2017年02月13日

音楽夜話24 内田光子、歌曲共演で、グラミー賞 2017.02.13

お目出度い事であり、日本人として誇りに思う出来事がありました。ピアニストの内田光子が、ドイツ出身のソプラノ歌手ドロテア・レシュマンと共演したアルバム「シューマン・リーダークライス、女の愛と生涯、ベルクの初期の7つの歌」がグラミー賞・最優秀・クラシック・ボーカル・アルバム賞を受賞したそうです。内田は2011年以来の2回目の受賞であり、その多才な実力が評価されたようです。

ソロ活動では、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトのオーソリティーとして認められている内田ですが、今回は歌曲の伴奏に依っての受賞となりました。但し、伴奏と言えどもシューマンの歌曲は歌よりも伴奏部が重要であり、その表現内容の多くをピアノが担っています。シューベルトやブラームスの歌主体の歌曲とは一線を画す表現手段を持った歌曲なのです。従って今回のアルバムもそこのところを評価されたようで、内田のピアノの高い芸術性がものを言ったと言って良いのでしょう。

グラミー賞は音楽に与えられるアメリカ最高の賞。映画はアカデミー賞、舞台はトニー賞、テレビはエミー賞。グラミー賞は、これらの各賞と同格に扱われるそうです。

*シューマンのリーダークライス=歌曲集と訳せます。但し内容に一貫性のある物語歌曲とは異なるもので、同一の詩人の詩を使い作曲されたものです。リーダークライスは作品24と作品39の2集あり、作品24がハイネの詩、作品39がアイヒェンドルフの詩が使われています。
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2016年12月26日

音楽夜話23 アップルクリスマスCM2016が素敵でした… 2016.12.26

もう終わってしまったでありましょうが、頻繁にスポットCMで流れていたアップルのクリスマスCM2016、素敵でした。名はフランキーのクリスマスと言うもの…。出演は、フランケンシュタイン役のブラッド・ギャレットで、このフランケン、何か手回しオルゴールからダウンロードした曲を街の皆の前で流し歌い始めるもの…。そのあやふやな歌を傍にいた少女が愛らしく歌い継ぎ、最後に街の皆で合唱するもの…。その合唱が美しくハモって、音楽が生き生きと輝き始めます。思わず『ア〜イイな〜』とそのたび何時も感嘆の声を上げる私が居るのでした。この歌は、ホーム・フォー・ザ・ホリディズと言うクリスマスソングだそうで、多くのミュージシャンがリメイクしています。

*ブラッド・ギャレットは1960年生まれのアメリカ合衆国の俳優・声優・コメディアンだそうです。カリフォルニア大学ロサンゼルス校出身のインテリ、身長が203.8cmの大男だそうです。フランケンシュタインにピッタリですね。
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2016年12月25日

音楽夜話22 ASUKAの新曲「FUKUOKA」、昔取った杵柄、これはこれで良い 2016.12.25

フジテレビを観ていたら突然のようにASUKAの「HUKUOKA」なる曲が流れて来ました。詞の詳細は解らず仕舞いでしたが、曲調は昔のASUKAそのもので、ねっとりとした情念を歌っていました。歌唱力に独特の味があるので、再びのASUKAの懐かしい歌声が聴けました。私としては彼を決して肯定する訳ではありませんが、これはこれで昔取った杵柄であり、聴く価値のある音楽でした。

未だASUKA自身の進退は判りませんが、本当に改心し、人生をやり直し、復帰できるのであれば、また再び彼の音楽を聴いてみたい気がします。人間性は別にして、一つの音楽の天才、これだけは間違いのないところです。潔白を証明して、是非復帰を。
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2016年12月14日

音楽夜話21 モーツァルト没後225年(生誕260年)記念のCD米でバカ売れ 2016.12.13

ネットニュースで紹介されていましたのですが、米国で2016年度に売り上げたCDのナンバーワンが何とモーツァルトだったそうです。それは、モーツァルト没後225年記念の200枚組のボックスセットのバカ売れが原動力となったようで、125万枚のセールスとなったそうです。

その理由はと言えば、他のジャンルに比べれば、クラシック音楽ファンはCDから音楽を享受する事が多いようで、ストリーミング(インターネット上の音楽配信を利用する)には消極的だと言う事が判ったそうです。確かに私もそうでして、どうもストリーミングには馴染めません。落ち着いて確かな演奏の愛蔵版で楽しむ、これがクラシック音楽を楽しむ王道と考えています。今回の事で証明されたように、まだまだクラッシックCDは売れるのです。廉価で質の良い名演奏をドシドシ出して欲しい、これがクラシック音楽ファンの総意です。


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2016年12月02日

音楽夜話20 SCHWESTERコンサートvol.15 リーダーアーベント(夜の歌曲のコンサート) 2016.11.31

三上夏子が伴奏ピアニストとして参加した歌のコンサート、数人の独唱者と夏子を含め3人の伴奏者が揃いました。

シューベルト、シューマン、ブラームスのドイツ歌曲とドビュッシー、フォーレのフランス歌曲が選ばれました。

曲目

1部ドイツ歌曲
*シューベルト 美しき水車小屋の娘より、1旅、12中休み、17嫌いな色、20小川の子守歌

*ブラームス 雨の歌  伴奏:三上夏子

2部ドイツ歌曲
*ブラームス 12の歌曲とロマンスから、1愛の歌、2花婿、4質問  伴奏:三上夏子

*シューマン 女の愛と生涯から 1恋愛 3恋愛 4婚約 5友との別れ

*シューマン 詩人の恋 14夜ごとの夢 15昔話のなかから 16いまわしい思い出のなかから

3部フランス歌曲
*ドビュッシー 美しい夕暮れ

*フォーレ 月の光 伴奏:三上夏子

他に日本歌曲とシューベルトの歌曲の大曲「岩上の羊飼い」も演奏されました。岩上の羊飼いは、ソプラノ、クラリネット、ピアノの三重奏、ピアノの野本哲雄さんが良かったです。

三上夏子の伴奏は総じて柔らかい音で、歌と優しく溶け合っていました。但し、ブラームスの「雨の歌」は難曲でしたね。歌も伴奏も今一つでした。最も夏子らしい良さが現れたのがフォーレの「月の光」、暫し陶然と寛ぎました。
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2016年11月28日

音楽夜話19 日本とイタリアで推進する文化交流事業のオペラ「ジャパン・オルフェオ」IN鶴岡八幡宮、一部を観ました。感動でした 2016.11.28 

去る2016.10.07に、鎌倉鶴岡八幡宮で行われた、日伊修好150周年記念オペラ「ジャパン・オルフェオ」が昨夜(今朝未明)BSプレミアムで放送されました。残念ながら私はその存在に気付かず、隙を突いて、妻が夜更かしをして、鑑賞していました。風呂から上がった私は、その妙なる楽の音に胸騒ぎがし、着衣も儘ならず、テレビの前に座りました。何とそれはオペラであり、ステージは鎌倉鶴岡八幡宮境内で、野外公演のビデオでした。聴き進むに連れ、その演目が知れました。それは彼のイタリアのオペラの創始者とも言えるモンテヴェルディの世界最古のオペラ・「オルフェオ」でした。

ジャパン・オルフェオと称す訳ですから日伊の合作で、日本の古典芸能とイタリアオペラが交錯した最初で最後の演目でした。モンテヴェルディのオペラを骨格として、能楽と日本舞踊が絡み合う内容で、ヨーロッパ古楽器のオーケストラの上に、雅楽の楽器が溶け合う極上の音楽でした。私は本当に酔い痴れたのでした。

もう一度聴きたい! 私はこの放送を知らず、ビデオさへも撮れず、本当に馬鹿で情けない音楽好きとは思えない体たらくでした。もう一度再放送を遣らないか、NHKに明日聞いてみます。

                          モンテヴェルディ作曲・沼尻竜典作曲補筆「ジャパン・オルフェオ」。

「オルフィオ」あらすじ
ギリシャ神話に基づく物語
妻・エウリディーチェを毒蛇の為に亡くしたオルフェオは、地獄に下って妻を連れ戻そうとしました。しかし地獄の神とした約束を仕方なく破ったオルフェオは、救出の失敗を余儀なくされてしまいました。アウリディーチェ死に、絶望したオルフェオは、父・アポロの計らいによって神となり、アウリディーチェの待つ天国へ召されました。

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2016年11月05日

音楽夜話18 頭から離れないリピートメロディー 2016.11.05 

孫のYちゃんが、時折口ずさんでしまうアナ雪のメロディー、それは自然と記憶に刻まれ、思わず何遍もリピートしてしまうメロディーですね。まるで自分の脳の中に住み着いてしまっているような感覚です。私の場合今は、ヘンデルのアリア”私を泣かせてください”ですが、これが時を選ばず浮かんできます。もう私は小声で歌い出しています。勿論横文字の言葉は解りませんので、メロディーだけですがね…。これも人間の習性による現象だそうで、それを解説した論文が、米心理学会誌に掲載されたそうで、ネットニュースに載っていました。

そのリピート音楽を口ずさんでしまう主な理由は、テンポ、旋律の形態、独特の音程の三つの要素があるそうです。

そして条件の一つは単純すぎず複雑すぎない楽曲である事、リズムに合わせて、体を動かしてしまうような、テンポの速さと軽快さが求められると言う事です。

二つ目としては、頭から離れない音楽は、旋律の構造が単純でもリズミカルなパターンを持っていて、音程の上下が繰り返されるそうです。童謡の多くは、子供たちに覚えて貰いやすいように、このパターンで作曲されているそうです。

三つ目の条件は、単純で均一なパターンを保ちながらも、不意に独特な音程が入る事だそう…、つまり単純ながら変わっている楽曲だと言う事だそうです…

英国で3000人のアンケート調査を行い、耳にこびりつき易い有名な音楽を挙げてもらったところ、レディ・ガガの「バッド・ロマンス」がナンバーワンだったそうです。他にもガガの楽曲が多かったそうです。英国だからなのでしょうがね…
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2016年10月05日

音楽夜話17 マリア・カラスの絶唱、歌劇「トスカ」の歌に生き、恋に生き 2016.10.05

例の🎶ありがとうサヨナラ🎶で、気分が鬱陶しくなったので、それを漱ぐ意味を籠めて、愛聴歌の「トスカ」🎶歌に生き、恋に生き🎶を聴きました。

一点の曇りないカラスの歌、カラスの声、曲は悲劇的ですが、その歌は晴れ渡った青い空のように爽快です。私の胸のわだかまりを一気に晴れしてくれる絶唱でした。

トスカは悲しい女の恋を巡るプッチーニのオペラです。

あらすじは、トスカの愛人で画家のカヴァラドッシが旧友の囚人を庇ったことから始まります。そのためにカヴァラドッシが牢獄に入れられ、警視総監のスカルピアに拷問を受けます。それを助け出そうとして、トスカはスカルピアに近付きます。前々からトスカに邪な思いを持ち、手に入れようと企んでいたスカルピアは、トスカに言い寄り、自分のものになれば、カヴァラドッシの銃殺に空砲を籠めてやると約束します。しかし言い寄るスカルピアの隙をついて、トスカはナイフでスカルピアを殺してしまうのです。兵に追われたトスカが、カヴァラドッシの許へ行き、銃弾は空砲であると告げます。しかし、銃が放たれた後、カヴァラドッシは立ち上がろうとせず、死んでいました。絶望したトスカは高い城壁に上り、真っ逆さまに身を投じました。

深い信仰の下に、歌に生き、恋に生きたトスカ、辛い運命を呪い、神の前で歌う歌が、この「歌に生き、恋に生き」です。

訳詩
わたしは歌に生き、恋に生き
人様に悪い事など決してしませんでした
貧しい人たちを知れば
そっと手を差し伸べ、みなをお助けしました
いつでも心からの信仰こもる
私のお祈りは
ご聖像の壇にのぼり
いつでも心からの信仰をこめて
祭壇に花を捧げました
それを この苦しみのときに
なぜ なぜ 主よ
どうしてわたしにこのような報いをお与えなるのですか

わたしは聖母マリア様のマントに宝石を捧げました
また星々に歌を捧げました
それで星々は天でいっそう美しく輝きました。
それを この苦しみのときに
なぜ なぜ 主よ
どうしてわたしにこのような報いをお与えになるのですか

イタリアの陽光が産んだ悲歌劇トスカ、それは晴れやかに美しく悲しい…

参考訳詩:岡本知高さん

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2016年09月17日

音楽夜話16 金スマの葉加瀬太郎物語とブラームス 2016.09.17

昨日の金スマの葉加瀬太郎物語?は、面白かったですね。太郎さんの出自、団地住まいでスーパーヴァイオリニスト誕生秘話、クラシック音楽断念とポピュラー音楽への転身、セリーヌ・ディオンとのコンサート・ツァー、田万由子との恋愛と結婚、御長女・御長男の存在、現在のコンサート状況など。そしてヴァイオリン名器・ストラディバリウスと同じく名器のガルネリウス(合計金額20億円)に普通のヴァイオリンとの弾き比べクイズ、恥ずかしながら私は、ストラディバリウスは外れました。

葉加瀬がブラームスファンなのは夙(つと)に有名でしたが、葉加瀬回想劇に流れた音楽が、ハンガリアンダンス、ヴァイオリンソナタ第2番などブラームスばかり…、少し呆れ顔ですね…。そして下敷きのアイドル写真が髭モジャの老年のブラームス、もっと呆れました。まあ多分に演出過剰な面もありましたが、同じブラームスファンの私としては我が意を得たりで、嬉しいものがありました。中学時代からのファンである事も私と同じ、葉加瀬も私もブラームスから選ばれた人間、ブラームスの心を知る正に同士と言える存在?ですね。今後のご活躍を期待します。
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2016年09月11日

音楽夜話15 さだまさしコンサート、盛り沢山のトークと舞姫絶唱 2016.09.11

期せずして今日は9.11追悼の日でしたね。今年の日本は地震あり、台風禍ありで、追悼ばかりの一年で終わるようですね。そんな年の、そんなさだのトークの中に、己の学生時代の先生や、母親の追悼話があり、滅多に見られない涙声のさだを見ました。そしてその母親が特に好んだ歌を歌い、母への追悼を捧げていました。それは感動的な歌で、その歌・舞姫は、CDなどで聴かれる普段の歌とは格段の違いがあり、生身の人間の哀惜の情が伝わってきました。

舞姫
一度だけ恋をした そのひとは旅人
何時の日か 必ず帰ると 約束した
たまゆらの 浅い夢と 仲間たちは笑った
帰らない必ず そのひとはもう帰らないと
その日から舞姫は 踊り続けて待ち続けてる
それ以来誰の声にも 心揺らさず

余りにも長すぎる 時を待ち続けたが
何一つ彼女は 変わらずに過ごした
ある人は未練と言い ある人は健気と言い
いつかしら彼女は一途と呼ばれるようになる
どんな日も舞姫は 踊り続けて待ち続ける
あれ以来誰の声にも 心移さず

頼まれた訳じゃない 私が好きで待っている
待つ事を不孝だと 思うあなたの方が不孝
意地でなく楽しみで待っているのだとしたら
私はなんて幸せな人生だろう
私が待っている間は
この恋決して嘘じゃない
待つことを止めたそのとき
恋は死んでしまう
舞姫は笑って言う
愛した人を嘘つきと
呼ばせはしない この生命懸けて
恋を死なせはしない

「一途」と言う名の舞姫の
踊りを見たことがあるかい
悲しくてすてきで切なくて
人生そのもの

「一途」と言う名の舞姫の
踊りを見たことがあるかい
悲しくてすてきで切なくて
人生そのもの
ららら ららら ららら

切ない歌ですね、私がその旅人だったら、何をさておいても、舞姫の下に帰るでしょう。

男は女が必要だし、女は愛される事が必用。愛を全うして、生命を全うしましょう。


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2016年08月19日

音楽夜話14 行って来ましたディズニー・オン・アイス、「アナと雪の女王」、松たか子が歌うロバート・ロペス作詞作曲の主題歌「レット・イット・ゴー」が絶唱でした 2016.08.19

我等夫婦のバースデイの祝いに、NちゃんYちゃんのパパママからご招待を頂いたディズニー・オン・アイスの「アナと雪の女王」を、NちゃんYちゃんも交えて鑑賞して来ました。この物語はアンデルセンの「雪の女王」が下敷きにあり、アナとエルサ(雪の女王)の家族愛をテーマとしたもので、スケートの優美性も相まって感動的でありました。しかし大人の愛好家として優劣を語るならば、スケートの優美性でもなく、ドラマティックな物語でもなく、メルヘンチックな演出性でもなく、その何よりも秀でたものは音楽でした。

アカデミー賞・歌曲賞を受賞した「レット・イット・ゴー」は名曲であり、前半のドラマテックなシーンと、後半エンディングで歌われた松たか子が歌うこの歌が何よりも圧巻でした。アリーナに響く渾身の絶唱、その大音声に私は鳥肌が立ち、目頭が熱くなりました。驚愕でした、本当にこの歌は松なのか? 私の猜疑は終演まで、消えませんでした。

追伸:失礼しました。終演後、NちゃんYちゃんのママに聞いたところ、「アナと雪の女王」の主題歌「レット・イット・ゴー」の日本語版の歌手は、松たか子であると確信を得ました。
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2016年08月15日

音楽夜話13 ぶっちゃけ寺、お坊さんが選ぶ歌謡曲名曲 2016.08.15


”ぶっちゃけ寺”と言うテレビバラエティーがありますが、本日はお坊さんが選ぶ歌謡曲の名曲を紹介していました。日本で生まれた歌謡曲は、そもそもはお経がルーツであり、その歌の抑揚(メロディー)や言葉にはお経の影響が色濃く残っているのだそうです。現代の歌謡曲もお坊さんが鑑賞し咀嚼すれば、そこに仏の教えが見えてくるそうです。

ひばりの「愛燦々」、三橋美智也の「古城」、さだの「精霊流し」に「防人の歌」、谷村の「昴」、百恵の「しなやかに歌って」、加山の「君といつまでも」、テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」など、様々な名曲がある中で、私はやはり終戦記念日の今日に縁のある森山良子の「さとうきび畑」に惹かれました。歌の詞の中で、沖縄の少女が述懐する戦死した顔も知らない父への思い、それが切なく、反戦と相俟って、深い感動を得ました。私も仏の教えを説いたお坊さんと一緒に泣きました。

沖縄の無残、今も沖縄の人々は、あの戦争を引き摺って生きています。この歌の少女の思いが、今の沖縄と重なります。私達に出来る事は、少女の思いを実感し、沖縄の未来に想いを馳せ、政治を見張る事。反戦を貫く事。

森山の歌は相変わらず見事でした。ボイストレーニングの成果が出ていて、音程、音域が安定しており、スムーズな歌い振りを示していました。特に感情を籠め過ぎず、大仰さを抑えた節度ある歌唱は、気持ちの好いものでした。

 さとうきび畑

 ざわわ ざわわ ざわわ

 広いさとうきば畑は

 ざわわ ざわわ ざわわ

 風が通りぬけるだけ

 今日もみわたすかぎりに

 緑の波がうねる

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 広いさとうきび畑は

 ざわわ ざわわ ざわわ

 風が通りぬけるだけ

 むかし海の向こうから

 いくさがやってきた

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 広いさとうきび畑は

 ざわわ ざわわ ざわわ

 風が通りぬけるだけ

 あの日鉄の雨にうたれ

 父は死んでいった

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 広いさとうきび畑は

 ざわわ ざわわ ざわわ

 風が通りぬけるだけ

 そして私の生まれた日に

 いくさの終わりがきた

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 広いさとうきび畑は

 ざわわ ざわわ ざわわ

 風が通りぬけるだけ

 風の音にとぎれて消える

 風の子守唄

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 広いさとうきび畑は

 ざわわ ざわわ ざわわ

 風が通りぬけるだけ

 知らないはずの父の手に

 だかれた夢をみた 

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 広いさとうきび畑は

 ざわわ ざわわ ざわわ

 風が通りぬけるだけ

 父の声をさがしながら

 たどる畑の道

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 広いさとうきび畑は

 ざわわ ざわわ ざわわ

 風が通りぬけるだけ

 お父さんと呼んでみたい

 お父さんどこにいるの

 このまま緑の波に

 おぼれてしまいそう

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 広いさとうきび畑は

 ざわわ ざわわ ざわわ

 風が通りぬけるだけ

 今日もみわたすかぎり

 緑の波がうねる

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 忘れられない悲しみが

 ざわわ ざわわ ざわわ

 波のように押し寄せる

 風よ悲しみの歌を

 海に返してほしい

 夏の陽ざしの中で


 ざわわ ざわわ ざわわ

 風に涙はかわいても

 ざわわ ざわわ ざわわ

 この悲しみは消えない

 詞:寺島尚彦
 曲:寺島尚彦
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2016年07月18日

音楽夜話12 音楽の幸せ、ここにありき… 2016.07.18

今日は今朝申した通り、午前中にはちひろ先生のピアノ発表会のピアノ調律をしました。そして、終わってから、先生の試弾となりました。「ババーン」と冒頭の音型が鳴った途端、驚きを隠せませんでした。曲は何とブラームスの作品118−1でした。近代フランスものを得意としているちひろ先生が何とブラームス、私は呆気にとられて「これはブラームスの作品118−1ですよね、凄いですね、ビックリしました」。先生は仰いました。「如何ですか?、ブラームス…、ご感想は?」。ところが私は脳が真っ白になり、「判りません…」。ただ、何方が弾いてくださっても宜しいのですが、ブラームスを弾いてくださる、それは私には歓びであり、幸せな事でした。残念ながら午後は予定があり、本番は聴けませんでしたので、心残りは少しありました。

私が「判りません」と答えた理由はと言うと、一つはビックリしていた事、そしてもう一つがこの作品118−1はやや難解な曲、比喩して表現するには難しい曲でした。作品118−2であったら、何か申し上げられたかも知れませんでしたのにね。不親切で申し訳ありませんでした。


そして午後は予定通り、ある指揮者の方にお呼ばれした青少年オーケストラの定期公演の下へ。前半はモーツァルトのバレエ「レ・プティ・リアン」の数曲と映画「アマデウス」で使われて有名になった交響曲第25番ト短調k.183、優しく人恋しいモーツァルト、バッハやベートーヴェンとは異なる唯一無二の音楽、知よりも情が勝る音楽、その情はブラームスに相通じるものがありますね。

ベートーヴェンの第8は、小交響曲と言われています。それは寧ろベートーヴェンの策略のような気がします。「このような古典の正統的な交響曲は最後だよ」とのメッセージが隠されているように私は感じられるのです。従って、ベートーヴェンの中期の傑作群の最後を飾る曲と申して良いでしょう。この交響曲を書いたのを最後にベートーヴェンは大変身をします。そう後期のあの複雑怪奇な作風に変貌していくのです。第九、ミサ・ソレムニス、ハンマークラビーア以降のピアノソナタ、後期弦楽四重奏群など、独断的で気難しい作風に変容してしまうのです。それを堕落と言った19世紀の大批評家もいましたが、私はベートーヴェンの音楽の深化と断言しています。摩訶不思議な音楽も多々ありますが、深い人間性に根差しています。その代表作は第九です。

そんな後期以前のベートーヴェンの快活と幸福の最後を飾った数曲の中の一つがこの第八交響曲です。曲は緩徐楽章が無い(第2楽章はスケルツォ)簡潔無比の曲、古典のメヌエット(第3楽章)も採用して、極めて典雅な曲です。

ベートーヴェンに私淑するある指揮者殿、青少年オーケストラを自由自在に扱って、彼の想うベートーヴェンを表現していました。偉大な天才のベートーヴェンに思う存分肉迫していました。気持ち良い演奏でした。


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2016年03月20日

音楽夜話11 2015ショパンコンクール入賞者ガラコンサートを鑑賞して 2016.03.20

今し方まで、NHKクラシック音楽館のショパンコンクール入賞者のガラコンサートを視聴していました。それは興味深い中々楽しいものでした。若き演奏者達は正に意気軒高として見事な演奏を試みていました。6者(1位から6位までの出演者)それぞれが美しいピアノ音を響かせ、圧倒的でした。まあショパンですから、こちらの魂を引き摺り回す事は無く、美音と甘い幻想に恍惚と酔い痴れるだけでしたが…。

ただ面白かったのは、1位と4位の方がスタンウェイのピアノを選んだのに比べ、2位、3位、5位、6位の方々はヤマハを使用していた事でした。私はその音の違いに直ぐに気付きました。5位から4位に移った時、また2位から1位に移った時、明らかにピアノの音響が異なりました。ヤマハもバランスの取れた良いピアノでしたけれども、奏者が代わり、スタンウェイの高音が鳴り出すや否や、そのスタンウェイの高音の共鳴の鮮やかさが際立ち、無慈悲にもヤマハを凌駕してしまいました。恐るべきスタンウェイの遠鳴りの音声、美しく軽い粒の揃った高音域。有無を言わさず高度に、スタンウェイはショパンを演出していました。

*ガラコンサート:通常とは違う、特別に企画されたコンサート。特別コンサート、記念コンサートなどの意味がある。
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2016年01月11日

音楽夜話10 歌姫降臨、テレサ・テン没後20年メモリアルを聴いて…

9日の土曜日、テレビ欄を見たところ、BS・TBSでテレサ・テンの特集番組を見付けました。暇だし、久し振りでテレサの歌にどっぷり浸かってやろうとチャンネルを合わせ、聴き始めました。そうした所、時を移さず、もう本当にどっぷりと嵌ってしまい、涙を流しながら聴き続けました。確かに荒木とよひさ・三木たかしの日本の歌謡曲、空港・つぐない・愛人・時の流れに身をまかせも素晴らしい歌でしたが、私が真に感動したのは夜来香(イェライシャン、キョウチクトウ科の芳香植物由来)を始めとした中国語の歌…でした、快い韻を踏んだ中国語の歌い回し…、優しい揺らめき…、哀愁…、私はその絶唱に酔い痴れました。そして吉田拓郎作の日本の歌”襟裳岬”の冒頭「北の町ではもう…」を聴いた途端、私の肌は泡立ち(間違いですが、鳥肌が立つと道義とされる)、そのソプラノの蠱惑の音声に溺れたのでした。優しい女神(恋人)に抱かれる幸福を噛み締めました。


posted by 三上和伸 at 22:01| 音楽夜話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月06日

音楽夜話9 東京海上日動火災保険のオリンピック・パラリンピック広報CM音楽はモーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス(めでたし、まことのみからだ) 2015.08.06

モーツァルト死の年の1791年に書かれたモテット(ルネッサンス以降に書かれた多声音楽)。管弦楽付きの合唱用のモテットです。カトリック教会の祈祷文からのラテン語の歌詞を持つ音楽で、人間の死の苦難の救済を聖体(イエス・キリストの体もしくはその代りの現存するパンと葡萄酒を言う)により祈るものです。イエス・キリストと一体となって死の恐怖の救済を願う音楽です。

オリンピックやパラリンピックとはかけ離れた音楽ですが、その人間の優しさと善意は、スポーツの祭典の中にも溢れるものです。従ってこのモーツアルトの優しさとスポーツの善意は不思議にコラボレーションしていると思われます。モーツアルトを介して人類のオリンピック・パラリンピックへの願いが籠められているように、私は感じました。

どうかこのスポーツの祭典を私物化しないで頂きたい、汚れた政略策略を捨て去って頂きたい、関係者諸君よ、お願いします。
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2015年06月07日

音楽夜話8 十津川警部シリーズの長山洋子、素晴らしい津軽あいや節 2015.06.06

昼間観たサスペンス十津川警部シリーズで、素晴らしい津軽あいや節に巡り合いました。姉を殺された妹の復讐を描くサスペンスドラマでしたが、妹役の長山洋子が津軽三味線を駆使し、素晴らしいあいや節を披露していました。

私は迂闊にもこのヒロインが長山洋子だとは気付かず、何かやたら見事な津軽三味線のあいや節を歌う人だなと感心しつつも、極限まで合わせた吹き替えだと疑いました。しかし直ぐにこれは吹き替えで無く、実演しているのだなと確信し、その脅威の津軽あいや節に驚嘆したのでした。胸に熱いものが込み上げた私は心揺さぶられ、目に涙を浮かべ、真に感動していたのでした。

エンディングの出演者の字幕を見て、初めてこの女優が歌手の長山洋子である事が判りました。驚きでした。私は早速ネット検索し、長山洋子を調べました。私を席巻し圧倒した神憑りの津軽あいや節、それもその筈、長山は津軽三味線・澤田流の家元でした。

亡き姉に捧げた津軽あいや節、絶品絶唱でした。
posted by 三上和伸 at 01:45| 音楽夜話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月08日

音楽夜話7 オザワ指揮の日本盲導犬協会のCM音楽は、ベルリオーズの「幻想」 2015.05.08

先程テレビを観ていて聴き慣れた曲が流れて来ました。良く観れば、それにはオザワがオーケストラを指揮しているご機嫌な映像が付いていました。そしてそれが日本盲導犬教会のCMであると初めて判りました。

曲はフランスシンフォニーの最高傑作で、巨大な管弦楽を駆使したロマン派シンフォニーの魁となったベルリオーズの幻想交響曲でした。

恋多き男・ベルリオーズは、当時幾つかの恋をして失恋を繰り返していました。しかしそんな逆境は大芸術家にとっては創作の原動力になるもの、愛する舞台女優スミスソンをモデルに幻想交響曲を書き上げました。

標題(始めはある芸術家の生涯における挿話、結局完成時には幻想と名付けた)付きの曲には簡単なストーリーがありました。青年の恋ー失恋ー絶望ー阿片の服毒自殺ー昏睡ー昏睡状態での奇怪な幻想…。女性を表す一つの旋律(動機)があらゆる場所で変容して姿を現します。それが執拗に現れてやがて狂喜へと向かいます。最後は恋人を殺し、結果青年は、断頭台の露と消えるのです。そして地獄、悪魔の祝宴の始まり始まり…。まあこんな感じです。

されどこのCMで使われている第2楽章「舞踏会」は流れるような美しい音楽です。優雅で快活な舞踏会の情景が繰り広げられ、そこにあの愛しい恋人の姿(動機)がチラリと…、何とも艶めかしく悩ましい、狂おしいまでの春の音楽です。

因みに各楽章の名称を記しましょう。
第一楽章=夢、情熱
第二楽章=舞踏会
第三楽章=野の風景
第四楽章=断頭台への行進
第五楽章=魔女の夜宴の夢
posted by 三上和伸 at 21:33| 音楽夜話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月03日

音楽夜話6 血沸き肉躍るリズムの饗宴、横浜開港記念仮装パレード熱狂 2015.05.03

邦楽洋楽を問わず、リズムと音響の爆発する仮装パレード、私ら家族は全員熱狂しました。ブラスバンドが主流ですが、そこにピチピチギャルのバトントワラーズが絡み、横浜ならではの中華や朝鮮の学校も参加し、マーチや歌謡曲に民族音楽と舞踏三昧。中華では獅子舞や竜舞などが出て、興奮の坩堝と化しました。兎に角、太鼓、ドラムス、和太鼓が腹に響いて肉を躍らせ、ブラスの音響が血をたぎらせました。正に血沸き肉躍る横浜パレード、一つ過ぎるとまた一つ、ツギツギツギツギと何十ものグループが遣って来ては過ぎ去ります。二歳児のNちゃんも「未だ来る、未だ来る」と言って期待を膨らませノリノリに、飽きる事がありませんでした。
posted by 三上和伸 at 19:30| 音楽夜話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月15日

音楽夜話5 フジテレビの音楽番組、酷かったですね 2015.04.15

 先程まで妻にご相伴でフジテレビの歌番組を観て(聴いて)いました。生番組だからしょうがないと言えばしょうがないのですが、どいつもこいつも酷い歌でした。一番安心して聴けたのがクリス・ハートの山口百恵ナンバー、和田アキ子とのデュエットでした。その次が谷村新司の「いい日旅立ち」、更に宝塚のトップ・スターと槇原敬之が続きます。期待のさだの「秋桜」も酷かった。さだは裏メロディーを歌っていましたが良く聴こえない、音程も不確か…。表のメロディーを歌った女性歌手達はもっと酷かった。百恵さんが可哀想…、聴くに堪えませんでした。因みに宇崎竜童も最低…。全て準備が足らなかったようですね。次からはライブは止めて、お願いだから…、まあ、私は聴きませんが!
posted by 三上和伸 at 21:42| 音楽夜話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月31日

音楽夜話5 美し過ぎる歌曲ブラームスの「わが妃よ、そなたはなんと・・・」 ダウマー詩

わが妃よ、やさしい慈愛によって
そなたはなんと歓びに満ちていることよ!
さあ、ほほえみたまえ、すると春風が
わが心を吹きぬける、歓びに満ちて!

さわやかに咲きでたばらの花の輝きを
そなたの顔の輝きとくらべてみようか。
ああ、咲き誇るすべての花々にもまして、
そのたの花のかんばせは歓びに満ちて!

荒涼たる枯野を通って逍遥したまえ!
すると緑の木陰が一面に拡がる、
たとえそこがたえがたい重苦しさに
いつも包まれていても、歓びに満ちて!

そなたの腕で息絶えることを許したまえ!
たとえはげしい断末魔の苦痛が胸の中を
掻きむしったとしても、死ぬことさえ
そなたのかいなの中では、歓びに満ちて!
            訳詩:志田麓氏
注:かんばせ⇒顔 逍遥⇒彷徨い歩く

お気に入りの詩人・ダウマーのペルシャ風の詩に曲を付けたもの。どうやらブラームスはエキゾチシズム(異国趣味)を多分に持っていた作曲家だったようです。その線で言えばダウマー愛好は当然の帰結、ブラームスは好んで東洋趣味のダウマーの詩に曲を付けました。

「わが妃よ、そなたはなんと・・・」は、ブラームスの歌曲としては官能的且つ耽美的で、何ともエロティシズムに溢れた美しい曲です。どちらかと言わずともブラームスの音楽には禁欲的傾向が強いのですが、これは特別の例外…、ピアノも歌も余りに蠱惑的で美しい…。これには偏に一人の若く美しい女性の影響があると言えます。その名はエリザベート・フォン・シュトックハウゼン、ブラームスのピアノの弟子でした。ところがブラームスはこの16歳の娘の美しさに恐れをなし、この弟子を友人のピアニストに譲ってしまったのです。でもこの曲を聴けばその気持ちが判りますよね。大志を抱いていたブラームスはこの娘の所為でふぬけにはなりたくなかったのです。

エリザベートは第一シンフォニーの良き最初の理解者になったとか…、クララ・シューマンなんかよりもずっと早く…。音楽芸術の優れた理解力の持ち主だったそうです。
posted by 三上和伸 at 22:45| 音楽夜話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月04日

音楽夜話4 キャノン70DのCMミュージック・シャドウ篇はブラームスの”まんねんこう” 2015.01.04

P3050005.JPG
マンネンコウ(万年蠟・マンネンロウとも言う)・ロスマリン(独)・ローズマリー(英)

 音楽夜話はライブドア・ブログに掲載していましたが、こちらに引っ越します。

 今、テレビで時々放映されているカメラメーカー・キャノンの70DのCM、その音楽が素晴らしいので紹介します。

  シャドウ篇とウィンド篇の2種がありますが、そのシャドウ篇の方。モロッコの砂漠に建つ崩れた古城をバックに妻夫木聡がアラビアの美女を70Dで写すもの。その映像に被さる(かぶさる)音楽こそが、ブラームスの無伴奏(アカペラ)混声合唱曲7つの歌oP62-1「まんねんこう」です。まんねんこうとはドイツ語でロスマリン、ロスマリンを英語にすればローズマリー、そう今や何処にでもあるハーブのローズマリーのことです。

  それにしてもこの映像にこの音楽は見事に嵌っていますね。荒涼たる雰囲気の響きですが、そこに温かい人間の体温が感じられます。ブラームスはこんな美しい合唱曲を数多残しました。まだまだ一般に知られていませんが、魅力ある作品が山ほどあります。何時になったらブラームスの本当の価値が認められるのでしょうか? まあ、その意味でもこのようにテレビCMで使われるのは意義のあることです。少しでも皆様に興味を持って頂けるのなら… CMの制作ディレクターに敬意を表します。
posted by 三上和伸 at 18:04| 音楽夜話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする