2014年01月05日

自然通信73 世界遺産・富士 2013.12.22

今年の年賀状及び今年最初の自然通信としてこの葉書を作りました。元旦に掲載を目論んでいましたが、それが成らず、今の掲載と成りました。悪しからずご容赦ください。

世界文化遺産・富士
昨年、富士山が世界文化遺産になりました。それまでの紆余曲折の登録の経緯は兎も角として、富士山好きの私としては大変嬉しい事でした。何故なら、世界遺産の価値の縛りとして、乱開発が抑制され、豊かな自然が守られるからです。日本の顔・富士が末代までも美しい山であって欲しいと願うのは、今を生きる日本人として当然ですものね。我が町・横浜からも富士山はよく観えます。この写真の富士も我が家から徒歩10分のところにある私自慢の富士ビューポイントから写したものです。冬は富士観望の絶好の季節、冠雪の富士をウォーキングがてらしばしば眺めては悦に入っています。

明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い致します。 三上和伸
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2013年08月28日

自然通信72 毒に舞う、四葉鵯(ヨツバヒヨドリ)と浅葱斑蝶(アサギマダラ) 霧ヶ峰八島ヶ原湿原 2013.08.09

ヨツバヒヨドリとアサギマダラ
八島ヶ原湿原を歩いていると、蝶がひらひら…。浅葱色(薄い藍色)の美しい蝶でした。帰宅後、この写真を基に図鑑で調べてみました。するとアサギマダラの名を持つタテハチョウ科マダラチョウ亜科の蝶だと判りました。生殖と自衛のため、毒素・アルカロイドを持つ毒草(キジョラン、イケマ)を食し、アルカロイドを含む花の蜜(ヨツバヒヨドリ)を吸います。オスである事を際立たせたり、鳥に忌避させる能力を身に付けるために毒を食むのです。その浅葱の美しい色にさえ、アルカロイドは作用しているのかも知れません…
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2013年04月07日

自然通信71 清楚に逞しく 白花蒲公英 2013.03.29

ソロバナタンポポ(白花蒲公英)
子供の頃から近年まで、見掛ける事のなかった白いタンポポ。しかしここ数年、私が住む横浜市旭区の近辺では、見付かるようになました。何故なのでしょうか。元々ここに生息していたのでしょうか、それとも越境でしょうか、或いは交雑でしょうか。良く判りませんが、黄色ばかり見慣れた中に清楚な白が混じるその衝撃は強いものがありました。そこだけが涼しく感じられ、冷気が降りているようで、実に気持ちの良いものでした。縁石とアスファルトの裂け目に生きる命、危うい境遇と同情しましたが、運命を受け入れて美しく生きる気概、その無言の逞しさに感動を覚えました。

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2012年01月01日

自然通信67 イイギリの紅い実 横浜 2011.11.17

昨年は喪中のため年賀状はお休みしました。今年は再び以前のように自然通信と抱き合わせで年賀状が作れて嬉しく思いました。紅い秋の実・イイギリ、私は本年の豊かな実りをイイギリに託して願いたいと切望しました。

イイギリの実
イイギリ(椅)イイギリ科イイギリ属
野に花がなくなると、それを埋めるかのように様々な実が色を競い目立ち始めます。花のような色香はありませんが、珠玉の艶と輝きを放ち、瑞々しいものです。このイイギリも紅い珠の小房を垂らし、愛らしい限りです。イイギリは漢字で椅と書き、それは椅子の椅ですが、特に椅子とは係わりはないようです。

明けましておめでとうございます
昨年中はお世話になりありがとうございました
今年もよろしくお願いいたします
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2011年08月12日

自然通信66 夏の本栖湖と花々 2011.08.05

本栖湖カワラナデシコ
ウバユリオトギリソウ

 自然通信66 夏の本栖湖と花々 2011.08.05
 暑い下界に比べれば、まるで夏が無いような涼しい本栖湖、標高九百メートルは半端ではないのです。しかしそれでも咲く花は夏の野花、湖畔の渚に出来た自然のお花畑や山の森の奥深くに色鮮やかに咲いていました。

 湖畔のお花畑のピンク色は河原撫子、大和撫子と呼ばれその優しい風情が愛されて日本女性の代名詞になりました。ナデシコジャパンのイメージフラワーでもあります。同じく黄色はオトギリソウ(弟切草)、この不吉な名は平安時代のこの草に纏わる伝説に基づいています。謎めいた花です。白緑の百合花は姥百合、花の頃になると葉(歯)が落ちてなくなるからウバユリの名があります。本栖の森の奥深くに住んでいる森の仙女?ですかね。

 
 *今日から月遅れ盆までは私のお盆休み、猛暑だし混雑も予想されるので、温泉旅行は月の後半にしようと想っています。そこで今日は造り上げたこの自然通信の宛名書きをする予定でいます。老眼乱視で辛いのですが、皆様のお顔を思い描きながら、認めようと思っています。

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2011年05月30日

自然通信65 下栗の里に咲く花 稚児百合 2011.05.14

今回は二つの写真を合成して作りました。一寸バランスの悪さは否めませんが、下栗の里とそこに咲くチゴユリの花の両方をどうしても取り上げたく思い、このような写真になりました。見苦しいでしょうがご勘弁を願います。

下栗の里
チゴユリ
自然通信65 下栗の里に咲く花 チゴユリ 2011.05.14
 昨今、引越しのサカイのテレビコマーシャルで紹介された自然深い山里を、皆様はご存知でしょうか。それは長野県の飯田市上村にある下栗の里で、南アルプスの懐に抱かれた平家の落人伝説が伝わる小さな部落です。ここは日本の里百選にも選ばれた古き良き日本を今に残す、懐かしい古里なのです。

 標高千米の今の下栗の里では、上部が山桜、下部は山吹。更に山里を下りた標高五百米の下界の上村では藤の花が満開です。私達は季節の一月分を標高差五百米のトリック?を活かし、僅か一日で味わ事に成功したのでした。

 この稚児百合も山里の道端に咲いていました。その愛らしさから稚児と喩えられますが、花を愛する私には決してこれが稚児のように幼く観える事はありません。何と言われようともこの花は歴とした成熟の花、恋する事も出来るのです。
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2011年04月21日

自然通信64 紫の風・浜大根 観音崎 2011.04.21

ハマダイコン
春になると私は落ち着きをなくします。もう居ても立っても居られなくなるのです。それは野にも山にもそして海にも、お花が咲き出すからです。野に菫、山に山桜、そして海に浜大根、その素晴らしい咲き振りに会いたくて会いたくて堪らなくなるのです。つい先日は山桜と菫に会えました。今度は海の花・浜大根ですが、今日、観音崎で会う事ができました。今年の観音崎は例年になく浜大根の当たり年のようで、濃い?紫の群落が日に輝き潮風に揺れていました。あぁ、何と美しいのでしょうか。私は言葉が見つからず、絶句するのみでした。
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2010年08月24日

自然通信63 オオシラヒゲソウ 戸隠 2010.08.15

オオシラヒゲソウ
 雪のように白い花は数々あれども、この大白髭草ほど雪の面影を感じさせる花はそうないでしょう。真夏の野でもそこだけはひんやりと冷気が包み、浮き立って華やいで観えました。「ああ、美しい!」、旅の幸福は野に於いて未だ知る事の無い花に出会う事…。そうすると私はこの先どれ程の幸福を味わえるのでしょうか? 否、欲張るのは止めにしましょう。この花がくれた今の幸せがあれば、当分の間は生きて行けるのですから…。
posted by 三上和伸 at 08:40| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月07日

自然通信62 潮風に揺れて・透かし百合 稲村ケ崎 2010.07.04 

  今回の鎌倉漫歩の収穫は多く、出会った花、人、そして古の造形、これらは私に心の温みと豊かな滋養を与えてくれました。その中でも特に私を熱狂させたのはこの透かし百合で、写真も撮れて嬉しくも自然通信を作る事ができました。

透かし百合
自然通信62 潮風に揺れて・透かし百合 2010.07.04
 何時も心に温めていた事、それは野生の透かし百合で自然通信を作る事、漸くそれが果たせた今、私は大きな喜びで満たされています。
 日本は野生百合の王国と言われ、その大輪の花は昔、欧州で脚光を浴びました。それ以来多くの園芸百合が作出され、この透かし百合もその例外ではありませんでした。今や何が原種だか判らず透かし百合とは花屋で売っている百合と思っている人も多い事でしょう。観てください、この美しさこの気品…。野に咲くものだけが持つ誇り高き佇まいを…。断崖に咲き潮風に揺れるこの花を私は海上より観上げたいと切に望みました。
 因みに、この花の名の由来をお教え致しましょう。花を上から観ると花弁(外花被片)と花弁(内花被片)の間に隙間があり、地面が透かして見えます。もう皆様お分かりですよね。透かして見える百合、よって透かし百合の名となりました。

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2010年07月04日

自然通信37 鎌倉の貴婦人・岩煙草 東慶寺 2006.06.19

 私は二千六年に東慶寺を訪れ岩煙草の美しさに魅せられ自然通信を作りました。その時の感動を今一度味わいたくて、私は今日再び四年越しに訪れたのでした。しかし時期的には最早遅く盛りを逃し、それは私の入院騒ぎが原因にあり、その時行きたくても行けなかったのでした。それでも明月院の紫陽花や稲村ケ崎の崖に咲く野生の透かし百合を観るついでとして、一縷の望みを胸に抱きこの寺に詣でました。

 岩煙草はもう疾うに花時は終わっており、極々僅かに名残の花が申し訳なさそうに咲いていました。しかしそれは数輪の花でしたが瑞々しい艶を魅せて愛らしく花弁を綻ばせており、私は気に入りました。この写真ならあの四年前の自然通信を再び蘇らせると狂喜し、自信を持ってここに掲載する運びとなりました。

自然通信37 鎌倉の貴婦人・岩煙草(イワタバコ) 東慶寺 2006.06.19
イワタバコ 
 鎌倉は一方が海、三方は山に囲まれた自然の要害の地にあり、故に中世の一時代、政の都として栄華を極めました。そしてさらにこの地形は自然の保守にも都合よく、奈良や京都と同様に自然と生活が溶け合って優れた文化を育み、由緒正しい伝統が保持されてきたのです。江戸のように四方が開けた都では、やがて時代と共に狂乱の開発が席巻し高層ビルが乱立し、残念ながら昔日の面影は消え失せてしまったのです。
 鎌倉駅を過ぎ、若宮大路に佇めば山は緑に萌えており、その上はもう大空しか見えません。誠に長閑な清々しい風景を魅せています。そしていざ軽やかに歩きだせば散歩道は縦横に連なり、四季折々の花が出迎えてくれます。また周辺の山野には幾つかのハイキングコースもあり、手軽な自然探勝ができます。休日の一日を鎌倉散歩に費やせば、思いがけない発見もあり心身のリフレッシュにもなり、明日への希望も湧いてくると言うものです。
 山と海の都鎌倉では、往時少ない平地を補うために山を垂直に切り崩し敷地や道路にしました。それは現在でも神社仏閣の境内や切通と呼ばれる街道に残されています。それから歳月は流れ、やがてこの垂直の崖には鎌倉の自然の豊かさを証明する驚くべき生命が宿るのです。それは地下水の滴る湿った岩壁を棲家とする野草であり、青く艶めかしい葉の上に紅紫色の妖艶な花を咲かせます。この花こそ岩煙草であり、彼の鎌倉武者の妻の如く美しい鎌倉の名花です。一歩下がってかしずいて、貴婦人は艶やかに微笑みました。遠い古の夢の世界へ私を誘うかのように…。
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2010年04月30日

自然通信61 空色の夢・筆竜胆 横浜市 2010.04.25

フデリンドウ
 愛らしい空色の竜胆…、このフデリンドウは春咲きの竜胆です。娘達の小学校の校章のデザインに使われた花、昔の横浜のこの辺りには当たり前に見られた草だそうです。しかし近年、この草も減少し、私はここに住み始めてから三十年相見えた事はなく、この日、初めての出会いを果たしました。よくぞ生き延びていてくれました。嬉しい…、その空色は春の空のように淡く麗で、私に春の夢を見させてくれました。
posted by 三上和伸 at 08:40| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

自然通信60 恥じらいの開花・紅葉苺 横浜市2010.03.16

自然通信60 恥じらいの開花・紅葉苺 横浜市 2010.03.16
モミジイチゴ
 私の散歩はあっちに行ったりこっちに来たり、よく脱線をしますが時よりその先で思い掛けない対象に出会う事があります。勿論それを目論んでそうするのですが、今日はその目論見が功を奏しました。
 突然の出会い、白い衝撃、それは薄暗い林の縁で冴え冴えと佇んでいました。よく観ると何とも言われぬ恥じらいを魅せて開花しており、私はその愛おしさに暫しそこに釘付けとなりました。仄かな温みが私の胸に宿りました。
posted by 三上和伸 at 09:16| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月22日

自然通信59 海鵜の冬の宿 城ケ島 2009.12.21

城ケ島赤羽根海岸
自然通信59 海鵜の冬の宿 城ケ島 2009.12.21
北原白秋の「城ケ島の雨」で有名なこの島は三浦半島の最南端に位置する自然の小島です。城ケ島大橋など開発も受けていますが、太平洋に面した南側は未だ美しい自然海岸を残して秀逸です。この赤羽根海岸の本の下(ほんのした)の断崖は険しく容易に人を寄せ付ける事はなく、故に海鵜の恰好の越冬地として役目を果たしてきました。ここで冬を越した鵜達は春、勇んで北へ向かい新たな生命を産し育みます。その大いなる原動力をこの島と海が養っているのです。ここは優しく美しいパラダイスであり豊饒の海です。
posted by 三上和伸 at 09:44| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月04日

自然通信58 洞爺湖の朝 湖畔より 2009.9.23

 自然通信は写真の絵葉書として、今から二十年前に始めました。その動機は自然の美しさを少しでも多くの方々と分かち合いたいと願ったからです。第一回目は野の花「カワラナデシコ 1989.8.9」でした。この選択は私らしいでしょ?、花を愛し優しい女性を愛する私ならではの選択だったと自負しています。何故なら、カワラナデシコは大和撫子とも呼ばれ、淑やかな日本女性のシンボルとなっているからです。この花こそは自然通信のエッセンスとして最も相応しいと確信したからなのです。

 参考までに第1号の「カワラナデシコ」をご紹介致します。
カワラナデシコ 写真は今年のもので、庭で咲かせたカワラナデシコです。
 自然通信1 香り高き花・カワラナデシコ 霧ケ峰 1989.8.9
 夏の霧ケ峰を彩る数多い花の中でも、一際美しいのがこのカワラナデシコです。姿、形、色彩と三拍子揃っていますが、もう一つこの花には素晴らしい香りまで備わっているのです。それは上品な香りで仄かな色香を漂わせ、人知れず密かに香ります。普通、人は色や形にとらわれて香りに気づきませんが、注意深くこの花に接すれば誰でも微かな芳香を感じ取る事ができて驚くでしょう。私はこの花を見付けると何時も花の前に立ち、風が吹くのを静かに待ちます。やがて風に乗った香気は密やかに漂い始めて私の鼻先をかすめます。その時私は即座に思い切り深呼吸をするのです。ナデシコの甘い香りが私の全身に漲り、何とも清々しい気分にさせてくれます。それは一服の幸福であり、真に贅沢な瞬間です。
 古より人々に愛されたこの花は大和撫子とも呼ばれ、淑やかな日本女性の代名詞になりました。それはこの花にとって、真に相応しい事です。
 


 二十年を経過した今回は洞爺湖の清明な朝からお送りします。温泉で温まった私を洞爺湖は朝焼けで待っていてくれました。その爽やかさを送ります。

洞爺湖の朝
 自然通信58 洞爺湖の朝 湖畔より 200.9.23  
 先日、私達は北海道を訪れました。最初から納得していた事ですが、九月のシルバーウィークではまだ秋は浅く、紅葉は始まったばかりでした。しかし洞爺湖は神秘の湖水を湛え、十分に私達を楽しませてくれました。その藍色の水が改めて、私に湖の美しさを教えてくれたのでした。洞爺湖温泉郷に宿泊となり、その温泉は肌に優しいよく温まる出色の湯で、何度となく飽きるまで堪能しました。夫婦共々すべすべピカピカ?の肌となりました? 
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2009年06月29日

自然通信57 白夜の日の出 シベリア上空 2009.6.24

白夜の日の出
自然通信57 白夜の日の出 シベリア上空より 2009.6.24
 私達夫婦は結婚三十年を記念して、先日中欧三都を巡ってきました。私にとっては初めての海外旅行でしたが、多くを経験し味わい尽くし充実しきった旅でした。今回の旅の幸運の象徴は何と言ってもこのシベリアの白夜の太陽を眼の当りにできた事です。これは狙っていた訳ではなく、偶然が引き合わせてくれた恵みであり、私はその掛け替えのない偶然に今感謝している所です。海外からの最初の自然通信が白夜の太陽だなんて、それはそれは喜ばしく驚くべき事でしょう。太陽は姿(写真)を見せてから地平線上を飛行機と共に平行して横(東)に動き、中々昇らず全景を見せるのを拒んでいました。全てが見えたのは何と数十分も後でした。私はその間、恍惚と眺め続け、幸せを噛み締め、自分の命に感謝しました。
posted by 三上和伸 at 23:55| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月06日

自然通信56 愛しの山桜 吉野山 2009.4.4

吉野の山桜
自然通信56 愛しの山桜 吉野山 2009.4.4
 この季節、誰もが桜を想い、お花見をする事でしょう。私も娘の誘いに乗り、勇んで再びの吉野山へ出向きました。しかし私の日頃の行いの悪さからか、本降りの雨に山は乳白色のベールが掛かり、一目千本の絶景は望めませんでした。悔しいやら情けないやらで悲しみに沈みましたが、こうして間近の桜が雨の中に幽玄に浮かび上がり、嘆きの私を慰めてくれました。胸に熱いものが込み上げてきました。
posted by 三上和伸 at 22:59| ☔| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

自然通信55 秋谷立石より相模湾を望む2008.12.16

 この日私は来年の年賀状のテーマ写真を撮るべく湘南海岸を訪れました。それは仕事の合間の一寸した時間を活用したため時間に余裕はなく、テキパキと事を進めなければなりませんでした。まずは湘南国際村から西を眺め富士を確認しました。ところが何故か富士は機嫌が悪く、雲の空き間にしばしば顔を覗かせるだけで、これは使えないと決断しました。しかし相模湾は穏やかに凪いで紺碧の水を湛えており、すかさず私は直ぐ近くの秋谷立石海岸へ降り、ここからの相模湾の風景を選ぶ事にしたのです。目論見は見事に当たり、美しい相模湾と溶け合う漁の小舟の床しさと、子産石に纏わる地の優しい人との出会いに楽しい思い出を刻む事ができたのです。そしてこれを自然通信55としました。

立石からの相模湾
 自然通信55 秋谷立石より相模湾を望む 2008.12.16
 日本は四方を海に囲まれています。その意味するところは想像に敵わない長大な海岸線を有していると言う事です。しかし様々な理由で自然の海岸は少なく間近まで堤防が迫っています。ここ秋谷立石もそれを免れてはいませんが、相対的に見てより美しく自然が残っている方でしょう。特に岩礁は無傷であり、それに溶け合い続く相模湾は滑らかに広がり、正に浮世絵の如く優美な景色を現わしています。日がな一日、そこでは小舟を使い覗き眼鏡漁が行われており、過酷な労働の漁師には悪いのですが、それは一服の絵のようで私は心洗われました。
 私はこの地で産出される子産石(こうみいし)と呼ばれる安産のお守りとなる石を見たくて、祀ってある場所を住民の一人に教えを請い、訪ねてみました。そこには球形の巨大な子産石が丁寧に飾られ鎮座していました。帰り掛けにその方が私に小さな子産石を一つ分けてくださり、この善良な優しい人は「撫でてあげてね」と笑顔でおっしゃいました。私は「ありがとう、お世話になりました。」と感謝を込めて礼を言い、そこを立ち去りました。手には子産石、胸には温もりがありました。
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2008年11月06日

自然通信54 白いロマンティック・白樺 美ヶ原 2008.11.02

 植物は様々な姿を見せ、私達を楽しませてくれます。花、新緑、青緑、紅葉、果実、そして落葉後の樹形の姿。一般に余り注目を集めませんが、この樹形の姿にも味わい深い楽しみがあります。我が愛する白樺もその一つの代表であり、この白い枝の広がりは官能的ですらあります。

白いロマンティック・白樺
 自然通信54 白いロマンティック・白樺 美ヶ原 2008.11.02
 秋の素晴らしい陽気に誘われて、またしても私は心昂り、秋の自然に会いに出掛けました。会いたくて会いたくて堪らないもの、それは白い山と白い樹木、そう、新雪の北アルプスと白い恋人・白樺に会いたくなったのでした。
 白樺は何処か芸術の香り漂う、お洒落な木だと思います。遠い昔、私は初めて志賀高原に旅して、初夏の日差しに萌える新緑の白樺を見たのでした。その時の柔らかな葉、白い樹皮、繊細な枝振り、その芸術的な姿は、未だに私の記憶に焼き付いていて鮮明な像を結びます。後に唐松を知り、樅を知り、ブナを知った今でも、私は白樺が一番好きと言わなくてはならないでしょう。この青空に映えた白い枝振りを皆様は如何にご覧になられますか? 私はここに来られた喜びに暫し心奮え、その掛け替えのないロマンテイックに酔い痴れました。
posted by 三上和伸 at 22:12| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月21日

自然通信53 秋の湯ノ湖

 深まる秋、私達は紅葉を愛でようと奥日光の湯ノ湖を訪れました。紅葉とは不思議なもので単なる植物の自然現象なのですが、それを見た人間は大いに感嘆し心を動かします。単に美しいだけではない、植物の旺盛な活動を終える最後の精一杯の華やぎに、人は共感するのです。秋の短い日の中で世の無常を目の当たりにし、己に置き換えて恋慕うのです。それは生への切ない憐憫と思われます。

秋の湯ノ湖
 自然通信53 秋の湯ノ湖 栃木県奥日光 2008.10.18
 ここ数日の天気が余りにも好く、またNHKのお天気お姉さんの週末の予報も素晴らしく、私はこの日を置いて今年の今一度の天下の紅葉を楽しめる時は無いと早合点し、妻を伴い日光に出掛けてしまいました。朝五時に自宅を発ち、まずは世界遺産の東照宮とその周辺の神社仏閣に参詣し、神仏の加護を頂き、この旅の安全を祈願しました。宗教心を持たない私ですが、心静かに手を合わせていると何故か不思議な安らぎを覚え、晴れやかな気分になるのでした。日光金谷ホテルの美味しい昼食を取り、いざ勇んで紅葉狩りへと動いた途端、途中、まだそれ程色付いていないイロハ坂で恐ろしい渋滞に巻き込まれ閉口しました。やっとの事で明智平に辿り着き、その展望台から望んだ男体山の雄姿と華厳の滝の紅葉に、渋滞で荒んだ我が心根は癒されました。途中の戦場が原では巨大な唐松群がその枝先の隅々までを黄金に染め、威風堂々と並び立ち、その偉丈夫振りに私達は惚れ惚れと見惚れました。そして漸く午後遅く、本日の最後の目的地・湯の湖に至りました。高木には葉は少なく、渚の水際の低木が紅に色付いていました。温泉の混じった湖水は満々と湛えられ滑らかに滑り、辺りの山の静けさと呼応し幽玄の佇まいを見せていました。
posted by 三上和伸 at 23:17| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月06日

自然通信52 紅葉の先に穂高

 秋と言えば紅葉、私にとって紅葉狩りは欠かせない秋の行事であり、大いなる楽しみです。その情景の中に佇めば、幸せが溢れ出し私は秋色に染まるのです。

紅葉の先に穂高
中央に吊り尾根が弧を描き、右に前穂が見えます。この日は残念ながら雲が消えず、左の奥穂は幽かに見えるだけでした。
 自然通信52 紅葉の先に穂高 乗鞍岳より 2008.10.04
 私と妻は、この秋の真っ先の紅葉を愛でようと、中部山岳国立公園の乗鞍岳を訪れました。ここは本州で一番早く紅葉を楽しめる山で、それは標高二千メートルを超える高山の紅葉です。麓の乗鞍高原でシャトルバスに乗り替え、山頂に向かいます。お洒落な白樺の林や樅の一種の神聖で夢幻的なシラビソの素晴らし森を抜けると、八合目の冷泉小屋に至ります。この辺りになると樹木の様相は一変し、シラビソの間にダケカンバやナナカマドが目立つようになります。シラビソの深い緑にダケカンバの黄やナナカマドの赤が混ざり、正に錦織り成す美しい秋の山の情景が展開されて行くのです。やがて木々の背丈はぐんと低くなり、這松が現れ、いやが上にも高山の雰囲気が増して行きます。四方が見とうせるようになり、思うが儘の眺望を手にした私たちは、九合目の位ヶ原山荘(2300米)でバスを降り、歩いて山頂を目指しました。メタボの私には高山の上りはきつく、荒い息遣いをしフラフラでしたが、眼下の絶景と抜ける青空に励まされ、やっとの思いで山頂の畳平に辿り着く事ができました。途中、天を衝く鋭鋒・穂高を望めた幸運が、この旅の充実を実感させ、それは何よりの恵みとなりました。
posted by 三上和伸 at 07:13| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

自然通信 山百合

ヤマユリ
自然通信51 白百合に寄せて・山百合 鎌倉十二所 2008/07/14
 先日、私は鎌倉を訪れ、十二所(じゅうにそう)の崖に咲く山百合の様子を見に行ってきました。ここの崖は昔、朝比奈峠超えの自動車道を通す時、切り崩され作られた崖なのです。以前より私はここに咲く山百合を楽しみにしており、咲いていれば今年は是非、自然通信に載せて皆様に紹介したいと願っていました。花はまだ咲き始めたばかりで数は少なかったのですが、ここに紹介できた事はとても幸福に思いました。
 今、私達の身近には雑草が生い茂り、昔ながらの野の花が姿を消しつつあります。それはひとえに戦後の工業化や都市建設などの地域開発によるものです。切り崩された土地には初めは雑草しか生えないのだそうで、元の野草が復活するには何十年、何百年と年月が掛かると言う事です。でもそれは不可能な事ではありません。こうしてこの崖にも山百合が復活してきているのですから。私は毎年ここの山百合を見付けると喜びに震えます。今年も咲いてくれたんだ、よかったなと…。この日、そこは辺り一面に芳香が漂い、私は甘い香りに咽びながら爽やかにシャッターを切りました。
posted by 三上和伸 at 23:12| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

調律師の休日・自然通信

 夏至、それは一年の時の波動の最高潮を示す一日。ヨーロッパの国々では盛んに祝祭されていると聞きます。しかし日本ではこの時期、梅雨の真っ只中にあるため、それに確たる現実味を感じる日本人は少ないようです。また日本は比較的緯度の低い温帯の国なので、日照の長短等は、彼のヨーロッパ諸国に比べればさほど切実ではなく、むしろ梅雨明け後の強烈な太陽の方が良し悪しに関わらず関心があるようです。でも私はその名の力強い響きと共に、夏至の持つ隆盛極まる充実感が大好きで、毎年この日を私と同意見の上の娘と二人して祝い、共に悦に入っている次第です。(娘)「夏至だよねー!」。(私)「一年で一番昼が長いんだね…!」と。
 さて先程、夕方のニュースで明日の日曜日の天気情報を見ていたところ、明日は雨らしく明日予定してた霧が峰行きは中止にせざるを得なくなりました。実は私は、長野県の霧が峰に現れるある二種類の花の織り成す風景を題材に、自然通信を作る計画でした。この二つの花はこの梅雨の季節に相前後して咲き出す素晴らしい花であり、両者の満開が一致する日にちは極めて短く、その貴重なチャンスが今であると判断したからなのです。しかし、雨では侭成りません。本当に残念ですが今年は諦める事にしました。そして必ずや来年それを実現し、その驚嘆すべき美景を皆様にご覧に入れる事を約束したいと思います。まあ、来年の事を言えば鬼が笑うかもしれませんし、そんな事忘れてしまわれても一向に構いませんが、もし、ご期待下さって頂けるのなら、それまで気長にお待ち下さい。どうぞ楽しみにしていて下さい! でも本当に忘れてしまってもいいですからね?…。
 それで今回は、その代わりと言ってはこの花に可愛そうですが、腰痛の私を一生懸命励ましてくれた梅雨の花の一つ、愛するネジバナを紹介致します。これは五年前の号で、少年時代の私の思い出を語った一葉、自然通信21を送らせて頂きます。

 自然通信21 少年の日の思い出 捩花(ネジバナ) 横浜市 2003/06/16
ネジバナ
 写真は2008/06/19
 私が通った小学校は、小、中、高と続いている私立校で横須賀市の中心部の海沿いにあり、素晴らしい環境の下にありました。毎日、海を見ながら登下校をし、海の色や潮の匂いに四季の移ろいを感じながら通学していたように思います。当時の学校の前庭は広い芝地で校門から校舎まで一本の長い道が附けられていました。道の両側には花壇が続き立薔薇が植えられ、その先には白いアーチが架かっていて蔓薔薇が絡まっていました。今思えばこの学校には優れて庭師がいたに違いありません。芝生の庭園はなだらかな起伏が附けられており、そこには白いベンチが置かれ、東屋まであったような気がします。そこで高校生のカップルが午睡を楽しんでいるのをよく見かけ、男が女の膝にもたれている事もあって、級友の悪ガキ君は冷やかしていましたが、私は高校生になればあんな事もできるのかと少し憧れていました。
 放課後になると私達はよくここで遊びました。蝶を捕ったり蜻蛉を追いかけたり、蜂の一刺しに大泣きをして保健室に飛び込んだり、懐かしく思い起こせます。そしてこの季節、芝地の中はツンツン尖ったピンクの花が一面を覆い尽くし芝は桃色に霞んで見えました。一本摘んでよく見るとそれは沢山の小さな花が螺旋状に咲き上がって付いていて、何とも美しく楽しい草でした。かの理科好きの悪ガキ君はこう説明してくれました。「ほら、グルッと捩れているだろう、だからネジバナって言うんだ」。「なあるほど!螺子花(間違い、正しくは捩花)か…。」私は早合点をし、最近までその間違いを疑いませんでした。
 古い名は“もぢずり”で古の和歌にも詠われています。
 陸奥の 忍ぶもぢずり たれゆゑに みだれそめにし われならなくに
posted by 三上和伸 at 21:40| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月06日

調律師の休日・自然通信

 六月に入り、今年は早くも梅雨入りが告げられて、ひと月余りの鬱陶しい雨の季節が始まりました。今、私の趣味である庭作りは雨に阻まれて中々はかどらず、気を揉む毎日が続いています。また私は最近腰を痛めて多少辛く、その作業が思うに任せず焦燥を覚えている今日この頃です。しかしそんな折、時の移ろいを感じさせるが如く、雨に応えて梅雨の花達が顔を出し、私を一生懸命に慰めてくれました。私は元気を取り戻し、再び心新たに農作業に取り組もうとしています。そしてこの蛍袋もその素敵な梅雨の花の中の一つであり、ほぼ毎年、梅雨入りと同時に咲き出します。その渋い味わいは野草の素晴らしさを際立たせており、風雅と称するに偽りはなく、私は愛して止む事はありません。
 今回は四年前に発行した自然通信27のホタルブクロの号を伝えます。
 
 自然通信27 庭に咲く蛍袋 横浜市自宅の庭 2004.06.05
ホタルブクロちゃん
写真は2008.06.06に撮影
 結婚して子供が生まれると、夫(父親)の生活は一変し子供を核としてその円周を回り始めます。妻を手伝い子供の世話をしてみれば、驚く事ばかりで興味深く、読み聞かせをすれば童話の世界にも誘われます。
父親も子供と共に新たな世界を学ぶ事になるのです。幼子を連れ野山を散歩すれば、時折美しい花に出会えて皆で名を言い合ったり図鑑で調べたりしましたが、その喜びが私を野の花に向けさせ、後には家族を差し置いて私一人がそれにのめり込む“羽目”?になりました。
 その当時、私はある雑木林の縁で蛍袋と出会いました。それは細い茎にふくよかな花をうつむき加減に付けており、何か物思いに沈んでいるような静かな姿でした。花の色は紫の混ざった渋い薄紅色で、微かな縞目と斑点が入り、自然の造形の巧みさや細やかさが見て取れました。決して色鮮やかではないけれど、心に触れてくる優しさが嬉しくて、私は一目でこの花の虜になりました。温もりがあるのに侘しい風情は他の花々には求める事のできない奥深い味わいがあり、極めて魅力的でした。
 蛍袋の虜となった私は、この花が頭から離れず側に置きたいと願い、愚かにも一株掘り取ってしまいました。案の定、不安は的中しこの草は数日で枯れてしまったのです。私は驚き、落胆し、胸に後悔の念が疼きました。本で調べた所に依ると、この花株は移植できず、側にある子株を移して来年に咲くであろう花を待つべきだったのです。この時から私は生き物を妄りに扱う事を慎み、命に付いて学び、大切に接する事を心掛けるようにしました。そして植物はタネから育てるのが最良であると思い至り、現在では多くの花々を実生から育てています。写真の蛍袋も当時の種蒔きから育ったものであり、もう十五年以上も咲き続け我が庭を彩ってくれています。鬱陶しい梅雨時には何故か個性的な美しい花が咲きます。雨に濡れた蛍袋は中々に趣があって美しいものです。
posted by 三上和伸 at 22:25| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月07日

調律師の休日・自然通信

フジ足利フラワーパ−クの藤
 初夏は私にとって中秋と同様に暑からず寒からず、最も気持ちの良い季節です。体が軽く伸び伸びとし、そのお陰で心までも軽く健やかになる気がします。ところが今年の私は連休後半に風邪を引いてしまい、いま一つこの麗しい季節を堪能できませんでした。それでも足利のフラワーパークに行き、数々の見事な藤の花を観賞できた事は、塞いだ気持ちを晴らせましたし、良い思い出にもなりました。特に家族四人で行けた事、そして鉄道を利用した事がその楽しさを倍増させたのでした。
 またそれよりも四日前の五月一日に、私は仕事の合間を縫って、磯子の里山に咲く野生の藤(ノダフジ)を撮影しました。前日にこの付近を通った際にその美しさに心惹かれ、是非この藤で自然通信を作りたいと願ったからでした。写真は希望に沿わず、出来は悪かったのですが、ご容赦頂いてここに掲載いたします。

 自然通信50 初夏の訪れ・藤(ノダフジ) 横浜市 2008/05/01
ふじ横浜市磯子の里山の藤
 八重桜は散り、庭のツツジが満開になると、いよいよ八十八夜の頃となり、立夏を迎えます。この初夏の季節には、都会近くの森山でも若葉が生気を帯びて萌え盛り、瑞々しい光彩を放ちます。ほんの少し前までは春のか弱い幼芽だったのに、初夏は正に命輝く隆々たる色彩の中にあります。そして今、その輝きの中にしっとりとして馴染む、藤の紫が溶け込んでいるのを私は見逃す事はありません。藤は山桜と並びまだまだ身近な里山に残る美しい原生花木なのです。雄大に伸ばした蔓の先には数多の花房が群れて垂れ下がり、豊かに揺らめいて薫風に踊ります。その佇まいは花の多さに関わらず決して重苦しいものではなく、むしろ静けさと清涼感を湛えて軽やかです。それは花形の虎の尾の、たおやかに緒を引く優美さと、紫の気品ある花色に基ずくものでしょう。青の清らかさと紅の情熱、この二色融合は、気高くも豊潤な女性の魅力へと収斂して行きます。美女と花、それはこの世の不可思議であり、最も男を熱狂させる絶世の宝物だと私は確信しています。
posted by 三上和伸 at 08:26| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月31日

調律師の休日・自然通信

 今日は自然通信の新作を紹介いたします。
最初に枝垂桜についてお話しします。枝垂桜とは江戸彼岸桜の変種を指します。江戸彼岸桜は日本の深山に自生する野生の桜で、最も長生し老成する種です。その一種である枝垂桜もそれと同様に長生し、巨木となります。数え切れぬ程多い垂れた長枝には無数の花房が付き、四方に大きく張り出して壮麗に咲き誇ります。正に豊饒の木であり、名木の名を欲しい侭にする品種です。全国の桜の名木はこの枝垂桜と江戸彼岸桜が大半を占めます。

枝垂れ桜
   自然通信49 長興山の枝垂桜 小田原市 2008/03/30
 今年の三月は格段に暖かく春は駆け足でやって来ました。その為、桜は開花から五日で満開を迎えてしまい、私はこの日慌ただしく、予てより花見に予定していた長興山紹太寺へ赴きました。何故なら私は、この地にある樹齢 320年の枝垂桜に憧れを抱いていたからであり、漸くそれを成就すべく、この日この地を周遊しました。
 枝垂桜へ向かう道のりとは、箱根登山鉄道の入生田駅を下車し、しばらく路地を進むと紹太寺の門前に出ます。ここは花の美しい寺で、境内には寒緋桜や三椏(ミツマタ)の花が咲き競っていました。寺の前からは石段が続き 300段余り息を切らして上り詰めると、やがて小田原城主稲葉一族の供養塔に行き当たります。そこから先はさらに山道を辿るとやっとの事で枝垂桜の下に至ります。袂に着いて眺めれば、それは辺りの空気を和ますように、優雅にたおやかに、麗しい花笠を一杯に広げていました。

posted by 三上和伸 at 22:57| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月14日

調律師の休日・自然通信

人生50年を過ぎ、次第に還暦が近づいている私ですが、毎日楽しく生きて行けるのは、家族の支えと共に幾つかの楽しみを持つからです。それは音楽に自然、旅、そして旅して出会った自然の風物を、文と写真で絵葉書にして紹介する自然通信等々。仕事も遊びもひたすら頑張り、充実の日々を送っている今日この頃の私です。ところでその自然通信とは、友人の少ない私にとって交友の窓口であり、語る喜びを得る手段でもあり、またそのお返事に耳を傾ける大切な場でもありました。今回ブログ開設に当たり、この自然通信もブログに投稿し、是非皆様にもお目に掛けたいと思いました。新作は勿論の事、旧作(52作)も、順次季節を見計らい送らせて頂きます。楽しんで頂けたら幸いです。今日は5年前の早春のオオイヌノフグリの号を送ります。
 
自然通信18 春を待つ青い星・オオイヌノフグリ 横浜市 2003/3/2
イヌフグリ                        写真 2008/3/16
 私が昔、愛読していた漫画に「小さな恋の物語」があり、その主人公にはチッチとあだ名された可愛らしい少女が描かれていました。彼女はカッコいいがつれない少年サリーに恋して、様々なお付き合いの計画を立て夢見ていました。しかし思いが叶う事は少なく屈折した片思いでした。そんなチッチの悲しい心をある花が慰めたのです。
 早春のある晴れた日、サリーと喧嘩をしたチッチは寂しく道をさ迷っていましたが、ふと道端の土手に青い光を感じ立ち止まりました。よく見ると、そこには春を待ち切れずに咲いた小さな青い花が、まるで夜空の星のように輝いていました。驚いたチッチは「こんなに寒いのに、あなたたち頑張って咲いているのね、よーし、私も負けずに頑張るぞ!」と言って元気を取り戻したのです。この健気な花こそ路傍の青い星・オオイヌノフグリでした。
 作者のみつはしちかこ氏はこの花を自身の分身であるチッチと重ねて描く事で、少女時代にこの花を愛し、それが大切な心の拠り所であった事を告白しているのです。何時の時代も花は人を慰め、人はそれで力を得ますが、人は何をしたら花に報いる事ができるのでしょうか?
 私はこの花に出会うと何時もチッチを思い出します。そして青春と言う甘酸っぱくもほろ苦い香しい季節にふと迷い込みます。是非、皆様もチッチに会いに行かれたらいかがでしょうか。それぞれの青春の思い出が、きっと貴方を待ち受けているでしょう。

 今このオオイヌノフグリは満開を迎えています。それは美しい野に咲く青い星です。




posted by 三上和伸 at 18:38| 自然通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする