2011年09月30日

自然の風景41 伊豆黄金崎 2011.09.11

「朝寝○、朝酒×、朝湯○が大好きで」の小原庄助さんのようにのんびりしていたので、出立が大幅に遅くなりました。それでも本当は恋人岬にも立ち寄って、二人で愛の鐘を撞こうと願ったのですが、若人の中のおやじとおばさんでは顰蹙をかい嗤われるのが落ちだろうと諦め、一路その南の黄金崎に向かいました。残念!

@黄金崎海岸
黄金崎
黄金崎と遠くに観えるのが恋人岬
伊豆西海岸は至る所夕陽の名所ですが、ここ黄金崎はその名が示すように夕陽に映える黄金色の断崖絶壁で名を馳せています。それはこの断崖の黄色の岩石が原因であり、これを伊豆の猫越火山流(ねっこかざんりゅう)から生成された岩石・プロピライト(変朽安山岩)と言います。これが夕陽を映し黄金色に照り映えるのだそうです。沖の漁師が迷わず母港に帰れるのは、またその美しさに酔えるのも、紛れもなくこのプロピライトのお陰だと言う事です。

Aハマゴウの花
ハマゴウ
黄金崎は海岸に咲く花の宝庫と言われています。この日はこのハマゴウとハマカンゾウが彩りを添えていました。何れ、別の季節にも訪ね来て、花探しをしようと思いました。また一つ希望が持てました。

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野の花127 ハマカンゾウ 伊豆堂ヶ島 2011.09.11

ハマカンゾウ
ハマカンゾウ(浜萱草)ユリ科ワスレグサ属
ヤブカンゾウやニッコウキスゲなどのワスレグサの仲間、このワスレグサ属は美しい花の集まりです。このハマカンゾウも大輪の鮮やかなオレンジ色で遠くからでもよく目立ちます。色合いとしては全体に透明なニッコウキスゲに比べればやや微妙な色、オレンジの地にほんのりと紅が浮き出て個性を主張しています。彼のスカシユリ同様、海岸の断崖に生える事が多く、写真撮影は苦労が多い花でもあるのです。でも手身近な所にもあるもので、これは堂ヶ島天窓洞遊歩道の近くの岩場に咲いていました。チョイと岩伝いに移動して難なくシャッターを切りました。

ワスレグサの仲間では花期が一番遅く、夏過ぎてから秋の開化となります。
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2011年09月29日

野の花126 ハマゴウ 伊豆黄金崎 2011.09.11

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ハマゴウ(浜栲、浜香、浜這)クマツヅラ科ハマゴウ属
一部は琵琶湖にもあると言われるハマゴウは、海浜特有の落葉灌木で主に暖地の砂浜に自生しています。その名・ハマゴウは独特の響きがありますが、そこに使われる漢字それ自体にも意味があり、中々興味深いものがあります。まず浜栲の栲(コウ)ですが、これは訓では“たえ”と言うそうで、木の繊維で作った衣を指すようです。例えば白い衣を白栲(しろたえ)と言うとか…。あの百人一首(万葉集・持統天皇)の“春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山”の白妙(しろたえ)は真っ白を意味すると言われますが、もしかしたらそれは白栲(白い衣)を指すのかも知れません。しかし浜栲から繊維が作られたかどうかは確証はありません。また浜香は、この花や枝葉に特有の芳香があり香の材料となったために…。そして浜這(這はコウとは読まず当て字)は砂浜を這って繁殖をする様を見立てて…。それぞれに然るべき漢字が当てはめられたのです。それにしても葉も花も美しい、見事な植物体ですね。



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2011年09月28日

今宵の宿 伊豆船原温泉秘湯を守る会会員旅館“うえだ” 2011.09.10~11

根が正直者の私は旅行でトラブルが絶えません。修善寺の駐車場でも料金の事で係の女性にイチャモンをつけ女性を困惑させました。そして今度は旅館で客の一人と詰まらぬ喧嘩をしたのです。何ね、沢山ある貸切風呂の順番取りで揉めたのです。相手が悪いのですよ。順番取りにもたついた私に「早くしろ!」などと偉そうに言うから…。「黙れ、大人しく待っていろ!」と大声を上げながら口汚く罵り合いました。妻とあちらの家族と係の女性はオロオロ。でもね、それでお終い、そんなの引きずるようでは男ではありません。さっとお開きにしてそれぞれで楽しむ事にしたのです。お風呂、それはそれは素晴らしかったのです。

大露天風呂 小露天風呂
大露天に小露天、それにジャグジーと男女の内湯、何とも贅沢な秘湯を守る会の会員旅館。これでお客7組限定なのですから温泉好きには笑いが止まりません(この日は3組)。内湯以外が全部貸切風呂になるのも肯けますよね。一組40分でそれぞれの貸切風呂を二回ずつ入れるので都合六回も入浴できるのです。ホントに凄いでしょ! でもね、はっきり言って、そのローテーションを守るのは至難の技でした。私はとうとう、ジャグジーは割愛してしまいました。番取りで喧嘩したのは何だったんだ! やっぱり馬鹿は……。勿論、私達は一人風呂でしたよ…フフフ…。

全て源泉かけ流し、泉質はアルカリ単純泉、この泉質は何度でも入れ、長湯もできます。でも流石の私でもチト入り過ぎ、少しのぼせました。

夕食の献立 朝食
食事も素晴らしかったです。夕餉は懐石風でしたので、写真は止めにして食べる事に専念しました。お造りと松茸、鮎にビーフシチューが気に入りました。特にお造りの鱸(スズキ)が素晴らしかった。新鮮、臭みなし、脂乗れども爽やか、白身魚最高。

朝餉も好きな物ばかり、甘い玉子焼きには陶酔を覚えました。
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日本の景色54 修禅寺奥の院 伊豆修善寺 2011.09.10

温泉街から修禅寺奥の院までは片道4キロの道程、本来だったら歩きたいところでしたが、高額の駐車料金に追い立てられ、車で向かいました。修善寺の一部の駐車場業者は何てえげつないのでしょう。これでは車での来訪者は落ち付いて観光ができません。そして観光客ばかりではありません。客の腰が定まらなければお土産屋を始め各業者の売り上げにも差し障りがでるのではないですか。只にしろとは言いませんがせめて一日500円がいいところではないですかね?一般的には…。私達も時間に余裕があればハリストス正教会や源範頼の墓も観たかったのですよ。まあ、恨み事はこれ位にして、奥の院周辺の素敵な風景を紹介致しましょう。

@石垣の棚田
石垣の棚田
東日本には石垣造りの棚田は少ないのだそうです。大抵は土手乃至コンクリートの土止め…。ここには少ないながら石垣の棚田がありました。これよりもう少し上り行けば奥の院に至ります。温泉街から奥の院までの道は全て棚田の中を通じており、黄金の稲穂が頭を垂れ、正に実りの秋の真只中にありました。

A道祖神
道祖神
棚田の土手の上にはさえの神・道祖神が建てられていました。恐らく、この先の奥の院への道標として役立ってきたのでしょう。何時終わる事なく悠久の時を超え静かに静かに…、この道端の神々は旅人・信者を見守ってきたのです。

B修禅寺奥の院
奥の院 
空海が修行のために滝行を行ったとされる場所。そもそもの修禅寺の起こりはこの奥の院からと伝えられています。嘗てはここに護摩堂なる建物があったそうです。今はその再興に官民揃って動いており、多額の寄進が寄せられているようです。駐車場脇の巨大な立て看板にはその寄進者(社)と金額がうやうやしくも列記されていました。
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2011年09月27日

野の花125イタドリの中のスカンポについての訂正

 スカンポを、ス=酸っぱい、カンポ=手折った際の歯切れのよい音、として記しましたが、本当は、スカンが酸っぱい、ポ(模)が手折った際の歯切れのよい音だそうです。ここに訂正いたします。 参考:広辞苑
posted by 三上和伸 at 07:51| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月26日

鎌倉漫歩5-1 鎌倉駅出発 2011.09.25 

妻は娘夏子のバロックダンス教室の御手伝い、依ってこの日の私は独り者、「独り遊びしても良いわよ」の妻の優しいお言葉…。「シメシメ、折角だから鎌倉漫歩でもしてきますか…」と一目散に支度して我が家を飛び出しました。

大船軒の立ち食いそば
昔、まだ独身で仕事も歩きで回っていた頃、よくこの立ち食い蕎麦のお世話になりました。大船軒、鯵の押し寿司や駅弁でお馴染みの弁当屋ですが、駅蕎麦もやっていたのでした。昼には未だ早かったのですが懐かしさも手伝い食べてみました。「美味しい、昔より美味しくなってる、駅蕎麦も過当競争だからかな?、美味しくなければ淘汰されるだけだものね」などと感慨に耽りながら美味しくかき揚げ天蕎麦を頂きました。

鎌倉駅西口
東口のイモ洗い混雑とは無縁の西口、でも人力車も客待ちをしていて、かなりの人出がありました。さあ、今日はここが出発点、一応、鎌倉大仏の高徳院を目指して気の向くままに、第一歩を踏み出しました。

伊豆旅行とごたまぜになりそうですが、並行して鎌倉漫歩5も記載して行きます。お楽しみに…。
posted by 三上和伸 at 23:30| 《漫ろ歩きの旅》漫歩シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花125 イタドリ 伊豆修善寺 2011.09.10

イタドリ
イタドリ(虎杖)別名:たじひ・さいたずま・すかんぽ タデ科タデ属
虎の杖と書いてイタドリと読ませる、それはこの草の根を天日干しにした民間薬を虎杖根(こじょうこん)と呼ぶところからきています。音の“イタドリ”はすり傷にこの草の葉を揉んで貼り、血止めと痛み止めをした事からの名付けと想われます。痛み取りでイタドリ…。

また若芽は山菜としても供され、西日本の地域では盛んに食べられているそうです。ただ、シュウ酸を多く含むようで、灰汁抜きが欠かせないようです。スカンポの別名の如く酸味があり美味しいそうです。 *スカンポ(酸模)の名は同じタデ科のスイバの別名でもあります。やはり酸っぱいのでこの名が付いたのです。スカン(酸)=酸っぱい、ポ(模)=茎を手折るとポ?と歯切れよく折れて鳴るそうです。

雌雄異株の大型の草で林の縁や道端などの日当たりのよい地に生えます。花期は夏から秋で美しい穂状の花を無数に咲かせ雄大です。生け花やフラワーアートの花材にもよく使われると、その道のプロの方から伺った事がありました。
posted by 三上和伸 at 22:32| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花124 オモダカ 修善寺 2011.09.10

デジカメの電池切れで、携帯カメラ使用に切り替えたので、写真は今一今二となりました。悪しからずご容赦くだされ…。

オモダカ
オモダカ(面高、沢潟)別名:はなぐわい、なまい、さんかくぐさ オモダカ科オモダカ属
葉と花が家紋の紋所に使われている知る人ぞ知る多年草。その理由は花も然る事ながら、その葉の美しい矢尻型の三角形にあり、武門の家紋に使われたのです。その紋所には“立沢潟”や抱沢潟の種類があり、幾人かの大名の名があがっています。

但し、農家にとっては田の厄介な雑草以外の何ものでもなく、この花を愛でるお百姓さんはそうそういないでしょう。でも、その風情は中々のもの、私はお百姓ではないので愛さずにはいられません。
posted by 三上和伸 at 11:12| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花123 ニラ 伊豆修善寺 2011.09.10

ニラ
ニラ(韮)別名:こみら・かみら・ふたもじ(女房詞)ユリ科(ネギ科)ネギ属
中国原産の野菜ですが、日本の野にも普通に見られます。自生かどうかは疑わしいとの事ですが、野生化しているのは間違いのないところです。小さい花が密集し鮮やかな白い花房となり、美しいものです。私は初秋の風物詩の一つとして嬉しく観て楽しんでいます。

 *女房詞(にょうぼうことば)
昔、宮中に務める女官が使った隠語、葱は“ひともじ”、韮は“ふたもじ”だそうです。
posted by 三上和伸 at 09:53| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月25日

伊豆漫歩2 修善寺界隈 2011.09.10

修善寺に到着し一時間520円の馬鹿高い駐車料に怒りながらも、私達は修善寺の界隈を漫ろ歩きました。歴史ある門前町にして温泉街の小さなこの街、多少の割愛は余儀なくされましたが、難なく見物を済ませました。ぐるっと順番に円を描いて一時間、ゆったり歩いて観て回りました。

@修禅寺
修禅寺
山号は福知山、創建は大同2年(807年)とされ、開基は空海(弘法大師)とされています。本尊は大日如来坐像で等身大の桧の寄木造り、目には水晶がはめ込まれ、漆箔が施されているそうです。近年、平安末期から鎌倉初期に活躍した仏師・実慶の作と断定され、国の重要文化財に指定されました。

A日枝神社(ひえじんじゃ)と境内の大杉
日枝神社 境内の大杉
弘法大師の建立と謂われる日枝神社、ここは修禅寺の鬼門の方角に当たり修禅寺の鎮守の役割を持たされた神社です。境内は大木巨木が何本も立ち並び壮観です。邪気を祓う守護木として修禅寺を守るために植えられたのでしょう。この大杉を始め、天然記念物の一位樫もあります。

B渡月橋
渡月橋
京都にある渡月橋とは比べものにならない可愛い橋ですが、これも渡月橋と呼ばれています。そう言えばこの橋が架かる川も京都と同じ桂川です。どうしてそうなったかは知る術が見当たらず分かりませんが、どちらかが真似をしたのでしょうね。まあ恐らく修禅寺の方が真似たのですね。可愛いものですが少々情けない…。

C指月殿(しげつでん)
指月殿
源頼朝亡き後、権力闘争に巻き込まれた頼朝の嫡男で二代将軍の頼家は母・政子を含む北条氏に謀られ、この地修善寺で殺されました。これに与した政子は深く悔い、この地に経を納めた経堂・指月殿を建立し、頼家の冥福を祈りました。頼朝の弟・範頼の事と言い嫡男・頼家の事と言い、この修善寺で源氏は愚かな血族の殺し合いをしたのです。北条氏はその後源氏に代わり政治を牛耳り、後世に北条時宗と言う元寇の傑物を世に送り込むのですが…、その血で血を洗う権力奪取の陰謀は余りにも汚らしい…。でも、鎌倉文化は北条氏の文化でもあるのですね…、特に時頼と時宗の…。

D独鈷の湯(とっこのゆ)
独鈷の湯
老人をいたわっていた孝行な子のために弘法大師がとっこ(密教に於ける仏具)で岩を割り、癒しの湯を湧出させてやったと言う伝説に基づいた温泉…。桂川の渓谷沿いに今は足湯となって保存されています。昔は入浴できたらしいのですが、現代の公衆衛生上では入浴は不可となっています。写真は湯の湧出がみられる湯舟の床の割れ目(穴)を写したもの…。この辺りからこんこんと湧き出ているそうです。




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食べ歩き・昼餉 港南台・大輪の蕎麦 2011.09.24

横浜港南台の大輪 桜海老搔き揚げ天ざる
アメリカの人工衛星は無事何処其処に落下したそうで、日本に落ちなくて良かったですね。昨日の亡き義父のお墓参りの際も、私は時偶天を仰いで見ていました。これは正しく中国のことわざ・杞憂そのもの、いらざる心配、取り越し苦労、他人には滑稽に見えるでしょうね。でもね、絶対の杞憂ではないのです。20兆分の1の確率はあるのですから…。不謹慎に面白がったりまた怖がったりしながらも注意している事は大事な生き方ですよ。安全安心に生きる、これこそ太古からの生き物の生き延びる原点です。

墓参の後は義母と義姉、それに妻と次女を交えて会食をしました。特段の評判を聞いてこの店を選んだのではなく、ただ通りすがりに「中々風情のある店だね」だとか、「きっと、美味しいかも?」などと言って通り過ぎていたのをこの日は通り過ぎず試してみました。当て感の試しは正解でした。腰のある更科の蕎麦、その喉越しはサラリとして澱みがなく、噛めば程良い弾力が心地よい…。香りもあり中々の逸品でした。搔き揚げ天はボリュームはあれど軽い揚げ上りで香ばしいものでした。大変気に入りました。隠れた名店といってよいでしょう。
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2011年09月24日

間奏曲480 20兆分の1の恐怖 2011.09.24

 今日、空からものが落ちて来るとの事。アメリカの人口衛星の残骸だそうで、日本への落下の可能性もあるとの事。嫌な事ですよね。すごいスピードで落ちて来るので、もし私に落ちて来たら避けようがありません。その確率は20兆分の1だとか…、でもだからと言って0ではないのです。私も気を付けますが、皆様も気を付けましょうね?。宇宙にはまだまだ沢山あるのだそうです。人間はつくづく馬鹿ですね。自らを自らで危険に晒すなんてね。私と同じ、馬鹿は死ななきゃ直らない…。
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2011年09月23日

私の歳時記 2011.09.23 今日は秋分の日

 今日はお彼岸の中日、暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもので、快適な墓参日和でした。私達家族も母を伴い我が三上家のお墓に参りました。花を飾り線香を焚き故人の冥福を祈りました。春の彼岸と異なるのは蚊(最低)に刺されるのとマンジュシャゲ(彼岸花、最高)が咲いている事。今日はカメラを忘れて出たので残念ながら写真は掲載できませんが、墓地には彼岸花が咲いていました。曼珠沙崋は梵語(manjusaka)、天上の赤い華の意。曼珠沙崋・赤華と訳すそうです。 参考:広辞苑

 墓参の後、今日はチョイと変わった食事のお店に立ち寄りました。横須賀市走水の渚の砂浜に位置する“かねよ食堂”なる超ワイルドなレストラン。元は漁師小屋であったそうです。カメラ無しで写真は掲載できませんが、是非紹介したい面白く美味しいお店でした。シラスのピザ(ふっくらでパリッ)やハヤシライスもイケましたが、何より秀逸なのが煮魚でした。絶品の汁で煮込んだ地魚、アイナメ、カサゴにキンメダイ、本物の煮魚の味わいがありました。私も夏さんもびっくり!
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間奏曲479 腰痛再発 2011.09.23

 一昨日の台風15号で我らが庭の桧葉(ヒバ・ヒノキアスナロ)が三本も倒れ、団地の中の歩道を塞ぎました。昨日最初に仕事に出た次女が見つけ、知らせを受けた私が見回ったところ、完全に歩道を塞いでおり、乗り越えなければ通行は不能でした。その時、一人の小学生の男の子が懸命に乗り越えようとしていて「これはいかん!」と私が倒木を道の脇に寄せようと踏ん張った途端、腰に違和感が奔り「あっ、痛てててて…」…。倒木は私の腕力ではビクともせず、この頑張りは私の腰に痛みを残しただけとなりました。それでも小学生だけは私が寄せて開いたた少しの隙間を伝い通り抜けられました。まあ、倒木は団地の管理組合がチェーンソーなどを使って処理したそうで、私の努力は骨折り損の腰痛儲けとなり終りを告げました。昨日一日辛い仕事になりました。今も立つ際に痛みが奔り、暫くは腰が伸びずに腰を曲げてしか歩けません。今後は様子をみて接骨院に行くか考えます。「トホホホ…」
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2011年09月21日

間奏曲478 雑記・娘へ 2011.09.21

 夏さん、ブログを見ました。あの携帯電話のストラップのボンボンの事、書いてありました。そんな雑貨見付け出すのが上手だね。可愛くて素敵だね。今度はいい生地を見付けてバロックダンスの衣装を新たに作りましょう、二つ三つ…。大変でしょうが、楽しみにしています。
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星空ウォッチング18 晴れました 2011.09.21

 驚きました。台風一過の星空が今観えています。まだかなり風は強いですが、これが吹き返しの風なのですね。台風自らが己の風で己の渦巻き雲を吹き飛ばしてしまっています。あれ程荒れ狂った台風が、正に台風一過とは今日の事を言い表したのですね。

 
 流石に下弦を過ぎた月は未だ出ていません。ですから星は一層明るくよく観えます。北天にカシオペア、北東にカペラ(ぎょしゃ座)、東にアルデバラン(おうし座)、東天高く木星、南天低くフォーマルハウト(みなみのうお座)、西には夏の大三角のデネブ(はくちょう座)、ベガ(こと座)、アルタイル(わし座)、そして中天にはペガススの大四辺形とアンドロメダ、素晴らしい…
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日本の景色53 修禅寺 2011.09.10

 先程は書き始めたばかりの修禅寺のページを誤って掲載してしまい、失礼しました。実は私の仕事が台風で中止になり暇ができたので、それではブログを書こうかと調べ物をしていたら「ご飯だよ!」の掛け声が…。それで慌てて“保存”のキーを押して部屋を出てしまい、それっきりになったのでした。食後も妻と長女・夏子(お弟子のレッスンに来訪中、でも午後のレッスンは全て中止だとか…)を交えての談笑で時間を潰してしまい、その内大荒れの天気に…。勤め先の幼稚園から帰宅しない次女が心配となり、皆して落ち着かなくなりながらもあーでもないこーでもない…、やがてやっと次女から電話が掛かり、車で迎えに行ったのでした。行きも帰りも大変な暴風雨の中、怖かったです。そしてその後、修禅寺を後に回して怖い台風15号のブログを書いた次第でした。

 さて、これからは修禅寺のページを書きます。あっ、今耳を澄ませば、先程までの暴風の咆哮は何処へやら…、秋の虫が一斉に鳴き始めています。美しい声…、平和が訪れました。これで秋の夜長、心落ち着けてブログが書けますね。

修禅寺
面白いですね、お寺は修禅寺、地名は修善寺。疑問に思いチト調べてみました。ところがこれが中々の難題、色々文献を当たったのですが見当たらず、「古い?ガイドブックなら出ているだろう」と鎌?をかけたらありました、実業之日本社刊のブルーガイド伊豆に確かに…。

それに依ると修禅寺はまたの名を桂谷山寺、創建当時は福知山修善万安禅寺であり、その名の中に修善と禅寺があるのが分かります。従って寺の名は修禅寺(しゅうぜんじとも読む)、地名は修善寺(しゅぜんじと読む)になったのだそうです。 参考:実業之日本社ブルーガイド伊豆

弘法大師が祖とも謂われていますが、それは伝説の域を出ないようで、普通には大師縁の寺と言われています。それは創建当時は弘法大師の真言宗であったためで、平安時代の古刹である事は疑いのない史実であるようです。しかし、鎌倉時代になると臨済宗の禅寺へと変わり、現在では禅宗の一派・曹洞宗の永平寺派に属しています。禅の道を修める寺、正に名は体を表す、いい名前が付いたのですね。

本尊は大日如来、この仏は太陽の光と熱を神格化したものだそうで、光は物事を正しく見極める知恵、熱は情(心)を意味するのだそうです。この本尊の大日如来は創建当時から現在まで変わらないそうです。 修禅寺御朱印の栞より

 
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間奏曲477 台風15号、やってきました 2011.09.21

 二百三十日(にひゃくみそか)と言う厄日はありませんが、今年の二百三十日(2011.09.21)はえらい厄日となりました。今、横浜地方も台風15号が猛威を奮っています。まるで大砲の弾丸のような風が私の部屋の窓を打ち付けています。地震のように部屋が揺れるのです。あの日(3月11日)の心臓が躍り出るような恐怖を再び感じています。ドーンと打ち付けると私の心臓がドキッ、ドーンでドキッ、本当に恐ろしい、『台風ってこんなに凄かったんだ、こんなに怖かったんだ』。改めて再確認の実感に突き付かされました。どうか皆様もお気お付けください。力を合わせてこの一時をやり過ごしましょう。明日はまた優しい太陽と風が私達を包んでくれます。
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2011年09月20日

間奏曲476 災害列島 2011.09.20

 またしても台風が襲いかかって来ています。今、外は土砂降りです。明日明後日の仕事や学校が心配ですね。どうしてもやらなければならない人は本当に大変です。さぞかし気が揉める事でしょう。私も心穏やかではありません。でもね無理は禁物、天災ですから成るようにしか成らないのです。駄目なら休みましょう。休めない人はどうか気を付けてお出掛けください。

 それにしても、地震、台風、熱中症と今年の日本列島は正に災害列島ですね。私は最近恐怖を感じているところです。多くの方々が亡くなられました。また死と隣り合わせに成られた方も多い事でしょう。どうか、勇気を持って前へ進んでください。きっとこの先、楽しい瞬間も沢山あるでしょう。私のモットーで恐縮ですが、希望を持って無理をせず、ゆっくり生き抜いて行きましょう。
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食べ歩き・昼餉 禅寺そば 修善寺禅風亭な❜番 2011.09.10

禅寺そば
店内を見渡せば取材に来た有名タレントやメディアの色紙が多く飾られ、ここが有名店である事を物語っていました。しかし、その色紙のサインの字面を見て何時も不思議に思うのですが、その色紙の主が誰某かはっきり認識出来るものは滅多にありません。まあサインは真似されては困るものですから、さっぱり分からないふうに書くのが肝要なのかも知れませんね。“知る人ぞ知る”で良いのでしょう? でも子供でも分かるように書けば自分をアピールできるのにね、勿体ない…。それでもあれこれ穿って詮索すれば、恥ずかしさや戸惑いでおちゃらかす素振りもあるようですね…。オー恥ずかし…

中々に仕掛けの多い凝った蕎麦でした。写真真ん中には葉付きの山葵の根、その手前にはおろし金、左奥が手打ちの蕎麦、その手前に薬味の入った小皿(上)と汁入れ猪口(下)、右奥のひょうたん型の容器には蕎麦汁(上段)、地の山菜(中段)、とろろ蕎麦(下段)、その手前は白ゴマ入りの小擂り鉢と山椒樹の擂り粉木。山葵をおろしたり、胡麻をすったり、容器のあちこちをいじり回し山菜食べたり、とろろ食べたりで結構忙しい蕎麦食いとなりました。でも美味しい…、山葵が最高!、とろろも旨い。
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2011年09月19日

食べ歩き・喫茶間食 「福太郎」餅 2011.09.10

福太郎餅
三嶋大社の名物餅「福太郎」は境内の茶屋で食べられます。お茶付きで出てくるので一寸した休憩には持って来いの食味です。ヨモギを練り込んだ餅に烏帽子の形に添えた餡、お田打ち祭の福太郎を模した餅ですが、歯応えのあるヨモギ餅で元気が出る事請け合いです。ヨモギが邪気を払い餅が生命力を宿すと言われる福を呼ぶ百薬の餅、従って縁起餅の福太郎と呼ばれているそうです。

 流石はお茶処と言われている静岡県の三島、美味しいお茶が頂けました。暑さの中人心地が付きました。

 *お田打祭
 三嶋大社では毎年一月七日に古代田祭(お田打)神事が行われています。この神事は平安時代に起こり、鎌倉時代に盛んに行われ、今に伝承されたものです。黒いお面をつけた婿の福太郎が、白いお面をつけた舅の徳長とともに、苗代所の選定からタネ蒔き、鳥追いなどの所作を狂言形式で行い、その年の五穀豊穣、天下泰平を祈るお祭りです。 (縁起餅福太郎の栞より)
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日本の景色52 三嶋大社 2011.09.10

 晴天の恵みを無駄にせず大観山で富士と芦ノ湖の大展望を楽しんだ後、私達は箱根峠より国道一号に合流し、一気に箱根山南東斜面を馳せ下って三嶋大社に到達しました。嘗てから訪ねたいと願っていた三嶋大社、そこはその願いに違わぬ美しい鎮守の森と清冽な富士の伏流水を湛える神池、そして豪壮な社殿が見事でした。源頼朝が源氏再興を期して旗揚をしたのがこの神社。この由緒ある歴史的神社は大山祇命(おおやまつみのみこと)と積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)の御二柱を三嶋大明神と称し御祭神としています。

 境内には御神木として、樹齢1200年の金木犀の巨木があります。国の天然記念物に指定されており、見事な薄黄色で咲くそうです。残念ながら、この日は未だ蕾もなく葉木星?のまま、九月下旬には観られるそうです。

 また、頼朝以来武門の信仰が厚く、毎年八月十七日には流鏑馬神事が行われるそうです。まあ、それは我が地方に近い鎌倉鶴岡八幡宮でも行われ、こちらは九月十六日だそうです。旧暦、新暦の混同がありますが、この日は頼朝の源氏再興の旗揚げの日に因んでんいるようです。

@手水舎 
手水舎
三島は名高い柿田川湧水などで知られる水の都。富士の伏流水が豊かに湧き出ています。この三嶋大社の境内にも引水されており、ふんだんに使われています。この手水舎の水も富士の伏流水で凄く冷たいのですよ。一服の清涼剤として役立っていました。暑かったので有難や有難や! そして結局それらの水は側溝を伝い神池に流入します。信仰の厚い手、その熱で温みを与えられた水は神池に棲む鯉を健やかに育てます。全く無駄がないのです。

A本殿
本殿
震災倒壊により、1866年に再建されました。三間社流造(柱が四本のながれづくり)で総欅素木(白木)造り(そうけやきしらきつくり)、本殿の手前に構える舞殿を含め国の重要文化財に指定されています。

B結婚式
結婚式
この日は友引、お目出度い日でここ三嶋大社も結婚式ラッシュでした。丁度式の最中に巡り合い美しい花嫁とその衣装の後姿が垣間見えました。巳子さんの装束も素敵でした。そして見渡すと境内にはもう式を済ませた新郎新婦とご家族が何組か屯し写真撮影が行われていました。正に人生の門出、その瞬間に居合わせた私は思わず「頑張れよ!」と内心で声掛けをしていました。いいですね、結婚式。

C厳島神社
厳島神社
神池の中に美しい朱塗りのお社がありました。何とも瀟洒な佇まい、見惚れてしまいました。それにこれまた朱色の欄干を持つ橋があり、渡ってみました。優雅な心持ちで参拝を済ませました。頼朝の妻の政子の建立であり、この夫婦のこの神社に寄せる信仰の深さに驚嘆を憶えました。
posted by 三上和伸 at 10:57| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月18日

間奏曲475 植村花菜のハウスシチューの歌、いいですね 2011.09.18

 植村花菜が歌うハウスシチューのCMソングがいいですね。伸びやかな歌声は気持ちよく、滑らかな歌い回しには仄々とした優しさがあり、私好みです。そして可愛いギターを持って歌うその愛らしいお姉さん振りのキャラクターが更にいいですね! 特に上顎の歯がやや不揃いで、外側に開いてのキュートな歌い振りは庶民性を感じさせ素敵です。陽性な女性の魅力が溢れていますね。私はぞっこんです。
posted by 三上和伸 at 15:04| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月16日

星空ウォッチング17 遂に寝待ち月まで 2011.09.15

 驚きました。十五夜の数日前から観え続けたお月さま、遂に寝待ち月(臥し待ち月)まで観えてしまいました。これは特別の事、この滅多にない観月日和?をもたらした晴天は、気の毒な熱中症患者を数多出させたしぶとい太平洋高気圧のお陰(所為)。私はこの観月(お月見)に歓喜しましたが、それはこの太平洋高気圧同様罪深い事、人の不幸の陰で喜ぶなんて不謹慎ですよね。反省してます。でも雨が落ちている横浜でも、雲の切れ間から木星を従えて煌々と輝く寝待ち月が、ああ、素晴らしい…。馬鹿は死ななきゃ直りません…。
posted by 三上和伸 at 23:12| 星空ウォッチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

星空ウォッチング16 木星、居待ち月に接近 2011.09.15

 大分、右の面が欠けてきた居待ち月、雲が前を流れて忙しないですが、かくれんぼをしつつも良く観えています。その東側には大きく照り映えた木星がかなり居待ち月に接近しています。二つを観比べ壮観です。また更にその木星の東には紅く瞬くおうし座のアルデバランが…。深夜にはもう、冬の星座までも観えるようになったのですね。星空ウォッチング、その楽しみは計り知れません。
posted by 三上和伸 at 23:59| 星空ウォッチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自然の風景40 芦ノ湖と富士 箱根大観山 2011.09.10

 伊豆の旅、本命にしていた地魚の宿は満室でアウト。仕方なく秘湯の温泉だけで選んだ宿は伊豆のど真ん中の山の中…。依って訪問ルートもあれこれ考え、一日目の立ち寄り先は三嶋大社と修善寺に決めました。東名ー小田原厚木道路を経て箱根新道に入り、渋滞なしの快適なドライブ、青空の下、鼻歌気分で運転してたら、妻がのたまいました。「そうだ、昔よく来た大観山(たいかんざん)に寄らない、富士山がよく観えるかもよ」と。「うん、そうだね、あわよくば南アルプス・赤石山系も拝めるかもね、行こう行こう」。私はハンドルを左に切り、ターンパイク大観山展望台に向かいました。

芦ノ湖と富士
大観山展望台は正に別天地でした。標高千メートル強、そこは最早秋でした。空気と風が素晴らしい、地には野菊(ノコンギク)が咲き乱れ、青空の下、富士山と芦ノ湖が見事に観えました。誠に爽やかな気分にさせて貰いました。但し、残念ながら南アルプス赤石山系は望めませんでした。条件が良ければ向かって富士の左の裾辺りに悪沢岳、荒川岳、赤石岳、聖岳が並んで観えます。雪を頂いている晩秋から春までがお勧めです。
posted by 三上和伸 at 22:59| 自然の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

星空ウォッチング15 月の出の時刻 2011.09.15

 今年の中秋の名月からの月の出の時刻とその推移を記してみます。新聞からの転載ですが、ご参考までにどうぞ…。 

 十五夜(17:29)ー28分ー十六夜(17:57)ー28分ー十七夜(立ち待ち月・18:25)ー30分ー十八夜(居待ち月・18:55)ー33分ー十九夜(寝待ち月・19:28)

 この時期の月の出の時刻の変化は緩やかで、毎夜30分前後の遅れとなっています。次第に時刻差は伸びるのですが、中秋の名月の頃の月の出は何方でも待つ事が出来る時間差となっています。寝待ち月にしても高々19:25ですものね、これでは子供の寝る時間ですよね…。まあ、昔の人は健康的だったのですね。
posted by 三上和伸 at 08:35| 星空ウォッチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月14日

星空ウォッチング14 立ち待ちの月 2011.09.14

 十五夜・十六夜と続けば今夜は十七夜、この夜の月は立ち待ちの月と呼ばれています。月の出も少し遅くなりはしましたが、まだ宵の口には昇るので、立って待っていられると言う事で立ち待ち月、上手い事言い表わしますね。古人の感性は繊細ながら堂に入っていて肯けます。

 真円だった月もやや右肩が欠け始めて今夜は限りなく円に近い楕円になっています。明日が十八夜で居待ち月、明後日は十九夜で寝待ち月と続き、最早寝て待つまでになるのですね。まあ、昔は早寝ですが…。さらに二十三夜になれば下弦の半月、半分になってしまうのですね。月の出も真夜中になり、もうこの月を待つ人もいなくなるのです。可哀想な境遇のお月さま…、同情します。でも下弦の月、中々神秘的でいいものですよ。

 余録:東天の木星と南天のみなみのうお座のフォーマルハウトが素晴らしい、ぺガススは月が明るいので見え難い…、もう深夜の天空は秋の星座の真っ只中にあります。

 追伸:伊豆旅行の模様は明日以降に書きます。
posted by 三上和伸 at 23:29| 星空ウォッチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲474 十六夜の語源 2011.09.14

 昨夜は十六夜の月、それは見事な美しい月でしたね。正に底光りがしていて圧倒的でした。

 ところで昨夜のブログではいざよい(いさよい・十六夜)の語源について触れるのを怠っていました。折角、調べたのに書き忘れてしまったのでした。遅かりし…ですが、ここで改めてお知らせします。

 いざよい(いさよい・名詞)いざよう(いさよう・動詞)は、ためらい、躊躇するの意味があるようです。十六夜の月は十五夜の月より時間的にやや遅い月の出であるため、月の出を待ち侘びている昔人には出るのをためらっているように見えたのだそうです。よって十六日の月はいざよい(ためらい)の月と呼ばれるに至ったのです。いざよい、ためらい、昔人は何と優しく、何と素敵な美意識を持っていたのでしょうか…。私は感動してしまいました。
posted by 三上和伸 at 09:15| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

私の歳時記 2011.09.13 十六夜の月

 ここのところ毎夜、素晴らしい月夜です。今夜は十六夜の月、昨夜の中秋の名月を凌ぐほどの圧倒的な輝きを魅せています。ほんに鮮やかな月で観る者を幸せにしてくれます。

 十六夜、何てロマンティックな響きなのでしょう。そう言えば鎌倉時代の旅日記に“十六夜日記”なる書物がありますね。阿仏尼と言う尼さんが息子(冷泉家の祖)の遺産相続の訴訟を起こすために京都から鎌倉へ旅した紀行文だとか…。その素敵な十六夜の名付けが一寸変わっていて面白い?のです。それは何とその旅立ちの日が十月の十六日だったからだとか…。先程調べて呆気に取られたり感心したりで、内心良い調べ物をしたとほくそ笑んだのでした。皆様にもお知らせできますものね。

阿仏尼の墓 
阿仏尼の墓 撮影:2011.09.25
 この阿仏尼さんのお墓(供養塔)が鎌倉にあります。鎌倉駅西口(江の電側)から横須賀線沿いに北へ歩いて15分程の英勝寺先の崖下の洞にあります。比較的見つけ易いですが、その墓が余りに小さく粗末なので驚かれる人も多い事でしょう。でも、そのひっそりと奥床しい佇まいが私は好きですね。

 
posted by 三上和伸 at 23:57| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月12日

私の歳時記 2011.09.12 今夜は十五夜

 今日は陰暦の八月十五日、十五夜の望(ぼう)で中秋の名月が高く南天に昇っています。ただ南から雲が次々と湧き出しているので、出たり入ったりを繰り返しチョイと忙しない観月となりました。それでも隠れたかと想えば急に顔を覗かせ煌々と輝き出し、変化に富んだ楽しいお月見となりました。さらに東天には木星も昇ってきましたしね。…あっ否、もはや今雲は消え、何一つ陰りのない、完全無欠の満月になりました。素晴らしい…。

 陰暦(旧暦)で言う秋とは七・八・九月の事…。その最中(もなか・ど真ん中)が八月十五日…。因ってこの月は中秋の名月と称され、丁度収穫の時期にも当たり、収穫月とも呼ばれています。この十五夜の月は殊の外お目出度い大切な月なのです。だから月下に薄(魔除け)を飾り、その傍に芋・栗・豆・月見団子を盛り、人々は収穫に感謝して月を愛でるのです。収穫が多ければ多い程、お百姓は幸せな月見ができた筈です。されど不幸にして少なくても、一心腐乱に感謝して来年の豊作を願ったのでしょう…、私にはそう思えて仕方がありません、それ程素敵な習慣なのですから…。私もそれに倣い感謝を籠めて月を愛でると致しましょう…。明日が良い日であるように…。
posted by 三上和伸 at 22:32| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月11日

日本の景色51 石垣の棚田 修善寺 2011.09.10

石垣の棚田
暑い土日でしたね。私達は汗まみれになりながら伊豆の旅を楽しみました。様々な目的を持った旅でしたが、今思えば、何よりも石垣の棚田の風景が素晴らしかったです。豊かな稲穂が頭を垂れ、刈り取りを待つだけでした。

取り敢えず、帰宅の報告を致します。只今帰りました。
posted by 三上和伸 at 23:53| 日本の景色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月10日

間奏曲473 伊豆の温泉に行って来ます 2011.09.10~11

 たった今起きました。これから一泊で伊豆の温泉に行ってきます。夏の天候が悪かったので今のこの時期に計画を立てました。今日明日はまずまずの行楽日和になりましたからね。行き先の温泉は伊豆は伊豆でも海の汀ではなく山の温泉…、静寂に包まれた山の中、船原温泉と言う比較的マイナーな温泉です。でも、日本秘湯を守る会会員の温泉旅館です。泉質など詳しい内容は分からないのですが楽しみです。修善寺散歩や西海岸探索も合わせて楽しむ予定です。土産話のご報告は明日以降のブログで…。行って来ます。
posted by 三上和伸 at 06:41| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月09日

音楽の話52 N響アワー、フォーレのレクイエムを視聴して 2011.09.04放送分

 地デジ化で自分のテレビが観られなくなってからN響アワーを楽しめず、ブログにもその話題が載せられなくなりました。でも今回のフォーレ・レクイエムは何としても視聴したく思い、次女に頼んで録画をして貰いました。ところがその録画したものを観るのにタイミングが合わず中々観られませんでした。テレビ鑑賞の時間は家族誰でも大体同じ夜の時間帯なのでチャンネル権のない私はビデオはあっても観られなかったのです。ウォーキングの時間を削れば何とかなったのですが…、そうもいかず…。それでも昨日、一昨日、先一昨日と細切れですが何とか観る事ができました。そこでその感想を今夜述べたいと思います。

 まずは素晴らしい演奏、感動しました。入祭唱が響くや否や私は南フランスの片田舎の教会に連れ去られました。暗い聖堂に一条の光が差したようにレクイエムの奉献唱(第二曲)は響き渡ります。柔らかくくぐもった音色、バリトンの独唱でさえ柔らかい…、しかしそれは決して混沌と濁っているのではなく透明です。何とも矛盾した言い方になってしまいますが、それ程柔らかく繊細な響きなのです。「聖なるかな」と歌い出されるサンクストゥス(第三曲)、これほど憧れに満ちたフランス音楽が他にあるでしょうか?、ハープの伴奏と弱音器を付けたヴァイオリンが本当に美しい…、夢心地のようです。全曲の白眉、ソプラノ独唱を持ったピエ・イエズス(第四曲)、フォーレの音楽家としての最高のアイデアが迸り出た曲、私は聖母マリア様が歌ってくれているように錯覚しました。哀悼の音楽なのに、私は罰当たりにも幸せ(法悦)を感じてしまいました。永遠の安息を願うアニュス・デイ「神の子羊」(第五曲)とリベラ・メの「我を解き放ちたまえ」(第六曲)、死に行く人間の願望と見送る人の哀惜、それが相俟ってこの音楽としては人間的な色彩を帯びます。生けるもの全てへの共感と憐憫が感じられました。そして最期は天国にて(第七曲)、天使が死者の霊を天国に導きます。優しいフォ−レの優しい音楽、決してがなりたてる事のない静かで奥床しい風情、知性と気品に溢れています。それは受けよう売ろうと言う下心のない精神、そんな清潔な音楽がこの世に存在する事を知るのも大切な経験です。

 最後に、作曲が仕事の解説者はいみじくもこう述べました。「フォーレは誰のためにレクイエムを作曲したのか? それは自分のためである」と。「自分に書いたから、このような素晴らしい曲が書けたのだ」と。正にその通りでしょう。その創作の手前に捧げるべき人がいて、その創作の先に聴衆がいるのです。その作曲の動機は父や母の死でしょう。しかし、自分が好み愛せる自分が聴きたい音楽を書いたのです。偉大な創作家にはそれしかないのです。解説者はそれを骨の髄まで知り尽くしているのです。司会の女子アナは分からないようでしたが…。
posted by 三上和伸 at 22:42| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

私の歳時記 2011.09.08 今日は白露

 今日は二十四節気の一つの白露、太陽の黄経が165度の時、正確な時刻を言えば2011.09.08 08:34でした。白露とは秋の陰の気が積もって露を結ぶと言う意味だそうです。もう朝晩は冷気が降り秋の虫が透明な響きを奏でています。今、こうしてブログを書いていますが、落ち着いた静けさに包まれ、深々と秋の夜は更けていくようです。何となく侘しさの中にも幸せがあり、私に優しく微笑みかけてきます…。
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2011年09月07日

野の花122 キハギ 鎌倉十二所 2011.09.06

キハギ
キハギ(木萩)マメ科ハギ属
またしても、この十二所で想いも掛けなかった花に出会えました。それは萩は萩でも木萩、この紫とアイボリーホワイトの色模様は如何でしょうか? これが野生とは正に驚きであり、何とも美しいものですよね。この日一番の、否否、唐橋ユミさんのグラビアと同格の愛しい美がありました。味わい尽きせぬ…この世の美の何と多い事か!…、私の希望は益々無限大に…!
posted by 三上和伸 at 23:00| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野の花121 ヒヨドリバナ 鎌倉十二所 2011.09.06

ヒヨドリバナ
ヒヨドリバナ(鵯花)別名:山蘭 キク科フジバカマ属
中国原産の紫色のフジバカマによく似ますが、こちらヒヨドリバナはより白が勝る花のようです。奈良時代に日本へ帰化したフジバカマですが、今や自然界では絶滅危惧種だそうで、残念ながら私は過去に野でフジバカマを見付けた事はありません。その代わり、このヒヨドリバナは数は少ないながら近隣の山野でも時々見掛けます。鎌倉十二所の谷はやはり野花の絶えない別天地です。何時訪ねても、何らかの愛らしい憧れの対象に出会えます。ほんの僅かの昼休みの時間に、幾つかの野の花が簡単に観られました。
posted by 三上和伸 at 22:04| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月06日

間奏曲472 サンデーモーニングの恋人、ブレイク 2011.09.06

 以前に何回かご紹介した私のアイドル、日曜の朝に逢瀬を重ねた私の大好きな唐橋ユミさんが今ブレイクしています。きっかけは勿論、サンデーモーニング・スポーツコーナーのキャスター振りですが、もう一つラジオ文化放送の震災に纏わる人間性溢れる放送の評判の良さからでした。声が美しいですしね…。

 とうとう、昨日発売された週刊ポスト誌の表紙を飾り、巻末では数ページに及ぶグラビア写真が掲載されました。私も先ほど購入し今までうっとりと酔い痴れて眺めていました。三枚の写真を切り取り、写真立てに入れ机に飾りました。眼鏡を掛けた着物姿を一枚、眼鏡を外して優しく微笑んだものを二枚飾りました、ああ、私の大和撫子…美しい…私は幸せでした。

 でももう、こんなにブレイクして有名になって仕舞い、私の元から離れたみたいで、何だか嬉しいような寂しいような、複雑な心境です。露出が増え、沢山逢えるのは嬉しいですけどね…。土曜日にはNHKにも出ていますしね…。
posted by 三上和伸 at 23:52| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月05日

食べ歩き・昼餉 馬車道十番館 2011.09.04

義姉夫婦(夫婦とも同い年、私より年少)の還暦祝いにガス灯で名高い馬車道にある十番館でランチを頂きました。お祝いの席を設けるに当たって、遠慮深いこの夫婦はランチで良いと言うので、比較的安価に済み私としても大助かり?でありました。しかしランチと言えども味はディナーと同じ、とても美味しい気の利いた料理でした。

@馬車道十番館
馬車道十番館
馬車道十番館の玄関口、赤レンガ造りのレトロな落ち着いた店です。店の前にはこれまたレトロな電話ボックスあり、昔懐かしい公衆電話の文字が…。思わず文明開化のあの頃にタイムスリップしてしまいそうになりました。否、私は既にあの時代の客となり、気取って雲の上?を進むように指定席まで歩みました。

馬車道十番館は馬車道大通りを北(北西)へ一辻入った六道の辻通りにあります。斜向かいには豚カツの名店・勝烈庵馬車道総本店があります。この辺り、日本の食文化の西洋化の一つの先駆けとなった所なのです。

馬車道とは?=開港時の交通は牛馬が主であり、生糸検査所辺りから外国人を乗せた馬車や荷馬車が頻繁にこの道を通った事に依り命名されたのだそうです。

六道の辻通りの六道(ろくどう)とは?=あらゆる人々(生物)が善悪の業によって至る六種の迷界の事。即ち、@地獄(現世の悪行の報いを受ける所、閻魔と鬼が罪人を呵責する)、A餓鬼(飢え渇きに苦しむ…)、B畜生(人に養われるもの、禽獣、虫魚の棲む所)、C修羅(闘争心の盛んな鬼のいる所)、D人間(人の世界、善人の行く所)、E天上(天上にある世界、最上の善を施した者の行く所)で、どの迷界に行くかはその人の業次第…。  参考:広辞苑

A十番館前にある牛馬飲水槽
牛馬飲水槽
現在は馬車道十番館の前に設置されていますが、これは大正六年に磯子区の八幡橋付近で設けられたもの、当時は生糸検査所(馬車道の直ぐ北にある)や高島町及び久保山ガード付近にも設置され、牛馬の休憩所の役目を果たしていたそうです。

Bエンブレム入りグラス
十番館のグラス
ガス灯のエンブレムの透かし模様が入ったグラス、素敵でした。

C開化ステーキ(看板料理)
開化ステーキ
私の注文の品・開化ステーキランチの醤油風味の和風ステーキ、長崎県産の黒毛和牛のヒレ肉を使用しているそうで柔らかく濃い味の私好みのステーキでした。焼き方はウェルダンで、血生臭いのが苦手な私の最良な焼き具合でした。肉は良く焼けてなければ美味しくないのです。生肉、大っ嫌い!!

D義姉のデザート
バースデイデザート
義姉のためにシェフがわざわざ作ってくれたデザート、義姉の顔が柔らかく崩れました。仄々とした時が過ぎ行きました。会話も途切れることなく盛況でした。

posted by 三上和伸 at 23:23| 今宵の宿・食べ歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月04日

野の花120 雑草と呼ばないで・晩夏A アキエノコログサ、アキメヒシバ、シマスズメノヒエ、カヤツリグサ

前回の雑草と呼ばないで・晩夏@では雑草でも花弁のある花らしい花・虫媒花を紹介しましたが、今回は花弁のない花らしくない穂を形成する風媒花をご紹介します。風媒花の美しさの本領は長い花茎の先に揺れる花穂、その風になびく風雅こそが持ち味と言えます。以下はイネ科とカヤツリグサ科の草々であり、晩夏の野を埋め尽くす絶対的な雑草です。

アキエノコログサ
アキエノコログサ(秋狗尾草・子犬の尻尾の草の意)別名・ネコジャラシ イネ科エノコログサ属
ネコジャラシと呼ばれ親しまれているエノコログサは数種類あり、写真に観られるように花穂が大きく重いが故に深く垂れる種をアキエノコログサと定めています。風に揺れる風情はそこはかとなく秋を感じさせ、美しさを魅せてくれます。猫をじゃらすや子犬の尻尾に纏わるコミカルな要素とは別の意味の確かな美意識も感じられる草です。
 
アキメヒシバ シマスズメノヒエ 
アキメヒシバ               シマスズメノヒエ
アキメヒシバ(秋雌日芝)イネ科メヒシバ属
この時期、最も空き地や芝地に蔓延するのがこのアキメヒシバ、その繁殖力は尋常ではありません。私が造っている庭も一寸油断をすれば、あっと言う間にこの草で占領されてしまいます。素朴な穂を付け可愛いですが、園芸愛好家には大敵の一年草です。

シマスズメノヒエ(縞雀の稗)イネ科スズメノヒエ属
少数派ですが、アキメヒシバの傍に確実に存在していました。南アメリカ原産の帰化植物ですが本来は牧草として栽培されているそうです。まあ、日本に帰化しているイネ科やマメ科の草はこのように牧場から逃げ出した牧草が多く、都会では昆虫以外天敵はなく、故に蔓延っているのでしょう。

カヤツリグサ
カヤツリグサ(蚊屋吊り草)別名・マスクサ(枡草)カヤツリグサ科カヤツリグサ属
節の無い花茎を子供が割いて枡形(四角形)の蚊帳に見立てて遊ぶ様子から蚊屋吊り草の名が起こりました。何とも仄々としたお伽噺のような経緯、昔の子供の姿、在り様が偲ばれる素朴ないい話です。
posted by 三上和伸 at 22:21| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月03日

野の花119 雑草と呼ばないで・晩夏@ ワルナスビ、シロツメクサ、ヒメジョオン 2011.09.02

雑草と言う事で一部のファンにしか愛されない花達ですが、よく観ると中々美しい顔をしています。特に虫メガネや拡大機能を使えば別世界の花の造作が観えてきます。一見で見過ごさずに今一つ進んで愛でてやるのが雑草と付き合うコツです。是非皆様も虫眼鏡ご持参で野に出てみてください。新世界が貴方を待っています。
ワルナスビ
ワルナスビ(悪茄子)別名・オニナスビ(鬼茄子)ナス科ナス属
淡紫色の茄子によく似た花を咲かせます。道端にあり、中々美しいので目に付き易い花でもあります。しかしそれに惑わされ迂闊に触ると茎や葉にある鋭い棘に刺され、痛い目に遭う事があります。その棘により悪茄子とか鬼茄子と呼ばれこの草は一寸損をしています。その淡紫は目に涼しいもので、夏の暑さを和らげてくれるのですが…。北アメリカ原産の帰化植物です。

シロツメクサ
シロツメクサ(白爪草)マメ科シャジクソウ属
ヨーロッパ、北アフリカ原産の帰化植物、初めは牧草として輸入されたそうです。現代ではグランドカバーとして利用され、タネも大量に売られています。本来は斑紋のある三つ葉ですが、稀に四つ葉も出現し、幸運の四つ葉のクローバーとして珍重されています。花は多数が密生して頭状に集まり賑やかに観えて来ます。この時こそ虫眼鏡の出番です。よく観れば、花の蝶形がはっきりと認識されます。

ヒメジョオン
ヒメジョオン(姫女苑?)キク科ムカシヨモギ属
北アメリカ原産の1〜2年草、明治の初めに帰化をしました。近似種にハルジオンがありますが、ハルジオンは名の如く春だけの花、ヒメジョオンは花期が長く、初夏から秋まで咲き通します。よく観れば、それなりに可愛く美しいのが雑草の雑草たる所以でしょうか? 愛すべき雑草です。
posted by 三上和伸 at 23:59| 野の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

街の花5 晩夏の花 キョウチクトウ、サルスベリ、ダイアンサス 2011.09.03

 夏の終わりに咲いている花は以外に少なく、数えるほどしかありません。まあ、サルビアやペチュニア等の定番のタネ蒔き一年草は多々ありますが、それは季節を代表するものではないと私は思っています。たとえ人に植えられたものであっても、人に阿ず季節が来れば自然と咲き出し観る者に季節を感じさせてくれる、そんな花が私は好きです。

 晩夏に一際目を引く花はキョウチクトウにサルスベリ、他にはフヨウやムクゲ等がありますね。ここでは過去に紹介した事のないキョウチクトウとサルスベリ、そして西洋撫子のダイアンサスを取り上げました。

キョウチクトウ サルスベリ 
キョウチクトウ           サルスベリ
ダイアンサス
ダイアンサス
             

@キョウチクトウ(夾竹桃) キョウチクトウ科キョウチクトウ属          
インド原産の常緑樹、江戸中期に渡来しました。極めて強権な植物で公害や大気汚染に耐えられると言う事で、庭木や街路樹の外に工業団地の敷地内にも多く植えられています。少々植えられ過ぎの観は否めませんが、ピンクに白や黄色とその美しさはやはり侮りがたく、青空に映える様は夏の風物として大きな存在価値を誇示しています。名う手?の有毒植物で、樹液に触れたり、茎葉を燃やしたりしない方が無難です。皮膚の爛れや煙り吸引による肺疾患心疾患が懸念されます。強心剤の原料にされるくらいですから、その毒性は半端ではないのです。

Aサルスベリ(百日紅、ヒャクジッコウ) ミソハギ科サルスベリ属 
中国南部原産の落葉小高木、日本には江戸期以前の渡来と言われています。長い間のお馴染みの花木、もうすっかり日本の木として認知されています。見事な花序の麗しい花、晩夏を彩る名木ですが、その花の美しさも然る事ながらそれを支える幹の美しさこそがこの木の本領、剥げ落ちた白褐色の滑らかな樹皮を猿も木から滑り落ちると喩えた命名こそが、見事にそれを象徴しています。

小さな恋の物語のチッチ(作者・みつはしちかこ)もこのサルスベリの花を愛していました。「サルスベリさんの花のお洒落なフリフリが可愛くて大好き!」と申しておりました。
         

Bダイアンサス ナデシコ科ナデシコ属
日本には名花・河原(大和)撫子があり、日本のナデシコが一番美しいと主張する私の思い込みは病膏肓に入るで呆れられていますが、世界に目を開いて観れば世界には多くのナデシコが存在し(約300種)、妍を競っているのです。ダイアンサス(Dianthus)とはナデシコ科ナデシコ属の学名(ラテン語)、日本では主に外来の園芸ナデシコ類の総称に使われています。この写真のダイアンサスも恐らく個別の園芸品種名はあるかも知れません。でも、ダイアンサスと呼ぶのが無難と言うものでしょう。一々誰それが名付けた品種名なんぞ、そんなに細かく憶え認識するのは無理ですものね…。近年は益々記憶がおぼつかなくなりましたし…。
posted by 三上和伸 at 16:14| 街の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月02日

間奏曲471 富士山・鎌倉、世界遺産に推薦内定 2011.09.02

 今朝の朝日新聞社会面のキーンさんの紙面の裏側には、富士山と鎌倉の世界遺産推薦内定の話題も載っていました。
 漸くと言って良いかも知れません。美しく親しみ深い日本一の山・富士山と、もののふの燻し銀の都・鎌倉、遅かりし由良之助ですがまだ間に合うでしょう。大分壊されてしまいましたが滅茶苦茶に破壊される前に何よりも世界遺産の縛りが必用です…。まだまだ登録までハードルは高いでしょうが、何としても世界遺産に登録されて永遠の命を…。私は授けて欲しいと願っています。
posted by 三上和伸 at 23:17| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲470 東北にも奇跡は起こる ドナルド・キーン 2011.09.02

 今朝の朝日新聞社会面に米コロンビア大学名誉教授で日本文学研究家のドナルド・キーンさん来日の記事が載せられていました。

 89歳にして強い勉学精神を持たれておられるキーンさん。昨日、愛する日本に永住するため日本国籍取得申請に来られた際に「国籍を取得するとなると、今まで余り読んでこなかった日本の政治や経済についても、詳しく知る必要がある」と語られたそうです。何と言う知力、何と言う情熱、何と言う知識欲、人間幾つになっても学ぶ精神(使命感)を持つ事が大事と、私は感心し心動かされました。勿論、私などキーンさんの足下にも及びませんが、その情熱と精神は真似したいと思いました。死ぬ間際までキーンさんのように強い勉学精神を持ちたいと思いました。

 報道陣から東日本大震災について質問されると「希望があれば乗り越えることができる。終戦直後、私が訪れた東京は煙突しか残っていない街だったが、立派な都会になった。東北にも奇跡は起こる」と言われたそうです。希望、正にそうですね。キリスト教の教えの愛、希望、信仰の内の一つの希望、希望こそ未来に繋がる教え(想い、思想)ですものね。ありがとうございます、キーンさん。
posted by 三上和伸 at 21:12| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

私の歳時記 2011.09.01 二百十日

 今日が立春から数えて二百十日目、この日から二百二十日に掛けては日本に野分(台風)が一番襲う頃、丁度中手の稲の開花期に当たり、二百十日はお百姓には厄日とされているのです。まあ、お百姓だけでなく私達にとっても安全上余り嬉しい日ではありませんね。関東大震災(大正12年9月1日午前11時58分)の起きた日であり今はそれを記念し防災の日となっています。生憎、今年はこの厄日通りの台風12号が現れ虎視耽耽と日本列島を窺っています。明日明後日には上陸の可能性大とか、気を付けましょうね。では皆様、ご無事を祈ります。お健やかにお休みなさい。

 参考:広辞苑
posted by 三上和伸 at 23:51| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲469 台風の予兆・不快な空気 2011.09.01

今日は二百十日、今年の二百十日は判で押したかのように台風がやって来ています。その余波か今朝はもの凄い湿気と暑さが覆い被さり、自然と汗が滲んできます。嫌な空気ですね…。台風と熱中症にお気を付けください。

 今日は仕事で明日からは台風休みです。では行って来ます。
posted by 三上和伸 at 09:41| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする