2011年07月04日

音楽の話48 N響アワー、モーツァルト・ジュピターシンフォニーを視聴して 2011.07.03

 長らくドラマ〜仁〜に夢中だった私の許に、N響アワーが帰って?きました。〜仁〜終了は残念ですが、これで心置きなくN響の演奏が鑑賞できます。しかも今夜の演目は何とモーツァルトの“ジュピター”であり、これは聴かねばならぬと思いテレビのスイッチを押しました。

 しかしこんな事を書くと皆様は不思議がるかも知れません。幾らでもテレビ機能を使えば録音録画が出来るではないかと…。ところが我が家のテレビは旧式のテレビだったので地デジは勿論の事、録音録画もできなかったのです。つい最近、遅ればせながら録音録画可能の地デジテレビを買いました。今後は使い方を学び、行く行くは録音録画機能を活用しオペラなどを楽しみたいと願っています。

 さて、モーツァルトのジュピターですが、解説者・西村朗氏の言わんとしていた諸説が見事に演奏に反映されており、まずまずよかったと思います。特にモーツァルトの作曲技法の粋を見せつけた第一楽章と終楽章は良かったと思いました。この二つの楽章に限っては爽やかな余韻が残る秀演でした。但し、第二楽章のアンダンテカンタービレと第三楽章のメヌエットはニュアンスの乏しい平板な出来でした。このアンダンテカンタービレは晩年のモーツァルトの心境を最大限に映す諦観に溢れた曲の白眉であり、こんなに何も語れないおざなりの演奏ではモーツァルトではありません。この指揮者、モーツァルトの緩叙楽章をやるには十年早いと言わざるを得ません。技術は秀でも情感が劣ではモーツァルトは詰まらないのです。

 この後に演奏されたアシュケナージ指揮の合唱曲アヴェ・ヴェルム・コルプスは、これはもう晩年のモーツァルトの心境が余すところなく出た慰めに満ちた演奏でした。音楽って良いな、モーツァルトって良いなと心底思える涙の感動がありました。

 余談
 司会の女子アナの悪声、何とかなりませんかね…。極めて耳触りが悪いのですが…、彼女には可哀想ですが…、私は音・声に厳しいのです。プロなんですからね…。
posted by 三上和伸 at 23:50| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする