2010年03月24日

音楽の話17 ストレスと涙、そして音楽と

 先日放送されたフジテレビ「エチカの鏡」でストレスに勝つ方法を教えていました。朝太陽光にあたるとか、リズム運動をするとか、幾つかの方法を伝授していました。その中に特に私の目を引き付けたのが泣く事でした。泣いた時に起こる精神の浄化作用がストレスを解放する強い効果がある事を伝えていました。
 
 例えば子供は日常的にストレスが生じれば泣いてそのストレスを解放しますが、大人はそう易々と泣く事はできません。過酷な非日常の強いストレスがあれば泣く事もあるでしょうが、大抵の大人は自分の窮地では余り泣かないのです。苦悩する事はあっても泣くのは敗北と思って最後の最後まで泣けないのです。依って益々ストレスを溜め込む事になります。

 ではどうしたら大人は泣いてストレスを発散できるのでしょうか。番組では自分の好きなメロドラマなどを見せて出場者を泣かせていました。メロドラマの優しさに溢れる悲劇性、これこそが大人を簡単に泣かせる妙薬であるのが解ります。ここで安易ではありますが、ストレスの解放がなされたのです。しかしそこに何か白々しい軽い作りもの真実味のなさが見え隠れするのも否めません。お涙頂戴の真実味のなさが…。

 それではどこに真実味のある泣いてストレスを解放できる在り処があるのでしょうか。それは飽くなき探求の末に完成された芸術作品の中にあります。作者は己の悲しみを人類の悲しみとして捕えます。人の涙を自分の涙として表現します。その眼差しは人類への優しさに満ちています。それは文学であろうと絵画であろうと、そして音楽であろうとも…。優れた人の優れた作品には必ず愛と涙のメッセージがあるのです。例えばモーツァルトのレクイエムのように…、ブラームスの歌曲「おお死よ、なれこそいたまし」OP121ー3のように…。
 
 
posted by 三上和伸 at 23:05| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする