2020年05月12日

間奏曲 麒麟がくる第17話「長良川の対決」 2020.05.12

1554年に斎藤道三は嫡男の斎藤高政に美濃の国の国主の座を譲りました。ところが妹で信長の妻の帰蝶(濃姫)も絡んだ弟達との家督相続争いが勃発し、道三と高政が長良川で合戦(弘治2年・1556年)を行いました。弟殺しの高政の蛮行を許せず、道三が高政を成敗しようとした戦いでした。

結局、多勢に無勢の道三が殺され、斎藤高政は、親・兄弟殺しの汚名を背負ったのです。この合戦後、高政は明智城も陥落させ、明智光秀一家は越前に逃げ延びるのです。それでも高政は念願の守護代になり、美濃国を安逸に治めます。しかし因果応報、その5年後に、高政は原因不明の病気にかかり、若き命を奪われるのです。その後は嫡男の龍興(13歳)が国主となりますが、織田信長に攻められ、敢え無く美濃国(1567年)は信長のものになるのです。道三が目論んだ娘婿の信長の下に美濃は治められたのです。

清州城では、帰蝶が信長と、父・道三と兄・高政の戦いを前に、揉めています。弟を殺され、今度は父までも…。焦る帰蝶は間者・伊呂波大夫に依頼をし、道三の逃げ道を作らせます。しかし道三は伊呂波大夫には耳を貸さず、高政に挑みます。信長は同盟相手の道三を助けるべく、軍勢を整え、鶴山に向かいます。丁寧な楷書で書かれた書き掛けの文書きをクチャクチャにした帰蝶の苛立ちが印象的でした。

陣太鼓が鳴り響く中の長良川河川敷での合戦、見事な音響美と映像美を魅せてくれました。道三と高政の一騎打ち、手に汗握る名場面でしたが、結局、高政は道三を取り囲んだ手下に「討てっ!」の一声、槍で突かせて道三を討ち取りました。何処までも卑劣な輩でした。遅れ馳せながらそこへ到着した光秀は、高政に手痛い一言を言い放ちます。「道三様には誇りがあった。しかしお主の御旗の土岐頼教様にも、お主にもそれが無い!、お主の下には行かぬ!」、高政「今度会ったら首を切る、明智城は攻め落とす!」。光秀の明智一族は絶体絶命のピンチを迎えるのでした。

再び清須城、前田利家から道三討ち死にの報告を聞く帰蝶、目に涙、そして嗚咽、娘として努力をしたのにこの首尾でした。この日も伊呂波大夫を呼び寄せて、何やら言い付けました。恐らく、光秀一族の救出の算段、父への目論見を明智一家に変え、光秀を助ける腹積もりでした。帰蝶はやはり、光秀を愛していたのでした。何れ起きる運命の一日を想像すらできずに…

明智城に帰った光秀は叔父の光安から明智家城主を禅譲され、明智の血を絶やさぬよう逃亡を勧められます。勿論光安は、明智城落城と共に自害する覚悟でした。温かい血の通った演技の光安・西村まさ彦の評判が良かったです。

愈々明智家は、伊呂波大夫の道案内で越前に渡り、戦国大名の朝倉義景の世話になります。
posted by 三上和伸 at 15:36| 間奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする