2019年04月09日

終曲 有難う桜、また会う日まで… 2019.04.07

染井吉野 山桜 大島桜
染井吉野       山桜         大島桜 
三溪園には色々な品種の桜が植えられていましたが、私が関心を示したのは以上の3つの桜でした。里桜の女王・染井吉野、日本の春山を彩る山桜、そして多くの里桜の親となった大島桜が素敵でした。日本の春を彩る日本の宝物、どんな花よりも美しい…

posted by 三上和伸 at 22:55| 終曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲 三重塔に薄桜 2019.04.07

桜と新緑の三重塔
旧燈明寺三重塔
南門から入ってS字の道を道なりに辿れば正門まで行き当ります。この道の東西に内苑と外苑が区切られています。入って直ぐ、外苑の山を登れば旧燈明寺三重塔に至ります。三重塔は大池周辺に足を延ばせば、至る所で垣間見えます。室町時代・康正3年(1457年)に京都木津川に建立、その後燈明寺は廃寺となったため、大正3年(1914年)にこの三溪園に移築されました。関東最古の木造の塔で、国の重要文化財に指定されています。
posted by 三上和伸 at 22:18| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲 水と桜と名建築 2019.04.07 

桜と睡蓮池に鶴翔閣  谷と木立と旧矢箆原家合掌造り住宅
二つの写真には三溪園の優れた建築が写っています。チョイと見難いですが、二つとも茅葺の屋根が僅かに姿を見せています。左が睡蓮池の丘にある鶴翔閣、右が谷深くの木立の中にある合掌造り・旧矢箆原住宅です。

・鶴翔閣=上空から観ると鶴が飛翔しているかのような姿をして、鶴翔閣と名付けられました。明治35年に三溪の自宅として建てられました。ここを起点に三溪は日本各地から次々と名建築を移築し、膨大な三溪園を造成しました。横浜市指定有形文化財。

・旧矢箆原家住宅(きゅうやのはらけじゅうたく、合掌造り)=江戸後期に建てられた合掌造りの農家の住宅。飛騨白川郷より昭和35年に移築されました。飛騨の三長者の一人と言われる矢箆原家、式台玄関、書院造の座敷、寺院に用いられる火灯窓が付けれれた立派な合掌造りの建物だそうです。重要文化財。現在でも囲炉裏で火を焚いているそうです。中に入れます。

posted by 三上和伸 at 21:18| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前奏曲 葉桜の中に四十雀(シジュウカラ) 2019.04.09

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花散らしの北風が強い朝、我が棟南面の桜も観るに忍びない姿となりました。花弁は減り、葉が浮き出て来ましたね。そこで観ると四十雀が懸命に花弁の落ちた桜の蜜を舐めに来ています。桜の蜜、嘴の短い小鳥では、平素、その蜜は吸いにくいのですが、こうなればしめたもの、たんまりの御馳走に有り付きました。余り動く事をせずに、蜜吸いに全力を尽くしていました。健気でした。
posted by 三上和伸 at 10:17| 前奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする