2018年07月28日

伊豆東海漫歩12 ハリス記念館 2018.06.17

ペリーの日米和親条約の後、相互貿易の交渉人として乗り込んできたのが、外交官のタウンゼント・ハリスでした。玉泉寺を領事館としてそこに住み、江戸の幕府と交渉してきました。漸く1859年、ハリスの活躍で、日米修好通商条約が締結されました。日米の貿易がここから始まったのです。

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タウンゼント・ハリスの偉業と写真などの幕末の多くの資料を集めたハリス記念館。幕末を知る上で貴重な資料館です。ハリスの牛乳好きに因んで、ここでは牛乳を売っています。私も飲みました。美味しかったですよ。

西洋紫陽花      日本固有の額紫陽花
伊豆半島は額紫陽花の自生地としても知られています。ハリス記念館の脇の階段を上るとロシア人船員の墓があります。山懐に開かれた平地にあります。その山には代々そこに自生していた額紫陽花が今が盛りと咲いていました。階段の傍にあるのが植えられた西洋紫陽花であり、この二つの紫陽花が醸す風景は何処かで観たような気がしていました。そうです、あの江ノ島の沿道とそっくりなのでした。暖地の山際にはこういう光景が至る所で見受けられます。

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ロシア人船員の墓   日本の寺の風情
日露和親条約の交渉の場ともなった玉泉寺、この時下田に停泊していたロシア艦船が安政の大地震による津波で難破し、数人のロシア人船員が亡くなったそうです。ロシア人船員をここで葬り、墓を建てたと言うことです。横浜の外国人墓地よりも早い時期だそうです。



posted by 三上和伸 at 22:19| 伊豆・東海漫歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする