2012年04月30日

食べ歩き・昼餉 満福寺・茶房・義経庵のシラス丼 2012.04.29

 源義経と武蔵坊弁慶に縁のある龍護山満福寺。この寺の前景は勿論相模湾の海ですが、何とその間には江ノ電の線路が割り込んでおり、満福寺を訪ねるには踏切を渡る事になります。鎌倉の寺は以前に紹介した横須賀線が境内を走る円覚寺を始め、面白い立地の寺が多いようです。狭苦しいと言えば狭苦しいですが、江ノ電ならではの風情があり、こんな新旧の混合はいいですね。

 *シラス丼
義経庵のシラス丼
満福寺は宿坊も兼ねているので、食事を提供するのはお手の物…。今流行りのシラス丼も食べられます。出される料理には一般的な釜揚げのシラスを使うので、生のシラスが所望の方々には不向きな店です。この日も、それとは知らぬ客が現われ、がっかりして帰って行きました。私なんぞは、生より火の通った魚介が好きなので、何でそんなに生に拘るのか気が知れません。火を通せば味が濃くなり(アミノ酸の数値が上がる)旨味が増すのです。シラスは釜揚げに限ります。但し、シラスのかき揚げは食べたかった…。それが食べられる料理屋は長蛇の列…。腰越の“かぎ屋”や“しらすや”、江の島の“とびっちょ”などは下手すりゃ数時間待ち…。これでは食べに来ただけで観光はできません。だから私達は直ぐに食べられる義経庵にしたのです。しかし、馬鹿にしてはいけませんよ。ここの釜揚げシラスのシラス丼、ホントに美味しいんだから!! しかも付いてる味噌汁が更に美味しい! 是非、何時かはご賞味あれ!

因みに、週末の昼時には、音楽家の石井秀憲氏が電子ピアノの生演奏をしています、凄いでしょ。曲目は彼自身のオリジナル曲で、中々秀逸な曲想をもっています。優しく撫でるような柔らかなタッチの響きは耳に心地よく、食事をより豊かにしてくれます。
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2012年04月29日

鎌倉漫歩6 江ノ電に乗って 江ノ電の電車 2012.04.29 

江ノ電 江ノ電 江ノ電
鎌倉、江の島(江ノ島)、藤沢の旅と言えば、江ノ電…。横須賀線も馴染み深いですが、やっぱり!、江ノ電ですね。ごっとんごっとんとのんびり走る電車、人家の軒先や一部路面を走ったり、海の直ぐ横を走ったりで、意外性と驚きの楽しみ一杯の路線です。連休二日目の今日は好天に恵まれ、私の旅心が疼き、妻を誘って鎌倉湘南の江ノ電の旅に出ました。

江ノ電の車両は新旧色取り取りで可愛く、ホントに眺めて楽しい電車です。これに匹敵する首都圏の私鉄では他に、都電荒川線や東急世田谷線、そして京急の赤い電車があるだけです。誠に鉄道少年の夢を乗せて走ってくれています。大好き!感謝!

追伸:明日は満福寺の茶房・義経庵で食べた“しらす丼”を紹介します。
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庭の花124 ヤブレガサ 2012.04.25

ヤブレガサ
ヤブレガサ(破れ傘《笠》)キク科ヤブレガサ属
今年もまた、この草の名の起こりとなった芽出しの“破れ傘”姿を捉える事に、失敗しました。残念ですが、気付いた時にはもう既に半開きの破れた傘状態からは脱しており、葉を広げてしまいました。それでも、その葉の伸びやかな開き具合が素晴らしく、ここにブログの一ページを割かせて頂きました。半開きの芽出しの姿はもっと漫画チックで風情があり、可愛らしいのですが…、それでも素敵でしょ、この草…。お目当てのその姿は、また鬼を喜ばせてしまいますが、来年にネ…。

普通この草はコナラやクヌギの林の下に生え、地味な花を咲かせます。まあ、一般的には花より芽出しの葉を観るためだけに庭に植えるのであり、私もその例に漏れません。特筆すべきは双子葉植物でありながら、例外的に子葉が一枚な事です。地球生物の神秘の一面が、この草に垣間見る事ができます。

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2012年04月28日

野の花132 雑草と呼ばないで・春・スズメノエンドウ 2012.04.25

スズメノエンドウ
スズメノエンドウ(雀の豌豆) マメ科ソラマメ属
花は極小で、しかも疎ら(まばら)に付きます。同属のナンテンハギやクサフジの華やかさにはとても敵いません。近似種のカラスノエンドウに比べても、名は体を表すで、カラスよりも尚小さいスズメなのです。誠にもって貧弱な花と言えなくはありません。しかしそれでも、優しく虫眼鏡で見れば、何を隠そう、鮮やかで立派なマメ科の花が見えてきます。どんな花でも偏見なく公平に観れば、そこには力強い生命の輝きがあります。人間は優しく素直にしかも理知的に、命を見詰めたいものですね。きっとそこには、人間の生きるヒントが観えています。小さく目立たなくてもきちんと形を成して生きてゆく、何か示唆に満ちているように感じます。
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生き物大好き25 今年は我が庭にウグイス(鶯)来ず、残念で悲しい… 2012.04.28

 ここのところ数日の朝は、小鳥たちも数多来て、我が庭でも忙しなく囀り(さえずり)を交わすようになりました。今朝のこの時間は、シジュウカラ(四十雀)が殊の外頻繁に、また執拗に、されど愛らしく囀っています。

 今年は、例年になく冬が厳しかった所為か、野鳥たちの活動が停滞気味でした。春の早い内で目立ったのはカラスやヒヨドリばかりで、極めて寂しいものがありました。それでも漸くメジロやシジュウカラは戻ったのですが、どうもウグイスだけは声が聴こえてきません。毎日出掛ける仕事先の何処の町でも、ウグイスの声を聴いた試しがありません。唯一、聴けたのが、あの毎年ウグイスと協演を楽しんでいた幼稚園での、拙い囀りでした。どうしたのでしょう? 例年あれ程楽しませてくれた我が庭のウグイス君、今は何処に…無事でいるのか…。

 『どんなに幸せが多くある私でも、君がいない春がどんなに寂しく悲しいものか…、君は分かってくれているのかしら?』。
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2012年04月26日

音楽の話70 ウェディングピアノ(音楽の話69)、曲目に欠落があり、エルガーの「愛の挨拶」を追加しました

 四月十五日付けの音楽の話69・ウェディングピアニスト三上夏子の記事で、曲目列記に於いてエドワード・エルガーの「愛の挨拶」が欠落していました。歳の所為でしょうか、列記項目が多くなると目こぼしをしがちになり、困ったものです。最も結婚式に相応しい曲を落としてしまうなんて、私も焼きが回ったもので、恥ずかしい限りです。反省し、本文に加筆し追加をしました。歳に負けずに頑張らなくっちゃ!

 エドワード・エルガー(1857~1934)はイギリス近代の大作曲家で、この「愛の挨拶」の他にも、行進曲「威風堂々」第一番やチェロ協奏曲などの名作が多くあります。とにかく、美しいメロディーを作り出す天才的創造性を持った作曲家で、近年、愛好者が増えています。

 「愛の挨拶」は、エルガーが恋人(後に妻)のキャロライン・アイス・ロバーツに、婚約の折に捧げた曲と謂われています。エルガーより八歳年長で、エルガーに比べ身分の高い(まだまだ階級制度が色濃く残っていた時代でした)身分違いのキャロラインでしたが、二人の愛は強く周囲の反対を押し切り、この曲の存在と共に目出度く結ばれたのです。優しい愛がまるで挨拶を交わすが如くたゆたう真の名旋律であり、古今東西のどんな名曲よりも結婚式に相応しい音楽と言えます。
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2012年04月25日

間奏曲548 ブログ写真掲載に於けるディスク使用量が満杯になり、写真掲載が不可能となりました 2012.04.25

 何ともたった四年のブログ書きで、上限までディスク使用量を使い果たしてしまったのでした。今日その事を、先程のコモロスミレの記事掲載の折に、もう一つ、スズメノエンドウをアップロードしようとして叶わず、その事を知りました。困りました…、これ以上写真を載せられなくては、私のブログは成り立ちません。SeeSaaブログ、何とも頼りないものですね。困り果て、長女に相談したところ、もう一つ別のブログサービスの会社を使ったらと勧めてくれました。何れ、近い内に開設するとして、当座は古く不出来な余り必要でない写真を消して、その余白に新しい写真を載せていきますね。新規開設と共に、お楽しみに…。
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とっておきの花21 コモロスミレ 横浜 2012.04.25

コモロスミレ
もう十年以上前、このコモロスミレ(小諸菫)のタネを園芸屋で買って、蒔いてみました。すると相当数の双葉が顔を出し、沢山の苗ができました。それを庭に植え、一年後の春には多くの花を咲かせ、そこは一面の紫のしとね(褥・敷物の意)となりました。美しい、本当に美しい…、それは紫の宝石箱でした。しかし、命あるものの宿命、庭のコモロスミレはやがて減り始め、数年後には全滅となり、陰も形も観えなくなりました。ところが、そこからがスミレと言う生き物の不可思議なる本領…。何と、そのまた数年後には、隣の芝地で復活を果たしたのです。神出鬼没の出没を繰り返す草は正に神秘性まで漂わせます。今年もこうしてご覧の如く誇らし気に紫花をつけています。それでも今年の出現は遅く、また絶えたかなと思っていましたが、無事咲き出しました。私の喜びが如何許(いかばかり)であったか、皆様は、分かってくださるでしょうか…。

長野県小諸市で発見されたため、小諸菫の名があります。濃い紫の八重咲き種、菫には珍しい八重咲きであり、ボッテリと重いボリューム感のある花、でも、豊かで美しいです。

posted by 三上和伸 at 19:26| とっておきの花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

間奏曲547 夫婦の風情

 数年前に長女が独立し、今回は次女が結婚して、二人の娘は我が家を離れました。好む好まざるに係わらず、私達夫婦は新婚当時の二人だけの生活に戻りました。今一週間が過ぎ、初めは何処となく寂しさが募り、何か違和感を感じましたが、今は慣れて二人静かに暮ら始めています。私が思うには、元々男女は大方誰でも相性が良いもの…。新婚当時のトキメキは今はありませんが、お互い惹かれ合うものもあり、一緒に居て心地よいものです。子に掛かる手間がなくなった分、今までにない静かな団欒が訪れました。この境遇を大切にして、二人してもう一花咲かせたいと思います。旅行も音楽会も食べ歩きも…そして語らいも…。楽しみです。こうご期待…。
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間奏曲546 女性の風情

 昨日は、お嫁に行った次女が里帰り?をしてきました。何ね、ハワイの土産物渡しと、置き残した必要な自分の荷物を取りに来ただけなのですがね。あの羽田以来の一週間振りの顔、私達同様、ややお疲れの様子でしたが、笑顔は輝いていました。それにしても次女を観て、否、次女に限らずとも、女性は順応性の高い生き物と思わずにはいられませんでした。僅か一週間前までは、若い娘の顔をしていたのに、昨日の落ち着き払った次女の風情は、もう十年も主婦をしているような雰囲気を醸していました。男はこうはいきませんよね。私なんぞ未だに、結婚して三十数年も経ちこの歳になっても、少なくともその精神性はそこらのガキにしか見えないでしょう。亭主の顔などは出来ようがありません。あの少年時代のウブでアホな幼児性が抜けていませんものね。実に女性とは、心の平静な滑らかな生き物…。男にとって、これほど心休まる心丈夫な存在はありません。
posted by 三上和伸 at 08:44| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月22日

間奏曲545 気が抜けて、この土日、何処にも出掛けませんでした 2012.04.22

 次女の結婚式を終えて早一週間、本当にアッと言う間に時は移ろいますね。私達夫婦は、この大切な慶事に臨み、首尾良く事を果たして、やはり少々疲れを覚えていました。この土日は何もせず充電に充て、お出掛けも控えました。今、滝桜は見頃を迎えているようですが、我が家の今年の花見は、どうも計画倒れの感が深くなりました。人間、心の余裕なくして、あれもこれもできませんものね。残念ですが、花見は来年に廻す事にして、鬼に嗤われてやりましょう。

 その代わり、連休には連泊で旅に出ようと思っています。今、目的の候補地を絞り込んでいますが、第一候補は、新緑の京都です。実を言えば、私は未だ嘗て京都を旅した事はなく、それは何故かと言えば、まだ京都を味わうには、自分が未熟だと考えていたからでした。それでも、近年は多くを旅し、旅の楽しみ方も漸く分かり掛けて来た自覚ができてきました。ゆえに今が京都を旅する潮時と察知し、重い腰を上げる気になったのです。先程、長女夏子も参加の意向を示してきました。明日以降、京都観光の下調べを開始する予定です。ああ、失せていた希望が湧いてきました。

 
posted by 三上和伸 at 23:47| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月21日

星空ウォッチング42 金環日食観察の注意点 2012.04.21

 いよいよ金環日食をあとひと月後に控えて、ここで太陽観察の注意点を参考までに述べたいと思います。太陽を観る事は天体観測の内、危険を伴う唯一のものと言われています。それは太陽が一等星の1200億倍、満月の46万倍と言う極めて高い光度を持ち、紫外線や赤外線の量も半端ではないからです。一秒でも裸眼で太陽を観ると失明の危険があると言われています。そこで直接太陽を観るとすれば、日食グラスを使う必要が生じます。日食グラス以外の器具、例えばサングラスとか黒い下敷きとか、フィルムの黒い感光部分ですとかガラスに煤をつけたものですとかは、お勧めできません。あくまで直接太陽を観たいと思われる方は日食グラスを使ってください。市販されていますし、ネットで買う事もできます。

 また、日食を間接的に観る方法も色々とあります。その方法は金環日食の日までに、追々お知らせ致します。それらは簡単な方法でありますので、知って理解できれば何方でも、明日にでも出来る事です。

参考:インターネット 日食を観察する注意・XixeN 日食を観察する方法・国立天文台
posted by 三上和伸 at 21:33| 星空ウォッチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の歳時記 2012.04.21 今日(閏弥生の朔)から旧暦の閏弥生、昨日が穀雨

 染井吉野は疾うに散り、山桜も花は残っていますが、大分葉が優勢となってしまいました。今一番美しいのは八重桜(里桜)で、方々で色濃くボリューム感のある艶やかな花を咲かせています。この花木の母体となっているのが野生種の大島桜で、八重桜・大島桜の両種とも葉が有用で食用になり、桜葉の塩漬け(桜茶・桜湯)や梅酢漬け、更に和菓子などにも多様に用いられています。私は桜餅の道明寺(道明寺という寺の発案で、もち米を蒸し乾燥加工して作られた米粉を用いたもの)が殊の外好きです。

 さて、今日から旧暦では普通卯月に変わる筈なのですが、今年は違っていて何ともう一回弥生を繰り返すのだそうです。これを閏月(うるうづき)と言うのだそうで、新暦(太陽暦)の一年と旧暦(太陰暦)の一年では、旧暦の一年の方が11日足りないそうで、その足りない分を調節するため閏月を設けるのだそうです。その設定の周期はほぼ3年に一回で、更に正確を期すると19年で7回が適当なのだそうです。今年はその閏月を設ける必用のある年だったのですね。それではこの卯月に咲く卯の花はどうなってしまうのか、あと一月後の新暦5月21日が今年の卯月の朔で、恐らく、卯の花は満開か散り際ではないでしょうか? 卯の月で、昔からの一番の馴染みの花は、その名も相応しい卯の花(空木)であり、チョイとした里山の縁には当たり前に見掛けます。その白く枝垂れた咲振りは、よく目立ち美しいもので、私は毎年、楽しみにしているのです。まあ、ギリギリで引っかかりそうで、卯月に卯の花は咲いている筈です。

 ところで、昨日は二十四節気の一つの穀雨でした。太陽の黄経が30度になった日。旧暦弥生の辰の月の中気(黄経が30度の倍数に当たる日)で、新暦四月二十日頃です。穀雨とは、この頃の春雨の事で、大地を潤し、穀物(主に麦、米《イネ》は苗)の生育を助ける雨を指します。

 
posted by 三上和伸 at 18:04| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月20日

間奏曲544 結婚式後記B 誉と赤っ恥 そして感謝!

 昨夜は誉(ほまれ)について書きましたが、今夜は冷や汗ものの赤っ恥を二三紹介いたしましょう。
 何分、悠長に構えているにも拘らず、粗忽者の私。何時もいざとなって慌てふためいては失敗を繰り返しています。結婚式とは、やり直しの利かな一発本番の大切なイベントです。私自身は元より、家族、取分け花嫁は、私のとんでもない失態を戦々恐々として警戒していたでありましょう。

 けれども、案の定、心配は当たってしまいました。第一番目の赤っ恥は、参列者は誰一人として知らない事ですが、それは着付け係のお嬢さんがご存じの事で、このお綺麗な方に迷惑を掛けたのです。朝の出掛けの支度途中でのブログ書きで遅刻しそうになり、雷を落とされ、素早く全下着を新調したまではよかったのですが、どさくさに、慌てて穿いた股引きが前後・後前(うしろまえ)で見苦しくて…、お困りでしたでしょ、着付けのお嬢さん…、御免なさい、憐れな小父さんを許してください。

 第二の赤っ恥は、挙式リハーサルの後、家族親類縁者の紹介の折に勃発しました。新郎のほうは新郎のお父さんが流暢に一言一句誤りなく、紹介を済ませました。あちらが難なく済ませられたので、プレッシャーを感じた訳ではなかったのですが、妻(母)や母(父方祖母)に義母(母方祖母)を紹介したまでは良かったのですが、花嫁と義姉の関係の“叔母”が出て来ず、何と花嫁の“姉”と紹介してしまいました。会場はざわつき嗤いも起こり、顔は紅潮、頭は真っ白、まるで茹でダコか人参のようだったと誰かさんが言っていました。それからは、あらぬ方向に紹介が逸れて行き、義兄(叔父)の名前を“さん付け”で呼んだり、その息子(従兄)を・・君と言ったり、その娘(従姉)を・・チャンと呼んだり、挙句の果ては、娘・夏子(姉)を言い澱んだり、散々でした。これを赤っ恥と言わなくて何を赤っ恥というのでしょうか? それでも、何だか会場の雰囲気が和らいだようであり、この体たらくもリラックスを誘ったので功罪相半ばすると申したなら、それは何をか言わんやでしょうかしら??

 第三の赤っ恥は、披露宴散会のお見送りの時に訪れました。「おめでとうございます」を50ぺん以上頂き、こちらは、「ありがとうございます、今後ともよろしくお願い致します」の返答を50ぺん以上致しました。私の頭は段々混乱してきて、どちらがどちらの立場だか分からなくなり、朦朧として、とうとう、ある可愛い方に「おめでとうございます」と申してしまいました。新郎新婦、家族御家族、そして来賓の皆様、更に可愛いあの方に、申し訳ございません。馬鹿な私をお許しください。

 でもね、私と御同類の変な小父様も一人、会場にいらっしゃいましたよ! お酒が好きで、お酒に弱い、あの素敵な小父様…。美味しく飲んで、時々コックリさん、新婦の手紙朗読では、花嫁の父の私に代わって大泣きに泣いてくれた心優しい小父さん。何れ訪れる我が愛娘の晴れ姿を思い、予行練習をしたのですかね…。ところがこの小父さんはテリトリー?が広いのです。あの新郎のご同僚達の衝撃的な余興を大口を開け、大笑いをして喜んでいました。私はその小父さんを鑑賞して大いに喜びました。最高、変な?小父さん!

 最後になりましたが、新婦の短大のお友だちによるハンドベル(ミュージックベル)は素敵でした。高音の済んだ音色が晴れ渡る花嫁の心境を写して美しかった…。ありがとう。

 皆様、素晴らしい結婚式をありがとうございました。感謝です。
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2012年04月19日

間奏曲543 結婚式後記A 誉と赤っ恥

 私にとって今回の結婚式は、嬉しさあり悔しさ?あり、楽しくもあり冷や汗もあり感動もありの、悲喜交々のドラマチックなものでした。美しくも愛らしい花嫁、誠実なイケ面の花婿、二人(両人)の上司、二人(両人)のお仲間、そしてそれぞれの家族親類たち、更にスタッフさん達も含めて、本当に和気あいあいの結婚式でした。

 感動は多くありました。特に私達夫婦に限って言えば、何と言っても新婦の家族に当てた手紙の朗読でした。『パパとの思い出は、何と言っても、休みの日に山に連れていってくれた事。物知りで色々な事を教えてくれたよね。今でも、自然に囲まれる事が大好きなのは、紛れもなくパパ譲りです。沢山の愛情を注いで育ててくれた事を本当に幸せに思います。ママは私の目標の人。洋服やお菓子を作ってくれたり、ピアノを教えてくれたり…、何より優しいところが大好きで、小さい頃の夢はお母さんになる事でした。今でもそれは変わりません。まだまだ追い付けないけれど、自分の子供が生まれた時に、同じようにしてあげられるようになりたいなと思います。今改めて、二人の娘に生まれて良かったと心から思います。』。何と言う嬉しい誉に満ちた詞、これを聞いて泣かないのは可笑しいと私は思いましたが、泣くよりも「ありがとう」と言いたかったのです。私達こそ、君が生まれてきて本当に楽しく幸せだったのです。

 これからは婿殿と二人三脚で良い家庭を作って、更に私達を幸せにしてください。

 追伸:明日には冷や汗(赤っ恥)について書きます。

 

posted by 三上和伸 at 23:04| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲542 次女、ハネムーンから戻ったよう… 

 昨晩遅く、次女と婿殿は、ハネムーン先のハワイから戻ったよう…。ハワイから一度、素敵なハート形の雲を写した写メール(得意そうに、嬉しそうに)と、そして昨晩羽田から一度、無事を知らせるメールが私に届きました。旅先から帰ったのに、もう、我が家には戻って来ないのですね…。何か変な違和感が感じられ、心に穴が開いたよう…、でもそれは当然であり仕方のない事、私が早く慣れないとね…。妻が言っていました、「そっとして置いてあげなさい、変な事ブログに書いては駄目だよ!」だって…。妻は全てをお見通しのよう…、恐れ入りました。
posted by 三上和伸 at 07:12| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月17日

間奏曲541 結婚式後記@ 私の琴線と涙腺

 実を言うと、私は結婚式及び披露宴でも、泣きませんでした。泣き落とそうとする企画の“花嫁の詞”では、顔をクシャクシャにし、必死で我慢をしましたし、花婿の父のお礼の詞では、何と御当人が泣かれておしまいになり、呆気に取られて泣かず仕舞いとなりました。散会後、内心、シメシメと悦に入り、控室にコーヒーを運ばせ、至福の一時を皆と味わいました。内心は高ぶれど、表面は冷静を装い、何食わぬ顔で、帰路につきました。

 ハネムーンで、羽田からハワイに発つ二人を空港まで送り、その足で、長女をマンションアパートへ送り届けたのはいいとしても、長女は何とオートロックの機能でカギ忘れをし、アパートから閉め出しを食っていたのでした。アパートの前でカギのない事に気付く愚かさ加減に呆れながらも、仕方なく?長女を我が家に留めました。

 その所為か、はたまた結婚式の興奮の名残か、三人のお喋りの勢いは止まる事がなく、夜中の二時まで語り続けました。 結局、この夜は、私がブログを書く時間はなかったのでした。

 翌朝も、興奮冷めやらぬ私が僅か数時間の睡眠で一番に起き、前日から溜めた洗濯物を洗濯しながら朝食(シリアルとバナナ)を食べ、空かさずブログ書きに取り掛かりました。ここ数日の興奮は最高潮に達しており、私の琴線と涙腺はパンパンに張り詰め、ハイテンションの極みとなっていました。ブラームスのロ長調のピアノ三重奏を掛けながら最後の語句『パパは全てを忘れて幸せでした』を書き終えた刹那、激しい思いが湧き上がり、その場で号泣しました。それはただの薄い感情から出たものではなく、本能のような体の芯から出た激情でした。掌中の珠を一つ手放したのでした。
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2012年04月16日

間奏曲540 私の燕尾服姿、そしてヴァージンロード行進 2012.04.14

燕尾服の私
ウフフフフフ…、どうですか?私の燕尾服姿は…、素敵でしょ?? 私の場合、娘が二人いるので、一生に二度くらいは着る機会があるかと思われますが、今回目出度くも、一回目を消費する事ができました。後一回は何時になるのでしょうかね? 生きてる間にお願いしますよ、誰かさん?

花嫁をエスコート?して歩くのは意外に難しいものがありました。それ特有のステップが決められているのですが、それは、先ず右足を少し出し、左足をそれに揃える。今度は左足を少し出し、右足をそれに揃える。それの繰り返しで、ジリジリと行進をして行く訳ですが、これを“ためらいの足取り”と言い、音楽用語的に称せば、“パヴァーヌ”と言うそうです。バロックダンスの専門家の娘・夏子や経験者の妻が親切?に教えてくれました。何しろ、ジリジリと進むのでバランスが取り難く、老いぼれの私は何時よろけるか気が気ではありませんでした。新婦をエスコートするどころか、自分が歩くのに精一杯で、下ばかり見ていたらしく、後で妻からは呆れられ、娘・夏子からは厳しく駄目出しを食いました。ショボーン…。

“パヴァーヌ”、そう言えば、フランス近代の大作曲家にモーリス・ラヴェルがいますが、彼の作品にも美しくもロマンティックな“亡き王女のためのパヴァーヌ”と言うピアノ曲(後に管弦楽化)があります。これも結婚の行進ステップと出所は同じで、十六世紀初頭に流行った王侯貴族の舞曲・パヴァーヌを基にしたものです。孔雀(くじゃく)を意味したパヴァーヌは、孔雀の歩みを模して高雅に威厳を持って踊られる舞曲な訳で、ヴァージンロードを気高くジリジリと行進するのにも、打って付けのステップと言って間違いはないでしょう。
posted by 三上和伸 at 22:07| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月15日

音楽の話69 ウェディングピアニスト・三上夏子 2012.04.14

結婚式のピアニスト
私もそうですが、現代の第一子とは難しい立場の子であると思います。勿論、次がなければ一人っ子となり、親の寵愛を一身に受けて成長します。しかしながら、第二子が生まれれば第一子の立場は大いに変化し、親の愛(係わり)は半分に減ります。否、それどころか手の掛かる第二子の為に親の係わりは半分以下になり、そこで第一子は孤独となり、場合によっては、第二子に激しい嫉妬心を燃やすようになるのです。それが成長により高じれば、やがて円満な兄弟の交わりができなくなります。私などはその典型であり、恥かしながら、この年になって尚の事、弟とよい交際はできていません。ところが我が第一子・夏子はそうではありません。この日、第二子であり次女である花嫁が、披露宴の式次第の手紙の朗読の中で、こう述べました。『性格は違うのに、息がぴったり合うお姉ちゃんは、私にとって大切な存在です。今日は素敵なピアノ演奏をありがとう』と…。親として最高に誇らしい瞬間でした。

この花嫁のたっての願望により、姉の夏子がこの披露宴の音楽プロディースを担当しました。リクエストを参考にした曲目選びから楽譜の選択、譜読みから試弾リハーサルそして本番、更なる上に式次第の目次の打ち合わせなどなど、八面(三面)六臂の活躍をしました。演奏は安らぎに満ちたピアノ音で、優しく会場に響き渡りました。談笑その他の騒音で聴こえぬところも多々ありましたが、対角線上の最遠の席にいた私は、常に演奏に聴き耳を立て、その宝石のように美しいピアノ音楽を余す所なく聴き取りました。素敵でした。

以下に曲目を列記致します。
1、乙女の祈り テクラ・バダジェフスカ
2、ショパンのワルツ
3、バッハのプレリュード
4、愛の挨拶 エドワード・エルガー
5、くるみわり人形より ピヨトル・チャイコフスキー(花嫁のリクエスト)
  @小序曲 
  Aトレパーク
  B花のワルツ
6、ブラームスのワルツ(私のリクエスト)
7、トロイメライ ロベルト・シューマン
8、軍隊ポロネーズ フレデリク・ショパン
9、アダージョ・カンタービレ ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
10、いつか王子様が
11、くまのプーさん
12、ララルー
13、美女と野獣
14、不思議の国のアリス
15、星に願いを
16、右から二番目の星
17、ホール・ニュー・ワールド
18、桜 こぶくろ (新郎のお母さんに捧げて)
19、アメージング・グレース
posted by 三上和伸 at 21:53| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲539 花嫁は春の妖精 2012.04.14

ウェディングドレスの我が娘とタキシードの花婿
外は冷たい雨、「この大切な日だけ雨だなんて、神様は意地悪だ…、昨日も明日も晴れだと言うのに…」と嘆いた花嫁。でも嘆くなかれ、雨なんか君を際立たせる黒子に過ぎないのだからね。会場の中は正に春爛漫の佇まい、何より君が春の妖精なのだから…。春を連れて私達の前に現われてくれたのだからね。パパは恍惚として君を観ていました。初めは切なさや息苦しさから会場の隅でうろたえていたパパですが、君を観た途端、春に包まれました。優しい春の頬笑み、春の華やぎ、春の温かみ、パパは全てを忘れて幸せでした。
posted by 三上和伸 at 09:28| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月14日

間奏曲538 いよいよ、式場に向かいます 2012.04.14

 いよいよ、式場に向かうとなると心躍り、心臓が高鳴ります。今朝はあれ程落ち着いた静寂の心境だったのにね…、駄目な私…。娘も妻も元気で今、支度に精を出している最中です。私は支度を一寸中断してブログ書き、書きたいネタは尽きる事がありませんのでね。

 今日の最大の楽しみは勿論、娘・花嫁のウェディング姿、そしてその花嫁をリードしてのヴァージンロード行進…。どんな顔で歩けばいいのかしらね。式場に着いたら控室の鏡で顔作りに励みますかね…。あっ、出掛けなきゃ、では、また夜に。
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間奏曲537 雨の朝、今日は我が子の結婚式 2012.04.14

 たった今起きました、でも未だ花嫁と妻は眠りの中です。私は普段より早く目が覚めてしまいました。どうも私はこんな時は寝ていられぬ性質のようで、相変わらずのお目出度さを露呈しています。何か嬉しく舞い上がり、ソワソワしますね、恥かしながら…。でも、心は清々しく、落ち着いています。ここまでこれた喜びが私に安堵と充実を与えてくれたのです。

 されど、予報されていた通りの雨の朝、外は確かな雨音がしています。残念ですが、今日は雨の結婚式になりました。この降り方ですと恐らく止み間はなく、礼服でお出でくださる来賓の方々には辛いものとなるようです。まあ、それについては新郎新婦の二人が一番気を揉んでいるでありましょうから、私達親は元気で列席される皆様をお迎えしようと心新たにしています。今心静かに、今日の良き日の無事を念じているところです。
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2012年04月13日

間奏曲536 挙式前夜、花嫁から私達への言葉 2012.04.13

 先程、明日の娘の挙式を控え、質素ではありますが、区切の晩餐を行いました。簡単な食事でしたが、ワインと鯛の尾頭付きで祝いました。食後、娘は何気なく自然に、されどややはにかみながら、私達に挨拶を述べました。「長い間育ててくれてありがとう、感謝しています」。私は胸に込み上げるものを抑え、こう述べました。「こちらこそ、ありがとう。楽しかったよ」と…。そして妻が「幸せにネ!」。たったそれだけでしたが、充分に心は伝わりました。明日、結婚式です。もう、娘卒業、そして親卒業…。否、もう一人いますか…。
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2012年04月11日

園芸ノート15 順調に生育、エーデルワイスの苗 2012.04.10

満開で散り際の染井吉野に追い打ちをかける冷たい雨。今年の桜は、桜の代名詞“潔さ”がストレートに出てしまったようですね。濡れた地面を彩る花弁が、美しくも無残であり、無念遣る方ないですね。でも、落ち込んでばかりではいけません。これから咲く他の花も無数にある訳ですから、気分を一新して新たに希望を燃やしましょう。躑躅も藤も貴方の訪れを待っていますよ。ナーニネ、これは自問自答であって、貴方とは私の事ですがね…。

エーデルワイスの苗
昨年の春、タネ蒔きをしたエーデルワイスが芽を出し、順調に育っています。これから花芽を膨らませ、蕾となり、花を咲かせます。蕾が出たらまたお知らせしますね。蕾、中々可愛いのですよ!
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2012年04月10日

庭の花123 一斉の春、愛しき草々 2012.04.09 

桜の時期は、誰しも桜ばかりに目を奪われがちですが、実は桜の下には春の草々が時を同じくして咲き出します。今朝はそれらを訪ね歩いて写真を撮ってきました。今年は春の到来が遅く、しかも来たらば一気で、その分、一斉のお目見えとなりました。あれもこれも、もう私は無我夢中、春の幸せに酔い痴れました。

トキワイカリソウ
トキワイカリソウ(常葉碇草)
純白の碇、繊細な花の造り、自然の造形の妙を感じさせてくれます。

ヒトリシズカ
ヒトリシズカ(一人静)
優しい風情が愛しい、野の草の原点のような花、愛さずにはいられない…。

イワヤツデ(タンチョウソウ)
イワヤツデ(岩八手)別名・丹頂草
花は清らかなれど賑やかさもあり、葉は瑞々しく清潔感に溢れています。春の清新をこれほど感じさせてくれる草はありません。

バイモ
バイモ(貝母)別名・網笠百合
下から写したので、この花の内側の模様が観えています。誠、自然のデザインは尽きせぬ味わいがあるものです。正に誰かさんが鈴懸けの実の話題で申していた黄金比率ですかね。

カキドオシ
カキドオシ(垣通し)
紫の小花を一面に蒔き散らかした賑やかな花、思わず目を惹く鮮やかさがあります。これも春の賑わい、余り人気はありませんが、私は好きですね。

タチツボスミレ(立壺菫)
タチツボスミレ(立壺菫)
今年は、タチツボスミレの当たり年かも知れません。桜の下の芝に群生して、そこは紫の星屑をばら撒いたよう…。何とも美しい光景を呈していました。決して桜に負けていません、本当に素晴らしい、大袈裟に言っても言わなくても、そこは私の宝石箱です。

ミヤマキケマン(深山黄華鬘)
ミヤマキケマン(深山黄華鬘)
黄色が美しい、黄花を嫌う人がいますが、私は気?が知れません。紫と並んで美味しそうな色?ですよね?
私は大好きです。
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音楽の話68 ネクスコ中日本のCM音楽は交響詩「フィンランディア」

 画面には高速道路を疾走する車、その背景に勇ましく流れる行進曲風の音楽。ネクスコ中日本の新東名高速道・御殿場三ケ日間開通を知らせるCMですが、その映像に見事に合致した音楽が素晴らしい効果を上げています。これはフィンランド近代の大作曲家・ヤン・シベリウスの出世作にして代表作の交響詩「フィンランディア」(1899年)で、クライマックスに至る前の経過句(パッセージ)の部分ですが、北国の冷涼な響きながらワクワクする力強いダイナミズムを感じさせます。不思議な事に、現代のコンクリート文明の映像にも、この曲のダイナミズムは良くマッチしているようです。

 曲はこの後、讃美歌にも載せられた彼の有名な旋律の合唱歌が始まりますが、これには、当時のロシア圧政へのレジスタンスの意味合いが濃く出ており、その名「フィンランディア」の名の如く、シベリウスの愛国の精神が爆発しています。当時のフィンランド国民はこの曲に勇気を貰い、やがてロシアを打ち破り、フィンランドは独立(1917年)を果たしたのです。
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2012年04月09日

野の花131 雑草と呼ばないで・春・キュウリグサ 横浜市 2012.04.09

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キュウリグサ(胡瓜草)別名・タビラコ ムラサキ科キュウリグサ属
ルリソウやワスレナグサによく似た空色が美しいキュウリグサです。ただ花が余りにも小さいために、注目されずに、雑草として扱われてしまいます。されど、虫眼鏡で覗き見れば、その美しさに誰しもが驚きの声を上げる事でしょう。あと少し、せめて二倍の大きさなれば、きっとワスレナグサ同様に、庭に植える人も現われるでしょう。誠に惜しい事です。名の謂れは、葉を揉むと胡瓜の匂いがするので、胡瓜草となりました。
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2012年04月08日

間奏曲535 新居へ、新妻の所帯道具搬入 2012.04.08

 今日は、次女の引越し準備の為の所帯道具搬入を手伝いました。初めて見る新居は社宅の3DKで、我が家の間取りに近いものであり、33年前の私達夫婦の新婚時の記憶が重なりました。想いは遡り、ふとあの時の妻の父親の心境はいかばかりであったか、初めて自分がその立場に立たされて今、亡き義父の思いが偲ばれました。

 晴天に恵まれ、引越し準備は順調に進み終え、あちらの親御さんに婿殿?とも和やかに歓談をし、娘共々我が家に帰宅しました。と言う事は、私の我がままとそれに対応してくれた婿殿の思い遣りにより、娘は婚礼の日まで我が家におり、我が家から嫁ぐ事となりました。これで、私の成すべき事はほぼ終わり、後は娘とあのヴァージンロードを歩くだけとなりました。また一歩、娘は遠くなりましたが、それは目出度くも有難い運命、お互い優れた間合いを持って助け合い、生きて行きましょう。
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簡素曲534 サンデーモーニング春欄漫 2012.04.08

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今し方、TBSサンデーモーニングのスポーツコーナーを観ていました。久し振りでお会いする?キャスターの唐橋ユミさんは、薄手のブラウスを身に着け、春の妖精そのものでした。お声もお姿も麗しい、今満開前の庭の染井吉野に負けず劣らずのたおやかな媚態を魅せてくれました。

それにしても清々しい春の朝です。庭は正に春爛漫の風情、稀有の花・染井吉野も唐橋ユミさんと共に私に幸福を分けてくれました。

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2012年04月07日

星空ウォッチング41 空に満月、地に桜、部屋にはブラ四 2012.04.07

 朝は快晴、昼は花曇り、そして夜は再び晴れて、今、弥生の望月が東天に昇っています。近くには、乙女のスピカと土星がいて、逆三角形を形作っています。そして地には街灯の薄明かりに映えて夜桜が艶めかしい…。誠、それは春の望月の宵にしか現われない風物詩です。私は何て幸福なのでしょう。私が自然を愛でる人間になれた事、私が花を愛する人間になれた事、そして、今、流れているブラームス「第四」を心の支えに出来た事、私こそが幸せな人間なのです。ただただ幸運に感謝するのみです。
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私の歳時記 2012.04.07 今日は弥生の望(ぼう)

 今夜は満月で、旧暦では弥生の望月(望)の日。今宵が晴れれば、満月の月明かりの中で夜桜が楽しめます。でも街の灯りが強すぎて、そんな月明かりに映える桜の原始の色合いを、見定める事は無理なのかもね…。それでも、望月と桜は同時に楽しめます。今朝の時点では、桜は五分咲き程になっています。咲き渋っていた桜もここに来て一気に満開に突き進んでいるようです。月と桜、今夜が楽しみです。

 因みに、ブログ書き休止中に、二十四節気の清明が過ぎてしまいました。太陽の黄経が15度になる日で、二十四節気としては春分より一つ先に進みました。清明は旧暦弥生の辰の月の*正節で、桜花爛漫にして天地万物が清新の気に満ち溢れるの意味があるそうです。

*正節(せいせつ)
二十四節気の内で、太陽の黄経が30度の倍数になるのが中気(ちゅうき)、それ以外の15度、45度などが正節と呼ばれます。
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2012年04月06日

間奏曲533 電脳機器音痴でブログが書けませんでした

 このseesaaブログのシステムが変わったため、無能の私は、自分のブログ作成画面にアクセスできずに、記事が書けませんでした。私の記事を待っておいでの方が、どれ程いらっしゃるか見当がつきませんが、無沙汰をして失礼を致しました。今日、長女の来訪を待って教えて貰い、ブログ復活を果たしました。この短い間に、我が庭の染井吉野も三分咲きとなり、今は街灯に映し出された夜桜を窓越しに楽しんでおります。でも、今年の桜は何だか紅が淡いようで、華やぎに欠けて観えるのですが、皆様は如何思われますか? 私はもう少し紅の濃い方が好みでありますが…。映える光線の加減でそれは時として紫を帯び、無類の艶美を感じさせるものですから…。それでも、無い物ねだりは今年の桜には可哀想であり失礼であり、それはそれとして良しとし、愛でてやりましょう。折角の一期一会の花なのですからね…。
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2012年04月02日

私の歳時記 2012.04.02 今日は古代中国の上巳の節句 2012.04.02

 今日は旧暦弥生の上旬の巳(み)の日、古代中国(魏以前)に置き換えればこの日が上巳(じょうし)の節句、雛祭りなのですね。まあ、普段の新暦の三月三日の雛祭りに、旧暦の弥生三日の旧雛祭り、そして本家本元の古代中国の上巳の節句と、目出度い雛祭りが年三回もあるのです。素敵なことですね。雛人形もこの日まで、飾ればいいのにね…。来年はそうしましょうかね?

 さて、古代上巳の節句ももう一時間余りで終りとなりますので、ブログデザインも換えますね。桜も開花した事ですので、新しく桜のブログデザインに換えます。
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2012年04月01日

音楽の話67 N響アワー最終回スペシャルを視聴して、ありがとうN響アワー

 N響アワーもとうとう終わってしまいましたが、二週に亘って放送された最終回スペシャルは、思い出に溢れ、中々に面白かったと思いました。それでも第二週目の選曲には、いささか疑問は残りました。一曲目のベルリオーズの幻想シンフォニー「舞踏会」は良いにしても、最後の曲のチャイコフスキーの第五のフィナーレには驚きました。まあ、最多のリクエストを集めたのですから仕方ありませんが、それは多分に第二楽章のホルンの独奏の素晴らしさによるもの…、出来るものなら、この日の二曲目にこの第五の第二楽章を入れ、本当の最後にはベートーヴェンの英雄シンフォニーのフィナーレで締め括って欲しかったです。

 しかし、第一週目は、素晴らしい選曲でした。何と、ロマン派後期の三大交響作家*リヒャルト・ワーグナー、アントン・ブルックナー、ヨハネス・ブラームスの競演であり、演奏も文句のつけようがなく(ブラ四を除いて)、最高に満足の出来る出色のものでした。

*リヒャルト・ワーグナーは交響曲作家ではありませんが、ワーグナーの楽劇は歌と芝居を持つ巨大な交響曲と言われています。その管弦楽法と和声は後の交響曲作曲家に多大な影響を及ぼしました。

 順風満帆で突き進む快速帆船の如く空前の音響で鳴り響くワーグナー。「さあ、これから最高の音楽劇が始まるぜ! 皆用意はいいか!」とでも叫んでいるような楽劇「ニュルンベルクの名歌手」前奏曲…。歓喜の爆発と熱い陶酔、ワーグナーならではの豪快な傑作前奏曲です。威風堂々たる指揮振りのホルスト・シュタインは、充実しきった音響効果を持つこの曲に打って付けの指揮者でしたね。

 私淑するワーグナーの管弦楽法を引き継いで、それで巨大なシンフォニーを仕立て上げたブルックナーは、敬虔なカトリック信者で、そのシンフォニーは、神の創った世界と自然を表していると言われています。この日二曲目に演奏された第八シンフォニー(フィナーレ)は、ブルックナーの全作品中の最高傑作で、美しい旋律、深く透明な音響(和声)、独特の肉躍る律動を持つ、壮大な絵巻物のようなシンフォニーです。私が思うに、恐らく、古今東西のシンフォニーの中でも最も美しいシンフォニー(並ぶものと言えばシューベルトの「未完成」)と言えるでしょう。指揮のロブロ・フォン・マタチッチは、この天才的閃きを持つ大シンフォニーを魂を籠め、厳しく具現していました。

 最後はブラームスの「第四」で締めましたが、それは第一夜としては、ベストの選択と言っていいでしょう。と言うのは、最後(第二夜)のフィナーレにするには余りに暗い曲だからです。この曲は「ドイツレクイエム」、第一シンフォニーと並ぶブラームスの最大傑作で、そのテーマは信仰、愛、希望、そしてその先にある“戦争と平和”です。乱熟と矛盾に満ちた十九世紀の終りに、ブラームスは社会の不穏な空気を敏感に感じ取っていました。それに不安を感じたブラームスは、バッハの「マタイ受難曲」に倣い、この曲を近代の受難曲として、シンフォニーの形で、未来の市民のために書きました。その第四楽章は、愛と慰め、そして怒りと悲しみに満ちています。この深遠複雑な噴怒のシンフォニーの演奏は困難を極め、指揮者は途轍もない緊張を強いられます。前二曲の指揮者とこの曲の指揮をしたウォルフガンク・サバリッシュの顔の表情を見比べればそれが良く解ります。サバリッシュの何と疲労に満ちた苦しげな顔、されど大成功とは言い難い…。「第四」は傑作の中の傑作です。
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