2012年11月03日

音楽の話89 ららら♪クラシック A・プレヴィンのモーツァルトを聴きました 2012.10.28

 アンドレ・プレヴィンがN響の名誉客演指揮者に就任したとか、大変いい知らせですね。バッハ、モーツァルトにベートーヴェン、そしてブラームスを中心とする正統派クラシックを得意とする現在のプレヴィン、本当に嬉しい事です。これからこのような作曲家のプログラムが聴けると思うとワクワクしてきます。モーツァルトの沢山のシンフォニーと出来ればブラームスの第3・第4辺りを聴きたいですね。この日の番組の回想の場面には、チラッとブラ4が出てきましたが、壮年期のプレヴィンの端正なスタイルの演奏で、ほんのさわり(冒頭とエンディング)でしたが、私は感動しました。

 さて、この日のプログラムは、モーツァルトの最初と最後のシンフォニー、第1番変ホ長調k16と第41番ハ長調k551「ジュピター」でした。大変興味深いプログラミングで、楽しみに聴きました。

 最初は、モーツァルト8歳の時の第1番。習作の域を脱した作品で、そこかしこにモーツァルト後年の才気が感じられました。その美しい響きと哀感の籠った短調の歌謡性は、晩年のモーツァルトの美学の萌芽を既に感じさせました。モーツァルトはこの時点で、最早、天才を獲得していたのだなと実感しました。

 「ジュピター」は名にし負う名演奏、全編に亘って才気と優しさで満ちていました。第2楽章の憂いを秘めた優しい諦観、誰が何と言っても、この優しさと悲しみのシンパシーは、他のどんな音楽よりも最上のもの。正に音楽の幸福そのものです。第4楽章の才気溢れる冴え切った論理性と力強い説得力、圧倒的迫力でエンディングを迎えました。正に歓喜の快哉、感動でした。

 そして印象的だったのは、リハーサルの最中の楽団員に対してのプレヴィンの発言、「モーツァルトを尊敬し過ぎてはいけません」と…。権威に圧倒され、自由な自発性を損ねては、音楽は生きて来ないと、そう言った意味合いのアドバイスをしたのでした。そしてこうも付け加えました。「音を出すのは楽団員であって、指揮者は指揮棒一本持っているだけの無力な存在です。だから優秀なオーケストラでは、先ず初めは、オーケストラの演奏を聴きます。そしてそこで必要なアドバイスをすればいいのです」と…。この発言を聞いて『凄い指揮者だな、これからが楽しみだ…』と私は静かにほくそ笑んだのでした。

 ☆追伸
 主席第2ヴァイオリンの長峰高志氏がスタジオ出演されていて、引き立て役ならではの面白い話を沢山されていました。主なお話は、先程のプレヴィン発言と同様の“演奏の自由と自発性”でした。わざわざ第41番第2楽章の譜面(スコア)に注意書きを入れ、6連符の一音一音の音の長さを、それぞれ百分の一秒単位で変化させて示し、その自由な自発性を誇示して見せていました。成程、N響名演の裏には、こんな縁の下の力持ちの下支えが隠されていたのだなと、感心させられました。
 
posted by 三上和伸 at 16:15| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする