2011年05月31日

野の花108 ヤマツツジ 天竜峡 2011.05.15

ヤマツツジ
ヤマツツジ(山躑躅)ツツジ科ツツジ属
どちらかと言うと、くすんだ色で地味な出で立ちの躑躅です。もっと派手で、色鮮やかな躑躅も数多あると言うのに、こんな色で存在しているのです、森に隠れるようにして…。でも私は好きなのですよ、このシックな色が…クレバーな面持ちが…、健気で親切な田舎娘の風情が…。この慎ましい侘しさこそが、他の躑躅とこの躑躅の明確なる違い、二つとない最高の持ち味があるのです。


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2011年05月30日

自然通信65 下栗の里に咲く花 稚児百合 2011.05.14

今回は二つの写真を合成して作りました。一寸バランスの悪さは否めませんが、下栗の里とそこに咲くチゴユリの花の両方をどうしても取り上げたく思い、このような写真になりました。見苦しいでしょうがご勘弁を願います。

下栗の里
チゴユリ
自然通信65 下栗の里に咲く花 チゴユリ 2011.05.14
 昨今、引越しのサカイのテレビコマーシャルで紹介された自然深い山里を、皆様はご存知でしょうか。それは長野県の飯田市上村にある下栗の里で、南アルプスの懐に抱かれた平家の落人伝説が伝わる小さな部落です。ここは日本の里百選にも選ばれた古き良き日本を今に残す、懐かしい古里なのです。

 標高千米の今の下栗の里では、上部が山桜、下部は山吹。更に山里を下りた標高五百米の下界の上村では藤の花が満開です。私達は季節の一月分を標高差五百米のトリック?を活かし、僅か一日で味わ事に成功したのでした。

 この稚児百合も山里の道端に咲いていました。その愛らしさから稚児と喩えられますが、花を愛する私には決してこれが稚児のように幼く観える事はありません。何と言われようともこの花は歴とした成熟の花、恋する事も出来るのです。
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生き物大好き3 「お待たせ!」とウグイス君 2011.05.30

 昨日の早朝、雨の中、ただ一羽で鳴いていたウグイス君が、その後の雨で姿を消してから一昼夜ぶりで今返って来ました。先ほどから美しい声音で鳴いています。あっ、他の野鳥も鳴き出しました。今、コジュッケイもカラスも鳴きました。まぁ、現代では人間も天気の変わり目を化学の力で解るようになりましたが、野鳥たちにとっては元々、先天的に判るもののようです。その天候の変異と私達に聴こえるさえずりの変化の相関が、如実にその天賦の才を表していると言えます。彼らの言葉で言えば今は未だ雨は降りますが、もう直ぐ止むよと…。私に教えてくれているようです。
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2011年05月29日

日本の景色48 天竜ライン下り 2011.05.15

とうとう、天竜ライン下りの舟に乗ってしまった私達二人、泣こうが喚こうがもう後の祭り、ここは船頭に任せて川面からの眺めを楽しむ事に致しましょうと…。しかも何と可愛いガイドちゃん(若かったので)が付いてきて、もう私はニンマリ、高額の遊覧券以上の楽しみを獲得できご満悦でした。

1、もみじ橋(吊り橋)付近
もみじ橋付近
客の中から「何か水の色が変!?」との質問が出て、ガイドちゃんが訛りの掛かった可愛い声で答えていました。「大雨の後はこんニャー色で濁るンニャー、石灰が溶けてるンニャ、ホントの色はエメラルドグリーンニャ」だって…。うろ覚えなんでこんな風にガイドちゃんが言ったかどうか定かではないのですが、とにかく可愛い訛りっぷりなのでした。このお姉ちゃん、自らは地グロではなく焼けているだけだと言っていましたが、確かに毎日川面の反射光を浴びていればこうなるなと私は怠りなく想像していました。いいのかね嫁入り前?の体なのに、こんな過酷な職業に就いて…。しかし水を得た魚のように生き生きと仕事をする様はそんな他人事の心配を寄せ付けぬ程に実に心地よいものがありました。歌も歌ってくれたのですよ。愛らしいソプラノの声で、一寸外し気味だったけれど…。船頭二人との三人四脚、いい意味で客を酔わせる船旅だったと実感しました。最後の降りしなに私は一言彼女に聞いてみました。「面白かったけど君は毎日この仕事をしてるの?」と…、すると今度は綺麗な標準語で「はい、毎日しています」、更に私が「感想を感想ノート書いといたから読んでね」と言ったら真っ白な歯を見せて「嬉しいです、ありがとうございます」と喜んでいました。黒光りの肌だけど目のくりっとした中々の美人さんでした。本当に私は惚れっぽい性質ですね、寅さんといい勝負かも。妻の冷ややかな目線も感じないではなかったのですが???…。さくら風の妻よ、兄ちゃんを許してくれ…。

このもみじ橋はこの後再び戻った昇仙峡からハイキングをした折に渡った吊り橋です。この橋の袂には素晴らしい藤の花が咲いていました。後日お目にかけますね。

2、飯田線鉄橋辺り
飯田線鉄橋
JR飯田線は愛知県豊橋駅から長野県伊那市の辰野駅に下る地方鉄道です。赤石山脈と木曾山脈が鬩ぎ合う狭間に流れる天竜川に並行して線路は敷かれています。特に静岡県佐久間駅から長野県天竜峡駅間は名にし負う山岳渓谷鉄道となっています。JRの中で日本一の急勾配地点があり、激しいカーブの連続だそうで、しかも川を捲いて対岸に行かず戻って来る橋梁(S字橋梁)もあるそうで、極めて魅力的な鉄道だそうです。是非、今度は飯田線列車の旅を計画したいですね。

写真は天竜峡を出て暫く行った所、残念ながら列車には遭遇しませんでした。まぁ、一時間に上下合わせて二本のダイアですから無理もないでしょうが、出来たら天竜川を渡る飯田線を観たかったです。でもね、この後暫くして私達は飯田線に乗ってこの鉄橋を渡ったのですよ。ライン下りですから舟は下りの一通、だからバスか電車で元来た所に戻らなければならないのです。私達は計画通り電車で戻ったのです。ニコッ!

3、唐笠港
終着・唐笠港
川幅一杯に鯉幟が揚げられているのが唐笠港、ここがライン下りの終着点、この時間ではバスはなく、電車も40分待ちでした。港から坂を上った所が飯田線唐笠駅、同舟の皆様は暇潰しに持て余し気味でしたが、活発な私達は辺りを歩き回り何かないかしら、出来たら茶店でもないものかと探しましたがそんなものはありませんでした。私は何枚か花の写真を撮り、妻は朴の木(ホオノキ)の葉を何枚も摘んで駅に戻ってきました。「凄いね!どうするの?」と私…。「干して朴葉味噌を作るんだ、これ朴葉でしょ?この木の上の方に大きな白い花が咲いていたよ!」と妻…。「ムムム…、良く見付けたね!」私は妻に出し抜かれ悔しい思いに…一人沈みました。

4、飯田線、天竜峡行き
飯田線
もう嬉しくて嬉しくて、私は妻をボックス席に座らせて、私は私で車内を歩き回ってより良いシッターチャンスを逃すまいとポイント探しに躍起となっていました。ところが例の鉄橋を渡り掛けた時、カメラがストを起こし、シャッターがジャストミートしませんでした。私は放心状態となり、浮かぬ顔で席に戻ったところ、妻が「失敗したの?そんな事もあるよ、もう一杯撮れたじゃない。欲張んないの!」。慰められたのか叱られたのか良く分からなかったけれど、今は取り敢えずありがとさん!慰められたと確信しています。
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生き物大好き2 雨にウグイス 2011.05.29

 今、朝の七時過ぎ、かなりの勢いで雨が降っています。ところが外からは「ホーホケキョ」が連呼され鳴き続けられています。「おいおい、こんな雨降りでも雌は来るのかい?、私は来ないと思うよ…、そうかお前は今一人者なんだね。寂しいのは嫌だし、自然の摂理に従ってお前の遺伝子をこの世に残さないといけないのだね。必死なんだねご苦労さん、健闘を祈る!」。しかしながら益々勢いを増す台風を後ろ盾にした梅雨前線、とうとう土砂降りとなり、鶯君も諦め退散したようです。鳴き声がぷつりと途絶えました。「小降りになったら、また聞かせてね、変な人間も君の声にはぞっこんなんだよ。」
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2011年05月28日

音楽の話45 ブラームス歌曲「まどろみはいよいよ浅く」について 2011.05.29

 先日取り上げた「歌の調べのように」op105-1と同時期に作られた歌曲、あの美しきアルト歌手ヘルミーネ・シュピースに捧げられた名歌曲「まどろみはいよいよ浅く」op105-2を紹介しましょう。この二曲は性格のまるで違う好一対の歌曲と言えます。「歌の調べのように」は明るく活発で一寸蠱惑的な乙女の風情を描いた曲です。グロートの詩も意味深く見事で若き乙女の香りがそこはかとなく漂っています。反対に「まどろみはいよいよ浅く」は深い悲しみに沈んだ女を著わした曲と言えます。ヘルマン・リングの詩は極めて直接的な表現でそこにロマンの想像性や詩的創造性が足りない気がします。何故ブラームスはこのように取るに足らない詩に歌を付けたのでしょうか。それにはブラームスの詩の選び方に独特な個性があった事が起因しています。ブラームスは詩の芸術としての善し悪しよりも歌を付け易いリズム感のある詩を好んで使っていたようです。その端的な表れは民謡を好んだ事、民謡に曲付けをしたりドイツ民謡集の編纂にも大きな貢献をしました。取るに足らない詩「まどろみはいよいよ浅く」もそのようなブラームスの嗜好には都合のよい詩であったのでしょう。詩から受ける印象よりも何十倍も魅力的なイメージにして正にこの詩を大変身させています。ブラームスにとっては詩より自分の音楽的イメージが大切であり、自分の音楽こそは詩の何倍もの意味を表現できると確信を持っていたのです。

さて「まどろみはいよいよ浅く」ですが、常に悲しみの感情を深く潜行させていきます。二度感情を高ぶらせますが、直ぐそれも萎えて悲しみの中に沈んで行きます。その歌そのピアノ伴奏のどの一音を取ってみても、それは深い悲しみに覆われています。ブラームスもこの女主人公の悲しみに心底共感しています。心底同情もしています。そしてそれはやがてもっと偉大な芸術的境地へと駆け上がって行きます。この悲しみを万人のものとする普遍性を…。その普遍性こそがブラームスの芸術的境地・諦観なのです。

当時、若かったヘルミーネはどうやってこの歌を歌ったのかしらネ。まあ、「歌の調べのように」は地で行けたでしょうが、この歌は恐らく想像を駆使しての骨の折れる歌唱だった筈です。でもブラームスを虜にしたその人その歌唱、とんでもない想像力の持ち主だったのかもね。美しきヘルミーネの写真を紹介したいのはヤマヤマですが著作権があってままなりません。私が絵を上手なら描いてさしあげるのにネ? 残念です。ホントに愛らしく素敵な女性です。

まどろみはいよいよ浅く ヘルマン・リング・詩

わがまどろみはいよいよ浅く、
わが憂いは、ヴェールのように
震えながら、おおいかぶさってくる。
私はよく夢の中できく、
あなたが戸口の外で叫んでいるのを。
誰も皆寝静まって、
戸を開ける者もいない。
私は目を覚まして、
むせび泣く。

そうだ、私は死なねばならないだろう。
私が蒼く冷たくなったとき、
あなたは別の女に接吻するだろう。
五月のそよ風がふく前に、つぐみが森でうたう前に、
もう一度、私に会うつもりなら、
おお、早く来てください!   志田麓・訳詩
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2011年05月26日

自然の風景36 天竜川 天竜峡にて 2011.05.15

南信州の旅二日目は天竜峡ライン下りに挑み?ました。山岳、山里、そして花々と南信州の見所を目一杯制覇してきましたが、まだまだと言うかもう一つと言うか、そう渓谷があったのでした。一寸勇気?が必要?ですが、思いきって(思い切らぬ人も)船に乗ってしまいました。案ずるより産むが易し、岩と緑に滑る水面、そして頬を擽る初夏の薫風、爽快無比の船旅でした。

天竜川
天竜川は諏訪湖に発し、日本アルプスの雪解け水を集め、深い峡谷を削って遠州灘へと流れ下ります。総延長213kmの日本有数の大河です。何と言っても南と中央の両アルプスを分け入って走る中流域から下流までの峡谷が素晴らしく、奇岩犇めく絶景の河川です。天竜峡はそのほんの玄関口です。

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2011年05月25日

園芸ノート5 タネ蒔き始めました 2011.05.25 

エーデルワイスのタネ蒔き
ピートバンの蒔き床と手前にエーデルワイスのタネ、細かいタネですね!
遅ればせながら、タネ蒔きを開始しました。どうも遅ればせながらが私の常套句になった観が否めません。…が、やらなきゃやらなきゃと想いつつも私は生来の怠け者、と言うよりも融通の利かぬ武骨者、一つが片付かなければ次に進めない性質なのです。そう、その一つとは庭の片付け(樹木剪定や雑草の抜き取り)であり、それが終わらなければ前に進めず、タネ蒔きを先延ばしにしていたのです。でももうリミットぎりぎり、今始めなければ秋までにしっかりした苗は育たないのです。ですから今日、タネ蒔きををしました。まずは写真のエーデルワイスと宿根ペチュニア、それに八代草とカモミールを蒔きました。果たして発芽するかどうか?、大分タネも時間が経って古くなってしまっているのでチョイと不安です。無事発芽したら、またお知らせ致します。

今回は全部のタネをピートバンに蒔きました。八代草以外は覆土(土・バーミュキュライト他でタネを覆い隠す)はしません。注意点は絶対にピートバン(表面)を乾かさない事。しっかり水を含ませ、乾いてきたら縁より水を注ぎます。更に霧吹きを使えば発芽促進に有効です。
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2011年05月24日

今宵の宿 飯田城温泉・天空の城三宜亭本館 2011.5.14

私達が利用宿泊した飯田城温泉は今から十余年ほど前に掘削湧出した新しい温泉です。高台の飯田城跡に隣接した立地にあり、崖下の飯田市内のみならず、東面に優れた眺望があるのが特徴です。伊那谷の背後には南アルプスが控えており、南アルプスを一望出来る宿が謳い文句となっています。但し、南アルプス前衛の伊那山地が本峰主脈への視界を遮っており、残念ながら一部仙丈ヶ岳や間ノ岳が観えるのみで、看板に偽りありと言うのがある意味妥当かも知れません。でも観える事は観えるので許してやりましょう。

また、城下町を今に伝える飯田城跡ですが、美術館などの公共施設がそこを占め、これもまた残念ながら城跡とは言っても名ばかりであり、かなり寂しいものがあります。唯一、旅館のすぐ向かいにある長姫神社だけが昔日の面影残しているのみです。この長姫の名は一時期、城の名に使われ、この飯田城は長姫城と呼ばれる事もあったと言う事です。この社の手水舎の水(湯)も飯田城温泉が使われています。温かいのです。

1、夕餉
鯉の甘煮
懐石料理でしたので妻は大喜び、大変満足したと仰せ?でした。しかしブロガーの私にはこの料理、厄介なものなのですよ〜。小出しに出される料理、食べるのと写真を撮るので大忙し、中々落ち着いて深く味わう事ができないのです。但し、この鯉の甘煮(うまに)だけは十分堪能しました。甘辛の濃厚な味付け、金目鯛などもこのようにしますが、鯉も独特の旨味を出し素晴らしい味わいがあります。私は妻と正反対で生ものが今一つなのですが、その代わり熱を加え調理した肉に魚介は大好物なのです。我が意を得たりで得心し賞味しました。

 *温泉
 どうも南信州はかけ流しではない温泉施設が多いようですが、ここ飯田城温泉は源泉かけ流しと循環の併用のようで、内湯には二か所に源泉の湧出口があり、飲用が可能でした。宿の主人に「何故、100%源泉かけ流しではないのですか?」と聞いたところ、「湯量は豊富なのですが、源泉温度が39度と低いため、広い湯舟では冷めてしまうので、循環加温をしています」との事でした。泉質は単純泉と言う事で、成分の種類は多いのですが、総含有量は少ないのだそうです。だから刺激が少なく肌に柔らかい入り心地の良い湯だそうです。確かに何時までも入っていられる実に安心な楽しめる湯でした。私は夕食前に1回、夕食後に1回、寝しなに1回、翌早朝に1回と、都合4回の湯浴みをしました。正に極楽の一夜を過ごさせて貰いました。
 
 温泉の効能は浴用では神経痛、リュウマチ性疾患、骨折や外傷の療養に効果があるそうで、飲用では胃炎の緩和に効果的との事でした。

 深夜の湯浴みは露天の星空の下で…、得も言われぬ眺め、素晴らしいの一語に尽きました。たった一人で湯舟に横になり、天を仰ぎました。東天に高く夏の大三角が…、この日は殊の外白鳥座が見事で、白鳥のくちばしに当たる三等星のアルビレオも良く観え感動しました。横浜では余り良く観えないのに…。更に南天にはさそり座が美しい…、さそりの心臓に当るアンタレスが赤々と煌めき更に美しい…。私は自分の心臓の辺りを押さえていました。

 私の心臓もあんな風に赤く美しいのかな…。もう何十分入っているのかな? あぁ、この幸せを終わらせたくない! 実を言えば、この宿泊費は次女が捻出してくれたのでした。それは私達夫婦の結婚記念日のプレゼントとして…。長女はスカンディアの食事を次女はこの宿泊費を…。私は幸福に酔いしれ湯舟でつらつらとそんな事を考えていたら、大好きな星星は次第に滲んで観えてきたのでした。私は既に朦朧としていました。ふっつと眠りそうになりました。危ない危ない、さぁ、出るとしますか…。


2、朝の散歩の折に偶然見付けて、市立追手町小学校
追手町小学校
昭和4年に建てられた鉄筋コンクリート3階建ての校舎。文化庁の登録有形文化財に指定されています。そして何より素晴らしいのはこれが現役で小学校として使われている事なのです。このような古い校舎が現役で使われているのは珍しいそうで、他に松本の深志高校があるそうです。

私達は朝の散歩で見付けました。年季の入った重厚な佇まい、古き良きものを観ると何故だか心が和みますね。よくぞ風雪を耐え忍んで来たものだと…。人間もそうありたいと今、この記事を書いてふと思いました。

実はこの散歩は名物?の金鍔焼き(きんつばやき)を買う目的もあったのです。愛らしい仲居さんに道順を聞いて飯田市街を下駄で漫ろ歩き、金鍔屋を目指したのです。朝早かったのですが、丁度店主が出勤してきて首尾よく買い求める事ができました。十万都市とは言えそこは田舎町、田舎者の私には大変歩き心地のよい愛らしい街でした。

*金鍔とは刀の金の鍔(つば)の事、他に銀鍔もあります。その鍔を模して焼いたのが金(銀)鍔焼き。米粉を煉り餡を包み、油を引いた金属板で焼いたもの。
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2011年05月23日

音楽の話44 ブラームスの歌曲「歌の調べのように」について 2011.05.23

先日、音楽の話42で取り上げたブラームスの歌曲の一曲、クラウス・グロートの詩による「歌の調べのように」について一言…。以下に志田麓氏の訳詩も載せてみました。ご参考までにどうぞ…。

歌の調べのように  クラウス・グロート・詩

歌の調べのように何かが
そっとわたしの心をよぎり、
春の花のように咲きでて、
花の香のように漂ってゆく。

けれども、言葉でそれを捉えて、
目の前に想い浮かべようとすれば、
灰色の霧さながらに色褪せて、
鏡面の息の曇りのように消える。

さりながら、詩歌のなかには
ある香気が秘められていよう、
それは、涙に濡れた眼がやさしく
静かにふくらむ蕾から誘う香りだ。   志田 麓・訳詩

 何とも仄かな恋心が詠われています。この詩を書いたクラウス・グロートはブラームスと同郷の詩人であり友人でもありました。共に集い、冗談を言い合ったりした気心の知れた友、しかも一人の若き女性を愛した恋敵?でもあったのです。その女性の名はヘルミーネ・シュピース、ビロードの歌声を持つ才気に富んだアルト歌手でした。二人は夜を徹してヘルミーネについて語り合い賛美し合いました。そんな夜、この詩は生まれたのです。直ぐにブラームスは詩に歌を付け一曲の歌曲に仕上げました。この詩、この歌、二人のヘルミーネに寄せる思いがピタリと寄り添った歌曲、こんなに優しく思い遣りの籠った歌曲は二つとないでしょう。美しい名歌です。

 さてヘルミーネはこの二人の内どちらを愛したでしょうか?、勿論ブラームスですよね。ヘルミーネはブラームスの求婚を待ち侘びていたと言われています。優柔不断、罪な男ですね、ブラームスは…。結局二人の恋は自然消滅となったのですが、この恋で多くの傑作歌曲が世に出たのです。勿論捧げられたのはヘルミーネ、レパートリー・財産としたヘルミーネは誇りと愛着を持ってこれらの歌曲を歌い続けたそうです。取り分けこの「歌の調べのように」はヘルミーネのテーマ、この曲こそは正にヘルミーネの生き写しのようだと謂われています。

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2011年05月22日

ピアノの話28 ピアノ弦の整理と補充 2011.05.22

大分弦を消費しましたので、この日、私が契約してるピアノ店に出向き、弦の整理と補充をしてきました。現場で弦が足りなければ、そこで立ち往生をしてしまいます。高が弦如きで時を浪費しては名がすたります。まあ、携帯していない太い弦や巻き線では即時の手当ては不可能ですが、せめて高音弦だけは即刻張り直して差し上げたいと想うのです。

ストックホルダーから外された弦
ストックホルダーから全ての弦を外し錆などがないか点検整理します。必ず番手を記入して誤使用がないようにして置きます。仮に番手と実際の弦の直径が違ってしまったとしても、その都度、切れた弦と新しい弦の径をマイクロメーターで測るので二重の確認はしていますがね。

張弦作業用の弦格納箱
巻き込まれた新品の弦(ミュージックワイヤー)を格納する箱、内径の端緒を上部中心の穴から出し、使う時はするすると抜き出して使います。写真は番手15番のミュージックワイヤー(0.875mm)。

携帯ストックホルダー
整理・補充した弦を番手ごとにストックホルダーに巻き付けて格納します。油紙かシリコンオイルを軽く染み込ませた布に包んでピ二ール袋に入れ、何時でも使えるように携帯します。

大体、番手13番(0.775mm)から番手16.5番(0.950mm)まで携帯します。
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園芸ノート4 紫蘭と野薔薇の挿し花 2011.05.22

紫蘭との薔薇の挿し花
今日もやっていますが、ここのところずっと庭の木の剪定と雑草取りに勤しんでいます。一昨日の事ですが、野薔薇を剪定した折、沢山の花まで切り落とす事になりました。残念でしたので一束を見繕い、紫蘭と共に花瓶に挿しました。三上ピアノ教室兼調律所の玄関ホールに置きましたが、そこが明るくなった上、ほんのり野薔薇の香り(私も夏子も花に顔を近づけなければ香りは分からないのですが…)が漂うようになったそうで、評判は上々です。野薔薇と紫蘭、可愛いでしょ

さあ、午後も夕方まで雑草取りに励みます。
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2011年05月21日

日本の景色47 下栗の里 2011.05.14

下栗の里に咲く山桜
今、下栗の里は桜の季節を迎えていました。かと言ってこの里に染井吉野が植わっている訳ではありません。ここは標高千メートルの高地、咲いているのは山にある山桜です。沢山はありませんが、透明な空気に磨かれてとても美しいのですよ。この写真の桜もまだ咲き出したばかり、紅色の葉は見えますがまだ開いていません。本当に清らかで素敵ですね。改めて桜の美しさに感動したのでした。 
  
下栗の里俯瞰
以前に私はある旅行本を見て、この下栗の里の写真を知りました。嘗て見た事も無い面白い構図の地形であり、世には不思議な所(平家の落人伝説があるのも肯けます)があるものだなと感心した次第でした。そして最近の引越しのサカイのCMの映像、本当に驚きました。CMソングも大好きになったので、是非とも行ってみなくてはならないと、思いを強めたのでした。

下栗の里、期待通りの心和む山里で、恐らく私は暫くはこの地のリピーターになるであろうと確信しているところです。今秋にも必ず紅葉を愛でに行こうと意を強くしています。と言うのも、今回素晴らしい新緑(写真は撮り損ねました)に出会えたからです。新緑プラス寒冷地イコール紅葉絶佳は絶対的方程式と言って間違いはありません。私の心はもう近未来の秋にタイムスリップしてしまいました。

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2011年05月20日

野の花107 チゴユリ 下栗の里 2011.05.14

チゴユリ
チゴユリ(稚児百合)ユリ科チゴユリ属
蕎麦処はんば亭の周りのそこかしこに咲いていました。ところが大抵の人はその存在を知る事もなく、歩き去るのみのようでした。折角せっせと咲いているのにね、足を止めている人はいなかったものね…。しかし私はちゃんと観ていましたよ。その確かな自然の務め振りを…。

幼子のように小さい百合だから稚児百合と呼ばれます。でもその佇まいは決して何も知らぬ無垢なものとは私には思えません。そう清らかですが何処となく微かな色気と媚態が感じられます。やはり花は子供の風情ではなく、乙女乃至は成熟の女性の写絵と言うのが相応しい…。私には切にそう思えるのです。

チゴユリは私の愛する花です。好きな花を数えた事はありませんが、もし数えたなら十本の指に入るでしょう。この透明感、この優しさ、そして微かですが、紛れない色香…。私は片思いをする若人のように胸を焦がします。愛しくて幸せなのに観れば観るほど胸が熱く切なくなるのです。
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2011年05月19日

食べ歩き・昼餉 絶品の田舎蕎麦・下栗の里はんば亭の盛蕎麦 2011.05.14

はんば亭のもりそば
漸く下栗の村落に着いたのは午後二時前。着いた所がはんば亭なる蕎麦処、ここはあの下栗の里の俯瞰ポイントへ向かう入り口に当たる休憩地。私達はここで蕎麦を食べて、その後にその俯瞰ポイントへ行く積もりでいました。期待を籠めて入店したところ、お店のおばちゃん達は何と客席で賄いの食事の真っ最中…。私が「食べられる?」て聞いたところ、「ああ、だいじょぶだー、だども今では盛蕎麦しかないけんど…」。「うん、それでいいよ、蕎麦を食べに来たんだからね」と私。極めて飾り気のない素朴な会話…、でも何となく温かみがありました。そして出された蕎麦も極めてシンプル且つ素朴な風情。では早速と「ズルズル・ゴリゴリ・モグモグ・ゴックン」美味い、そして溢れ出る蕎麦の香り、私は感動してもう夢中「ズルズル、ゴリゴリ、モグモグ、ゴックン。…、…、…。」はいこれでお終い。「絶品だ!」と私。「もっと食べたいわね」と妻。強腰の太麺、正に噛む蕎麦、量ではなく咀嚼での食べ応えのある蕎麦、否、噛み応えのある蕎麦? 汁は塩辛くない濃い味、蕎麦湯をなみなみと注いでも薄まらぬ濃い口…、堪能しました。蕎麦本来の素朴な味を何の衒いもなく巧みに引き出す、これが本当の蕎麦の味なのだと確信しました。

壁に吊るしてある額入りの大きな写真を観ると、何とそこでは画家の原田泰司と歌手のさだまさしがここの座敷で向かい合い蕎麦を啜っていました。「ムムー、奴らも来ていたのか…」、それもその筈だよね、この美味さならね。
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野の花106 ミツバツツジ 下栗の里 2011.05.14

ミツバツツジ
ミツバツツジ(三葉躑躅)ツツジ科ツツジ属
二千メ−トルのしらびそ高原から千メートルの下栗の里に下って来ると、その途中からは漸く花の姿が現れてきました。最初にお目通りが叶った?のはこのミツバツツジでした。森林の縁、林道の端に一際鮮やかに誉れ高い紫の色を晒していました。余りにも美しかったので、私は車を停め森の縁の崖をよじ登り、見事撮影に成功しました。ミツバツツジは地域により変種の多い躑躅で、その地域の名称を冠した種(例えばトサノミツバツツジ)が幾つかあります。種分けが難しいのですが、それらは自生している場所とオシベの数(5個10個)から区別はつきます。このミツバツツジは関東、東海(長野県南部を含む)、近畿の各地域に自生する種でこの地はその範囲内であり、しかもオシベが5本であるので、何も冠さないただのミツバツツジと判明しました。

タチツボスミレ
タチツボスミレ(立壺菫)スミレ科スミレ属
ミツバツツジがある辺りから、次第に立壺菫が多く現れるようになり、愛らしさに堪らず一枚撮ってしまいました。春山に入ると何時ものパターンですが、タチツボスミレを写真に納めずにはいられなくなります。このブログにもこの菫は幾つも毎年のように載せられていますよね。でもね、二つとして同じ咲き振りはないのです。一期一会の出会いなのです。

背後が暗い森なので、花の顔を全て揃えて明るいこちらに向けています。パンジーのようです。
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2011年05月18日

自然の風景35 御池山・隕石クレーター 2011.05.14

今から2〜3万年前、この御池山南東斜面に隕石が落下したのだそうです。その隕石の大きさは直径約45m、大分大きな隕石の塊(小惑星)が落ちてきたようです。その結果できた隕石クレーターの直径は900mで現在はその40%が残っているそうです。

御池山隕石クレーターの案内板
しらびそ高原から南アルプスエコーライン(林道)を下栗の里に向かって南下すると、突然土むき出しの駐車場が現れました。そこにはこの写真の案内板が立てかけてあり、私達は車から降り、暫しその案内説明を読んでみました。そしてそこら辺りをうろついてその様子を窺いましたが、どうも釈然としません。やはり、案内板を見ただけの俄か勉強では埒が明きませんでした。「何となく半円形に丸くなっているかなー」て言う程度で、その時はそれで納得したのでした。今、この御池山隕石クレーターをネットその他でひも解いてみたら改めて「なぁーる程なぁー、面白いなぁー」と興味津々、感心しきりとなりました。このクレーターの中を探索すれば、様々な隕石衝突の痕跡が見られるとの事です。

クレーター内部
南アルプスエコーラインは丁度このクレーターの中を通過するように造られています。途中、再び車を降りて、今度はクレーターの中の景色を観てみました。凄い斜面となっていて、そこにはダケカンバなどの植物が生い茂っていました。そして対岸遠くには日本アルプス最南の3000メートル峰の聖岳が、左に可愛い兎岳を従えて颯爽と立っていました。
posted by 三上和伸 at 22:56| 自然の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

続ダイエット日誌7 ダイエット確かなる証 2011.05.18

昨年5月1日の私 今年5月14日の私
またまた自分を登場させてしまい恐縮ですが、暫しご容赦ください。写真左が昨年五月の白馬遠見尾根の私、右が今年五月のしらびそ高原の私。まるで別人?のようでしょ?ダイエットの確かな証がここにある気がします。正直に申せば大変嬉しく、一寸ほくそ笑んでしまっています。しかし油断は禁物です。今回の旅でまた少し太ってしまいました。ですからこの二枚の写真の私を見比べてそれを励みに新たなダイエットに勤しみたいと思います。来年の私は果たして、どんな顔、どんな姿でありますのやら、楽しみでもあり、一寸怖い気もします。

posted by 三上和伸 at 07:52| 続・ダイエット日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月17日

食べ歩き・間食 五平餅と芋田楽 しらびそ高原・ハイランドしらびそ食堂 2011.05.14

五平餅と芋田楽
しらびそ高原や下栗の里がある長野県飯田市上村は正に寒村の雰囲気を残す鄙びた山里、標高500m辺りは新緑に萌えており、至る所藤の花が咲き乱れていました。そんな昔懐かしい田舎道をひた走るドライブの楽しさに浮かれていましたが、やがて延々とした上り道となり、行けども行けどもしらびそ高原は遠く、とうとう疲れが出始めた頃、山稜の上部にレストハウスのハイランドしらびその赤屋根が見え、ほっと胸を撫で下ろしたのでした。

飽きるまで南アルプス観望を堪能し満足をし終えた時、そろそろ昼時となり急にお腹の減った事に気付きました。でも昼御飯はこの先の下栗の里でする希望を持っていたので、ここでは一寸した間食をする事にしました。信州はそんな間食には打って付けの食べ物が数多ある素敵な土地なので、如何様にも食の楽しみが得られます。ハイランドしらびその食堂に入り、散々迷いましたが大好きな五平餅と上村名物の二度芋(年に二度取れるじゃが芋、小さい芋)の田楽を注文しました。どちらも甘い胡桃味噌味で素朴さの中にも旨味の濃い食べ応えの有るものでした。美味しかった。
posted by 三上和伸 at 23:01| 今宵の宿・食べ歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自然の風景34 南アルプス南部の主脈 しらびそ高原より 2011.05.14

南アルプス南部の主脈
左が荒川前岳(3050m)。中央の広い山稜が大沢岳(2819.4m)、双耳峰であり南峰が主峰。その右の小山が中盛丸山(2800m)。そしてその右に兎岳(2799.3m)。更に右に聖岳(3011m)が並んでいます。

ただ、南アルプス南部の主脈は激しく屈曲し位置が錯綜しているため、このしらびそ高原からでは肝心の悪沢岳(3141m、日本6位)と赤石岳(3120m、日本7位)の3100m級の巨峰が観えないのです。広い山稜の大沢岳が隠してしまっているためです。極めて残念な事です。日本最南の3000m峰の聖岳も兎岳に大半が隠されており巨大な全景は見せていません。辛うじて3011mの頂上ピークは観えていますが…。唯一しっかり観えているのが荒川前岳で、その背後に荒川中岳(3083.2m)があります。その更に右の大沢岳の背後には先程申した悪沢岳と赤石岳があるのです。

それでも、分厚く巨大な南アルプスの岩稜の凄さは十分味わえたので満足すると致しましょう。悪沢や赤石はまた別の機会に別の角度の観望点から眺めるとしましょう…。

標高2000m弱のしらびそ高原は未だ芽吹いてなく、早春と言った雰囲気が濃厚でした。されど主脈の岩稜の雪は随分に溶けて斑模様の雪形が現れており、この季節ならではの景観を味わえました。

*日本高山七傑(3100m級以上)

1、富士山3776m
2、白峰三山(北岳・南アルプス)3193m
3、穂高連峰(北アルプス)奥穂高3190m、北穂高3106m、涸沢岳3103m
4、白峰三山(間ノ岳・南アルプス)3189m
5、槍ヶ岳(北アルプス)3180m
6、悪沢岳(南アルプス)3141m
7、赤石岳(南アルプス)3120m
posted by 三上和伸 at 08:13| 自然の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自然の風景33 木曽駒ケ岳 中央道小黒川パーキングエリアにて 2011.05.14

この旅の目的を南アルプス観望と下栗の里探訪、そして翌日に天竜峡川下りと定め出掛けました。妻と運転を交代しながら喧嘩せず楽しげに、東名、富士五湖道路、中央の各自動車道を乗り継いで向かいました。晴天の下、富士も南アルプスも雪を頂き良く観えており、まずは上々の滑り出しでした。

木曽駒ケ岳
伊那市の中央道小黒川パーキングエリアから仰いだ木曽駒ケ岳。雪もたっぷり乗せており、美しい佇まいを魅せていました。

このエリアは西に中央アルプス、東に南アルプスが観望でき、誠に山好きには答えられないドライブ休憩地点です。特に素晴らしいのが南アルプスの甲斐駒と仙丈ヶ岳ですが、生憎、伊那谷の東側即ち南アルプス側は靄が掛かったように霞んでおり、写真は上手く撮れませんでした。しかもこの状況は翌日にも持ち越され、結局一つの念願だった南ア・仙丈ヶ岳撮影は今回はものに出来ず、先送りとしました。皆様にはご覧頂けず残念に思っています。

その代わりと言っては中央アルプスに可哀想ですが、ここから木曽駒ケ岳は近い事もあり、美しく観えていました。自信を持ちましてここに載せました。
posted by 三上和伸 at 00:42| 自然の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月15日

間奏曲432 下栗の里から帰ってきました 2011.5.15

下栗の里
先程、下栗の里から帰って来ました。素晴らしい日本の原風景を残す、懐かしい日本の故郷でした。ほら、引越しのサカイのCMと同じでしょ! 私は思わずこの景色を観て口ずさんでしまいました。
今始まる 新しい夢のせて 明日を照らすように 光の笑顔を 咲かせよう

私は幸せでした。
posted by 三上和伸 at 23:17| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

間奏曲431 明日はブログを休みます 

 ♪いまはじまる♪ ♪あたらしいゆめのせて♪ ♪あすをてらすようにひかりのえがおを♪ ♪さかせよう♪

 この大好きな歌、はせがわみやこの歌う引越しのサカイのCMの歌に乗せて現れる日本の里。夢にまで観た下栗の里に明日行って来ます。一泊二日です。よって明日はブログを休みます。明後日、下栗の里の第一報をお知らせ致します。ではお休みなさい。
posted by 三上和伸 at 23:27| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

湘南漫歩4 葉山二子山ハイキング 2011.04.17

葉桜の今、大分塔が立ってしまった話題ですが、ここで二子山花見ハイキングの話をさせて頂きます。

満開を過ぎた名残の桜に会うために、私は近年ハイカーの間でとみに脚光を浴びているハイキングコース、葉山の二子山を訪ねました。葉山は現在まで三浦郡葉山町として存在し、市ではなく群であり町なのです。それは何を意味するのか、そう田舎なのです。しかも都会が近いのに鉄道が無いとびっきりの田舎、大開発(ゴルフ場や批判が集中した国際村などはある)を免れた海あり山ありの太古の自然が息づいている田舎です。そんな葉山の中でも二子山周辺は最も原生の自然が残された特別の仙境、山桜が春色のグラデーションを描くのも当然の事と言えるのです。

そもそも、皆様は湘南の湘とは何を意味する語(漢字)だかお分かりですか? 何とそれは中国湖南省の別名(古名)を指す語だとか…。そして更にもう一歩進んでそれをひも解けば、洞庭湖に注ぐ湘江の湘の字だそうです…。日本の湘南はこの中国の優れた景勝地になぞらえて明治の頃に名付けられた名だと想像されます。如何に当時の明治の人々(主に漢文に精通していた文化人)がこの湘南の地に憧れを抱いていたかが解ります。

@阿部倉山の山桜
山桜淡紅のグラデーション
まずは京急新逗子駅を降りて南へ歩き出します。暫く先の桜山トンネルを抜けると長柄の交差点に出ます。そこを左折し逗葉新道に沿って歩を進めると阿部倉山が迫り、山肌に柔らかくたゆたう山桜の淡紅色が観えて来ます。ここで二子山の水を集めて流れる森戸川に沿って右折し、先程見えていた阿部倉山の裾を巻きながら森戸川沿いに延びる林道に入ります。

Aカワセミ
カワセミ
カワセミ(川蝉・翡翠)ブッポウソウ目カワセミ科
暫く林道を進むとやがて森林ゲートが立ち塞がり、ここで車は立ち入れなくなります。この先も道幅のある林道は続きますが、完全な徒歩の世界となるのです。ここでは葉山山楽会の会員が屯していて、地図や花案内などの冊子が売られていました。私は葉山の全ての山のハイキングコースが網羅記載されている案内地図を¥500で求めました。

そして先を進もうとすると声を掛けられました。「そっちじゃないよ!、あの森林ゲートの脇を廻り込んで行ってください」と。これが最初の道の間違い、どうも私はどちらかと言うと(どちらかと言わなくても)方向音痴の気があるらしく、もっと深い山の単独行では間違いなく遭難するだろうと自覚しました。とにかく一回転するともうどっちに行っていいか解らなくなるのですから?ヤバイです。まぁ、そんな本格の登山は一人でする気はさらさらありませんがね…。

さて正しい道を進んで行くとやがて林道は終わりを告げ、細い山道になりました。相変わらず左手には森戸川(川は河口に向かって左右が決まるので右岸は崖、左岸を歩く)があり、微かにせせらぎは聴こえていますが、そこには間違いなく静寂と言っていい静けさがありました。それでもあちこちからウグイスが美声で鳴き交わしているのが聴こえ、誠に深い森に入って来たものだと感慨も一入でした。その時、突然二羽のウグイスが僅かの時間差で「ピーーーキュロキュロキュロキュロロロロロ…、ケケキョ、ケケキョ、ケケキョ、ケキョ、ケキョ、ケキョ、ケッキョ、ケッキョ、ケッキョ……」と声をからませ合いハーホモ二ーを奏でました。未だ嘗て聴いた事の無い美しく重ねられた音声に、私は驚きと感興を持って聴き惚れたのでした。そう言えばこの山域はバードウォッチングのメッカとして知られた地域である事を思い出し、なるほどと合点した次第でした。そして更に流れの上の枝に青い鳥を発見し、瞬時にそれがカワセミである事に気付いた時、私の興奮は最高潮に達し、ここに来た甲斐を強く認識したのです。勢いカメラのシャッターを何度も切りましたが、私の指はもどかしくも強張って打ち損じ、結局このようなピンボケの写真しか撮れませんでした。自信の持てない写真で恐縮ですが、参考までにご覧ください。

B花花花
木の枝には野鳥達がさえずりを交わし、樹上には桜と山吹が乱れ咲く、そして地上には諸々の草花達の微笑み返し。正に美の饗宴、私が有頂天になってしまうのも無理なからぬところと言えましょう。どうぞ重々お察しください。

何時でも何処にでも、思い立ったら思い切り出か掛けてみる事が肝要、一歩踏み出せば新しい世界が観えて来ます。新たな希望が湧いてきます。人生が変わります。

T二輪草
ニリンソウ
優しく涼しげに木漏れ日の下で咲いていました。揺れる闇が返って白花を浮き立たせて魅せてくれています。静かに静かに…、一寸物憂げに…。私の心も涼やかに鎮まり、一時の憩いにありつけました。 

U山吹
ヤマブキ
昔、小判を山吹と言ったとか、それ程に鮮やかな黄金色です。山吹の特徴は滝のように降り落ちる花、「まるで小判が降って湧いたよう」などと言っても、あながち、嘘偽りとは申せないでしょう。良く観れば、そんな風に観えなくもないですものね。綺麗?です。

V山桜
ヤマザクラ
桜とは不思議な花ですね。私なんぞはこの花が咲かないと春が来た感じが致しません。もう体に血となり肉となり骨となって沁み付いてしまっています。これは他の花では代用できないもの、必要不可欠の花。もし太古より日本に桜がなかったなら、日本人の顔形や姿、また気質も変わっていたかも知れません。私の足はあと二十センチ長かっただろうし、鼻は後三センチは高かったでしょう。おまけに目の色は南洋の海のようにサファイアブルーかエメラルドグリーンに染められていたでしょう。性格ももっと粘り強かっに違いありません。それはとってもいいですね…、しかしそうは言っても、短足団子鼻で黒い瞳の短気で諦めが早い日本人でいいから桜にいて欲しい…。西行さんも言っています。如月の満月の宵に桜の下で死にたいと…。私も同感です…。 

W立壺菫
タチツボスミレ
この薄紫を好きな人は多い筈です。日本人はどちらかと言うとはっきり色を表さない人が多いからです。感情にしても理論にしても、曖昧を好むのです。だから花色の好みも同じで、単色の鮮やかな赤とか黄、オレンジや青などより微妙に混じり合った色を好む人が多いと想うのです。その代表がホタルブクロで紫とも桃とも白ともつかぬ微妙な色合いをしています。実は私もそんな色を愛好しいているのですよ。だから野生の花を好むのです。野生に単色はほんの一部を除いて余りありませんから…。よって私はこの野生の立壺菫が大好きです。この薄い紫とも空色とも水色ともつかぬ淡い色が好きなのです。その薫る色香が愛しいのです。 

X山猫の目草
ヤマネコノメソウ
この山猫の目草の名はイントネーションと目指す意味合いが微妙で誤って読まれる方もいる事でしょう。「山猫・の目草」ではなく、「山・猫の目草」が正解です。山猫ではなく、山にある猫の目草と言いたいのです。それはこの草の兄弟に冠がない、ただのネコノメソウがある事を根拠としています。自信を持って?正しいと断言できます。

また猫の目の名の由来は花にあるのではなく、この草の刮ハ(サッカ・タネとタネを包む莢のようなもの)の形状が真昼の猫の目(細い瞳孔の…)に似るからです。何れ写真が撮れる事があれば、お知らせ致します。

C沢歩き
沢歩き ロープ場
花を楽しみ寄り道をしながらも進むと、やがて山道は消え、そこには広場と一寸した休憩所があり、昼前なのに弁当を広げている人もいました。私は道を失い、今日二回目の迷い人になりました。仕方なく、その弁当の人に尋ねました。「この先の道はどこですか?」、すると「ああ、手前の道を折れ直ぐに沢に降り、そこの沢を歩くんです」と。『そうか、いよいよ沢歩きになるんだ…』と思いつつ弁当の人に礼と別れを告げ歩を進めました。直ぐに沢以外歩く道はなくなり、私はよろよろと石の頭の上を踏みしめ歩き始めます。ところがどうも年齢の所為か体バランスがよろしくなく、よろけてしまうのです。転ばぬよう力が入り体を固くするため益々バランスが悪くなりあっちにフラフラこっちにフララ、冷や冷やもので歩きました。そして何と瀞場に来るとそこは水浸しで歩くガレ道は無くなり、ハタと「どうしたらいいのだろう?水の中を歩くのかなー?嫌だなぁー」と困惑して辺りを見回すとありました。目印とその巻き道の入口が…。そこを上り始めると突然短いが断崖の壁が…。すると上からはロープがブラリ、何と鎖場ならぬロープ場が…。恐々必死にでも難なく上り詰めて直に森戸川に別れを告げ、二子山頂上への急登に掛かりました。そこからは延々と上り、でも標高は208mですから高が知れていますがね。帰路の東逗子方面の分岐点も怠りなく確認して頂上に登りました。

D上二子山山頂
上二子山山頂
山頂は森林を切り開いたらしく草原でした。丁度横浜方面が開けており、観晴らしが利きました。ランドマークも観えました。

E匂い立壺菫
ニオイタチツボスミレ
山頂の一角に僅かながら匂い立壺菫が花開いていました。私の鼻は匂いは感じられなかったのですが、愛らしい花の風情に十分の満足を貰いました。何時も花を観て思う事ですが、花は私を喜ばすために咲いているのではなく、己の遺伝子を残すために咲いているのです。けれどもならば何故、人間の私は美しさを感ずるのでしょうか? まぁ、それは永遠の謎かも知れませんが、一つ言える事はその草が自分を残すために健気に最善を尽くした結果、たまたま人間にはその健気さが美しく観えた、ただそれだけなのかも知れません。されどもしかしたらこの草も人間も同じ親から生まれた同胞の兄弟だからかも知れません。その昔は愛し合っていたのかも…。でも残念ながら今は私の片恋なのですけれどね…。けれどそれも自由でいいですけどね…。自由に愛せるって素敵な事ですよね…。

*山頂からの下山で情けなくも第三の迷い道に陥り、下山ルートを間違えてしまいました。本当は山桜の園なる最も山桜の見所である東逗子沼間ルートを取る筈が、弁当のための休み処を探した際、道を間違えたのでした。疲労もあり、結局戻るのを諦め逗葉新道に下り、元来た長柄経由の逗子への道を取り帰路に付きました。

F長柄の庚申塚
庚申塔
何処の町にも街道にも、庚申塚はあるものです。日本人は多神教でありますが、中々信心深い、まぁそうでなければ食うか食われるかの古の浮世では神にすがるしか道も術もなかったのでしょう。百八つある煩悩、現代ではそんなに沢山ある人は少ないでしょうが、幾らかは誰でも持ち合わせているでしょう。信仰を上手に誰の指図も受けず自分の意思で持てると良いですね。私も持っています。勿論三上教です。信者は私一人です。

最後に
阿部倉山の山桜
帰り道、振り返ったら、来た時と同じ光景がありました。嬉しい、「来年も宜しくな!、また楽しませてな!」、胸に熱いものが込み上げて来ました。

posted by 三上和伸 at 18:43| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

とっておきの花15 カザグルマ 2011.05.10

カザグルマ
カザグルマ(風車)キンポウゲ科センニンソウ属
今日のとっておきの嬉しい事、何と我が庭に突然のお客様・カザグルマが来訪しました。私は今日まで全くその存在に気付かず、夕方に驚きの対面をしたのでした。植えた憶えもタネを蒔いた記憶もないのです。ただ五六年ほど前、お客様のMさんにこの花の苗を頂き植えましたが、それは疾うに枯れ、その場所には跡形も無いのです。恐らくは、その苗が花を付け実を結び、五メートル先のここまで飛んで発芽をし今日の花となったのだろうと想われます。誠、想像の域を出ませんがそうとしか考えられません。とにかく、驚きの出会いでした。

学名をクレマチス・パテンスと言います。あの美花の誉れ高い園芸種のクレマチスの母種に当たります。と言う事はこれは野生の種と言う事です。カザグルマ、何て颯爽とした良い名前なのでしょう。薫風の渡るが如き佇まい、風薫る五月に相応しい誇り高き名花です。
posted by 三上和伸 at 23:02| とっておきの花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

間奏曲430 雑記・電車で出会った事 2011.05.09

 まずは相鉄線で出会った事から。何やら優先席付近に携帯電話で喋っている女の人がいるのを発見しました。最初は狐に抓まれた感覚でした。何故ならば、最近は誰でも車内でメールはしますが、通話姿は滅多に見られなくなりましたから…。なのにその若い女性は話していました。どうやらその言語は中国語で、澱みないはっきりとした言い回しでした。何とやはり私は狐に抓まれていたのでしょう、その歌のような喋りに一瞬、聴き惚れてしまったのでした。注意の咎め立てのタイミングを失い、私は茫然とそこに立ち尽くしてしまいました。仕方なく、じきに話し終えるだろうと高を括って見守っていたのですが、止み間さえなく延々と喋り続け、とうとう十分余り、終点横浜まで話し終える事はありませんでした。私はその長い時間を内心忸怩たる思いを忍びつつ、何食わぬ顔で耐えました。どうして私はこの中国(台湾かも)の女性に注意出来なかったのでしょうか。美人だったから?、中国語が解らないから?、異国人の間のトラブルに巻き込まれるのが嫌だったから? どれも当たっているでしょう。正に不愉快且つ自己嫌悪に苛まれる一時となりました。聞き入れて貰えなくとも注意だけはして置くべきでした。痛く反省しています。

 もう一つは東横線急行渋谷行きの車掌さんがうら若き女性だった事。その車内アナウンスの仄々とした若く可愛らしいソプラノの声にもうウットリ…。もう私の心からも体からも花弁が舞い、夢心地で自由が丘まで過ごしたのでした。乗り換えでホームに降り、その間に最後尾の車掌室前を眺めたところ、いらはりました(急に関西弁?)。ところがそのお姿は颯爽としたパンツ姿でしたが眼鏡にマスク、ガッカリ! お顔はちゃんとお出しになった方がいいですよ! 表情を表すのは仕事柄必要ですし、貴女の愛らしさも確認できません。是非、次回はお顔をお見せください…。

 今日は馬鹿で下衆で情けなくて御免なさい…、紳士淑女の皆様、お許しください。

posted by 三上和伸 at 22:40| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月08日

星空ウォッチング4 北天高く北斗七星、そしてベガ現る

 今日は長く続いた曇天から抜け出し、漸く晴天が戻りました。今夜は久し振りで星空が仰げるとそわそわと期待をし日暮を待ち侘びていました。
 
 日没から暫くは六日目の月が冴えていました。何か、月を観るのも久し振りで懐かしささえ感じてしまいました。いいですね、月の黄金色!

 今は夜の十時過ぎ、豊麗な春の大曲線が南北に弧を描き貫いて観えています。相変わらずスピカは美しく、観る度に私は胸を焦がすのです。それでも今夜は北の空高くを仕切る北斗七星が素晴らしい…。真南に位置するのを南中と言いますが、この北斗七星は北極星の更に高みに位置し正に北中?と言っていいほどです。大きく傾いで堂々と、雄大な柄杓を描いて見事でした。

 その上、もうこの時間になると北東の空にはベガ・織姫が現れます。強い青白で瞬き、あのシリウスを彷彿とさせます。反対河岸の北西にはぎょしゃ座のカペラがいて、白と黄で好一対の対照の妙を表しています。一寸いいですね。

 更に深夜を過ぎれば南東の空低くさそり座のアンタレスも観えて来るでしょう。大気さえ澄めば初夏の夜空は、それは輝かしい星空になるのです。
posted by 三上和伸 at 22:33| 星空ウォッチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花105 花大根と浜大根の違い

ハナダイコン ハマダイコン
ハナダイコン(オオアラセイトウ)とハマダイコン
先日の自然通信64で取り上げたハマダイコンと、人が植えたり土手や線路端などに野生化して咲くハナダイコンの違いを我が娘夏子から質問を受けました。皆様の中にも疑問を持たれた方もいられるかと思い、二つの花の違いを述べさせて頂きます。

どちらもアブラナ科の越年草(秋早くタネから発芽し年を越して花咲き実を結ぶ草)で花大根はオオアラセイトウ属、和名もオオアラセイトウ(大紫羅欄花・囲いの中の大きい紫の花???)と言います。別名がハナダイコンで他にショカッサイ(諸葛孔明の諸葛菜)などとも呼ばれます。一方、浜大根はアブラナ科ダイコン属で、昔栽培されていた野菜の大根が野生化し海岸の砂地に生え繁殖したものです。この草に大量の肥料を与え育てると昔のその品種の大根になり、大根として食べられるそうです。よかったら栽培してみてください?

両種、花も姿も似ていますが、花大根は紫が濃く、浜大根は限りなく白に近い紫です。

因みに花大根・オオアラセイトウは中国原産で、別名の諸葛菜は、その昔、諸葛孔明が戦地に生えて(植えて?)いたこの草を兵糧とした事に依るそうです。若芽が食用になり私も食べましたが、美味しくありません。アブラナの害鳥・ヒヨドリでさえ食べません。

posted by 三上和伸 at 06:58| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月06日

園芸ノート3 草取りと剪定 2011.05.06

西洋スズランとアマドコロ 日本サクラソウ
西洋スズランとアマドコロに日本サクラソウ
鎌倉今泉の仕事から帰り日没まで、ここ数日続けている庭木の剪定を中心に作業を行いました。今日は金木犀と藪椿でした。この二本、かなり大きくなったので剪定するのも骨が折れます。しかし、まだまだ始まったばかり、残された木も多く更に広大な芝面の芝刈りもあり、五月は剪定草刈り作業に専念する積もりです。頑張ります。

え、何故剪定の成果を写真で見せないかって? 余りに下手くそなので掲載を拒否致します。悪しからず…。替わりに可愛いお花をどうぞ。
posted by 三上和伸 at 23:40| 園芸ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の歳時記 2011.05.06 05:23 立夏、藤の咲く頃 

フジ クスノキ
鎌倉今泉の藤と白山神社の楠の新緑
夏も近付く八十八夜と歌われますが、この八十八夜は立春から数えたもの、その数日後に訪れる二十四節気の一つ・立夏は春分から地球の公転が45度回った日、夏も近付く頃から夏になった日です。初夏なのですね。照葉樹や常緑樹の新緑が萌え立つ頃、一年で一番清々しく気持ちのよい季節です。一寸歩けば汗ばみますが、歩みを止めて憩えば直ぐに汗は引きます。その後は清々しさだけが残ります。その快感に体が喜ぶ季節でもあるのですよね。体が喜べば精神も前向きになります。健やかな季節で嬉しいですね。

この頃の花と言えば藤が代表されます。山桜と並んで普通の山里に普通に見られる得難い花です。初夏の里山は萌え立つ新緑に所々の紫のヴェール、藤のヴェール、本当に美しい…。
posted by 三上和伸 at 22:51| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月05日

私の歳時記 2011.05.05 端午の節句 

 端午の端は初めの事、午は十二支でウマの事。故に端午とは月の内の最初の午の日を指します。また午は五月の月の順番(因みに一月は寅、二月が卯…と順番に…)だそうで、五月の最初の午の日を端午とするようになりました。そして更に午は五と関係が深いので結局五月五日を男の子の節句、端午の節句としたのです。複雑ですね…。私など訳が判らなくなりそうで、いまだに釈然としませんが、皆様は如何でしょうか? まぁとにかく、奇数がぞろ目になるのは縁起がいいとされ、正月や桃の節句、七夕に重陽の節句と大切にされているのですね。さあ五月五日の夜、私も菖蒲湯に入り、子供の日、男の子の節句、菖蒲の端午の節句を祝うとしますか、あっ、でももう五月六日だ! でもでもそれでもいいじゃあないですか? では皆様お休みなさい…。

 因みに今年の旧暦の端午の節句は何と新暦で六月六日です。ギャハハハハアー、益々判らなくなっちゃう?
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生き物大好き1 アオスジアゲハ 横須賀市浦賀 2011.05.05

シモツケに止まったアオスジアゲハ
調べて判らなかったシモツケ類?(これはウツギ(空木)です。失礼しました)の花に止まり、蜜を吸っていたアオスジアゲハ、綺麗でしたので掲載しました。動く生物は撮り辛いのですが、無難に撮れれば掲載して行く積もりです。花に蝶、素敵な被写体ですからね!
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とっておきの花14 ナニワイバラ 2011.05.05

ナニワイバラ
ナニワイバラ(難波薔薇)バラ科バラ属
祖母のお墓に隣接した民家の庭に咲いていました。勿論、ここに住まわれている方が栽培されているのです。このお隣さんは植物のお好きな方のようで、野菜やハーブに多品種の薔薇も沢山植えられています。見事な庭造りの技をお持ちと見受けられました。

ナニワイバラは中国、台湾原産の野生の薔薇ですが、日本でも多く栽培されています。また和歌山や四国、九州では野生化した自生も見られると言う事です。五弁の一重の純白の花、おまけに芳香まで備える完全無欠の花、余りにも美しかったので一枚撮らせて貰いました。
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野の花104 ヒメスミレ 横須賀市東浦賀町 2011.05.05

ヒメスミレ
ヒメスミレ(姫菫)スミレ科スミレ属
横須賀市浦賀にある私の祖母のお墓近くに咲いていました。この日私達は彼岸でもないのにお墓参りに訪れたのでした。お墓への入り口の階段を上っているとその脇に咲いており、十株ほどがひっそりとありました。この菫は彼岸の頃より遅く咲くので、通い慣れた私でも咲いた姿は初めて観たのでした。私は嬉しくなり、お参りを済ませてから妻と次女を先に行かせて、写真を撮りました。普通の菫より更に小さいので姫菫の名がありますが、正に名は体を表す、お姫様のように愛らしい菫でした。春は頭を下げ地面を良く見て歩けば菫を見付ける事は案外簡単です。思ってもみない所に咲いているものです。皆様も是非見付けてください。懐かしい友と再開したような驚きと喜びがあります。     
posted by 三上和伸 at 22:55| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月01日

食べ歩き・夕餉 北欧料理スカンディア 2011.05.01

ピアノ発表会を終えた後、私達は予約をして置いた北欧料理店スカンディアへ向かいました。私達夫婦の結婚記念日を祝うために娘夏子が招いてくれたのでした。もう、店に着く前から私達四人はお腹がペコペコで、もの凄くその料理を楽しみにしていました。スカンジナビア・バイキングの流れを汲む本格料理とは如何なるものか? ワクワクドキドキ期待に胸を膨らませ、晩餐の宴の待つ二階席へ通じる重い扉を開きました。

席に案内された私達は、若く感じの良いウエイトレスにバイキング料理を注文し、シャンパンと炭酸水で乾杯をしました。暫く後、運ばれたオードブルの料理の一つのエスカルゴを口にした途端、私達の期待は見事に叶えられました。想わず皆は一瞬絶句しすぐに腹の底から唸ったのでした。「旨い!」、「美味しい!」、「凄いね!」、「期待通りだわ!」と…。それからはほぼ無言で跡形も無くその前菜の姿が消えるまで、私達の口と胃袋は休む事はありませんでした。

スカンディアのバイキング料理は誤解されているビッフェスタイルではなく、各テーブルに設えられるもので、そこに人数分の様々な素材の料理が前菜主菜を合わせて12品目並べられます。従ってお客は多くの品を少量ずつ満足の行くまで味わえる仕組みとなっているのです。この日初めてそれに会い見え、感心したのでした。

1、店内の様子
店内
暗い照明の中で浮かび上がるロマンの香り、二世紀前の佇まいを魅せるダイニング、ここに入った途端、古きヨーロッパの空気が感じられたと言えば、チョイと乙女チックに過ぎると嗤われるかも知れませんね…。でも、いい雰囲気で食事が楽しめるのは素敵な事です…。事実、本当にリラックスできました。

2、オードブル

中心にデンマーク産キャビア、左上がエスカルゴ、左中に鰊のスモーク、左下はサーモンのスモーク、右上は鰊の酢漬け、右中に鰻のスモーク、右下が鴨のオレンジ風味。

決して上品であったり芸術的な見た目はありませんが、質実剛健、味本位、実質主義なのです。これがバイキング料理、濃厚な旨味の肉と魚介が程良く盛られています。前菜では鴨以外は魚介が主でしたが。

私の好みでは鰊、サーモン、鰻の各魚のスモークが良かったですが、更にそれを上回るものとしては鰊の酢漬けがありました。全く臭みはなく魚の旨味と酢が良く練れていました。絶品と称して差し支えないでしょう。全員がその味と舌触りに感動したのでした。

3、二種類のパン
パン
スライスされているのがライ麦パン、ふっくら丸いのは全粒粉のパン、どちらも素朴な味です。端に添えられているオリーブオイルに浸して頂きます。噛んでいると仄かな麦の香りがします。食べるに従って段々美味しくなるパンです。お代わりは自由です。幾らでも食べられます!!!

4、メインディッシュ
メインディッシュ
中央にはデンマークシュリンプのサラダ、左上が子羊のミートボール、左下に和牛のローストビーフ、右上は和牛のタルタル、右下に鰻のソテー。

一寸野菜が足りないようですが、野菜なんぞ日常で食べればいいのです。今はグルメ、美食に徹するのが何より肝要です。どっぷりと脂肪と蛋白質に浸り切るのです。

脂とアミノ酸のたっぷり詰まった旨味成分、この深い濃くと味がバイキング料理の神髄です。正に食べ応え十二分の満足度NO1。健啖と陶酔の一時でした。和牛のローストビーフに鰻のソテー、こんな美味いもん、食べなきゃ損です。是非皆様もどうぞ!

5、メインディッシュの後のチィーズ二種類
チィーズ
満足に夢心地で終えたメインディッシュ。料理もここまで来ると最早緊張感を欠き、私はチィーズの銘柄等どうでもよくなり、優しきウエイトレスがソプラノの声で囁くように教えてくれても記憶できませんでした。西洋ではどんな家庭でも食事の最後にチィーズを嗜むそうです。食の満足に駄目を押すのでしょうか、このレストランでもこの慣わしは行われていました。私達はもう十分過ぎるほどに満足しているのにね…。

6、銅の器と磁器のコーヒーカップ
銅の器 コーヒーカップ
デザートはバニラアイスクリーム。デンマークは酪農の国、その美味しさに一切の偽りはありません、本物の美味しさです。喫茶はコ−ヒーにしました。一寸苦味が強いコーヒー、この日、唯一の私の好みにそぐわない風味、まぁ、許しましょう。

スカンディアは名店の誉れ高いレストラン、小食器にも夢と拘りがあるようです。北欧とは夢多いメルヘンの国、夢の空間での寛ぎと美食、堪能の時間をありがとう。

*予算はかなりの高額です。ワインを付けて一人¥8000位です。
posted by 三上和伸 at 23:11| 今宵の宿・食べ歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲429 今日の予定は 2011.05.01

 今日は娘・三上夏子のピアノ教室の発表会と私達夫婦の結婚記念日の晩餐会の予定です。

 年に数回行われる三上先生主催の発表会(1回)とサロンコンサート(2回)。生徒さんにとっては忙しくて大変でしょうが、なるたけ多く人前で演奏し聴いて貰うのは大切な事だとの主旨で行われています。何故かと言えば、音楽とは作曲者がいて、その作品を演奏者が聴き手に伝えて成り立つ芸術です。発表会とサロンコンサートは演奏者の生徒さんが作曲者の思いを自分に置き換え、お父さんやお母さんに伝える場なのです。そう、三者のコミュニケーションがなされる訳ですね。そしてその三者の中で最も重要な役目が演奏者なのです。だって作曲者と聴き手の橋渡しをするのですからね、大事です。だから生徒さんの成長を促すには、人に聴かせる場はとても必要なのですね。

 さあ、思いを籠めて弾いてください。お父さんお母さんをうっとりさせてください。きっと貴方も幸せな気持ちになれるでしょう。勿論、作曲者も何処かで幸せを感じている事でしょう。

 
 私達夫婦の結婚記念日は本当は5月3日なのです。でも折角横浜の都心に出られるのですから、この日に祝う事にしました。先日、北欧料理のスカンディアに予約を取りました。勿論、バイキングの料理も頂いてきます。ご報告は今晩中に致します。お楽しみに…。
posted by 三上和伸 at 08:34| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲428 美しきかな、英王室のお嫁さん

 先程、たけしのニュースショーで英王室の婚礼を観ました。ケイトさん、本当に綺麗でした。普通アングロサクソン人の女性は豊満な人が多いのですが、ケイトさんは実にシャープな体型をしていらっしゃいます。そしてその笑顔がクールで素敵です。こんなにウェディングドレスが似合う女性も珍しいのではないでしょうか。こんな言い方は可笑しいかも知れませんが、三国一の花嫁と私は言いたくなりました。バージンロードを娘と一緒に歩いたミドルトンお父さん、どんな気持ちだったのでしょうかね? 恐らくは面映ゆさと悔しさ、安堵と不安、複雑な思いが胸中を巡り巡っていたのでしょう。私などもあのお父さんとは同年代でしょうから他人事とは思えません。 でもケイトさん、きっといいお嫁さんになるのでしょう。そんなクレバーな印象がケイトさんからは窺えます。誠にウィリアム王子は幸せ者です。実に羨ましい…。
posted by 三上和伸 at 00:34| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする