2010年01月31日

原三溪縁のもてなし料理 隣花苑 本牧三之谷

 早春の一日、私と妻は義母を誘って本牧三溪園を訪ね、観梅と洒落込みました。この頃はもうそこかしこで梅の便りが聞かれ私達も満を持しての梅の花詣でとなりました。そしてそのついでと言っては何ですが、久し振りの一寸した贅沢として、憧れの隣花苑での昼餉を楽しみました。

隣花苑
隣花苑の前景
 横浜の隠れ家のような田舎家、伊豆の地より移築されたもので築六百年の足利時代の建築物…、それは鄙びた床しい雰囲気を醸し出してひっそりと佇んでいます。心静かに落ち着いて食事が楽しめる得難い食事処であり、何方でも自然とその雰囲気に溶け込んで親しめます。庭には隣花苑の名に相応しく四季折々の花が咲き揃い、この日は寒椿が咲き、梅が綻び始め、三椏(みつまた)の蕾は膨らんでいました。

土間の椿 
玄関の土間
 玄関の引き戸を開けるとそこには広い土間が現われます。古の香り漂うその空間には庭で手折った椿が活けられおり、早春の息吹が感じられました。土間からは板の間に上がりそこには長方形の囲炉裏が切られ、藁灰の囲みの中には備長炭が赤く燃えていました。暫くの間、私達は案内を待つのにこの囲炉裏端で談笑をして楽しみ、静寂の中、それは暖かく快い待ち受けの時間を過ごしました。

 原三溪縁のもてなし料理
 隣花苑の料理とは、美食家・原三溪の賓客もてなしの料理が三溪の命を受け代々伝えられたもの、今日では現継承者で三溪の末裔に当たる西郷槇子氏が熱心に伝えています。その味はよき伝統の上に創意工夫が施され、季節の素材が豊かに香り、味わい深いものでした。

 献立、一月三十一日 
 先付け
先付け 黒豆甘煮 あられ寒天

前菜
前菜 左上:菜の花・からし和え 中上:芹・黒胡麻和え 右上:大和芋・茶巾しぼり、夏蜜柑の皮・甘煮
左下:春菊、ごぼう、しめじ・白和え 中下:サーモン、三つ葉、大根・柚子胡椒風味 右下:胡瓜、若布、紫蘇・甘酢 
 盛り沢山の旬の素材、早春の香りのシンフォニー。

豆腐
豆腐 揚げ出し豆腐
 まったりとした豆腐、汁は濃い目でした。
 
お椀
お椀 白味噌仕立て雑煮 京人参 三つ葉 鴨団子 大根 柚子
 焼いた餅が香ばしく白味噌と絡み、絶品でした。

三溪蕎麦
三溪蕎麦
 独特の蕎麦、蕎麦粉を使った蕎麦ですがその味付けは中華風です。

御飯と漬物
御飯 大根葉 漬物 大根 白菜 昆布
 ふわりと握ったお結び、口の中でほろほろと崩れました。

 以上はランチメニューであり、比較的安価です。
posted by 三上和伸 at 22:54| 今宵の宿・食べ歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月30日

間奏曲206 月光のリング 2010.01.30 23:30

只今空を観上げたところ、満月が発する光が上空の淡い霞(雲)に映え大きなリングを形作っています。それは今までに見た事のない夢幻的な光景で驚かされました。自然は時に絵に云われぬ驚きの姿を魅せてくれます。皆様もお暇なら空をご覧ください。素敵ですよ!


posted by 三上和伸 at 23:39| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の歳時記 2010.01.30 春の気配 満月の夜

 今日は殊のほか日差しが強く暖かい一日でした。空気も軽く肌に柔らかく感じました。春の気配漂う先駆けの春と言った感じの陽気でした。

 我が父も自立呼吸ができるようになり、微々たるものですが回復の兆しが現われてきました。まだまだ先は長く険しいでしょうが、私達家族は希望を失わずにいましょうと皆で思いを確かめ合いました。母も気丈に振舞っており、先程病室を訪ねた折には昼食も未だだと言う事で私達は回転寿司ですが、母に寿司を振舞いました。母は余ほどお腹が空いていたのでしょう、気持ちよく美味しそうに食べました。
 
 今は夜の八時半、私は春の気配のするベランダに降り月を眺めています。今日は元日以来の今年二回目の満月、緩んだ空気の中、時におぼろに雲に滲んだり、また時には何も遮るもののないまん丸の姿をさらけだし煌々と照り映えています。そしてそのすぐ左上には五時間後に衝を迎える火星が赤い光を投げ掛けています。本当にすぐそばにあり、そこは蟹座の領域であり、月も火星も蟹と戯れているかのようだと言ったらおどけ過ぎかしらね?…。そんなお伽噺のような柔らかな満月の宵です。

 
posted by 三上和伸 at 21:14| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲205 海老蔵・麻央の婚約に想う

 昨日、市川海老蔵・小林麻央の婚約記者会見を見て、二人の屈託のない幸せ振りに私までが幸福のお裾分けを貰ったようで温かな気分になれました。特に麻央は満面の笑みを浮かべ恋の喜びに溢れた柔らかいオーラを発しており、当然の事ながら恋愛が人に及ぼす強い力に改めて驚かされました。
 
 それでも女子アナフリークの私としては、その愛する対象の一角を崩されてしまい、内心穏やかではありませんでした。また麻央は丁度私の娘と同年代なので、今回世の父親族の娘を奪われると言う疑似体験をした錯覚を覚え口惜しさは否めませんでした。まあ他人事とは言え、梨園などと言う得体の知れぬ世界に入り、しきたりなどで苦労するのではないかとか、役者・海老蔵の浮気に悩まされたりはしないかなど懸念される事は多々あり、麻央の人生もそう安穏としたものではなさそうです。でも、心忍び頑張って何としても今のこの満面の笑顔を絶やさずにいて欲しいと…、私こと疑似親父は切なく願い思うのです…。
posted by 三上和伸 at 08:16| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月28日

間奏曲204 敗れたり朝青龍

 天才的な勝負勘で豪傑相撲を取り続けてきた朝青龍、素晴らしい相撲取りでした。しかし残念ながら今回の暴力事件は数々の悪行の修羅場を綱渡りで生き延びてきた朝青龍にとっても致命傷となるに違いありません。場所中であったにもかかわらず朝まで酒を飲んで人に怪我をさせても何食わぬ顔でその日の相撲を取る。しかもそれで勝ってしまうのですから相撲を甞め切ってしまう。否、世の中全てを甞めているのでしょう。世を知らず己を知らない本当の愚か者です。仏の顔も三度、その余りにも無教養な育ちの悪い悪童振りは最早救いようはなく、廃業するしかないでしょう。あの豪快無比の相撲が見られなくなるのは残念至極ではありますが、もううんざりであり顔も見たくありません。そしてこれは多くの善良な相撲ファンの思いでもありましょう。ヒール(悪役)に迎合するのは本当のファンではありません。もう悪役朝青龍はお払い箱です。朝青龍は大好きな故国モンゴルに帰るしか道はないでしょう…。
posted by 三上和伸 at 21:13| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月27日

間奏曲203 火星接近

 先程テレビニュースで小林麻耶キャスターが火星接近の紹介をしていました。愛らしい小林アナの発言なので心に留め、早速今、天文年鑑2010を見てみました。勿論私は火星が地球に接近し、毎夜赤い光を投げ掛けているのは分かっていました。そんな折に麻耶ちゃんが火星接近を放送してくれたので、改めて調べる気になったのでした。

 今、火星はかに座にいてこの時刻ですと東の空高くに赤い光を発しています。火星は惑星なのでその光は実は瞬かないのです。東の空高くに滑るよう赤く光るのが火星です。ロマンチックな優しい赤星です。「星に願いを…」、新年ですので星に願を掛けてみるのも良いですね…。
一月三十一日に衝を迎えるそうで、その明るさはー1.3等と言われかなり明るいです。

 衝=太陽と地球そして外惑星(この場合火星)が地球を真ん中にして一列に連なる事。この位置で地球と外惑星は最接近したと言える。

 参考=天文年鑑2010

posted by 三上和伸 at 21:33| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月26日

間奏曲202 冬、音無しの季節

 今は夜の十時半、テレビや音楽のない部屋にいますと、静けさの中、私の耳の底ではジィー・・・と途切れる事のない音が聞こえています。これは耳の異常などではなく、体の血液が流れる音だそうです。それほどに冬の夜は静けさに満ちていて清々しく思いました。私の耳の音以外では遠くの車の走行音と時計が刻む音だけ、本当に静かな時間が過ぎて行きます。さあ夜も更けてきました。暖かくしてお休みなさい、どうぞお健やかに。
posted by 三上和伸 at 22:56| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月24日

私の歳時記 2010.01.24 一月の花言葉

 先日購入した暦の中に毎月の花言葉と言う項が記されており、興味深く拝見しました。まあ花言葉などというものは人それぞれに解釈も違い、どの説が正しいかなどもあやふやですが、ちょっとした遊びや楽しみには案外向いているのかもしれませんね?…女性を始めお好きな方も多いようですしね…勝手に自分で作ったりして…占いみたいなものかしらね?

 マーガレットは“真実の愛”と記されています。春咲きの純白の菊ですが、その清楚な花は目に眩しく映りますね。「真実の愛」中々の比喩かも知れません。

 スイートピーは“恋の楽しみ”。スイートピーと言うと松田聖子の「赤いスイートピー」が思い起こされますね。うぶで幼い乙女心を歌った恋の歌、正にスイートピーには恋の楽しさが溢れて見えます、愛らしい花です。

 すみれは“私のことを考えて”。そのすみれの色がどこか切ないイメージをもたらすのでしょうか? ちょっとこの欲求不満げな意味合いではすみれに可哀想ですね…。私の考えでは「私は貴方を慰めます」がよいと思います。それほどにすみれは生活力のある花だと思います。

 シクラメンは“はにかみ”だそうです。炎のように燃えている花ですよね…シクラメンは。かがり火花・シクラメンには断然「愛の炎」が相応しいと思います。但し原種系には“はにかみ”は似合いますが…。
 この伝で言うとゴルフのはにかみ王子はシクラメン王子となりますがね…。
posted by 三上和伸 at 21:32| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

間奏曲201 雪国の皆様ありがとうございます。そしてごめんなさい!

 私達一家は関東地方の南部に住んでいて冬の太陽の恵みを一杯に受けて生活しています。毎日のように晴れていて布団も干せ、気持ちよく眠る事ができるのです。

 一方雪国は鉛色の空に雪の日々、雪かきもしなければならないし乾燥機まかせの布団や洗濯物も気持ちよい物ではないかも知れません? もちろん部屋は暖房され暖かいのでしょうが、その分莫大な暖房費もかさみます。辛いところですね。

 雪国の皆様この不平等をお許しくださり誠にありがとうございます。その上美味しいお米までも作ってくださりありがとうございます。私達南関東人は本当に雪国の皆様に感謝しなければいけませんよね。「寒い寒い」などと言っていては罰が当たります。少しでも厳しい地方の方々を想い遣らないとね…。今暖房のない部屋でしみじみと思っているところです。
 雪国の皆様、ありがとうございます、ごめんなさい!
posted by 三上和伸 at 23:59| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

私の歳時記 2010.01.21 万両

万両
マンリョウ(万両、ヤブコウジ科ヤブコウジ属)
 冬枯れの色なき世界にただ一人、鮮やかな紅を魅せるのが万両です。
 秋より延々とその色を保ち続けて今、完熟の時を迎えています。
 やがて鳥たちに食われ見る影もなくなるでしょう。今一時この全盛の紅を称えましょう。
posted by 三上和伸 at 21:55| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月20日

間奏曲200 風邪でダウン

 新年早々、風邪引きでダウンをしてしまいました。私が風邪で寝込んだのはもう十年以上前であり、すっかりその苦しみを忘れていた頃なので、人一倍辛かったのでした。新型もしくは季節性インフルエンザかと思い、掛かり付けの医院に電話を入れ一般の待合室以外の部屋でインフルエンザ検査を受けました。幸いインフルエンザではなくただの風邪であり、ほっと胸をなで下ろしました。膨大な数の薬を出され辟易しましたが、その薬のお陰か何とか短時間で治りました。
 明日からは仕事に出られます。その希望は正に健康がくれる喜び、健康が何より大切ですね…、身に染みました。父も人工呼吸で頑張っています。もう一度今の私の希望と喜びを味合わせてやりたいですね…。
posted by 三上和伸 at 19:19| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月16日

音楽の話13 アンドレ・プレビンのベーゼンドルファー

 昨晩のNHK教育の芸術劇場で久々のプレビン弾くベーゼンドルファーの音が聴けました。と言うのはプレビンはスタンウェイよりもウィーンのベーゼンドルファーを好んで弾き、五六年前もやはりベーゼンドルファーで日本の舞台に立った事があり、その模様もTVで視聴したからです。
 
 今回はモーツァルトのピアノ四重奏ト短調とプレビン自作のビリー・ザ・キッドを取り上げた歌の曲が聴けました。それと言うのも昨晩ブログを書いていて芸術劇場の開始時間を忘れてしまい、気が付いてTVをつけた時はすでにピアノ四重奏のアンダンテに及んでおり、残念ながらコンチェルトとピアノ四重奏の白眉・第一楽章アレグロは聴きそびれました。合い変わらずの体たらくであり、お恥ずかしい限りです。

 ですから、ここではベーゼンドルファーピアノの音の素晴らしさだけを述べたいと思います。
 なぜプレビンはベーゼンドルファーを選ぶのでしょうか? 弾いている姿を見ているとプレビンはこのピアノが好きで好きで堪らないと言った風情でピアノを愛しんでいるのがよく判ります。大切に大切に弾いていますね…。それはこのベーゼンドルファーの中音と次高音の太く豊かな響きに酔っているから…、スタンウェイの華やかな透明さとはまた違う、しっとりとした絹の肌触りに包まれているから…、とでも申せましょうか?

 そして何よりもベーゼンドルファーの素晴らしさは音の清潔性にあると思います。スタンウェイの軽く華やかであだっぽい色彩の官能性に比べ、太く豊かで微妙な音色を持つ清潔な精神性…、清らかに美しいのがベーゼンドルファーなのです。だからベーゼンドルファーはモーツァルトとベートーヴェンを弾くのに最適なピアノだと私は確信しています。
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2010年01月15日

私の歳時記 2010.01.15 小正月にスノードロップ

スノードロップ 
 今日は陽暦の小正月で、小正月は二番正月とも言われ、陰暦では満月の頃を指します。昔は小豆粥を炊いて食べたそうで、本当に寒い盛りですから小豆粥は美味しかったのでしょうね…、今も食べる人はいるのでしょうか? 我が家は食べませんが…。

 そんな真冬の寒い時期に人知れず咲く花があります。植えた本人ですら寒い庭に出ず仕舞いで忘れてしまいがちな花、咲き終わった頃に見つける事もよくありました。でも近年、私はしっかり覚えていて必ずこの花のある場所に足を運びます。今年も愛らしい花を見付ける事ができました。
 
 スノードロップ、雪の雫。この白くふっくらとした花開く前の蕾の状態が正に雪の雫。愛らしいスノードロツプの名の始まりとなりました。
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2010年01月14日

間奏曲199 父の病状

 今夕、震える声で母から電話がありました。父の肺炎が悪化し酸素の取り込みがままならず人工呼吸が必要と医者に言われたそうで、私に医師と相談して欲しいと言う事でした。早速母の願いを聞き入れ私は病院に電話をし主治医に説明をしてもらいました。それは人工呼吸とは延命措置の領域に入るので延命措置履行の同意不同意の意志の確認をしたいという事でした。もちろん私はそれに同意しました。最早じっくりと考える時間はなく母を悲しませないためにも、一刻も早く延命措置をとるようにお願いをしました。またこの先の父の回復を尋ねたところ医師からは「後はお父様の生命力次第です」との答えが返ってきました。とりあえずこの急場は凌ぎ後はまたその時に考えればよいと思い、医者にもその思いを告げ電話を切りました。
 そして母に電話を入れ慰めの言葉を掛けました。母は泣いていて、その言葉は聞き取れないほどでした。
posted by 三上和伸 at 23:04| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月13日

日本の景色19 成田山新勝寺額堂

 額堂
新勝寺額堂
文久元年(1858年)に建てられた入母屋造りの堂。全面を吹き放しにした見事な建物、絵馬を掲げるために造られたのだそうです。素敵ですね。
 この写真の中に我が愛妻が写っています。カッコいい後ろ姿で佇んでいる女性です。
 
 新勝寺の鳥瞰図
鳥瞰図
 これを見ると新勝寺の歴史ある建物の配置が判ります。光明堂や釈迦堂は昔の本堂であった建物、いずれも国の重要文化財であり美しいお堂です。
posted by 三上和伸 at 21:22| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

日本の景色18 成田山門前町 2010.01.11

 我が父母の用命で昨年に続き私達夫婦は成田山に詣でました。参拝をし父母のお守りを買い求め境内を巡りました。そして楽しみにしていた門前町の散策をしました。古い家並の続く参道には雑踏が溢れ信仰の深さとそれとは対極の物見遊山が混在していました。もちろん私たちは使いの用事はありましたが、物見遊山の客と言えました。楽しい散歩と美味しい昼餉にあり付きました。
 
成田山門前町 大野屋の鰻重  
成田山門前町(総門を出てすぐの家並) 大野屋の鰻重
 花餅の飾りが軒を愛らしく彩っている家並の先には古式床しい塔のような屋根が見えました。この建物が私達の昼餉で利用した大野屋で元々は古い旅館のようでした。店内は浮世絵の軸物のポスターが飾られ赤い団扇が置かれており、江戸の料理屋の風情が濃厚で彼の時代にタイムスリップしたような錯覚を楽しみました。鰻重は前年の駿河屋とは大分異なり、やや口触りに質感のある食べ応えを感じました。これはこれで中々の味でした。妻は先年の駿河屋のとろける味が好みと申していましたが、私はこの大野屋が気に入りました。鰻は美味しいですね…、疲労で食欲が萎えていた私ですが美味しく食べられました。
 
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私の歳時記 2010.01.11 鏡開き

 昨日は鏡開きでした。鏡開きは近世(江戸期)の武家で、正月に男は具足に女は鏡台に供えた鏡餅を正月二十日(現在は十一日)に切って食した事に発したようです。鏡割とも言うそうです。(広辞苑)
嬉しい正月も終わりを告げ、まるでおまけのような行事ですね。めでたさの残り香のような…、寂しさも募りますが、でも何となく嬉しいものですね…。
 *具足=甲冑など

 昨晩私達家族も鏡餅を切って焼き、妻お手製のお汁粉(ぜんざい)に入れて食べました。甘いお汁粉と粘るお餅が口の中で溶け合って優しい味わいを生み出していました。家族の優しさを味わう一時でした。甘い物はいいですね!
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2010年01月11日

間奏曲198 素敵なブログデザインと着物姿のなつこ先生

 今起きて三上夏子ピアノ音楽教室のブログを開けてみて驚きました。何とブログデザインが変わっており、それは素敵な絵柄で葉に結ぶ露のものでした。こんなに美しいデザインどこから仕入れたのでしょうか? 後ほど娘が起床したら聞いてみますね。朝寝坊の娘はまだ夢の中ですので?…。

 そして着物姿の夏子先生、愛らしい?ですね。私もこの構図で写したので「私のブログに載せようかなっ」て思ったのですが、肖像権?の問題もあるし躊躇していました。ご覧になりたい方は三上夏子ピアノ音楽教室にリンクしてください。すぐに娘のブログが現われます。
posted by 三上和伸 at 07:50| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

間奏曲197 眠る喜び

 私は普段テンションが高く不眠症ぎみで、時に旅先などでは睡眠導入剤を使う事もあります。また年齢が高くなるに連れ睡眠時間は確実に減ってゆき、眠る事に貪欲になれなくなっていたようです。そして心の満足が足りず起きていて何かをして遊びたい誘惑に駆られたりもするのでした。ところがこの正月休みは眠くて眠くて実によく眠れました。きっと元日を寝ないで過ごした反動が出たようなのですが、心の安定もあるようです。こんなに眠りの喜びを味わえるなんて若い時以来の数十年ぶりで今幸せを感じています。布団に入るのが楽しみになったのです。今このブログを書いていますが、睡魔が押し寄せてきてスーと寝ちゃいそうになります。あ−もう我慢の限界です。風呂に入って寝るとします。皆様お休みなさい…。お健やかに…。
posted by 三上和伸 at 23:55| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

私の歳時記 2010.01.07 七草

ゴギョウとハコベ
ゴギョウ(ハハコグサ)とハコベ(周りの黄緑の芽)の冬芽
 七草とは正月七日の七草(人日)の節句を意味し、五節句の一つで、昔はこの日に万病を除くとして春の七草を羹(あつもの・吸い物の事)にして食べていたそうです。やがて時代が下るに従って羹から粥に変わりましたが、その食べる意味合いは同様で万病の予防にあり、七草は健康への願いの象徴として扱われてきました。

 セリ(芹)、ナズナ(薺・ぺんぺん草)、ゴギョウ(御形・ハハコグサ)、ハコベ(繁縷・コハコベ)、ホトケノザ(仏の座・コオニタビラコ)、スズナ(菘・蕪)、スズシロ(清白・大根)が春の七草とされています。スズナ(蕪・かぶ)とスズシロ(大根)以外は野にある雑草(野草)であり、この新春の頃には背の低い小さな冬芽を摘んできて調理したと思われます。ゴギョウはどこにでもあるハハコグサの事、ホトケノザはキク科のコオニタビラコを指します。セリは芳香があり美味、人間も好んで食します。ナズナ、ハコベ、ホトケノザは鳥の餌にしますが、それなりに美味?です。ゴギョウ(おぎょう)ははなはだ食味には疑問がありそうですが、ものの本に依れば七草粥には少量を入れると書かれています。私は食べようとは思いませんが、勇気のある方はご賞味あれ! 責任は負いかねますが…。いずれにしてもこれらは体には絶対に良い滋養に富んだ山菜です。

 本来の七草粥は決して美味しいものとは想われません?が、健康を願う古人の生活の知恵であり、美しい慣習です。私達もこの伝統を引き継いで行きましょう。皆様、この一年をどうぞお健やかに!
   
 参考=広辞苑
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2010年01月06日

間奏曲196 過ぎ去りしお正月 2010. 01.06

 一月も今日で六日、お正月はとうに過ぎてしまい私は何やら寂しさや焦燥に似た思いで心沈んでいます。この感情は遠い昔の子供の私が感じていたものと同じもの、今年還暦を迎える男が未だ引きずっている休みの終わりの口惜しくも不安げな感情。誠にいつまでも成長しない男だと自ら呆れている次第です。美味しいお節ももう品切れで、普段の食事に戻りました。「あの蒲鉾、あの伊達巻、あの金団が食べたい!」と駄々をこね昨夜妻から呆れられました。早く来ないかな!お正月…。明日は七草ですね…。美味しくないよね、七草粥!
posted by 三上和伸 at 22:32| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の歳時記 2010.01.06 寒の入りの椿

庭の藪椿 
 昨日、寒の入り(小寒)を迎え寒さも本格的になりましたが、それでもこの冬は暖かいようで我が庭の椿はだいぶ咲きだしています。しかし今の時期、例年の事ですが他に花は少なく、この椿に小鳥たちが集中して来訪し、蜜を吸い花弁を食した結果傷んだ花が多いのです。そんな中、咲き始めたばかりの傷みの少ない花を選んで、今写真を写して来ました。

 私も年々若さを失い寒さに弱くなりましたが、椿は大好きなのでまた椿を求めて山野を歩きたいと思っています。ただ年越しの不眠の遊びに祟られてか?また踵を痛めてしまい、ちょいと遠出はきついのでそれが癒えてから、暮れにお約束した白藪椿を訪ねてみようと念じています。綺麗に撮れたらご覧にいれます。

posted by 三上和伸 at 08:34| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

間奏曲195 手作りの喜び

紙粘土のマカロン
 私の下の娘(次女)は幼稚園の先生をしています。その幼稚園の先生になろうとした理由は子供が大好きだから、そして手仕事を愛しているから…、そう聞いています。この休みにもこのようなものを作りました。携帯電話のストラップに吊り下げる紙粘土のマカロンだそうで、今日私に見せてくれました。初め私は食べられる本当のマカロンだと思い、口に入れようとしました? 馬鹿ですね、知らない事とは言え…、世はおじさんにとって戸惑う事が多くなりましたね…。娘よ、哀れなおじさんのパパをからかわないでおくれで無いかい! でも気を取り直して早速写真に撮りブログに載せました。愛らしいですね。
posted by 三上和伸 at 22:13| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

東京漫歩3 年越しの両国から浅草 2010. 01.01

 私達家族は年越しのイベントとして、さだまさしカウントダウンライブを楽しみました。そしてその後の未明からは東京の下町を浅草まで漫ろ歩き、初詣をして新春を祝いました。またその合間には月食までも観察しお得な年越しセットメニューで欲張りな漫歩の旅を賞味しました。
 
 @さだまさしカウントダウン・ライブ開演前の月(両国、2009.12.31、pM8:30)
満月に近い大晦日の月
 大晦日の両国駅前はカウントダウンライブに向かうファンで溢れ返っていました。それでもそんな喧騒の都会の空にも丸い月が冴え冴えと照り映えて、私を夢心地に和ませてくれました。明日の元旦の未明には部分月食が見られる事は先刻承知をしており、私はこれから起こるショーの数々に期待が高まり破格の笑顔でライブ会場に入りました。

 A隅田川に架かる両国橋(西側)
両国橋
 ライブ終了後、娘達は携帯電話の路線案内で現在の両国から浅草までの便と所要時間を調べました。ところが生憎都合の良い便はなく、歩いた方が速そうなので、皆で歩いて浅草寺へ向かいました。主催者に地図を見せて貰い、それを頭に叩き込みいざ歩き出しました。両国駅を南下し国道14号に出てそこを右折、直ぐ両国橋が見えました。
 この橋は彼の赤穂浪士が吉良上野介を討ち果たし、雪景色の中、凱旋の行進で渡った橋です。その感動的なシーンはよく映画やTVの大河ドラマに登場しています。吉良は晩年、この向島(現両国)の界隈に屋敷を持ち住んでいました。現在でもその屋敷跡は公園として残っており、私も昨年訪れました。当時、吉良は近所の民には名君と慕われていたそうで、その記念の公園が今でも大切にされ保存されています。それは民の吉良への思いの表れだと言われており、その公園の整備は民の代々の子孫の手で続けられています。 

 B浅草橋の船宿と釣り船
浅草橋の船宿と釣り船
 浅草橋は神田川に架かる橋で江戸の世では名の如く浅草寺に参る参道橋の役目を果たしていたそうです。この神田川の畔には船宿が軒を連ね釣り舟が係留されていました。ここから隅田川を経由して東京湾に出で、江戸前の魚を釣るのですね。旨そー。

 C駒形辺りから観た月食の月
月食
 この漫ろ歩きの間中、終始月に気を留め月を眺めながら歩きました。徐々に欠けてゆくのが見て取れて「わー、大分欠けた!」とか「わ−、奇麗!」とか「いいねー!」とか言い交わし褒めそやしました。そしてとどのつまりは誰かさんが「まるでダイエーのマークだね!」で終わりを告げ、私は呆れて「へー」、でも「フーン」と感心する輩も出てきました。誰とは言いませんが…。

 D浅草浅草寺仲見世の宝舟
仲見世の宝船
さすがに未明の四時、元旦の初詣のメッカもおしくらまんじゅうをしないでお参りができました。心を込めて一年の商売繁盛、家内安全を祈願しました。仲見世の各店舗も開いている店は数える程でした。鯛焼きや揚げ饅頭を頬張りながら歩き人形焼きとお菓子の福袋を買って地下鉄に乗り帰りました。福袋の中にはおこしや煎餅が沢山入ってました。

 E浅草寺五重塔
浅草寺五重塔
 太陽の光のない中、ライトアップされた五重塔が闇に浮かんでいました。古の造形の確かさは人間の美意識が導いたもの、決して現代のコンピュータでは出来ない入魂のもの…。美意識を磨く事が何よりも現代の造形に必要だと思うのです。
posted by 三上和伸 at 01:19| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の歳時記 2010.01.01 月食の初詣

元旦の月食の月
 この月食の月は元旦の午前四時頃のもので、その三十分前に両国国技館を出て浅草寺に辿り着いた頃にシャッターを切りました。歩いている最中から月は欠け出しており、両国、浅草橋、蔵前、駒形と続く町のビルの間から見え隠れいている月を楽しみながら歩いたのでした。真に風流な未明の漫ろ歩きでした。
posted by 三上和伸 at 01:13| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

私の歳時記 2010.01.01 さだまさしカウントダウン・コンサート

 皆様、明けましておめでとうございます。今年も私のブログ“音の楽しみ”をよろしくお願いいたします。

両国国技館の桝席
私達が座った桝席
 *伝統を守る相撲協会ならではの桝席、昔は何処の芝居小屋でもこんな座り方であったようです。現代でも体育館などでは床に直接座る体育座りをしている生徒さんがいますよね。しかし見た目には床しいこの座席も、体が大きくしかも硬い私には苦痛以外の何物でもありませんでした。六時間座りっぱなしで私の足腰は悲鳴を上げました。もうこりごりで、もし次回もあるのであれば私は椅子席に座ります。辛かった…。

*ある方からライブ写真の掲載は不適切とのご注意を受けましたので、桝席の写真と入れ替えさせて頂きました。
 

 さて、私達家族四人は大晦日の晩から新年にかけてのさだまさし・カウントダウン・コンサートに行ってきました。所は両国国技館であり、さだまさしの音楽のファンである妻が四人一組の桝席の入場券を購入したと言う事で、私にもお誘いのお鉢が回ってきたのでした。私も多くの歌謡曲の中ではさだまさしの作品にかねてより興味を惹かれていたので嬉しく思い賛同をし、女三人のボディーガードの役目を兼ねてお供をする事にしたのです。国技館と言う事で音響的に水増しの音を聴かされるのは覚悟して臨みましたが、まずまずで返って迫力はありました。

 さだの作品は他の多くの歌い手達の表面的な恋愛だけの偏狭な歌謡曲とは異なり、人間の様々な生活観や思想観、それに四季折々の季節感などをにじませており秀逸です。この夜も自らの世界観を冗談を交えて大いに語り、多くの美しい歌を真摯に歌い上げ私達を楽しませてくれました。

やがて大きな盛り上がりの中、新年のカウントダウンが叫ばれ興奮の内にコンサートは大団円となりました。年を越したその後は引き続きこの会場でNHKTVとの協賛で視聴者の葉書を元にしたディスクジョッキー風の催し物となりました。小さな葉書の中に人の心の機微を探り出し人生の語り物にあぶり出してしまう、さだの腕前に私は感心し大いに笑わせられ楽しませて貰いました。それは正にさだまさしの独壇場であり賞賛に値するものですが、それを皮肉を込めて私が「歌よりも面白い」と言ったなら(事実言った)、さだやファンの皆様は何と思われるかしら?…、きっと叱られるかもね…。妻からは叱られました…。
 一月一日の午前三時に終演となり私達は国技館を後にし初詣のために徒歩で浅草浅草寺に向かいました。寒風の冷えた月夜に寒月を仰ぎつつ歩くのはとても楽しいものでした。但し娘達は酔っぱらいに恐れをなしていましたが…。そして飄々と歩く私に「ボディーガードの役に立っていない!」と三者異口同音に罵りました。

 ここで私が選んださだまさしの最高傑作と思われる歌の歌詞を紹介しておきましょう。男と女の人生の関わりを表した歌であり、そこに誠の男の心意気が溢れており、私は強い共感を抱いています。

 
  奇跡 〜大きな愛のように〜

 どんなにせつなくても 必ず明日は来る
 ながいながい坂道のぼるのは あなた独りじゃない

 僕は神様でないから 本当の愛は多分知らない
 けれどあなたを想う心なら 神様に負けない
 たった一度の人生に あなたとめぐりあえたこと
 偶然を装いながら奇跡は いつも近くに居る

 ああ大きな愛になりたい あなたを守ってあげたい
 あなたは気付かなくても いつでも隣を歩いていたい

 どんなにせつなくても 必ず明日は来る
 ながいながい坂道をのぼるのは あなた独りじゃない

 今日と未来の間に 流れる河を夢というなら
 あなたと同じ夢を見ることが できたならそれでいい
 僕は神様でないから 奇跡を創ることは出来ない
 けれどあなたを想う奇跡なら 神様に負けない

 ああ大きな愛になりたい あなたを守ってあげたい
 あなたは気付かなくても いつでも隣を歩いていたい
 ああ大きな愛になりたい あなたを包んであげたい
 あなたの笑顔を守るために多分僕は生れて来た

  さだまさし三十周年記念ライブ歌詞カードより掲載しました。
posted by 三上和伸 at 22:11| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする