2015年07月04日

雑記帳133 次女と孫達、歓喜と寂寞(せきばく)を残して帰って行きました 2015.07.04

強い興味の発露である遊びと言う交流、子供はそれに妥協をしないところが頼もしい、我が老骨にとってもそれは歓び以外の何物でもなく、粉骨砕身して幼い欲求に応える覚悟で臨んでいます。正にそれは歓喜の瞬間、孫とはそう言う存在です。

しかし好機はそうそう長くは持ちません。やがて別れが来るのです。楽しければ楽しいほど、別れは辛いものです。その寂寞が私を苛み、心萎れる時間が来るのです。されど寂しいのは私だけではありません。娘も孫もそれは同じ思い、同じ寂寞を感じているに違いないのです。Nちゃんの顔にはそれが書いてありました。

解るよ寂しいね。でもねそれは一時の気の迷い、時間が解決してくれます。少し時間が経てば寂しさより思い出が勝ります。ああ〜あの時は楽しかった! あれは嬉しかったな〜 優しかったり愛しかったり、美味しかったりしたね! もう僅かの時間で思い出が一杯! 持ち切れないよね!

また会う日まで、思いを温めようね! 好い時間を持とうね…、新しい自分を魅せるために…
posted by 三上和伸 at 15:36| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする