2015年07月11日

一日の終わりに…133 悼む事 2015.07.11

お盆とは死した人を迎え入れる事。迎え火を焚き現生へお迎えして、懐かしい己が家で寛いで貰い、次に送り火を焚き冥土へお送りする。一心に死者の冥福を祈るもの…。一心に死者を悼むもの…。

洋の東西を問わず、人間はそうしたもの。東洋の読経に代わるものが西洋にはあります。”哀歌”、”哀悼歌”、”鎮魂歌”、悼む思いは同じです、冥福を祈るのも同じです。

私は寧ろ(むしろ)日本の習慣よりも、西洋の音楽から悼みの思想を教えて貰ったような気がしています。そうブラームスの音楽から…

ブラームスは勿論喜怒哀楽を表現した作曲家です。されどそれにも増して悼みを表現した作曲家でもあるのです。

オルガンのための前奏曲とフーガWoO.7・8・9・10、第一ピアノ協奏曲oP.15、ドイツ鎮魂曲oP.45、アルト・ラプソディーoP.53、運命の歌oP.54、哀悼歌oP.82、第三交響曲oP.90、第四交響曲oP.98、4つの厳粛なる歌oP.121、オルガンのためのコラール前奏曲oP.122。

これらの曲の中には他者への痛みが練り込まれています。シューマン、父母、兄弟、友、それに過去、現在、そして未来の人までも悼んでいます。不幸な人であろうと幸福な人であろうと、老人であろうと若者であろうと、日本の盆と同様に、哀歌で、多くの人を悼んでいます。

私もブラームスに倣い多くの死者を悼みます。
posted by 三上和伸 at 22:24| 一日の終わりに… | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする