2008年10月27日

昼餉・東照宮日光金谷ホテル食堂にて

 昼餉
金谷ホテルの食卓
 二荒山神社、東照宮、輪王寺を巡り参拝を済ませると丁度昼時となり、私達は昼食を取る事にしました。今回は前もって食事処を決めていなかったので、思案しながら境内を歩いていた所、その一角に休み処が設えてあり、その一店に金谷ホテルの出張食堂がありました。私達は即座に気に入り、迷わずその店に入店しました。プレハブながら店内の内装は中々お洒落に造られていて居心地はまずまずでした。愛らしい田舎娘のウェイトレスが注文を取りに来、私達はドリンク付きでハンバーグ・ステーキとライスを求め、私は紅茶を、妻はコーヒーを指名しました。肉は香辛料の甘い香りがふくいくとし、かなりレアーで肉汁が滴り、口の中でとろけました。単純な料理ですが、しっかりとした旨味があり、老舗のホテルの味とはこう言うものなのか…と感心しました。暫く談笑に耽り、ふと時計を見ると午後も大分進み、慌てて勘定を済ませ店を出ました。そしてもう一つの大きな楽しみ、残りの時間を全て費やしての紅葉狩りへと向かいました。
*日光金谷ホテル 
 日本最古の西洋式ホテルと言われ、明治6年にカッテージ・イン(民宿)として創設されました。その経緯は、この2年程前、アメリカ人宣教師ヘボン博士が西洋人として初めて日光を来訪した事に始ります。その折りに博士の宿泊の世話を焼いたのが後の創業者、東照宮・雅楽楽師の金谷善一郎でした。その接待に快い満足を得た博士は今後の外国人の日光来訪の増加を確信し、金谷に外国人に好まれる洋式ホテルの経営を進めました。その後博士の言葉どうり、多くの著名な外国人が日光を訪れるようになり、金谷のホテルは評判を呼び、日本の国威向上と共に内外の著名人や一般人までが利用するようになりました。その宿帳にはヘボン博士のほか、高名な英国人旅行家イザベラ・バード、英国の王子コンノート公、アインシュタイン博士やヘレン・ケラー女史などの著名人のサインも残されているそうです。(時間旅行へのご案内より)
*写真の料理の下のランチョンマットには金谷ホテルのあれこれが書かれています。
*写真右上のしおりは日光案内図で、これを頼りに今回の旅を楽しみました。因みにこのしおりは境内脇の土産物屋で仕入れました。 
posted by 三上和伸 at 22:18| 今宵の宿・食べ歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする