2010年04月16日

音楽の話19 この名曲この一枚  ブラームス ピアノ協奏曲第二番変ロ長調OP83

   ブラームス ピアノ協奏曲第二番変ロ長調OP83
     ピアノ:ウィルヘルム・バックハウス
     指揮:カール・ベーム ウィーンフィルハーモニー
     使用ピアノ:ベーゼンドルファー(ウィーン)  録音:1867年(ウィーン)

 *ブラームスの時代
 西洋クラシック音楽が最も進歩し爛熟したのが十九世紀、古典派の末期からロマン派の時代です。そしてこの時代はピアノと管弦楽にオペラの時代とも言われています。ピアノの進化と競うように演奏技法も超絶技巧化し、協奏曲やソナタ、珠玉のピアノ小品などの名曲が次々と生み出されました。また管弦楽では多くの種類の楽器が取り入れられオーケストラの大編成化が進みました。そしてそれに適合した巨大な交響曲や色彩豊かな大規模の管弦楽曲が誕生しました。更に産業革命の進展により富裕層(ブルジョワ階級)が台頭し観客が増え、オペラの上演が活発化しました。今日上演される大半のオペラはこの世紀に作られました。
 この音楽の発展は国別にみても大きな変動があり、イタリアやフランス及びドイツ・オーストリアの音楽先進国のみならず、イギリスやスペイン、ロシアにポーランド、チェコ、ハンガリー、そして北欧などの周辺諸国にも波及をし、大きなうねりとなり広がりを見せました。 

 この隆盛を極めた十九世紀後半に時流に逆らい古典形式の作曲法に拘りその権威として活躍したのがドイツの大作曲家ブラームスです。ここではその曲作りに於いて、何処でどんな発想を持ってどのように作曲したか第二ピアノ協奏曲を例にして述べてみましょう。
 まずはこの第二ピアノ協奏曲作りに大きく係わったイタリア旅行と夏の避暑地についてお話し致します。
 
  *イタリア旅行
 よくブラームスは大作曲家の歴史的系譜の最後を飾る人と言われ、それまでの西洋音楽を総括した作曲家として評価されています。それは自分より前の時代の音楽の大部分を研究し尽くし、あらゆる作曲法を熟知し使えた作曲家だからです。対位法、和声法、旋律法、リズムを駆使したソナタ形式、変奏曲形式、フーガ、カノンなど、凡そ試さない形式・音楽法は無いと言われています。そんなブラームスであるからこそ古い時代の文化や歴史に興味を示さない筈はありません。ブラームスは古代のギリシャやローマの文化遺跡に強い憧れを抱き文献を読み漁って来ました。百聞は一見に如かず、何時か訪れたいと願っていましたが、長年の懸案であった交響曲を首尾よく二作もものにし、肩の荷が降りたのか1878年の四月、漸く勇んで憧れのイタリア行きを決行しました。そしてその後死ぬまでの十九年間に都合九回もイタリアを訪れたのであり、その熱狂と執心振りが窺い知れます。北ドイツ人のブラームスにはイタリアは真に心安らぎ心時めく、レモンの花咲く南方のパラダイスだったのです。

 憧れのイタリアは余りにも強烈で新鮮な驚きをブラームスに与えました。この印象はその後の数年のブラームスの作品に表れてきます。鉛色のブラームスの響きにイタリアの薫風と青い空が顔を出します。特にこのピアノ協奏曲に顕著に表れています。

 *ブラームスの夏の避暑地
ブラームスは比較的若い時分(三十歳ぐらい)から新作の作曲は夏の避暑地で行うのが慣例となりました。特に大作は夏の六ヶ月間に集中して行い、仕上がらなかったら翌年に回しました。
 バーデンバーデン、リヒテンタール、ペルチャッハ、ミュルツシュラーク、トゥーン、イシュル、プレスバウムなどの田舎の自然豊かな避暑地を気の向くままに選び出し借家としました。夏の創作(五月から十月)の家として使いました。
 
 春五月になると避暑地に家とピアノを借りて住み始めます。日課としては早朝に起き出し、まず風呂に入り、葉巻をくわえながらコーヒーを沸かして至福の時を過ごします。そしてやおら巨大な譜面台の前に立って作曲に取りかかります。午前中一杯作曲に精を出し、午後は自由に人と会ったり人を訪ねたり、散歩をしたりして過ごします。散歩の折には愛する自然から多くの着想を得てご満悦で五線譜にペンを走らせていたそうです。ブラームス曰く「新しいメロディーの花が次々に現れるのでそれを踏み付けないように(忘れないように)しないとね…」。それは大切に保管され何時か何らかの曲で日の目を見る事になるのです。また読書にも多くの時間を割く本の虫であり、聖書を始め様々な分野の書物を読み漁っていたと言われています。極度の近眼だったらしく読書は得意だったのかも知れませんね。その結果並外れた慧眼博識の持ち主となりそれは音楽に遺憾なく発揮されています。食事は昼も夜も友人の家でお呼ばれに与かるか行き付けのレストランで済ませます。まあ独り身ですから気楽に生活していたようです。何しろブラームスにとって夏は創作の季節、自然や人と戯れながらもやるべき仕事は最大限にこなしたようです。

 やがて紅葉が美しい十月になると都会(ウィーン等)に戻り新作の出版やお披露目の演奏旅行に入ります。また寸暇を惜しんではオペラを始め様々なコンサートにも出向き、一冬を忙しく飛び回っていました。

 *名曲完成の手順
 ブラームスにとって一つの大曲を作る時、その端緒を簡単に始める事はありません。どんな様式でどんなテーマの曲を作りたいのか、綿密に計画を立てます。そして普段から考えていた幾つかテーマメロディーから選び抜いてその曲に最も相応しい主題を決定します。それが決まると余ったテーマメロディーは他の曲を作るのに使われ決して無駄にはされません。ブラームスの場合、交響曲の後に室内楽が多く作られますが、その一部は余ったテーマで作られる事が多いのです。

 避暑地に入り、立てられた計画通りに作曲は精力的に進められます。一夏を費やして書かれた曲はピアノで試演され友人達などに批評を請います。そしてこの批評感想などを参考にして入念な仕上げに入ります。このピアノ協奏曲の場合は更に楽友のビューローが指揮をしてたマイニンゲンのオーケストラを使い試演を繰り返し完成させました。ブラームスは何時もどんな作品でも、あらゆる手段を使い完璧な作品に仕上げていたのです。
 
 *ピアノ協奏曲第二番変ロ長調Op83
 ブラームスの第二ピアノ協奏曲は古今のピアノ協奏曲の最右翼に位置する壮大深遠なモンスターです。最後の大作曲家・ブラームスの創作能力の絶頂期を示す作品の一つです。
 イタリアで着想され、避暑地プレスバウムで大方が完成され、更にマイニンゲンで実際にオーケストラを使って試演され補筆されました。余すところなく完成された完璧な曲です。

 二回のイタリア旅行の後に作曲されました。ブラームスの全作品の中でも最もイタリアの印象が強い作品です。曲中のそこかしこにイタリアの青い空が現われ、ご機嫌で観光に廻るブラームスを彷彿とさせます。石畳、石の建築物、大理石の彫刻。粋なカフェ、美しい娘達、洒落た路地に佇む家並。そんな題材が綯い交ぜになってこの爽快無比な巨大なコンツェルトに収斂されていきます。

 青い空に天馬駆ける縦横無尽の第一楽章。透徹の眼力と熱狂が織りなすダイナミックなスケルツォ。街角のカフェで観る白日夢のアンダンテ。街を陽気に練り歩く洒落ておどけたロンド、そこには美しい乙女の素肌が輝いて観えます。そしてそこから無骨な男の夢が…、大人の男の偉大なロマンが溢れ出て止みません。

 *バックハウスのベーゼンドルファー
 鍵盤の獅子王(バックハウスのニックネーム)が叩き込むベーゼンドルファー、しかしそのピアノは決して悲鳴を上げません。深く温かく壮大に鳴り響き、正に大理石の質感…。その光沢は底光りをして天まで届きそうです。天馬駆け廻る精神の高揚、官能の響き、バックハウスとベーゼンドルファーにしか成し得ない最高のブラームスがここにあります。

 *ベームとウィーンフィル
 睨んだら外さないベームの眼力、ウィーンフィルが官能の響きで応えています。アンダンテの大人の夢…、追憶…、官能…、これは正に音楽の宝です。

 
posted by 三上和伸 at 23:09| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする