2012年06月17日

雑記帳5 福祉の一端を考えてみました 2012.06.17

 先程まで福祉問題を取り上げたあるBSテレビの番組を観ていて実に考えさせられました。それは札幌の姉妹の孤立の末の衰弱死の話題で、生活保護の受給の困難さを取り上げていました。一方に、働けるのに働かない受給者や余裕があるのに生活保護を受け贅沢をする狡猾な不届き者もいれば、またその一方で病気等で本当に困っているのに世事に疎く押しが弱い性格のため、生活保護を受給し損ねている人もいるのです。その挙句の果てが、一方の受給者に於いては、労働意欲の低下と受給金の遊行費などへの乱用に繋がり、またその一方の非受給者に於いては、悲劇的な孤立無援の孤独死に陥ってしまう例が後を絶たないのです。公の役人を責める事は簡単ですが、事はそんなに単純ではないのです。翻って考えてみれば、私達市民の側も“何ら責められる要因はない”と胸張って言えるでしょうか? そうです、私達に出来る事を今すぐやる事が大切です。一つには地域(町内会や寺社・教会などの末端の組織)の民の連携と監視を促し、対象の個人を特定する事です。生活苦で困っている人には相談に乗る等の助けの手を差し延べ、不正受給者には告発の鉄槌を…。そんな義務と努力が益々必要になってくるのではないですかね。明日からはほんの少しでも良いから周囲の人々に関心を持ち、例えお節介だと鬱陶しがられても、世間話や噂話を利用して、“見張り番”位の役目を果たそうではありませんか。向こう三軒両隣とまではいかなくとも…。
posted by 三上和伸 at 16:55| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする