偶にCDの収納棚を調べてみると、思いもよらぬCDが見付かることがあります。購買したものであり、その節は大いに聴いたのですが、何れ、忘れて仕舞い、お蔵入りとなっていました。でも嫌いな楽曲ではないので、久し振りに聴いてみました。
それは古い録音で、1954年のニューヨーク・カーネギーホールのライブ録音で、ドイツ(オーストリア生まれ)のピアニスト、ウィルヘルム・バックハウス演奏のベートーヴェンの5曲のピアノソナタでした。今回は、ベートーヴェン最初のピアノソナタの傑作「悲愴ソナタ」を紹介します。
音楽の都・ウィーンに移って7年が過ぎ、ベートーヴェンの作曲活動も順調になった頃、このピアノソナタ第8番ハ短調Op13〈悲愴〉が生まれました。非常な自信作であったので、ベートーヴェンとしては珍しい副題(ニックネーム)のオマケまで付けて発表されました。1799年の事でした。
副題の根拠は第1楽章の序奏にあります。この序奏が極めて悲劇的であって、1楽章の内に3回も登場すると言う熱の入れようで、この序奏の悲愴感漲る情熱こそがベートーヴェンの新たな創作の源泉と言う事ができます。ハイドンやモーツァルトに無い、激烈な表現を目指そうとベートーヴェンが目の色を変えて挑んだ魂の高揚が感じられます。
第1楽章 グラーベ-アレグロ・ディ・モルト・エ・コン・ブリオ
グラーベの悲愴感漲る序奏。それに続くアレグロの緊張感溢れる提示部へ、再び序奏のテーマが出現し、短い展開部へ、そして再現部へ、最後にコーダの前で情熱を抑えた序奏が始まり、直ぐにコーダに流れて終わります。
第2楽章 アダージョ・カンタービレ
希代の名旋律、様々なアレンジにより通俗化されて使われています。私だけの感覚ですがモーツァルトのK457ハ短調の緩徐楽章に似ています。恐らくベートーヴェンはこのモーツァルトからインスピレーションを貰っています。ベートーヴェンとしては破格の名旋律です。
第3楽章 ロンド・アレグロ
甘い感傷的な旋律で始まるロンドです。ところがこれがベートーヴェンの真骨頂で、甘い旋律が徐々に活性化してダイナミズムを発揮して行きます。最後は熱を孕み、断固とした圧倒的なフィナーレで締め括ります。
バックハウスは澱み無い端正な演奏で、美しいピアニズムを聴かせてくれます。それでも情に流されず、石像彫刻のような重みと充実感があります。一つの理想のベートーヴェン像を構築しています。
使用ピアノは恐らくニューヨークですので、スタンウェイだと思われます。ヨーロッパではベーゼンドルファーを使っていたバックハウスでしたが、流石にこの時代にはピアノを空輸してはいなかったようです。ベーゼンドルファーの厚くソフトな響きとは異なる音の通りの良い華やかな響きが感じられました。日本に来た時もスタンウェイを使っていました。