2020年09月12日

三孫交友記12 レッスンの合間に三孫と交遊 2020.09.11

昨日はNちゃんYちゃんのピアノレッスン日、ナッチャン先生を送り迎えするため、私達も同行するようにしています。コロナが終焉するまで、ナッチャンが公共交通機関を使わないように、自家用車で行動するようにしています。

この日のNちゃん学校は6時限まで、お帰りが遅くなります。YちゃんRくんは午前保育だったそうで、既に帰っていました。ところがRくんは、床に敷いたお布団で長々とネンネ、やはり、三歳になり立ての幼稚園は疲れるようで、お昼寝が欠かせないようでした。

元気なYちゃんは直ぐにナッチャン先生にレッスンを着けて貰いました。ナッチャン曰く、「Yちゃんは集中力があるし、やる気も凄い、頑張っている」ですって、Yちゃん、褒められました。その内Rくんがお目覚め、但し、暫くは眠気が覚めず、テンションが上がりません。ボウーとYちゃんレッスンを見守っています。何かを感じているのかしら?

Yちゃんレッスンも終ったので、ジイジ・バアバ・Yちゃん・Rくんで、Nちゃんを、Nちゃん学校まで迎えに行きました。学校の前に車着けするのは気が引けるので、学校の手前で、Nちゃんの下校を待ちました。何と用事で学校に行っていたKさんママも一緒に帰って来まして、Yちゃんが感激して、「ママー・ママー・ママー」と歓喜の叫びを発していました。お友達のMちゃんとHちゃんも一緒に乗って、ご帰還しました。

帰って来たばかりのNちゃん、麦茶を飲んでホッと一息、でも直ぐにレッスンを始めます。学校で6時限を済ませ、今度はピアノレッスン、「今日の私は7時限だよ〜」と一声、少々集中力は欠いていましたが、努力の子・Nちゃん、シッカリレッスンしていました。レッスン後ナッチャンから今日の宿題も看て貰っていました。1リットルは10デシリットル、1デシリットルは100ミリリットル、1リットルは1,000ミリリットル、難しいですが、シッカリ答えていました。国語では動物園の飼育員のお話を読んでいました。結構込み入った内容でしたが、澱み無くスラスラと読んでいました。内容も良く捉えていたようでした。凄い朗読力と読解力、Nちゃん、国語は抜群ですね。

入道雲 浮浪雲
Nちゃんレッスンで、お暇なYちゃん・Rくん、ここがジイジの出番でした。でもここ最近、ジイジは腰痛、心配したのかKさんもバアバも付いて来ました。先ずは空を眺めて雲の研究、入道雲に浮浪雲、青空の白い雲、綺麗だね!

伊勢原の田圃 稲の穂
横浜と伊勢原の違いは田圃の違い、横浜は畑は沢山ありますが、伊勢原のように田圃がありません。否、無いのではなく減って仕舞ったのです。伊勢原は農業生産地、田圃が多く、お米も沢山作っています。NちゃんYちゃんRくんは好いですね。こう言った農業生産の粋が観られます。水田の美しさを観て育つ、農業の大切さを自覚して欲しいですね。

Yちゃんトンボ獲り ネコジャラシ(エノコログサ)
雑草が大挙して生えている空き地は、赤とんぼ(アキアカネ)の好む区域です。多くの赤とんぼが群れていました。これに目を着けていたYちゃんRくんは、ジイジに「トンボを獲りに行こうよ!」、早速網を持って空き地に、向う見ずのYちゃんはゴム草履で荒れ地に入って行こうとしていました。ジイジ「足が切り傷だらけになっちゃうから、道路から獲ってね」、そこで必死になってトンボを追いかけ回すYちゃん、しかしトンボの方が一枚上手、しかも魚用の網では、直ぐ逃げられてしまいます。その内、Rくんが手出しをして、二人で網の取り合い、もう二人はベソ掻き三昧?、大きなネコジャラシが嗤っていました。
posted by 三上和伸 at 20:45| 三孫交友記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前奏曲 ☂|☁ 北の風のち東の風☂時々☁ 70%→70%→60% 28℃ 宇宙の日・マラソンの日 2020.09.12

東シナ海五島沖に低気圧があり、そこから延々と秋雨前線がカムチャッカ沖まで延びています。遠州灘沖には台風になり損なった熱帯低気圧があり、東日本に接近しています。晴れているのは沖縄・奄美・近畿・東海・北陸・北海道・小笠原で、その他は曇りや雨となっています。関東は愚図つく見込みです。気温は低めです。

*宇宙の日
1992年のこの日、毛利衛さんがアメリカのスペースシャトル・エンデバーに乗って、宇宙に飛び立ちました。この日を記念して、一般公募の末、科学技術庁と文部省宇宙科学研究所が1992年に、9月12日を宇宙の日と制定しました。

*マラソンの日
紀元前450年(2470年前)のこの日、ペルシャの大軍がアテネに襲い掛かり、東岸のマラトンに上陸しました。アテネの将軍・ミルティアデスが奇策を用いてこれを追い払い、この勝利をアテネに伝えるために、フェイディピデスの名の兵士を伝令に仕立て、アテネに走らせました。アテネに走り着いたフェイディピデスは勝利の伝令を告げると共に、その場に倒れ、絶命したとされています。このマラトン→アテネの距離が42,195kmで、マラソン競技の距離となったのだそうです。1896年、アテネで第1回のオリンピックが開かれる際、この故事を偲んで、マラトンからアテネまでのマラソン競技が行われました。

posted by 三上和伸 at 09:32| 前奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする