2012年07月31日

雑記帳27 美しくない柔道なんて観たくありません 2012.07.31

 どうも最近の柔道はいけませんね。持ち手ばかりに拘りチャンと組み止めません。まるでフリースタイルのレスリングのようです。組み手の探り合いばかりで、それだけ見るとレスリングを通り越して、もうボクシングですね。ゴタゴタゴタゴタと縺れ合ってばかりで全く美しさに欠けています。典雅な様式美を誇ってきた日本柔道が、世界に広まり、歪められてしまいました。美意識を持つ日本人の私としては美しくない柔道など観たくなくなりました。美しくないスポーツなどもうスポーツではないのです。残念ですが、もう柔道の国際試合は観ないつもりです。審判も酷いしね…、さよなら、汚らしいオリンピック柔道よ!!!
posted by 三上和伸 at 21:58| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月30日

音楽の話78 リトルコンサートの曲目と解説

 遅くなりましたが、7月14日に行われた大関はるみ・三上夏子両先生主催のリトルコンサートの全曲目をお知らせ致します。

☆第一部・ピアノソロ演奏
1、はさみとぎ、白鳥            トンプソンより
2、カンツォネット                ネーフェ
  メヌエット                   ラモー
3、バースデーケーキ、ポップコーン屋さん  トンプソンより
4、ソナチネOp.36                ゲジケ
5、人形の夢と目覚め              オースチン
6、ソナチネOp.34-2 第1楽章         アンドレ
7、ソナチネ第1番Op.13-1 第1楽章   カバレフスキー
8、ソナチネOp.36-4 第1楽章       クレメンティ
9、バターつきパン(一本指のワルツ)     モーツァルト
10、メヌエット                  ハイドン

*曲の説明
1、はさみとぎ、白鳥 …トンプソンより
  以上の曲を収めたジョン・トンプソン編集の現代ピアノ教本は、それまでにあった単なる運指運動の教則本とは異なり、既存の名曲や親しみ易い旋律を使用した芸術性の高いピアノ教本です。しかもそれに合わせた解説も加えており、無味乾燥な忍耐を押し付ける事のない楽しいピアノレッスンを目指したものと言えます。

2、カンツォネット …ネーフェ
  メヌエット    …ラモ−
  クリスティアン・ゴットロープ・ネーフェ(1748-1799)は、モーツァルトと同時代に活躍したドイツの音楽家(作曲家、指揮者、オルガニスト)で、ベートーヴェンの先生としても有名な人です。オペラの一種である“ジングシュピール(ドイツ語の歌芝居)”を最も得意とし、多くのジングシュピール作品を書き上げ上演しました。“歌”の意味を持つこの曲・カンツォネットはピアノ小品ですが、旋律を歌う事に重きを置いた曲作りがなされており、音楽に於ける歌の大切さを示唆しています。
 
  ジャン・フィリップ・ラモー(1683-1764)は、フランスバロックの作曲家及び音楽理論家です。特に音楽理論家として名高く、和声と調性を理論的に体系化した最初の人と言われています。メヌエットとは比較的ゆっくりとした四分の三拍子の踊りの曲ですが、起源はフランスの民族舞踏とされています。ラモーの生きたバロックの時代には宮廷舞踏として盛んに演奏され踊られました。恐らくラモーは、このメヌエットの他にも沢山のメヌエットを作った事でしょう。

3、1、のトンプソンを参考にしてください。

4、ソナチネOp.36 …ゲジケ
  アレクサンドル・ゲジケ(1877-1957)は、近代ロシアの作曲家兼ピアニスト兼オルガニストです。バッハ演奏の権威で、モスクワ音楽院のピアノ教授でもありました。作品は、交響曲に室内楽、そしてピアノ曲など多数あります。

 ☆ソナチネは、“小さくて短い器楽曲(楽器で演奏する)”を指す音楽用語です。ソナタ(伊語の“演奏される”の意で器楽で奏される曲)から派生したソナタの小型版を意味し、初心者向きに楽想的にも演奏技術的にも平易な曲作りがされてます。

5、人形の夢と目覚め …オースチン
  テオドール・オースチン(1813-1870)は、ドイツのピアノ教師にして作曲家です。丁度ショパンやシューマンと同時代の音楽家で、優れたピアノ教師として名を成した人です。それでもショパンやシューマンとは異なり、その作り出したピアノ曲は、初心者や子供を対象にした自分の弟子たちへのサロン小品でした。ところが当時これが大当たりを取り、オースチンの名は世界(当時は欧州・北米)に轟きました。現在でもその作品「人形の夢と目覚め」、「アルプスの夕映え」、「花売り娘」などは世界の子供たちに愛されており、日本では発表会の定番ですね。因みにオースチンと同時期に同様の立場を持った人にヨハン・ブルクミュラー(1806-1874)がいます。その作品の「素直な心」「アラベスク」「貴婦人の乗馬」などの載った「25の練習曲Op.100」は何方にもお馴染みですね。

6、ソナチネOp.34-2 …アンドレ
  アンドレが誰だか判りません。何れ判明次第、ここに加筆する事にします。

7、ソナチネOp.13-1 …カバレフスキー
  ドミトリー・カバレフスキー(1904-1987)は、ロシア(実際はソ連)の作曲家兼ピアニストにして著述家です。ロシア革命(1905年《第一次》及び1917年《第二次》)と共に生まれたと言っていい生年を持ち、ソ連の隆盛と崩壊(1991年)をソ連の共産主義に寄り添って体験したソ連の御用音楽家です。しかしその音楽は教育にも向けられており、ソ連音楽教育の中心的存在でもありました。優れた子供用の作品も多々あります。このソナチネもその一つですね。

8、ソナチネOp.36-4 …クレメンティ
  ムツィオ・クレメンティ(1752-1832)は、イタリアローマで生まれ、イギリスで活躍しイギリスで没したイタリア人の音楽家です。その経緯は十代の頃にイギリスの知人に貰われて行ったと言うのが真実のようです。その職種や経歴も多彩で、作曲家兼ピアニスト及び指揮者の他に、ピアノ制作や楽譜出版の会社の経営(社長)までもしたのでした。80歳で没した当時としては破格の長生きで、生涯二度の結婚をしており、その二人の妻(クレメンティ52歳で18歳妻、59歳で26歳妻、正にダブルスコア以上)はこれまた破格の若年であったそうです、凄い???。

 生涯に膨大な数のピアノ作品を残しており、ベートーヴェンが高く評価したソナタは何と100曲、そして大冊の練習曲集「グラドゥス・アド・パルナッスム」やソナチネがあります。近年クレメンティの再評価の機運が高まり、これらの全曲録音がなされた上に、新版の全曲出版の準備もされているようです。但し、最も世に知られているのが今回生徒さんが弾いた曲を含めたOp.36の6曲のソナチネ集であり、それは番号が増すに従い難易度が上がるそうです。

9、バターつきパン(一本指のワルツ) …モーツァルト
  ウォルフガンク・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)は、ザルツブルクに生まれウィーンで没したオーストリアの作曲家です。“神童”として何方もご存知ですが、悪口を言ったりする、結構人間的な人であったようです。前項のクレメンティをベートーヴェンは高く評価したのですが、モーツアルトは評価しませんでした。それどころかむしろ酷評までしています。恐らくそこには二人(ベートーヴェンとモーツァルト)の音楽へのスタンスの違いが表れているように感じます。音(ピアノ音)の官能性や活発性への好みの違いが表れているのですね。モーツアルトの音楽は繊細にして端麗、そしてその優しさが胸(心、涙)に響きます。ベートーヴェンの音楽は細心にして豪気、壮快な論理が腹(筋肉、快哉)に轟きます。私は両者の音楽を長年聴いてきて、つくずくそう思います。さてその理屈?で言うと、クレメンティはどちらかしら…。自ずと解りますよね。

10、メヌエット …ハイドン
  フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732〜1809)は、古典形式を完成させたウィーン古典派の音楽家です。節度ある健全な思想の持ち主で、後の作曲家のお手本になる大先生でした。勿論最大の弟子はベートーヴェン(モーツァルトはライバル)で、革新的に生きたベートーヴェンでも、その音楽の根本はハイドンの教えに基づいています。ハイドンはオーストリア帝国の貴族の一人(エステルハージ公)に長い事使えて来ました。そしてその仕事と言えば、その貴族や親族の接待及び慰安のために音楽を書き演奏する事でした。貴族と言えば宮殿、宮殿では毎夜?夜会が行われます。そこで始まるのがダンスです。この当時のダンスでは主にメヌエットが踊られます。ハイドンもメヌエットを作曲したのでした。因みにメヌエットはダンスにだけに用いられるのではなく、音楽の一つの形式としても存在しています。この典雅な舞曲は、シンフォニー等の第3楽章にも使われているのです。


☆第二部・ピアノソロ演奏
11、ソナチネ ト長調     アットウッド
12、ワルツ イ短調       ショパン
13、プレリュード 第一番    バッハ
14、サラバンド        ヘンデル
15、エリーゼのために    ベートーヴェン

*曲の説明  
11、ソナチネト長調 …アットウッド
  不勉強の所為でアットウッドの正確な正体が知れません。当てずっぽうですが、恐らくトーマス・アットウッドと言う名のイギリスの音楽家だと思われます。モーツァルトの弟子の一人と言う事で、18世紀後半から19世紀前半に活躍したのでしょう。モーツァルトご自慢のお弟子だったそうです。

12、ワルツイ短調 …ショパン
  ご存じ、ピアノの詩人のフレデリック・ショパン(1810-1849)の曲…。故郷ポーランドの鄙びた雰囲気と大都会パリの雅が見事に溶けた甘く切ない情緒が素晴らしい…。それはピアノの美音を全て知り尽くして書いた完全無欠のピアノ音楽。もう魔術としか言いようがありません。

13、プレリュード 第一番 …ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)
  平均律クラビーアの最初の曲でハ長調の前奏曲、分散和音が美しくしっとりとして安らぎに満ちています。この後の万物実る豊饒の沃野(本編)を前にしたほんの心ばかりの慰めの曲、でもそれだからこそ、これは美しいのです。

14、サラバンド …ヘンデル(1685-1759)
  バッハ(同い年)の唯一の対抗馬だったジョージ・フレデリック・ヘンデル(独名・ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル)は、ドイツ生まれで後にイギリスに帰化した人です。ストイック(冷静な、平然とした、禁欲的な)なバッハに比べ豪快で快楽的なヘンデル、二人は正反対な性格に見えますね。バッハは宗教曲が本分ですが、ヘンデルはオペラが主舞台でした。この辺りも明確であり極めて対照的ですね。まるで19世紀のワーグナーとブラームスの関係に似ていますね。サラバンドの起源は面白く、16世紀頃にスペインの植民地(南米)から逆輸入されたのが始まりと言う事です。勿論元はヨーロッパの舞曲で、それが南米に渡りサラバンドの名を頂戴し再び戻って流行ったと言う事で、バロック時代には舞曲の定番となりました。二分の三拍子のリズムで引きずるように重々しく踊られるようです。

15、エリーゼのために …ベートーヴェン
  誰彼が、ピアノレッスンを始める動機となる遍く知れ渡ったピアノ小品…。愛する恋人エリーゼ?(テレーゼ?)に成り変わって書いた乙女心の時めきの詩…。野人・ベートーヴェンは恥も外聞も捨て?、女心を取り上げたのでした。


☆第三部・連弾とソロ演奏・三上先生の模範演奏
≪ハッピー・ソング≫
1、きらきらぼし
2、まきばのうたごえ
3、ハッピー・バースディー・トゥ・ユー

≪ディズニー・ワールド≫
4、不思議の国のアリス
5、星に願いを(ピノキオ)
6、いつか王子様が(白雪姫)、ホール・ニュー・ワールド(アラジンの魔法のランプ)、三上先生のソロ演奏

≪ジプリの世界1≫
7、となりのトトロ
8、さんぽ
9、風のとおり道
10、ねこバス

☆第四部・連弾演奏
≪ジプリの世界2≫
★魔女の宅急便
11、海の見える街
12、やさしさに包まれたなら
★天空の城ラピュタ
13、君をのせて
≪ロマンチック・ロシア≫
14、「ピーターと狼」より ピーター
15、「白鳥の湖」より 情景

*曲の説明
14、「ピーターと狼」より ピーター …セルゲイ・プロコフィエフ
  近代ロシアの作曲家・セルゲイ・プロコフェフ(1891-1953)が世の子供の管弦楽への理解を促がす目的で書いた教育的作品です。登場人物(動物も)がそれぞれ特定の楽器で特徴的に表わされます。例えば快活なピーターは弦楽器で表わし、強靭な狼は重厚なホルンで…、小鳥は愛らしいフルートで表わし、アヒルはのんびりとしたオーボエといったふうに…。ここでは弦楽の替わりにピアノでピーターを表わします。さて、ピアノのピーターは如何でしたか?

15、「白鳥の湖」より 情景 …ピョートル・イリッチ・チャイコフスキー
  ロシアを代表する作曲家・チャイコフスキー(1840-1893)は多岐に亘る種類の音楽を書きましたが、その中でも取分けバレエ音楽が高い人気を誇っています。俗に言う“三大バレエ”は「白鳥の湖」「眠りの森の美女」「くるみ割り人形」で、チャイコフスキーならではの豪華で美しい管弦楽を聴く事ができます。その至る所にエキゾチックな名旋律がちりばめられ、眩く陶酔の境地に誘われます。もしも今、もの悲しい「白鳥の湖」の情景の音楽を聴けば、立ち所に遠い北国の神秘の湖に降り立つ事ができます。さあ、皆で行きましょう、白鳥の湖へ…。


☆第五部・ソロ演奏
1、6つのウィーンソナチネkv.439b 第6番 第1楽章  モーツァルト
2、ソナタkv.545 第3楽章               モーツァルト 
3、ウクライナ民謡による7つの陽気な変奏曲        カバレフスキー
4、小さなニグロ                     ドビュッシー
5、ルーマニア民族舞曲                   バルトーク

*曲説明
1、6つのウィーンソナチネkv.439b 第6番 第1楽章 …モーツァルト
  三上先生の曲選びは広範囲に亘っていますね。音楽文献やネットを当たっても出ていないものがあります。このウィーンソナチネも調べる術はありませんでした。仕方ないのでここではモーツァルトのお金の話を一言…。モーツァルトはお金に困っていたと言われていますが、それは本当らしいです。私が訪ねたウィーンのモーツァルトハウスでの説明によると、モーツァルト自身が書いた借金の申し込みの手紙が複数残されているそうです。収入は多く(今のお金で数千万円)、このモーツァルトハウス(フィガロの結婚を書いた時期に住んでいた)も立派な建物で部屋数(10室位)も多かったのです。可笑しな話ですね。ここではその原因は知る事はできませんでしたが、恐らく、私の想像では、賭け事を始めとしたモーツァルトの無駄遣いにあったと思われます。そしてオペラその他の興業の失敗もあったのかも知れませんね。生活不安がモーツァルトの寿命を縮めた可能性は充分想像がつきますね。

2、ソナタkv.545 第3楽章 …モーツァルト
  このソナタは有名ですから何方でもご存知でしょう。モーツァルト特有の軽味のある爽やかな曲ですが、じっと聴き入ると何故か胸に迫るものがあります。時としてですが、私は泣いてしまう事があります。それはモーツァルトが無意識に身につけていた“もののあはれ”の情念に私の思いが呼応するからです。私はそれを諦観と言います。ブラームスとまた違う諦観が確かにここにあります。

3、ウクライナ民謡による7つの陽気な変奏曲 …カバレフスキー
  ウクライナはポーランドよりも更に東の東部ヨーロッパの国、東隣りはロシアです。昔はキエフ大公国、一昔前はソビエト連邦の一地方だった所です。恐らく違う民族が住んでいたのに無理やりに大連邦に併合されてしまってね、胸が痛みます。それでも近年独立を果たし誇りを取り戻しました、目出度い事です。この地方にあった民謡をソ連のカバレフスキーは子供向けに7つの変奏曲に仕立て上げました。まあ、ソ連時代の産物であり、ウクライナの人々はこの曲をどう思われているか知る由もありませんが、一つの歴史を物語る証拠のようなものかも知れません。それでもそんな事はどうでもよく、私が気に入ったのはこの曲の名、この陽気な変奏曲の名はとても良いですね。何か聴かなくても見ただけで陽気になってしまいますね。また聴きたいな…。

4、小さなニグロ …ドビュッシー
  後に曲の名が替えられてしまう…何て事は、作者は想いもしなかったでしょうね。近代フランスの大作曲家・クロード・ドビュッシー(1862-1918)が最初に名付けた名は“小さな黒ん坊”であったのです。ところが黒ん坊は差別語であるそうで、近年に黒人にしたのですがこれも差別だと言う事で最後はニグロに…。しかしこれも差別だと言われてしまえばもう黒色人種を指す言葉はなくなります。唯一あると言えば、アフリカ系民族。だから“小さなアフリカン”で良いですよね。何か馴染みませんかね?…。それでもこの曲に籠められたジャズのエッセンスは正しくアフリカン、アフリカンにしましょ。

5、ルーマニア民族舞曲 …バルトーク
  バルトーク・ベーラ(姓はバルトークで名がベーラ、姓名の並びは日本と同じ、1881-1945)はハンガリー最大の作曲家。民謡(民族音楽)の収集に全力を挙げ、民族音楽研究家としても名高いものがあります。バルトークはその収集した宝とも言える民謡の素材から独自の音楽を作り出します。このルーマニア民族舞曲もルーマニアで収集した素材要素から完成されたものでしょう。中学生のお姉さんがこの曲を弾きました。それは落ち着いて聴き映えのする良い演奏でした。

  
☆大関はるみ先生、ソプラノ独唱  ピアノ伴奏:三上夏子先生 
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より ママも知るとおり ピエトロ・マスカーニ(イアリア、1863-1945)
「カヴァレリア・ルスティカーナ」とは“田舎の兵士”の意味で、このお話は男女四人の愛の葛藤を描いた一幕ものの悲劇です。田舎の兵士・トゥリッドゥが除隊して故郷へ帰ると許嫁のローラは既に馬車屋のアルフィオに嫁いでしまっていました。そこでトゥリッドゥは心ならずも純情な娘・サントゥッツッアと恋をして自らを慰めようとしました。ところがローラへの思いは止まず、ローラも拒絶するではなく、嫉妬に狂ったトゥリッドゥはアルフィオにローラの不義を告げてしまいます。そこでアルフィオは怒り、妻を奪われぬようにトゥリッドゥに決闘を挑みます。結局、トゥリッドゥはアルフィオに殺されてしまい悲劇の幕は降ろされます。

「ママも知るとおり」は純情な娘・サントゥッツッアがトゥリッドゥの母に愛するトゥリッドゥと自分の危機を訴え歌うアリアです。まあ、男は馬鹿ですよね、ないものねだりばかりして…。でもそうさせる女は悪魔ですね。女は言い寄られれば悪い気はしませんものね、つい甘い言葉で誘ってしまいます。これが人間ですよね。これが男と女ですね。オー怖い〜

 ☆サントゥッツッアのアリア「ママもしるとおり」の歌詞

あなたもご存知です、お母さん、トゥリッドゥは兵隊に
いくまえにローラと二世をちぎったことを。
除隊したらローラは人妻でした、それであの人は新しい
 愛をもって
自分の心を燃やしてきた炎を消そうと思ったのです。
わたしを愛してくれました、わたしもあの人を愛しました。
 わたしの楽しみをいえば

なんでもうらやましがるあの女は、嫉妬のあまり、
 自分の夫を忘れてしまうのです……
わたしからあの人を奪いました、
 わたしは名誉をなくしました:
ローラとトゥリッドゥは好き合っています、
 わたしは泣いています。泣いています!  *小林英夫氏の対訳

 大関先生は、切ないサントゥッツッアの思いを込めて、ドラマティックに歌ってくれました。
            
posted by 三上和伸 at 21:30| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月29日

雑記帳26 重量挙げ・三宅宏実選手、銀メダルおめでとう 2012.07.29

 あのメキシコ五輪で兄弟メダリストとなった伯父・義信氏と父・義行氏の後を継いで重量挙げ選手になった宏実さん、凄い勇気ですね。勿論、宏実さんなりの勝算はあったのでしょうが、ここまで続けて三度目の正直で、オリンピックの銀メダリストになってしまうなんて、その精神力に脱帽します。その名門の重圧を撥ね退けて耐えた忍耐力に頭が下がります。

 朝日新聞の記事によると、宏実さんは大好きだったピアノを諦めて重量挙げに挑んだそうです。ピアニストを目指していたのかしらネ…私としてはそれは残念、是非ピアノは趣味として続けて欲しかった…。そしてそれとは別に、自分自身の事を「私はチキンハート(精神的に弱い)です」と吐露しています。オリンピックまでのひと月位の間、不安でよく眠れなかったのだそうです。それらを想えば、繊細で優しい女性像が見えてきますね。私は何だかそこら辺りにも親しみを持てています。父思いの優しい性格の上にファニーフェイスな愛らしい容姿、私はゾッコン?です。

 
posted by 三上和伸 at 10:52| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月28日

雑記帳25 霧ヶ峰から戻りました 2012.07.28

訪問前の私の危惧は当たっていました。やはり霧ヶ峰には花が激減していました。特にニッコウキスゲは、あの三十年前の若き日の私が観た草原を黄金色に埋め尽くした圧巻の群生からはほど遠いものでした。鹿の食害、この最大の天敵を何とかしないと高山植物は全滅し、毒草だけが残る事になります。例えば、レンゲツツジ、そしてコバイケイソウ等の毒草、草食獣は決してこれらの有毒植物を食べないそうですよ。

それでも疎らながら花はありました。今後紹介して行きます。お楽しみに…。
posted by 三上和伸 at 23:17| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月27日

雑記帳24 土用の丑の日如何お過ごしですか? 私は明日霧が峰に 2012.07.27

 流石に土用の丑の日、半端なく暑いですね、びっくりしています。毎年夏になれば遭遇している筈の暑さなのに、忘れていたのですね、夏がこんなに暑いとは…。また改めて学んだ次第です。まあ、文明の利器を使えば簡単に凌げますが、果たしてそれだけでいいのでしょうか。もっと資源を使わずに夏を過ごす方法はないのでしょうか。まあ、風を使えば良いのでしょうが、一晩中窓を開けておくには現代は物騒過ぎます。人間は進歩の末に袋小路に迷い込んでしまったようです。

 条件反射かも知れませんが、先程食べた鰻のお陰で、何やら元気が出てきたみたいです。明日、早朝から霧が峰を目指します。久し振りの霧が峰、どんな花が待っていてくれるのか大方は見当がつきますが、思い掛けない新顔も隠れているかも知れません。楽しみです。
posted by 三上和伸 at 19:06| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月26日

雑記帳23 サッカーなでしこジャパン、初戦突破 2012.02.26

 今朝未明、なでしこジャパンは初戦の相手カナダに勝利しました。結果は2-1でした。

 私は風呂上りの後、前半戦の途中から観戦をし出して、川澄・宮間の二つのゴールを観る事ができました。ついていましたね、高々30分程の視聴なのに…、なでしこの全ゴールが観れたのですからね。それでも後半は、終わるのが2時過ぎますからね、朝起きるのが辛くなるので止めにして、床に就きました。

 それにしても二つのゴールは素晴らしいタイミングでした。ナデシコジャパンは統率の取れた見事な攻撃を展開していて、後々きっといい結果を出すでしょう。先が楽しみです。
posted by 三上和伸 at 09:56| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雑記帳22 暑くなりました、ホントの梅雨明けですね 2012.07.26 

 今、夜中の12時半過ぎ、何と庭ではニイニイゼミが鳴いています。暑くなりましたね、ようやく梅雨明け十日?の太陽の季節がやって来たようです。さてこの週末何処へ行きますかね? 未だ行き先の絞り込みが定まらないのですが、出来れば霧が峰に花などを観に行きたいですね。あの素晴らしいニッコウキスゲに会いに…。あの鹿の食害で近年はニッコウキスゲも不作と聞いていますが、それを確かめる意味でも行ってみようと考えています。その節はまた写真を添えて、新ブログの音の楽しみでお知らせしますね。では、お健やかにお休みなさい。
posted by 三上和伸 at 00:53| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月24日

雑記帳21 イチロー選手電撃移籍、マリナーズ→ヤンキース 2012.07.24

 驚きましたね、イチロー選手がマリナーズを辞めてヤンキースに入団したとか…。やはり、停滞した自らを発奮させるには刺激が必要だったのですね。イチロー選手は選手生命を懸け、己を奮い立たせるために賭けに出たのです。

 考えてみれば、ここ一二年のイチロー選手には燃え尽き症候群の翳が見え隠れしていました。10年連続200本安打を達成した辺りから俄かにその兆候は表れていました。打席での闘志は薄れ簡単に凡打してしまう、私は観ていて不甲斐ない姿に退屈を覚え、直ぐにチャンネルを回してしまう事が多くなりました。

 人間大きな満足を得てしまい、それに溺れてしまうと、中々元のモチベーション(意欲)を取り戻す事は容易ではありません。大選手イチローでも一度満足の休憩に入ってしまうとそこから抜け出せなくなるのです。しかもマリナーズの泥沼の低迷が、更にイチロー選手の意欲を削いだ事は間違いないでしょう。

 いいでしょう、トレード、大賛成です。今一度生まれ変わって一から出直し、今度こそ記録に残る選手ではなく記憶に残る大選手になってください。「あの日の逆転満塁サヨナラホームランは、今も昨日の事のように想い出せるよ、素晴らしかった!」と末代までも語り継がれる選手になってください。シラッとした顔で大パフォーマンスを演じてください。


posted by 三上和伸 at 22:10| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

雑記帳20 ミンミンゼミが鳴きました 2012.07.22

 今日の午後、今年最初のミンミンゼミの声を聴きました。独特の腹の座った鳴き声、初めミンミンミンミン…とクレッシェンドしていく前向きの気構え、そしてクライマックスで他の蝉を圧倒する圧巻の雄叫び…。誠、蜩とは正反対の好一対の対象、私の好みのベスト1(蜩),2(ミンミンゼミ)を占める二種類の蝉です。ああ、素晴らしい夏の風物詩…、心躍る夏の音…。

 因みに蜩は秋の季語にされています。でも私は夏の蝉と信じて疑いません。夏にこそあの声の涼しさが必要なのです。夏は涼み、蜩こそ、それに相応しい風物はありません。
posted by 三上和伸 at 23:48| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月18日

雑記帳19 蜩(ひぐらし)が鳴き出しました 2012.07.18

 とうとう待ち望んでいた蜩が鳴き出しました。嬉しい…、そしてその哀切の唱に心揺れ、もの悲しい…。ヒグラシの漢字は虫偏(むしへん)に周(めぐる)の旁(つくり)、これは恐らく鳴き方から導かれたもののようですね。トレモロ(同音を小刻みに連呼する演奏法)の形で、冒頭はフォルテ(強く)で始まり、次第にディミニュエンド(だんだん弱く)をし、リタルダンド(テンポを落とす)して最後はピアノで終わります。大きく弧を描くような揺れる歌い回しです。そのトレモロが周回を表わして聴こえるので蜩の名なのでしょう。しかも群れなして鳴けばとてつもなく音楽的に聴こえます。何匹もが一斉に鳴くのではなく、一鳴き一鳴き受け継いで連続的に鳴くのです。それはまるでカノン(輪唱)のように…。名にし負う一流の作曲家が書いたどんな名旋律にも勝ると私は思います。
posted by 三上和伸 at 19:47| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音楽の話77 リトルコンサート 2012.07.14

 先日の7月14日には、大関はるみ・三上夏子両先生の主催するピアノ発表会・リトルコンサートが行われました。大勢の愛らしい生徒さん達が次々と登場し、様々なピアノ音楽を披露してくれました。皆様の普段の努力の成果がここに一気に花開いたのです。正にそれは精華そのもの、まるで音楽の精がピアノの音を借り、語り掛けて来るようでした。私はしっかり、それを受け止めましたよ、皆様の心を…。そして私は幸せでした、ありがとう。

 音楽は作者、演奏者、鑑賞者の三者のコミュニケーションで成り立つ芸術です。そしてその中心にいるのが演奏者です。演奏者は作者に成り変わって作品の精神(愛)を鑑賞者に伝えなければなりません。理解力と表現力が必用なのですね。どうか、出演された皆様は、この事も参考に入れられて、今後も精進してください。演奏とは愛を伝える行い、愛を伝えましょう。

1、小さい生徒さんのソロの演奏
生徒さんのソロ
巨大なフルコンサートピアノを弾く小さい生徒さん、愛らしいですね。しかも何やら気品も漂っています。健気にも愛を語っているのでしょうね。

2、三上先生のソロ演奏
三上夏子先生のソロ
ピアノの前に掲げられているのは白雪姫の絵ですかね、チューをしてますね。三上先生オリジナルの紙芝居パフォーマンス、これに目を輝かさないお子さんはいません。目の力を利して耳の集中を増す作戦。これからもどんな作品が出て来るのか楽しみですね。今回はディズニーの白雪姫から「いつか王子さまが」とアラジンの魔法のランプから「ホール・ニュ−・ワールド」でした。

3、一寸お姉さんの連弾(デュオ)演奏
生徒さんの連弾
一寸くっつき過ぎに見えますがそれだけ心が通い合ったのでしょう。睦まじい姿を見せてくれた連弾でした。二人しての演奏はアンサンブルの基本形、正に心を一つにして愛を語るのです。これが平和の基本形ですね。

4、大関はるみ先生のアリア絶唱
アリア熱唱
何時も素敵な歌唱を披露してくださる声楽家の大関はるみ先生。声量のあるダイナミックな歌唱に定評があります。今回はイタリア近代の歌劇作曲家マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」からサントゥッツァが歌うアリア「ママも知る通り」でした。

追伸:全曲目の詳しい説明は後日の音楽の話に掲載します。
posted by 三上和伸 at 09:18| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

雑記帳18 梅雨明けしました 2012.07.17

 とうとうと言おうか、いよいよと言うか、おめでとうございます、梅雨が開け(明け)ました。されど晴れて嬉しいけれど凄い暑さ、今日は本当に暑かったですね、37℃はありましたかネ。こうなればもう、仕事は程々にして休養を取り、元気に遊びましょう。未だ決めていませんが、今年は山に行く積もりでいます。そう霧ヶ峰や美ケ原などはいいですね。絢爛の高山植物に満天の星、そして天の川。ああ、考えただけでも心が蕩けそう…。待っててネ、美しき風物達よ!
posted by 三上和伸 at 22:59| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

雑記帳17 雨の止み間に杜鵑鳴く、豪雨災害の地域もあるのに… 2012.07.13

 大雨と言うよりは桁外れの極悪豪雨、九州地方に沢山の犠牲者が出てしまいました。ご冥福を祈ります。

 日本列島の西半分は地球の地勢構造上、雨の降り易い地域と言えますが、過去に例を見ない豪雨だとか、よくもあれだけの水が空に浮いていたのかと、どんなに想像力を駆使したとしても、私の貧しい能力では想像できません。

 住んだ所が悪かったと言ったところで最初から好んで住んだ訳ではないでしょう。先祖代々そこに住み、御苦労の末、その土地を守って来られたのですよね。それでも、現代の危険な多雨の気候条件を考えれば、山間部の危険区域に住まわれる方々は移住が必要と想われます。これ以上悲惨な犠牲者を出さない為にも…。

 我らが住む横浜の町では、先程雨の止み間にホトトギス(杜鵑)が鳴いていました。そこで正直なところ、私は豪雨の少ない関東に住む安心を感じてしまいました。極めて心苦しいのですが…。
posted by 三上和伸 at 08:03| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月11日

雑記帳16 パンダの赤ちゃん、夢をありがとう 2012.07.11

 儚い命でしたね。私があれこれ申した事が滑稽に思える程に…。本当に恥ずかしい、そして悲しい…。でも短い時間でしたが夢を見させてくれたパンダの親子よ、本当にありがとう、ご苦労様…。それから動物園関係者の皆様、お疲れさまでした。この不幸を学び、次はもっと首尾よくやりましょう。余りにも危うく憐れな、そして尚好ましい絶滅危惧動物のために…。
posted by 三上和伸 at 23:14| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月10日

雑記帳15 パンダの赤ちゃん大忙し? 

 母親パンダ・シンシンがお疲れとなり、子パンダを離したすきにさっさと子を横取り、体重や性別までも確かめてしまった飼育員チーム、流石ですね。プロジェクトチームを立ち上げて、何が何でもこの千載一遇の宝の子を育て上げようとしています。母パンダ・シンシンを一方で上手く持ち上げてね。シンシンも再び忘れず抱いて授乳をしているようで、外野の私達もほっとし、何やら嬉しさが再び込み上げてきますね。良かった良かった。シンシン頑張れ! 飼育員に負けるな!

 それにしても、この子パンダ、母親と飼育員(保育器)を行ったり来たりで忙しそう。目が回らないかしらネ。でもこの子パンダは何となく生命力がありそう。きっと無事生育するでしょう。何としても大きくして貰わないとね。だって、私が観に行く積もりで楽しみにしているのですから…。
posted by 三上和伸 at 23:37| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音楽の話76 今日は娘・夏子の山手エリスマン邸ピアノ生演奏 2012.07.10

 第三回目になりますが、今日の10時30分から11時30分まで、山手エリスマン邸で娘・夏子がピアノ生演奏を行います。お天気もまずまずなので、宜しかったら聴きにいらしてください。今回、私は仕事で行けませんが、宜しくお願い致します。素敵な喫茶室も夏子同様お待ちしています。午前の一時を贅沢?にお過ごしください。
posted by 三上和伸 at 07:12| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月08日

雑記帳14 パンダ子育て?… 2012.07.08

 折角昨夜、パンダの子育ての順調を喜んだのに、今朝の情報では、母親シンシンは子を床に置き、そこから離れて餌を食べ出したそうです。慌てて飼育員が子を保育器に保護し、事無きを得たそうですが…、どうなっていたか?、体温は少し低下していたそうです。但し動物園の発表ですと、これでシンシンが育児放棄をしたかは定かではないそうで、また腹を満たしたならば再開するかも知れないとの事…。私は昨日の記事・雑記帳13を書くに当たって、その事は本心では心配したのですが、順調そうだったので書いてみました。本当に書きたくて書きたくて仕方がなかったのですよ、嬉しかったから…。我慢も限界だったのです。

 まあ、野生生物ではありますが、シンシンは動物園で生まれた訳ですから真の野生とは言い難いので、強固な本能は少し失せているかも知れませんね。私達は皆で応援して行きましょう、シンシンの育児成功と子パンダ君(オスだそうです)の成長を願って! 子パンダ君公開の暁には、大混雑の辛苦を顧みず、一目だけでも眼を合わせたい?と願っています。楽しみ〜
posted by 三上和伸 at 14:25| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月07日

雑記帳13 上野のパンダが出産、子育て上手そう… 2012.07.07

 上野のパンダが出産したとか、しかも今のところ子育てを上手にこなしているらしい、目出度い話ですね。大食いのパンダが飲まず食わずで授乳をし子育てに没頭している、驚くべき事ですね、感動しました。それにしても相撲取りのような親パンダが、その千分の一の生まれたての手羽肉のような子パンダを良く踏みつけないものですね。親パンダ・シンシンはよっぽど細心の注意を払って子に接しているのですね。感心です。

 子育て放棄の人間を同じ俎板に上げ、感心のパンダと比べたくはありませんが、パンダは本能のままの子育てでも、上手くやるものですね。動物学的に言えば、パンダは極めて単独行動の生態を持つ動物だそうで、そこが社会的動物の人間と異なるようです。単独行動をとる動物には予め強い育児本能が授けられているのだそうです。ですからシンシンは出産と同時に子育てモードに入れたのです。否、妊娠と同時に、瞬時に子育てモードに入っていたのかも知れません。反対に人間を始めとする社会的動物の類人猿は、その育児本能は最初からなく、後の社会生活(家族生活)の中で子育ての意義や方法を学んでいくそうなのです。従って残念ながら、チャンと教育されなかった人間乃至類人猿の親は、しばしば子育て放棄をするのだそうです。教育と経験が大切なのですね。パンダに負けるな類人猿!

注意:人間も動物分類学上では類人猿です。
posted by 三上和伸 at 23:32| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月06日

雑記帳12 人間の恥部“いじめ”ホントに情けない 2012.07.06

 まともに生きられない情けない自分をごまかすために、加害者の少年たちは被害者の憔悴した嘆きの表情を見てゴミのような優越感を得て安心し、生きる張り合いを感じているようです。正にいじめっ子とは、理性欠如の自分を見失い逃げてばかりの自慰行為人間であり、“いじめ依存症”の子供たちです。依存症、これは最早病気であり、犯罪でもあります。これ以上犠牲者を出さぬよう、親、先生、地域、司法が不退転の使命感を持って、一丸となって取り組まなくてはなりません。絶対に許してはなりません。真相をとことん解明して、世に晒さなくてはなりません。被害者の救済を最優先するとしても、加害者の依存症を直さなければなりません。そして、罪を厳しく償わせなければなりません。

 私もいじめられっ子でした。その憎悪は未だに山よりも高く大きいものです。私をいじめた多くの顔を写真を見るようにまじまじと憶えています。しかしながら彼らはそんな事など忘却の彼方に捨て去っています。ごく一般の市民に収まっているのですよ。それがいじめの現実です。いじめは心を捻じ曲げます。もしかしたら、いじめ撲滅は日本再生の切り札かも知れませんよ。良質の才能が潰されずに花開くかも知れません。
posted by 三上和伸 at 23:10| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする