2010年09月30日

野の花87 キバナアキギリ 順礼の道 2010.09.26

キバナアキギリ
キバナアキギリ(黄花秋桐)シソ科アキギリ属
近似種にアキギリがあり、その秋に咲く紫の花が春咲きの桐の花に似る事からアキギリの名が付き、そのアキギリの名を貰い、この黄花の本種をキバナアキギリと呼ぶようになりました。薄暗い木陰に生え、その黄が一際よく目立ち、一点の華やぎを魅せていました。新鮮な黄色が驚きでした。
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野の花86 ツユクサ 順礼の道 2010.09.26

ツユクサ
ツユクサ(露草)別名・ツキグサ・ボウシバナ・アイバナ・アオバナ・ウツシグサ・カマツカ・ホタルグサ、ツユクサ科ツユクサ属
何処にでも当たり前にある草でとりわけその美しさに心惹かれる現代人は少ないかも知れません。しかし光線の加減などで驚くべき美しい青を発色する時があります。大抵は光線を透かして透明感の増した刹那の色合いで、私は他の花のどんな青より美しいと思う時があります。

 昔からこの露草の青は糸や織物の染色に使われてきました。そしてその染められた透明な薄い青色を露草色とか“はなだ色”、または浅葱色(あさぎいろ)と称して愛でてきました。誠に美しい染め色ですが完全はないようで、残念ながら水に溶けて退色し易いのが欠点だそうです。

 人の近くにある所為か、染め物に使われた為か、これは彼岸花などと同様に別名別称の多い草です。私は徒然に、それぞれその名をつぶさに吟味して、その理由を考えてみました。そして結論を申せば、やはり昔人はこの小さな花の青の色を好み、愛したのだと想い当たりました。
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2010年09月29日

野の花85 ママコノシリヌグイ 順礼の道 2010.09.26

ママコノシリヌグイ
ママコノシリヌグイ(継子の尻拭い)タデ科タデ属
棘だらけの葉で継子の尻を拭うと言う意味の名を持つ草、継母のえげつなさを言い表しています。何とも気の毒な名を付けられてしまいました。全て極端に多い棘の所為です。しかし花は愛らしい、白い小さな蕾は頂点が紅色で、開けば淡紅になり尚美しい…。私は心潤み思わず声を掛けたくなりました。「綺麗だね」と…。でも花にも棘はあるようですね。可愛い棘が…。
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音楽の話25 コンサートのお知らせ

 我が娘・三上夏子がコンサートを開く事になりました。主に子供を対象にした親しみ易い音楽会ですが、大人も十分に楽しめる内容です。ピアノソロあり、音楽紙芝居の弾き語りありのワクワクドキドキものの催しです。是非一度ご覧になってください。私が自信をもってお勧めいたします。

 以下の趣旨で行われます。

 音楽会への招待状Xol.3 動物の謝肉祭  三上夏子(ピアノ・お話) 直井有子(紙芝居の絵)

プログラム
〜ピアノソロ〜
エリーゼのために(ベートーヴェン)
トルコ行進曲(モーツァルト)
エチュード・革命(ショパン)他

〜音楽紙芝居〜
動物の謝肉祭(サン=サーンス) 夏子先生の弾き語りです。面白いですよ。

2010年10月16日(土)
13:30会場 14:00開演

岩崎記念館 ゲーテ座ホール 港の見える丘公園の向かいです。

全席自由 大人2000円 子供1000円 未就学児大歓迎

チケット・お問い合わせ 
アンサンブル・サマンサ natsuko-samantha-pf@hotmail.co.jp
三上夏子ブログ     http://natsuko-samantha-pf.seesaa.net/
三上和伸メールアドレス otonotanoshimi_mikami@yahoo.co.jp
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2010年09月28日

日本の景色38 日向薬師 2010.09.26

日向薬師本堂
表丹沢の山懐に抱かれた古刹。日本三大薬師の一つと数えられ、古から厚い信仰を集めてきました。本尊は木造薬師如来三尊像で、無病息災、病気治癒の霊験あらたかです。

深い森に包まれた参道は石段と岩の露出の段が交互に現れ滑らないように慎重に進みます。喘ぎ喘ぎ上ればやがて茅葺屋根が観えてきます。最後の石段を踏破すれば広い境内に出て、茅葺の大伽藍は眼前にありました。思いっきり深呼吸をしてお参りをしました。

参拝後、持参したお結びを境内の休み処で食べました。その美味しかった事、お腹ぺこぺこで食べるお結びほど、その美味しさと食べ応えを感じる食品はありませんね! 素朴な食べる喜びの原点を感じました。
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とっておきの花7 シュウカイドウ 日向薬師参道 2010.09.26

シュウカイドウ
棚田を一巡りし、大いに曼珠沙華を楽しんだ後は、やおら日向薬師本堂に向かい歩を進めました。参道を歩き始めるとすぐ道端にはシュウカイドウが群れていました。余りにも美しかったので歩を止め暫し眺めました。大株に沢山の花を付け、それは見事な華やぎを魅せていました。茎までも紅に染めた秋の海棠。あの春に咲く花海棠のように美しいと海棠の名を頂戴し、この名・秋海棠と名付けられました。

 ベゴニア類と同属のシュウカイドウ科の多年草で球根植物です。中国南部の原産で日本には江戸期に渡来しました。雌雄同株異花で、一つの株で雄花と雌花があります。タネは実り、タネでも殖えますが、葉腋にできる珠芽(むかご)でも繁殖します。ヤマイモと同様に土に落ちた珠芽が発芽成長して新たな株を作るのです。二重三重の繁殖の仕組みを持つ、シュウカイドウは優れものです。
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2010年09月27日

日本の景色37 田園に咲く曼珠沙華(彼岸花) 日向薬師 2010.09.26

 彼岸明けのこの日、私は待ちに待った曼珠沙華(彼岸花)に会いに伊勢原の日向薬師に足を運びました。以前からここは曼珠沙華の群生地として名高く、曼珠沙華を愛する私としてはどうしても訪れたい憧れの土地でした。 

 この日は妻が娘の主催する子供のためのバロックダンス教室のお手伝いをするため同行せず、私の一人旅となりました。そこで車は止めにして、徒歩バス電車で移動する事にしました。朝、妻にお結びを作って貰い、それと買い置きの一本十七円の大型スーパーの飲料水を一緒にショルダーバッグに入れ、家を出ました。ワクワク、イソイソ、ドキドキ、私の胸は曼珠沙華と同じように赤々と燃えあがるのでした。
 
 因みに…、私の一人旅は同行者がいる旅とはまるで違います。そうです、乏しい懐(お小遣い)具合なので超ケチケチ旅行をするのです。出費は必要不可欠の最小に留め、グルメなどは見向きもせず、お結びやコンビニパンで済ましてへっちゃらです。ひたすら歩いて見聞に努め、この日も花と蝶に水と風の音、そして歴史ある伽藍の重厚な佇まいを楽しみました。 

畔に咲く曼珠沙華 土手一面の曼珠沙華 柿畑の曼珠沙華
日向薬師の山裾には田園が広がり、そこに数万本の曼珠沙華が花開きます。趣きある棚田の畔は至る所、赤一色に染め抜かれていました。誠に色鮮やかで目の覚める思いでした。丁度、田の稲は刈り取られたばかりで天日干しにされており、更に風情を添えていました。きっと美味い米なのでしょう。お百姓さんの働く姿は機敏そのもので、それを証明しているように見えました。

歩数:12,294歩

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2010年09月26日

鎌倉漫歩4-7 円覚寺・洪鐘(おおがね、国宝) 2010.09.19

洪鐘
1301年、時宗の子・九代執権・北条貞時が死の年に、国家の安泰を願って寄進した大きな梵鐘。その切なる願い虚しく、北条氏は衰退を余儀なくされ、国家は再び戦乱の世となりつつありました。

 大きな鐘であり、国宝でもあるので撞いてみたい誘惑に駆られました。…がしかし、ロープが張られ入る事もできず、しかも撞木は縄で固定されていました。お寺によっては百円くらい払えば撞かせてくれる所もあるのにね! 残念でした。

 隣が弁天堂でそこにはお茶屋さんがありました。繁盛していて満席の盛況でした。私はお腹がチョイ痛でしたので、妻と半分こして氷アズキを食べました。残暑のお陰で美味しく頂きました。今となっては遠い思い出ですが…。

 
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鎌倉漫歩4-6 円覚寺・舎利殿(国宝) 2010.09.19

舎利殿
正面遠くに見えるのが舎利殿です。大切な禅道場のため、普段は入場禁止です。
本来は円覚寺にはなかった建物で、廃寺になった寺から移築したものだそうです。ただ、鎌倉時代に宋から伝わった唐様式の最古の建造物であり、この時代を代表する最も美しい建築物とされ国宝に指定されています。

 舎利殿の名の通り、源実朝が宋の寺院から貰い受けた釈迦の遺灰・舎利が納められたお堂です。
 また、建築物では神奈川県唯一の国宝です。震災で倒れたそうですが、その材を使い首尾よく復元されました。
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鎌倉漫歩4-5 円覚寺、仏日庵・開基廟 2010.09.19

仏日庵・開基廟
円覚寺を建立した第八代執権・北条時宗の廟所。仏日庵は塔頭としてこの時宗の廟を現代まで守り抜きました。この廟には十一面観音坐像と時宗の木像の他、息子貞時と孫高時の木像も安置されています。三者並んで仲良く永遠の眠りに就いています。
 
 境内のお茶席は、川端康成の小説「千羽鶴」に登場しています。
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2010年09月25日

鎌倉漫歩4-4 円覚寺・方丈辺り 2010.09.19

1、選仏場
選仏場
1699年に建立された元の座禅道場。関東大震災で倒壊した仏殿が再建されるまで、本尊の宝冠釈迦如来を安置した堂宇。現在は名の如く仏を選び出す?お堂。

2、居士林(済蔭庵)
居士林(済蔭庵
円覚寺の中でも最も風雅な佇まいを魅せているのがこの居士林です。塔頭の一つで元は東京牛込にあった柳生流の剣道場です。現在は居士林として在家の禅の修行の場として存在しています。

3、方丈、百観音
方丈 百観音
方丈とは一丈四方の事で今の単位で3メートル四方を指します。昔のインドの高僧の居室がこの広さだった事に由来し、住持の居間を方丈と称するようになりました。

 方丈の庭園の一角には百観音が飾られています。江戸期に百体の観音石像が作られ奉納されました。震災などで損傷を受けましたが復興に努め、今はここ方丈に三十体ほどが納められています。慈悲溢れる豊かな表情をした沢山の観音様に会えます。

4、シロバナヒガンバナ
シロバナヒガンバナ
方丈の垣根の土手にはシロバナヒガンバナが咲いていました。僅か一輪の花でしたが、清らかでしかも華やかな風情を際立たせ、私の感嘆を誘いました。綺麗でした。

5、妙香池(みょうこうち)
妙香池
夢窓疎石(夢窓国師)の作と伝えられています。大仏次郎の小説「帰郷」にこの池は描かれています。自然の地形を利して作られた美しい庭と池です。 

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2010年09月24日

間奏曲358 気温激変、体に気を付けて

 驚くべき気温低下。私はこの秋初めて長袖シャツを着て仕事に出ました。今も長袖長裾のスエットを着ています。もう冷たい飲み物には手が出ませんね、温かい物が嬉しいです。晩御飯で頂いた葱と若布の味噌汁が最高でした。あの五日前の円覚寺弁天堂の茶店で味わった氷アズキのいみじくも美味しかったのは何だったのでしょうか、遠い昔の事のようにおぼろ気です。

 とにかく、皆様も風邪など召さぬようお気を付けください。たっぷりお布団を掛けてお休みください。どうぞ、お健やかに…。
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鎌倉漫歩4-3 円覚寺・仏殿 2010.09.19

円覚寺・仏殿と
仏殿とビャクシン(伊吹)の古木
外観からは木造に観えますが、この仏殿は鉄筋コンクリートで造られています。残念ながら以前の木造の仏殿は関東大震災で倒壊してしまったのです。でも本尊の宝冠釈迦如来坐像は大切に安置されています。また、後光厳天皇勅筆(1378年)の「大光明宝殿」の扁額は見事に正面に掲げられています。

 仏殿の前にはビャクシン(伊吹)の古木が植えられています。これは仏殿とは違い、古からの生き残りです。ビャクシン(柏槇)は日本では自生は少なく、伊豆の大瀬崎などには見事な天然樹林があります。国の天然記念物に指定されています。

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2010年09月23日

私の歳時記 2010.09.23 秋分の日、彼岸の墓参り

 午前中は時折僅かに時雨れるだけで、無事三上家のお墓参りを済ませました。今年亡くなった父と私の水子の姉弟が眠る墓。私は湿したタオルで汚れを丹念に拭き取りました。ピカピカになったお墓、水を打ち花を供え線香を焚きました。そして母と妻に私で眠る仏に手を合わせました。これで、義父と実父、そして我が水子の姉弟の彼岸の供養を済ます事ができました。

 生前の父や義父を思えばこの世を去る事は余りに辛い事。されど辛い身を解き放つには死に救いを求めるしかありませんでした。では私達はいったい何をしたらいいのでしょうか? 何をしたら救われるのでしょうか? それは人間の尊厳としての愛を伝える事。残される人へ愛の言葉を伝える事。愛が伝われば残された人は暫くは心穏やかに生きて行けるでしょう。人間の尊厳を理解できたから…。そして死する人も尊敬と愛を集め安らかに死ねるでしょう…、愛の満足を得たから…。遺言でもいいし、今際の際の言葉でもいい。最善は今から行動を始めるがいい。愛の何か?を伝えられたら素敵ですね。
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鎌倉漫歩4-2 円覚寺・山門

 円覚寺は当時の鎌倉幕府執権・北条時宗が建立した禅寺です。往時、自らが治めた蒙古来襲の文永・弘安の二回の役で戦死した両国の兵士を弔うために建てられたものです。父・時頼譲りの禅宗への深い帰依による、尊敬する師・無学祖元を開祖とした寺で、禅・臨済宗円覚寺派の総本山です。

円覚寺山門
門と言えば夏目漱石の「門」。実は夏目漱石もこの円覚寺の塔頭(たっちゅう、代々の住職が築いた境内内にある小寺)の一つで禅の修行をしています。その小説「門」の中に描かれたのも恐らくは円覚寺でありましょうし、その門は漱石縁の塔頭の門かも知れません。しかし敢えて言うなら、円覚寺の門とは何をさて置きこの立派な山門に他なりません。武士の魂の籠った剛健極まりない荘重な門です。

 天明三年(1783年)の再建であり、楼上に観世音菩薩・羅漢が安置されています。「円覚興聖禅寺」の額は開山当時の伏見上皇の勅筆です。

 参考;円覚寺の栞より        
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2010年09月22日

間奏曲357 黒猫のクロ爺

クロ爺
中々精悍な姿・眼つきをしていますが、もう十六歳のお爺さんネコです。ノラ猫上がりで昔はよく野鳥やモグラを捕って食べたそうです。気儘に外と内を行ったり来たり、のうのうと落ち着いて不安などかけらも見せません。「その自由主義は流石だね」と心で褒めてやりました。

 写真を撮られるのを嫌がったのですが、声を掛けたらこちらを一瞬向いてくれました。可愛いね、サンキュウ!クロ爺、来年また会おう。
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私の歳時記 2010.09.22 十五夜、中秋の名月観えました

 私の心配をよそに、中秋の名月が観えました。闇が深まり、今は一際鮮やかに観えています。本当に素晴らしい月ですね。観ていると心が洗われ、不思議な幸福感を覚えます。このような小さな事でも、否、小さな事こそ積み重ねれば何時までも幸せに生きて行けるのですね…。来年も再来年もこんな月を観たいですね。
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2010年09月21日

野の花84 センニンソウ 2010.09.18

センニンソウ
センニンソウ(仙人草)キンポウゲ科センニンソウ属
有名な美花・クレマチスと同属の花。花は小さいけれどその雰囲気は十分にクレマチスの風情を感じさせます。秋の野山を一番に彩る、秋の先駆けの花です。
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私の歳時記 2010.09.21 明日は中秋の名月、明後日が満月

 今し方、天を仰いで月を観ていました。満月まで後二日ありますが、丸々とした月でそのすぐ東には明日が衝の木星も輝いています。それは見事な月夜です。明日が旧暦(陰暦)の八月十五日で、中秋の名月ですが、どうも天気は下り坂のようで、明日の夜は月が出ているとは限りません。だから今宵、月を楽しみました。望(満月)は明後日なので、その夜に真の満月(18時17分)が観られます。とにかく明日・明後日が楽しみでワクワクしています。そしてついでに何時もワクワクドキドキしている私は何なのでしょうか?とふと思ったりもしました。…差し詰め楽しみと言う名のデパートの案内人当たりでしょうか?

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2010年09月20日

昼餉 お墓参りの後で敬老の祝い 野島の島寿し

 今日は彼岸の入り、義母に義姉夫婦とその娘、そして私達夫婦と次女が集い、義父のお墓にお参りをしました。私としては半年振りの詣で、御無沙汰を詫び冥福を祈りました。まだ彼岸花は蕾が出たばかりで姿はなく、残念ながらこの花の咲く頃のお参りは叶いませんでした。
 また今日は敬老の日でもある訳で、墓参りの後は一寸贅沢をして皆で義母の敬老の祝いにお寿司をたべました。金沢野島の名店の誉れ高い島寿しを訪ねました。
並ちらし 
並ちらし ¥2500 
イクラ、卵焼き、青柳、鳥貝、鯵、二通り鮪、平目、ズワイガニ、干瓢、田麩などが盛り沢山に、淡い酢飯に乗っています。

上にぎり
上にぎり ¥2800
私が食べたにぎり寿司。大きなタネと大量のシャリ、お腹がはち切れそうになる事請け合いです。鯵、中トロ、煮穴子、平目のにぎり。鮪とアボカドの鉄火巻き。海胆、イクラ、ズワイガニの軍艦巻き。どれも逸品でしたが、私としては鯵と煮穴子のにぎりに海胆の軍艦が素晴らしかった。蕩ける舌触りで全く嫌な臭みはなく、むしろ仄かな芳香が鼻に抜け見事な風味を醸し出していました。
 また、酒の摘みで味わったなめろうともずく酢は絶品でした。
posted by 三上和伸 at 19:18| 今宵の宿・食べ歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

鎌倉漫歩4-1 円覚寺・参道 2010.09.19

 残暑厳しい折でしたが時折吹く初秋の風が爽やかで、暫し木陰に憩えば何やら揺ら揺らと幸せに包まれていました。勿論鎌倉の木々は本年最後の緑を萌え立たせ、それは絵にも描けない静かなきらめきを放っていました。

1、円覚寺参道
円覚寺参道、横須賀線が通り抜けています
円覚寺の参道に立つと誰しも驚きを禁じえないでしょう。何と参道は線路に分断されており、そこには信号機と踏み切りがあります。つまり、線路が境内を横断しているのです。何故そうなったかは測りかねますが、随分乱暴な事をしたものです。まあ恐らくは横須賀線敷設の計画に行き詰まり、当時の国、国鉄、円覚寺が揃って「ええい!境内を通してしまえ!」と蛮勇を奮ったのでありましょう。今考えれば恐ろしい事です。
posted by 三上和伸 at 22:54| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花83 ワレモコウ 横浜市 2010.09.18

ワレモコウ
ワレモコウ(吾亦紅)バラ科ワレモコウ属
吾亦紅の字を直訳すれば、吾もまた紅なりでありましょう。「私も素敵な紅色なのですよ!」と切なげに訴えている様が目に浮かぶようです。赤黒い紅ですが、私達も優しくこの紅の花を認めてやりましょう。近年、秋の生け花には欠かせない脇役として重宝がられています。さり気なく秋を感じさせてくれる得難い花ですね。

 元来この草はうどんこ病の持ち主で、多湿な下界では綺麗に咲く事は珍しいのですが、今年は日照りが続き乾いて美しく咲きました。これは私の散歩コースの元は農道であったところの土手に咲いたもので、ここは昔ながらの野生の花咲く貴重な場所です。野の花82のツリガネニンジンもここで咲いていました。横浜でもこのような花処はまだまだあるのです。素敵です。
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野の花82 ツリガネニンジン 横浜市 2010.09.18

ツリガネニンジン
ツリガネニンジン(釣鐘人参)、別名・トトキニンジン・トトキ・シャジン(沙参)キキョウ科ツリガネニンジン属
この草は刈り取られても、すかさず発芽し花を咲かせる性質を持ちます。依って都市近郊の草地などでも生き残りよく見掛けます。花は愛らしく、その淡青紫色は秋の空を映したようで美しいものです。別名のトトキは春の若芽を指す名で、これは春の山菜として珍重されます。私も食べましたが、癖のない味でシャキシャキした歯触りがよく味わい深いものがありました。またシャジン(沙参)は漢方の名で、この草の肥厚した白い根から作られた生薬を指し、それが翻ってこの草の呼び名ともなりました。この生薬は咳止め痒み止めとして使われています。

 釣鐘型の花と朝鮮人参に似た白い根を合わせて、釣鐘人参の名となりました。
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2010年09月18日

野の花81 クズ 横浜市 2010.09.18

クズ
クズ(葛)別名・くずかずら・かつ、マメ科クズ属 秋の七草の一つ
何処にでも蔓延る厄介な雑草と言ってよい草ですが、様々な分野に活用されており、極めて有用な植物でもあります。例えば根を乾かして葛根として解熱剤(葛根湯)にしたり、根の澱粉を葛粉として用いお菓子や料理の材料になったり、蔓の繊維で葛布(くずふ)を織ったり、蔓を用い籐行李を作ったりします。

 また、巨大な雑草?にしては美しい花を咲かせ意外性を発揮します。昔のアメリカではこの花の栽培が流行り品評会まで催されたそうです。しかしそれが元でこの草はアメリカの大地に蔓延るようになり、日本に蔓延するアメリカ生まれのセイタカアワダチソウと同様に国を挟み互いに帰化植物の雑草として嫌われるようになったのです。

 古では葛とはカツと読んでいたようです。またかずらとかつづらとも読んだようです。くずと呼ぶようになった所以は葛粉の産地の大和(奈良県)の国栖(くす)からきたもので、くすこ(国栖粉)がくずこ(葛粉)に転訛されたものと言われています。
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私の歳時記 2010.09.18 タマスダレ 横浜市

タマスダレ
タマスダレ(玉簾)、別名・カンディダ・レインリリー、ヒガンバナ科
初秋になると必ず咲き出す季節を感じさせる花。南アメリカ原産でゼフィランサスの学名があります。和名のタマスダレの謂れは花を玉に例え、細く立つ葉を簾に見立てたそうです。やや無理がある名付け方ですが、言われてみれば「ああ、なるほど」と思えます。純白のすっきりした花で、群れて咲けば鮮やかなもので美しいです。
posted by 三上和伸 at 21:25| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

間奏曲356 菅首相の内閣改造と押尾被告の判決

 菅内閣の顔ぶれが決まりました。私には誰がどのポストに相応しいのか見当が付きませんが、街の風評では地味だけど堅実な内閣と言われているようです。まあ、野党は言いたい放題言っているみたいですが、菅首相も心して野党と接しないと様々な懸案が通らなくなります。野党は野党で菅内閣の足を引っ張るばかりの体たらくでは私達国民が許しません。与党も野党も真剣に国民のための政治をしなければ今度こそ未来はないですね。私達国民が関心を持ってしっかり監視しましょう。私としては菅首相と岡田幹事長に期待しています。頑張れ!

 押尾被告の判決が出ました。情状酌量はなかったとの事です。当然の結果と思われますが、押尾被告は控訴した模様です。どんなに裁判を重ねようと今より刑が軽くなるとは思えませんがね。往生際が悪いですね。のたうち回って益々世間の評判を悪くする、それもこの男の生まれ持った運命なのかも知れません。でもファンレターも段ボール一杯にきてるとか。捨てる神あれば拾う神ありですかね? 変な世の中ですね…。それでも今回は捨てる神が強そうですね。
posted by 三上和伸 at 23:38| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花、私の歳時記、とっておきの花の訂正とお詫び

以前掲載した植物とその名に誤りがりました。ここに訂正し、お詫びいたします。また本文の記述も暫時訂正を致しますのでご容赦ください。
 メールでご指摘くださった雑草さん、御指導ありがとうございました。謹んでお礼を申します。今後もどうぞ宜しくお願いします。 

ヒヨドリジョウゴ ヒヨドリジョウゴ コムラサキ
写真の上二つは、2009.11.26撮影の私の歳時記と2010.07.15にヤブガラシの花に添えて掲載したもので、これらはヤブガラシの実ではなく、ヒヨドリジョウゴの実でした。また写真下の2010.07.15撮影のとっておきの花4のムラサキシキブは近似種のコムラサキでした。見分け方は雑草さんが仰る通り、コムラサキの葉の付け根と花茎の付け根が離れている事で判ります。間違いを掲載して御免なさい。以後は気を付けます。反省…。
posted by 三上和伸 at 21:31| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲355 お腹の調子

 昨晩は毛布を引っ張り出して眠りに就きました。どうもこのお腹の痛みは一昨晩のタオルケットだけで寝た所為で冷えた為と想われましたので…、油断しました。まだ今朝も少し痛みます。今日まで仕事ですので、温かい吸い物や柔らかい物を食べ、仕事に出たいと思っています。明日からは三連休なので、その休み中に完治したいですね。あ、でも二十日はお墓参りですので、それまでに治したいですね。その日はあるお寿司屋さんに行く予定ですので…。美味しく食べたいですものね。取り敢えず頑張ります。
posted by 三上和伸 at 07:25| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

間奏曲354 岡田幹事長と私の夏バテ

 岡田さんが民主党の幹事長に内定したそうです。どんな人物か深くは分かりませんが、私は彼の真面目で愚直な感じが好きですね。比較的ツキのない人のようで、あの小泉首相の郵政選挙で民主党代表として大敗して、代表を退いたのでしたね。今度は厳しい正念場の幹事長として大変でしょうが、正攻法の正面突破で力を奮って欲しいです。ツキを呼び込むほどに…。

 どうもここ数日、私のお腹の調子が下り坂で、今も少し痛いのです。今になって夏の疲れが出たようで、これを夏バテと言うそうです。夏が終わってから発するのが夏バテなのですね。秋になってホッとしたのも束の間、油断大敵ですね。早く風呂に入って寝る事にします。お休みなさい…。

 
posted by 三上和伸 at 22:48| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月15日

間奏曲353 雑記

 政府の為替介入があったと大きなニュースになっていました。私は経済に疎く何だかよく解りませんが、円高は日本の輸出産業に大きな痛手となり、逆に日本人の海外旅行には有利となる位は解ります。輸入品も安く買えるのですね。先程、夕飯を食べながら池上さんのニュースバラエティーを見て、円売りドル買いの為替介入の仕組みを学びました。それでも何故かチンプンカンプン…、私の頭は上手く働いてはくれませんでした。ゲストの布施明などはよく理解をし適切な質問をしていました。感心しました。人任せ経済ではいけませんね。もう少し経済も理解しないとね…。

 昨日今日は随分涼しくなり、皆様はよく眠れたのではありませんか? 私も数カ月振りで八時間も熟睡ができました。やはり、睡眠には適した気温が必要なのですね。二十二〜二十三度位がいいようです。健康には睡眠が何よりですものね!

 そして今、私は間食をしないで三度の食事をしっかり楽しむようにしています。どうもお腹の体脂肪が増大したらしくベルトがきつくて堪らなくなりました。大袈裟なダイエットは何時も失敗続きでしたので、まずは無理なく快食快眠?で頑張ります。毎日朝晩体重計にも乗っています。先程は87キログラムでした。今のところまだ全然減っていません。残念…。

 ところで今日の晩御飯は私が支度をしました。ダイエットには反しますが、娘のリクエストに応えてメニューは、鶏のから揚げと野菜(ナス、パプリカ、マイタケ、ジャガイモ)の素揚げに若布の味噌汁でした。揚げ物は得意で、家族の評は大方良いものでした。その空になった皿が何よりの証明でした。ムフフフフ…。
posted by 三上和伸 at 23:18| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月14日

間奏曲352 代表選挙、国民と国会議員の隔たり

 菅と小沢、その得票ポイントの差が気になりました。それは党員サポーターのポイントと国会議員のポイントの差の違い。即ち、国民の想いと国会議員の考えの差。国会議員は世論とはややかけ離れているようです。

 確かに小沢の周りにいれば、そのカリスマ性に取り込まれるかも知れません。その金と政治の疑惑を忘れて小沢の剛腕に期待してしまう人もいるでしょう。しかももし小沢が総理大臣になったなら日本はもう少し増しになるかもしれません。

 でも国民はその金満振りに飽き飽きしているのです。豊かでない大多数の日本人はその節操のない金集めに嫌悪しているのです。自分たちばかり太りやがってと…憎悪してるのです。それが解らない小沢や周りの議員は鈍いとしか言いようがありません。

 この得票の結果、それは国民が愚かなのか、国会議員が馬鹿なのか、時を経ないと解りませんが、とにかく、国民と国会議員の隔たりを見事に表していると気付きました。

 
posted by 三上和伸 at 22:49| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

間奏曲351 シーズーのナナちゃん

ナナちゃん
潰れた鼻に見え隠れする眼、犬とは思えない愛くるしい縫いぐるみがシーズーです。性格も穏やかでフレンドリー、聞き分けもよく賢い犬です。でも、このナナちゃんは一寸おきゃん。元気がよく、力に溢れていて私と取っ組み合いをして楽しみます。私が仕事をしているうちでも、早く終わらせてプロレスごっこをしようと急かせます。イケナイ子の時もあるのですよ。それでも今日は時間がなくて遊んであげられなかったね。来年こそは時間を取って沢山プロレスごっこをしようね。元気でね。鍛えといてね。


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2010年09月12日

音楽の話24 世界の小澤は大丈夫か

 大病をして復帰する矢先、今度は腰痛に祟られてしまいました。二度の停滞…、疾風の如く走り続けてきた小澤征爾にとっては悔しいものがあった事でしょう。でもそれは新たなステップと前向きに考えるべきでしょうし、休んで自分を振り返るいい機会になると私は想像していました。先日のNHKニュース9で青山キャスターの取材インタビューに答えた小澤も、やはりそのような前向きの心境を述べていました。

 その心境とは、「今まで世界を忙しく廻り、走り続けてきて長い時間じっくり音楽を考える事がなかったが、今回大病をしたお陰で時間が持て音楽と向き合えました。そして今は改めて音楽を素晴らしいと想い益々大好きになりました」。

 この言動は驚くべきものであり、この時、私は初めて小澤の演奏を聴いてみたいと思いました。音楽の極意を悟った生まれ変わった小澤の演奏が…。そうです、音楽とはただ音楽的に美しく見事に演奏すればいいものではありません。絶え間なく演奏活動をしていれば、そんなものはすぐ上達するのです。そうではなく、そこに人の心のあらゆる感情と精神が表せなければならないのです。考えを尽くし想いを尽くして演奏されなければ面白く聴けない音楽も沢山あるのです。感動で打ち震え打ちのめされる最高の音楽が…。その稀有の音楽の奥義の存在が、今回の小澤の言葉の端々に感じられたのです。

 まあ、チャイコフスキーもいいですが、何よりもベートーヴェンとブラームスの最高のシンフォニーが聴きたいですね。「英雄」「運命」「第九」、そして「ブラ一」「ブラ四」、何れその機会がある事を念じています。

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2010年09月11日

間奏曲350 父の百個日の法要を済ませました

 今日午前中に父の百個日の法要を済ませました。母と私に妻、そして次女が参列してくれました。広い本堂には、比較的涼しい風が流れ、抹香の香が漂い、僧侶の読経が響き渡りました。私が心寄せるこの東洋のレクイエムは、切なるテノールの声域で歌い読まれました。時に悲しく、時に劇的に、また時には慰めに満ちて、私を揺さ振ります。私は在りし日の父の安らかな顔を想い浮かべ、私自身安らかな思いに浸りました。この読経は、死者の魂とその残されて心細るいたいけな家族を慰めてくれたのです。私が聴く今年四度目の聖なるお経でした。

 法会の後は墓へ参り、板塔婆を立て、花を捧げ、線香を焚きました。そして一心に祈りました。永遠の安息を得られますようにと…。

 思った通り、母は強い人でした。今は益々元気であり、明日への希望も隆々と湧き出ででいるように観えました。心強く安心しているところです。
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2010年09月10日

間奏曲349 日本全土、安全な場所などありません

 最近の若い女性は世の怖さを知らないのか、一人旅をする人が多いようです。大抵は人を疑う事の少ない善良なお嬢さんで、悪く言えば世間知らずです。安全第一で行動していれば問題はないのですが、旅は楽しいもので、つい浮かれてしまい蛮勇を奮って仕舞う事もあります。今、世間を騒がしてる事件の被害者の女性も魔が差し、蛮勇を奮ってしまったのでしょう。身の安全に問題のある温泉に足を踏み入れてしまいました。誠に残念でなりません。

 若き女性たちよ、決して旅先で隙を見せてはいけません。何処で興味を持たれ、何時つけ狙われるか分かったものではありません。女性は筋力に弱く、男と本気で殺し合ったなら絶対勝てません。女性は守られるべき者ですが、守らない憎むべき男もいるのです。この事を肝に銘じてください。

 先程、明礬(ミョウバン)温泉・鍋山の湯をネットで調べてみました。写真も載っており、実に魅力的な天然湧出の野湯でした。この女性がこの湯に魅せられたのはよく解りますが、女性一人で行ける場所ではありません。彼氏や夫を見付けてからでよかったのに…。
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2010年09月09日

野の花80 秋の野花三題 逗子市 2010.09.09

ミズヒキ
ミズヒキ(水引)別名・ミズヒキグサ・ケタデ(毛蓼)・金線草(キンセンソウ)タデ科タデ属
水引とは本来、紅白、黒白、金銀に染め分けられた数条の紙糸。進物や祝儀不祝儀に包装用に使われます。この小さな花の一つ一つの表(上)が紅、裏(下)が白で、この糸紙の水引に似ています。だからミズヒキと呼ばれているのです。

カントウヨメナ
カントウヨメナ(関東嫁菜)別名・ウハギ・オハギ・ノギク キク科ヨメナ属
野菊の墓の民子の生まれかわり、嫁菜はこの切ない小説の題材にされました。確かになよなよとして弱々しいけれどひたすら美しい…。民子そのものです。私だったら絶対に嫁にして大切に守り切るのに…。

タマアジサイ
タマアジサイ(玉紫陽花)ユキノシタ科アジサイ属
淡い紫の小さな両性花を包むようにして白い装飾花が取り巻きます。夏から秋に掛けて長く咲く花で沢筋などの水辺に多く観られます。蕾は総苞に包まれて玉状で、これが玉紫陽花の名の起こりです。
posted by 三上和伸 at 22:29| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲348 秋来る 2010.09.09

 漸く秋の気配が感じられるようになりました。昨夜はエアコンも扇風機もうちわも要らず深い眠りが得られました。ここひと月とは全く質感の違う良質の睡眠を獲得できました。今私は、心身共に健やかです。まあ、我慢があってこその快哉なれば、夏の睡眠不足もあながち悪い事ばかりではないと言えますが、しかしそれは健康な人や若者の論理、高齢の方や病気持ちの方には辛い夏でした。でも秋が来たのです。取り敢えず今は秋の来訪を喜ぶ事に致しましょう。

 今日は新暦の重陽の節句、菊の節句とも言われています。ところが方々を見渡しても今のところ短日植物の菊は咲いていません。本来(陰暦)の重陽の節句は今年は十月十六日です。この時こそ菊は至る所で咲き出している事でしょう。
posted by 三上和伸 at 08:21| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月08日

私の歳時記 2010.09.08 今日は陰暦の八朔、そして白露 2010.09.08

陰暦とは太陰暦の略で、明治維新前まで日本で使われていた暦(旧暦)です。月の満ち欠けを基準に作られた暦で、毎日の月の観察で大体の月日が解ります。新月がその月の一日でこれを朔と言います。その日から三日目が三日月であり、七日目頃が上弦となります。七月七日は七夕であり、その空には上弦の半月が必ず出ています。十五日目が十五夜の満月で、望と呼ばれています。二十二日目頃が下弦であり、三十日頃には再び新月となり、月が変わります。陰暦の正月元旦から八回目の新月が八月一日であり、八朔です。

 そして今日はたまたまですが、二十四節気の内の一つの白露です。難しく言えば、太陽の黄径が165度になる日で、春分(0度)から165度動いた訳で171日経過しました。白露とは、秋の気配が濃くなり陰の気が積もって野山の草木にも露を結ぶの意味。そこはかとなく秋が感じられるような季を指すと想われます。
 今日は台風、水が出たり交通機関が滞ったり、残念ながら災害も出ました。しかしお湿り?も有り暑さも和らぎ、秋の気配も観えました。これからはひたすら秋へと下って行くでしょう。そうすれば、今年の紅葉は如何でしょうか?となりますね、当然…。何処へ行くかはこれからじっくりニンマリ考えます。都会よりも壮大な自然の下がいいですね。全山燃え上がるような激しい紅葉が…。
  
posted by 三上和伸 at 20:50| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月07日

間奏曲347 台風9号接近と深津絵里

 これから災害が起きるかも知れませんので、余り不謹慎な事は言えませんが、今回の台風こそは待ち遠しい雨と秋を連れてくる台風に違いありません。からからの大地、連日の猛暑日、熱帯夜、いよいよこの忌まわしい異状な夏ともお別れですね。「台風9号よ、災害が起きないくらいに、しかしたっぷりと雨を降らせておくれ」。

 女優の深津絵里がカナダのモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を獲得したとの事。以前の「おくりびと」もそうですが、日本映画の活躍は目を見張るものがあります。きっときめ細やかな日本的な感情表現が尊ばれているのですね。
 深津絵里は年齢のわりに愛らしく、何となく守ってあげたくなる女性ですね。例えて言うなら清潔な魔性の持ち主とでも言えましょうか? しかも同性の女性からも愛される存在のようです。我が家の二人の娘もファンのようです。
 「きっと君は来ない、一人だけのクリスマスイブ」? 十五歳の絵里のCM、懐かしかった可愛かった。(TV朝日・報道ステーション中)
posted by 三上和伸 at 23:25| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲346 昨夜の停滞

 何と、昨夜は私のブログの記事を書く場が開かず、記事掲載がなりませんでした。自宅にいる限り書く事を日課としてきましたが、残念でした。こんな事は滅多にないのですがね?

 そしてこの頃、少々疲れ気味でしたので、昨夜はゆっくりと休みました。夕方から寝てばかりでした。暑さの所為で寝不足が続いていたので、この日かなりの分を取り返しました。今はやや体も軽くなった気がしています。

 さあ、仕事に頑張りましょう。仕事こそが私を支える最重要のバックボーン、絶対疎かにはできない聖域です。心と体を駆使して宝石の音を作りましょう。
posted by 三上和伸 at 07:56| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

音楽の話23 三上夏子主催、サロンコンサートVol.8〜ダンス!ダンス!ダンス!〜

野口英世記念館・長浜ホール
 玄関の前に生茂る楠の大木、それに映える白と緑の木造の建物、長浜ホールは本当に素敵な可愛いホールです。そんな可愛いホールで更に可愛らしいお友達が音楽会を開きました。

 今回は小さな幼稚園生から小学六年生までが演奏をしてくれました。ソロやご家族と一緒の連弾、そして皆で歌う合唱の伴奏をしたり、何時ものバラエティーに富んだ楽しい音楽の集いでした。
 
 因みに曲目を紹介いたしましょう。

1、もりのおんがくかい(外国民謡)
  かっこう(ドイツ民謡)

2、おばあちゃまのお話し(メトード・ローズより
  はれのくも(三善晃)
  みみをすまして(もりのなかでより)
 
3、ちょうちょ(もりのなかでより/スペイン民謡)
  とんでうつって(三善晃)
  きのいいあひる(ボヘミア民謡)
  なみをこえて(ローザス)   

4、歌うねずみ(トンプウソンより)
  かわいいおんがくか(ドイツ民謡)

5、側天運動(バーナム)
  ダブリンの町(トンプソンより)

6、かえるのコーラス(トンプソンより)
  チム・チム・チェリー(メリー・ポピンズより)
  きらきらぼし(フランス民謡)

7、ララルー(ワンワン物語より)

8、チャップスティック(ヒルスター)
  15の練習曲より5番(ツェルニー)

9、ピエロ(カバレフスキー)
  楽しき農夫(シューマン)

10、むかしの歌(メトード・ローズより)
  ファとの約束(三善晃)
  大きな古時計(ワーク)

11、チューリップ(井上武士)
  30番の練習曲より8番(ツェルニー)
  ワルツaモール(遺作)(ショパン)

 そして三上夏子先生による模範演奏です。今回はポピュラーのピアノ曲で、久石譲のオリジナル作品の『人生のメリーゴーランド』を弾いてくれました。久石ワールドの華やかで繊細な感性が余すところなく表現されていました。立派な演奏でした。

 第二部は楽しい楽しいダンスの時間。マーチ、ガボット、メヌエットなどをお友達のピアノ演奏に合わせて踊ります。パパもママも子供と一緒に輪になって踊ります。自らがバロックダンスの踊り手である三上先生が皆にバロックダンスのイロハを教えてくれます。和気あいあいと大声で笑いながら沢山の汗をかきました。「ああ、面白かった!」。

posted by 三上和伸 at 23:06| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲345 眠れない朝

 暑い、極めて暑い、今は午前五時半、汗びっしょりで起きてしまいました。誠に寝苦しい夜で、知恵を働かせないと生き残れませんね。皆様も十分知恵を働かし、健康への気遣いを怠りなく、元気で生き延びてください。

 今日の予定としては、午前中に大切なお客様が見え、午後は娘夏子のピアノ教室のサロンコンサートを手伝います。

 この大切なお客様とは、今は言い難いのですが、何れ事が成り次第お伝えできると想います。一寸今朝の時点では微妙な段階なので…。

 娘のサロンコンサートについては夜のブログで報告を致します。生徒さん達が暑さに負けず頑張れるといいですね。

 今、ツクツクボウシが鳴き始めました。忙しく鳴く蝉で、正に速度用語で言えばプレスト(最も急速に)の趣きですね。ハイドンのシンフォニーのフィナーレのようですね。いいですね。
posted by 三上和伸 at 06:04| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

間奏曲344 猛暑、コンクリート住宅の地獄

 私の住まいはコンクリート五階建ての集合住宅ですが、猛暑の今年ほどこの住まいに住んで残念に思った事はありません。立地は郊外で都心に比べたら涼しい筈ですが、部屋は暑くて暑くて堪りません。今ベランダに出て涼んでいたのですが、部屋に戻るとムッとして、その温度の違いに驚きました。コンクリート住宅は熱を籠らせる働きがあるようで、どんなに風を入れても涼しくなりません。況して睡眠時にはエアコンなしでは眠れません。毎日エアコンと扇風機に団扇を駆使し、必死の対策で眠りに就いています。考えれば考えるほど、このコンクリート住宅は温暖化の進む二十一世紀後半には、住むに相応しくない住まいになるだろうと思えます。若い人たちには負担は大きいでしょうが、木造の一戸建てを勧めようと思い始めています。できれば茅葺の屋根等にして…。茅葺は夏涼しくて冬温かい、最高の屋根だそうです。まあ夢の話ですが…、でも夢は大切です…。
posted by 三上和伸 at 22:06| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲343 今年の旧暦の八朔は九月八日です

 今年の旧暦の八朔は何時ですかのご質問を受けました。それは九月八日です。旧暦は新暦より月が一月くらい遅れます。朔とは新月を意味する語であり、すなわち、今年の旧暦の元旦は二月十四日の朔の日で、そこから数えれば旧暦の八月の朔の日(旧八朔・旧八月一日)は九月八日となるのです。もう直ぐですね。

 これと同様に今年の本当の七夕(旧七夕)は何時だったかお教えいたしましょう。旧暦の七月一日は新暦で八月十日でした。そこから七日目は八月十六日、そう今年の本来の七夕(旧七月七日)は八月十六日でした。七月の朔(一日)から七日目が七夕で、七日目の月(上弦・半月、今年は翌十七日が上弦)が毎年必ず出ています。
posted by 三上和伸 at 18:26| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月03日

間奏曲342 厚顔無恥の自己顕示、演技で勝てるか?

 何時もカメラを意識した強気な顔(本当は心弱くても)、犯罪を犯した後もそれは変わりませんでした。カメラを向けられれば恐らく演技者になってしまうのでしょう。正に厚顔無恥な自己顕示欲の虜と化していました。 裁判員の前でその持前の演技は通じるのでしょうか? いささかではありますが、興味は湧きました。押尾学よ、裁判員の前で一世一代の演技をするがいい、そして無残に敗れるがいい。一人の弄ばれた美しい命のために…。人の命の尊厳のために…。
posted by 三上和伸 at 23:07| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月02日

間奏曲341 信州旅行総括

 ブログを書き終えてしまえば、旅の余韻は薄れてきます。でもここまで長く楽しめたのはブログのお陰です。疑問を調べたり覚えたり知識が得られ、更に再び読み返せば感動も新たに蘇ります。ブログは一石二鳥三鳥の楽しみを私に与えてくれるのです。感謝です。

 さて今回の旅でやり残した事が二三ありました。中山道の宿場町探訪や霧ヶ峰八島ヶ原の花探しです。私の第一の関心事であった憧れのアサマフウロで自然通信を作る事、それが出来なかった事が返す返すも残念でなりませんでした。あの上田城跡の失踪・誘拐事件?がなかったなら…。あの長いタイムロスさえなかったなら…。しかし、それは私の失敗であり落ち度です。こうやって今更ながら往生際の悪い、無い物ねだりをする馬鹿亭主を許してください。ヘマで我が儘で甘えん坊のアンタのいい人を勘弁してやってください。お願いします。

 最後に緑萌える信州の田んぼ道のドライブは素敵でした。山の端は棚田で、平原は見渡す限りに…。やはり、心の故郷はこういう風景なのですね。日本人ですね。
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2010年09月01日

日本の景色36 祈りの旅の記憶・御朱印帳

御朱印帳
戸隠神社の御朱印です。濃い墨、美しくも重い文字、私の好きな書ですね。
 誤解を恐れずに申せば、私達は全く宗教心とは縁遠い存在であり、信仰は何時も心の中にあります。信仰とは自分が開くもの、未熟ながら自分なりの愛と希望と信念を持って生きているのが、私達夫婦の共通点です。

 そんな私達ですから、このブログに著わされているように、節操もなく多神教的に様々な神仏や海外の聖の領域を訪ね、親しみを覚え楽しんでいます。その教義や式典にも興味を惹かれますが、何よりもそこに顕われている歴史や文化、そして自然に溶け込んだ神秘的な神殿や伽藍の佇まいが大好きなのです。まあ、完全に観光として接していると申せば、宗教心の厚い方々には叱れるかもしれませんね。すいません。

 その巡礼の旅の思い出として、何時しか妻は御朱印を集め始めました。朱印帳を買い求め、一か所一か所訪ね歩き御記帳を頂き、思い出の拠り所とするのです。私も時々眺めさせて貰い、あの寺、あの社を思い返しては思い出に浸るのです。きっとそこには何がしかの信仰の安らぎがあるのかも知れませんね…。
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日本の景色35 別所温泉・安楽寺・三重塔 2010.08.16

 常楽寺より元来た道を戻り、温泉街の手前を右に反れれば深い谷戸伝いの道となります。暫く歩み再び右に道を逸れればそこが安楽寺の参道の入り口となります。棒の足をなだめつつ、ゆるゆると緩い坂を上り詰めれば漸く本堂に辿り着けました。しかし、国宝の八角三重塔はそこから更に階段を上った先、ほうほうの体で上り切れば有難や、国宝の三重塔は眼前にありました。

八角三重塔(国宝)
八角三重塔
別所温泉が信州の鎌倉と呼ばれているのは何故か? それにはこの安楽寺を差し置いては語れないものがあります。信州最古の禅寺と言われる安楽寺は、往時鎌倉幕府北条氏の手厚い庇護を受けもし、鎌倉第一の禅寺・建長寺とも深い縁がありました。禅宗の寺の集まりが鎌倉なれば、禅宗の名刹の誉れ高い安楽寺があるこの別所温泉を、信州の鎌倉と呼び習わすのは当然の道理と言えるでしょう。

 安楽寺が誇るものと言えば禅宗の教えですが、もう一つこの寺が世に問うものと言えば、この木造八角三重塔に他なりません。日本で唯一の八角の塔で順唐様式の造りになっています。鎌倉末期の建造で国宝に指定されています。

 午後の傾いた光の中で観た三重塔は、くすんだ重厚な光を投げ掛けていました。私に信仰の偉大さとその膨大な時間の重さを知ら示しました。ふと、私は時空を超え暑ささえも忘れ、時間旅行の狭間に遊びました。この三重塔こそ今回の旅の白眉でした。
posted by 三上和伸 at 22:50| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする