2008年06月27日

今宵の名曲この一枚10 メンデルスゾーン

 今宵の名曲10
 メンデルスゾーン 劇付随音楽「真夏の夜の夢」op.61より 
 序曲、スケルツォ、妖精の合唱「舌先さけたまだら蛇」(ソプラノ、アルト、合唱)、間奏曲、夜想曲、結婚行進曲、終曲「ほのかな光」(合唱)
 ジュディス・ブレーゲン(ソプラノ) フローレンス・クイヴァー(アルト) 指揮:ジェイムズ・レヴァイン シカゴ交響楽団、合唱団
メンデルスゾーン

 メンデルスゾーンは、その生涯に於いて、何一つ不足のない恵まれた環境の下で生き、挫折とは無縁の男でした。銀行家の父を持ち、大富豪の家に生まれ、ベルリンの広大な敷地にはホールまで備わった壮大な豪邸に住んでいました。当時としては考えられる最高の英才教育を受け、そして何よりも天賦の才をその痩身に支え切れぬ程に授かって生れてきたのです。正にエリート中のエリートであり、功成り名を遂げた全盛期にはライプツッヒ音楽院の院長やゲバントハウスの指揮者をも兼務し、向かう所敵なしの若き名士でした。もしその人格と業績に足りないものがあるとするならば、恵まれ過ぎた裏返しとしての苦労知らずが反映して、作品に人間的な深みが欠けていると言う一点です。しかし音楽にそんなものは要らないと言うのであれば、メンデルスゾーンほど純粋に美しい音楽を書いた人は外にいないと思われます。軽やかで快く、優雅で清らかな貴公子の音楽、誰が聴いても俄かに心に沁みて来る名旋律のちりばめられた作品、その完璧なまでの説得術はショパンと並ぶエンターティナーと言えるでしょう。その作風は生涯変わらず、香り高い名作を作り続け、リストやシューマンを始め誰もが驚きそして羨む、太陽の光栄に満ちた輝かしい作曲家でした。後の大作曲家ブラームスはこう述べています。「私の空には毎朝二つの太陽が昇ってくる。その一つはモーツァルトと言う太陽だが、もう一つはメンデルスゾーンと名乗る太陽なのだ。」と…。ブラームスは重厚で悲観的な自分の田舎者の音楽と比べ、天性の明朗な気分を持つ都会人のこの二人の先達の音楽に、自分には表せない素晴らしさを認め、嫉妬していたようです。そんなメンデルスゾーンのその最晩年(最晩年とは言っても四十歳に満たないのですが)はその要職の重さ故、余りにも多忙であり、心身を休める暇がなく大作曲家の常として心と体を病み、短命と言う宿命から逃れられませんでした。この最期の時期は黄金の日々を駆け抜けた勝者にとっては寂しい限りのものとなり、最愛の姉の死をきっかけに鬱病を発症し、姉の後を追うように急転直下、あっと言う間に亡くなりました。親友シューマンを始め誰一人その訃報に驚愕しない者はいませんでした。その輝かしい名声とそれに伴う重い責務がメンデルスゾーンのか細い健康を打ち砕いたのでした。この思いもよらぬ死に際こそが、栄光に満ちた名士メンデルスゾーンの最初で最後の挫折であったのかも知れません。

 「真夏の夜の夢」とはイギリスの劇作家シェークスピアが書いた喜劇であり、この十九世紀の時代に至り、シェークスピアの作品はこの喜劇を始め各国で翻訳され上演され始めていました。メンデルスゾーンは、この戯曲を少年時代より愛し、自宅で朗読をしたり、実演を試みたりして親しんでいました。十七歳の時、この楽しい喜劇の雰囲気を音楽に表したいと望み、序曲を書きました。これは管弦楽法も堂に入っていて十七歳の少年の作とは思えない素晴らしい出来栄えでした。やがてそれから十七年の歳月が経過し、ポツダムの王立劇場の落成式にこの「真夏の夜の夢」の劇が上演される運びとなり、国王フリードリヒ・ウィルヘルム4世は、劇付随音楽を書くようにメンデルスゾーンに依頼しました。メンデルスゾーンは喜んでこれに応え、十七歳の時に作曲した序曲より幾つかのモチーフを選び新たに作曲し、序曲を含め十三曲を組曲としてまとめ、劇付随音楽「真夏の夜の夢」としました。この曲は初演当初より大変な人気を博し、それは今日までも色褪せず愛好され続け、その結婚行進曲は日本のTVドラマやCMに使われて、メンデルスゾーンを知らない人でさえも口ずさんでいる始末です。メンデルスゾーンの個性極まる最高傑作の一つであり、私はメンデルスゾーンの作品の中では、スコットランドシンフォニーや無言歌集と共に大好きな曲です。

 因みに、真夏とは日本の盛夏の七、八月の事ではなく夏至の頃、ヨーロッパではこの夏至を真夏と称し、好んで祝祭するのです。「真夏の夜の夢」はシェ−クスピアが民間に伝わるこの夏至の前夜に起こる不思議な出来事の言い伝えを利用し、御伽話風に面白可笑しく戯曲に仕立てたものなのです。
 この音楽は冒頭の序曲に始まり、劇の進行に従って順次幕間に演奏され、終曲で終ります。このディスクには、全13曲の内以下の7曲が収録されています。

 1、序曲 
 劇の始めに奏されます。メンデルスゾーン特有の細かいリズムに乗った歯切れのよい音楽が展開されて行きます。それは時に諧謔に、時に夢想的に、また時に優しく愛しむように流れ行きます。シェークピアの意図した夢の世界が生き生きと表現されているのです。

 2、スケルツォ 
 第一幕の後で奏されます。序曲の出だしと同様に細かく切れ味の鋭いリズムに全編覆われています。それは妖精の姿を表現して極めて生気を帯びて活発であり、諧謔の楽しさに溢れています。

 3、妖精の合唱「舌先裂けたまだら蛇」
 ソプラノとアルトの独唱を交えた合唱で、妖精の動物への呼び掛けが優しく表されています。この歌はドイツ歌曲やドイツ民謡に通じるものがあり、とても素敵な優しい歌声で歌の素晴らしさを実感させてくれます。

 4、間奏曲 
 第二幕の後に奏されます。前半は登場人物の一人、乙女ハーミアの不安げな憂いの気分を表してややナーバスですが、後半は一転して職人達の楽しい行進曲になります。

 5、夜想曲
 第三幕の後に奏されます。森の中で眠っている二組の恋人達を表した曲。ホルンの醸す森の雰囲気が濃密であり、このCDで最も美しい愛の音楽です。

 6、結婚行進曲
 言わずと知れた有名な結婚行進曲。第五幕冒頭で奏されます。いよいよこのお話もクライマックスを向かえました。二組の恋人達が結婚式を挙げたのです。式の興奮と華やぎが感じられ、臨場感たっぷりに響きます。

 7、終曲「ほのかな光」
 序曲と同じ楽想であり、しかも合唱付です。劇全体の統一感に気を配った結果でしょう、しっかりと整った後味が残ります。大団円に至り、最後のヴァイオリンの旋律が如何にも名残惜しそうで終曲に相応しく、劇を見終わった観客に深い満足感を与えます。ここにもメンデルスゾーンの卓越した技法と演出が際立っています。
posted by 三上和伸 at 22:44| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする