2020年10月25日

新とっておきの花・晩秋2 ツタ(蔦)の実 2020.10.25

ツタ(蔦)の実
ブドウ科のつる植物。夏咲いた花は、この時期になると青色の実になります。更に熟すと黒紫色となります。ブドウに良く似た実ですが、美味しくないそうです。
posted by 三上和伸 at 20:37| 新・とっておきの花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

月に寄す 旧暦長月の九 観月日和 2020.10.25 18:58

火星 2020.10.25 18:59 旧暦長月の九 九日夜の月 2020.10.25 18:58 土星と木星 2020.10.25 18:58
東に火星       南に九日夜の月    南西に土星と木星
最高の天気が現れました。正に観月日和、観星日和の一日です。秋の星座は光度が低いものが多いのですが、今年は外惑星が妍を競っており、最高の観天日和と言えます。オマケに夏の大三角とみなみのうお座のフォーマルハウトも観えており、赤に黄に青に白、空は宝石だらけです。
posted by 三上和伸 at 20:04| 月に寄す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

間奏曲 麒麟がくる 光秀と信長の大きな違い 2020.10.25

永禄11年(1568年)、光秀は細川藤孝の家臣として、信長と共に足利義昭を奉じ京に上りました。そして義昭が征夷大将軍となり、室町幕府第15代将軍の位に就いたのでした。この当時の光秀の頭にあったのは、義昭を奉じて戦国の世を終わりにし、足利幕府を再興する積もりでした。勿論、信長もこの意向に添って動いていましたが、信長、義昭、光秀の三者の思惑は異なりました。光秀と義昭は、その熱意は兎も角、同じ意を持っていましたが、信長は己の野望に燃えていました。義昭、光秀を利用し、天下統一の目論見を推進しようと、手ぐすね引いていたようでした。信長が義昭に贈った金銀や太刀、それを貧民のために使おうと考えた聖職者・義昭、信長はそれを鼻で嗤って義昭を見くびったのです。そして二条城の普請の際の土台にでも使えとの石仏への信長の扱い、それらを見ていた光秀の違和感、ここら当たりが後の光秀と信長の違いと離反の兆候として観えます。この違和感こそが、光秀の本能寺の謀反の前兆と思えます。少なくとも正義の人で一般人の光秀は、武人信長の深い野望には与し得なかったのだと思われます。
posted by 三上和伸 at 14:50| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前奏曲 ☀ 北のち南の風 0% 22℃ 台風18号発生 島原の乱 2020.10.25

フィリピンの東の熱低が台風18号モラヴェ(フィリピンの木の名前)になりました。これからフィリピンに上陸通過をし南シナ海に抜け発達して強い台風になり、ベトナムへ向かいます。フィリピン・ベトナム、警戒せよ!

昨日と同様に、北海道・東北の日本海側と新潟が時雨模様で雨、前線の真下の小笠原も雨、その他は晴れています。横浜は晴れ、今のところ雲がありますが、一日良く晴れる見込みです。

*島原の乱勃発
旧暦寛永14年10月25日(1637年12月11日)に、総大将に天草四郎(16歳)を立て、島原の領民が起こした一揆・島原の乱が始まりました。江戸時代最大の一揆で、反乱軍37,000人は全滅され、翌旧暦寛永15年の2月28日に終結しました。原因は厳しい税の取り立てとキリシタン弾圧にありました。それでもこれ以降の江戸期230年の間に大きな争いは無く、人口千万以上の国では比類の無い、太平の世が出現しました。争いの無い、世界に誇れる江戸時代だそうです。
posted by 三上和伸 at 08:59| 前奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする