2010年10月18日

音楽の話29 N響アワー、「音楽ジャーナリスト・シューマン」を視聴して

 昨夜のN響アワー、ジャーナリストシューマンはよく知られた話題ですが中々面白かったです。ただ少々大袈裟だと思いました。シューマンはシューベルト、ショパン、ブラームス以外にも多くの音楽家を紹介し絶賛もしています。しかも大成せず歴史に埋もれた人も数多くいるのです。シューマンの眼力が百発百中では決してなかったのも事実なのです。シューベルトのグレートシンフォニー、ショパンやブラームスの天才。これらの傑作や傑物は何れ遅かれ早かれ世に出るものなのです。

 但し、ブラームスの創作の進路の方向付けをしたのは紛れもなくシューマンとその妻クララに他なりません。この素晴らしい夫婦の愛の幸福と悲惨な運命。二十歳そこそこの多感な青年ブラームスが間近で垣間見たこの二人。その愛と悲劇の顛末が何時の時代に於いてもブラームスの創作の原点(愛と生と死)になったのは事実です。シュ−マンの主題による変奏曲、ピアノコンツェルト一番、一連のオルガンのためのフーガ、、ドイツレクイエム、「愛の歌」ワルツ、アルト・ラプソディー、歌曲「青春の歌」(シューマンの末子フェリックスの詩)、第一シンフォニー、第三シンフォニー、一連のピアノ小品、歌曲「四つの厳粛な歌」。それらの傑作の全てはシューマン夫妻に繋がっています。それほどブラームスはシューマン一家を愛したのです。

 番組で流されたブラームスの第三の三楽章。この悲しいポコ・アレグレットは単なる甘い歌ではありません。恐らくはシューマンに寄せる葬送のアレグレットです。こんなに美しい葬送行進曲はこの世に二つと存在しません。シューマンの死から三十年も経とうと言う、ブラームス五十歳の時のシンフォニーです。
                                   
posted by 三上和伸 at 23:12| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする