2009年10月31日

間奏曲170 お散歩日誌 

 お散歩を始めて今日で三日目(三回目)、カメラを片手にキョロキョロウロウロ、わずかの散歩でも新たな発見があり楽しめます。さらに私の歳時記や野の花の記事のネタも見付けられるのです。ここで昨日と今日のご報告をいたしましょう。 

 10.30 歩数=7595歩
 杖をついたお婆さんに出会いました。お婆さんは「朝は気持ちが良いねー」とおっしゃいました。私は「そうですね、おはようございます!」と答えました。それだけですが、恥ずかしさの割には心が通ったように思いました。茶の木もここら当たりで見つけました。

 10.31 歩数=9683歩
 
 歩数は散歩と外出(仕事など)の合計です。


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私の歳時記 2009.10.30 茶の木 横浜市

茶の花
チャノキ(茶の木、別名・チャ) ツバキ科ツバキ属 中国南西部原産
 この辺りの農家(元農家)では生垣にツゲやチャノキを用いるようで、その内の茶の木に花が咲いたのでした。チャの花は秋から初冬に掛けて咲くもので山茶花に近くよく似ています。
 この花は本来、下を向いて咲くのですが、この写真の花は咲き始めである事と下の二枚の葉が支えとなり行く手を塞いだために横向きになりました。それが幸を奏しよい姿で撮れました。純白で山茶花より更に小さい可憐な花です。
 
 
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2009年10月30日

私の歳時記 2009.10.30 十三夜の月

十三夜の月
 十三夜の月見は醍醐天皇に始まったと言われ、宇多法皇はこの月を無双と賞したそうです。改めてその伝で観れば「なるほど、そうかも知れない!」と影響を受け易い私は、十三夜の月を見直しました。そのカーブが何とも言えず意味深いのですよね…。満月はもちろん素晴らしく、これに優る月はありませんが、天の邪鬼は十三夜の月を愛するのかも知れませんね?
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私の歳時記 2009.10.30 実りの秋・ジュズダマ 横浜市

ジュズダマ
ジュズダマ(数珠玉) イネ科ジュズダマ属
 帰化植物で、熱帯アジア原産のイネ科の草本です。比較的寒さに強いのかも知れませんね、日本にも自生しているのです。本来は水辺にあるのですが、農家の畑の傍の土手にありました。もしかしたらここの方が植えたのかも知れませんね?、お好きな方が多いようですから。…私も会えて嬉しかった!。 皆様も良くご存じと思われますが、この実で数珠が作れるのです。ジュズダマ、立派に実っていますね。
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’09 庭の花115 ダイモンジソウ 2009.10.30

ダイモンジソウ
ダイモンジソウ(大文字草・紅花) 
 紅花が美しいので植えてみました。同じ種の色違いの花を求めるのは人の常ですが本来は野生にないもの、私も欲深い人間である事をこの花は証明していますね?…。でも美しいからいいでしょう。
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2009年10月29日

’09 庭の花114 ツワブキ 2009.10.29

ツワブキ
ツワブキ(漢字は難しく表記不可能) キク科ツワブキ属
 つやのある大きな葉、そのつやが訛ってツワブキの名となった説があります。海岸の崖に生え、秋遅く黄色の鮮やかな花を咲かせます。若い葉柄は食用となり煮付ければ本来のきゃらぶきになります。葉は民間薬としてあぶって腫れ物などに使われます。海辺に住む者にとっては馴染みの深い草であり、私も良く食べました。コツは良く晒して灰汁を抜き取る事です。
このツワブキをもって我が庭の花も終わりを迎えました。まあ、お釣りとして何かが咲くかも知れませんが、一応これで終わります。来期はまた別の角度から様々な花を取り上げたいと思っています。
 
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’09 庭の花113 リュウノウギク 2009.10.29

PA290694.JPG
リュウノウギク(竜脳菊) キク科キク属
 リュウノウギクと変った名ですが、この菊の葉を揉むと竜脳の良い香りがするのでそう名付けられました。因みに竜脳とはスマトラボルネオ原産のリュウノウジュ(竜脳樹)の材にある結晶(樹脂)の事。香料や防虫剤として用いられます。
 美しい白菊であり、深い秋の侘びしい庭を彩ってくれます。そこは一際華やいで観えます。
 
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2009年10月28日

私の歳時記 2009.10.28 酣(たけなわ)の秋 横浜市

 「私の歳時記」と名付けて新しいカテゴリを追加しました。ここでは四季折々の風物や出来事の一駒を取り上げ、潤いある暮らしの提案をして行けたらいいなと思っています。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 
 *お散歩日誌
 昨年のお散歩日誌は途中で挫折をしてしまい、誠にお恥ずかしいところをお見せしました。今年は余り気張らずにやろうと思い、今朝から始めました。デジカメ持参で家を出ました。 歩数=8321歩

 1、烏瓜(カラスウリ)の実
カラスウリ
 のんびりと歩いていると様々なものが目に飛び込んで来ます、早速烏瓜を見つけました。だいぶ実の熟成が進んでいるようで、見事な紅色を見せており秋の深まりを実感させられました。食べられませんが美味しそうでしょう…。

 2、柿の実
カキ
 立派な柿の実がなっていました。つやつやとしてとても美味しそうでした。しかしきっと渋柿でしょう…、やがてジュクジュクに熟せば甘くなり、小鳥の御馳走になるでしょう。私は見るだけで満足する事にしました。

 3、百舌鳥(モズ)
モズ
 キッキッキッキッ・・・・・、キッキッキッキッ・・・・・と、けたたましい鳥の鳴き声がしました。しかも何羽かいるようで、あちこちで鳴き叫んでいます。そうです、モズが縄張りを主張して高鳴きをしていたのでした。幸い下手ですが写真が撮れました。サンキュー、モズ君! 元気でな!

 4、ヤマブドウ(山葡萄)?の紅葉
ヤマブドウ
 まだ幼い株の様です。地面に這いつくばって葉を紅に染めていました。当然あの黒く甘酸っぱい実も見当たりません。何時か成木となった折には実を摘んでジャムでも作ってみようかしら…、ちゃんとこの場所を覚えておいて?…。それにしても綺麗な紅色ですね、秋酣ですね…。 
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2009年10月27日

間奏曲169 生きるって難しい?

 一昨日の深夜にNHKでやっていた加藤和彦の追悼番組を視聴しました。お陰で昨日は眠くて早寝をしてしまいブログは書けませんでした。しかしまだその番組の感動は私の胸の温もりとして残しており、今私の幾らかの感慨を書こうと思いました。
 数々の歌に感激しました。「悲しくてやりきれない」、「白い色は恋人の色」、「イムジン河」、「不思議なピーチパイ」(竹内まりあが素晴らしかった)、そして木村カエラの加わったミカバンドのロックのいかした曲、時間を忘れて聴き入りました。
 しかし不可思議ですね…、過去の栄光に現在の自分が負けたのでしょうか? 自らで全てを終わりにしてしまうなんてね、もう充分に加藤の芸術は完結していたと想いますけれど?…。悠々自適に余生を楽しめた筈なのにね…、まだまだ上を見ていたのでしょうか?…、それが叶わずに絶望したのでしょうか?…。そう言う人は沢山いますが…。
 「あの素晴らしい愛をもう一度」、もう一度、素晴らしい愛を思い出して欲しかったですね…。
 謹んでご冥福を祈ります。
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2009年10月25日

間奏曲168 安心の声…

 「おー、よしよしよし、おー、よしよしよし」
 ソプラノの甘く優しい声…、今、お茶のCMで流れるあの女優の子をあやす声、何て懐かしく麗しいのでしょうか…、うっとりとしてしまいます。でもそれはいつかどこかで聞いた声、そう遠い昔、母の胸元で聞いた声、あの心をとろけさす安心の声…。するとあの赤ちゃんは遠い昔の私かしら…、何て幸せだったのでしょうか…。
posted by 三上和伸 at 22:27| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月24日

間奏曲167 続・庭の手入れ

 午前中よい調子で手入れを進め、大分はかどりました。『この分だと今日は予定していた以上の仕事ができるな!』とご満悦で昼休みとしました。一人の食事だったのでカップうどんでさっさと済ませ椅子でちょっと休みました。ところが疲れが出たのか居眠り?(熟睡?)をしてしまいました。「しまった」と飛び起きたところ、外は何やらショボショボと雨音らしきものが…、更に「しまった!」とダブルしまったになり庭に飛び出し雨に濡れながら散らかした道具の後片付けをしました。そして地団駄を踏んで「もう少しやりたかったのに、悔しい!」と…。でもよく考えてみれば居眠りしたのは疲れている証拠、雨が降ったのも天の声、天の恵み、私の中の優しい私が「何時だってできるじゃない!、今日はお休みなさい!」と囁いている様に感じました。何時かはできる、何時かは終わる。急がないでゆっくりと楽しみながらやる…、そう思うと心は軽くなり希望がみえました。
posted by 三上和伸 at 18:24| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲166 庭の手入れ

 百以上の野草が咲いた我が庭、その多くの成果はブログの“庭の花二千九年版”として残す事ができました。それは私の微力の賜物と言えますがそれもこの庭がなければ不可能な事、誠に庭がある有り難さを実感しているところです。そんな訳で庭への恩返しとしてこれから暫くは庭の手入れをしていきます。無駄な枝を掃い雑草を抜き、ごみをかたずけ芝刈りをして行きます。また来年も美しい花が咲くように、皆で愛で褒めそやし愉しみ合えるように…。私の努力が美しさに繋がるように…。
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2009年10月23日

交響曲列伝2 その歴史・下

 ブラームスがウィーンの伝統にこだわり古典形式の交響曲作りに邁進している頃、二人のフランス人の作曲家もまた古典様式に則った優れた交響曲を書きました。それがS・フランクとサンサーンスで確固たる形式を持ち、知的でセンスの良い温和な作風を示しています。何しろ力まず声高に叫ばない知性溢れる交響曲で、如何にもフランス人の作らしい上品を感じさせ感心させられるのです。
 
 フランクには二短調の一曲しかありません。しかしベルリオーズ以来の本格的な交響曲であり、しかもベルリオーズの革新的な作風とは正反対の古典的でアカデミックな作品でした。熱心なカトリック教徒として生き教会のオルガニストでもあったので、その宗教心から清らかで敬虔な曲想が素晴らしく、哲学的な高さも持ち合せています。

 サンサーンスは極めて才気走った作曲家で、技能とエスプリに富んだ多くの作品を残しました。その作曲技法は素晴らしく、同時代のドイツのブラ−ムスでさえ一目を置いていたほどです。堅固な構成とフランスのエスプリの閃き。交響曲第三番ハ短調「オルガン付き」にもそれは確かに存在し、才気は活発で知性に溢れ、さらに娯楽性まで備わっておりこれは傑作です。

 また同時期にカルメンのG・ビゼ−がおり、交響曲ハ長調を作っています。極めて若年の作で成熟度は足りませんが、美しいメロディーが横溢し捨て難いものがあります。但し、私はこの曲のLPは持っていますが、CDがありません。出来ればCDを求めて、この場で論じたいと思っています。ご期待あれ!

 十九世紀後半はドイツ・オーストリア及びフランス・イタリア以外の国々でも音楽が持て囃され盛んになり、民族に根ざした新たな音楽が作られ初めました。これらの音楽的潮流は一般に国民楽派と呼ばれており、交響曲の世界では取り分け二人の作曲家が群を抜いています。一人はロシアのチャイコフスキーであり、もう一人はチェコのドボルザークです。どちらも希代の名旋律家であり、二人の交響曲は美しいメロディーで満ち溢れています。そしてこれについては当時のブラームスがその素晴らしさに舌を巻いています。ブラームスは言いました。「ドボルザークが屑籠に捨てた楽譜の中から適当な旋律を見付け、それで俺なら交響曲の一つや二つは作れる!」と…。それほどにドボルザークの旋律の才能をブラームスは羨んでいたそうです。因みにチャイコフスキーのブラームス感も述べておきましょう。チャイコフスキーはブラームスの音楽を全く理解できなかったようです。「私にはブラームスは退屈で堪らない、こんなものが最大の賛辞を浴びるなど理解できない!」。ついでにドボルザークのブラームス感も…、「僕は彼の第三交響曲のような交響曲を作りたくて六番の交響曲(自身の)を作りました…」。ついでのついで? ブラームスのチャイコフスキー感は「どうでもよい作曲家」。でも第五交響曲は本人の前で「フィナーレは頂けないが他は好きだよ」と誉めています。チャイコフスキーはそれを夢心地で聞いたそうです。
 チャイコフスキーは交響曲第六番「悲愴」、ドボルザークは第九番「新世界」を取り上げます。

 そして交響曲は益々ドイツオーストリアを離れ、周辺の国々に飛び火して行きました。フランス、ロシア、チェコ、そしてイギリスやフィンランドにも波及して行きます。近代現代の交響曲作曲家では、フィンランドのシベリウス、ロシアのプロコフィエフ、そしてソビエトのショスタコーヴィチを取り上げます。長い時間が掛かりそうですが、完結を目指し頑張ります。お楽しみに…。
 シベリウスは交響曲第二番二長調、プロコフィエフは古典交響曲、ショスタコーヴィチは第五交響曲を取り上げたいと思っています。
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2009年10月22日

’09 庭の花112 ダイモンジソウ 2009.10.22

ダイモンジソウ
ダイモンジソウ(大文字草) ユキノシタ科ユキノシタ属
 ユキノシタの仲間は地味ではありますが、風情ある美しい花が多いようです。このダイモンジソウはその中でも一際人気のある草で愛好者が多く園芸化されています。時々とんでもない改良変種が現れ私は苦虫を噛みつぶしたような顔になりますがそれも仕方ない事、お金にならなければ園芸家は困りますものね。しかし、私は原種が好きです。ある園芸店で若い女子園芸員にこの花の原種と派手な園芸種を前にして「あなたはどちらが綺麗だと思いますか?」と尋ねたところ、「私は原種が好きです、すっきりとして綺麗ですよね!」と答えました。「そうでしょう、そうでしょう…」と私は合点。…人が種の領域に手を加えればその種の真の魅力は失われるものです。そろそろ私達もそれに気付く時が来ているようです。美しきかな! 大文字草。
 
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間奏曲165 流星再び

 今、15分の間に二つの流星が観えました。尾は短かったのですが、非常に明るく花火のような華やぎがありました。鮮やかな流星でした。しかし今回も願い事を唱えるのは失敗してしまいました。「あっ観えた!」と驚いて言って仕舞い、その刹那光は消えてなくなり、己の愚図さ加減に呆れました。やはり慣れが必要だと痛感しました。でも綺麗でした。本当に素晴らしかった…。
 因みに、どんな願を唱えようとしていたか? 「それは秘密です?」

 追伸: 題名の間奏曲を簡素曲と書いてしまいました。寝ぼけていました。御免なさい…
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2009年10月21日

ピアノの話9 ハンマ−の大きさ

 1、各音域によるハンマーの形態と大きさ
ピアノハンマー
左から低音部15B、中音部40C、次高音部62A#、高音部79D#
ピアノハンマーは音域により大きさが異なります。低音部の太い銅巻弦にはより大きな重いハンマー、中音部の太い三弦の鋼鉄弦には幅広の大きなハンマー、そして次高音から高音の細く短い三弦の鋼鉄弦には幅広のより小さく軽いハンマーが使われています。より美しい最高の発音を導く為に計算され尽くした大きさを有しています。
 
 2、最低音部1Aと最高音部88Cのハンマー
PA210679.JPG
 大きさの違いがよく分かります。この違いで全鍵盤に亘るバランスが生まれるのです。それはピアノ作りの一つの妙味です。
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2009年10月20日

間奏曲164 流星群

 今、オリオン座流星群を観ているのですが、地平線から上は薄い雲が掛かっているようでまだオリオン座自体が見えません。南西の空にある木星は驚くほど良く見えているのですが…。でも今日は少し粘るつもりでいます…まあ明日は朝から仕事があるので午前零時過ぎまでの予定ですが…。皆様のお宅の空は晴れているかも知れませんので、ちょいとご覧になられては如何ですか?。これから東の空にH型をした星座が現れ夜更けに掛けて西に移動します。Hの右下には青い一等星、左上には赤い一等星があり、これが目印でオリオン座です。その赤い左上の星近くから流星群は飛び出すようです。上手く観られるといいですね。
 オリオン座流星群はハレー彗星が宇宙に残した塵が流れ光るものだそうで、この四五日のうちが一番地球に接近するそうです。

追伸: 観えました! 遂に観えたのでした。23時25分にオリオン座の赤い一等星・ベテルギウスの傍を東から西へ流れ行きました。かなり尾を引きました。でも突然だったので願い事は唱えられませんでした。残念! あと一つ見た時には願い事を忘れずに言うつもりです? ではもう一頑張りしてきます。

 再びの流星は叶いませんでした。今日はもう休みます。お休みなさい…お健やかに。
posted by 三上和伸 at 22:12| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

木曾漫歩3 奈良井宿 2009.10.11

 1、水場
水場
 昔は多くの町人や旅人が使ったでありましょう…この水場…、今は使う者はなく、ただ水音だけがジョボジョボと清涼感を漂わせていました。水に触れてみました…、手がしびれるほどに冷たかったのでした。
 
 2、奈良井の家並
家並
 奈良井はよく町が整えられており、その保護活動の盛んさが見て取れました。そんな美しい街を漫ろ歩けば、自然と愉快が湧いて来て、旅の楽しさはここに極まりました。妻もとても楽しげで土産物屋を梯子していました。「何か買ったのかい?」と尋ねたら「一寸ね」と答えをはぐらかしました。

 3、道祖神
道祖神
 この男女和合の道祖神は江戸期のものとされています。この頃になると道祖神も魔除けや安全を守る神としてよりも男女の縁談や家庭の幸福、更に子孫繁栄を叶える神として建立されるようになったのだそうです。そう思い、よくよくこの和合の神様を見るとやたら仲が良さそうで、何か当てられちゃいました?

 4、造り酒屋
蔵元、杉の森
 美しい酒屋…、どんな酒を造っているのかしら? 下戸でも一寸飲んでみたい気がしますね…。
 追伸: ネットで調べました。二百年の歴史を持つ木曾五銘酒の一つだそうです。一寸辛口で飲み心地は爽やかだそうです。

 5、吊るしほおずき
ほうずき
 ほうずき、鮮烈なオレンジ色が素敵ですね。これこそが瑞々しいと言えるのですね。
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2009年10月18日

’09 庭の花111 フジバカマ 2009.10.18

フジバカマ
フジバカマ(藤袴) キク科フジバカマ属
 秋の七草の一つとして余りにも名高い花ですが、今日自然界に自生している姿はほとんど見受けられないのが実情です。近似種のヒヨドリバナや高原に咲くヨツバヒヨドリはその地へ行けばよく見付けられるのですが、私もこの花の自生を見た事がないのです…。植物学の世界では絶滅危惧種としてその行く末が心配されています。ただ生け花や茶道の茶花としては需要が高く、今や園芸栽培がなされています。その伝で言えば種は確かに保護されていると思われ、花が見られなくなる事はないようですが…。でもそれでは真の野の花とは言えないですよね。恐らく生殖に何らかの障害があると思われます。まずはそちらを解決せねばならないようですね…。

 最早秋も深まり、庭の花の種類も残り少なくなってきました。あと二つ三つの種が咲けば終わりとなります。来期からはまた違う趣旨で様々な花を紹介して行きます。お楽しみに…。
 
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日本の景色17 御嶽神社里宮

御嶽神社里宮
御岳神社里宮
 御岳山山頂にある御嶽神社は修験者達の行の到達点ですが、私達のような観光客には麓の王滝村にある里宮が用意されています。車で乗り付け簡単に参拝ができ便利です…と思ったら御岳山は修験道の山、そう易々と安易には拝ませてはくれませんでした。なんと奥の礼拝所に行くには371段の急な階段を上らなくてはならなかったのです…妻は行く気満々で逡巡する私を強く促しました。メタボの私にはちょいと辛い参拝となりましたが、せっかくの事ですから妻の願いも聞き入れ、行者になったつもりで頑張りました。ヒィーヒィーゼイゼイ深い鎮守の森を登ればやっとの事で礼拝所に行き当たりました。心臓はバクバクと荒れ狂い、足はパンパンに強張っていました。ほっと一息きと暫し休みをとり、息を整え参拝を済ませました。心地よい満足感と共に元来た階段を慎重に降り、下界に戻りました。無事に戻れて?よかったよかった!
 妻は社務所で御朱印を頂き更に満足を深めたようでした。よかったね!

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野の花28 ヤマハハコ 御嶽山 2009.10.11

 御岳山七合目、田の原天然公園のヤマハハコ
ヤマハハコ
ヤマハハコ(山母児) キク科ヤマハハコ属
 御岳山登山口のある田の原天然公園(2180M)、その中を貫く登山道の傍にこのヤマハハコは咲いていました。ヤマハハコは正に秋の花、冬直前の秋の亜高山帯の田の原にはこのヤマハハコ以外の花は見つかりませんでした。そんな寂しさの増す山道に一人華やぎを添えてくれたヤマハハコ…、我ら旅人を暫し喜ばせてくれたのでした。「ありがとう、奇麗だよ!」
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2009年10月17日

自然の風景21 木曾駒ケ岳 2009.10.11

 木曾谷の先に駒ケ岳
木曾駒ケ岳
木曾駒ケ岳(2956M) 御岳高原より
 中央アルプスの盟主・木曾駒ケ岳、その標高はいま一つ三千メートルに足りませんが、ここからの眺めでは谷越しの高度の落差を利して極めて高く観えました。そして褶曲山脈ゆえの鋭利なスカイライン、最高の青空に描いてそれは美しいものでした。左が木曾前岳、中央奥が駒ケ岳本峰、すぐ右の尖塔が宝剣岳です。
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自然の風景20 白樺の黄葉 2009.10.11

 白樺の黄葉
白樺の黄葉
 御岳高原で
 やや葉が落ち加減ですが、白樺の黄葉にお目に掛かれました。銀杏のように黄金に輝くとまではいかないのが残念ではありますが、白い樹皮が青空に映えて高原の情緒を醸し出しており、それはそれで美しいと納得してしまいました。 
 
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自然の風景19 御岳と下弦の月 2009.10.11

 御岳(3063M)と下弦の月
御岳山と下弦の月画面をクリックしてください。そして上下左右を動かしてください。月が見える筈です。
 田の原天然公園から
 雲一つない快晴の下、雄大な御岳山が観えました。その肩には丁度下弦となった白く淡い月が顔を覗かせ私を喜ばせてくれました。遥かな宇宙の広がりが感じられ一塩の清々しさでした。
前面の樹林は日本特産のシラビソです。モミの木の一種でその灰白色の樹皮は美しいものです。

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2009年10月16日

今宵の宿 棧(かけはし)温泉 2009.10.10

今宵の宿に選んだのは木曾の棧(かけはし)から名をとった棧温泉…、ここの湯は温泉は温泉でも摂氏13度の冷泉であり、二酸化炭素泉の肌に柔らかい優れた泉質です。浴槽は二つあり、一方が冷泉の源泉のもの、もう一方が加温して温泉としたもの。冷たい源泉に入るのは一寸した勇気が必要で、私はいっぺんに源泉に入らずに、加温した湯で充分に温まり、やおら源泉に入りました。最初は冷たさが身に染みましたが、暫くすると慣れてきて、とても安らいだ心持ちになりました。何故か体が軽くなる気がしたのでした。そして十分浸かった後、再び加温の湯で体の芯まで温まりました。またその後の湯浴みでは交互に何回も出入りを繰り返しましたが、それはそれで中々の入り心地で面白かったのでした。皮膚に効くようで痒み肌の私でも、その晩の睡眠時には肌は痒くはならず、快適な睡眠が得られました。流石に名湯の名はだてではなかったですね。

 棧温泉温泉旅館の夕餉
棧温泉旅館
 子持ち鮎の塩焼きがふっくらと温かで絶品でした。板前が腕を振るった料理ではなく、主人の家庭的な味の趣向が反映した私の舌に合ったものでした。美味しかったですよ!
 
 女将とは色々あり多くを語り合いました。私はこう述べました。「これからは観光の時代、海外からも沢山のお客がみえますよ…前途洋々ではありませんか、足踏みなんかしていてはいけませんよ! 至れり尽くせりの良い仕事をして繁盛させてください。」これが私のこの女将への願でした。


 木曾の棧 芭蕉の句碑
芭蕉の句碑
 棧とは川にかける橋ではなく、川の断崖に沿った板の道の事。15世紀はじめに造られた波計桟道であり、後の明治の頃には石垣で造られました。現在もその石垣は残っているそうですが、私には良く見えず分かりませんでした。
 木曾川を挟んで宿の向かいに木曾の棧があり、宿の前にはその棧を吟じた芭蕉の句碑が建っていました。遥かなる昔がそこにありました。
 
 棧や いのちをからむ 蔦かづら  松尾芭蕉

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2009年10月15日

’09 庭の花110 ノコンギク 2009.10.14

ノコンギク
ノコンギク(野紺菊、野菊) キク科シオン属
 ようやく我が庭もノコンギクが咲き始めました。木曾では沢山見掛けましたが我が庭は少し遅くて待ち遠しかったのでした。あの淑やかなナデシコと同じくらいに私はこの野菊を愛しています。野菊は愛しい女性の象徴、その薫る薄紫には世の男を虜にする永遠の魅力が潜んでいます。女の清らかではかなげな愛が愛おしく、その愛に溺れるのが一番の男の幸福と私は信じています。
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’09 庭の花109 ゲンノショウコの果実 2009.10.14

ミコシグサ
ゲンノショウコの果実(ミコシグサの名の謂れ)
 果実が熟して裂開し反り返った様がお神輿の屋根に似て見えた…、そんな素朴な観察眼によってこの神輿草の名が生まれました。何とも可愛いでしょ! 自然は不思議なもので様々な形態を見せてくれるものですね。そして人間はそれによく反応する生き物ですよね。人間て面白い!

 
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’09 庭の花108 キンモクセイ 2009.10.14

キンモクセイ
キンモクセイ(金木犀) モクセイ科モクセイ属
 今一番良い香りを発しているのがこのキンモクセイ、それは極上の甘い香りです。私は毎年この香りに出会う度に秋の深まりを実感します。紅葉ももう直ぐ高山から里山に下りてくるでしょう。今度は何処へ行こうかな。
 花はこうして拡大すると美しさが際立ちます。まるで異次元の花へと変身するのです。オレンジ色が清々しい…。
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2009年10月14日

木曾漫歩2 妻籠宿 2009.10.10

妻籠に到着し、駐車場に車を進入させたところ、番人のおばさんに料金を取られました。「馬篭ではタダだったよ!」と言ったら、「あそこは個人の管理で、ここは公共で町の保護をしているのでその協力金を頂いているんだ!」とむすっとした顔で反論されてしまいました。きっと多くの人に言われてきてうんざりなのだろうと察しがつきました。「良く分かったよ、文句を言って御免ね。」と心で呟いていました。
 
 1、道祖神
道祖神
 信州には多くの道祖神が祀られています。それらはかつて旅人の道標として務めを果たしたり、民の安全と幸福の守り神でもありました。現代の私達にはそんな役目は必要ではありませんが、こうして目の前にあれば何故かしら心が鎮められるような気がして不思議です。まだまだその神通力は衰えてはいないのかも知れませんね…。

 2、旅籠の前で
犬とおじさん
 何処の誰だか知りませんが、犬と戯れて楽しそうです。旅人の私から見ても長閑で幸せな風景でした。思わず迷惑を顧みずにシャッターを切りました…御免なさい。
 妻籠は昔の建物がよく残されており、古式床しい町でした。商店も多くありますが、取り分け旅籠(民宿)が多くありました。ここに泊るのが若者たちの一つの憧れなのかも知れませんね。我妻も娘時代に泊ったそうです。たしか、越後屋?だったそうです。

 3、軒下の吊るし物と笊の中の唐辛子
ザクロと唐辛子
 これを見て、今夏ハンガリーを旅した折のセンテンドレの吊るし物を思い出しました。ところは変わっても人のなす事は同じなのですね、本当に美しく素敵な所作ですね。センテンドレはパプリカでしたが、ここではザクロに唐辛子でした。

 4、咲き乱れるシュウメイギク(秋冥菊)
シュウメイギク
 白花のシュウメイギク、誠に美しく咲かせました。手を掛けた人の努力が偲ばれる華やぎです。私もこんなに美しく咲かせられたらいいな…て憧れました…我が庭にはシュウメイギクはありませんが…。
 秋の冥土の菊と書きます。しかしその意味は幽玄の彼方にあり謎めいていて、私には良く分かりません。
 
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野の花27 ミゾソバ 妻籠宿 2009.10.10

ミゾソバ
ミゾソバ(溝蕎麦、別名・ウシノヒタイ) タデ科タデ属 
 本来は湿地に群生する一年草ですが、妻籠では水車小屋の近くの側溝に咲いていました。白に丹頂の花、誠に愛らしく出会えて嬉しかったのでした。
 別名の牛の額は葉の形によるものです。その葉は民間薬としてリュウマチに用いられるそうです。若芽は食用にもなるのだそうです。人に役立つ優れものですね。 
 
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2009年10月13日

木曾漫歩1 馬篭宿 2009.10.10

私達は土日のETC割引を利用して、格安ですが盛り沢山の欲張った旅をしました。中山道の宿場町を巡り、木曾の山々を観望し紅葉を愛で、温泉を楽しみました。絶好の日和に恵まれて、自由自在、思う存分の旅を果たしました。これまで数回の旅では雨にたたられていたのですが、今回はお日様も大変ご機嫌よろしく、日焼けをするほどだったのでした。雨男の汚名も返上できたと心得て居ります。

 先ずは中央道中津川ICを降り、妻の運転で山道をクネクネと快適?に走り、馬篭宿に到着しました。ここを今回の旅の端緒としました。

“腹が減っては観光は出来ぬ”、まずは腹ごしらえと駐車場わきの手打ち蕎麦処「恵盛庵」に入りました。妻がニシン蕎麦、私はトトロ蕎麦をどちらも温かい汁で指名しました。黒く太い田舎蕎麦で都会の蕎麦の喉越しの切れはありませんでしたが、トロロとよく絡み重量感のある食べ応えでした。周りを見廻したところ、客の皆は笊蕎麦を食しており、笊は全て二段に重ねられていたので、恐らくそれが一人前なのでしょう? 私達の暖かい丼にも二枚分の蕎麦が入ってたようです。一杯の蕎麦で満腹となったのは何時以来の事だか一寸記憶にありません。でも蕎麦は酵素のお陰で消化が良く、すぐに腹の重さは気にならなくなりました。

 木曾の宿場町の今は正に女性天国、女性が好みそうな木工品及び漆器の工芸品店や団子や煎餅、五平餅などの美味いもの屋が軒を連ねています。妻は大喜びで土産物屋を漁っていましたが、私はそんな物にはさして興味はなく、建物の佇まいやその前に飾られている花や飾り物に目を奪われたのでした。そして馬篭の何よりの目的は島崎藤村の初恋の女性・おゆふ(おゆう)に会う事でした。私は心時めかせながらおゆふの待つ(写真が展示されてある)槌馬屋文書館(つちまや)の木の階段を上りました。


おゆふさん
藤村の初恋のモデル・おゆふさん

 まだあげ初めし前髪の
 林檎のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛の
 花ある君と思いけり

 やさしく白き手をのべて
 林檎をわれにあたへしは
 薄紅の秋の実に
 人こい初めしはじめなり
 ・
 ・
 ・
 
 私がこの女性にイメージしていた像は、何故か野菊の墓の民子に重なっていました。それは丁度今が野菊の季節であり、ここに来るまで多くの野菊を見ていたからかも知れません。しかし、この写真を眺め、詩を詠めば、それはそんななよなよとした女性ではなく、もっと健康な瑞々しい人だと感じました。薄紅の林檎のような人、本当にしなやかで素敵な女性でした。 
 
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2009年10月12日

自然の風景18 恵那山 馬篭宿より 2009.10.10

エナサン
恵那山(2190M)
 中央アルプス(木曾山脈)の最南端に位置する巨大な山・恵那山、馬篭宿からは両裾を伸びやかに広げて悠然と観えます。褶曲山脈の山としては誠に大きく立派な山です。ただ、一寸背丈が足りないかな?とは思いましたが…。
 恵那山は元々は胞(エナ)山だそうで、その謂は天照大神が包まれていた胞衣(エナ)が山頂に納められたと言う言い伝えにあるそうです。そんな伝説が生まれるほど昔から人々に愛されてきた山なのですね…。
posted by 三上和伸 at 20:47| 自然の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花26 ヒガンバナ 馬篭宿 2009.10.10

ヒガンバナ
ヒガンバナ(彼岸花、別名・マンジュシャゲ・シビトバナ・カミソリバナ)
 馬篭宿・脇本陣蜂谷家の墓の前で咲いていました。山間部の馬篭宿では彼岸の二週間くらい後に咲くようです。丁度、藤村縁の永昌寺を訪ねた折りに見付けました。妖艶の華やぎを持って墓を飾っていました。
posted by 三上和伸 at 13:18| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花25 ゲンノショウコ 馬篭宿 2009.10.10

ゲンノショウコ
ゲンノショウコ(現の証拠、別名・ミコシグサ) フウロソウ科フウロソウ属
 少し前、庭の花で紹介したゲンノショウコです。この株は私の家の株に比べやや紅が差し、中々に美しいようです。フウロソウ属最少の花ですが、それははっきりとした気位を感じさせ、流石、風露草と思わせる力があります。野紺菊の傍で負けじとしっかり咲いていました。
posted by 三上和伸 at 12:40| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花24 ノコンギク 馬篭宿 2009.10.10 

ノコンギク
ノコンギク(野紺菊、野菊) キク科シオン属 
 秋の野辺は野菊で溢れ麗しい色香を漂わせます。特に道の傍には多く咲き連なり、さしずめそこは野菊街道と言ってもいいでしょう。私は見惚れ胸を焦がし、ある人(女性)を思い描きながら歩いたのでした。そう、その人の名はおゆう様、島崎藤村の初恋の女性です。この仄かに麗しい野菊のようなおゆうさんについては後ほど馬篭の項で記載します…。
posted by 三上和伸 at 12:07| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲163 先ほど木曾から帰りました。

PA100601.JPG
妻籠の道祖神
 先ほど木曾から帰りました。馬篭、妻籠、奈良井の三宿を巡り、古き日本の家並を楽しんできました。そして馬篭では島崎藤村縁の女性についても探訪しました。
 また山国木曾の名山を三つ、眺めてきました。快晴の下、最高の山岳観望が果たせました。
 明日以降、順次掲載して行きます。お楽しみに…。
posted by 三上和伸 at 00:23| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

北海道漫歩2 札幌 2009.9.24

 1、北海道庁 旧本庁舎(赤レンガ)
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 札幌駅南口から南東の方角に歩けば豊かに茂る木立が見えてきます。そこが北海道庁で、正門を入れば正面に美しい赤レンガの旧本庁舎が立ちはだかっています。誠に優美極まりない佇まいであり、私には赤い朱鷺が羽根を広げている様に観えました。アメリカ風ネオバロックの建築様式だそうです。
 中を見学できたので、しばし好学に燃え興味津々に視て回りました。北海道の自然の厳しさ、開拓に纏わる苦労やその道具類の展示など面白く拝見しました。またアイヌ民族の数奇な運命にも心惹かれ深い同情を覚えました。

 2、札幌市時計台
P9240535.JPG
 旧札幌農学校の演武場として建てられたのだそうです。あの有名なクラーク先生はこの演舞場が完成した時は、既に退官為されていらっしゃらなかったそうですが、間接的には関わったようです。
 最初は時計台ではなく鐘楼であったそうです。アメリカの開拓地で多く造られたバルーンフレーム構法を取り入れた木造建築だそうで、日本では稀だそうです。重要文化財。

 3、E.Howard社製 塔時計No3867
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 札幌時計台の塔時計は、米国ハワード時計会社製作の時打重錘振子四面時計(製造No738)が設置されています。明治14年8月12日の運転開始より当時の姿のまま、時を刻み鐘を鳴らし続けているそうです。
 この写真の塔時計(製造No3867)もハワード社で作られたものだそうです。中の仕組みを見るには格好のモデルです。2階ホールに展示されています。

4、大倉山ジャンプ競技場(旧大倉山シャンツェ)
P9240542.JPG
 大通り公園に辿り着いた私達は、テレビ塔の中3階のレストランでお茶を飲みました。丁度疲れも出始めていたところで一服したかったのでした。愛らしいウエイトレスに「お茶でもいいかい?」と尋ねたら、ニッコリ微笑んで「いいです!」との答え、私達はゆっくりと寛ぎました。ふと大通り公園を眺めていると、その延長線上のずっと先の山肌にジャンプ台らしきものがあるのに気付きました。手元の地図で確かめたところ、それは大倉山でした。そうです大倉山シャンツェだったのでした。札幌冬季オリンピック90メートル級ジャンプが行われた会場でした。当時の日本選手の果敢なジャンプを懐かしく思い起こし嬉しくなりました。そしてその年月を経て今ここにいる幸福に感謝しました。
posted by 三上和伸 at 22:50| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月08日

間奏曲162 台風一過の光と陰

 台風18号は多くの禍と台風一過の青空を残して北へ向かいました。
 午後は仕事で横須賀にいて、その空の余りにも透明な美しい青の色に感動を覚えました。分厚い浮雲も何故か異様に輝き、まるで原始の地球にタイムスリップしたような驚きでした。この感動を大切に抱え帰宅したところ、テレビで台風の被害のニュースが流れ、私の火照った心は瞬時に冷や水を浴びせられました。そして浮かれていた自分のおめでたさに恥じ入りました。これだけの台風、当然被害者が出ても不思議ではありません。こんな時は幾つもの可能性を見通して行動しなければなりませんよね。誠に思慮が足りませんでした。
 独りよがりの浅はかな私をお許しください。被害者の皆様、心からご同情申し上げます。
posted by 三上和伸 at 23:05| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

北海道漫歩1 小樽 2009.9.24

1、小樽駅を飾る石油ランプ
小樽駅の石油ランプ
 小樽駅の駅舎の窓にはランプが飾られています。この地の産業の一つであるガラス製造に因んで飾られたようです。改札を出た私達をそれは突然出迎えてくれたのでした。独特の風情を醸し出しており、「素敵な町なんだなー」と旅人は強く印象付けられ、期待を膨らませます。もちろん私達も膨らみました。ふっくらと…。

 2、小樽運河
小樽運河
 最も小樽らしい小樽の顔。駅前の広い道を真っ直ぐ進めば運河に突き当たります。こう言う風景を異国情緒と言うのでしょうか? 水面に映った倉庫街が新鮮に観えました。観光化されて現代の顔も見せていますが、それは仕方ない事。じっと目を閉じ想像すれば百年の昔を偲ぶ事ができます。そんな重い空気が流れている気がしました。

 3、日本銀行旧小樽支店 現金融資料館
日銀旧小樽支店
 未曾有の鰊(ニシン)豊漁に札束が乱れ飛んだ町・小樽、この一角には歴史的建造物となった旧銀行が立ち並んでいます。その中でも一際立派なのがこの日本銀行旧小樽支店です。往時の栄華が胸に迫る程に重々しく佇んでいました。
 また、街はずれの丘の上には「にしん御殿」なる豪壮な館もあるそうです。倉庫群や銀行群と同様にそのニシンの富がもたらした現存する証でもあり、一度見てみたい気はしました。何れまたの機会があれば…。

 4、石造りの商店
石造りの商店
 普通の商店にしても実に立派な建物です。ちゃんと家の両端には“うだつ”(本来は“うだち”・卯建)が上がっていました。小樽は重厚な建物が多いです。

 5、堺町通り
堺町通り
 小樽一の繁華街、北一ガラスを中心に観光化が進み、古い建物を利用して現代を反映した土産物屋が軒を連ねています。若者が多かった。
 雨に降られました。一寸辛かった…。

 6、北一ヴェネチア美術館
北一ヴェネチア美術館
 1901年創業の北一ガラス、当初は石油ランプ製造が主な仕事でした。あの小樽駅の石油ランプはこの北一ガラスの製品で、この地場産業に因んで飾られていたのです。またその後の北一はニシン漁に使うガラスの浮玉(ブイ)の製造を手掛け、ニシン漁の隆盛と共に業績を伸ばしたそうです。やがてニシンの激減により北一ガラスも衰退縮小を余儀なくされました。しかし世界各国のガラス製品の販売に活路を見出し、現在では自社の廉価なガラス細工の製造販売も再開し再びの繁栄を謳歌しています。とにかくこの界隈は観光客が多く、若者を中心に異常に賑わっていました。
 ヴェネチア美術館はヴェネチアグラスの高級品の展示を行なっています。誠に煌びやかな空間が広がっており、女性は目が眩み強い憧れを抱くようですね。私などはそんなブルジョワ的な気取った雰囲気はどうでもよく鬱陶しいものですがね…。更にヴェネチアのゴンドラまで展示されています。このゴンドラはかつてダイアナ皇太子妃が乗ったものだそうですよ。それは私には興味深いものがありますがね…。
posted by 三上和伸 at 18:06| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲161 台風接近

 どうやら台風が接近しているようで、しかも上陸は必至だそうで、いま庭やベランダを点検していました。また明日予定されていたお客様に電話を入れ、訪問の延期を確認しました。私共の仕事もこのように微妙な心理の気遣いがあり、気骨の折れる折節もあるのです。でも大切なお客様のご心配やご迷惑を考えれば、それは当然の心遣いと心得ています。明日は午前中はお休みと致しました。
 この世に迷惑は数あれど、天災ほど迷惑な禍はありません。何一つ文句を言えませんし保障もありません。自分で守るしかないのです。備えあれば憂いなし。私は備えに自信ありませんが、どうぞ皆様はお気を付けください。お健やかに!
posted by 三上和伸 at 17:48| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月06日

間奏曲160 石川遼と朝青龍、そして浅田真央

 以前、私は石川遼と朝青龍を比較して述べた事がありましたが、概ねその当時の印象や考え方は、現在まで間違わずに推移してきたように想われます。

 昨今の石川の活躍は仰天するものがあります。失打を続けたかと思えば、快打を連発します。そしてぶっちぎりで優勝をしたり、劇的逆転勝利を果たしたりしています。ギャラリーの熱狂と怒涛の歓声がTVから伝わってきてそれは圧巻であり感動的です。正に千両役者の趣であり前途洋々です。

 朝青龍は相変わらず、己の才能のみで生きています。俊敏な運動神経と類稀な勝負感、これほど切れ味の鋭い相撲を取る者は過去にそうはいないでしょう。心さえ備われば、平成の大横綱と讃えられるまでになるのはそう難しい事ではないと想われます…が、否、心は残念ながらやんちゃ坊主のままでマスコミに映し出される姿は極めて下品です。努力が足りないのに今場所優勝できたのは他の力士(白鵬など)が駄目だったから、そして運が良かったから…。仏の顔も三度、このままでは引退はそう遠い未来ではなさそうです。

 浅田真央は変身を遂げていました。ジャンプはことごとく失敗しましたが、途中の演技は典雅な広がりを持ち格調高かったと思いました。この格調が浅田の真骨頂となれば、キム・ヨナの官能性に十分対抗できると想われました。オリンピック・金メダルが見えてきました。
 
posted by 三上和伸 at 19:18| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲159 雨の夜、モーツァルトは流れる。 

 昨夜の十六夜の月とは打って変った今宵の雨、何故か心が沈んでしまい、モーツァルトを聴きたくなりました。こんな時丁度よいのがピアノコンツェルト、流麗に気持ち良く流れゆきます。そのモーツァルトの純粋が心の停滞を解き放してくれるのです。「僕も悲しいけど、元気をお出しよ。ほら音楽はこんなに美しいのだよ。」モーツァルトはこんな風に言っているようでした。私は肯き、少し優しい心を取り戻しました。「ありがとう、モーツァルト。」
 聴いた曲、ピアノコンツェルト第24番ハ短調k.491
posted by 三上和伸 at 00:07| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月04日

間奏曲158 十六夜(イサヨイ、イザヨイ)の月 2009.10.4

十六夜の月
 昨夜は中秋の名月で、それは新月(朔・一日目の月)から十五日目の月なので十五夜でした。その翌日の今夜は十六夜で本来は満月(望)より少し欠けた月(既望)なのですが、今年は今夜が満月(望)で、昨夜の中秋の名月は満月より一日前の月と言う事なのです。それは暦と天体のずれの修正のための処置なので仕方ない事なのです。昨夜と今夜の写真を見比べてみてください。何となく、今夜の月の方が満丸でしょ? 今夜の十六夜の月は好天に恵まれ何一つ陰を作るものはなく、煌々と輝いていました。
…素敵な月ですね! 
posted by 三上和伸 at 18:54| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自然通信58 洞爺湖の朝 湖畔より 2009.9.23

 自然通信は写真の絵葉書として、今から二十年前に始めました。その動機は自然の美しさを少しでも多くの方々と分かち合いたいと願ったからです。第一回目は野の花「カワラナデシコ 1989.8.9」でした。この選択は私らしいでしょ?、花を愛し優しい女性を愛する私ならではの選択だったと自負しています。何故なら、カワラナデシコは大和撫子とも呼ばれ、淑やかな日本女性のシンボルとなっているからです。この花こそは自然通信のエッセンスとして最も相応しいと確信したからなのです。

 参考までに第1号の「カワラナデシコ」をご紹介致します。
カワラナデシコ 写真は今年のもので、庭で咲かせたカワラナデシコです。
 自然通信1 香り高き花・カワラナデシコ 霧ケ峰 1989.8.9
 夏の霧ケ峰を彩る数多い花の中でも、一際美しいのがこのカワラナデシコです。姿、形、色彩と三拍子揃っていますが、もう一つこの花には素晴らしい香りまで備わっているのです。それは上品な香りで仄かな色香を漂わせ、人知れず密かに香ります。普通、人は色や形にとらわれて香りに気づきませんが、注意深くこの花に接すれば誰でも微かな芳香を感じ取る事ができて驚くでしょう。私はこの花を見付けると何時も花の前に立ち、風が吹くのを静かに待ちます。やがて風に乗った香気は密やかに漂い始めて私の鼻先をかすめます。その時私は即座に思い切り深呼吸をするのです。ナデシコの甘い香りが私の全身に漲り、何とも清々しい気分にさせてくれます。それは一服の幸福であり、真に贅沢な瞬間です。
 古より人々に愛されたこの花は大和撫子とも呼ばれ、淑やかな日本女性の代名詞になりました。それはこの花にとって、真に相応しい事です。
 


 二十年を経過した今回は洞爺湖の清明な朝からお送りします。温泉で温まった私を洞爺湖は朝焼けで待っていてくれました。その爽やかさを送ります。

洞爺湖の朝
 自然通信58 洞爺湖の朝 湖畔より 200.9.23  
 先日、私達は北海道を訪れました。最初から納得していた事ですが、九月のシルバーウィークではまだ秋は浅く、紅葉は始まったばかりでした。しかし洞爺湖は神秘の湖水を湛え、十分に私達を楽しませてくれました。その藍色の水が改めて、私に湖の美しさを教えてくれたのでした。洞爺湖温泉郷に宿泊となり、その温泉は肌に優しいよく温まる出色の湯で、何度となく飽きるまで堪能しました。夫婦共々すべすべピカピカ?の肌となりました? 
posted by 三上和伸 at 09:39| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

間奏曲157 中秋の名月、観えました。 2009.10.3

中秋の名月
 私の名月の予報は大外れで、大変申し訳ありませんでした。夜になったら晴れ渡り、素晴らしい中秋の名月が拝めましたね。今さっきまで、私はベランダに降り楽しんでいました。一寸写真に撮ってみました。やや薄雲が掛かり朧に霞んで観え、煌々とした輝きではないかもしれませんが、月と判る程度には撮れました。本当に素晴らしい十五夜でしたね。
posted by 三上和伸 at 21:36| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自然の風景17 日本海に突き出た大岩 2009.9.24 

巨岩 函館本線、小樽ー札幌間
 旅の終わりのこの日、私達はツァーの皆と別れ、気儘な二人連れで漫ろ歩きを楽しむべく小樽を目指しました。新札幌駅から電車に乗り札幌で降り、荷物を駅のコインロッカーに預け、再び電車に乗り小樽へと向かいました。今回、初めて列車での移動となり、函館本線を走るなんて!何かわくわくと心が弾み、再びの旅の新鮮さが蘇ってきました。
 列車は途中から海岸沿いを走るようになり、車窓一杯に日本海が広がりました。時折小雨混じりの天候でしたが風はなく、灰色がかった日本海は穏やかに凪いでいました。
 その時突然、黒い塊が遠くの汀に見え始め、私達を驚かせました。何とそれは、日本海に突き出た大岩で、私はどうしてもこの巨岩を写真に収めたいと苦闘しました。しかし山側に座っていたハンデから上手く事は運ばず撮り逃しました。残念至極であり、是が非でも写真に収めたく、帰路には迷わず海側の席に座りました。そして今か今かとこの大岩を待ち侘び待ち構え、ドキドキしながらも首尾よく撮影に成功しました。ひたすら嬉しく、妻と共に我が世の秋?を謳歌し、満足仕切りでした。
posted by 三上和伸 at 14:58| 自然の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月02日

旅の食事 北海道 2009.9.22〜23〜24 

1、羽田蕎麦 2009.9.22
羽田蕎麦
羽田空港レストラン街の一角、京風和食の“京ぜん”の一品
 私が蕎麦を食べたいと言い出したので、妻は店の値踏みに奔走し、一件の京風和食の店を見付けだしました。その成果は勿論二重丸でした。
 メニューを見渡したところ、羽田蕎麦なる品を見つけ「ハハーン」と合点し、私は早速これを注文しました。妻はどうも私と同じ物は避ける傾向にあり、天ぷら御膳を頼みました。
 羽田蕎麦と名乗るだけあって、温かい蕎麦の上にアナゴにハゼ、キスなどの羽田沖の魚?の天ぷらが乗っており、心憎いほどに私の好みに合わせて?ありました。絶品でした!。
 京風和食とあってその汁は薄口に仕上げられており、爽やかな切れがあり、しかも豊かな風味が感じられました。ごくごくと喉越しを味わいながら飲む事ができ、それは旨かったのです。北海道へ行く前の旅の端緒から旨いもんを食べさせてもらえるなんて縁起が良く、ご機嫌で羽田を後にしました。
 
 2、旅館・“湖畔亭”の食事 2009.9.22
湖畔亭の夕食
 夕食の御膳は茹でたズワイガニが主役で、他は鱒と烏賊の刺身、豚肉の焼き物に海藻の酢の物、茸の煮物に香の物などが並び、その中でもズワイガニが逸品でした。またデザートの寒天ヨーグルトが殊の他旨く、いやが上にも北海道を意識させていました。
 
 *2009.9.23朝
 朝は和洋のバイキングで、私は根っからのパン食い人なので、食パンやバターロールを鱈腹食べました。お数にはこれまた大好物のソーセイジにポテト、スクランブルエッグを選びました。どうもお子様メニューでありますが、私はこんなものが好物なのです。これでは下腹が出るのも肯けますよね…。妻はご飯を選び、これまた健啖であり、御代りしていたように見受けられました。烏賊の塩辛も旨そうでしたしね。

 3、昼はツァー会社からお弁当が支給され、バスの中で食べました。ガイドのマチャミや添乗員の美幸さんは一緒に食べませんでした。何時食べたのかしら?、私達が動物園見物をしている間かしら?…。ちょいと気になりました、一緒に食べたかった…。

 4、札幌ビール園のジンギスカン 2009.9.23
 夜、新札幌にあるシェラトンホテルに到着しました。ガイド・マチャミとはここでお別れとなりました。…と言うのも、私達はここからツァーの皆と別れて別行動を取る事にしたのです。マチャミも私も別れが辛くなり、ここで惜別の握手をしたのです。マチャミは力強く私の手を握りました。心が籠っていました。
 その後、部屋で支度をして、いよいよ予約をしておいた本日のメインイベントディナー、目眩く初めての札幌ビール園へ向かいました。
北海道を型どったジンギスカン鍋ジンギスカンに夢中
ジンギスカン鍋(北海道の形をしてます。) 変な顔ですが御容赦ください
 ラムの薄切り二人前、ラムチョップ二人前、ラムのソーセイジ、野菜大盛り、そしてガーリックトーストを注文し、飲み物は私がジンジャーエール(下戸のため)二杯、妻は札幌クラシックビールを?杯(イケる口のため)飲みました。否、飲み干しました、あっぱれ!
 柔らかく蕩ける旨さのラム肉、付け垂れとの相性は抜群でした。正にその芳醇な味わいに酔いました。…ビールも飲まぬのに…。
 本場のジンギスカン、最高です。

 5、シェラトンホテル内・仙雲の中華粥 2009.9.24
中華粥
 料理はやや塩加減がきつかったのですが、これが中華料理、粥によく合い、昨日の大食の後では恰好の朝食でした。
 30階の展望も爽快であり、よい朝を過ごしました。さあ腹ごしらえは完了です。いざ!、小樽、札幌の漫ろ歩きに出発です。

 6、小樽・福寿司の海鮮丼 2009,9,24
海鮮丼 
色鮮やかな海鮮丼、妻が注文したものです。「美味しいかい?」と尋ねたら、妻はニコッと微笑みました。その笑顔が答えと言う事に致しましょう。私はいまいち生ものは得手でないので、マグロの漬け丼を選びました。口に蕩けました。

 7、新千歳空港・ラーメン共和国 味の時計台のネギ味噌ラーメン 2009.9.24
ネギ味噌ラーメン
 下ろしニンニクと一味唐辛子を大量に入れ、隠し味に黒胡椒を入れて頂く、その野性的な香りと味噌の甘味が太麺に絡み付いて箸が止まらなくなります。スープも残さず飲み干してしまいました。塩分オーバーか?
posted by 三上和伸 at 23:04| 今宵の宿・食べ歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

’09 庭の花107 ススキ 2009.10.1

ススキ
ススキ(薄)、別名・カヤ(茅・萱)・オバナ(尾花) 写真の薄は葉が糸の様に細いので糸薄と言われています。
 十五夜のお供えの一つに用いられる花穂、魔除けとしての役割を担い飾られます。その根拠は剣のようにしなる葉とその危険性にあり、その縁は鋸状に刃が付いており、触れると腕や足を切ります。血が滲んで痛いもので、これで魔を除けると言う訳です。
 ススキの名の謂われは、スクスク育つキ(木)が縮んでススキとなったと言われています。その旺盛な生育力に因んで名付けられたのです。またカヤは仮屋根が転化したもので粗末な(間に合わせの)屋根を指し、結局カヤの名はその素材の粗末と思われるススキを表す言葉となったのです。尾花は読んで字の如し、尾の様な花だからです。
 日当たりなら荒れ地でも生える草ですが、その有用さは昔の人なら誰でも疑う者はなく、それは茅場町や茅野、茅ヶ埼などの地名で、人との関わりを証明しています。秋の切なさを感じさせてくれる草で、私は美しいと思います。
posted by 三上和伸 at 23:24| 庭の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲156 中秋の名月は秋雨が隠す

 陰暦では秋は七・八・九月の三個月で、その真ん中(最中・もなか)の八月十五日が中秋と言われます。古来から秋分の日に一番近い満月を中秋の名月と呼び習わして、盛んに観月の宴が催されてきました。しかし、現代の私達にとってはこの季節、秋雨が降る頃で、この名月を観るのは真に至難の事です。では、古と今とでは気候が変わったのでしょうか?と問えばそうではなく、今も昔もこの中秋の名月は観ずらかったのです。そうです。その難しいが故の貴重さに、昔人は有り難いものを観る喜びがあったと想像されます。運よく澄んだ夜長に出会えた月は、さぞや美しかったに違いありません。現代の喧騒の中でも美しいのですから…。
 
 先程(十九時ころ)、空には十三日目(本当の十三夜はこのひと月後)の月が出ていました。雲があり、そこを出たり入ったりで、隠れれば朧に滲み、出れば煌々と輝き出します。それは変わり身の早い美しくも蠱惑な十三日目の月でした。

 今年の十五夜は十月三日です。天気予報では曇り・雨で余り芳しくはありません。恐らく今年も中秋の名月を観る事は叶わないのかも知れません?。残念ですね?…。 
 
posted by 三上和伸 at 18:57| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする