2020年09月10日

私の歳時記 川中島合戦最激戦日、永禄四年の九月十日 2020.09.10

武田信玄と上杉謙信(政虎)の両者が戦った川中島の合戦は都合5回あり、一番激しい戦いをしたのが4回目の戦いで、多くの死傷者を出した合戦でした。1561年(永禄四年)の九月九日から十日(新暦10月18日)に掛けての戦いで、戦死者には武田信繁(信玄の弟)、山本勘助(信玄の軍師)などの武田軍の重鎮が多く、損害から視れば武田軍の劣勢でした。それでも勝敗は決しておらず、痛み分けと言われています。原因は武田信玄の軍拡に依る信濃進攻でした。日本一の軍事力を誇る武田軍、しかしその軍の統率や戦術に勝れた上杉軍も互角であり、関東を治めていた上杉謙信は、武田信玄の野望を討ち砕き、武田の天下取りは、苦難の道になりました。その隙を突いた織田信長が天下取りにあと一歩のところまで肉薄しました。この第4次川中島対決は、織田vs今川の桶狭間の戦い(永禄三年五月十九日)より一年後の事で、正に世は戦乱の戦国時代真っ直中でした。
posted by 三上和伸 at 17:41| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする