2012年04月01日

音楽の話67 N響アワー最終回スペシャルを視聴して、ありがとうN響アワー

 N響アワーもとうとう終わってしまいましたが、二週に亘って放送された最終回スペシャルは、思い出に溢れ、中々に面白かったと思いました。それでも第二週目の選曲には、いささか疑問は残りました。一曲目のベルリオーズの幻想シンフォニー「舞踏会」は良いにしても、最後の曲のチャイコフスキーの第五のフィナーレには驚きました。まあ、最多のリクエストを集めたのですから仕方ありませんが、それは多分に第二楽章のホルンの独奏の素晴らしさによるもの…、出来るものなら、この日の二曲目にこの第五の第二楽章を入れ、本当の最後にはベートーヴェンの英雄シンフォニーのフィナーレで締め括って欲しかったです。

 しかし、第一週目は、素晴らしい選曲でした。何と、ロマン派後期の三大交響作家*リヒャルト・ワーグナー、アントン・ブルックナー、ヨハネス・ブラームスの競演であり、演奏も文句のつけようがなく(ブラ四を除いて)、最高に満足の出来る出色のものでした。

*リヒャルト・ワーグナーは交響曲作家ではありませんが、ワーグナーの楽劇は歌と芝居を持つ巨大な交響曲と言われています。その管弦楽法と和声は後の交響曲作曲家に多大な影響を及ぼしました。

 順風満帆で突き進む快速帆船の如く空前の音響で鳴り響くワーグナー。「さあ、これから最高の音楽劇が始まるぜ! 皆用意はいいか!」とでも叫んでいるような楽劇「ニュルンベルクの名歌手」前奏曲…。歓喜の爆発と熱い陶酔、ワーグナーならではの豪快な傑作前奏曲です。威風堂々たる指揮振りのホルスト・シュタインは、充実しきった音響効果を持つこの曲に打って付けの指揮者でしたね。

 私淑するワーグナーの管弦楽法を引き継いで、それで巨大なシンフォニーを仕立て上げたブルックナーは、敬虔なカトリック信者で、そのシンフォニーは、神の創った世界と自然を表していると言われています。この日二曲目に演奏された第八シンフォニー(フィナーレ)は、ブルックナーの全作品中の最高傑作で、美しい旋律、深く透明な音響(和声)、独特の肉躍る律動を持つ、壮大な絵巻物のようなシンフォニーです。私が思うに、恐らく、古今東西のシンフォニーの中でも最も美しいシンフォニー(並ぶものと言えばシューベルトの「未完成」)と言えるでしょう。指揮のロブロ・フォン・マタチッチは、この天才的閃きを持つ大シンフォニーを魂を籠め、厳しく具現していました。

 最後はブラームスの「第四」で締めましたが、それは第一夜としては、ベストの選択と言っていいでしょう。と言うのは、最後(第二夜)のフィナーレにするには余りに暗い曲だからです。この曲は「ドイツレクイエム」、第一シンフォニーと並ぶブラームスの最大傑作で、そのテーマは信仰、愛、希望、そしてその先にある“戦争と平和”です。乱熟と矛盾に満ちた十九世紀の終りに、ブラームスは社会の不穏な空気を敏感に感じ取っていました。それに不安を感じたブラームスは、バッハの「マタイ受難曲」に倣い、この曲を近代の受難曲として、シンフォニーの形で、未来の市民のために書きました。その第四楽章は、愛と慰め、そして怒りと悲しみに満ちています。この深遠複雑な噴怒のシンフォニーの演奏は困難を極め、指揮者は途轍もない緊張を強いられます。前二曲の指揮者とこの曲の指揮をしたウォルフガンク・サバリッシュの顔の表情を見比べればそれが良く解ります。サバリッシュの何と疲労に満ちた苦しげな顔、されど大成功とは言い難い…。「第四」は傑作の中の傑作です。
posted by 三上和伸 at 23:56| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする