2017年04月08日

一日の終わりに… 今日は灌仏会(かんぶつえ、花祭とも言う) 2017.04.08

今日は釈尊(お釈迦様)の誕生日、降誕(ごうたん)を祝う法会の日です。花御堂(はなみどう)を作り、水盤に釈尊の像を安置し、参詣者は小柄杓(こびしゃく)で甘茶を釈尊像の頭上に注ぎ、それを持ち帰って飲むのです。私も近所の寺に行き、甘茶を貰って飲んだものです。でも不味かった…
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音楽夜話29 コンサートに行って来ました 2017.04.08

私のお客様が”大田区ハイドン室内管弦楽団”の第2ヴァイオリンを担当されているご縁で、今日このオーケストラの第55回定期演奏会並びに創立30周年記念演奏会を聴いてきました。

曲目はハイドンオーケストラの名として当然ながら、前半はハイドンのロンドンシンフォニーでした。そして後半はモーツァルトの”歌劇フィガロの結婚”と”歌劇ドンジョバンニ”の序曲と数曲のアリアなど演奏されました。

「ウィーン古典派第1位のハイドン」と言ってしまえば、現代では突飛と想われるかも知れませんが、当時ではそれが当たり前でして、モーツアルトやベートーヴェンよりも人気が高く、第一人者と呼ばれていたのです。

そのハイドンが作った最後のシンフォニーがロンドンで、パトロンの”エステルハージ候(有力貴族)”が死んだ後、無職となったハイドンがロンドンで出稼ぎした事がこの曲を書く切っ掛けでした。当時としては大ヒット作で、ロンドンでもウィーンでも盛んに演奏され、楽譜も売れたそうです。

ハイドンと言えば”健やか”、モーツアルトのような”不健康さ”がありません。誰が聴いてもスカッと爽やか、春の風のような音楽です。御多分に漏れずこのロンドンも健康そのもので、当時の音楽に期待されるスッキリとして気持ち好い娯楽趣味が横溢した名曲でした。

モーツアルトのオペラと言えば、男女のアッチの話が常套です。好色一代男がいて女性を口説いて我が物にしようとする話ばかり、嘗てヨハンシュトラウス2世の項でもお話しましたが、下世話な色恋話が多いのです。これも大衆が求める需要であって供給者(モーツァルト)の責任?ではありません。こんな詰まらぬ話でもモーツアルトは音楽として飛び切りの傑作としてしまいます。フィガロの結婚、もう序曲からして誰も書けない曲、このインスピレーションは何処から来るのでしょうか? 正に音楽の神(悪魔)から魅入られた楽人、モーツァルトは最初で最後の作曲家です。

今回のフィガロの結婚は本当に素敵でした。フィガロが歌うアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」、バリトンの原田勇雅(ゆうや)さんが軽く歌って好い感じでした。伯爵夫人(メゾソプラノの杉山由紀さん)とスザンナ(ソプラノの高原亜希子さん)が歌う「手紙の二重唱」は女声二重唱と言う事もあって、私の好みでした。ソプラノの高原さん、自然な発声で澱みの無い透明な声、大好きになりました。

最後にアンコールのアヴェマリア。何とこれは指揮者の井上さんが作曲したもの。数多の名曲に使われたアヴェマリアの原典の詩に井上さんがメロディーを乗せました。鳴り止まぬ拍手喝采がこの曲の美しさを証明しました。舞台と客席から立ち去る者はいませんでした。演奏者と客席が一体となりました。好い時間、好いコンサートでした。

*指揮者、歌手、コンサートミストレス(女性のマスター)の吉原葉子さん以外は、アマチュアオーケストラの楽団員です。それでも良く訓練されており、見事なアンサンブルを提供なさいます。今回もアマチュアながらの熱意が感じられました。
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雑記帳… 今日は午後から音楽会へ… 2017.04.08

最近は時折、コンサートに出かけています。勿論自腹のコンサートが大半ですが、仕事のお客様の中にはオーケストラの団員の方もいらっしゃいます。その中のアマチュアオーケストラの方には時に、ご招待券を頂く場合があります。そんな時、私は喜んで頂いてコンサート会場に出掛けて行きます。最近のアマチュアオーケストラは大変上手なので、何時行っても良い演奏を聴かせてくれます。生憎の雨ですが、大田区民ホール・アプリコまで行って来ます。楽しみです。私のお客様は第2ヴァイオリンの淑やかな女性です。今日はモーツアルト他の曲目です。期待しています。
posted by 三上和伸 at 10:35| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一日の初めに… 花散らしの雨・無残… 2017.04.08

今年は各学校とも花の下での入学式が出来たようです。まあ、近年4月になってからの桜は珍しいので、今年の新入生は幸運でしたね。

その年の気候によって桜の咲き方も千々に乱れ、今年の桜は満開即雨で花散らしの雨無残の形となりました。昨夕の先が観えぬマックスの咲きっぷりから、一気に地に落ちて無残な咲き殻が地面に散らばっています。樹間は疎らになり先の景色が透けて見えるようになりました。今は無風ですので、風で散るのではなく、雨粒一粒一粒の重みで花弁の一片一片が散っているのですよ。散らしているのは雨の一滴です。正に花散らしの雨となりました。

まあ、今年の櫻花は劇的でしたね。極限の満開と潔い花散らし、見事な桜が観られました。

*花散らし=本来は北九州地方で行われていた若い男女たちの交際(合コンのようなもの)の模様を三日(花)と四日(合コン、逢引き)にかけて言い表した言葉だそうです。しかし、関東の私達は素直に花を散らす雨に喩えて使いましょうね。そこに美しい風情が香りますものね。
posted by 三上和伸 at 07:23| 一日の初めに… | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする