2015年04月29日

雑記帳268 ブログ書きの功罪 2015.04.29

 2008年の3月から続けているブログ書き、もう丸7年を経過しているのですね。日記を書いても続かなかった私がこうして続けられている、ブログには日記に無い大きな魅力があるのです。

 それは何と言っても私のブログを読んでくださる方々がいらっしゃるからです。拙く読みづらい文章を読んでくださる方がいる、それは書く側として大きな励みになります。書く張り合いが生まれるのです。自分自身との対話である日記と違い、ブログには人との会話が根本にあります。自分の想いを人に語る事が出来るのです。一日一回、私は自分のブログのアクセス解析をチェックしています。今日は何人の方が読まれ、何ページの記事をアクセスされたか、参考までにチェックさせて頂いています。アクセスの多い日は嬉しいですし、少ない日は意気消沈しています。でもそれを引きずるような事はありません。書きたいネタは山ほどありますので、休んでいる暇はありません。先程は毛越寺の記事を書きましたし、今夜は中尊寺の続きの記事を書くつもりでいます。書く喜びも書く辛さも解りかけて来たところです。今後も更に楽しい記事を書いて行きたいと念じています。

 今申したことは功罪の内の功の部分ですね。でも罪の部分もあるのです。それは秘密の漏洩?です。私を始め、私の家族、特に妻や娘、そして孫のNちゃんYちゃんの私生活の秘密が漏洩してしまう事です。それは比較的罪の無い楽観的な事柄を多く取り上げていますが、悲観的な内容(殆どが私の事)のものも書いてしまう可能性もあるかも知れません。きっとこの先、NちゃんYちゃんが成長し私のブログを見る時が来るでしょう。その時二人は私の記事を見て何と言うか? 甚だ自信がありません。もしかしたら迷惑がられて消去を迫られるかも知れません。その時私はそれに従い大切な私の思い出を消し去る事が出来るでしょうか? そうなるのは怖い事です。されど一縷の望み、一つの楽しみをも含有している気がするのです。何しろNちゃんYちゃんの成長の軌跡が記されているのですからね。二人はそれを観て何と言うでしょうか。聞いてみたいですね。

 それでも何だかんだ言っても、ブログには嘘を書いてはなりません。それは読まれる方々を馬鹿にする事だからです。人や自分に気遣って甘い言葉で良い事ばかりは書けないのです。ですから私は正直に自分を書いています。大した事は無い自分の半生ですが、これからも自分に正直に書き続けて行きます。拙いリアリズムの私のブログですが、どうかお引き立てをお願いします。
posted by 三上和伸 at 21:00| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする