2019年10月27日

今日の出来事 流鏑馬祭 こども自然公園 2019.1027

横浜市旭区の誕生50周年記念の催しとして、今日開かれた小笠原流・流鏑馬祭、行って来ました。

小笠原流は、鎌倉時代より続く弓馬術礼法の一派で、一子相伝で子孫に伝えて来ました。流鏑馬は、武家や公家の神事や儀式には欠かせない日本伝統の武芸であり、小笠原流の他、武田流が有名です。

弓馬術(流鏑馬)は平安時代の武士から始まった武芸で、主に神事のセレモニーに使われてきました。鎌倉幕府の源頼朝がこれを重用し、幕府の護り神・鶴岡八幡宮で行われる、大切な大祭の際に使われました。鶴岡八幡宮の神様に捧げたのでした。

流鏑馬を鎌倉に定着させんがために、丁度、奥州下向の手形を貰いに鎌倉を訪れていた元北面の武士であった西行(佐藤義清)に、頼朝は、その西行の得意技の弓馬術の教えを請いました。その教えられた作法を丹念に記録し、それに従い、その後、頼朝は流鏑馬を武士の魂として復活させます。小笠原流はその折節に流派を起こしました。

小笠原流の垂れ幕
弓馬術礼法 小笠原教場
小笠原流の垂れ幕、流鏑馬の語源は「矢馳せ馬(やばせうま)」。

馬場 (馬走・うまはしり)は250mあるそうです。馬走には砂が固められています。その走路の両端を埒(らち)が囲っています。250mの間の三か所に的が作られており、全部に当てる事が目標(使命)です。昔は外すと切腹だったそうで、あらん限りの技能を磨くそうです。鏑流馬の射手(いて)になる事が武門の誉れだったそうです。

試合の前のセレモニーとして、人馬ともに観衆の前を練り歩きます。馬走を往復します。

狩り装束を纏った射手(いて)が馬を疾走させて、的を射ます。私達は最前列の砂被りの観覧席にいたので、その疾走する馬の迫力に恐怖を覚え、血沸き肉躍りました。感動しました。馬は、地響きを立て「ドカドカドカ」と全力で疾走してきます。

posted by 三上和伸 at 22:00| 今日の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする