2008年04月30日

今宵の名曲この一枚6

 今宵の名曲−6 
 ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」名場面集 ロバート・ディーン・スミス(テノール) リンダ・ワトソン(ソプラノ) 指揮:イヴァン・アンゲーロフ スロバキア放送交響楽団
 第三幕第三場「イゾルデの愛の死」ソプラノ:リンダ・ワトソン

 ワーグナーは、19世紀の半ばから後半に掛けて活躍したドイツの大作曲家で、歌劇、楽劇の大家であり、ロマン派随一の天才と謳われました。常に斬新で画期的な劇音楽を生み出し、全ヨーロッパ楽壇を席巻し時代の寵児となり、多くの民衆の話題をさらいました。その評価は賛否両論相半ばし、喧々諤々の文芸論争が勃発し、西洋文化高揚に強いインパクトを与えました。唯一の対抗馬が20才年少で古典保守のブラームスであり、ワーグナー派とブラームス派が対立し、19世紀後半の音楽界を真っ二つに割り激しく凌ぎ合いました。そしてそれはワーグナーが死ぬまで続いたのです。因みに二人の関係は、ワーグナーはブラームスを嫌悪していましたが、ブラームスはワーグナーを認め、強い興味を示していました。彼は友人にこう述べています。「僕ほどワーグナーに興味を持ち、その作品を調べ上げている人間は他にいないよ」と。

 ワーグナーは若い頃、ベートーヴェンに私淑し、彼のように成りたいと願い、音楽を志しました。修行の後、歌劇場の指揮者をしながら黙々と作曲に向かい交響曲も書きました。しかし、彼の巨大な表現意欲は絶対音楽の範疇には収まらず、交響曲やソナタ作品は失敗に終わりました。やがて自分の本分は劇音楽にあると悟り、本格的に歌劇に取り組み始めます。「リエンツェ」「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」等、僅か10年足らずの間に歌劇の名作を次々と生み出したのです。しかし、それに飽き足らずに、更なる偉大な高みを目指すのが天才です。ワーグナーは歌劇を発展させ、新たな劇音楽の様式“楽劇”を産み出し、その天才を証明したのです。楽劇は劇と音楽、また歌と管弦楽が渾然一体となって進む言わば歌の交響楽の様なもので、そこに劇(言葉)と音楽を緊密に結合させる示導動機や無限旋律の採用、また半音階的進行と不協和音の多用による人の心理の微妙な表現の実現等、様々な革新の技法が試されています。
 
 その画期的な楽劇の第一作目が今宵の名曲:楽劇「トリスタンとイゾルデ」です。物語は中世の伝説をもとにワーグナー自身が台本を書き詩作をしています。

 あらすじ
 コーンウォールのマルケ王に嫁ぐアイルランドの王女イゾルデは、実はマルケ王の甥で騎士のトリスタンと愛し合っていた。トリスタンはかつてイゾルデの許婚モロルドを討ち、その時に負った傷をイゾルデの秘術で癒された身であった。その当時イゾルデはすでにトリスタンへの恋心を募らせていたのであり、これが後の悲劇のプロローグとなる。王の命を受けたトリスタンは皮肉にも花嫁イゾルデを迎えに船でアイルランドに旅立つ。そしてマルケ王のもとへイゾルデを伴う間、トリスタンはわざとイゾルデに冷たく接し撥ね付けた。イゾルデは深く悲しみ死を願い、侍女に毒薬を持って来させるが、それは侍女により媚薬にすり返られていた。そうとは知らずに口に入れ飲み干そうとしたイゾルデの手元から飲み残しの盃を奪いトリスタンも媚薬を飲んだ。愛の酒を酌み交わした二人には以前よりも増して熱烈な愛が燃え盛り、激しく互いを求め合う様になる。王の妃になった後も王の目を盗んでは二人は密会を重ね、とうとう王の家来に見つかりトリスタンは刃で致命傷を受ける。トリスタンは居城に逃れ、イゾルデを待ち焦がれていたが、やがて駆けつけたイゾルデの腕の中でトリスタンは息絶える。マルケ王も二人を許そうとやってくるが、時すでに遅くイゾルデはトリスタンの亡き骸の上で事切れる。
 
 第三幕第三場「イゾルデの愛の死」はこの楽劇の最後の場面であり、イゾルデが亡き愛しいトリスタンの後を追い、死によって愛を成就させるこの劇のクライマックスです。しかし不思議な事にこの歌は余り悲しくありません。否、むしろ情熱に溢れていて陶酔に満ちています。その歌声は豊かで艶めかしく、更に扇情的ですらあるのです。私はここに天才ワーグナーの恋愛観や死生観が垣間見える気がします。ワーグナーはこう宣ふでしょう。「どうせ何時かは死ぬんだから、女々しい涙なんか捨て去って、人生思い切り行ってみよう!」と…。
posted by 三上和伸 at 22:15| 今宵の名曲・音楽の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする