2021年04月06日

音楽歳時記15 瀧廉太郎、ライプツィヒ音楽院を目指し出発 2021.04.06

「荒城の月」や「花」などで有名な西洋音楽黎明期の作曲家・瀧廉太郎が、ドイツのライプツィヒ音楽院を目指して、ドイツへ旅立った日が1901年のこの日でした。ブラームスが死んでから4年目の春でした。才能に恵まれていた廉太郎の「荒城の月」はドイツでも認められ、ベルギーの讃美歌にもなった記録があるそうです。メンデルスゾーン開校の音楽院で、5カ月の研鑽を積みましたが、肺結核を患い、志半ばで帰国を余儀なくされました。1903年の6月29日に、故郷大分で亡くなりました。

*ライプツィヒ音楽院
1843年に大音楽家・フェリックス・メンデルスゾーンに依って開校されたドイツで初めての音楽大学です。メンデルスゾーンが死ぬまで院長を務めていました。ロベルト・シューマンも一時、教授を務めました。

posted by 三上和伸 at 21:15| 音楽歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする