2021年02月17日

ブラームスの室内楽1 ピアノ三重奏曲第1番ロ長調op.8

旧暦睦月の六 六日月 2021.02.17
ブラームスの室内楽曲は、一つの楽器編成に拘るのでは無く、様々な楽器編成を持つ多様さがあります。弦楽では四重奏3曲・五重奏2曲・六重奏2曲の計7曲、ソナタ(ピアノとの二重奏)ではヴァイオリン3曲、チェロ2曲、クラリネット乃至ヴィオラの2曲で計7曲、ホルン三重奏1曲、クラリネット三重奏1曲、ピアノ三重奏4曲、ピアノ四重奏3曲、ピアノ五重奏1曲、クラリネット五重奏曲1曲、全部で25曲あります。全生涯の全ての時代に書かれており、歌曲と並んで、頻繁に作曲された楽曲です。ブラームスの作曲技法の進化が観て取れて、興味深いものがあります。全てが粒選りの名曲であり、ロマン派室内楽の代表的作品ばかりです。そして自らは、ピアニストであったので、25曲中17曲がピアノ付きの室内楽曲となっています。全てが重厚で厚みのある響きを持っていて、交響曲に準じた内容のある作品が並んでいます。ブラームスは「交響曲のような室内楽を書いた人であり、また反対に、室内楽のような交響曲を書いた人である」と言われています。従って室内楽も交響曲同様に、ブラームスの思想・情念・善と悪・生と死を表現したジャンルであり、ブラームスの音楽宇宙の重要な一翼です。

ピアノ三重奏曲第1番ロ長調op.8は、ブラームスが20歳の1853年から54年に跨いで作曲した曲です。この当時、シューマンを訪ねて認められ、シューマンの助力で、数々の作品が出版されました。中でも、ピアノソナタと歌曲が世に出ましたが、その直後に作曲されたのが、このブラームスの最初の室内楽曲のピアノ三重奏曲ロ長調でした。強い創作意欲に溢れた曲で、長時間を要す長大な大曲でした。ところが晩年に至ったブラームスは、この冗長な曲(形式美にそぐわない部分)が気に入らなくなり、1890年に書き直をし、改めてこの曲を再度出版したのでした。現在ではこの再版の方が頻繁に演奏されています。全楽章がグッと短くなり、締まりの良い作品になっています。普通の作曲家は、40年ほど前の曲を書き直そうとは思わないものですが、ブラームスはこの曲の美しさを愛していたようです。愛しているからこそ、出来損ないの部分を直したいと思ったのでしょう。完全主義者ブラームスの面目躍如たる行動でした。

溢れるような若い恋の情熱が加速する曲で、美しいメロディーが次から次へと迸り出ます。当時のブラームスの全てのアイディアを盛り込んだ曲であり、その充実した音響は美しさの極みと言う事ができるでしょう。この魅惑のメロディーをもう少しキチンと整えたくなったのでしょう、再びの手入れに依り、整然とした綺麗な姿形になりました。第1楽章の第1主題と第2主題、第2楽章のスケルツォの中間部のメロディー、第3楽章の中間部のメロディー、そしてフィナーレの変則的ソナタの二つの主題、若さに溢れた瑞々しい音楽です。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ(元気を持って速く)
2/2拍子、ソナタ形式、ロ長調
明るく大らかな第1主題がピアノ、チェロ、ヴァイオリンの順に歌われます。主題はアンサンブルを変え、様々に変容され、何時果てる事も無く続きます。そして経過句を過ぎると、今度は情熱を秘めたナーバスな第2主題が現れます。これは正に第1主題に対応する答えで、優しくも執拗に愛の告白をしています。展開部は悲劇性を帯び、力感を増して行きます。二つの主題が入り組んで、思いの丈をぶちまけたように、爆発を繰り返すのです。やがて再現部が始まり、大らかな第1主題と情熱を秘めた第2主題が歌われて行きます。そして言い残した事が無く、満ち足りた思いでコーダを結びます。

第2楽章 スケルツォ(諧謔曲・気紛れな楽しい曲想)、アレグロ・モルト(非常に速く)
3/4拍子、3部形式、ロ短調
ちょっとメルヘンチックな曲想で、森の中に妖精がいるような雰囲気があります。諧謔の1部を過ぎると美しい中間部のメロディーが始まります。まるで森の小屋に住む美少女のような、華やかな風情のメロディーです。美少女は優しく歌い、踊ります。これはスケルツォの華、森の小人や動物も歓喜の内に加わり、踊ります。また諧謔が始まり、美少女は小屋に入り、森の住民は名残惜し気に美少女を見送ります。諧謔のスケルツォは終わります。

第3楽章 アダージョ(ゆるやかに)
4/4拍子、三部形式、ロ長調
夜の帳がおり、月が照り、木々の月影が長く延びています。こう言う時、どうしても思い起こしてしまうのが故郷のあの人(女性)です。甘く切ない追憶が、詩人の胸を焦がします。「ああ、何で結ばれなかったのかしら…、あの人だって私を求めていた筈なのに…」、そんな詩人の愛は、どんな男にもある切ない思い出、美しい思い出ですね。

第4楽章 アレグロ(速く)
3/4拍子、ソナタ形式、ロ短調ソナタ形式のフィナーレですが、やや変則的なソナタ形式で書かれています。再現部の初めに明確な第1主題が現れず、そのまま第2主題の再現に至り、展開されて行きます。そしてコーダに至り、活発な第1主題が復活し、激しく展開され、結ばれます。冴え渡った筆致、力強い感情表現、ベートーヴェンの再来と言われたのも頷けます。



posted by 三上和伸 at 17:21| ブラームスの室内楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする