ブラームスの音楽は、当時の音楽市場で、最もエンターテインメント性からは、かけ離れた存在とされてきました。ソナタにしても室内楽にしても歌曲にしても、一般大衆を夢中にさせるだけの娯楽性が無かったのでした。ところが普段のブラームスは娯楽作品を好んだそうです。オペラ(カルメンが好きだった)やオペレッタ(こうもりなど)も良く観たし、ワルツ王・ヨハン・シュトラウスも大好きでした。それでもそんな娯楽作品は好きでしたけれど、自分には不向きと感じていました。そちらの方に行ったなら、自分は直ぐに行き詰ると考えていたようです。人間の本質に迫り、愛と希望と信仰に基づいた音楽を書くと、心に決めていたのでした。
しかし、そんなブラームスの常日頃の作曲活動からは、いささか逸脱した音楽も作りました。勿論、オリジナルでは無く、編曲でしたが…。若き日に、ヴァイオリンのE・レメーニとどさ回りをした頃、ハンガリー出身のレメーニから、ハンガリー・ジプシーの音楽を教わりました。それらは、ブラームスにとっては目から鱗であって、それからすっかりチャールダ(酒場)の音楽・チャルダッシュに魅了されたのでした。百曲近くのチャルダッシュの楽譜を買い集め、後年、暇を見つけては、それらのメロディーをアレンジし、ハンガリアン・ダンスとして出版(1869年)したのでした。楽譜は大いに売れ、一躍ブラームスは世間一般に知れ渡り、ハンガリアン・ダンスのブラームスとして名を憶えられました。その印税の額は凄まじく、ブラームスは楽譜出版だけで食っていける史上最初の作曲家となったのです。
百曲近く集めたチャルダッシュの中から、気に入ったメロディーを見つけ出し、都合10曲(第1集5曲、第2集5曲)を作曲し出版しました。この10年後には第3集と第4集も作られますが、流石にこちらの方は残り物という感じがして、その存在感は落ちるものがあります。ブラームスに慣れていない人には、第1集・第2集がお勧めです。
ブラームス ハンガリー舞曲第1集
第1番 ト短調 アレグロ・モルト(非常に速く)
遠くを見つめるような出だし、次第に激しい律動が迫り、ジプシーの踊りが展開されます。望郷の思いが込み上げます。
第2番 ニ短調 アレグロ・ノン・アッサイ(十分に快活に)
踊りの輪の中に恋する人がいるのかしら…、メラメラと恋心が燃え始めます。やがて一緒に踊ります。眩く感動の一曲です。
第3番 ヘ長調 アレグレット
一寸ユーモラスです。これは愛の追いかけごっこ、草原に笑い声が響きます。
第4番 嬰ヘ短調 ポコ・ソステヌート(やや抑え気味に)
在りし日の追憶が巡ります。あの人は今何処に…、あの楽しい瞬間は何処に…。
第5番 嬰ヘ短調 アレグロ
情熱と躍動、これがハンガリー舞曲、全21曲の中の王者です。