2019年04月21日

ブラームスの名曲14 ネーニエ(哀悼歌)Op.82 2019.04.17

ブラームスと言う作曲家は、見栄や虚飾を嫌った内気で内省的な人であったようです。ほぼ彼の全曲を聴いて気付いたのは、ブラームスの作品は多岐に渡っていますが、オペラだけは書いていません。たったひとつと言って良いほどに、彼の作品目録にはオペラというジャンルがないのです。このように内に秘めた情念や思想を持つ作曲家として、それを表現するには正直者であったブラームスにとって、オペラは不向きであったようです。生涯の内にオペラ試作の痕跡はあったようですが、それもカンタータ(リナルド)などに代わってしまっています。

ブラームスはリアリストでありました。嘘八百を紡いで、歌物語(オペラ)を書くことはブラームスの性格上無理だったようです。まあベートーヴェンもそれに近く、オペラは「フィデリオ」一曲に留まっています。人間の真実を音楽にしたブラームス、嘘を付かないノンフィクションの音楽に徹したのでした。

それでもブラームスは、当時の最大の声楽曲の作曲家でありました。歌曲と合唱曲を合わせて都合300曲は書いています。どれもこれも傑作で、駄作は一曲もありません。オペラの代わりになる十分な歌の曲が並んでいます。ここでは、リアリストのブラームスが作った声楽曲の一つ「ネーニエ」を紹介します。

ネーニエは、ウィーンで知り合った画家=アンゼルム・フォイエルバッハがベネチアで死んだのを偲んで、1881年に作曲されました。画家・フォイエルバッハの作風は、古典の知識を持ち、彫像のような優美さと気高さがあり、古代ギリシャ芸術の簡素さを持っていたと伝えられています。ブラームスはそんなフォイエルバッハの画家としての器量に見合った古代ギリシアの三篇の神話を盛り込んだシラーの詩・ネーニエを見出します。それをオーケストラ付きの合唱曲に仕上げたのでした。フォイエルバッハの母に捧げたところ、その哀れな母親は大層喜んで、生涯この曲を聴くのを楽しみにしていたそうです。

ネーニエ(哀悼歌)  詩・フリードリッヒ・フォン・シラー

美しき者とて滅びねばならぬ!、それこそが人々と神々を支配する掟

地獄のゼウスの青銅の心臓を動かすことはない

かつてたった一度だけ 愛がその闇の主の心を溶かしたことはあったが

出口にたどり着かぬうちに、厳しくも、彼はその贈り物を取り返したのだ

アフロディテさえも かの美しい少年の傷を癒すことはないだろう

その華奢な体をかの猪が残酷に引き裂きしものを

神々の英雄をも その不死の母が救うことはなかったのだ

スケイアの門にて倒れ、彼が死の運命を受け入れしときにも

けれども彼女は海底よりネレウスの娘たちと共に上がり

偉大な息子のために嘆きの歌を歌ったのだ

見よ!神々が泣いている、女神たちも皆泣いている

美しきものが色あせることに 完全なるものも死にゆくことに

愛する者の口より出ずる嘆きの歌は素晴らしいものだ

なぜなら凡人たちは音も立てずに冥界へと降りてゆくのだから


古代ギリシアの三篇の神話
・オルフェウスが死んだ妻エウリディーチェを冥界から連れ戻そうとした話
・美の女神・アフロディテがキューピットの矢を間違って受けて仕舞い、愛する事になった人間の美少年アドニスが、猪に殺されてしまった話
・アキレス腱のアキレスが、唯一の弱点・踵を射られて死んでしまい、アキレスの母で海神ネレウスの娘・テティスが姉妹を引き連れて海から上がり、嘆きの歌を歌った話。

シラーはこの三篇を上手くつなげ、哀悼の想いを詠い上げたのです。

素晴らしい友人だった者への哀悼の歌、ブラームスのネーニエ

参考:梅丘歌曲会館 詩と音楽よりから引用
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2019年02月11日

ブラームスの名曲13 「愛の歌」「昔の恋」 2019.02.11

先程まで作品69から作品94までを聴き通しました。作品69、70、71、72、84、86、94。どれもこれもブラームス中期の名曲ばかりで、全て紹介したいのはやまやまですが、そんなに簡単ではありません。今回は作品71-5の「愛の歌」と作品72-1の「昔の恋」をお伝えしましょう。後は次回以降に…。

ヘルティの「愛の歌」の詩は有名で、シューベルトやメンデルスゾーンも曲を付けています。但し、ブラームスの「愛の歌」が今日では広く歌われており、一番有名です。当時のテノール歌手・グスタフ・ワルターの強い希望で、高音用のハ長調を原調としていますが、ブラームスは低音域のニ長調が良いと考えていたようです。男声のテノール用の歌曲です。

愛の歌  詩・ヘルティ  作品71-5

ぼくの青春の心を奪った
天使のように浄らかな人が
杜の中をさまようときは
鳥の歌もいっそう美しく響く。

いとしい人の指が
すずらんの花を摘んだ所では、
谷や野の花はいっそう赤く、
芝生はいっそう青々とする。

あの人抜きではすべてがむなしく、
花や草も枯れしぼみ、
春の夕映えもぼくには
美しくも楽しくも思われない。

いとしい恋しいきみよ、
けっしてぼくを見捨てたもうな、
この野さながらに、ぼくの心にも
歓喜の花が咲きでるように!

「昔の恋」はブラームス歌曲の傑作の一つです。ト短調の曲で微妙なメランコリーが表現されています。過去と現在が行きつ戻りつするような不安な気分にさせます。やはり主人公は昔の恋に思い煩っているのです。昔の恋は独語ではアルテ・リーベと申します。今も存在しますが、横浜日本大通にはこんな名のレストランがありました。妻と数回行った記憶があります。若き田舎者(25歳ぐらい)でした私はその西洋そのものの空間に驚いて、料理を味わう余裕などありませんでした。でも美食のカルチャーショックは受けました。好い雰囲気の好いレストラン、お伽噺のような幸せがあります。

昔の恋  詩・カール・カンディドゥス  作品72-1

黒い羽のつばめが
遠い国から帰って来る。
おとなしいコウノトリも来て、
新たな幸せをもたらす。

こんな春の朝に
霞につつまれて、暖かく、
むかしの悩みをまた
味わうような気がする。

誰かがそっと肩を叩いたような、
一羽の鳩が飛んだので、
その羽音が聞こえたような、
ぼくはそんな気持ちなのだ。

扉をトントン叩く音がするけれど、
だれもそとにはいないし、
ジャスミンの馨りをすったが、
ぼくは花束ひとつ持っていない。

遠くからぼくを呼ぶ声が聞こえ、
ひとつの目がぼくを見つめている、
むかしの夢がぼくをとらえて、
ぼくに夢の跡を追わせるのだ。

訳詩:志田麓さん

posted by 三上和伸 at 22:11| ブラームスの名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月23日

ブラームスの名曲12 ホルン三重奏曲変ホ長調Op40

ブラームスには作品番号の付いた室内楽作品は全部で24曲あります。勿論、ハイドンやモーツァルトに比べればものの数ではありませんが、どれを採っても優れた作品ばかりであり、その全作品は現代でも頻繁に演奏会に取り上げられています。全く駄作は無く、各曲が個性的であり、恐らく完全無欠の作品群と申しても異論は無いでしょう。聴く側にとっての難点は交響曲同様に娯楽性が少ない事、聴衆に阿らない(おもねらない)ブラームスの、その堅い鰹節のような音楽、ジックリ噛み込んで、その濃厚な妙味を味わいましょう。歯が悪くてはブラームスは聴けません?。

管楽器を使用した室内楽は全部で5曲あります。それはクラリネットに偏っていて、クラリネットの室内楽は4曲もあります。即ち、残りの一曲が金管楽器のホルンを使ったもので、このホルン三重奏曲変ホ長調Op40です。フルートもオーボェもファゴットもトランペットもありません。ブラームスはモーツァルトのような遊び心が無かったのかも知れません。まあ、私のブラームス感から申せば、自然愛好者でロマンチスト更に感傷的なブラームスですから、フルートの巨匠性やオーボェのハイテンション、ファゴットのコミカル性やトランペットの饒舌性は不向きと思われます。内向的な正直者のブラームスには、ホルンとクラリネットが適宜と思われます。因みに弦楽器ではチェロとヴィオラが最適です。願わくばブラームスに、チェロとヴィオラ、そしてクラリネットとホルンの協奏曲を書いて欲しかったですね。世界中の今申した楽器の名演奏家達がつくづく言っています。「ブラームスに私の楽器のコンチェルトを書いて欲しかった」。因みにそう言った各楽器の稀代の名プレーヤーを紹介しておきます。ヤーノシュ・シュタルケル(チェロ)、ユーリー・バシュメット(ヴィオラ)、レオポルト・ウラッハ(クラリネット)、リヒャルト・ミュールフェルト(クラリネット)。

発想は1857年から勤務していたデトモルト時代に遡ります。デトモルト宮廷にあったオーケストラのホルン奏者アウグスト・コルデスと知り合った事から始まります。ブラームスはそこでコルデスの吹くホルンの音色に魅了され、何時かホルンを使った曲を書いてみたいと念じ、原案を認めていました。但し、この時期に発表されたホルンを使った曲は、Op17の女性三部合唱で、二本のホルンとハープの伴奏の珍しい、しかし美しい合唱曲でした。

そしてその後の1865年に、念願だったホルンを使った室内楽が誕生しました。それはホルン三重奏曲変ホ長調Op40でした。ここで使われたホルンは何と、現代のオーケストラで使われているヴァルブホルン(有弁ホルン、フレンチホルン・ウィンナーホルン)では無く、ブラームスは無弁のナチュラルホルンを指定しました。ブラームスとはこう言う男、音楽界の誰もが喝采した新しく発明されたヴァルブ付きのホルンには背を向け、依り自然な音色が出るナチュラル(無弁)ホルンを選んだのでした。無弁ホルンは、倍音系の音以外はホルンの朝顔(広がった部分)を手で押さえ、その開閉で、音階の全ての音を出す事が可能です。ブラームスは音楽界に小さいけれど新たな提言をしたのでした。尚、現代では滅多に無弁ホルンは使われていません。

楽器編成、ホルン、ヴァイオリン、ピアノ

第1楽章
1部(A部)ーアンダンテ、変ホ長調、2/4拍子 2部(B部)ーポーコ・ピウ・アニマート(少し、だんだん強く、活気を持って)、ト短調、9/8拍子。
以上の部分の複合二部形式。冒頭の楽章にソナタ形式を使わない特異な楽章の並びを持ちます。これはバロック時代の教会ソナタの楽章配置と言われています。先の二つの部分を、ABABABの形で並べています。長閑な田園の趣があります。美しい自然に心時めいて...、貴女を想って…、物思いに耽って…。極めてロマンティックな楽章です。

第2楽章
スケルツォ、アレグロ、変ホ長調、3/4拍子、複合三部形式。
草原で踊り狂う活発な諧謔曲、されど中間部はポコッと穴が抜けたようにそこに湖が現れます。センチメンタルな風が渡ります。

第3楽章
アダージョ・メスト、変ホ短調、三部形式、6/8拍子。
アダージョ、ゆったりとしたピアノのリズムに乗ってホルンとヴァイオリンが呼応しながら歌って行きます。メスト、それは悲し気なメロディー。母の死へのレクイエムのよう…。母への感謝が溢れて…。

第4楽章
フィナーレ。アレグロ・コン・ブリオ、変ホ長調、6/8拍子、ソナタ形式。
ここで初めてソナタ形式が現れます。第3楽章の悲しみは忘れてホルンが奔放に爆発します。生き生きとした生命力に溢れます。


posted by 三上和伸 at 23:24| ブラームスの名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月22日

ブラームスの名曲11 クラリネット五重奏曲ロ短調Op115 2018.08.21

四つの交響曲、四つの協奏曲、ドイツレクイエム、数多の室内楽とピアノ曲、そして無数の歌曲、功成り名を遂げヨーロッパ楽壇の第一人者となったブラームスには名誉が押し寄せました。ブレスラウ大学から名誉博士の学位(1879年)、プロイセンから功労勲章(1887年)、オーストリア皇帝よりレオポルト勲章(1889年)、ハンブルク市からは名誉市民権(1889年)、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフから「芸術と科学に対する金の大勲章」(1895年)数々の栄誉が授与されました。

しかし、絶頂期を迎えたまでは良かったのですが、体調悪化も手伝い、ブラームスは第5交響曲執筆を断念、創作力の衰えを痛感しました。「歳を取り過ぎた、もう引退だ」と言い、余った草稿を破り捨て燃やしてしまい、遺書の執筆を始めました(1890年)。

ところがマイニンゲンオーケストラのクラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトと知り合い(1891年)、その素晴らしいクラリネットの魅力に取り付かれたのでした。直ぐにその年の内に、ブラームスは2曲のクラリネット室内楽を作曲してしまいます。ブラームスとクラリネット、ここで運命的な出会いが始まったのでした。この後、ブラームスが死ぬまでに、都合4曲のクラリネット室内楽が産み出されたのです。ミュールフェルトが一番待ち望んでいたのがクラリネット協奏曲でしたが、残念ながらクラリネット協奏曲は無視されました。年老いたブラームスは己を知っていて無理をせず協奏曲は諦めて、飛び切りの室内楽の名曲を4曲を書くのでした。

ブラームスの創作力はクラリネットによって蘇りました。第5交響曲とクラリネット協奏曲は実現できませんでしたが、クラリネット室内楽の他に20曲に及ぶピアノ小品、ブラームスの遺言とも言える歌曲「四つの厳粛な歌」とオルガンのコラール前奏曲が生れたのです。ブラームス最後の傑作の噴出でした。

クラリネットの室内楽は4曲あります。最初がクラリネット三重奏曲イ短調Op114、次にクラリネット五重奏曲ロ短調Op115、そして3年後に二曲のクラリネットソナタ第1番ヘ短調Op120-1と第2番変ホ長調Op120-2が作曲されました。全てが名曲中の名曲ですが、一際優れて傑作なのがクラリネット五重奏曲ロ短調です。但し、最も深い内容を持つために、その表現は晦渋であり、聴き辛さが否めません。全体に暗い情緒が横溢しており、晴れる事の無い悲しみに沈んでいます。他の3曲は比較的聴き易く、遊び心も満載されているのですが…。

ある評論家がこれと同じ編成を持つモーツァルトのクラリネット五重奏との比較をしています。モーツァルトの方は晴れ晴れとした天上的な悲しみ、ブラームスの方は欝々とした地上的な悲しみ、ブラームスは余りにもリアリスティック(現実主義的)で、音楽の精神の浄化作用に欠けていると言いました。なるほど中っているなと感心しましたが、それは音楽の側面のほんの一部を証したもの、音楽は快楽的に浄化作用をするだけでは無いのです。唯単に人を気持ち良くするためだけに音楽があるのではありません。音楽と共に慟哭して知り得る音楽もあるのです。ブラームスは深く心に刻み付ける音楽、心が共感する音楽、そこにブラームスの精神の浄化作用があるのです。

第1楽章はロ短調のアレグロでソナタ形式6/8拍子、諦観に溢れていますが、闘争心もあります。曲全体を統率する第1主題と、それに呼吸を合わせ哀願するような第2主題で構成されています。明確な楽章で、ソナタ形式の粋が感じられます。

第2楽章はロ長調のアダージョで三部形式3/4拍子、ハンガリア風の情緒があります。悲しい郷愁に溢れていて、ブラームスの心の内の楽園は、こう言ったものかも知れません。しかし中間部は可なり異なります。クラリネットが巨匠風に活躍し、ジャポニスク(日本風)に影響を受けたブラームスのエキゾチシズム(異国情緒)が溢れます。このクラリネットの独奏はまるで日本の尺八を連想します。風雅と喧騒が重なり合い、エキサイティングな興奮が生み出されます。リアリストのブラームスとしてはエンターテインメントに擦り寄った数少ない楽句と言えます。

第3楽章はニ長調のアンダンティーノで間奏曲風、三部形式で4/4拍子。中間部のプレスト(2/4拍子)が主要部で、両端のアンダンティーノは、前奏と後奏の役目を果たしています。プレストは焦燥感があり、せかせかした印象もありますが、そのささくれをアンダンティーノの優しい歌が慰めてくれます。

第4楽章はロ短調コンモート(動きを持って)でヴァリエーション、2/4拍子。この楽章は最早人に聴かせる音楽からは逸脱しています。これはまるでブラームスの独白のよう…。自らで自らを慰める音楽、ロマン派ではなく近代の音楽…。
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2018年07月28日

ブラームスの名曲10 ジプシーの歌「幾度も思い起こすか」 op103-7 2018.07.28

ハンガリー舞曲を書いたように、ハンガリージプシーの音楽に惚れていたブラームスが書いたハンガリー風の歌曲「ジプシーの歌」。活発な元気印の歌が大半ですが、中に一曲、愛らしい抒情歌があります。それがこの「幾度も思い起こすか」です。詩(詞)を観れば男歌と思われますが、普通は女性ソプラノが歌うようです。フーゴ・コンラートのテキストが使われています。優しい心根の美しいメロディーの歌です。

ジプシーの歌第7曲「幾度も思い起こすか」(ハンガリー民謡から)フーゴー・コンラート独語訳詩

幾度も思い起こすか,いとしいひとよ.

きみ(あなた)がかつて聖なる誓いによって約束したことを!

ぼく(わたし)を裏切ったり,捨てたりしないでほしい.

ぼく(わたし)がきみ(あなた)をどんなに愛しているのか,わからないかね(わからないのかしら).

ぼく(わたし)がきみ(あなた)を愛しているように,きみ(あなた)もぼく(わたし)を愛してほしい.

そうしたら,神の恩寵(おんちょう)がきみ(あなた)に注がれるよ(注がれるわよ)!  

                               訳詩:志田麓さん

                        カッコ内は私が女歌に変えました。

ジプシーは音楽民族でありまた舞踏民族、その音楽は独特のリズムやメロディーがあり、愛や情熱が籠められたものが多いのです。それを愛したブラームス、他のハンガリー生まれの作曲家を尻目にドイツ人がジプシーの香り高い名曲を書いてしまう、F・リスト当たりのハンガリー作曲家は忸怩たる思いが込み上げたでしょう。まあ、誰が作ったって好いじゃありませんか、素敵な名曲ならばね。
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2018年07月25日

ブラームスの名曲9 ヴァイオリンソナタ第1番ト長調Op.78「雨の歌」2018.07.25

今までライブドアブログ「葛原岡ハイキングコース」を書いていたのですが、この間、常に我がラジカセから流れていたのは、ヘンリク・シェリング(vn)とアルトゥール・ルービンシュタイン(p)の1960年録音のブラームスヴァイオリンソナタ全集でした。ブラームスには3曲のヴァイオリンソナタがありまして、1番、2番が中年の作、3番が老境の作で、3番だけ短調で書かれています。古今東西のヴァイオリンソナタの中で、このブラームスの3つ作品は傑作で、他に並ぶ作品は少ないと思われます。

1番は「雨の歌」と題されていて、第3楽章に自作の歌曲「雨の歌」のテーマが使われています。「タンタターン」この雨垂れのテーマです。このテーマが変容されて、澱みなく展開されて行きます。これほど流動的で無駄のない音楽は、ブラームスとしては稀で、インスピレーションに溢れています。全作品の中でも最も爽やかな曲の一つです。

でも私が好きなのは第2楽章、ブラームスの緩徐楽章では珍しい”アダージョ”が使われています。しっとりと歌われて行きます。まるで夢見るように...。木陰のテラスで物思いに耽るように...。そして中間部では、追憶が追いかけます。それはレクイエムのように哀悼に満ちて…。今は亡き、花嫁に寄せる哀悼歌…。心が捩れるほどに狂おしいレクイエム…。これがブラームスの感情、これがブラームスの精神。

シェリング、ルービンシュタイン、これ以上の演奏はありません。絶妙のブラームスです。
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2017年06月29日

ブラームスの名曲8 歌曲「野の侘しさ」 OP86-2

娘の夏子が伴奏の仕事を請け負ったそうです。その曲の中にブラームスの歌曲作品86-2「野の侘しさ」がありました。先日夏子は私の部屋を訪れ、この曲のCDを貸してくれと所望しました。そして先程、一寸した甘いお菓子を添えてこれらのCDを返して寄こしました。そこで久し振りに、フィッシャー・ディースカウが歌うこのブラームスの「野の侘しさ」を聴いてみました。

「野」は野、もしかしたら麦畑かも知れません。「侘しさ」とは日本語で言えば、力が抜ける感じ、心細い、頼りない、もの悲しい、くるしい、つらい、みすぼらしい、貧しい、やりきれない、困った事だ、おもしろくない、つまらない、物静かである、心さびしい、などが広辞苑には書いてあります。

否定的なネガティブな意味が並んでいます。されどこのブラームスの「野の侘しさ」は、むしろ肯定的で、ポジティブな要素が多分にあります。ここでは、もの悲しい、物静かである、心寂しいが、的確かと思われます。

たった一人野に出て、孤独を味わい、自然に融けて、自由を楽しんでいる、そこにこの世に生きる喜びがしみじみと湧き上がるのです。野の緑、空の青、雲の白、こおろぎの歌、野の侘しさの中、生と死を想うブラームスが浮遊しています。

野の侘しさ OP86-2 詩:ヘルマン・アルマース

高く生い茂れるみどりの草にいこい、
私はじっと空を見上げている。
まわりでこうろぎはたえまなく鳴き続け、
空の青さはわが身のまわりを美しく取り巻く。

白く美しい雲は、あたかも静かな夢のように、
深い青の中を軽くすぎて行く。私もまたずっと前に死んでしまって、
雲と共に際なき空を、楽しく去りゆく思いがする。

バリトン:ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ ピアノ:イェルク・デムス
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2017年04月01日

ブラームスの名曲7 オルガンのためのフーガ変イ短調WoO8

ブラームスが少年の頃より抱いていた志は、偉大な音楽家(芸術家)になる事でした。本当の芸術とはどんなものか、ブラームスは思考を重ね、過去の文献を辿り、英知を見出しました。それはゲーテやシラーの芸術家の心得に関する格言(箴言)でした。

ゲーテ:「大衆の温和な反応は、中庸な芸術家にとっては励みとなるが、天才にとっては侮辱であり、また恐るべきものだ」。

シラー:「真の天才は、時として他人の賛辞で慰めを得る事もあるが、創造力溢れる感情を得れば、直ぐにそのような松葉杖にすがる必要がなくなるものだ」

以上のような芸術家の心得を少年時代に学び、その後大作曲家になった後もブラームスは死ぬまで、このような箴言(しんげん・いましめとなる短句)を守り通した作曲家でした。

奇異な音響で聴衆を驚かせる事は皆無で、聴衆(大衆)に阿ず(おもねず)、極力外的なパフォーマンスを避けた作曲活動をしました。

従って、ブラームスに慣れない聴衆は、ブラームスが何を言いたいのか、何を表現しようとしているのか、解らない人が多数いました。しかしブラームスはそんな事に頓着せず、自分が信ずるゲーテやシラーの箴言通りの生き方をしました。そんなブラームスが最も良く表れたのが、このオルガンのためのフーガ変イ短調です。

参考:三宅幸夫氏著のブラームス

これは不思議な曲です。私も最初は何が何だか解りませんでした。しかし何遍も重ねて聴いて行く内に、ブラームスの切実なる感情が聴き取れるようになりました。深い愛情と哀悼、そこにはブラームスの涙がありました。

自らピアニストとして愛したレパートリーの中に、ベートーヴェンのソナタ「葬送」があり、「ある英雄の死に捧ぐ」と題された「葬送行進曲」が変イ短調で書かれていたため、それに倣ってこのフーガを変イ短調にしたのだそうです。この感情は変イ短調でなければならぬとブラームスは確信を持っていたのです。直前に亡くなったシューマンに捧げるべく、ベートーヴェン縁の変イ短調を拝借したのだそうです。変イ短調は、♭が7つある特異な調性です。

参考:CD付きブックレットの山野雄大氏の解説



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2016年12月04日

ブラームスの名曲6 ⦅アガーテ⦆のイマージュ 弦楽六重奏曲第1番変ロ長調、第2番ト長調 2016.12.03

夏の休暇で出向いた西北ドイツの都市ゲッティンゲンでブラームスは初心な娘アガーテと出会いました。やがて美しいソプラノの声を持つこの淑やかな娘にぞっこんとなり、アガーテもブラームスに応え、二人は恋に落ちました。指輪まで交わした二人でしたが、未練を残したクララとの三角関係を憂いたブラームスは、愚かにもアガーテと仲違いし、婚約破棄を言い渡されました。誰よりも素晴らしい女性を手放してしまったブラームス、その痛手は大きく、その直後から、アガーテの移り香に咽ぶが如き美しい二つの弦楽六重奏を書いて、束の間の恋の思い出として残しました。

第1番の変ロ長調は先に完成されて、そのアガーテへの醒めやらぬ感情が直線的に爆発します。そこにはブラームスの幾多の室内楽の中でも殊の外有名なバリエーション(第2楽章)があり、のたうつような愛欲が表現されています。嘗てのルイ・マル監督の1959年のフランス映画「恋人たち」で、ジャンヌ・モロー扮する女とその愛人が絡み付くように戯れながら森を彷徨うシーンで使われました。男女の愛欲が音楽によって高度に増幅されて行く際どいシーンは、一躍このバリエーションを有名にしました。

第1番に負けず劣らずの美しい第2番ですが、1番と同時進行していたのですが、完成は遅れ、1番から5年後の1865年に脱稿しました。従って1番のように直接的な熱情は少なく、青春の美しい思い出としての位置づけがされる曲です。愛おしく懐かしむような風情があります。そして特筆すべきは、ここにはアガーテへの愛の刻印が標されている事です。A−G−A−T(D)ーHーE(アガーテの音名)の刻印が…。第1楽章のコデッタ(小結尾部)に3回ほどこの音形が現われます。展開部の前の静かな一節、春の風のような仄かな愛が香ります。


一方のアガーテも負った痛手は相当なものであったようです。不信感もあったのでしょう。その後のアガーテは立ち直るのも遅く、婚期は遅れたそうです。でもブラームスが残したアガーテの痕跡は確かなもので、20世紀過ぎまで生きたアガーテは、ブラームスの愛を汲み取ったようでした。晩年には「大作曲家の思い出」?と名したエッセイを残しています。
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2016年11月22日

ブラームスの名曲5 歌曲「エーオルスのハープによせて」op19-5 2016.11.22

ブラームスは1857年(24歳)の秋から、北西ドイツのデトモルトの宮廷で音楽教師の職を得ました。この自然豊かな宮廷で、そこの子女の音楽講師をしたり、合唱団の指揮者をしたりして、職務に勤めました。大変気に入っていた仕事でした。

デトモルトの近くにはゲッティンゲンと言う大学を中心として栄えた大学都市があり、そこにはブラームスの同僚のオットー・グリムがいました。夏の休暇にグリムと合うために、ゲッティンゲンを訪れたブラームスは、そこで麗しい女性と懇意になります。それはこの地のゲッティンゲン大学教授の娘で、名をアガーテ・フォン・ジーボルトと言いました。早速二人は恋に落ち、指輪を交わして婚約を誓いました。しかし、ハンブルクの貧民窟出のブラームスと身分違いの上流階級の娘・アガーテ、そしてここで結婚しては、クララ・シューマンと縁が切れるのではないかとの不安、正気に返ったブラームスは、愚かにもアガーテに余計な手紙を出し、結婚に逡巡している旨を伝えてしまったのでした。失望したアガーテは、婚約破棄を主張し、敢え無く二人は離別の道を選びました。身分違いの恋でもあり、ブラームス、アガーテ、クララの三者によるブラームス自身が勝手に思い込んだ三角関係、結局この別れは、時の必然であったようです。大志を抱く芸術家の陥りやすい将来への狼狽があったようです。

それでも二人は幸福だったのです。ブラームスが作った歌曲を、ソプラノのアガーテが歌う、それは二人だけの時もあったでしょうし、仲間の集いの時もあったでしょう。兎に角二人は祝福されていたのです。作品14や作品19は、アガーテに歌ってもらうために書いた曲が並んでいます。「傷ついた少年」、「別れ」、「あこがれ」、「鍛冶屋」、「エーオルスのハープによせて」などが女歌で、アガーテが歌ったでありましょう。反対に「窓の外で」、「ソネット」、「恋人のもとへ」、「セレナード」、「口づけ」などが男歌、ブラームスのアガーテへの思いが籠められています。

アガーテ・フォン・ジーボルトは、幕末の有名なオランダ人(本当はドイツ人)医師・フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト(シーボルト)と親戚です。またアガーテは晩年に、ブラームスの思い出を語った手記を発表しています。

*フォン(von)はドイツ語の前置詞(英語のofと同じ)、主に貴族を示す言葉(姓)として使われました。これによればアガーテは貴族の出と言う事になります。アガーテが名、フォン・ジ−ボルトが姓です。


エーオルスのハープによせて メーリケ詩 op19−5

この古いテラスの
きづたの這う壁にもたれた,
風からうまれたミューズの奏でる
ふしぎなハープよ,
始めよ,
妙なる調べの嘆きを
ふたたび始めよ!

風よ,おまえたちは遥かかなたの
わたしがあんなに愛していた,
あの子の緑したたる
塚を撫でてきたんだね。
途中で春らんまんの花を掠め,
花の香をはらんで、
この心をうっとりと酔わせ,
ハープの絃吹き鳴らす。
風は愁いを含んだ美しい調べに魅せられ,
わが憧れの心の赴くままに吹きつのり,
やがてまた力を弱める。

さて、不意に,
風がいちだん強く吹きくれば,
ハープは美しい調べを奏で,
たちまち心を感動させながら,
再び甘美なおどろきへ誘う。
このとき満開のばらは風に揺れて,
わが足もとに花びらをみな撒き散らす。

素晴らしい詩ですね。風と花とハープ、そして弟への愛と悼み、余韻が囁く香りと響きの鎮魂歌。

エーオルスとはギリシャ神話の風の神の事、こう言った名は様々な発音があり、エーオルスをアイオロスとも呼びます。エーオルスのハープは、またの呼び名をエアリアンハープとも言い、自然の風で鳴る弦楽器です。気持ちの良い協和音で調弦されており、弦を通過した風が作る空気の渦(カルマン渦)が発音の源で、カルマン渦が発音のエネルギー源となっています。倍音系で共振する構造を持ち、本体の空洞に共鳴させて、大きな音を得る仕組みを持ちます。

この詩は元来、メーリケが弟の死を悼んで書いたもの、従って女声のためだけの歌ではありません。男性が歌っても一向に構わないのです。けれども、私には女声が好ましい、こんな繊細なメランコリーは、やはり女性が歌うもの…。私は偏見を持っています。歌は女が歌うもの…と…
posted by 三上和伸 at 22:07| ブラームスの名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

ブラームスの名曲4 歌曲「すぐ来てね」op97-5 2016.11.21

ブラームスの歌曲は、彼の生涯の全ての年代に亘って作曲されています。正にブラームスの自家薬籠中の産物だと言う事が出来ます。交響曲作家として大成し、見事なピアノ曲や室内楽曲も数多残しましたが、歌曲ほどの日常性は無かったと思われます。歌曲はブラームスの粋です。

日常的に、常に歌曲に関心を持っていましたが、その創作意欲が最高潮に達した瞬間は、やはりその陰に女性、主に女性歌手が存在した時でした。その愛する女性の名を列記すれば、その歌曲がどのように作曲されたか、大方の見当が付くものと思われます。それぞれの時代のブラームスの傍にいた女性歌手達です。

◎アガーテ・フォン・ジーボルト 関与曲:エアリアンハープに寄せて

*ベルタ・ポルプスキー(後結婚でファーバー) 関与曲:揺り籠の歌(ブラームスの子守唄)

*アマーリエ・バイス(既婚) 関与曲:アルトラプソディー

◎ユーリエ・シューマン(シューマンの三女、歌手で無い) 関与曲:ワルツ愛の歌、合唱曲「アルトラプソディー」

◎マリーエ・ルイーズ・ドゥストマン(ウィーン宮廷歌劇場歌手、ブラームスのウィーン進出を勧めた人)

◎エリザベート・フォン・シュトックハウゼン(歌手で無い) 関与曲:如何におわす我が女王

◎オッテリーエ・ハウアー

◎ヘルミーネ・シュピース 関与曲:歌の調べのように、まどろみはいよいよ浅く、他多数

*マリア・フェリンガー(既婚)

◎アリーチェ・バルビ(29歳差、当時31歳、ブラームスが60歳)

などの女性歌手が上げられます。この内、亭主持ちも何人かいますから、◎印が恋愛の対象と言えます。特に熱烈だったのが、アガーテ・フォン・ジーボルトとヘルミーネ・シュピースです。

アガーテ・フォン・ジーボルトは婚約者でありながら、後に婚約解消をします。アガーテは素晴らしいソプラノの持ち主…。クララ・シューマンを諦めて最初の恋。

そしてヘルミーネ・シュピースとの恋は、結ばれる寸前まで行くのですが、何故か自然消滅をしています。まあ、歳の差が26歳ありましたから、自然消滅は仕方がないと言えば仕方がない…、されどヘルミーネはずっとブラームスの求婚を待っていたそうです。ブラームスの優柔不断が災いしています。されどされど、それで良かったとブラームスファンは思いますでしょう。幸せ過ぎて腑抜けになり、その後の大傑作は生まれなかったかも知れませんでしたからね。

今日は、ヘルミーネを思いながら、友人の詩人・クラウス・グロートと作った「すぐ来てね」を紹介します。

ある日ブラームスとグロートはお茶(お酒?)を飲みながら、愛しいヘルミーネの話をしていました。ヘルミーネに出会って間もない二人は、共にヘルミーネにぞっこんで、賛美の言葉を並べ立てなければ居ても立ってもいられませんでした。そんな折、興が乗ったグロートはヘルミーネの言葉の仕草を真似て、一節の詩を認めました。それをブラームスに見せると、今度はブラームスが五線譜を取り出して、その詩にすらすらと曲を付けました。そこで出来上がったのが、この愛らしい「すぐ来てね」でした。ピアノに向かいブラームスが歌ったかどうかは定かでありませんが、恐らく私は歌ったと確信しています。ヘルミーネの美しい仕草に、熱い思いを籠めて…


  すぐ来てね 詩:クラウス・グロート op97-5

いったいなぜ毎日
待っているのかしら
庭の中では
百花繚乱の美しさよ。

ここに来て、美しく咲く花を
かぞえるのは誰でしょう。
花を眺める人は
ほとんどいないようなの。

わたしの親しい人たちは
藪から林へとそぞろ歩き、
わたしは、ほかの人たちも
夢見心地だろうと思うの。

わたしに誠意を示した
親しい人たちの中に
あなたがいてくださると
嬉しいのだけど!         訳詩:志田麓さん

慎ましくもやや滑稽なピアノ伴奏、それでも「すぐ来てね」と歌い出す歌は色に溢れていて麗しい乙女の香り、思わず微笑んでしまう初心な曲。
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posted by 三上和伸 at 22:22| ブラームスの名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

ブラームスの名曲3 バッハ、ベートーヴェン、ブラームス、ドイツ3Bの証拠、ソナタとフーガ  

”ドイツ3B”と言う格付けがある事を、ご存知の方は多いと思います。これはバロック時代から古典・ロマン・近代までの凡そ300年の音楽の歴史の中で、その歴史の節目に存在し、その証人になった作曲家を三人選んだもので、その名のイニシャルがBで始まっていた事から、ドイツ3(大)Bと名付けられました。

その三人とは、バロックのバッハ、ウィーン古典派のベートーヴェン、ロマンから近代のブラームスで、その名付け親は、ブラームスの楽友である指揮者にしてピアニストのハンス・フォン・ビューローでした。

バッハは対位法を操り、様々な形式を見出し、バロック音楽を完成した人で、今日の音楽の礎を築いた人でした。また尚も偉大な宗教音楽家(ドイツ・プロテスタント)でもあり、神への帰依の下、音楽を神に捧げました。

ベートーヴェンは究極のソナタ形式を完成した人で、拡大された堅固なソナタ形式を用い、個人の考えや思想を表現しました。音楽が単なる娯楽の慰み物で無く、人間の感情や思想を具現する表現手段として活用する事を決断し、音楽を芸術の領域へ高めました。そして新たなロマン派音楽の台頭を示唆しました。

ブラームスはロマン派と近代の狭間に生き、過去の音楽を調べ、譜面も怪しかったルネサンスの昔から当代までを研究し尽くし、それを己の表現手段として活用した人でした。爛熟極まる19世紀末に、過去の音楽遺産を精査し、西洋音楽を総括したのでした。ロマンの果てに堕落し放題であった当時のロマン派音楽界を目覚めさせるために、過去の偉大な音楽に目を向けたのです。そこから確固たる形式と精神を掴み取って当代に再現しました。その形式と精神、そして近代人の複雑な感情を合致させた力強い作品を残しました。

ビューローはブラームスの作品を演奏するに従い、ブラームスがやっている事が、とんでもない破格の事であると気付くのです。ソナタ形式ではベートーヴェン足らんと欲する事、フーガではバッハの対位法に肉迫している事、ロマン派の誰もが向き合わなかった過去の偉大な音楽を研究し、継承しようとしている事、ビューローは驚愕したのでした。そこでいてもたってもいられず、バッハ、ベートーヴェンの序列にブラームスを加えようと、3Bの提唱となったのでした。

それは正しく正しい行動で、ブラームスの後には、近代の新古典主義が芽生えました。そしてそれだけでなく、その音楽の構造と作曲技法は、そのまま現代音楽にも継承されて行くのです。

ワーグナーが無調音階で新時代を予言したのと同様に、ブラームスは古典主義で現代に繋がったのです。今日の新しい音楽史研究の成果によれば、ブラームスはワーグナーよりもむしろ多く未来を見詰め、近代を通り越して、現代音楽の先駆けになったと言われています。


ブラームスがベートーヴェンとバッハを目標にして書いた沢山の曲の中から、今日は、ピアノソナタ第1番ハ長調op1とチェロソナタ第1番ホ短調op38を紹介します。

ピアノソナタ第1番は、作品番号が1番で、シューマンの手引きにより最初に出版された楽曲です。作曲の順番は、ソナタ嬰ヘ短調(第2番)の方が先らしいのですが、自分の一番の自信作と言う事で、あえてこのハ長調のソナタを作品1としました。

この1番の第1楽章は、正にブラームスがベートーヴェン足らんと欲して書いたピアノソナタのソナタ楽章と言えます。それはもう冒頭の第一主題を聴けば、誰の耳でも判ります。これは何と、あのベートーヴェンのピアノソナタの最大傑作”ハンマークラビーア”の冒頭に瓜二つだからです。ブラームスと言う人は、こうした臆面もない事を平気で行う習性がありました。第1交響曲(第4楽章をベートーヴェンの第9の歓喜の歌に真似た)、第4交響曲(第4楽章をバッハの主題によるシャコンヌでバッハを目指した)などもそうでした。ブラームスは、ベートーヴェンやバッハを尊敬してはいましたが、何者にも憚らない挑戦する気概を持っていたのです。

シューマンはこの1番のソナタを聴いて驚いたようです。ここにはロマン派の誰もが成し遂げられなかった、ソナタ形式の粋があるのを感じたからです。ここまでソナタを自分のものとしているブラームス、シューマンは思いました、「きっとコイツはベートーヴェンの跡継ぎの交響曲を書くだろう」と…

野心に満ちた曲で、決して明るい曲ではないのですが、ベートーヴェンに引けを取らないソナタ形式を駆使し、がっしりと構築され、そこに不敵な精神を盛り込んだピアノソナタです。

ソナタ形式
ソナタ形式とは、複数の同じ主題を使い、順に提示部、展開部、再現部と結尾(コーダ)とに分けられ、各部分を通して作曲される形式です。

◎提示部
第一主題⇒経過部(転調をしつつ)⇒第2主題(第1主調に対し5度上の属調に転調された調性)⇒経過部⇒コデッタ(小結尾部)

◎展開部
提示部と再現部の中間に位置する部分、幾つかの主題を活用し、変容させ、表現の幅を広げる部分

◎再現部
第1主題⇒経過部⇒第2主題(第1主題と同じ調性)⇒経過部

◎コーダ(結尾)
主に第1主題を変容した形で終わる


次は、チェロソナタ第1番ホ短調op38の第3楽章のフーガです。
フーガとはバッハが最も得意としていた形式です。和声の上にメロディーを歌わせる新技法ではなく、幾つかの声部が逃げっこ追い掛けごっこをする古い作曲形式です。これには対位法と言う作曲技法が不可欠です。対位法に熟達した上でなければ、フーガの作曲は成り立たないのです。単純なのはカノン(輪唱など)と言われていますが、フーガはより複雑に声部が絡み合った高級な曲式です。ここでもブラームスは、バッハ足らんと欲し、フーガを研究するのです。シューマンの死後、デュッセルドルフのシューマン家の近くに住み、クララと子供たちの世話をしている間と、その少し後、公職の無かったブラームスには無聊(ひま)があり、楽友のヨアヒム(ヨアヒムは多忙で、結果を出していたのは何時もブラームス)と対位法の研究に勤しみました。その果実として、オルガンのためのフーガを4曲(作品番号無し)ものにしました。ここでこれをヨアヒム(親友の大ヴァイオリニスト)に聴かせると、ヨアヒムは驚嘆し、後にある楽友に「バッハ並みだ!」と伝えたそうです。

フーガ形式
フーガとは、幾つかの声部が追いつ追われつを繰り返す形式で、一定の方式に従って進められて行きます。対位法の音楽に慣れない聴き手には、雲を掴む楽曲ですが、その変幻自在の構築性が強い緊迫感を生み出し、感動を呼びます。兎に角、説得力のある音楽を生み出します。

◎提示部
フーガの特徴は同じ旋律が、順次複数の声部に現れる事。

1、最初に一つの声部が旋律(主唱)を提示する。⇒経過句(結句)

2、主唱が終わったら、別の声部で主唱を繰り返す(応晿)。この時、全体を5度上げる乃至4度下げる(正応)。但し、属音は、原則として5度上げずに4度上げて(乃至5度下げて)主音にする(変応)。これは主音と属音を入れ替える事が求められるため。
*応晿が始まったなら、最初の声部では、やや遅れて、別の旋律を演奏する(対晿)。

3、3声以上ある場合は、第3の声部で主唱を演奏する。稀に応晿を演奏する事もある。

*第2の声部で対晿を演奏する。対象は応晿(主唱)に合わせて変化させられうる。
*最初の声部では、自由晿となる。

4、4声以上ある場合には、第4の声部で応晿を演奏する。しばしば主唱を演奏する事がある。
*第3の声部で、対晿を演奏する。対晿は応晿(主唱)に合わせて変化させられうる。
*第1、第2の声部では、自由晿となる。

5、以下、すべての声部で主唱もしくは応晿を演奏する。

以上で提示部が形成される。提示部は、一つのフーガの中に、異なる調で、数回現れる。

◎嬉游部
提示部と提示部の間には、嬉游部と呼ばれる自由の部分が挟まれる。。主唱や対晿などの素材で作られる。

◎追迫部
提示部―嬉游部を繰り返し、最後に追迫部が訪れる。追迫部では、主唱が終わらない内に応晿が入る。

提示部(主調)⇒嬉游部⇒提示部(主調以外)⇒嬉游部……⇒追迫部(主調)      ウィキペディア・フーガ参考

以上がフーガ形式の構造です。

チェロソナタ第1番のフィナーレ(第3楽章)は、こんなフーガ形式で成り立っています。バッハに憧れて、バッハに追いつこうとしたブラームス。それには対位法を取得してフーガを自在に扱う事が必用でした。これは、ブラームスの精神がフーガに乗り移った圧倒的なフィナーレです。傑作です。

posted by 三上和伸 at 15:46| ブラームスの名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月03日

ブラームスの名曲2 歌曲「雨の歌」OP59-3とヴァイオリンソナタ第1番ト長調OP78 2016.09.03

ブラームスを始めとした大作曲家は、交響曲などの大作を書く際、多くのモチーフ(動機のメロディーやリズム、主題とも言う)を用意しますが、当然使われるモチーフは10曲程度、残りは捨て去る事になります。ところがブラームスの場合、勿体ない主義なのか、その余ったモチーフを室内楽作品として再利用をしました。アイディアの限りを尽くして発案したモチーフ、それは素晴らしい出来映えのものばかりであり、そこに新たな作品を生み出す余地は高くあるのです。交響曲や協奏曲の前後には、必ずと言っていいほどブラームスには、室内楽の数々が生まれています。今回のヴァイオリンソナタ第1番もそのような経緯があるのです。

ヴァイオリンソナタ第1番の作曲の時期は、同じヴァイオリンの協奏曲ニ長調OP77が直前に発表されています。作品番号でも1番違い、正にヴァイオリンソナタ第1番はヴァイオリンコンチェルトの副産物と言う事ができます。

ソロ楽器の高度なメカニズムが不可欠な協奏曲は、ヴァイオリンの音域を極限まで使い、運指や弓使いにも激しいものが要求されます。本来ブラームスは、音楽の技巧性を疎んじ、抒情性や精神性を尊ぶ種類の作曲家だったので、協奏曲の作曲には、作曲後も本意を得た訳ではなかったようです。もっとヴァイオリンの中音域を用い、抒情的な作品が作りたかったようです。そこで、余った多くのモチーフの中から、飛び切りの美しい歌を拾い出し、ソナタ第1番を書きました。本当に書きたかったブラームス本来の優しい抒情詩…。そのソナタ第1番を、自らを慰める積りで書いたのでした。

因みにこの曲には、自らが書いた歌曲「雨の歌」のメロディーが使われています。同郷の詩人・クラウス・グロートの詩に付けた有名な歌曲「雨の歌」OP59-3。雨だれをモチーフとした雨に濡れた自然を歌う望郷の歌。ブラームスの故郷への想いが籠っています。

ヴァイオリンソナタ第1番の第3楽章の冒頭から、この歌は始まります。「タンタターン」と雨だれが…

 雨の歌        クラウス・グロート  OP59-3

 雨よ、滴をしたたらせて、

 ぼくのあの夢をまた呼び戻せ。

 雨水が砂地に泡立った時、

 幼い日にみたあの夢を!


 けだるい夏の蒸し暑さがものうげに

 爽やかな涼しさと競い、

 つやつやした木の葉は露に濡れ、

 田畠の緑が色濃くなった時。


 何と楽しいことだったことか、

 川の中に素足で立ったり、

 草に軽く手を触れたり、

 両手で泡をすくったりしたことは!


 あるいはほてった頬に

 冷たい雨の滴をあてたり、

 新たに立ち昇る香気を吸って、

 幼い胸をふくらませたりしたことは!


 露に濡れたうてなのように、

 また恵みの露にひたり、

 香気に酔いしれた花のように、

 幼な心も息づいて開いていた。


 ときめく胸の奥深くまで

 どの雨の滴もぞくぞくするほど冷やして、

 創造の神々しい営みは

 秘められた生命の中まで浸透した。


 雨よ、滴をしたたらせて、

 ぼくの昔の歌を呼び覚ませ!

 雨足が戸外で音を立てた時、

 部屋の中でぼくらがうたった歌を!


 あの雨の音に快い、しっとりとした

 雨垂れの音に再び耳をすまし、

 あどけない幼な心のおののきで

 ぼくの魂を静かに潤したいものだか。    訳詩:志田麓


誠に爽やかで美しい歌、されどヴァイオリンソナタはそれにも増して美しい…、この世には美しいものがあると、真に教えてくれるソナタです。
posted by 三上和伸 at 18:30| ブラームスの名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月31日

ブラームスの名曲1 フェリックス・シューマン詩の「ぼくの恋は緑色」op63−5 2016.07.31

ブラームスが20歳の無名の青年期、世に出ようと踠いて(もがいて)いたのを掬い上げてくれたのが43歳のシューマンでした。見せた曲(ピアノソナタ1番2番)を一目(一聴)して気に入ったシューマンは、わざわざ嘗て主筆であった音楽雑誌にブラームスの名を紹介しました。それを恩に着たブラームスは、生涯の折々でシューマンの残した妻と7人の子の世話を焼きました。ブラームスがシューマン夫妻に出会ったころ、妻のクララは妊娠をしていました。そのお腹の子こそが、後の詩人・フェリックス・シューマンで、フェリックスが20歳の誕生日を迎えた時に、フェリックスが書いた詩を使い、ブラームスが歌曲を書いてプレゼントしました。それがこの曲「ぼくの恋は緑色」です。

このプレゼントに歓喜したのは、フェリックスだけではありませんでした。母のクララこそこのプレゼントを喜びました。幸薄い早世の我が末子の名を未来に伝えてくれたブラームス、フェリックスはブラームスと共に、永延に、音楽史の中に名を刻んだのです。

ぼくの恋は緑色 フェリックス・シューマン op63−5

ぼくの恋はにわとこの茂みのように緑色。
にわとこの茂みの上にその光をそそいで、
その茂みを芳香と歓喜で満たす、
陽の輝きのように、ぼくの恋は美しい。

ぼくの魂は小夜鳥のように翼をはり、
咲き薫るにわとこの木で身をゆすぶり、
歓声をあげ、甘い香りにうっとりして、
恋に酔う歌のかずかずをうたうのだ。   志田麓訳詩

抑揚の効いた流れるような曲、ブラームス歌曲の人気曲の一つ。



posted by 三上和伸 at 23:00| ブラームスの名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする