の音楽監督を務めた巨匠です。その芸域は広く、宗教曲からオペラ、更に交響作品までに及びます。楽曲への深い理解を基に見事な統率力を発揮し、幾多の名演奏をものにしてきました。この日のブラ−ムスも流石に長い経歴を物語り、優れた解釈を施していました。ただ78歳と高齢であり、足も悪そうでステージで何時つまずいて転ばれるかと心配で、冷や冷やして見ていました。しかしご本人は至ってご機嫌であり、ヨチヨチとゆっくり歩かれて、聴衆の微笑を誘っていました。
 冒頭に演奏されたのはブラームスの「悲劇的序曲」であり、この戦争の悲惨を表した名曲を強い緊張感で演奏し、私に曲の正しい姿を見せて(聴かせて)くれました。しかもテンポは非常に緩く、よく歌わせ、それは難しい試みで驚きでしたが、少しの乱れなくオーケストラを統率し続けたのは老練の技と思われ感心しました。
 二曲目はオーケストラと合唱の作品「哀悼の歌」が選ばれました。実はこの作品は私の愛する曲で、この日のプログラムの中では最も楽しみにしてきたものです。これはシラーの詩に依る死する者への哀れみが歌われます。「美しい者、愛する者も死ななくてはならない」、このシラーの美しい詩に託してブラームス自身の芸術のテーマ・無常観を表したものと言えます。友人の画家フォイエルバッハの死がきっかけで作られた曲で、その死を悼みその遺業を称え、その母に慰めを捧げる目的で書かれた曲と伝えられています。
 演奏はブラームスが憧れていた南欧の香り高い美しい響きで、大方のところは良かったと思いました。しかしこの日の最初の合唱作品だった事で、いま一つ合唱が乗らず不明瞭だったと思われます。良い演奏とは作品の姿形、作者の感情や思想が明瞭に聴き手に伝わる演奏です。そう規定すれば少し不満の残る出来栄えと思いました。真の感動には届かなかったと思います。
 三曲目は同じブラームスの合唱作品「運命の歌」でした。こちらはこの日一番の出来だったようで、私は感動しました。人間の悲しい運命を表したヘルダーリンの詩に歌を付けた曲で、そこにブラームスの戦争と平和への思いが籠められています。従って言える事はこのブラームスの音楽は音響(娯楽)で魅せるものではなくて、心の美しさ優しさの思想・情念で問う音楽だと言う事です。理論の焦点の一点を激しく目指すアンサンブルでこそ、この曲の真の姿が見えて来るのです。そんな表現の理想がこの日の演奏にあった気がしました。優れたコンサートだったと思います。
 
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2009年03月10日

間奏曲105 肩の荷を降ろして

 先日来、私を煩わせてきた確定申告と納税を本日済ませる事ができました。この日だけは私が税務署を訪れ、申告書を提出し、税金を納める事にしました。と言うのも、計算や書類書きが大の苦手で、それを考えただけでも極度の精神の落ち込みを呈してしまう私は、ひたすら妻や娘に平身低頭してそれを押し付け逃げてきました。挙句の果ては税理士さんに丸投げして書類を作って貰ったのです。ですから、せめてもの償い?として税務署参りは私がしたのです。とか何とか言っちゃって、嫌な事は全部他人に押し付けて最後にやった振りをする。本当に嫌な男です、ずるい男です、申し訳ありません、許してください、ありがとうございました…。でも今は幸せです。私の空は晴れ渡り、自由が自由に飛翔しています。さあ、今度は何が咲くのでしょう。染井か、吉野か、紅垂れ…、何でも見てやりましょう。愛しいものたちよ! 待っていておくれ…。
 先ほど8時には、十四夜の月が照り映えていました。それは丸で今の私を祝福してくれているよう…、煌々と照り映え、優しく微笑んでいました。
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2009年03月09日

間奏曲104 サロンコンサートVol.5 “春” を見守って

 昨日の午後、我が娘が主宰するピアノ教室の春のサロンコンサートが開かれました。それは娘がピアノ教師となってから毎年続いているおさらい会で、大きな会場で行われるメインの発表会とは趣を異にした極内輪のコンサートです。この会への娘の思いは、「子供達に発表の場を少しでも多く与えて、音楽を聴いて貰える喜びを味わって欲しいから」であると私は聞いています。そして更に、「大人はそれを温かく見守り、子と心を一つに重ねて楽しむ習慣を育てたいから」とも申しておりました。それは私も大いに賛同するところで毎回楽しみにし、お手伝いしている次第です。このコンサートは希望者のみの参加で、小さなサロンを借りて行われ、比較的容易な曲を皆で弾き合います。それは伸び伸びと楽しくリラックスして、子供も大人も連弾をしたり、歌を歌ったり、充実の時を過ごします。私も一緒になって歌い、大いに楽しみました。特にパパ、ママ、子の親子三者連弾やお爺ちゃん、お母さん、子の三世代三者連弾は和やかに楽しく、やんやの拍手喝采を浴びていました。またバロックダンスを踊ってくれた二人の女の子、可愛かったですよ!。最後になりましたが、娘のショパンの演奏は思いの籠った素敵な演奏でした。
 生徒さん、親御さん、そして先生(我が娘)へ一言、感動をありがとう!。
posted by 三上和伸 at 08:37| ☔| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月08日

横浜漫歩3 山手界隈 2009.3.7

 1、昼餉、ヒルサイドガーデン・テラッツオ
 午前に歯の治療をした私は、そのあと暇となり、妻を誘って横浜山手の漫ろ歩きを楽しみました。この山手漫歩は以前から私の念頭にあり、今日の妻のイギリス館への用事も手伝って二人して出掛けてみました。まずは旅の前の腹ごしらえとして、このヒルサイドガーデンのイタリアン、テラッツオを選び出し、入店しました。ここはフランス山の斜面、港の見える丘公園の真下にあるリゾート施設で、二つのレストランやホテルが備えられています。そのロケーションは表玄関が新山下の下町に面し、背後には山手の緑園が迫り、躁と閑が混じり合い独特の雰囲気を醸し出しており、異国趣味が楽しめます。

テラッツオ・前菜
@前菜
 かぶのスープ  チーズ・バルサミコ酢添え
 白身魚のソテー  パスタの素揚げにハム
 白の地に青の縁取りが鮮やかな四角い皿に、前菜が並べられていました。それは美しい春の彩りでした。

オレキエッテ
Aオレキエッテ ブロッコリー、カリフラワー、菜の花のクリームソース
 春色の美しいクリームソース、妻の指定したメインのパスタ。

スパゲッティ
Bスパゲッティ あさりとムールとフレッシュトマトのソース
 大きなあさりが目を引く逸品でした。トマトの酸味が後味を清めてくれました。私が注文したメインのパスタ料理。
 
塩ミルクのジェラート
C塩ミルクのジェラート
 仄かな塩味が爽やかでした。

 この他にはパンと飲み物がつきました。 パスタランチセット¥1,575
お手頃な値段で楽しめます。

 
 2、西洋の香りを訪ねて
 昼餉を堪能した私達はヒルサイドガーデンの上方の出口よりフランス山の遊歩道に入り、港の見える丘公園に上りました。途中のフランス山の木立は伸びやかに枝振りを広げ、傍には椿が紅を添えていました。天気は上々で気持ち良く、春の気配は濃厚でした。
 妻はここにあるイギリス館で用を済ませ、再びの漫歩の歩を進めました。大人が楽しめる街・山手…、皆様も私とご一緒に山手の異国情緒を楽しんでください。
 

 *イギリス館(横浜市指定文化財)
 妻が用事で館内に入り、同行した私もその雰囲気は味わいましたが、今は補修の作業が行われており、一般の見学客は入館不可となっています。外壁にはシートが被せられ、撮影は無理でした。
 イギリス館は昭和12年に英国総領事公邸として建てられたモダニズム建築で、重厚な佇まいを今日に伝えています。現在は横浜市指定文化財となり、一般に公開されています。ホールにはピアノがあり、我妻や我が娘も度々使用しています。私も年に何度かは調律に訪れます。


 @山手111番館(横浜市指定文化財)
山手111番館
  美しき異人館
 港の見える丘公園の先、大仏次郎記念館の隣に在ります。この名の数字・山手111番は住所だと言う事です。明治や大正の当時、家が建つとその順番に番地が決められたそうです。これは111番目にできた建物なのですね?、111番…、いい番号ですね!。スパニッシュスタイルの赤瓦と白い壁が特徴であり、実に美しい館です。この館にもアップライトピアノが在りました。  
大正15年完成 設計J・H・モーガン
 この日はコンサートが開かれるそうで、早くも聴衆が詰めかけ、賑わいを見せていました。自由に聴いてもよさそうであり、また聞いてみたい気がしましたが、時が無く私達は先を急ぎました。


 *岩崎ミュージアム・山手ゲーテ座
 港の見える丘公園の先、外国人墓地の手前の左側には岩崎ミュージアムが在ります。ここは元「ゲーテ座」であり、ゲーテ座は日本初の洋式商業劇場として演劇、音楽、舞踏会、展覧会などの催しが開かれていました。明治18年創業で、明治24年には日本初のシェイクスピア劇「ハムレット」が上演されました。観客には坪内逍遥や北村透谷らの文豪や評論家が訪れたと言う事です。そして一般の多くの人々がこの劇場を目指し、横浜を訪れたそうです。
 またゲーテ座のゲーテは文豪のゲーテに因んだ名ではなく、英語のGaiety(ゲィティ、陽気な愉快なの意味)から取られたそうです。今回この山手の歴史を調べた折りにそれを知り、人間の思い込みとはあやふやなものと笑いました。物事を知り扱う時はよく吟味する事が大切ですね。
 現在は岩崎学園の所有となり、服飾関係の博物館としての役割を持つ岩崎ミュージアムになっています。そしてその一階部分には、かつてのゲーテの名を冠した小ホール・「山手ゲーテ座」があり、一般に活用されています。


 A横浜外国人墓地
外国人墓地
山手外国人墓地から垣間見るランドマーク・タワー
 山手の西斜面に造られた美しい庭園墓地。設計者はJ・H・モーガンで、モーガンは住宅だけでなく、造園にも才を発揮したのでした。中華街と並び最も横浜の異国情緒を堪能できる区域です。私達は題名の漫歩の文字道理に緩やかにこの墓地を漫ろ歩きました。様々な形態の墓石があり、庭園と美しく溶け合って素敵でした。この地点からは丁度ランドマーク・タワーが望めました。「横浜っていいな!」て思わず呟いてしまうような、取って置きの風景です。


B山手資料館(横浜市認定歴史的建造物)
山手資料館
 横浜最古の西洋木造建築
 現存する横浜西洋木造建築で、唯一残された明治時代に竣工されたもの。これは日本の大工さんが造り上げたものだそうで、小さくて可愛らしい洋館です。館内には文明開化以来の多数の資料が展示されています。当時の横浜の古地図やガラス工芸の品々が私の目を捉えました。地図を熱心に眺めていると行きずりのご婦人が教えを請うてきました。私は帷子川流域の保土ヶ谷の辺りを説明しました。「ここが帷子川でこの辺りが天王町です」と…。そしてガラス製品は美しく、私は妻と目を合わせ「綺麗だね!」とサインを送り、答え合いました。


 C山手聖公会
山手聖公会
山手聖公会の堅牢な塔
 ノルマン様式の聖堂。がっしりとした立派な建物です。2005年1月放火により炎焼しましたが、同年11月に復興しました。その為真新しく清潔感に溢れていて気持のよい建物でした。
 この教会は日本で初めての聖公会の教会で、最初は1863年、今の中華街で始まりました。その後1901年に現在の地・山手に移転し、以来この地で礼拝及び布教活動がなされています。
 聖公会はケルト・キリスト教やイギリス国教会の流れをくみ、アングリカン・コミュニオンに属しています。これはカトリックでもなく、プロテスタントでもない独特の宗派で、世界中にその教会(クライスト・チャーチ)を有しています。日本でもこの山手から布教を拡大し、立教大学や聖路加病院などを育て上げ、教育・福祉の面でも大きな貢献を果たしています。 


D山手234番館(横浜市認定歴史的建造物)
山手234番館 
山手本通りから見た山手234番館
 関東大震災の後、昭和2年に外国人のための共同住宅として建てられました。その後、横浜市が買い取り、平成11年に改修整備され横浜市認定歴史的建造物として開館されました。円柱状の白い柱が美しく、西洋の雰囲気を醸し出しています。
  

 Eエリスマン邸(横浜市認定歴史的建造物)
エリスマン邸
エリスマン邸の瀟洒な姿
 当時、日本で唯一の輸出産物であった生糸…、その生糸の貿易会社シーベルヘグナー商会の支配人であったエリスマン…、この館はそのエリスマンの私邸でした。貿易による富は莫大であったらしくエリスマンは豊かな生活をし、このような豪邸に住んでいたのです。外見は実にお洒落であり、内部は住み心地よさそうで、様々な工夫が凝らされています。当時の山手の異人達が如何に文化的な生活を送っていたか、偲ばれました。
 大正15年完成 設計:A・レーモンド
 
 Fエリスマン邸の喫茶室
喫茶室
 喫茶室、寛ぎの佇まい
 エリスマン邸には素敵な喫茶室があります。それは決して豪華とはいえませんが、質素で温かい雰囲気があります。窓からは元町公園の木立茂る谷越しにマリン・タワーが覗け、何時までもお茶していたい名残惜しさに悩みます。けれども席を待ってるお客もいるので、私達は一服を採ると即座に席を譲り、旅を続けました。
 ケーキ・セット¥700 私:酸味のコーヒー 妻:苦味のコーヒー


 Gベーリック・ホール(横浜市認定歴史的建造物)
ベーリック・ホール
豪壮華麗なベーリック・ホール
 山手異人館群の中でも最大規模の館。イギリス人貿易商B・R・ベーリックの私邸でした。内部は大変広く作りも豪華であり、正に豪邸の名に恥じぬものでした。
 昭和5年 設計:J・H・モーガン

 Hベーリック・ホールのピアノ演奏
ピアノ演奏
うら若き乙女のピアノ演奏
 この日はボランティアの若い女性ピアニストによる演奏が行われていました。そつがない確かな演奏でしたが、私はもう少し思い入れがあっても良いのではないかと…。でも沢山弾くので、それでは疲れてしまうかも知れませんよね。しかしそれでも芸術は真剣勝負だと思うのです。一瞬一瞬に華を見せないとね、何かを語る事はできません。


 I山手公園のヒマラヤスギ 
ヒマラヤスギ
  大樹に憩う
 山手公園の敷地には、日本のテニス発祥の地があります。そのテニスコートの周囲には、多くのヒマラヤスギが植えられ深い木陰を作っています。今は早春なのでその日陰の有難味は感じられませんが、さぞかし夏には、そこを渡る風の涼しさに一片の憩いを得られたのではないでしょうか。そこかしこに異人達の憩いの輪が見えるようでした。桜も植えられており、真に気持のよい都会の別天地です。
 ヒマラヤスギはイギリス人ヘンリー・ブルックがインドのカルカッタから種子を輸入し育てました。それは明治12年のことであり、その後、皇室に献上され皇居に植えられたのを初めとして、街路樹として日本全国に広まったと言われます。
  
 
 J山手68番館
山手68番館
古き良きクラブハウス
 初めは外国人向けの賃貸住宅として、山手68番地に建てられました。その後現在の地に移築され、市営テニスコートのクラブハウスとして活用されています。また同時に山手公園の管理事務所としても使われており現役として頑張っています。隣りにはテニス発祥記念館があり、両館とも周囲の環境に溶け込んで美しい佇まいを魅せています。


 Kカトリック山手教会
カトリック山手教会
  天まで届け
 テニス発祥記念館を後にして木立の中を抜けると、突然美しい十字架を頂いた尖塔が見えてきました。そうです、この大きなゴシック様式の建物はカトリック山手教会でした。聖堂に入ると、そこには美しい祭壇に色鮮やかなステンドグラス、それは白壁に映え幻想の光を放ちます。日本一美しい聖堂と言われる所以を私はそこに見つけました。この時は丁度礼拝が行われていました。讃美歌が歌われ、私達も静かに聴き入り、敬虔な心持に浄化されました。
  
 L聖マリア像
マリア様
  溜息のマリア
 教会の庭には聖マリア像が飾られています。これは1868年にフランスから寄贈されたものだそうで、震災や戦禍を免れ今日に至っています。その白い優美は鮮烈で忘れがたく、この日一番の美しい出会いでした。今もこの写真を眺めてはうっとりとし、溜息をついています。


 M外交官の家(重要文化財)
外交官の家
エリカの花に囲まれた外交官の家
 外交官・内田定槌の館として明治43年に渋谷区南平台に建てられました。その後、平成9年にこの地に移築され、この時同時に国の重要文化財となりました。豪壮で美しい館であり、麓の石川町辺りからでもよく見えます。イタリア山庭園に隣接しており、この辺りは真に美しく整備されていて見所です。私は大変気に入りました。
設計:A・M・ガーディナー

 N外交官の家の書斎(執務室)にて
書斎にて
 館の主になったつもり?
 私の夢の一つはこんな書斎を持つ事でした。でもそれは夢のまた夢のまた夢?、いいじゃないですか、こんなもの持たなくたって!、幸せならそれでいいのです。
 
 参考文献:各建造物の案内のしおり、山手西洋館マップなど
posted by 三上和伸 at 22:23| ☔| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

’09庭の花7 ローズマリー

ローズマリー
 ローズマリー シソ科マンネンロウ属 
 昔、私が好きだったサイモン&ガーファンクルの曲に「スカボローフェア」がありました。これは元を辿ればイギリス民謡であり、中世より歌い継がれてきた名のある曲だそうです。この歌の詞にはパセリ、セイジ、ローズマリー、タイムの四つのハーブが登場し、ローズマリーはその一つとしてその名を留めました。私はこの詞に不思議な感覚を覚え感銘を受けましたが、同時にローズマリーと言う美しい名がハーブであった事を初めて知ったのでした。ローズマリーは石灰質の土壌に自生する常緑低木だったのです。
 ローズマリーは主に羊肉の消臭殺菌などに用いる肉料理のスパイスとして使われますが、消炎、血行促進の作用もあるので、薬剤としても極めて有用であるようです。それはポリフェノールと言う成分を多量に含む故の強い抗酸化作用によるもので、今後その利用価値は高まる一方だそうです。
 形態は豊かに枝垂れる灌木であり、その長い枝には無数の紫の小花を付けます。それは四方に枝を広げ長期間見事な姿で壮麗に咲き誇ります。小花はシソ科特有の唇弁で精妙な造りをして美しく、目を見張るものがあります。虫眼鏡で見ると更にその花の驚きの姿が判ります。ご覧あれ! 
posted by 三上和伸 at 10:21| ☔| 庭の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

’09庭の花6 雪割草

 雪割草(ゆきわりそう) キンポウゲ科ミスミソウ属
 本来雪割草は三種あり、それぞれミスミソウ、スハマソウ、オオミスミソウの名を持ち、山野に自生しています。この内ミスミソウとスハマソウは全体に小振りで白花が多いのに比べ、オオミスミソウは大きく花色も白の他に紅や紫が混ざり美しく、雪割草と称されるのは主にこの種です。この美しい名の如く雪国に多く見られ、フキノトウなどと同様に雪残る浅い春に咲き出します。我が庭の雪割草もオオミスミソウです。

雪割草・白
 1、白花の雪割草 2009.3.7
 白い花弁に紫の葯(ヤク・オシベの先の花粉の出るところ)、清楚な中にもこの葯の紫がアクセントとなり、微かな色香が感じられます。冴返る春の光彩が底光りしています。

雪割草・紫
 2、紫の雪割草 2009.3.7
 紫は大人の色、気高くも優しい大人の女性の色…、何故男はこの色に憧れるのでしょうか。それは男は何時も子供であり、心豊かな女性に甘えたいから…。その寛容は男の宝物です。

雪割草・薄紅
 3、薄紅の雪割草 2009.3.17
 薄紅はうら若き乙女の色、何よりも瑞々しい肌の色…、男が…そして年老いた男でさえもが愛しむ色。それは大きな父性で守り抜くもの、永遠の憧憬を捧げる美しき対象…。
posted by 三上和伸 at 21:21| ☔| 庭の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月05日

間奏曲103 啓蟄(けいちつ)

 今日は啓蟄、冬眠していた虫達も目を覚まして地上に這い出してくると言う意の二十四節気の一つです。
 世の女性達は虫を嫌う方も多いのでしょうが、虫は中々に面白い存在です。美しい声で鳴くものもあれば、華麗な衣装で着飾るものもあります。果実の実成りを助けるものもあれば、蜜を作るものもあるのです。そして落ち葉を掃除するものもいれば、腐敗物を処理するものもいて人の役にも立っているのです。蚊や蠅など一部を除けば虫は極めて善良であり、愛すべき友と言えます。蚊や蠅だって人には害虫でも鳥や蛙には大事な食糧です。虫は地球の大切な生態系の一員であり、無くてはならない生き物なのです。虫にもっと目を向けたいものです。
posted by 三上和伸 at 23:40| 🌁| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

’09庭の花5 沈丁花 

沈丁花
 沈丁花(ジンチョウゲ) ジンチョゲ科ジンチョウゲ属
 春遅い我が住まいにもようやく沈丁花が咲き出しました。この清冽な香は早春の証、いよいよ季節は上げ潮の潮目を越えたようです。時の移ろいは真に味なもの、既に私は幾つものプレゼントを頂いたのでした。梅に椿に河津桜、菜の花に菫に沈丁花。この世に愛でるもののある人間は、何と幸せな事でしょうか…。その泉からは希望が溢れ出すのです。
 沈丁花は日本に自生はなく室町時代に渡来したものと言われています。その名の由来は沈香(ジンコウ・熱帯地方の樹木・材に芳香)と丁子(チョウジ・熱帯地方の樹木・花に芳香)の香にたとえたものだそうです。
 山渓「日本の樹木」より
posted by 三上和伸 at 21:07| 🌁| 庭の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする