2012年06月30日

雑記帳11 政治音痴の拙い私が思う今の日本人と政治 2012.06.30

 不勉強で政治経済に疎い私でも、人間を観る目は少なからずあります。今の政治家の右往左往には幻滅させられるものがあります。私の目には一部の政治家を除き、皆政治をせず己の保身に憂き身をやつす政局に執心の輩ばかりに映ります。あの民主党の亡霊とも言うべき何某は、国民に媚を売って消費税反対を唱えて政治の停滞を招いています、正に自ら率いる派閥の存続を目論んで…。その騒動の根本にあるのは何か、それは政治家の資質だけでなく、私を始めとした国民の不勉強の体たらくだと申したら皆様はお怒りになるでしょうか?

 街のインタビューを聞いても、消費税反対、生活が苦しいの声ばかりです。それをいい事に、保身に憂き身をやつす輩がこの声を利用して政局に持ち込んでいるのです。私達がしっかり将来を見据えていれば、こんな茶番劇は起こらなかった筈です。私は想うのです。もし、国民が消費税を受け止めて未来の国の安定と繁栄を願うのなら、きっと日本は再生するでしょう。今の日本人は自分の欲得ばかりに目が眩んで、社会に貢献しようとする犠牲的精神が欠けて見えます。もう少し未来の子孫のために痛みを分かち合い我慢し合い、正常で健康な国家予算の国にして行こうではありませんか。都合のよい甘言に躍らされずに、野田首相に思いっきり政治をやらせてみようではありませんか? 今やらなければならない事は、未来の子孫のためにする我慢です。
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2012年06月28日

雑記帳10 日産ゴ―ン社長、年俸十億円。もう日産車は買いたくありません 2012.06.28

 私は長い事、日産自動車の車を愛用してきました。されどゴ―ン社長には一言申し上げたい、消費者を甞めるでない!

 一般的にみて日産車は、“見てくれ”が昔からT社に比べ今一つであったようですが、燃費が良く丈夫な車が多かった気がします。愛車だったマーチ(燃費リッター13キロ)やバネット(ディーゼル、燃費リッター12キロ、当時1L70円、横浜ー上高地往復¥3,000の燃費)は、それぞれ10年で20万キロを走破したものでした。スタイリング(見てくれ)でも、マリナーズのイチロー選手なんかは、T社に比べて日産車は個性的で素晴らしいと褒めており(オリックス時代、まだ日産のCMに出る前)、初めての車に日産・インフィニティを選ばれたのですよ。

 ところが、つい最近のニュースで報じられたものによると、何と日産ゴ―ン社長の年俸が10億円に迫る額だったとか、本当に驚き呆れました。いくら日産の危機を救い再びの隆盛に導いた何れ中興の祖と奉られるであろう傑物であったとしても、私には不愉快であり解せませんね、そんな金額、泥棒ですよ。その巨額の年俸の内の0.0000000…1%のお金が私が支払った代金からあてがわれるのですから、許せません!

 まあ、その大いなる富を福祉に役立てるとか、二酸化炭素削減に注ぎ込むと言うなら喜んで容認でき、また日産の車を買い続けますがね、気に入っているので…。そうでないのなら、もう日産はいらない! 買ってやらない! 負け犬の遠吠えでしょうが? 負け犬も本気です。
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2012年06月25日

雑記帳9 幸せな女は二人の男に愛されて生まれる 2012.06.25

 私の仕事がら、お客様とお話する機会がしばしばあるのですが、ある日お訪ねしたお客様が“愛される事”について私に述懐してくれた事がありました。その方は私より数歳年長の知性ある女性で、もう既にご両親もご主人も亡くされている方でした。彼女が言うには、「女は生涯に二人の男から愛されればそれで充分に幸せである」との事でした。聞けばその二人の男とは一人は父親であり、もう一人は勿論夫であると言う事…。生まれてから成人した娘時代までは父親から、恋をし結婚した後からは夫から、精一杯愛されたなら、女はそれで幸せなのだとしみじみと語っておられました。この話を聞いて私は、「成程な…、そう言うものかな…」と感動しつつも半ば半信半疑でありました。これは人によって様々だなーと、多くの男に愛された方が幸せな女性だって当然いるよなーて、思ったりもしたのでした。しかし、後々自分に置き換えて考えてみれば、「そう言えば、俺は男としてまた娘の父親として、精一杯妻子を愛したのだろうか?」と疑問と不安が頭をもたげたのでした。お客様の彼女のように、深い幸せの中で父親と夫を語る時が我が妻子にも来るのかしら?と…、思い当たったのでした。それは甚だ疑問ではありますが、何を隠そう何を恐れよう、そうありたいと願う今日この頃の私です。男は愛してなんぼ、女は愛されてなんぼ、まあ、逆もありですが、男として、愛し抜きたいですね。甲斐性なしの私ですが…。
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2012年06月24日

その他13 2012.04.21付けの「私の歳時記、今日から旧暦卯月、昨日が穀雨」に誤りがありました。お詫びして訂正致します

 二カ月前の04.21日付の記事「私の歳時記」で、私は誤りを書いてしまいました。皆様に間違った情報をお知らせしてしまいご迷惑を掛けました。恐らく疑問を持たれた方や混乱された方もいらしたのではないでしょうか。お恥ずかしい話ですが、愚かにもその誤りを今日気付きまして赤面の至りでしたが、不明を恥じ思いを新たに反省してここに訂正をさせて頂きます。誠にご免なさい。

 その内容は新旧の暦の話であり、この日4月21日は新月(朔)の日で、旧暦ではその月の一日目を指します。そこで私は「今日からは旧暦の卯月(4月)が始まります」と述べてしまい誤ったのでした。実は、今年はこの日からもう一度弥生(旧暦3月)が繰り返される弥生が二つの月を持たされる閏月(うるうづき)の年度だったのでした。従って、「今日からもう一度弥生が始まります」と言わなければならなかったに「卯月が始まる」と言ってしまったのでした。月の満ち欠けで定める旧暦は一年が約354日で11日足らなくなり、季節の進みとはずれが生じます。それを修正するために、約3年に一度閏月を設けて一年を十三カ月にして修正しているのです。正確には19年に7度、閏月を設けるのだそうです。

 故に、今日は旧暦の5月5日、旧端午であり、昔の今年?は、今日が端午の節句だったのですね。

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2012年06月23日

雑記帳8 妻飲み会、私晩御飯作る人 2012.06.23

 昨晩は妻が職場の人と飲み会があるとの事で、私が晩御飯のおかずを作りました。なーにね、作ったのは“豚肉とほうれん草の炒めもの”だけだったのですが、一昨日に私が作っておいたカレーと一緒に食卓に出しました。丁度レッスンに来ていた長女と一緒に食べたのですが、私一人であるならカレーだけでよかったものの、育ち盛り?の長女のためを思い作ったのでした。まあ、長女も美味しいと言ってくれましたし、私自身も美味しく作れたとホッと胸を撫で下ろしました。炒め物に少しマーガリンを入れたのが美味しく出来たポイントだったかも知れませんね。塩味は抑え目に作りましたので、私は少々醤油を振り掛けて食べたのですが、長女はそのまま食べました。親子でも味の好みは異なるようで、料理とは奥深いものですね。誰に合わせるかが微妙ですよね?…ネ…。

 それはそうと新婚の次女は“そこんとこ”上手くクリアー出来たのかしらネ。娘よ!婿殿の味の好みは如何ですか? 会得しましたか? うん、余計なお世話? 次女よプロの主婦へ邁進されたし! その内パパにもご馳走してね!…ネ!
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2012年06月21日

音楽の話75 今日は夏至、最も“ブラ2”の似合う頃 2012.06.21

 夏至、嬉しいですね。私は根が寂しがり屋の所為か、上げ潮の盛んな賑わいのある春分から夏至の季節が大好きです。正に緑萌え立ち生命の息吹きが湧き立つ頃、この陽性な爆発する気分に最も相応しいシンフォニーと言えば、何と言っても“ブラ2”ことブラームスの交響曲第二番ニ長調OP73ですね。毎年この明るい季節になると、聴きたくなる曲です。

 優雅で繊細な恋人を愛撫するようなテーマ(主題)とそれとは正反対の武骨な舞踏が弾ける第一楽章、エンディングのホルンの求愛の歌は山の彼方まで響き渡ります。続く第二楽章は田園(自然)の中の幸福と追憶。チェロがこの上ない自然への賛歌を歌い、ホルンが優しくそれに応えます。それは田園に暮らす人の喜びで満ち溢れています。しかしやがてメランコリーの伴った短調の追憶に導かれ、思いの丈をぶちまけた分厚いロマンティシズムで覆われます。それでも最後は諦めて、名残惜しげにコーダ(終結)に向かい、静かに消えてゆきます。第三楽章は愛らしい舞曲、されどブラームスらしく何処か武骨、それでもやはりブラームスはブラームス、結尾には仄かに諦観が忍びより印象的…。そして歓喜の爆発の終楽章。これほど溌剌とした音楽が他にありましょうか? イントロからエンディングまで、息つく暇がない究極の絶好調音楽、最後のトランペットのファンファーレは、正にこの時期のブラームスの勝ち誇った心境を余すところなく表わしていて強烈です。

 第一シンフォニーで圧倒的成功を収めて、当時のヨーロッパ楽壇の第一人者となったブラームス。その直ぐ後で自信満々の内に書いたのが、この第二シンフォニー。これは誰も言わない事ですが、このシンフォニーこそ、ブラームスの「勝利の交響曲」だと私は確信しています。もしこの交響曲に私が名を着けるとするなら、交響曲第二番ニ長調「田園の歓喜」とするでしょう。田園(自然)はブラームスの創作の最大の泉(原点)、そこからブラームスは愛を育み、音楽へと変貌させ、哲学(人生・シンフォニー)を語るのです。
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2012年06月20日

雑記帳7 キムタク・たけし・亡き王女のためのパヴァーヌ、アクセス多し 2012.06.19

 私が書いた「キムタク・たけしのトヨタのCMに使われたラヴェルの“亡き王女のためのパヴァーヌ”について」の記事へのアクセスが尋常でなく多かったので驚いています。流石に当代一二の人気者、私のブログアクセス増大に力を貸してくれて有難く思っています。されど、ここで使われた音楽が皆様の関心を集めたのも周知の事実です。やはりこの音楽には人の心を打つ魔力が秘められているのですね。

 パヴァーヌとは16世紀に流行った宮廷ダンスの一つのリズム様式。パヴァーヌの語源の孔雀の舞を模した威厳ある優雅な宮廷舞曲の一つです。このリズム様式は現代でも脈々と受け継がれており、私も先日花嫁(次女)と二人で行進したばかりのあの洋風結婚式のヴァージンロード行進のリズムとして役目を果たしています。

 また20世紀初頭の近代フランスの作曲家・ラヴェルもこの“亡き王女のためのパヴァーヌ”で使ったのでした。若き日のラヴェルが思いを籠めて作った名曲(最初はピアノ曲)、初めラヴェルはこの曲の弱点を気にしてしおらしい言い訳を言っていましたが、後にぬけぬけとオーケストラ版を書き足しました。やはりラヴェルはこの曲を気に入っていて満更ではなかったようです。それもその筈です、ここには美への憧れと人を思い遣る優しい愛があります。それはウットリとした法悦の中で繰り広げられ、彼の人を切に想う慰めに満ちた哀悼の想いが胸を打ちます。ラヴェルが殊の外この曲に思いを寄せたのも、解ろうと言うものです。

 よくぞこの曲を使いましたね。キムタク・たけしのイメージには音楽の高貴さはそぐわないものがありますが、何よりも被災地・石巻を想う哀悼の想いには合致しましたね。この高貴な想いを大切にしたいですね。
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2012年06月18日

雑記帳6 台風接近、嫌ですね、ご注意怠りなく 2012.06.18 

 折悪く梅雨時の今、台風が接近しているとか。日本列島を縦断の見込みで、各地で大雨が予測されており、注意が必要ですね。今は沖縄の南を北北東に進んでおり、予報では明日(19日)の18時に大阪付近だとか。その頃は進行速度も毎時50KMにスピードアップするそうで、関西と関東では500KMの距離があるため、関東への最接近は20日の早朝4時頃となる見込みのようです。関東では、20日の午前中が山(峠)ですかね? 皆様、お気を付けください。

 ピアノ調律師としての台風への対応は悩ましけれど簡単です。さし迫って必要なお客様(大事なコンサートなどで)には、例え台風でも万難辛苦を廃して仕事先に出向きます。しかしお急ぎでないお客様の場合は、電話連絡などで断行か取り止めて後日にするかをご相談します。取り敢えず来て欲しいと請われれば、何はさて置き伺う事にしています。勿論、安全第一ですから、無理はしません。無理はしませんが万全は尽くします。まあ、どんな仕事でも同じでしょうが、命を懸ける時もありますよね。
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2012年06月17日

雑記帳5 福祉の一端を考えてみました 2012.06.17

 先程まで福祉問題を取り上げたあるBSテレビの番組を観ていて実に考えさせられました。それは札幌の姉妹の孤立の末の衰弱死の話題で、生活保護の受給の困難さを取り上げていました。一方に、働けるのに働かない受給者や余裕があるのに生活保護を受け贅沢をする狡猾な不届き者もいれば、またその一方で病気等で本当に困っているのに世事に疎く押しが弱い性格のため、生活保護を受給し損ねている人もいるのです。その挙句の果てが、一方の受給者に於いては、労働意欲の低下と受給金の遊行費などへの乱用に繋がり、またその一方の非受給者に於いては、悲劇的な孤立無援の孤独死に陥ってしまう例が後を絶たないのです。公の役人を責める事は簡単ですが、事はそんなに単純ではないのです。翻って考えてみれば、私達市民の側も“何ら責められる要因はない”と胸張って言えるでしょうか? そうです、私達に出来る事を今すぐやる事が大切です。一つには地域(町内会や寺社・教会などの末端の組織)の民の連携と監視を促し、対象の個人を特定する事です。生活苦で困っている人には相談に乗る等の助けの手を差し延べ、不正受給者には告発の鉄槌を…。そんな義務と努力が益々必要になってくるのではないですかね。明日からはほんの少しでも良いから周囲の人々に関心を持ち、例えお節介だと鬱陶しがられても、世間話や噂話を利用して、“見張り番”位の役目を果たそうではありませんか。向こう三軒両隣とまではいかなくとも…。
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2012年06月12日

音楽の話74 娘のエリスマン邸ピアノ生演奏、聴いてきました 2012.06.12

1、エリスマン邸ピアノ生演奏
エリスマン邸ピアノ生演奏
妻と私そして次女も駆け付けてくれ、夏子のピアノ生演奏を家族で聴いてきました。ピアノはカワイ製のモジュラー型、アップライトピアノよりも小型のピアノ。それでも調律したばかりだそうで、二三の音の音質の異音と旋律音域の強硬度の異和感を除けばまずまずの出来栄えで、充分楽しめました。

曲目は“ベートーヴェンのエリーゼのために”や、モ-ツァルトの“ピアノソナタ”を中心に組み立てられており、何方でも楽しめる内容となっていました。丁度一時間の演奏で、その間に時よりエリスマン邸見物のお客様が足を止められ聴いてくださいました。優れた技巧美の家具が置かれた部屋はムード満点であり、そこに流れるピアノ音楽は一段と絢爛の度合いを増し、私達に雅なロマンを与えてくれました。

2、エリスマン邸喫茶室
エリスマン邸喫茶室(カフェ)
聴き始めて30分程経ったところで、少し離れてフィルターを掛けて聴きたいと思い、気に入っている隣にある喫茶室に出向きました。美味しいエリスマンブレンドのコーヒーを飲みながら、一室隔てたフィルターを通したピアノに聴き入ると得も言われぬリラックスが得られ、至福の時を過ごせました。男性の三人組が来店し、お喋りの雑音が気になるまで、聴き惚れていました。誠に贅沢な時間でした。
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雑記帳4 今日は娘夏子のエリスマン邸ピアノ生演奏 2012.06.12

 今日は娘夏子の山手エリスマン邸ピアノ生演奏の日。これから出掛ける事にします。久し振りで山手を訪ねるので、娘の演奏もさる事ながら、山手の町並みを観るのも楽しみです。ただ心配されるのが天候で、梅雨は少々、出掛けるのが億劫になりますね。されど、そんなものには負けずに、折りたたみ傘を携帯して散歩も楽しんできます。では行って来ます。
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2012年06月10日

音楽の話73 三上夏子、山手エリスマン邸ピアノ生演奏のお知らせ

 来る6月12日(火曜日)、我が娘・三上夏子が再び山手エリスマン邸でピアノ生演奏を行います。時間は午前10:30〜11:30です。お時間がお有りでご興味を持たれる方は是非お出掛けください。今回は私も散歩がてら聴きに行く予定でいます。もし宜しかったらエリスマン邸でお会い致しましょう。御遠慮なくお声を掛けてください。どうぞよろしく…。
posted by 三上和伸 at 21:26| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

音楽の話72 キムタク・たけし出演のトヨタのCMに使われた音楽、ラヴェルの“亡き王女のためのパヴァーヌ”について 2012.06.09

 キムタクの信長とたけしの秀吉が現代に蘇ってトヨタの車に乗って被災地の石巻を訪れるCM。たけしが海に向かって「馬鹿野郎!」と叫ぶのが印象的ですが、それよりももっと素晴らしいのが、その背後に流れる柔和な音楽(演奏は今一つ)。それはヴァージンロードを行進する時に使われる舞曲・パヴァーヌのリズムに乗ってホルンが慰めを籠めて切なく歌い出します。正にロマンティックにして厳かな哀悼の曲。きっと被災者だけでなく、多くの日本人がこの音楽から慰安を受け取っている事でしょう。私もこのCMを聴く?と何時も胸がジーンとなり、感動で涙ぐんでしまいます。

 亡き王女とは誰の事か? モーリス・ラヴェルはその問いに、こう答えたそうです。「それは単なる修辞句に過ぎない」と…。まあ、詩的で流れの良い語呂合わせ的なものと申して良いかも知れません。されど、ここにある亡き王女に捧げた憧れに満ちた優しい感情、それは紛れもなくある人を思っての結果だと私は直感するでしょう。例え、それが架空の恋人であったとしても…。
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2012年06月06日

雑記帳3 失望、金星の日面通過観えず 2012.06.06

 重々解っており百も承知の当てにできない天候なれど、今日ほどガッカリした事は近年珍しい事だと申し上げておきましょう。それにしても百十数年に二度の機会しかない千載一遇?のチャンスを悪天候のためにふいにしてしまいました。今度は百五年後ですから殆どの日本人は、もう観る事はできないのです。今日こそ天に唾?をしたい日はなかったのですが、それをすれば唾は自分に掛かってしまうので、ジッと我慢の子でいました。やっぱり、完璧な予測を立てて観える地域まで大移動しなければなりませんのね…。でも私のような貧乏人には無理ですね、トホホホホホ… まあ、7月末から8月の流星群と8月14日未明の月の金星食を楽しみに待ちましょうね。
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2012年06月03日

雑記帳2 恥を忘れた日本人 2012.06.03

 戦後の経済成長が招いた悪の例。無能なのに高額の給与を取る政治家、不正申告で脱税をする経営者、会社の交際費で自分の飲み食いの支払いをする社員。誰でもやっていたキセル乗車の電車運賃の踏み倒し、国、そして自分が務めている会社や鉄道会社は儲かっているのだからかすめ取ってもかまわない。多かれ少なかれ、日本人はそんな気持ちで生きて来たと思われます。しかしながら、成長著しい豊かな時代であっては、多少大目にみられるかも知れませんが、低成長の現代に至っては、由々しき問題となります。今、時代にそぐわない悪が蔓延しています。

 寄らば大樹の陰で、国や会社から甘い汁を吸う個人。正にタカリ根性丸出しの人生。それが今や福祉の分野にも蔓延っているとか…。充分に生活資金のある個人が生活保護を受けているおかしな事実、年々減少する血税をかすめ取る悪。戦後の経済成長が招いた悪が、とうとうここまで来てしまったのですね。

 恥を忘れた日本人、昔は食えなくなれば野倒死(のたれじに)もありました。だから皆、必死で仕事を探したものです。どんな仕事でも、例え女郎であったとしても…。甘えの地獄(天国?)に落ちた今の日本人に、そんな厳しい生き様(生き方)を教えてやるべきです。人間、幾つになっても、甘えは許されません。もう一度原点に戻って生きる事を考えるべきです。働けるのなら仕事をする事です、それこそ、社会に貢献する事ですから…。そこから善が生まれます。恥を取り戻しましょう。
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2012年06月01日

雑記帳1 尾崎紀世彦さん死す 2012.06.01

 雑記帳なるカテゴリを追加して、このSeesaaブログも持続して行く事に決めました。写真を使わなくてはならない記事は、Livedoorブログを使用し、簡単な私心や出来事の感想を述べる場にはこのSeesaaブログを使いたいと思います。どうぞ、よろしく…。

 何と、あのレコード大賞及び紅白歌合戦歌手の尾崎紀世彦さんが亡くなられたそうです。びっくりされた方も多かったのではないでしょうか、私も大変驚きました。マスメディアから離れ、馴染みも薄くなり出して久しい尾崎氏でしたから、余り詳細は分からないようですが、一年余りの間、ご病気で入退院を繰り返しておられたのだそうです。もうあの豪快な歌唱を聴けなくなった訳で、誠に残念です。まだまだあの人の歌を聴きたい人は、私を始めこの世に沢山いるでありましょうに…、あの世に逝ってしまわれました。確実に一つの良き時代が過ぎ去ったのですね。今思えば、この人は余り器用な性質ではなかったようですね。「また逢う日まで」以外はヒット曲にも恵まれず、一発屋の誹りを免れませんでした。それでもその「また逢う日まで」は日本歌謡曲史上に燦然と輝く傑作であり、その歌いっぷりのよさは古今東西無比であったのであり、若き日の私も溜飲を下げつつ聴き惚れました。爆発の快哉?、大好きでした。素晴らしい歌手の悲しい死、ご冥福を祈ります。
posted by 三上和伸 at 22:49| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする