2010年06月30日

間奏曲303 サッカー狂想曲終演す

 日本国中を熱狂の渦に巻き込んだサッカーワールドカップ。残念ながら日本代表は十六強進出で敗れ去り、私達は夢から現実に急転直下引き戻されてしまいました。もう少しお祭り騒ぎの中に身を置いていたかったですが、もういいでしょう、この騒ぎに隠されていた大事な事柄や出来事に早く目線を移す事が重要です。

 そうです、それは参院選挙です。責任のない野党の人々はあれやこれや言っていますが、過去の政権の失政の付けを払い切るまで、私はしばらくこの幼い民主党政権の成長を見守っていきたいと思っています。何れ年金、福祉、教育に新たな吉兆が現われてくるでしょう。そうすれば、その安心感から経済も上向くかも知れません。私達は私達で出来る事を一生懸命やりましょう。明日の世代の未来のために… 私達の責任は重大です。選挙に行きましょう!
posted by 三上和伸 at 22:10| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月29日

間奏曲302 入院生活のあれこれ、人間の尊厳

 死んだ父の半年に及ぶ入院生活には比べものにならない今回の私の入院生活。僅か七泊八日でしたが、仕事の心配もあり、またそれによる眠れぬ夜の苦しさもあり、思いは乱れがちでした。父の心の苦悩と乱れはよく理解できました。もっと優しい言葉を掛けてやればよかったと想われましたが、私は決してできなかった事でしょう。

 それでも私にはある余裕がありました。自分の内と外への関心、強い興味…。自分の心の動きを監視し修正できる力…。そして何よりも人と芸術への愛と憧れ…。そんな余裕が私の入院生活をより楽しい充実したものにさせたのです。人間の尊厳、そんな言葉が浮かびます。私は何時か死する時まで、この座右の銘を心に刻みつつ生きたいと想いました。誰からも憐れみを受けないように…。
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2010年06月28日

間奏曲301 入院生活のあれこれ、ある日の日課2

 朝の点滴治療の時間と前後して、今度は違う看護師が訪れ、体温、血圧、血中の酸素濃度に脈拍を測りました。私の数値は体温が36.5度、血圧は上130mmHg・下80mmHg、酸素濃度は98%、脈拍は65回/分でした。

 この時もお人形さんのように愛らしい色黒の看護師と戯れ、名前を聞いたり、私のブログ名を教えたりしました。「お名前は?」、「○○美代です」、「へー、美代ちゃんか、可愛い名前だね」。美代ちゃん、ブログ見てますか? ほら、ちゃんと君の事を書きましたよ!
 
 さてその後、昼食をはさんで夕食まで、都合八時間は治療もなく、全くの自由時間であり、自分の好き勝手に時間が使えました。読書、音楽、読書、音楽、…、…。読書に疲れるとベッドで横になり、イヤホーンを着けて音楽を聴きます。正に読書三昧、音楽三昧に耽りました。何と贅沢な事でしょうか。

 朝と夜にはモーツァルト、日の高い内はベートーヴェン、夕暮れ時にはブラームスを聴きました。モーツァルトは心優しい天使の官能美…、ベートーヴェンは清新な快哉…、ブラ-ムスは切ない同情・共感…。胸に響き涙を誘うのはモーツァルトとブラ-ムス、腹に響き肉体と精神を活性させるのがベートーヴェン。それぞれに違いがあり、それぞれに二つと無い個性際立つ極上の音楽…。極上のシンフォニー…。この日私はそう結論付けました。

 夕食後は再びの点滴治療。背の低いややふくよかな看護師さんが勤めてくれました。「随分小さいね、身長はどのくらい?」、「148センチです」。「ワー、可愛いんだ、まだ独身かい?」。彼女はうふっと笑ったきりで答えません。すかさず私は彼女の左手の薬指を見ました。ふっくらした小さな薬指には指輪はありませんでした。

 夜の九時、就寝の時間です。明日は皮膚科の先生に診て貰う予定です。「退院できるかな?」、そんな事をつらつら考え、一人寝のベッドに横たわりました。寝しなに聴いたモーツァルトの御利益があったのか、直ぐに眠りに付けたようです。 

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2010年06月27日

間奏曲300 入院生活のあれこれ、ある日の日課1

 今回、私が発症した体の異常は顔面蜂巣炎(ほうそうえん)と言う病気で、皮膚とその下部の皮下脂肪組織が細菌に犯され炎症したものです。症状は高熱を伴い顔面が赤く腫れ上がり痛みと痒みを持つものでした。普段から赤ら顔の私ですが赤鬼以上の赤黒い醜悪な面となり、鏡を観るのが恐ろしくなりました。

 ここで病院での私の一日を書いてみたいと思います。

 毎朝、午前三時頃には目覚めて仕舞い、起き上がりトイレに立ちます。何故かと言えば、点滴が治療の全てである私は、朝晩で一日200CCの抗生物質の点滴を受けます。その為やたらトイレが近くなり、午後九時就寝では翌午前三時には尿意を催して目覚めて仕舞うのです。

 用足し後、暫くはベッドで眠りに就こうと努力しますが、眠れなければイヤホーンを着け音楽を聴き始めます。ウォークマンを貰った次の日に、妻に届けて貰ったモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスの交響曲全集の内のモーツァルトを掛け、外が明るくなるのを静かに待ちます。

 やがて夜が明けると、やはり前日に妻に届けて貰った村上春樹の小説1Q84ブック1を窓辺の光を貰い読み出します。こんな折にしか中々読めない長編小説の1Q84をどうしても読んでみたいと思ったのでした。

 読み易い短い文を積み重ねて膨大な小説に仕立て上げてゆく技は素晴らしく、その社会正義に燃える心と適度なサスペンスにエンターテイメントが魅力を放ち、グイグイと私を引き込んでくれました。夢中で読みました、流石はベストセラー小説ですね。二日で完読し、あと二冊も読みたかったのですが、もう退院の日が迫っていました。その内暇があったら読んでみたいと思いました。

 朝になるとまず髭を剃り、それから休憩所で一時テレビニュースを観て世の有様を知る事にしていました。サッカー日本代表の活躍に驚きを覚えたり、相撲界の賭博騒ぎのゴタゴタに呆れたり、また無差別殺傷事件に憤ったりしました。

 そしてそれから決して美味しいとは言えない無塩パンの朝食の後は朝の点滴の時間となります。愛らしい看護師や余りそうでない年配のでも心優しい看護師に世話になりながら、嬉し恥ずかしの談笑をして愚かな小父さんを丸出しにしました。でもやはり、笑顔の看護師は患者にとって正に白衣の天使以外の何者でもありませんね!  

 
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2010年06月26日

間奏曲299 入院生活のあれこれ、モーツァルトのピアノソナタ

 入院に先立って私が用意したものには、もちろん衣類などの生活必需品もありますが、別に三冊の本もあり持ち込みました。

 その内訳は深田久弥著の「日本百名山」と三宅幸夫著の「ブラームス」、そして音楽の友社刊の「スタンダード・オペラ鑑賞ブック〜ドイツ・オペラ〜上」でした。

 しかしそれらの三冊は最初の三日で完読してしまいました。これから先どうしようと思っている矢先、娘・夏子が見舞いに訪れ、ソニーのCDウォークマンを父の日のプレゼントに買って持ってきてくれました。音楽に飢え始めて飢餓状態にいた私の驚きと喜びはいかばかりであったか、皆様はお分かりになられるでしょうか?

 娘との楽しい語らいの後、娘を送り、さっそく私は同時に持って来てくれた大好きなモーツァルトのピアノソナタ全集を貪るように聴きました。就寝前にも聴いていたところ、私は安らかな眠りに誘われ、そのまま眠りに就いてしまいました。真夜中に目覚めた時には、私は耳にイヤホーンをつけたままでした。それを外し、再び今度は深い眠りに落ちました。

 それまで不眠に苦しんでいましたが、この日より比較的よく眠れるようになりました。モーツァルトは人を優しく包んで心身をリラックスさせてくれるのですね。今回それを痛感しました。モーツァルトには眠りの精が住んでいるのです…。

 
posted by 三上和伸 at 23:54| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

間奏曲298 退院しました

 午前中に退院しました。振り返れば色々な思い出ができた入院生活でした。寂しかったり苦しかったり、また楽しかったり嬉しかったり、非日常の心揺れる日々を過ごしました。

 そんな中で、今日は嬉しかった事を書きますね。私の病室には重病の患者さんばかりがいて気軽にお話できる方はいませんでした。患者さんでお話できたのは二つ先の病室にいる七十五歳のお爺さんだけでした。でも彼は何か辛そうで私は励ます側に廻りました。そうです、死んだ父を思い出したのです。父には心苦しく恥ずかしさもあり、掛けられなかった言葉を私は掛けました。「お元気じゃないですか、大丈夫ですよ。手術は成功しますよ。」「人生、まだまだこれからですよ、いっぱい楽しみましょう。」、お爺さんはその私の言葉に笑顔を見せました。そして別れの挨拶の時、握手を求めてきました。その握力は力強いものでした。思わず私も力を込めていました。「どうかお元気で!、また何時か何処かで会えたら良いですね…」、これが私の別れの言葉でした。
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2010年06月17日

間奏曲297 無理が祟り入院する羽目に陥りました

 今週の日曜日から高熱(38.5度)にうなされ、節々は鈍く痛み、しかも顔はパンパンに赤く腫れ上がり、どうにもならなくなりました。皮膚科の医師(若い女医)によると、バイ菌が私の顔の皮下脂肪の下に入り込み大暴れをしているそうで、かなり重いとの事。「入院でもしますか? その方が早く完全に直りますよ!」と…。

 仕方なく明日から病院に泊まり込んで治療をする事にしました。心と体の休養と先日天国に逝った父の、病院のベッドでの想いを体感して来ようと思っています。あの辛かった父の…。

  
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2010年06月12日

間奏曲296 今、長女をマンションアパートに送ってきました

 今し方、長女をマンションアパートに送ってきました。長女の大好きなガス入りミネラルウォーター一箱分(勿論私が買ってやりました)を運ぶ都合もあり、わざわざ?送ってやったのです。カーステレオでは二人の共通の愛盤・ブラ1(ブラームスの交響曲第一番、ジュリーニ指揮・ウィーンフィル)を掛け、話題も豊富に楽しく夜のドライブをして送り届けました。

 一寸トイレ借りたりして部屋に上がり込み、窓からの眺めを楽しみました。長女の部屋は横浜の中心部より少し離れた場所にあり、横浜の夜景が美しく眺められる所です。娘には勿体ないくらいの素敵な部屋です。そしてさらにここは一日十六時間もピアノが弾ける有難い音楽家向きのマンションアパートなのです。これからは以前に増して大いに練習をして、(私にも皆様にも)沢山名曲を聴かせてくれるでしょう。楽しみです。
posted by 三上和伸 at 23:34| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲295 長女・三上夏子の独立

 昨日より、我が娘三上夏子は自らで借りたマンションアパートへ引っ越しをしました。父の葬儀があり遅れていたのですが、漸く、一人での生活となり、新たな一歩を踏み出しました。

 当然昨夜は、我が家には帰って来ず、私は何やら待ち人が来ない落ち着かない夜を過ごしました。不安な感じで寂しいような…。大丈夫かしら…と。

 全く親心とは悲しくも滑稽なものですね。私よりも出来の良い娘の心配を、より出来の悪い世事に疎い私がするなんてね…。

 翌朝の今、そんな事をつらつらと考え徒に過ごしています。あっ、今、娘がやってきました?、生徒さん達のレッスンを付けに。その様は元気で自信に満ちており、今朝の天気のように清々しいものでした。

  
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2010年06月10日

野の花70 コヒルガオ 2010.06.09

コヒルガオ
コヒルガオ(小昼顔、ヒルガオ科ヒルガオ属)
雨上がりだったので上向きの椀型の花は水を溜めていました。同属の夏咲きのヒルガオに良く似ていますが、これは花がやや小さく、花の咲き出す時期も少し早く初夏の五月から咲き始めます。円を描く美しい花形で、藪にあっても薄紅が良く目立ちます。
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野の花69 ホタルブクロ 2010.06.09

ホタルブクロ
ホタルブクロ(蛍袋、キキョウ科ホタルブクロ属)
下界では梅雨時に咲く花、されど標高の高い山や高原では夏の花です。その下向きに物思いに沈んだ花姿は楚々として涼やかですが、ふっくらとした豊かさも感じさせ床しいものです。昔人は花の中に蛍を忍ばせて楽しんだとか…、それ故に蛍袋の名が生まれたと言われています。まあ、本当かどうか私は知りませんが、花と蛍は時期的には重なります。それにしても趣きのある素敵な名前ですよね。
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私の歳時記 2010.06.09 色付き始めた紫陽花

紫陽花
 やっと日常を取り戻した私、仕事も再開し心新たに歩み始めました。昨日は仕事の合間に車をコンビニの駐車場に入れて、その周辺を散歩しました。もう梅雨の匂いがし始めていて、一寸蒸し暑く感じられました。この季節、梅雨の花と言えばこの紫陽花、そこにあった紫陽花は、今薄く青を発色し始め輝き出していました。やがて濃さを増す青の色、鬱陶しい梅雨には有難い清涼感をくれる色ですね。
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2010年06月09日

間奏曲294 葬儀の後で

 辛く悲しい涙の日々、それでも幾つかは嬉しい事もありました。五人の従弟や幼馴染との再会、何と懐かしい事か…、父の思い出話や昔話に花を咲せました。

 また我が娘達の優しい心遣い。通夜の一晩を二人して、線香の番で寝ずに頑張ってくれました。私達夫婦や私の母の健康を気遣ってくれたのでした。ありがとう!

 そして我が妻の大車輪の頑張り。葬儀中は元より、終わってからも、母の年金の手続きや相続の問題など、私に代わって取り仕切ってくれました。お疲れさまでした!

 私は父の事を優しい母をめとって幸せ者だと申しましたが、私こそが、優しく有能な妻、親想いの子を持てて、より幸せ者なのかも知れません。
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2010年06月07日

間奏曲293 滞りなく父の葬儀は終わりました

 菊の香が漂うホールは、次第にその上に抹香の匂いが覆い被さり、静寂と相俟って式典の雰囲気をいやが上にも高めていきます。読経が時を止め、朗々と響き渡り、私は暫し、うっとりと聴き惚れてしまいました。静かに深く私の心中に染み込んできて、私は慰めの法悦に満たされました。正にそれは東洋のレクイエム、故人の魂を鎮め、生人を悲しみの淵から救い出してくれます。

 出棺の時を迎え、いよいよ私の御挨拶の時間となり、昨夜認めた草稿を取り出して一度深呼吸をし、読み始めました。
 御挨拶の中ほどを過ぎた辺りから、私の眼は次第に涙で霞み始め、声は震えました。やっとの思いで読み終えた時には、最早、草稿の文字は滲んで見えませんでした。

 その挨拶文の草稿をここに掲載致します。宜しかったらお読みください。

 本日はお忙しい中、故HMのために御会葬くださりまして、ありがとうございました。また、ここまで皆様のお陰を持ちまして、無事葬儀の式典を執り行う事ができ、心より感謝いたしております。ありがとうございました。
 振り返れば、父は幸せな男だったと思います。高度成長の時代に重なり、安定した生活を得て家族を養い、恙無く生きてこられました。そしてその中でも何よりも素晴らしいのは、優しい妻KMをめとる事ができたことです。妻の愛と支えがあったからこそ、父は仕事を失敗なく見事に完結し、苦難の少ないなだらかな生涯を終えられたのだと思います。晩年の一時期は病に苦しみましたが、今、父の死に顔を見ても、もう病の苦しみからは完全に解放され、安らかな眠りに就いているのが見て取れます。私は今の安らかな顔をした父を心から祝福したいと思っています。本当に父は幸せ者でした。
 何かの折に皆様が、笑顔の父を想い浮かべて頂ければ、冥土の父も喜ぶと思います。どうぞ宜しくお願い致します。
 簡単ではありますが、出棺に先立ちまして、御挨拶を申し上げ、お礼に代えさせて頂きます。誠にありがとうございました。

 やがて出棺となり、その一時間余りの後に、父は骨と灰になりました。恐ろしくも忌まわしい風景、それは涙で滲んで見えました。
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2010年06月06日

間奏曲292 通夜を済ませました

 本日、慌ただしくも通夜を済ませました。様々な気遣いをし、式を円滑に履行するのは気が張り、その最中は悲しみや疲れは余り感じないものなのですね。でも、今、我が家に帰りつくずくと想い振り返ると己の至らなさに後悔もあり、虚しさを感じ疲れや悲しみも出ました。

 しかしながら今夜は、もう一仕事しなければなりません。それは明日の告別式のご挨拶の草案を練らなければならないのです。人前で喋るのは苦手であり気が重いのですが、施主代理としては遣らなければなりません。父と母の信頼関係に絞り、何とかこなす積もりでいます。では頑張ります。
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2010年06月05日

間奏曲291 父は天国に召されました

 耐えがたい苦痛から父は解放され、天国に召されました。その顔は何の歪みもなく安らかなものでした。やっと自由になれたのです。その自由を私は祝福したいと思いました。

 明日が通夜、明後日が告別式、後二日足らずで父は灰になります。でも魂は私や母に弟、そして私の家族、さらに父の親族や知人の中に生きていきます。優しいイメージを持ち、私達が消え失せるまで生き続けるのです。私はその好ましいイメージを大切に、日々共に生きて行きたいと思います。
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間奏曲290 辛い事

 今、雷鳴が轟き、サッシの窓に共振しブルブルと揺らしています。雨も降り始めて音を立てています。ただ、何故かその音は涼しさを湛えており、清々しささえ感じさせています。

 今日、辛い事がありました。父の病状が思わしくなく、いよいよ末期的な様相を呈してきました。急に病院の医師から呼び出しを受け、行って来ました。病室の父は苦しそうに呼吸をし必死に病と闘っていました。何時楽になるか判らない闘い…、希望の見えない…。思えばもう半年もこの状態にあり、それはもう限界に近付いているようでした。

 暫くして医師と面談し、父の病状を詳しく聞きました。既に呼吸不全と腎不全を発し始めており、危険な状態であると…。そして医師はこの先の延命措置について述べ私に尋ねました。人工呼吸器を再び付けるのと心停止の場合の心臓マッサージによる蘇生術について…。どう致しますかと…。少し考えたいと申しましたが、急を要するので今すぐ意志を知りたいと…。

 母の看病疲れと苦悩…、父の苦しみと絶望…、それらをかんがみて、私は結論を述べました。今の治療に精を尽くしてくださいと…。しかし延命はしないで下さいと…。苦渋の断ですが、今の私にはそれがよりよいと想われました。例え、後に悔恨を残す事があったとしても…。多少の未来がある、父の愛する者のために…、そう述べました。
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2010年06月03日

私の歳時記 2010.06.03 鳴くまで待った不如帰と咲くまで待ったヤマボウシ

 このところ毎日のように不如帰の声が聴けて嬉しくて嬉しくて…。毎朝早朝に起きて徳川家康の心境で待った甲斐がありました。今年ほどこの声を待ち詫びた年はありませんでした。きっと春が遅かった所為でしょう。桜も春暫くは咲いていましたものね。その他の花も一二週間咲き時がずれているようです。昨日、街路樹として植えられているヤマボウシ(山帽子)の花を見付けました。それは静寂を湛え切れるような知性を魅せていました。花にも知性がある事をこの花ほど感じさせてくれるものはありません、素敵です。

 今、ベランダに出て不如帰の声を聴いていました。朝の喧噪が始まっていたので、その声はかき消されぎみでしたが、確かに何遍も鳴く声が聞こえました。今日は殊の外執拗に鳴いていました。

 その声は力強くポジティブ(陽、積極的、肯定的)であり、今ネガティブ(陰、否定的、消極的)な人には元気が出るか?、鬱陶しいか? 鳩山さんはどうなんでしょうね? 因みに私は元気が出る方です。今日も仕事と庭仕事に頑張ります!。
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2010年06月02日

間奏曲289 鳩山さん首相辞任

 テレビでコラムニストの天野祐吉さんが言っていました。「理想主義でアマチュアリズムの鳩山さんは、やはり政治にはアマチュアだっただけの事です」と…。誠に言い得て妙であり、思わず私も肯いてしまいました。

 「私の言葉に聞く耳を持たなくなった国民」と無念の面持ちで言っていました。自分は一生懸命考え、理想の政策を施そうと頑張ってきたが、国民の協力が得られずにそれを果たせなかった。そんな恨み辛みが感じられる会見でした。

 確かに鳩山さんの理想は他の政治家にない清らかなものでした。しかしそれを実現する実務の力はか細いものでした。もっと実務に長けた強力なブレーン(頭脳、知能)が必要だったのです。残念なことにそれを準備する手間暇と計画性が鳩山さんには欠如していたのです。

 それにしても、当然ながら沖縄の人々、徳之島の人々は鳩山さんに厳しい、敗者に鞭打つようです。稚拙ではありましたが、あんなに心を砕いた人なのに…、気の毒です。テレビの街頭インタビューでも、総じて男性は鳩山さんに手厳しく、女性は同情的です。どこまで本人の苦難努力を御存じなのか疑わしいですが?… 勿論、私は大方の女性と同じく、鳩山さんには同情的です。…心許なく下手くそでしたが、それなりに良く頑張りましたよ…。理想と現実の間で苦しみながら…。
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2010年06月01日

間奏曲288 お嫁さんとして出て行って欲しかった

 お嫁さんとしてこの家から出て欲しかったのですが、長女・三上夏子は独り身で出るようです。もうアパートも契約し、後はピアノとベッドに寝具一式を搬入するのみとなりました。寂しいような…、その成長が嬉しいような…、私の思いは複雑です。でもまあ、よくぞここまで大人になってくれました。「ありがとう、パパは心丈夫だよ、しっかりやってください!」

 それにしても我が二人の娘達よ! 早くお嫁さんなってパパを心底悲しませて?ください…、…安心させてください…。そしてもう一人のお父(義父)さんを喜ばせ有頂天にさせてあげてください。そのうぶで純な男(親)心を心底揺るがせてやってください。天下一の幸せなお義父さんにしてあげてください、美しくも蠱惑的なその掛け替えのない眼差しで…
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