2018年07月26日

伊豆東海漫歩11 玉泉寺 2018.06.17

天城峠を越えると直ぐ河津七滝なのですが、浄蓮の滝を観ましたし、河津七滝は時間が掛かるので今回は割愛しました。ループ橋を渡り、湯ヶ島温泉を越え、ここで下田街道を離れ、一路河津浜に向かいました。河津浜信号を右折して国道135号線に入り、下田玉泉寺を目指して車を飛ばしました。この道は東伊豆海岸の断崖の上を走る国道で、正に海洋絶景ロードです。険しい海岸線、流石に伊豆急もここでの線路の敷設は諦めたようで、この先は山間部をトンネルで抜け蓮台寺回りとして下田を目指しています。相模湾の洋上には伊豆大島、利島、新島、式根島、神津島が順次現れてきます。ふと目線が逸れて脇見運転に陥り易くなります。気を付けないと断崖絶壁を転げ落ち、海の藻屑となりかねません。
鬼ヶア、izoo(爬虫類動物園)、尾ヶ崎ウィング(伊豆諸島展望台)、竜宮島を過ぎれば白浜海岸、伊豆の海水浴場のベストワンの地域、いよいよ東伊豆道路も平坦な道になり、下田が近づいているのが判ります。玉泉寺は下田市街地の手前、爪木崎半島の根元、下田柿崎にありました。

玉泉寺山門                   玉泉寺本堂
明治維新の重要な位置を占めるのがこの下田玉泉寺です。ペリーによって開かれた日米の友好が、この玉泉寺で具体化されたのです。アメリカの領事として来日した駐日総領事・タウンゼント・ハリスが住まい領事館として使ったのが、この玉泉寺でした。身の回りの世話を下田の芸者だった斉藤きち(唐人お吉)に任せ、日米の懸け橋となり、大きな役目を担いました。お吉とハリスは様々な経緯があり、世間は色眼鏡で見ていましたが、実情はハッキリとしていません。世評に依ればハリスは敬虔な聖公会信徒で、生涯を独身・不犯で通したと言われています。お吉の堕落はここから始まったのかも知れませんね。その気満々だったお吉ですが、敢え無く振られてしまいました。後にハリスから離れたお吉でしたが、冷たい世間の目から逃れるように酒に溺れ、アルコール中毒となり、稲生沢川(現・お吉が淵)に身を投げ、亡くなりました。享年48歳でした。


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ハリスの石碑、星条旗掲揚場 カーター米大統領来賓記念碑 牛乳発祥の碑

ここが日本で初めて星条旗が舞ったところ、正に記念碑ですね。途中太平洋戦争はあったものの、日米の友好はこの地から始まったのです。ハリスの功績を讃えた石碑です。

1979年、カーターアメリカ大統領が奥さんと娘さんを連れて訪れた時の記念碑。この墓地に眠っているペリー艦隊の将兵の墓に詣でたそうです。

ハリスが病床時の15日間に飲んだ牛乳が、日本の牛乳売買の始まりだったそうです。その対価は1両3分だったそうです。伊豆で操業をした森永乳業がこの石碑を建てたそうです。

参考:休暇村南伊豆スタッフブログより




posted by 三上和伸 at 22:22| 伊豆・東海漫歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一日の初めに 皆既月食、微妙ですね...、でも火星大接近 2018.07.26

明後日(28日)の皆既月食は台風接近ため、微妙になりつつありますね。明日までは☀そうですが、28日は朝から☁で、のち☂の予報、日本で月食が観える範囲で言えば、☀の沖縄しかありませんね。

それでも月が駄目なら火星があるさで、31日(16:50)は火星が地球に大接近(57,589,633km)で、光度は−2.8等です。今でも夜中に赤い見事な光を投げていますが、後5日で、最接近をするそうです。
posted by 三上和伸 at 07:06| 一日の初めに… | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする