2011年02月28日

日本の景色44 永平寺 2011.02.06

 福井県吉田郡永平寺町にある永平寺は誠に雪深い北陸の山寺でした。臨済宗と同様の禅宗の寺でひたすら座禅を組んで修行をする曹洞宗の大本山です。鎌倉時代の僧・道元が宗祖で中国に渡って学び持ち帰った悟りの教えです。

 因みに曹洞宗とは元来は中国禅宗の宗派です。同じ曹洞宗の大本山・横浜鶴見の総持寺とこの永平寺は教えは同じでも異なる宗派のようです。

1、永平寺の鳥瞰図
永平寺・鳥瞰図
流石に大本山、広大な敷地の中に多くの伽藍が建てられています。それもその筈、ここは禅の修行の場、現在でも百人を超す多数の若き修行僧が集い日夜座禅など厳しい勤めを果たしているそうです。写真で分かる通り各建物は屋根付きの回廊で結ばれており、多くは木の階段となっていますが、それらはピカピカに磨かれています。そこら当たりにもこの寺の修行の凄まじさの一端が垣間見られました。塵一つ落ちてはいなかったのでした。

2、雪の伽藍
雪の伽藍
恐らく仏殿だと思うのですが、建物が多くて混乱し、何がどの建物だか訳が分からなくなりました。私の弱点・方向音痴が露呈したのでした。妻が傍にいなければ間違いなく迷子になっていたでしょう。

しかし、雪の伽藍、素敵でしょう? こうして雪が乗っている屋根もあれば雪下ろしの済んだ屋根もありました。雪がある方が美しいですが、雪は建物を痛めるのでしょう。雪下ろし、順番にやっているようでした。ホントに大変そうでしたよ。

3、永平寺の御朱印
永平寺の御朱印
永平寺の御朱印、しっかり妻は頂いていました。また他に千円の瓦の寄付をして簡単な数珠を貰っていました。曹洞宗は義父の菩提寺の宗派、その大本山の御朱印と数珠なので有難味は一入のようでした。この事だけでも良い旅ができました。本当によかった。しみじみとそう思うのでした。
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続・ダイエット日誌1 2011.02.28

 ダイエットを始めて早半年になろうとしています。昨年末までは順調に減らしてきた体重(88kgー80kg切り)も、ここのところ足踏み状態に陥り、つい最近はリバウンド(81,?kg)気味となりました。その原因は考えるに、胃腸周りの内臓脂肪が減り、胃や腸が楽になりより膨張出来るようになった事です。大食が可能となり、その胃腸の健やかさにより、やたらと空腹感を感じるようになり、食べる量が増えました。また更に達成感による満足が油断を呼んだとも思えるのです。情けなくも心身共に制御できなくなってきたのです。誠に人間、何かをなし完結する事が如何に難しいか痛感している昨今です。

 そこで反省をし、顛末を総括して心改めて出直しをしようと考えました。もう一度真面目に目標を定め、無理はせず、しかし弛まず、前進して行こうと思いました。

 この日誌もタイトルを続・ダイエット日誌と改め、掲載を続ける積もりです。その掲載が目安となり励みともなるからです。是非今後とも皆様にはご愛読を願います。どうぞよろしく!

 *真面目な目標
 
 体重:75.0kg
胴囲:85.0cm
 期日:2011.08.31まで

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2011年02月25日

食べ歩き・昼餉 永平寺門前の団体向け食堂 2011.02.06

永平寺の蕎麦と胡麻豆腐
この強行軍弾丸バスツアーでは食事は殆どが車内弁当と言う始末…。まあ、そんなに不味くはなかったのですが、流石に同行の皆さん並びに私も不満タラタラ…。腹を満たすだけではチト物足りませんよね…。しかもこの朝のホテル(設備はよいビジネスホテル)の食事も弁当よりも貧弱なもの…。この日永平寺に来てやっとの事で座敷に座って御膳を並べられました。まあ、団体さん向けの大量提供のもので推して知るべしですが、料理の中には優れて美味しいものもありました。

上の左からゼンマイの煮付け、天婦羅、生の甘エビ。中の左からナスの辛子味噌、胡麻豆腐、下の左から御飯、禅味噌、オシンコ(たくあん)、永平寺蕎麦。

天婦羅が冷えて冷たかったのはこう言う膳にはよくある事、しょうがない…。オシンコは問題外酷かった…。しかし、永平寺蕎麦は滑らかな太麺で口に含んで存在感があり、薄口の汁はごくごくと喉で飲めます。ゼンマイの煮付けもナスの辛子味噌も出来合いのようでしたが、いい味が付けられていました。永平寺味噌に一工夫をした禅みそを付けて食す胡麻豆腐は絶品、思わず唸る美味さ…。甘エビは更に秀逸で、全く臭みがなく新鮮そのもの、海老蟹魚介に神経質な私でも太鼓判を押す美味さ…。そう言えばここは越前、山寺であれど海はそう遠くではありません。新鮮で美味しい訳ですよね。この旅唯一の舌で味わう食事ができました。
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ダイエット日誌85 2011.02.25 ?

 あのですね。私、体重がリバウンドしてしまいました。今月は法事での会食やバレンタインディのチョコレートがあり、美味しい食べ物に味を占め火が点いた食欲は留まる事を知りませんでした。極め付けはあのアメリカ資本の大型スーパーのポテトチップとミックスナッツ! 止められない止まらない! 美味しくて美味しくて、もう滅茶食いをしてしまいました。お陰でどんなにウォーキングしようが体重は増える一方、情けない…。彼の国が肥満大国になった原因と因果を私自らの体で実験証明してしまいました。今、厳しく反省しています。ポテトチップはもう殆ど無くなりましたが、ミックスナッツはまだ大分あります。一日十粒と決めて食べ尽くしていくつもりでいます。だって娘達や妻は太るしニキビが出ると言って食べませんから…。十粒…。

ダイエットの記録
02.25
歩数:7619歩 距離:6.5km 時間:62分 体重:81.6kg 2kg太りました。
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2011年02月24日

日本の景色43 金沢兼六園の冬景色 2011.02.06

氷り付いた霞ヶ池 
兼六園の中心をなす霞ヶ池、薄い氷が張り正に冬真っ只中の風景を魅せていました。朝一番の訪問なのに既に客は引きも切らず人が溢れており、写真の撮り難い事夥しかったのでした。有名な池の袂の唐崎松の雪吊りは、最早人を入れずに写す事は困難で、早々に諦め、対岸の内橋亭(茶屋)を中心に据え一枚をものにしました。冬の兼六園の静けさが表現できて満足をしました。

雪吊りの赤松
一枚でも雪吊りの松を撮りたかったので園内を隈なく歩き素敵な赤松を見付けました。立派な松に雪吊り、金沢の兼六園に来た甲斐がありました。

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2011年02月23日

飛騨漫歩2 雪の白川郷 2011.02.05

 名残惜しい郡上八幡を昼過ぎに発ち、バスはいよいよこの旅の真の目的地・雪の白川郷に向かいました。私は白川郷には過去二回、春と初夏に訪れていますが、冬の白川郷は未だ観ぬ処女地であり、雪に埋もれた清冽な村の風景に憧れを抱いてきました。しかし、積雪地の旅の安全と言う観点からそれを逡巡してきました。それでも何とか安易に妥協をし、今回バスツアーと言う出来合いの旅でしたがそれを叶う事でき、積年の思いは果たされました。

1、両白山地の大日ヶ岳(1709m)
大日ヶ岳
郡上八幡を昼過ぎに発ち、東海北陸道を北へひた走り暫くすると、バスの車窓は一面の雪景色と変わりました。長良川の谷筋を介して遠く西には白山で名高い両白山地が観え始め私は俄然興奮しだし、車窓風景に釘付けとなりました。その山の中でも最もこの自動車道に近いのが写真の大日ヶ岳で、大きな根張りを悠々と広げ堂々と、しかも白い優美な絶頂を見せ見事でした。

今走っている自動車道は長良川の東の飛騨高地を南北に貫いており、もう暫く進めば蛭が野高原に達します。ここは表日本と裏日本を仕切る分水嶺となっており、ここに降った雨(雪)はあるものは北へと向かい庄川となって富山湾へと下ります。一方あるものは南へと方向を定め、長良川となって伊勢湾へと流れ下るのです。風向きのさじ加減か水の意思か、御前は裏か俺は表か、まあ、どうでもいいですが何れにしても、裏と表の原野を潤し沃野とするのです。 

2、白川郷、水車小屋(合掌造り民家園)
水車小屋
白川郷に到着し、まずは民家園に入場しました。今日の白川郷は余りにも繁華となり、メインストリートなどには私は眉をひそめます。私の求める古く懐かしい風情を残しているのは、人間の匂いからは遠ざかりますが、静かに保護されたこのような場所なのです。この民家園はダム開発などで廃村となった村にあった合掌造りの民家を移築したものです。清らかな水辺に配置され、主屋、倉、馬小屋、水車小屋など十八棟ほどの数の茅葺の建物があります。この静寂は私の最も好むもの…。今ここに居られる幸せを心底噛み締めるのでした。

ところで水車小屋を観た途端、私はF・シューベルトの歌曲集「美しき水車小屋の娘」を思い出してしまいました。但し、水車小屋の詩集は冬の話ではないのですが…。それでもシューベルトには他に「冬の旅」と言うより優れた歌曲集もありました。何だかこの旅の風景にピッタリで私は殊の外この佇まいに思い入れを強くしたのでした。あの水車小屋の男は失恋して死に、冬の旅の男はやはり失恋しますが辻音楽師と言う同胞を得て立ち直ります。どちらも悲しい男の性の話ですが、あの男達はこんな風景を観ていたのですかね…。

でも、私は少し違うのです。人を知りやり直しを知る幸せな私は、この風景を観て涙は流しますが、それは甘いセンチメンタルなロマンの産物…。私は思います。人は幸せになるために生まれて来たのですから…、この風景だって決して不幸ではないのです。心ある人にはむしろ安らぎに満ちて…、観えてくるのです。

3、白川郷、合掌造りの民家、主屋
合掌造りの民家
この静寂、それは都会人にとって異次元の贅沢。もつれた心を柔らかくほぐすにはこのような景色の贅沢が必要なのです。誠に身勝手な立場の楽しみ方でこんな不自由な生活の現地の方には申し訳ないのですが、好きなので仕方ありません。快く楽しませて頂きましょう、礼儀をわきまえて…、元気になって…。

4、軒の氷柱
軒の氷柱
正に雪に埋もれた村、ここからの眺めは屋根も壁も雪に覆われ氷柱しか観えません。水晶の輝き、冬の清冽、本当に素敵ですね。

5、合掌の家の内部
民家の台所
台所の佇まい、何に使うのか分かりませんが、所狭しと物や道具が置かれています。この対面には囲炉裏の切られた茶の間があり、和やかな団欒があったのでしょう、優しい家族の日常が偲ばれました。この地の家は板の間が多く、この家は仏間しか畳はありませんでした。

6、雪道の灯り
雪道の灯
一メートルを超える豪雪、勿論、道は雪掻きがされていますが、道の両側は背丈ほどの雪の壁になっています。この雪の回廊には道標の役に蝋の灯りが灯され床しい風情を醸し出していました。この後、日が落ちればライトアップされます。実は私達のツアーはライトアップの白川郷が目的でした。でも私は白日の景色が良かったです。ライトアップは人工的過ぎますね。不自然でした…。

7、合掌の家の栃餅ぜんざい(中野長治郎主屋)
栃餅入りぜんざい
田舎のオヤツの一つが栃餅。勿論、米や穀物が不作の年にはこの栃の実は大切な主食にもなりました。保存の利く有難い雑穀です。現代では土産物にも加工され、ここではぜんざいの中に焼き餅として入れられていました。餅はよく晒されているのでしょう、えぐみのないふくよかな味わいでした。

8、中野長治郎家の農業、農工具の展示
食用穀物の変遷 白川郷の農機具
加須良と言う地区から移築された中野長治郎家。今はここ民家園でお休み処兼農業・農工具展示場として役立っていました。大きな茅葺の家であり、昔の白川郷の暮らしが偲ばれ、興味の尽きせぬものがありました。
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2011年02月19日

私の歳時記 2011.2.19 今日は雨水、そして嬉しい事  

 昨日のブログでお話しした通り、妻はいそいそと楽しげに、しかし懸命に、私よりも下の娘を手伝わせてお雛様を出しました。観れば茶の間が急に華やかになり古の香りが花開きました。ぼんぼりに灯りを灯し暫し皆で見詰め合えば、家族のいる幸せを感じずにはいられませんでした。

 今日は雨水、時間まで申せば九時二十五分、丁度雛人形を飾っている最中でした。きっとあの伝で言えば我が二人の娘らにも良縁があることでしょう。期待してますよ。

 雨水は二十四節気の一つ、地球が太陽の周りを春分から330度回った日(大体330日経った日、太陽の黄径が330度になる)。寒さも緩み雪や氷も融けて水になる頃と謂われています。横浜でも湿度が高まり、空に雲も多くなってきました。富士山の観える日も確実に減って来ましたものね。残念ですが…、季節は移ろうのです。

 午後はある幼稚園に修理したアクション(打弦機)を届け、取り付け、気持ち良く弾けるように調整をしてきました。アットホームな雰囲気の小さく愛らしい幼稚園で、仕事が済むと園長先生をはじめ職員の皆様とお茶してお喋りを楽しみます。しかも何とお茶菓子付きでもてなしてくださいます。こんな幼稚園は滅多にありません。その優しさが嬉しいですね! ネ!

 
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2011年02月18日

私の歳時記 2011.02.18 今年、二回目の満月

 今日は満月、今年二回目となります。今は斑の雲に隠れて観えませんが、夕方に昇ったばかりの望月が観えました。初めは赤っぽかったのですが、次第に黄金色に輝き出し、冴え冴えと美しい月でした。丁度ウォーキングの間が月の出の時刻と重なり、一時間余り、月と共に歩きました。最高のお伴が出来て私は何時になくご満悦でウォーキングを済ませました。妻も仕事帰りに月を楽しんだそうで、夕飯時に二人して月談義で盛り上がりました。

 明日は雨水で大安だそうで、妻が言うにはそんな日にお雛様を飾るとその家の娘は良縁に恵まれると言う言い伝えがあるのだそうで、妻は明日、我が家の雛人形を出すそうです。段飾りの骨組みは重く押入れから出すのが大変だそうで、私も手伝わなければならなそうです。頑張ります。
posted by 三上和伸 at 23:23| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲396 着信メロディーはブラームス

 私の着メロは下の娘にお願いしてブラームスの二曲になりました。メールは愛らしいワルツ変イ長調、ラ・ララララン・ラララ・ランララランランラン・ララララン・ララララン・ラララ・ララランランランと言うやつ。とても愛らしい宮崎あおいのアフラックのCMで使われたやつ。そして通話の方は第一シンフォニー冒頭の序奏テーマの悲劇的なやつ。ティンパニーがインテンポでドン・ドン・ドン…と延々と叩かれるのに乗ってジャーン・ジャーン・ジャジャージャジャ−ン・ジャジャジャジャーン・ジャージャージャージャージャーージャーージャジャジャジャーン・ジャーージャジャジャジャーン・ジャージャジャジャーン・ジャジャジャジャーン・ジャジャジャジャジャジャーン・ジャーン・ジャン(ドン)と言うやつ。この曲は“のだめカンタービレ”で取り上げられたそうで、着メロのラインナップの中にあったのだそうです。のだめ様様ですね。
  
 私はご満悦で妻や娘達にメールと通話のおねだりをしたのでした。掛かって来るのが楽しみなのです。鳴れば直ぐに繋がず暫くは聴き惚れます。音は極めて悪いのですが…。仕方ないですね、電信のコピーですから…、それでもニッコリ…。
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2011年02月16日

間奏曲395 寄る年波…、でも負けるものか!

 年寄りになると痛みは後から来ると言われます。昨日の朝の雪掻きの疲れと体の痛みが今漸くやって来たようです。肩や腕、そして腰に股関節が痛みます。鈍い痛みで、特に車から降りる時にシャンと立てずよろけます。まあ、ここ暫くは我慢が肝要と思われます。駄目ならまたあの接骨院を頼りましょう。先程は歯医者にも行って来ましたしね。還暦過ぎると痛い所が次々と勃発し泣けてきます。病院通いで忙しない事この上ないですね、全く…、お金も大変ですし…。しっかりダイエットをしてストレッチもやって、歯も歯間ブラシでしっかり磨いて、健康に留意し、希望を抱いて生きて行きたいですね。皆様頑張りましょう!!!
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2011年02月15日

間奏曲394 雪掻き 2011.02.15

雪掻き
昨夜のバレンタインディを飾ったホワイトスノー、私は美しさに溺れ褒めそやしましたが、夜が明ければそれは重いお荷物、朝から一仕事をしてしまいました。

我が団地は古い公団の集合住宅。3DKの狭い間取りです。ところが敷地はやたら広く、雪が降れば雪の積もる面積も量も尋常ではありません。そこで雪掻きですが、住民は高齢者が多く、余程元気な人以外は雪掻きの出来る人は少ないのです。若者や中年は学校や務めで忙しく、平日の雪掻きにはまず出てはきません。雪掻き出来る者は何時も同じメンバー、リタイヤ直後の元気者と私のような自営業の遅い出勤の者…。広い敷地を少人数で頑張ります。それでもやり切ればお年寄りの転倒者も出さずに済み、靴も汚れません。歩行者からは感謝の声を掛けられ、やった甲斐はありますね。まあ、もう少し人が出て、人海戦術が効けばいいのですがね…。
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2011年02月14日

間奏曲393 ハッピー・バレンタイン 2011.02.14

バレンタインの幸福
お菓子の家は下の娘の作。周りの手作りクッキーは上の娘の作。後ろに控えし包みは妻がくれたベルギー産の一口チョコレート。恐らく娘達のものはついでの産物であり、陰に本命や大本命がいるのでしょうね。悔しくもありますが、首尾よく本懐を遂げて欲しいものです。頑張れよ!

一口チョコは正真の愛のもの?、どうであろうと、私は信じて疑いません。信ずる者は救われる、ホワイトディ、頑張ります。

ホワイト・バレンタイン
ホワイトバレンタイン
女の子の奥床しい求愛の日。ホワイトスノーも祝福に駆け付けてくれました。美しいバレンタインディになりましたね。素晴らしい…。
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2011年02月13日

飛騨漫歩1 冬の郡上八幡 2011.02.05

 東名、東海北陸、北陸、名神、再び東名と高速自動車道を乗り継いで行く観光バスの弾丸ツアー、一泊二日の忙しない旅程でしたが、城下町あり、世界遺産の雪国あり、雪の名庭園に壮大な古刹もありとバラエティーに富んだ盛沢山の旅で大いに楽しめました。脊梁山地を挟んで裏と表の隔絶、日本の冬を肌で感じられた得難い旅でした。冬の旅、本当にいいですね。

 まずは表側の愛らしい水の都、郡上八幡の漫ろ歩きを紹介します。

1、郡上本染めの鯉幟(郡上八幡博覧館)
渡辺庄吉作の鯉幟
館内に入ると直ぐにこの鯉幟が飾ってありました。古くからこの地に伝わる藍の本染めで名高い渡辺染物店の渡辺庄吉氏の作品です。この鯉幟もあの吉田川で寒ざらしされたものです。空を泳ぐのが鯉幟なれど、一度は身の切れるような寒の清流で泳げたのです、よかったね!

2、郡上紬の機織り機(郡上八幡博覧館)
郡上紬の機織り機
郡上八幡は小さな城下町ですが、優れた伝統工芸品を生み出してきた町です。その中でも特に秀でたものに郡上紬があります。郡上紬は手で紡いだ絹の紬糸を草木染めで染め織り上げた絹布。平織りの極めて丈夫な絹織物であるそうです。古来、この地の農家に依って受け継がれてきました。ところが近代に至って衰退の一途を辿っていたところ、昭和になり故・宗廣力三氏が再興をし、より芸術性の優れた郡上紬を作り出し、今日の郷土の誉としました。これにより氏は人間国宝の栄誉を得たのです。館内にも時価数百万円と言う郡上紬の着物が飾られてありました。渾身の努力が技を生む、私もあやかりたいと思いました。

3、郡上踊り(郡上八幡博覧館)
郡上踊り
四百年以上の伝統があると言われている郡上踊り。夏の一月余りを踊り明かすそうです。特に盂蘭盆会の時期には夜通し踊るそうで、しかもお囃子の者共は入れ替えなしで演じ抜くそうです。血湧き肉踊り壮観だそうです。是非私も踊りは兎も角として、そんなお囃子と一体となって熱狂したいと思いました。何れ近いうちに夏の郡上八幡を訪れてみましょう。

館内では下駄に浴衣の素朴なお姉さんが郡上踊りを踊ってくれました。謂れや踊りの説明もしてくれ、踊りも教えてくれました。私は踊らず、相変わらずの馬鹿小父さん丸出しでこの愛らしい踊り子の躍動を楽しみました。田舎娘の郡上踊り、素敵でした。

4、水、命の煌めき
山水の側溝
実を言えば私はこの郡上八幡は二回目なのです。二十歳そこそこの若蔵だった私は何一つこの地の文化を解さず、ただ来た事があると言う記憶を持つだけでした。しかしこの側溝の清い山水を観た途端、あの四十年前の爽快な記憶が鮮やかに蘇りました。あの日私はこの水の爽快さに心身を洗われ快哉を叫んでいたのでした。初夏の爽快、それは今私の中で生まれ変わり大切な記憶になりました。

5、郡上八幡城
郡上八幡城
郡上八幡博覧館を出て郡上八幡の城下を歩き始めました。旅の何よりの楽しみは漫ろ歩き、この郡上八幡は小さな城下町ゆえ僅かの時間で町の大方の見所が踏破出来ます。正に漫ろ歩きには打って付けの町と言えます。

 古き家並の軒先を辿り側溝の水の清冽に心動かされれば心はいやが上にも湧き立ち足取りは軽くなります。そして鍛冶屋町に差し掛かり郡上八幡城を見出せば最早や旅の楽しさはここに極まり、愚かにも私は戦国の世へとタイムスリップしてしまうのです。例えこの城が近代の世に再建されたものだとしても…。それ程に美しい城であり、ここからの構図は優れたものでした。

6、上田酒店の陳列棚
上田酒店
各種の地酒を取り揃えた棚。その脇を埋めているのが小物の土産物、おばあちゃんの針仕事と題して幸福の草履も並べられてありました。可愛かったので写しました。

妻の好物?・地酒、しこたま?買ったようですよ。重い荷物が私の肩(腕)に圧し掛かりました。
 
7、炭火焼きのお店
炭火焼きの店
炭火の炉の周りを取り囲む鮎や岩魚の塩焼き、思わずズィーと引き留められ焼き方の小父さん?に話し掛けました。「美味そうだね、今は何を焼いてるの?」、「飛騨牛です、家のはA5とA4の等級の肉しか使っていません。美味いよ!」、「よし買った、一本いくら?」、「¥500です」、「じゃあ、一本でいいや」。と言って一本焼いて貰いました。順番があり、少し待たされイラ付きましたが、食べたら極上の味、脂が乗って柔らかく蕩けるよう…。「うん、旨い!」、妻と一本を分け合いました。おお恥ずかし…。おおみすぼらしい…。ケチな私?

中々の店で飛騨牛の外、鹿肉、熊肉、猪肉、川魚では鮎の外、岩魚、山女、天魚、虹鱒等、本格的でした。感心…。

8、ニッキ飴の桜間見屋(おうまみや)
桜間見屋
田舎の奥床しい店構え、その暖簾が如何にも老舗の佇まいを見せていました。案の定、妻はいそいそと入店し、罐入りのニッキ飴を二つ買い求めました。二人のお祖母ちゃんのお土産だと…。まあ、打って付けの物ですね。

ニッキを肉桂と書くとは知りませんでした。勉強になりました。

今、ネットと図鑑を調べたところ、肉桂はクスノキ科の樹木でニッケイと読むそうです。この近似種にシナモンやカシアがあるそうです。ニッキはニッケイの転訛だそうで、ニッキ=ニッケイです。樹皮に芳香があり、香辛料や薬に利用され栽培もされているそうです。従って当然このニッキ玉にもニッケイ(ニッキ)がふんだんに使われているのですね。

9、宗祇水(そうぎすい)
宗祇水
名水百選の第一号に選ばれた名水。水の都・郡上八幡の面目躍如たる泉です。僧で連歌師の飯尾宗祇に因んで名付けられた泉、嘗てこの宗祇と郡上領主の東常縁がこの泉の畔で歌を詠み交わしたと言う言い伝えがあるそうです。

私もこの水を飲みました。無味無臭の柔らかい水でした。

10、鯉幟の寒晒し
鯉幟の寒晒し
旅の意外性との嬉しい出会い、今回私はこの風景を観るために旅したのではないかと思えてなりません。それほどに私の愛する床しい景色に観えました。水の色、鯉幟の色、胸を焦がすほど素敵でした。今、有難うと言うしか、私の思いを表す言葉はありません。旅の出会い、素晴らしいですね。
posted by 三上和伸 at 22:49| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月12日

間奏曲392 荒天の連休、でも湿り気が嬉しい

 三連休は生憎の荒天でがっかりされた方も多い事でしょう。でも極度の乾燥に喘いでいた人には嬉しいお湿りでしたね。乾燥肌の私も何だか肌がしっとりと潤むようで今一寸幸せです。痒みが遠のいたように感じます。インフルエンザや風邪の人にも福音ですね。植物や花にとってもね…、春の開花のよい準備になる事でしょう。

 そして明日は好天のようです。丁度明日は我が妻の父、私の義父の十三回忌の法要が営まれます。あれからもうそんなに時が経ったのかと思うと不思議でもあり感慨無量です。家族総出で亡き義父の冥福を祈ります。そして我が家族の無事も報告するつもりです。きっと冥土の義父も我らが努力を喜んでくれるでしょう。
posted by 三上和伸 at 23:30| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲391 初めての携帯電話

 実はですね、先日の雪観の旅行の前日に私は初めて携帯電話を持ったのですよ。自由や孤独を邪魔されると警戒し嫌がっていた携帯電話ですが、さすがに昨今は公衆電話が激減して出先で電話が掛け辛くなったので、思い切って求めたのでした。ところがこれが意外と面白く楽しいのですっかり携帯メールの虜になりました。旅の車中で妻が居眠りをしたり、車窓の景色に飽きたりした折に二人の娘にメールを送りました。最初は中々上手く携帯のボタン操作が出来ず苛立ちながらも懸命に一心不乱にボタンを打ち付けました。やがて長文の便りが打てるようになり、その面白さ醍醐味に開眼しました。言眠りから覚め傍で見ていた妻が呆れて言いました。「もう一時間以上もメールしてたわよ。ほら窓の外を見てごらん」と…。そう言えば何と、さっきまで明るかった景色は既にすっかり闇が降り街の灯りがキラキラ瞬いていたのでした。

 でも、家族以外誰も私の携帯電話の存在を知りません。しかも家族も忙しいのか中々メールをくれません。そこで私は娘二人にお願いをしました。「パパとメル友になってくれない?」、二人の娘は喜んで「いいよー、なってあげる。何時でも送ってね、返事してあげるから」だって…。
posted by 三上和伸 at 00:29| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月11日

間奏曲390 雪ですね 2011.02.11

 今日は雪のちらつく中、車で仕事に出ました。まあ、帰宅の予定時間は早目でしたので、大した心配はなく無事に家に帰りつきました。我が団地は横浜でも内陸の小高い丘の上にあり、横浜の雪国?と呼ばれて?いる所です。どの道を辿っても我が家に帰るにはかなりの上り坂を上がらなくてはなりません。私も過去に数度、車が坂を上れずそこに車を置き去りにして徒歩で帰った事がありました。数年に一度くらいの積雪なので冬タイアにすることは必要無いのですが、油断はできません。雪の日は電車バスを使うのが安全ですね。明日も仕事なので公共交通機関を使う積もりでいます。

 外はまだ雪、我が横浜の雪国は柴や植え込みそして路地までも白で埋まっています。まあ、あの白川郷の2mの積雪には比べるべくもないですが、仄かなそしてささやかな雪国状態ではあります。白い庭が街灯の明かりを映し際立って観えています。素敵ですよ…。
posted by 三上和伸 at 20:20| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月10日

ダイエット日誌84 2011.02.10

 一寸、ダイエット日誌はお休みしていたのですが、郡上、白川、金沢、永平寺旅行の前後はしっかりウォーキングは欠かしませんでした。旅行前日までは79kg台中盤をキープしていましたが、旅行での暴食(サービスエリア内や散策の途中で買い食い、コロッケ、スコ−ン、団子に飛騨牛の串焼き、更に土産物屋の試食無茶食いetc.)で帰宅一日後に何と恐れていた80kg台にリバウンドしてしまいました。早速、ウォーキングを再開し、間食制限も始めました。そうしたら今度は順調に体重は減り始めて、今朝の計量では一月十九日以来の78kg台が出ました。それも何と78.5kg、また再びの前向きのダイエットが出来そうです。人間、何かを成すには何らかの刺激や負(−)の原理が必要なのですね。禍転じて福となすですかね。

ダイエットの記録(体重は朝寝起きの飲まず食わずで、トイレは小のみでの計量です)

02.02
歩数:6,951歩
体重:79.4kg

02.03
歩数:10,330歩
体重:79.6kg

02.04
歩数:8,533歩
体重:79.3kg

02.05(旅行一日目)
歩数:10,310歩 朝自宅から夜ホテル到着まで
体重:79.5kg(朝、自宅)
体重:80.8kg(夜) ホテルの脱衣場の体重計を使いました。

02.06(旅行二日目)
歩数:6,744歩 朝ホテルの部屋から夜自宅到着まで
体重:79.9kg(朝) 朝湯の脱衣場で量りました。私の場合、朝と夜では体重の差が1kg内外あります。

02.07
歩数:7,287歩
体重:80.1kg 朝の計量にもかかわらず遂に80kgオーバーのリバウンド。愕然とし、新たに出直しを誓いました。

02.08
歩数:7,431歩
体重:79.5kg 少し減りました。

02.09
歩数:7,406歩
体重:79.5kg

02.10(先程朝一番の計量で)
体重:78.5kg 大幅減! 再び78kg台!




posted by 三上和伸 at 09:45| ダイエット日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

間奏曲389 羨望の教え子からのラブレター

 先程、ピアノ教師の娘夏子から愛らしい幼稚園児の教え子から貰ったお手紙を見せて貰いました。一生懸命書いたその文面からは少女の健気な愛が感じられ、胸を打たれました。『先生、大好き』などと言って(書いて)貰えるなんて何て幸せな事でしょう。そんな事言われた事のない私としては何と羨ましい事でしょう。幼稚園教諭の下の娘もそうですが、世にも素敵な職業は先生なのかしらね。その素晴らしさ、その重みを大いに味わってくださいね。良い先生になれるように、私は陰ながら羨望の眼差しを持って見守って行きますね…。
posted by 三上和伸 at 22:58| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本の景色42 鯉幟の寒晒し 郡上八幡吉田川 2011.02.05

鯉幟の寒晒し
日本一の清流と謳われる長良川、そして更に清らかな支流の吉田川、その水の清さ故にこの郡上八幡が水の都と称えられるのは当然と合点したのでした。丁度、糊を洗い落とす寒晒しの作業を終えた後なのでしょうか、職人さんは居ず、鯉幟だけがピンと枠に張られ清々と川を泳いでいました。絵になる素敵な風情を醸しており、私はここに来れた幸せを噛み締めたのでした。

 郡上八幡は古くから藍の本染めの生産地なのだそうです。

 
posted by 三上和伸 at 21:58| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

日本の景色41 郡上八幡城 2011.02.05

郡上八幡城
郡上八幡城
昭和八年(1933)に再建された木造の城。町の所々から仰ぎ見る事が出来ます。再建された木造の城では最古だそうですが、そんな事は大した事ではありません。要は美しければよいのであり、その事で言えばこれ程美しい山城は滅多にないと思われます。石垣は野面積(のづらつみ)と称す荒々しい組み方で戦国時代の特徴を残すものだそうです。誠にロマンチック…、私は惚れ惚れと観上げ飽きる事はありませんでした。

 またこの城の元の砦を築いた戦国の武将・遠藤盛数の娘が後の山内一豊の妻だそうで、この城山公園に夫唱婦随の二人の像があります。私達は観れませんでしたが…。
posted by 三上和伸 at 23:03| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月06日

日本の景色40 白川郷 2011.02.05

雪の合掌の家
先程、白川郷から帰って来ました。

雪に埋もれた村、雪を頂いた合掌の茅葺屋根、それは痺れるような清らかな白の世界。私達の住まいとは隔絶された美しい別世界がありました。
posted by 三上和伸 at 23:07| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月05日

間奏曲388 雪の白川郷と永平寺、行って来ます

 今、朝の六時二十分、随分暖かな朝です。そこはかとなく春の気配が感じられます。でも私達は冬に向かい旅立ちます。豪雪の里と名にし負う古刹楽しみです。しっかり観て来ます。行って来ます。
posted by 三上和伸 at 06:27| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月04日

間奏曲387 雪の白川郷に行ってきます

 横浜は早春の息吹きが感じられるように季節は進みましたが、私達夫婦は明日明後日と冬へ逆戻りの旅行をしようとしています。現代人の特権、乗り物を利用した時間旅行、春を捨てて冬を訪ねる旅、雪の白川郷に行ってきます。とても楽しみにしています。豪雪に埋もれた合掌造りの里を…、思いっ切り愛してきます。この旅の模様は明後日以降にお知らせ致します。お楽しみに…。
posted by 三上和伸 at 23:37| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の歳時記 2011.02.04 立春

 今日は立春です。昔は正月の月の最初の節気(正節)が立春でした。地球が太陽の周りを315度回った日、冬至からは丁度45度進みました。いよいよ早春と呼ばれる季節です。梅は益々花の盛りを迎え馨しく香り、野には既に福寿草も咲き始めているようです。緩やかな足取りですが、着実に春は近付いています。昨日今日は春の先駆けとも言える仄かに緩んだ陽気でした。ああ、もう直ぐ、あの素晴らしい河津桜も咲き始める頃です。今年は果たして会いに行けるのでしょうか。会いたい気も致しますがどうでしょう。皆様は如何ですか? 会いに行ってみては…。それはそれは艶やかな桜です。
posted by 三上和伸 at 23:11| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

私の歳時記 2011.02.03 今日は節分

 今日は節分。しかも最初の朔(新月)の日なので旧元旦の日なのですね。たまたまですが、こんな日は旧暦の昔にはどうしていたのでしょうか? 正月元旦の祝いと節分の行事を同時に行ったのでしょうか? 素朴な疑問が湧いてきますね。

 我が家の今年の豆まきは私一人で行いました。今までは長女夏子と二人でやりましたが、夏子が独立して一人暮らしを始めたので、今年は夏子はいません。次女は母親似なのでこう言う事に興味を示しません。それでも一応は誘ったのですが、断られました。仕方なく私一人でまいた次第です。夏子の有難味がこの日になって漸く判ったのでした? いえいえ、以前から知っていますがね。

 それではと、向こう三軒(棟)にこだまするように大声を張り上げて唱え豆をまきました。「鬼は外、福は内! 鬼は外、福は内!」。恐らく夏子も自分のマンションアパートで豆をまいている事でしょう、小さな声で…。夏子は私似、こんな床しい伝統を大切にする娘です。

 そもそも、節分とは立春、立夏、立秋、立冬の前日の事だったそうです。それが次第に春だけに行われるようになったのです。まあ、年度の変わり目の意味合いで年越しとも言われていたようです。
posted by 三上和伸 at 23:45| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月01日

ダイエット日誌83 2011.02.01

 一月下旬の大寒波の中を絶え間なく?歩けました。この厳冬期のウォーキングの継続は私の大きな自信になりました。体重80kg切り、ウエスト90cm切り、目覚ましい成果が出ましたが、何よりも有難く嬉しいのは健康の増進がみられた事です。血圧は収縮期(最高)血圧が120mmhg(ミリメートルエイチジー・ミリメートル水銀柱・ミリ水銀)に10mmhgほど低下し、拡張期(最低)血圧は70mmhgと変わる事はありませんでした。また不整脈の発作も減少し、滅多に起こらなくなりました。正に健全なダイエットの証明が出来たと意を強くしているところです。まあ、ここのところ体重減少のスピードは鈍化していますが、健康増進と体力強化は確実に進んでいるので、この先は焦らず気長に、しかし緩む事なくダイエットを継続していきます。更なる成果に乞うご期待!

 二月に入り、漸く寒さの底を打ったようです。今夕のウォーキングでは体の温まりも早く、汗も沢山掻きました。もう直ぐ立春ですものね、これからはもう少し快適に伸びやかに歩けると思います。何だかそう思うと心が軽くなる気がしてきます。でも光陰矢のごとし、その内、「暑くて堪りません」などとダイエット日誌にぼやくのでしょうね…。

ダイエットの記録
01.26
歩数:10,053歩
体重:79.9kg

01.27
歩数:9,212歩
体重:79.5kg

01.28
体重:79.7kg

01.29
体重:79.9kg

01.30
歩数:7,000歩

01.31
歩数:7,231歩
体重:79.9kg

02.01
歩数:8,175歩
体重:79.2kg

posted by 三上和伸 at 23:48| ダイエット日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする