2017年03月23日

雑記帳… 鎌倉時代には、日本でもオーロラが… 2017.03.23

旅行が趣味の方々の究極の目的地は極地旅行でしょう。南極に北極。私も憧れますがもう年を取り過ぎましたかね。費用も大変ですしね。でもオーロラ、氷山、クジラ、シロクマ、ペンギンは観たいですね。ところが、鎌倉時代の和歌の達人は、京都で、何度も何度も毎晩のようにオーロラを観たのだそうです。

ネットニュースによれば、小倉山で百人一首を編纂した平安鎌倉時代の和歌の第一人者・藤原定家は、1204年の2月から3月の間に、京都の北に現れる赤気(せっき・オーロラ)を毎晩観たのだそうです。定家の日記・明月記にそれは記されており、「山の向こうで大きな火事があったようで、重ね重ね恐ろし…」と。これを極地研などが研究した結果、この1200年頃は、黒点が巨大化し太陽の活動が異常に活発化していた時期で、地球の地磁気軸の傾きが日本列島により近づいていたそうなのです。従って日本付近でもオーロラ(赤気)が観られた可能性があったことが解明されたそうなのです。

やはり不世出の芸術家(歌人)ですね定家は…、自然現象にも素直な着眼があります。定家は長生きで、神羅万象の限りを見定めていました。


posted by 三上和伸 at 15:25| 雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする