2016年11月22日

ブラームスの名曲5 歌曲「エーオルスのハープによせて」op19-5 2016.11.22

ブラームスは1857年(24歳)の秋から、北西ドイツのデトモルトの宮廷で音楽教師の職を得ました。この自然豊かな宮廷で、そこの子女の音楽講師をしたり、合唱団の指揮者をしたりして、職務に勤めました。大変気に入っていた仕事でした。

デトモルトの近くにはゲッティンゲンと言う大学を中心として栄えた大学都市があり、そこにはブラームスの同僚のオットー・グリムがいました。夏の休暇にグリムと合うために、ゲッティンゲンを訪れたブラームスは、そこで麗しい女性と懇意になります。それはこの地のゲッティンゲン大学教授の娘で、名をアガーテ・フォン・ジーボルトと言いました。早速二人は恋に落ち、指輪を交わして婚約を誓いました。しかし、ハンブルクの貧民窟出のブラームスと身分違いの上流階級の娘・アガーテ、そしてここで結婚しては、クララ・シューマンと縁が切れるのではないかとの不安、正気に返ったブラームスは、愚かにもアガーテに余計な手紙を出し、結婚に逡巡している旨を伝えてしまったのでした。失望したアガーテは、婚約破棄を主張し、敢え無く二人は離別の道を選びました。身分違いの恋でもあり、ブラームス、アガーテ、クララの三者によるブラームス自身が勝手に思い込んだ三角関係、結局この別れは、時の必然であったようです。大志を抱く芸術家の陥りやすい将来への狼狽があったようです。

それでも二人は幸福だったのです。ブラームスが作った歌曲を、ソプラノのアガーテが歌う、それは二人だけの時もあったでしょうし、仲間の集いの時もあったでしょう。兎に角二人は祝福されていたのです。作品14や作品19は、アガーテに歌ってもらうために書いた曲が並んでいます。「傷ついた少年」、「別れ」、「あこがれ」、「鍛冶屋」、「エーオルスのハープによせて」などが女歌で、アガーテが歌ったでありましょう。反対に「窓の外で」、「ソネット」、「恋人のもとへ」、「セレナード」、「口づけ」などが男歌、ブラームスのアガーテへの思いが籠められています。

アガーテ・フォン・ジーボルトは、幕末の有名なオランダ人(本当はドイツ人)医師・フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト(シーボルト)と親戚です。またアガーテは晩年に、ブラームスの思い出を語った手記を発表しています。

*フォン(von)はドイツ語の前置詞(英語のofと同じ)、主に貴族を示す言葉(姓)として使われました。これによればアガーテは貴族の出と言う事になります。アガーテが名、フォン・ジ−ボルトが姓です。


エーオルスのハープによせて メーリケ詩 op19−5

この古いテラスの
きづたの這う壁にもたれた,
風からうまれたミューズの奏でる
ふしぎなハープよ,
始めよ,
妙なる調べの嘆きを
ふたたび始めよ!

風よ,おまえたちは遥かかなたの
わたしがあんなに愛していた,
あの子の緑したたる
塚を撫でてきたんだね。
途中で春らんまんの花を掠め,
花の香をはらんで、
この心をうっとりと酔わせ,
ハープの絃吹き鳴らす。
風は愁いを含んだ美しい調べに魅せられ,
わが憧れの心の赴くままに吹きつのり,
やがてまた力を弱める。

さて、不意に,
風がいちだん強く吹きくれば,
ハープは美しい調べを奏で,
たちまち心を感動させながら,
再び甘美なおどろきへ誘う。
このとき満開のばらは風に揺れて,
わが足もとに花びらをみな撒き散らす。

素晴らしい詩ですね。風と花とハープ、そして弟への愛と悼み、余韻が囁く香りと響きの鎮魂歌。

エーオルスとはギリシャ神話の風の神の事、こう言った名は様々な発音があり、エーオルスをアイオロスとも呼びます。エーオルスのハープは、またの呼び名をエアリアンハープとも言い、自然の風で鳴る弦楽器です。気持ちの良い協和音で調弦されており、弦を通過した風が作る空気の渦(カルマン渦)が発音の源で、カルマン渦が発音のエネルギー源となっています。倍音系で共振する構造を持ち、本体の空洞に共鳴させて、大きな音を得る仕組みを持ちます。

この詩は元来、メーリケが弟の死を悼んで書いたもの、従って女声のためだけの歌ではありません。男性が歌っても一向に構わないのです。けれども、私には女声が好ましい、こんな繊細なメランコリーは、やはり女性が歌うもの…。私は偏見を持っています。歌は女が歌うもの…と…
posted by 三上和伸 at 22:07| ブラームスの名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする