2009年08月31日

間奏曲143 総選挙後記

 嵐のような選挙でしたね。国民の大多数は私と同様の考え方でした。陳腐な因習に捕らわれた古い政治家には退場してもらって、新たな国民のために身を投げ打つ政治家に登場してもらいましょう。そして私達は厳しくその政治行政を見守りましょう。皆が笑える民主的な日本にする為に…。

 追伸、一つ気に入らないのは、小選挙区で敗れた古参議員が比例区で返り咲く事です。私にはどうしても解せません。その厚顔無知は嗤えないほど無様です。その事で言えばある政党のあの党首は立派です。退路を断って戦いを挑んだのですから…。
posted by 三上和伸 at 22:25| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

’09 庭の花92 トウテイラン 2009.8.30

トウテイラン
トウテイラン(洞庭藍、ドウテイラン) ゴマノハグサ科クワガタソウ属
 洞庭(トウテイ・ドウテイ)とは中国湖南省にある洞庭湖を指し、藍(ラン)は藍染めの藍(あい)を表します。洞庭湖の藍、洞庭湖の水の青さと藍染めの青さ、そんな青色の美しい譬えをこの花は授かりました。トウテイラン(洞庭藍)、何て素敵な名前なのでしょう…。…しかし良く見れば、決して名前負けしていない青がこの花の骨頂と言えます。
 近畿地方の日本海側や隠岐諸島の海岸に生える多年草で、私はまだその自生を見ていませんが、海の蒼さと競うように咲いているのでしょうか…。
 
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2009年08月30日

’09 庭の花91 エゾミソハギ 2009.8.30

エゾミソハギ
エゾミソハギ(蝦夷溝萩、別名・エゾミゾハギ)
 盂蘭盆会(うらぼんえ)で仏前に供えるミソハギの近似種、夏の湿地に群生し美しい紅紫色で咲き誇ります。現在は貴重なミソハギに変りこのエゾミソハギが盂蘭盆会に捧げられています。
 我が庭のエゾミソハギは、今年は不作でした。再びの絢爛を目指し作り直そうと思っています。 
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’09 庭の花90 ゲンノショウコ 2009.8.30

ゲンノショウコ
ゲンノショウコ(現の証拠、別名・ミコシグサ) フウロソウ科フウロソウ属
 フウロソウの仲間では最も小さい花、従って肉眼で見てはその美しさが判然としません。しかし拡大すればやはりフウロソウ、繊細な造りが鮮やかに現れます。葉や茎は民間薬として胃腸の薬となり昔から使われてきました。“飲めば直ぐ効く”の証拠が速やかに現れる事でこの名・現の証拠となりました。また果実の形が神輿飾りに似るのでミコシグサ(神輿草)の別名があります。この庭のゲンノショウコは白花なので目立たず、花を見過ごす事が多くありました。今年は見つけられ写真に撮れたので嬉しく思っています。
posted by 三上和伸 at 19:45| 庭の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月29日

間奏曲142 総選挙前夜

 明日、総選挙ですね。私は必ず会場に出向き清き一票を投じる積りです。
 想い返してみれば若い頃、私は選挙を棄権した事が多々ありました。世の中や政治を甘く見て、自分には関係ないと愚かにも切り捨てていたのです。自分中心にものを考え、自分の楽しみに現を抜かしていたのです。そんな若者が増え、やがてその若者が社会の中心の世代になれば政治や行政に緊張感を欠き腐敗停滞するのは当然の結果です。今の政治に不信があるとするなら、翻って考えれば私達国民の無関心の体たらくが遠因にあります。私達が自らを考え改めなければならない時代がきたのです。
 私は新たな力(与野党の区別なく)に期待します。それは最初から上手くいく事はないかも知れません。でも私達が不断に監視し、粘り強く導けば良いのです…、選挙と言う伝家の宝刀を使って…。よりよい政治をしなければ何時でも落選させると言う意思を示して…。その新たな代表者(代議士、政党)を明日私は選びます。
posted by 三上和伸 at 22:08| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月27日

間奏曲141 我が住まい・現代埴生の宿

 今、外は冷気が降り私はベランダに下り涼んでいます。すると秋の虫達の声が聞こえ、それは暫しの止み間もなく鳴き続けています。青松虫の持続音にコオロギが続き、たまにカネタタキが相槌を打ちます。正に清涼な響きで秋の始まりを教えてくれます。時折車の吹かし音や遠くの自動車道の遠鳴りは聞こえますが、さして気になる程ではなく虫の声が遥かに勝ります。そんな都会と田舎の中間点のようなこの地のこの住まい、正しく郊外団地と言う名が適切と思えます。
 木も草も多く、ちょっと油断をすれば草ぼうぼうの荒れた住まいになってしまいます。しかしたとえそうであったとしても、鳥や虫の桃源郷…現代のコンクリートの埴生の宿を私は大変気に入っています。
 
posted by 三上和伸 at 22:52| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

間奏曲140 気になる女優・堀内敬子

 夕方の再放送ドラマ「CHANGE」を見ていた所、気になっていた女優を見つけました。とても色っぽい女医を演じていて、総理役の木村拓哉にニンニク注射をしているシーンでした。この日の出番はこれだけでしたが、私はこの女優の名を知りたくて出演者の字幕が出るラストまで、このドラマを見てしまいました。深津絵里や加藤ローサの後に現われた女優名・堀内敬子が目指す女優と当てを付け、今この時間になってI・ネットで調べました。
 結果はやはり堀内敬子であり、その経歴は私を驚かせました。何と彼女は劇団四季のミュージカルスターであったのであり、ウエストサイド物語のマリア役を始め数々のヒロインを演じてきたのでした。私はミュージカルに疎く劇団四季など観劇した事はなかったので、こんな魅力的な女優がそこにいたとは露とも知りませんでした。私の場合、まだまだ未知のものが多く未知は無知に通じますから見聞を広めないといけませね!。
 彼女は今後、ミュージカルに出るのでしょうか?、一度歌を聴いてみたい!。このネットの記事によるとその歌声は透き通るようなソプラノだそうです。ソプラノ、ソプラノ………。
posted by 三上和伸 at 22:16| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月23日

間奏曲139 ミンミンゼミ大合唱

 今は朝の七時、ミンミン蝉が大挙して鳴いています。力強く腹の底から絞り出すように一心不乱に鳴いています。ミンミンミンミンの単調なビートで森全体がうねるようです。幾百の蝉が規律正しい輪唱のように次々とミンミンのモチーフを覆い被せていきます。正に自然の大聖堂に轟く壮麗なカノンの趣でした。
 私は窓を開け放ち、その音声を全身に浴び、この朝の法悦に酔いました。
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2009年08月21日

間奏曲138 快楽主義と自愛の心

 清純な美少女…、あの「星の金貨」や「一つ屋根の下」のヒロインの輝きは何だったのでしょうか…。いたいけな乙女を演じた素晴らしい心根は何処へ行ったのでしょうか…。…今となっては儚い幻影だったのですね。昨今のテレビ映像では快楽にのめり込む汚らしい女に見えています。否、元々こう言う女だったのかも知れません。実にタレントのイメージはファンの夢を打ち壊す作られた偽りであり、信ずるに足らぬものなのですね。
 この麻薬騒動の根本は自分を守る自愛の精神のなさにあると思いました。他者からの攻撃には身構えて自分を守るくせに己の内なる誘惑にはからきし弱いのです。恐らく人の尊厳の大切さを親から授かってこなかったのでしょう。考えてみれば不幸な生い立ちかも知れません。罪を償いこの不幸の連鎖を断ち切って欲しい…、息子には自愛の心を授けて欲しいと思いました。自分で自分を守る確かな精神を…。
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2009年08月20日

間奏曲137 赤とんぼ

 この前、野の花を訪ねた折り、赤とんぼを見つけました。また甲子園の高校野球のグランドには多くの赤とんぼが飛び交っていました。我が家のテレビは小さいですが、大画面テレビではさぞかし賑やかに映っていた事でしょう。立秋は疾うに過ぎ、最早秋が始まっているのですね。光陰矢の如し、今年の私はどうも季節に遅れて生きているようです。でもちょっと変ですね、今は夜の十時過ぎ、外は静けさに覆われています。今の時期こんな静けさは余り経験がありません。蝉は鳴かず、秋の虫も鳴いていません。去年にはこんな夜はあったのかしらと思い返し、過去のブログを見てみました。八月二十七日を見てみるともう秋の虫の青松虫が鳴いていると書いてありました。この静けさは今年の天候の不順を象徴している様にも思われ、何だか心配でもあります。でもまあ赤とんぼは沢山見た事ですし、秋の虫もじきに鳴き出すでしょう。そんな理由でブログデザインを赤とんぼに変えました。どうぞ秋をよろしく…。
 追伸: 今丁度、秋の虫のカネタタキが鳴き出しました。あっツクツクボウシも鳴きました。束の間の静けさは終わりを告げました。心配して損した気持ちです。ムッ!。
posted by 三上和伸 at 21:41| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月19日

間奏曲136 血の引き継ぎ

 私と妻と次女が三溪園を訪ねていた頃、長女は屋久島にいました。昨年に続き再びの屋久島行きでした。どうも長女は屋久島に魅了されてしまったようです。今回の長女の本望は宮の浦岳の海の眺望と高山植物と聞き、私は驚愕したのでした。どうやら長女の自然愛好は本物となり、私を越えようとしています。次女といい長女といい、私の付けた自然愛好の細道を辿ろうとしています。しかも力強くその道幅を大きく広げる勢いで…。親として先輩としてそれは驚きであり心配だけれども大変嬉しく思っています。何よりも私の血を引き継いでくれた事が嬉しいのです。そしてこの二人の自然への情熱の熱さが…、心強いのです。自然は素晴らしい、何時か何処かで心悩む時も、その出合った風景がきっと君たちを励ましてくれると思います。大きく豊かな魂の財産として…。私もそうであったから…。そうやって生きて来たのだから…。
 今度は何処へ行くのかな?。どうか安全第一で励んでください!。

 追伸、台風8号のため宮の浦岳登山は断念したそうです。しかし雨の中、他の多くの島の自然を満喫したそうです。羨ましい限りです。


posted by 三上和伸 at 22:54| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月15日

野の花23 イヌタデ 横浜市 2009.8.14

イヌタデ
イヌタデ(犬蓼、別名・あかのまま・あかのまんま・あかまんま)
 私は男の子だった?ので、おままごとはしませんでしたが、女の子はこのアカマンマで必ずおままごとをしたでしょう。そんな子供に身近な懐かしい草ですが、今の子供は昔の子供のようにこの草で遊んでいるのかしら?。もう見向きもされないのかしら?、今でも沢山生えているのに…。私が教えてあげようかしら?…、孫はいないのだけれど…。
posted by 三上和伸 at 08:14| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花22 ヘクソカズラ 横浜市 2009.8.14

ヘクソカズラ
ヘクソカズラ(屁糞葛、別名・やいとばな・かばねぐさ・さおとめかずら・くそかずら・牛皮凍)
 ヘクソカズラ、何て嫌な名前を付けたのでしょうか。しかし仕方がありません。クソ(糞)の臭いはしませんが、へ(屁)の臭いは大いにします。だから目の敵にして退治をします。ところが深く強靭な根は必ず残り、やがて芽を出し蔓を出し、のさばります。正に雑草中の雑草です。でも花を見ればその激しい敵意も鈍ります。白に紅が入って丸で日の丸の様、秋には黄金色の実が美しく稔ります。しかし実を土に落としてはなりません。やがてそこはヘクソカズラだらけとなり屁の臭いでどうにもならなくなりますから…。
posted by 三上和伸 at 08:09| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花21 ガガイモ 横浜市 2009.8.14

ガガイモ
ガガイモ(別名・乳草・しこへい)
 肉眼で見ればそれは単なる普通の花。しかしルーペで拡大してみれば別世界が現れます。微かな紫を含む繊毛に覆われた星型の花、正に驚くべきデザインと色彩、野の花とはこのような類が多いのです。他の木や草に絡み付いて藪をつくる雑草ですが、微妙な趣?の花を咲かせ意外性を際立たせます。
posted by 三上和伸 at 07:59| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花20 ツルボ 横浜市 2009.8.14

ツルボ
ツルボ(蔓穂、別名・さんだいがさー参内傘・綿棗児)
 私が愛する花は野の花、過酷な自然にあって己が種を絶やす事無く生き継いできた花達。足す事も引く事もできない、ぎりぎりの美しさで輝いています。
 では野の花の美しさはどこから来るのでしょうか?。それは切なる繁殖への願望から生まれきたのです。虫を誘う事の一点を目指し進化し、自然のなすがままに洗われて美しくなるのです。生き抜くための自然淘汰にうち勝ったものだけが美しくなれたのです。だからこそそれを見る自然物の人間が何の掛け値なしに美しいと驚くのは当然の結果で、それこそが逆に人間は自然物であると言う証明です。まるで男が女の美しさに惹かれるが如くに…。そこに生命の切ない結晶があるのですから…。
 このツルボもそんな野の花の一つです。咲き始めたばかりの花、虫はもっと咲き乱れた時に美しいと認識するでしょうが、私は咲き始めのまっさらな状態を美しいと思います。ここが虫と人間との違いと言えます。人間には心があり、その心が清らかさを求めるからです。

 
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2009年08月14日

’09 庭の花89 コバギボウシ 2009.8.14 

コバギボウシ
コバギボウシ(小葉擬宝珠) ユリ科ギボウシ属
 真夏の暑い盛りに咲く紫の花。田舎の田や溝の縁に咲き涼しげです。ギボウシの仲間では最も濃色で美しく、出合えば懐かしさが込み上げてきます。田舎に来たのだと感慨も新たです。
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2009年08月11日

’09 庭の花88 タカサゴユリ 2009.8.10

タカサゴユリ
タカサゴユリ(高砂百合、別名・新鉄砲) ユリ科ユリ属
 仏前に手向けられる鉄砲百合によく似た花、白花の美しい百合です。別名のシンテッポウはそんな様子を見染められ鉄砲百合にあやかって名付けられたものと思われます。但し咲く時期は大いに異なり、春咲きの鉄砲百合に対しこの百合は盛夏の八月に咲き出します。花の少ないこの時期の庭を埋めてくれるので真に有り難い花です。元は外来種で園芸屋が新鉄砲と名づけてこの草のタネを売り出したのが始まりです。その繁殖力は強大で、以来日本の野に野生化しています。
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2009年08月07日

間奏曲135 一輪の花の死

 美人薄命とは悲劇的な言葉です。美しい大原麗子さんの死ほどこの言葉に当てはまる例を私は知りません。病気故の突然の孤独死、真に痛ましい限りです。
 美しい佇まい、愛らしい仕草、そして色を帯びた声、その蠱惑の声を聞いただけでも、彼女の麗しい姿、表情が浮かびます。在りし日の姿をテレビニュースで見て、改めて彼女の無二の魅力を痛感しました。残された作品を見せて頂き永遠の大原麗子を感じたいと思っています。ご冥福を祈ります。 
 
posted by 三上和伸 at 23:59| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

横浜漫歩5 三溪園の夏 横浜本牧 2009.8.7

 *帰国してから一月半が過ぎようとしています。それなのに私は近日までの長い時間、ヨーロッパ旅行の思い出に耽り溺れてきました。それでもようやくそこから目覚めつつある今日この頃であり、普段の自分を取り戻し始めました。そうしたら今度は矢鱈と日本情緒が恋しくなり、三溪園でも行ってみるかと思い立ち、妻と次女を誘って出掛けてみました。先ずは昼飯と思い、近くの隣花苑を訪ねましたが、生憎八月は全休との事。鷹揚な商売をしているな!と驚き、半ば呆れましたが、とにかく古民家での原三溪縁のもてなし料理は中々のもので、これが味わえぬのは残念と地団駄を踏みました。

 *原三溪は生糸貿易で莫大な財を成し、その財を利して己が趣味である文化芸術及び建築を擁護しました。この本牧の邸宅がその証で多くの文化財を収集保存しました。京都や鎌倉の古都からは歴史的建造物が移築され満遍なく庭園に配置され見事な景観を作り出しました。明治三十九年には一般公開もされ、多くの市民の憩いの場としても役目も果たすようになりました。戦後になると原家私邸の内苑の部分も公開されるようになり、三溪園全域が入場可能となりました。
 今回は開港百五十周年記念の一環として、ほとんど全ての建物が入室可能となり、秘密の内苑の隅々までが鑑賞できたのです。勿論、私達は恥ずかしながら入園するまでその情報は知りませんでしたが…。
 内苑は昔の別荘や茶室が多く在り、昔人達の風雅を愛した心の贅沢が偲ばれ、私は憧れを禁じ得ませんでした。

1、三渓園の鳥瞰図
鳥瞰図
 これは入って直ぐの右側にあり、私は立ち止まり暫し眺めました。あのチェスキー・クルムロフにあった鳥瞰図を思わず思い出してしまい、まだまだ私の心中にはヨーロッパが棲みついているのだなと失笑しました。その鳥瞰図の出来はと言うとクルムロフの方が遥かに優り、三溪園さんは残念!負け!。何故なら字が小さくて日本語なのに見難い!。もっと工夫を凝らすように!。心憎いようなサービスをしてごらん、これからは観光立国日本なのですぞ!。

 2、蓮の花 
蓮の花
 鳥瞰図の先の右手の道を辿れば蓮池に行き当たります。私達の目的の一つはこの蓮華を見る事にありました。夏の花・蓮華、暑さをものともせず咲く様は気丈にして優雅、私達を水辺の寛ぎに誘ってくれます。

3、睡蓮の花
睡蓮の花
 蓮池を過ぎると今度は睡蓮池があります。既に花は少なかったのですが、写真は何とか撮れました。葉を水面に浮かべ花も水に浮かんでいるようで、こちらは更に涼しげです。花は開閉運動をする性質があり、夕刻には花を閉じ眠りに着いたように見えます。因って睡蓮の名となりましたが、それにはまどろむような印象の静けさが感じられ、良い名前だと思います。 

 4、大池と三重塔
大池と三重塔
 池と三重塔、これぞ日本の風景ですよね。日本の古都ではお馴染みの風景で日本にいる実感が湧いてきます。山も濃緑の木々が萌え、この緑の深さが日本を表しています。西洋の山にない分厚さがあります。

 5、鶴翔閣(かくしょうかく)
鶴翔閣
 三溪園の迎賓館の役目を預かっている大きな建物で、会議や茶会などの大きな催しにも使われています。
 元は三溪の本宅で縁の文人墨客が出入りをし、当時の日本の文化芸術の一つの拠点となっていました。内部には横山大観等の絵画や書が飾られています。
 
 6、大池に浮かぶ赤橋(観心橋)と東屋(涵花亭)
かんしんばしとかんかてい
 水面に浮かぶ赤い橋と味わい深い東屋。中国風と言えるかも知れませんね…。大池に溶け込んで一服の絵となり見事です。

 ◎内苑
 普段は見る事の出来ない内苑の建物の内部も一般公開されていました。風流極まりない日本建築の粋が見られました。

 7、御門(ごもん)
御門
1708年建築の門。京都東山の西方寺にあった薬医門。
三溪園内苑を守る守護門。

 8、白雲邸
はくうんてい
 大正九年(1920)建造の数寄屋風建築。三溪の隠居所。でも単なる隠居所ではなく、接客や交友の場としても整えられています。近代数寄屋造りの傑作と言われています。

 9、臨春閣(重要文化財)
臨春閣 水辺から
 紀州徳川家の別荘建築、1649年紀ノ川の畔に建てられました。数寄屋風書院作りの夏の別荘で、清々と開け放たれた構造を持ち、夏には如何にも住み易そうに造られています。水と家が溶け合う様は正に涼みの極みでした。  

 10、金毛窟(きんもうくつ)
金毛窟
 三溪作の一畳台目の茶室。侘び寂びの真髄の庵、さぞかしここで頂く茶は旨い事でしょう…。
 名の謂われは、千利休が修造した大徳寺山門(金毛閣)の高欄の手すりを床柱に用いたから。

 11、天授院(重要文化財)
てんじゅいん
 鎌倉建長寺付近にあった禅宗の地蔵堂。1651年建造。
 美しい茅葺屋根が印象的でした。

12、月華殿(重要文化財)
げっかでん
 1603年に徳川家康が京都伏見城内に造らせた諸大名伺候の際の控え室。大正七年に三溪園に移築されました。

 13、聴秋閣(重要文化財)
ちょうしゅうかく
 徳川家光が二条城内に造らせた楼閣。後に春日の局が江戸で譲り受けました。大正八年三溪園に移築されました。

 14、旧天瑞寺寿塔覆堂(きゅうてんずいじじゅとうおおいどう・重要文化財)
寿塔覆堂
 寿塔とは長寿を願って生存中に建てる墓の事。豊臣秀吉は母の大政所のために京都大徳寺の天瑞寺に寿塔を建てました。現在でも寿塔は大徳寺にあり、その覆堂(1591年築)だけがこの三溪園に移築されました。

15、春草蘆(しゅんそうろ・重要文化財)
春草蘆
 織田信長の弟の有楽斎の作と伝わる三畳台目の茶室。京都・三室戸寺金蔵院の月華澱に付随して建てられたものと言われています。大正七年に前述の月華殿と共に三溪園に移築されました。

 16、蓮華院の土の人形
れんげいん
 三溪が大正六年に建てた六畳と二畳中板の茶室です。土間と壁には宇治平等院鳳凰堂で使われていた円柱と格子があります。


 ◎外苑
 今まで公開されてきた三溪園の表の顔です。花に彩られた庭に潤いある水辺、そして豊かで深い森、それらは何時までも変わる事はありません。

 17、旧燈明寺本堂(重要文化財)
きゅうとうみょうじほんどう
 京都にあった燈明寺は廃寺となり、昭和二十二年の台風で被害を受け長らく解体保存をされていました。漸く昭和六十二年にこの三溪園に移築され今日に至りました。行き場所を失った寺院やその他の建造物はこの地で新たな役割を果たして行きます。それはそれで本来の務めとは言えませんが真に望ましい事で、その恩恵を横浜に住む私は多く受け、楽しませて貰っています。遺産よ永遠に…。

 18、合掌造り・旧矢の原家住宅(重要文化財)
合掌造り
 白川郷にあった合掌造りの民家。生憎の御母衣ダム建設の用地に掛かり、解体を余儀なくされました。そこで矢の原家は移築を願い、横浜の三溪園に譲る事になったのです。このように今も美しい姿を晒しています。喜ばしい事ですね。

 19、旧東慶寺仏殿(重要文化財)
きゅうとうけいじぶつでん
 室町時代の建造と言われるこの仏殿、何故ここにあるのか釈然としませんが、それなりの訳があるのでしょう…。東慶寺は北条時宗の妻・覚山尼が時宗を供養する為に開いた尼寺です。駆け込み寺とか縁切り寺と呼ばれ女性の味方の寺と言えます。ここに逃げ込めば嫌な亭主から別れられる、それは現代でも必要でありましょう。

 20、横笛庵
よこぶえあん
 建礼門院の侍女・横笛の悲恋に纏わる庵。横笛は恋人の滝口入道の千束の恋文をもって己が像(恋文を溶かした張り子)を形作ったそうです。その像が第二次世界大戦までこの庵に存在していたのです。戦争は何もかも壊す悪魔。悪魔に負けてはなりません。
 それにしても素敵な茅葺屋根ですね。

 21、旧燈明寺三重塔(重要文化財)
きゅうとうみょうじさんじゅうのとう
 この三溪園のシンボル、近くでも遠くからでもよく見えます。それは力強く天を指して私達に何かを語っているようです。何かは分からないけれども…。
 室町時代の造り、大正三年にここに移築。

 22、おやつ 三溪園茶寮
かき氷白玉小豆 お団子
 隣花苑がお休みだったので…、とうとう私達はお昼を食べず仕舞いでした。お中がペコペコでしたが、昼食には遅く仕方なくお茶屋さんのかき氷とお団子で我慢をしました。でもその美味しかった事!。その冷たさと甘さは五臓六腑に染みわたりました。暑さ故の気だるさもなくなり、元気にもう一歩きしました。
 
 参考: 三溪園のしおり、各建造物に備えられた案内看板
 
posted by 三上和伸 at 23:03| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自然の風景12 白夜の太陽 シベリア上空 2009.6.24

白夜の太陽
 自然通信57にも掲載した白夜の日の出ですが、最初の太陽の頭出しからこの写真の完全の日の出まで長時間が掛かりました。その間私はまんじりともせず一心に太陽を見続けました。そしてとうとう日の出は終了しました。ほっとした穏やかな喜びがありました。
posted by 三上和伸 at 21:04| 自然の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自然の風景11 シベリアの大河 2009.6.24

 シベリアの大河
 初めは眠りに着こうとしていたのです…成田からは自分の運転で帰宅しなければならないのですから…。しかし旅の充実による極度の興奮と機上からの展望に魅入られて、とうとう一睡もできませんでした。延々と十時間余り、私は地上の風景の有様を見続けました。それは恐ろしい光景でした。シベリアの油田?から漏れる灯火が正に鬼火の如くぼうっと見えました。それはかなり長い間見え隠れして不気味でした。恐らくそれはチュメニ油田だろうと想像しました。やがて白夜の短い夜は明け白み始めた途端、この光景が目に飛び込んできました。私は空に投げ出されたような幻覚を覚え、その先に巨大な龍のような大河がありました。震える手でシャッターを切りました。
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海外の景色28 さらばブダペスト、さらばヨーロッパ 2009.6.23

プダペスト税関のマーク?
ブダペスト税関のマーク?
 初めは尻込みをしていた海外旅行ですが、案ずるより産むが易しですね、やってみれば何と大きな喜びをくれた事でしょう。城や寺院の歴史的建造物、美しい町並み、音楽を始めとした文化芸術、そして美味しい食事、その豊かさに、正直、腹一杯の大満足の旅でした。
 ヨーロッパは比較的人工の都市文化の国々で、古き良きものが残され見事ですが、その分自然の息吹きに乏しいと思われました。特に植生の豊かさでは日本に遠く及ばないでしょう…。しかしそれだからこそ、先祖が残した文化を守り育てる事に努力を傾けてきたのでした。その姿勢は日本より遥かに高く日本は学ぶべきものが多々あります。否、学ばなければなりません。古きを捨て新しさを追い求める日本、高層ビルばかり建ててないで温もりのある町造りをするようにと…痛感しました。
 とにかく楽しかった、ヨーロッパは素晴らしかった。感動をありがとう、また来ます!。
posted by 三上和伸 at 20:55| 海外の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

海外の景色27 ブダペストの夜景 2009.6.22

ブダペストの夜景
ブダペストの夜景
鎖橋、丘の上には王宮が見えます。
 本日の取って置きのメインイベントがこのライトアップされたドナウのナイトクルーズでした。ところが生憎の雨で船内からデッキには降りられず、皆戸惑いを隠せませんでした。ワインやドリンクを飲み、慰め合いながらのガラス越しの見物となりました。それでもそんな私達の切なる願いが天の神かドナウの神か分かりませんが、神様に通じ終了間際の十分間は雨が止みました。皆は一気にデッキに躍り出て、デッキはお祭り騒ぎの撮影会となりました。私達も鎖橋や王宮を背にポーズをとり、写してもらいました。それは素晴らしい夢見る風景でした。
posted by 三上和伸 at 23:52| 海外の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海外の景色26 ブダペストの路面電車 2009.6.22

*路面電車(トラム)
ブダペストの路面電車
 トラムとは路面電車の事、そしてハンガリーではヴィッラモシュと呼ばれ親しまれています。私達も出来れば乗ってみたかったのですが、外国での不自由な身の上、時間もなく断念しました。
 ドナウの船上レストランへ向かう途中、ドナウ川の川岸を走るトラムに出会いました。間口の狭いスマートな車体を駆使し誇らしげに走ります。私達は「いいね!」「可愛いね!」と褒めそやしました。日本の江ノ電を見ているようでした。
 
posted by 三上和伸 at 23:49| 海外の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海外の景色25 プダペストのカフェ 2009.6.22

 *カフェ、ジェルボー
カフェ、ジェルボー
 ブダペストでも老舗のカフェ・ジェルボー、あのエリザベートも愛したと言われる有名なお店です。でもそんな御大層なものではなく、ゆっくりと長時間お茶しお喋りをしても平気で許される自由なカフェです。事実私達は一時間余りお喋りの花を咲かせました。…勿論、私はシシィの残したうつり香を全身で感じ取り、それを愛しみながら?…。
 店内は重厚で落ち着いた大人の雰囲気を持ちインテリアも素敵でした。私達は先程のオペラハウス見学からの流れでこのカフェに立ち寄りました。最初にカウンターでそれぞれのケーキを選び、席に着きました。厚化粧ですがどこかはにかんだ小母さんに近い女性が対応をしてくれ、ケーキとコーヒーを席に運んでくれました。優しい対応が私の気持ちにそっと触れたので、アンジェリカに聞くと、アンジェリカいわく「ハンガリーの女性はシャイな人が多いのですよ」と。「それは素敵な事だね、何時までも失わないで欲しいね…」と私は付け加えました。この後ここで私とアンジェリカは大いに語り合う事となりました…妻の嫉妬?も顧みずに…。それはまた後日の項で…。
 
 ケーキもコーヒーも店の雰囲気に優るとも劣らぬ素晴らしさがありました。本当に美味しかったのですよ!。
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2009年08月05日

’09 庭の花87 カノコユリ 2009.8.5

カノコユリ
カノコユリ(鹿の子百合) ユリ科ユリ属
 ユリ科ユリ属は美花の集まり、しかもそのほとんどが清冽な芳香を持つ香り花です。このカノコユリは特に素晴らしく、その香りは強いが他の百合に比べ甘く柔和です。花に顔を近づけなくても、前を歩けばそこはかとなくふくいくたる香りが漂い惹きつけられます。暫くの間、庭を横切るのが楽しみです。
 夏の花と言えばヒマワリやアサガオが一般的ですが、実は百合も夏の花です。透かし百合、小鬼百合に始まって山百合、鬼百合、鹿の子百合と続き、最後は高砂百合が幕を締めます。梅雨の後半から夏の終わりまで咲き連なり、百合は正に正真正銘の日本の夏の花なのです。
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’09 庭の花86 キンミズヒキ 2009.8.5

キンミズヒキ
キンミズヒキ(金水引) バラ科キンミズヒキ属
 水引と称される事物は幾つかあり、一つは麻などを水に浸して皮を剥ぐこと、二つには仏前、神輿、舞台前などに張り渡す幕のこと、三つには進物用の包装紙などに用いる紙糸で、数条を合わせて中央から紅白、金銀、黒白に染め分けにしたもの等…。
 この内の紙糸の水引に喩えたのがタデ科の多年草のミズヒキで、この花は紅白の糸状の花穂を持っています。そしてそのタデ科のミズヒキになぞらえたのがバラ科のキンミズヒキで、黄色のミズヒキ、キンミズヒキと名付けられました。花の少ない夏に咲く黄花で貴重であり、私は大切にしています。
 またこの花の果実には鉤状の棘があり、それは動物や人の衣服に付き遠くへ運ばれます。他者を利用して広範囲に繁殖を図ろうとする仕組みで、草と言っても賢く侮れません。自然界は奥深く真に興味の尽きる事はありません。
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2009年08月04日

海外の景色24 国立オペラ座 ブダペスト 2009.6.22

 西洋の芸術文化を代表するのがオペラとオペラ座、それは優雅にして豪勢な別世界であり、誰もが憧れる娯楽の殿堂でもあります。
 紳士淑女が着飾って詣でるのがオペラ観劇の常、それはこのオペラ座の贅を尽くした威容に適うためには仕方のない事かもね?、特権階級の社交の玩具と言われて久しいですが、せめて一寸した装いで安価に出入りできたら良いのにね!。私は庶民の出なので、このような上流志向は性に合わず嫌いです。しかしオペラは好きで、未だにマリア・カラス(故人)の大ファンです。カラスの映画は感激しましたし、CDでよく聴きます。正に空前絶後のソプラノの権化のような人です。

 @オペラ座正面
国立オペラ座
 ウィーンオペラ座の三分の二のモデルと言われており、正にウィーンオペラ座の弟(妹)分です。オーストリア・ハンガリー二重帝国時代の産物で盟主の国より大きなオペラ座は造れなかった…、弱国の悲哀を感じさせる話です。でもガイドのアンジェリカは言っていました。「使われた材料や資材はハンガリーの方が上です」と…。

 A階上の客席、シシィの席 
階上の客席
 写真右端、二階の大きな枠の席はエリザベート(シシィ)の席だったそうです。私もそこに座りましたが極めて舞台は観難く、可笑しなものだなと疑問を持ちました。因みにフランツ・ヨーゼフの席は舞台正面後方で極めて見易く良い音が聴こえたでしょう。またまたアンジェリカは言いました。「シシィの席はオペラ座の全席から一番よく見える席なのです。もうお分かりですよね、シシィは自分を客によく見せるためにこの位置に座ったのです。」。オペラのヒロインよりシシィが主役だったのですね。驚きです。

 B天井画
天井画
 ギリシャ神話が描かれた天井画、オペラハウスの豪壮さをいやが上にも盛り上げます。客席は皆、その威容の有り難さに平伏し、オペラ(座)の僕となるのです。
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海外の景色23 聖イシュトヴァーン大聖堂 2009.6.22

聖イシュトヴァーン大聖堂
 ヨーロッパの旅はそのツアーの質にも依るのでしょうが城と寺院ばかりで流石にここまで重なると辟易します。緊張感の欠いたお座なりの見学となりつつありましたが、そんな私の萎えた脳と心に衝撃と感動を与えてくれたのが、このイシュトヴァーン大聖堂でした。
 その時、聖堂は礼拝の最中でした。神父の経典を唱える声が聞こえ、それが過ぎるとすかさずパイプオルガンが鳴り響き、堂内は厳かな雰囲気に包まれました。そしてそのオルガンに乗り聖歌がソプラノで歌い出されました。それは優しくたおやかな歌声で、いとも容易く心に迫り来て、まるで聖母マリアが歌ってくれているようでした。その絶唱はそこにいる全ての人に遍く降り注ぎ、異次元の感動を与えました。私は心震え体も奮え、あのレクイエムの極め付けのソプラノを想い浮かべました。ツアーの皆は口々に「素晴らし歌声、癒されました」と私に述べ、歌の真の素晴らしさを知り得た事を喜んでいました。
 この感動は今もって私の心の灯火として温かさを保っています。そしてあのソプラノの歌声は私の内耳の奥深くに密封され、美しく木霊しています。
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間奏曲134 蝉の羽化 2009.8.4

 今、夜の七時五十二分、蝉の羽化を見つめています。静かに静かに蝉を驚かさないように息を殺して見ています。白い体に円らな真っ黒い目、何とも愛らしい表情です。思わず皆で異口同音に「可愛いね…」と呟いてしまいました。蝉は薄緑の羽を伸びやかに広げゆっくりと乾くのを待っています。やがて乾いて体が発色すれば何蝉か判るでしょう。そして夜空に飛び立つでしょう。きっとよい親蝉になって沢山子孫を残す事でしょう…。「頑張れよ!」と励ましました。思いがけず命の切なさ健気さを感じさせてくれました。「ありがとう」
 因みにこの蝉は夕方庭の草にしがみ付いているのを次女が草ごと持ち帰りました。花瓶に差してベランダに置き、観察しているところです。

 追伸:蝉は体も羽も茶褐色に変えました。そうアブラゼミでした。(十時四十五分現在)

 翌、八月五日六時三十分
 蝉を見にいったところ、もう飛び立ったようでそこには草(高砂百合)と抜けがらだけが残されていました。きっと元気にしてる事でしょう。
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間奏曲133 次女の富士登山

 昨夕、次女が富士山から無事帰って来ました。無事と敢えて申したのは親として当然であり、帰るまでの心配は常に私の心の片隅に疼いていたからです。ここ数年次女は幼稚園の行事の一環として自主参加で富士に登ってきました。その行為は自然愛好家の私としては大変喜ばしくまた頼もしくもあります。どちらかと言うと現代っ子の次女が自然を愛するようになるなんて夢のようです。でも親は心配なのです。どんなに山のベテランの園長先生の引率であれ、親の心配は無くなるものではありません。私は娘に釘を刺しました。「富士山以外は登らないように!」と…。でもこれは親のエゴかしら…、親の足枷かしら…、成人の子供には何もかも自由にさせるべきなのかしら?…、どんな事でも悩む、私は駄目な親かしら?…。
 追伸、今回は悪天候のため、山頂は踏めなかったとの事。でも八合目からのご来光は幸運にも拝めたようで、美しい朝日の写真を見せてくれました。
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2009年08月02日

間奏曲132 天候不順何時まで?

 横浜は梅雨明け?したのに不順な天候が続いています。もの凄く蒸し暑い日があったと思えば一転気温の低い曇天降雨の日が続きます。何れにしても大気中に水蒸気が充満しているようで極めて不快です。日照不足や根腐れで野菜の値段も高騰し出しており、米の不作も心配されています。どうやらエルニーニョ現象もあるようで、今年は冷夏になると予想されています。
 私の子供の頃はもっと気候にめりはりがあったような気がします。梅雨は夏休み前には開け、その後長く晴天が続き、前線に因る雨などなかったようです。毎日勉強は一切せず、近くの海岸に行き真黒に日焼けをしていました。体の皮など何度もむけました。二学期には肌の黒さを競い合ったものです。
 今、私は極めて厭な感覚を持っています。後少ししたら地球は人類にとって住みにくい星になっているのではないかと?。この感覚は誰もが皆、何となく感じている筈ですが、最早深刻に受け止め対処しなければならないある一線を越えているのではないかと?。後二十年後の夏は私達に四十度を超える気温と大量の雨による洪水、そして極度の冷夏による食糧不足が襲いかかるのではないかと…。
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2009年08月01日

間奏曲131 三上夏子ピアノ教室サロンコンサートVol.6 〜夏〜を聴いて

 今日、横浜市イギリス館で我が娘が主宰するサロンコンサートを聴いてきました。今回は小学五年生以下の、可愛らしい生徒さん達が出演し、愛らしくも立派な演奏を聴かせてくれました。
 年長さんの男の子は中々の役者で意欲満々の弾きっぷりを見せてくれました。
 小学二年生は四人の女の子が出てくれました。最初の子はお母さんと連弾で「大きな古時計」を弾きました。あの素敵なメロディーが柔らかく温かい音で響き、うっとりさせてくれました。
 次の子は八分の六拍子の難しいリズムをきちんと数えて弾いてくれました。頑張りました。
 三番目の子はカノンの追いかけっこやラクダの歩行のテンポがとても上手でした。
 四番目の子は朗読と演奏を見事にこなし、中々の語り部でした。その光景が目に浮かぶようでした。
 そして四年生の女の子はル・クーぺの練習曲を弾きました。練習曲なのにとても優しく弾いてくれました。
 五年生は二人の女の子で、流石に五年生、難易度の高い名曲を披露してくれました。最初の子は、ベートーヴェンのソナタを…、ソナタ形式を演奏するなんて凄いなと思いました。
 次の子は何とバッハのインベンションを弾きました。右手も左手もメロディーで、それが交差する頭がゴチャゴチャになってしまう難しい曲を立派に攻略しました。凄い!。
 一部の最後は夏子先生のドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」でした。この曲については以前このブログに書きましたが、どうも彼女のお得意の曲のようです。甘く美しいピアノの音の官能性がよく表れていたと思いました。
 二部は主に連弾や二重奏が行われ、これぞサロンコンサートと思われる最高に楽しい演奏ばかりでした。お馴染みの三者連弾、伴奏の楽しさ大切さが分かる二者連弾(先生が高音部)、バッハのメヌエットをピアノとヴァイオリンで弾き分けてくれた多芸の女の子、「オズの魔法使い」の虹のかなたにを母子連弾で弾いてくれて美しかった事、そして最後に先生と先生のお母さん(私の妻)が連弾で演奏したディズニー・メドレー、とっても盛り上がり楽しかった…。
 また次回を楽しみにしています。みんな音楽をありがとう。
posted by 三上和伸 at 23:59| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする