2020年10月06日

新星空ウォッチング 火星最接近 2020.10.06

最接近の火星
今宵の23:18に最接近する火星、前回からは2年ぶりの接近で、−2.6等の明るさを誇っています。ほんのり赤い火の惑星・火星、本当に美しい赤い星です。
posted by 三上和伸 at 22:57| 新・星空ウォッチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

月に寄す 旧暦葉月の廿 葉月の更待月 2020.10.06

旧暦葉月の廿 更待月 2020.10.06
葉月も更待月まで進みました。あと十一で葉月も晦日、翌日から長月が始まります。長月といえば晩秋、直ぐ秋の土用となって、十三夜の月見となります。そして冬が立ちます。季節は巡ります。
posted by 三上和伸 at 22:42| 月に寄す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブラームスの名曲62 歌曲「心変わりした男」 Op.48-2

「心変わりした男」 詩:少年の魔法の角笛より
庭にいっしょに行きましょう、
美しいバラの花が咲いているから。
ばらの花がとても沢山あるから、
好きな処でばらを一輪摘みます。

わたしたちはしょっちゅう一緒にいて、
恋人はわたしになんと誠実だったことか!
だからわたしの恋人が不実になろうとは、
わたしには思いもよらぬことでした。

猟師が森の中の緑の芝生で
吹く角笛の音が聞こえませんか。
緑色の帽子をかぶったあの猟師が
わたしの恋人を誘惑したのです。

ドイツのルートヴィッヒ・アヒム・フォン・アルニムとクレメンス・ブレンターノが収集した民衆歌謡の詩集を「少年の魔法の角笛」と言います。ドイツの「マザーグース」と呼ばれ、親しまれました。ブラームスは1855年10月に、この中の4節からなる民謡詩の最初の3節に曲を付け、「心変わりした男」と題し発表しました。

わたしと恋人はしょっちゅう一緒にいて幸せでした。ところが急に恋人は不実になり、わたしには思いもよらぬことで、わたしは失望しました。森には不思議な角笛を吹く猟師がいたのです。緑色の帽子をかぶった猟師が愛する恋人を誘惑したのです。角笛の甘い音で誘惑したのです。しかし、「心変わりした男」の題名とは矛盾した詩ですね。もしかしてこれはわたしの心変わりの言い訳、恋人が誘惑に乗ったのではなく、わたしが不実になった? 緑の帽子も角笛を吹く猟師も、みんなでっち上げ?
posted by 三上和伸 at 20:47| ブラームスの名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新とっておきの花・中秋13 ホトトギス(時鳥草) 2020.10.06

ホトトギス
ユリ科ホトトギス属の多年草。秋の七草には入らなかったのですが、日本の固有種であり、貴重な花です。基本的に強健であり、野山にも多く、人の庭でも栽培されています。名は野鳥のホトトギス(時鳥)から拝借したもので、花の斑点と鳥の腹の斑点に共通の美しさがあるために同名となりました。英名はジャパニーズ・トード・リリー、”日本のヒキガエルのユリ”ですかね。西洋人は斑点が苦手なようで、斑点のイメージはヒキガエルのイメージのようです。例えば山百合のような日本の数々のユリも斑点があります。これが嫌で、ヨーロッパ作出のオリエンタルリリーは極力、原種のユリの斑点(ソバカス)を消しています。美意識の違い、平面的な色彩に重きを置く西洋と、微妙な遠近を感じさせる斑点の良さを重んじる日本、私は味わい深い日本派です。
posted by 三上和伸 at 19:36| 新・とっておきの花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲 カッコ付けスタンドプレイ・管にトランプ、偉そうに… 2020.10.06

庶民向けを狙ってカッコ付けスタンドプレイに走った管さんにトランプさん、どうやらこれが二人の欠点のようですね。官僚や公務員、そして学者までも鼻先で切ろうとするその偉丈夫ブリ?、本当に恥ずかしくて烏滸がましい。自民党の安倍似非内閣、太郎さんや進次郎さん、早く抜けた方が良いですよ。トランプさんコロナが直らないのに支持者の前で公用車からスタンドプレイ、恥ずかしくて烏滸がましいを通り越して低次元でクレイジーですね。正に21世紀のアメリカの恥ですね。
posted by 三上和伸 at 13:34| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前奏曲 ☀|☁ 0%→0%→10% 25℃ 国際協力の日 2020.10.06

大きな移動性の高気圧が中国大陸にあります。強い低気圧がオホーツク海にあり、列島の南岸に前線が延びています。台風14号チャンホンがその南にあります。本来は冬型の晴れの気圧配置にありますが、台風14号チャンホンの影響で、明日以降は不安定な天気になりそうです。

*国際協力の日
1959年(昭和29年)のこの日、戦後の日本が初めて援助国として、国際協力の舞台に立ちました。発展途上国のために国際組織「コロンボ・プラン」に加盟し、技術料力などを始めました。国際協力の日は、外務省と国際協力事業団(ジァイカ)が1987年に制定しました。
posted by 三上和伸 at 08:54| 前奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする