2022年01月20日

私の歳時記 大寒 款冬華(ふきのはなさく) 2022.01.20

今日からは二十四節気で大寒となります。一年で一番寒い時期です。その初候に七十二候の「款冬華(ふきのはなさく)」があります。款冬は中国読みでフキノトウを表します。雪面にほっこりと姿を現すフキノトウのイメージが款と冬の文字に表されています。款は面に刻む意味、冬は雪面を表します。

大寒の極寒の時でも、命は弛まず生命活動を続けています。フキノトウに託した季節の言葉、そこには希望が籠められていますね。
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2022年01月19日

私の歳時記・誕生日の方々・ポップス 松任谷由実と宇多田ヒカル 2022.01.19

今日は記念日としては面白くないのですが、お誕生日の面々としては、個性あふれるアーチストがいますね。歌謡曲(ポップス)の世界で、多くの名曲を出してきた松任谷由美と宇多田ヒカル、クラシック音楽愛好家の私でも十分楽しめる音楽を書いてくれました。

〇松任谷由実(ユーミン・旧姓:荒井由実)
私よりも4歳年下の松任谷由美は1954年のこの日に八王子市で生まれました。最終学歴は多摩美術大学で、美術を学んでいたそうです。それが音楽にも反映しているのか、松任谷の曲は直ぐにその情景が浮かんできますね。極めて絵画的な音楽で、そこに女子の切ない感情が吐露されています。女の可愛さを歌った曲が多いので、男の私でも思わず聴き惚れる曲があります。「時をかける少女」「赤いスイートピー」「あの日に帰りたい」「卒業写真」「春よ来い」「やさしさに包まれたなら」などが思い出されます。

〇宇多田ヒカルの曲で印象に残っているのは、少し前にサントリー南アルプス天然水のCMで歌われていた曲で、アップテンポの小気味よい曲がありました。調べようがなかったので、ここで紹介は出来ないのですが、天才的な作曲の妙を示した作品でした。お母さんの藤圭子のDNAを受け継いでいるのか、歌の上手さが光りますが、精神の不安定さも持ち合わせているのでしょうか? 少し心配であります。もっと新作を発表してほしいですね。宇多田ヒカル、1983年のこの日に生まれました。
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2022年01月18日

私の歳時記 初観音 2022.01.18

今日は18日、観音様の縁日です。年に最初の観音様の縁日ですから、初観音と言います。縁日とはその神様や仏様が生れた日やこの世に現れた日、また何かを成した日を言います。この縁日にお参りすれば、殊の外ご利益が高まると言われています。

観音様の位は菩薩なのですね。菩薩は如来の次に偉い階級なのだそうです。如来は釈迦そのものを表す位で、悟りを開かれた存在なのです。その下の菩薩は未だ涅槃の境地に達していない仏で、修業中の身なのだそうです。修業中ですので、観音様は様々に変身するそうで、そのバリエーションは33あります。

33、京都に三十三間堂と言うお寺がありますよね。ここも千手観音が祀られていて、多くの悩める人を救っているそうです。悩める人に合わせて、様々に変身する仏が観音様なのだそうです。三十三間堂は「鎌倉殿…」に出て来る後白河法皇に縁のある寺です。後白河法皇は頭痛持ちだったそうで、三十三間堂の観音様は頭痛快癒にご利益のある仏様だそうです。

横浜の観音様は、鶴見総持寺、弘明寺観音など、鎌倉では杉本寺や長谷寺、高徳院・成就院・明月院・仏日庵などがあります。
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2022年01月16日

私の歳時記 初閻魔・閻魔賽日・十王詣 藪入り 2022.01.16

十王とは地獄で亡くなった人を裁く十人の判官の事、閻魔様もその中の一人です。年の内、1月16日と7月16日が閻魔様のお休みの日で、閻魔賽日(閻魔様を祀る日)と言われています。地獄の釜の蓋が開く日であり、地獄の罪人も閻魔様が休みなので、のうのうとリラックスする日なのだそうです。今日は閻魔様を詣で、閻魔様のご利益(どんなご利益かしら?)を得られる日です。

そして今日1月16日は、7月16日と合わせて丁稚や嫁が実家に帰っても良い日なのだそうです。これを藪入りと言います。店主や姑を閻魔様と置き換えれば、扱き使われている丁稚や嫁は地獄の罪人に等しいのかも知れません。期せずして?、今日は閻魔賽日でありながら藪入りでもあります。
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2022年01月15日

私の歳時記 小正月 上元 旧成人の日 2022.01.15

小正月は旧暦の正月15日、若しくは正月14日から16日までを指す呼称です。旧暦を使えば旧元旦の15日先を言います。現代は新暦の世ですから、今日が小正月と言えます。元日を大正月と言うのに対して使われる言葉です。様々な民俗行事がある中で、一般には女正月と呼ばれています。大正月で多く働いた女性のための小休止の小正月、男にとっては縁遠い正月と言えます。

上元は正月15日の称で、三元(中国道教の行事)の一つです。三元は三官大帝(龍王の3人の孫)のそれぞれの誕生日を表します。その誕生日(上元・1月15日、中元・7月15日、下元・10月15日)を三元として祝うこととなったのです。陰暦に於いて15日はほぼ満月の日です。

1月15日は小正月で、上元の目出度い日であり、もう一つ目出度い記念日があったのですが、ハッピーマンデーと言われる可笑しな政治決着で記念日が移動させられました。昔の人たちは成人の日と言えば、正月15日と決めていました。誰が何と言おうとも、今日が成人の日です。

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私の歳時記 きじはじめてなく 2022.01.15

今日は小寒の末候の七十二候「きじはじめてなく」です。雄の雉が雌を求めて初めて鳴く、即ち、恋のプロポーズを始める頃を意味します。雉は羽を羽ばたいて「ケーン」と鳴くそうで、これを母衣(ほろ)のうちというそうです。しかし、雌は知らんぷり、これを「けんもほろろ」と言うそうで、人間にも使うのです。結局雄は雌にフラれたのです。そんな時期がこの小寒の末候の頃で、雉は恋に現を抜かすのです。
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2022年01月14日

私の歳時記 左義長 十四日年越し 2022.01.14

SeeSaaブログが不通となり、左義長について、ライブドアブログに掲載しました。今日は左義長にして十四日年越しであります。明日が小正月なので、その前日は大三十日と同様に、年末の扱いとします。従って十四日年越しで、左義長としてどんど焼きを行い、松飾や書き初めなどを燃やします。その火で餅などを焼いて食べます。有難い息災を念じる供物です。
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2022年01月13日

私の歳時記 源頼朝忌日 2022.01.13

建久13年の1月13日(ユリウス暦1199年2月9日)が、鎌倉幕府を創建した征夷大将軍・源頼朝の忌日です。今、NHK大河ドラマで、頼朝が描かれています。女好きでしたが、北条政子とは別れもせず、自らの死後、政子がある時期、幕府の実権を握っていたところをみると、夫婦仲は良かったようでした。馬から落ちて死んだとか言われていますが、実際のところ良く解ってはいません。誰かに殺されたかも知れませんね。鎌倉時代、戦国時代に負けず劣らずの下克上の世界、政子の弟の義時さえも後鳥羽上皇を島流しにしました。天皇家にさえも盾突いた武士の実態、想像に絶するおどろおどろしい世界だったのかも知れません。
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私の歳時記 虚空蔵の縁日 2022.01.13

虚空(こくう)の意味は、全ての物質を含む例えようのない広大な空間の事。虚空蔵とは、その虚空のように広く大きな福徳と智慧(ちえ)を蔵して、人々の諸願を成就させる菩薩の事です。蓮華座に座し、五仏宝冠を頂き、福徳の如意宝珠及び智慧の宝剣を持つ求聞持法(ぐもんじほう)の本尊だそうです。今日はその虚空蔵菩薩の最初の縁日で、初虚空蔵です。虚空蔵尊は、十二支の丑・寅の守り本尊だそうで、今日は寅年の初虚空蔵の縁日です。
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2022年01月10日

私の歳時記 小寒の次候・水泉動(しみずあたたかをふくむ) 2022.01.10

今日からは、晩冬の二十四節気の次候・水泉動(しみずあたたかをふくむ)です。凍った泉の水が溶け出す頃を意味しています。寒さの底の寒中でも、底に至れば上昇の兆しは観えてきます。この頃の暦の季節を表す言葉には、微かな春の息吹の表現が出てきます。既に立春のカウントダウンが始まっているのです。

水仙が咲き、蝋梅が咲きます。そして梅が咲き、椿も咲くのです。春は直ぐそこです。
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2022年01月05日

私の歳時記 魚河岸初競り 2022.01.05

正月五日と言えば魚河岸初競り、ご祝儀相場で本マグロ(一番マグロ)が競り落とされる昔ながらの風景、今年は青森大間産の211キログラムの本マグロが1688万円で競り落とされました。銀座の寿司屋(オノデラグループ)が獲得したもので、築地すしざんまいは二年連続で、一番まぐろの競り落としに失敗しました。

テレビでそのマグロの握り寿司になった映像を観ましたが、弾けるばかりの厚みのネタに捌かれており、瑞々しいマグロで、旨そうでした。
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私の歳時記 小寒で芹乃栄(せりすなわちさかう) 2022.01.05

寒さもどん底に近づいています。一年で一番寒い期間を「寒」と言いまして、小寒(寒の入り)〜大寒(寒の底)〜立春(寒の明け)までを言います。立春を過ぎれば気温は上昇に転じ、季節は転換点を迎えます。ここからが春(早春)となります。小寒は寒の入りで、寒さの底の一歩手前、寒さに向かう覚悟を決める一日です。

七十二候では芹乃栄(せりすなわちさかう)で、この季節の野は田の日溜りでは春の七草が芽吹き始めます。芹もその一つで、この時期から春までが採取して食べる時期です。因みに花は梅雨時に咲きます。古には若返りの菜と尊ばれた野菜で、葉から根まで全草を食べることが出来ます。香りが素晴らしく、鍋の材料としては最良のものです。天婦羅や胡麻和えも美味しいですね。

私の子供時分は田圃も多く広がり、母の背中に揺られて芹摘みによく行ったものでした。ため池や用水の中にはメダカが泳ぎ、私は小学校で習う「メダカの学校」の歌の意味を幼くして知っていました。あの頃に観たその光景は、70歳を過ぎた今でも夢に観ることがあります。


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2022年01月02日

私の歳時記 初夢 2022.01.02

初夢の期日や言い伝えは幾らかありますが、大方の所を言えば、正月二日の夜に観る夢を初夢と言うそうです。七福神の宝船の絵に、「長き世の遠い眠りの皆目覚め波乗り船の音の良きかな」の上から読んでも下から読んでも同じ回文でできた歌を枕の下にして眠る、そんな遊びが流行っていたそうです。

丁度、泊まりに来ていたNちゃんYちゃんにこの話をしたら、何と寝る前に思いの丈を漫画に描いて、枕元に忍ばせていました。二人は私の教えた初夢の秘密に興味を抱き、この始末となったのでした。今はスヤスヤと寝息を立てています。どんな夢を見ているのかしら…
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2022年01月01日

私の歳時記 七十二候・雪下出麦(ゆきわたりてむぎいづる) 2022.01.01

七十二候も新年を迎える頃となりました。そこで登場するするのが七十二候の66番目の雪下出麦(ゆきわたりてむぎいづる)です。麦は雪の下で芽を出し、雪解けと共に生育を始めます。晩春には穂が出、実が結実します。寒さの底から這い上がる麦の強さを季節の戒めとしました。負けるな!、運気は上昇し始めています。正月らしい七十二候です。
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2021年12月31日

私の歳時記 大晦日(おおみそか)・大晦(おおつもごり) 2021.12.31

今日は大三十日(大晦日・おおみそか)乃至大晦(おおつごもり)。みそかとは三十日の事で月末を指します。そこで一年最後の月末は大三十日・おおみそかと言うのです。主に新暦で言います。一方の大晦・おおつもごりは、旧暦で使います。晦・つごもりとは、月が籠るを意味します。無くなって(見えなくなって)しまえば新月です。詰まり、晦とは新月の前日を言うのですね。これも年(ねん)にすれば大晦となり、お正月の前日を指すのです。大三十日・大晦、同じ意味の日です。

年越しそばを食べて、紅白を見て、除夜の鐘を聴きつつ眠りに就きます。因みに初夢は、元日の夜に観る夢です。皆様のために祈ります。良い夢が見られますように…
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2021年12月28日

私の歳時記 チャイルドマス(無辜(むこ・罪がない事)嬰児殉教の日) 2021.12.28

ユダヤの新しい王となると思われた救い主・イエス・キリスト。本当のユダヤ王・ヘロデ(ヘロデ大王)は大いに困り、キリストの降誕の日(ベツレヘムの馬小屋で生まれる)の二日後、ベツレヘムに住む2歳以下の男児を残らず殺させたそうです。聖書にはその下り(新約聖書・マタイによる福音書)が書かれています。ヘロデ、愚かなことをしたものです。イエスはエジプトに逃れ匿われましたが、イエスの身代わりに殺された多くの罪のない男児のためにチャイルドマスがあり、この日ミサが行われます。イエスには大きな借りがあったのですね。

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2021年12月23日

私の歳時記 昨日は冬至・乃東生(なつかれくさしょうず) 2021.12.23

昨日の12月22日は冬至でした。序に冬至の初候の七十二候で乃東生(なつかれくさしょうず)でした。太陽の黄経が270度の時で、北半球では、最も昼が短い日でした。夏至の反対側で、長い人の影が幻想的に観える夕暮れ時は、正に冬至の節気を物語っています。

乃東(なつかれくさ)とは草原などの生えるウツボグサ(靭草)のことです。紫の美しい花が咲きます。この草は七十二候には、夏(夏至)と冬(冬至)に二度登場します。乃東枯と乃東生です。この草は夏の盛りに咲いた花が直ぐ枯れたように見えるので、乃東(夏枯草・生薬に使う)と言われます。そして冬の盛りの冬至頃に、若い芽を出し始めるのです。不思議な生態があるので、季節の目安として使われました。
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2021年12月20日

私の歳時記 霧笛記念日 2021.12.20

船舶の航行の安全を守る一つのアイテム・霧笛、横浜港では大晦日から新年にかけて、停泊中の船舶から霧笛(汽笛)が鳴らされます。これが横浜人の新年の挨拶であり、妻の実家(西区)に泊まっていた頃には心新たによく聴いたものでした。

日本の灯台で、初めて霧笛(それまでは霧鐘)を採用したのが青森県下北半島の尻屋崎灯台で、1879年のこの日から鳴らされました。私と妻の新婚旅行の地の一つがこの尻屋崎灯台で、今もってその最果ての灯台の姿を思い起こすことがあります。1979年の5月5日でしたね。青森駅でレンタカーを借りて、妻の運転でこの地に辿り着いたのでした。この日から私の妻頼りの人生がスタートしました。私が結婚の日まで、運転免許を取り損ねたため…
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2021年12月19日

私の歳時記 江戸幕府が小笠原諸島を日本領と宣言 2021.12.19

小笠原諸島は東京都小笠原村に行政区域がある島々の総称です。東京23区からは1000Kmの距離にあり、太平洋上にある30余の島々から成り立っています。別名はボニン諸島です。

小笠原の名の由来は、安土桃山時代の武将・小笠原貞頼にあります。あの時代に貞頼が小笠原諸島を発見したという伝説があるからなのだそうです。俄かに信じ難い話で、飽くまでも伝説ですから怪しいものですが、しっかり小笠原の名が今日までに残っていいます。

東洋のガラパゴスとも言われ、その生物分布の多様さが評価されて世界自然遺産になっています。飛行場が無いので、行くには船の旅となります。一昼夜船に乗らなくてはならないようです、遠いですね。しかし、一生に一度は行ってみたい別天地(パラダイス)です。


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2021年12月16日

私の歳時記 七十二候「C?魚群(さけのうおむらがる)」 2021.12.16

今日から二十四節気の末候の七十二候「C?魚群(さけのうおむらがる)」で、20日まで続きます。

主に北国の川ですが、海で生きていた鮭が生まれ故郷の川で産卵を果たすため、故郷の川に帰って来るのがこの季節です。湧水が出る川の上流まで辿り、群れ成して浅瀬に産卵をします。ふた月で孵化(ふか・卵がかえる)し、腹に蓄えた卵黄を糧に生き、春になると外海へ下ります。そして4〜5年で成魚となり、生まれ故郷の川の匂いに誘われて、その川を遡上し産卵をします。産み放たれた卵に命を託して、そこで死に絶えるのです。
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2021年12月15日

私の歳時記 昨夜流れ星観ました 2021.12.15

昨日(14日)の深夜(11時半頃)、ふたご座流星群の流れ星を一つ観ました。日中は氷雨が降り、辛い一日でした。夜になっても雲が覆い、ふたご座流星群は限りなく駄目だと思っていました。ところが深夜になって空は俄かに晴れ渡り、オリオンが煌めいていました。『これは観えるな』と思い、寝る前の十数分を流れ星観測に費やしました。10分も経った頃、天頂にあったふたご座付近から東に明るい流星が現れました。流れる速度は比較的遅く、尾は引きませんでしたが、十分鑑賞するに堪えました。大満足で風呂に入り、就寝しました。心に仄かな明かりが灯っていました。

仕事と趣味、天体観測は仕事を持つ身では難しいものがあります。この暮は毎日仕事をしていますので、夜通し起きているわけには行きません。どうなるか分かりませんが、嘗て数十個観たあの日のような流星群を、再び…、観てみたいですね。
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2021年12月12日

私の歳時記 今日は七十二候の「熊蟄穴(くまあなにこもる)」 2021.12.12

日本にいる熊は二種類、北海道にはヒグマ(羆・体毛に赤さがある)、それ以外にはツキノワグマ(月の輪熊)がいます。活動期は春から秋で、自然に存在する様々な食物を食べますが、雪が深くなる冬には採餌は止め、越冬のため冬眠(巣籠)をします。熊蟄穴(くまあなにこもる)です。その前の秋には大量の食物を食べ、皮下脂肪を増大させ冬籠りに備えます。特に雌は出産をし、冬の間は授乳をしなければなりませんので、秋の採餌は重要です。

秋の主食はドングリです。日本の山には大量のドングリが生り、クマの腹を満たすのです。しかし、このドングリが不作の年もありますので、クマは仕方なく人里に降りる事も出てきます。人間に危害を加えることもあれば、クマ自らが、イノシシ用の罠にかかる事も良くあることらしいのです。獣たちと人間のバランス、難しいですが、上手に取りたいですね。それには自然を守る事、多くの命を賄える食物を大量に生産できる自然を守ることです。
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私の歳時記 🌞→🌓🌟 バッテリーの日 児童福祉法公布記念日 2021.12.12

シベリアには優勢な高気圧があり、日本の南にも高気圧があります。一方、中国東北部と日本海には低気圧があります。北日本は荒れ模様の天気になります。冬型に近づいており、次第に風が強くなるようです。明日の深夜から明け方、明後日の深夜もふたご座流星群が観えるでしょう。月の条件は〇、天気の良し悪しだけが流れ星の観えるポイントです。

〇バッテリーの日
日本蓄電池工業会(現蓄電池工業会)が1985年に、「カーバッテリーの日」として制定しました。1991年には、バッテリーの日として名称を変更しました。野球のバッテリーの守備ナンバーが1と2なので、12月12日となりました。この日に今年度のセ・パ両リーグの一番優れたバッテリーを選考し、表彰するのだそうです。

〇児童福祉法公布記念日
1947年のこの日、「児童福祉法」が公布されました。翌1948年から施行が開始され、4月1日から全面施行が開始されました。

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2021年12月11日

私の歳時記 沢庵忌 2021.12.11

今日は、大根の糠漬け「たくあん」で有名な沢庵和尚の亡くなった日です。旧暦・天保2年12月11日(1646年1月27日・享年73歳)が忌日です。安土桃山時代に生まれ、江戸の初期に亡くなった名僧でした。

武士の出ですが、親が石田三成に就いたため、関ケ原以降、牢人となり、沢庵さんは仏門(臨済宗)に入りました。人間的に出来た人だったらしく、何と石田三成の遺体を預かり、荼毘に付したそうです。

江戸幕府でも、将軍家と深く関わり、大目付の柳生宗矩と親しい付き合いをし、武術と仏教を調和させ、柳生家と共に武芸を起こしたと言われます。柳生十兵衛などは弟子で、その成果として、十兵衛は武芸の著述を認めています。

徳川家光の要請で、その政治への参考意見を述べたと伝えられています。たくわんを前にしたら、少しはこのお坊さんの偉業を偲んでくださいね。
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2021年12月08日

私の歳時記 成道会(じょうどうえ) 2021.12.08

仏教の始祖のお釈迦様、様々な伝説に彩られていますが、その中心には、お誕生日(4月8日・花まつり・灌仏会)、悟りを開かれた成道の日(成道会・臘八会)、そして亡くなられた命日(2月15日・涅槃会【ねはんえ】)があります。

日本では、釈迦は臘月(ろうげつ・12月)の8日に成道したと伝えられており、この日に成道会は行われます。成道とは悟りを開くことであり、仏教の本質に辿り着くことです。臘月の8日に因んで、この日を臘八会(ろうはちえ)とも言うそうです。

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私の歳時記 事納め・針供養 2021.12.08

〇こと納め
二十四節気などの季節を知らせる歳時記は、農家の農作業に深く関わっています。農家はそんな季節の決まり事を守り、一年を暮らしています。その農家も12月8日になれば、農作業も一段落、この年の作業は無くなり、愈々新年に向け正月の準備に入ります。これをこと納めと言い、農家の終業式と言う訳です。但し、逆説的な言葉もありまして、農作業の替りに正月の準備を始めるため、こちらを正月こと始めと言う地方もあるそうです。翌年には正月のこと納め(正月の終わり)と、農作業のこと始めがあり、それは2月8日です。

〇針供養
年に2回ある針供養、2月8日のこと始めの日と、今日の12月8日のこと納めの日が針供養の日に当たります。この日は針仕事を休み、折れ針などを集め、豆腐や蒟蒻に射して供養をしていました。神社などにそれらを納めていました。

調律師も整音(ボイシング)などに針を使います。硬いハンマーフェルトの場合は、針も折れたり曲がったりします。調律師にとって針は良い音への命綱であり、大切な道具です。私は針などの道具に感謝をしています。但し、捨てるだけで、針供養はしませんが…。
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2021年12月07日

私の歳時記 二十四節気の大雪、七十二候の閉塞成冬(そらさむくふゆとなる) 2021.12.07

山間部では積雪が記録され、沿岸部でも寒い北風が吹きます。小春日和もあった初冬とは違い、本格の冬となりました。二十四節気では大雪、その初候の七十二候では閉塞成冬・そらさむくふゆとなる、天地の気が塞がって冬となりました。

冬は空と山の景色が素晴らしいですね。横浜からは白銀の富士が青空を仕切って観えています。何時観ても富士は美しいですが、新雪のこの時期が最も富士を美しく魅せる頃合いですね。

明日は☂、10℃以下の気温で一日が推移するそうです。少々辛い仕事になりそうです。今、横浜の私立学校のピアノの調律をしています。今年で創立150年を迎えたそうです。6台あるピアノを順に調律しています。グランドが2台、アップライトが4台、計6台のピアノを期末試験の時期の午後に調律しています。明日明後日迄行います。
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2021年12月05日

私の歳時記 納めの水天宮 2021.12.05

総本宮は福岡県久留米市の久留米水天宮、水と子供を守護する神社で、水難除け、安産祈願・子授かり・子育てに、ご利益がある神社です。祭神は天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)・安徳天皇(壇ノ浦の戦いで入水崩御)・建礼門院(安徳天皇の母)・二位の尼(安徳天皇の祖母)。壇ノ浦に沈んだ幼き安徳天皇とその母と祖母が祭神に祀られています。全国にあり、Hちゃんが詣でた平沼水天宮やおんめさまの名で有名な鎌倉・大巧寺(だいぎょうじ)などが神奈川県では安産詣での神社仏閣です。

例大祭はは5月5日に行われます。そこで毎月5日が縁日となり、今日の12月5日が納の水天宮の縁日と言う訳です。
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2021年12月04日

私の歳時記 今日は旧暦霜月の朔 2021.12.04

新暦では師走となりましたが、昔の暦・旧暦では今日からが霜月です。昔の季節の割り振りでは、冬は、10月・11月・12月で、11月の霜月は仲冬と言えます。霜の降りる頃で、霜降り月が転じて霜月になったとされています。もう既に各地で霜は降りており、霜月の名称は旧暦がピッタリくるようです。

その他にも、霜月には別の呼び名があります。出雲に出掛けた神様が地元に帰って来るので神来月(かみきづき)、冬至頃に行う神楽が多いので、神楽月、霜の次は雪ですから、雪待月の名もあります。

江戸時代には、歌舞伎の顔見世(役者が総入れ替えする事で、新しい役者紹介をする)と言う興業があったそうで、それが霜月の一日に行われたそうです。その世界では霜月正月と言い習わされていました。
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2021年12月02日

私の歳時記 七十二候・「橘始黄(たちばなはじめてきばむ)」 2021.12.02

今日は二十四節気・小雪の末候(七十二候)の「橘始黄(たちばなはじめてきばむ)」です。文献を観ると橘の葉が黄ばむ頃と言う説もありますが、橘は常緑樹です。従って私の推量では、橘の実が黄色く色づく頃が適当と納得しています。

橘は柑橘類で、日本固有の原種だそうです。近年は殆ど観掛けなくなったそうで、絶滅危惧種と言われています。まあ、この際、橘とは蜜柑で好いでしょうね。たちばな、好い名ですね。語源は垂仁天皇に仕えた役人・田道間守(たじまもり)から発しているようで、たじまもりが訛って、たちばなになったと謂れています。田道間守が何をしたかと言うと、垂仁天皇(すいにんてんのう・第11代天皇・伝説上の人)に命じられて、不老不死の薬を探させられたとか。そこで探し当てたのが柑橘の一種・たちばなの樹でした。橘は香り麗しく、後にその皮は陳皮などの薬として使われ始めました。橘を発見した田道間守は殊勲を打ち立てたのでした。

今日この頃は、柑橘類の緑の実が黄に色付き始める頃とされています。
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2021年11月23日

私の歳時記 新嘗祭と勤労感謝の日 2021.11.23

今日は勤労感謝の日、勤労を尊び、生産を祝い、国民が互いに感謝しあうとする日だそうです。元々は「新嘗祭」だったそうで、それをそのまま勤労感謝の日にしました。昭和23年(1948年)から始まった国民の祝日です。

*新嘗祭(にいなめさい)
勤労感謝の日の由来となった新嘗祭とはどのようなものか、少し調べてみました。新嘗祭の歴史は古く、日本書紀には飛鳥時代に行った記録があるそうです。

新嘗祭の新は新穀(この年に収穫された主に米)、嘗は舌の上に乗せて味を試す意味があります。つまり、新しい米を神に捧げ、召し上がって頂く祭事です。天皇が自ら栽培された米を神に奉って(たてまつる)、共にその米を味わう祭祀です。

旧暦の時代では霜月(11月)の第二の卯の日に行われていました。ところが世が新暦になると、この日が翌年にずれることが起こり、仕方なく新暦の11月23日に行われるようになりました。そしてそれを引き継いだ勤労感謝の日も11月23日になったのです。
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2021年11月22日

私の歳時記 小雪、虹蔵不見(にじかくれてみえず) 2021.11.22

今日は二十四節気の小雪(しょうせつ)の初日です。太陽の黄経が240度に達する時です。下界には雪は未だですが、高い山の峰には白い雪が積もって観えますね。こんな時期を小雪と言います。でもまあ、北海道では平地でも雪が降り出しますがね。

そして小雪の初候が七十二候の虹蔵不見(にじかくれてみえず)です。これは極論ですね。冬でも虹は観えます。それでも二十四節気・七十二候を始めた中国の古人は、「冬になると虹が少なくなったな〜」と感じていたのは事実です。これは太陽と湿度の問題で、太陽が出ていて、空気が湿潤であるからこそ、虹が発生するのです。乾燥した日や曇天では虹は現れないのです。そこで冬は虹蔵不見となるのです。
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2021年11月17日

私の歳時記 将棋の日 2021.11.17

将棋好きの江戸の将軍・徳川吉宗がこの日を、「お城将棋の日」と定め、年に一回の「御前対局」を実施したそうです。制度化され毎年行われたそうです。

羽生善治さんに次ぐ将棋の天才が現れましたね。最年少四冠の藤井聡太さんです。四冠は6人目の快挙だそうで、日本に6人しかいない四冠王になったのですね。恐らく絶対王者になるでしょうから、全タイトルの八冠をものにするのではないかしら…。恐ろしい脳細胞、私の想像を絶しています。
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私の歳時記 今日から立冬の末候「金盞香」 2021.11.17

今日からは二十四節気の立冬の末候・「金盞香(きんせんかさく・水仙の花が咲く)」です。盞(サン・セン)とは薄い盃(杯)の意味で、金盞とは薄い盃のような形態の花・水仙を言います。本来は水仙の中央の副花冠を指し、黄色の薄い盃の形態を表した漢字です。特定の海岸(越前・伊豆爪木崎・三浦三崎)に自生して、初めて花開くのがこの時期で、一冬を咲き通します。水仙の季語は冬で、別称は雪中花(越前海岸)と呼ばれます。
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2021年11月10日

私の歳時記 今日が忌日の人 2021.11.10

今日が忌日の有名芸能人が多いですね。2009年の森繁久彌(96歳)、2012年のクレージーキャッツの桜井センリ(86歳)と森光子(92歳)、そして2014年の高倉健(83歳)、正に名優ばかりですね。森繁さんは「七人の孫・向田邦子脚本」が思い出深いですね。一寸エッチな面白い爺さんを演じていました。確か樹木希林がお手伝いさんをしていましたね。森光子は「時間ですよ」の銭湯の女将さんを演じていました。やはり向田邦子が脚本を書いており、庶民の人情を粋なタッチで描いていました。健さんはやくざ映画が本領でした。但し、私はやくざが嫌いでしたから、任侠映画は観ませんでした。それでも「南極物語」は大好きで、私のビデオ愛蔵版があります。南極大陸に閉ざされた樺太犬との触れ合い、オーロラの絶景、健さんの朴訥な研究員の雰囲気に惹かれました。
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2021年11月07日

私の歳時記 立冬・山茶始開(つばきはじめてひらく) 2021.11.07

今日からの15日間は二十四節気の立冬です。太陽の黄経が225度の時で、太陽暦では冬の初めに当たります。勿論季語は冬です。その最初の七十二候は山茶始開(つばきはじめてひらく)です。つばき、これは山茶花(さざんか)の事で、時雨時は山茶花梅雨とも謂れ、山茶花の咲く中、時々小雨が降る時期と言えます。少し冷え冷えとする朝です。

もう直ぐ木枯らしの季節、落葉も増えるでしょう。昔は好く焚火をしました。焚火と山茶花は対を成した季語、歌にもありますように、焚火の庭には山茶花が咲いていました。冬の初めに咲く貴重な花です。
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2021年11月05日

私の歳時記 世界津波の日 2021.11.05

2011年の3.11の東日本大震災を受けて制定された「津波対策推進に関する法律」で、この11月5日を「津波防災の日」として制定されました。それを受けて、2015年の12月の国連総会決議により、この日を「世界津波の日」として決定されました。その日付として、江戸期の安政南海地震が発生した旧暦・嘉永7年の11月5日が使われ、新暦に直した11月5日が「世界津波の日」と決められました。

津波、恐ろしい自然現象であり、兎に角いち早く高台に逃げる事、それ以外に命を守る方法はありません。高台の無い海辺の小さな町では、頑丈な津波回避対策のタワーを建てることが必要です。安政大地震から今年で167年、南海トラフ震源の地震は必ず起きます。相模湾・伊豆半島・駿河湾・遠州灘・伊勢湾・熊野灘・紀伊水道・土佐湾、危険な海が連なっています。
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私の歳時記 旧暦神無月の朔 2021.11.05

今日は旧暦で神無月の朔、旧歴の10月1日です。旧暦の四季の区分けは春が睦月・如月・弥生、夏が卯月・皐月・水無月、秋が文月・葉月・長月、そして冬が神無月・霜月・師走となります。従って、今日からは初冬の神無月となるのです。まあ、初冬の最初の日ですから、冬と雖も暖かいですね。最低気温も二桁(13℃)でした。

神無月の名は、神の月(“な”は“の”とも読んだ)が元の名で、神様が収穫祭のために出雲の国に出かけることに由来します。従って出雲以外の国では、神様がいない月になってしまうので、神無月と言われるのです。されど八百万(やおろず)の神々は出雲に出張中となりますが、留守番神様も居る訳で、それが恵比須様だそうです。恵比須様に見守られて我が横浜も、今日から目出度く神無月が始まります。
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2021年10月27日

私の歳時記 世界新記録の日 2021.10.27

1931のこの日に、日本初の二つの世界新記録が生まれました。南部忠平の走り幅跳び7m98、織田幹雄の三段跳び15m58が東京の神宮競技場で誕生しました。現時点の世界記録は、走り幅跳び8m40、三段跳びは15m67です。現時点の記録と遜色のない記録ですね。驚きました。
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私の歳時記 文字・活字文化の日、読書の日 2021.10.27

文字・活字が多くの名著を生みました。それを読むことにより、多くの人々に楽しみを与え、知識を与えてきました。文字が今日の文化を支え、人類の発展に寄与してきました。文字を発明しなければ、人間も唯の類人猿で終わったことでしょう。私は人類の文化や社会の発展に寄与した人間では無かったですが、それを大いに楽しむ人でありました。本を楽しむ、今日は読書週間の初日です。
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2021年10月23日

私の歳時記 二十四節気・霜降、その初候の七十二候「霜始降(しもはじめてふる)」 2021.10.23

空気中の水蒸気が葉の上で凍って出来るのが霜、露の氷版です。霜降、北国からは初霜の便りが聞ける頃となったのです。霜は季節では重要な要綱です。霜に当たれば作物は枯れます。農家にとって霜は注意すべき天敵なのです。そんな霜は年月とも置き換えられます。さだまさしの歌に「冬物語」がありますが、その中の詞に「幾星霜のライラック(年月を耐えたライラック)」があります。また「まほろば」では「黒髪に霜の降るまで(白髪になるまで)」があります。正に霜とは積もる年月を表す言葉でもあるのです。今年も早、霜降・霜初めて降る季節となりました。冬の始まりです。
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2021年10月18日

私の歳時記 今日の記念日 統計の日 2021.10.18

〇統計の日
統計学とは重要な学問の一つです。どのような分野でも、統計を取って記録に残し、後の世に多くの利益を供します。世の中の進歩に役立つ学問です。今日は統計の重要性を知ってもらう記念日です。

〇ミニスカートの日
1967年のこの日、イギリスからミニの女王・ツイギーが来日して、ミニスカートブームが巻き起こりました。17歳の私もツイギーに夢中となり、あるお菓子屋さんで、宣伝用ポスターを貰ったことがありました。ツイギー、決してイヤらしいしぐさなどはせず、その長い脚を粋に魅せた可愛い女性でした。そのポスター、数年壁に貼っていました。
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私の歳時記 今日から二十四節気寒露の末候「蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)」 2021.10.18

冬型の気圧配置が現れ、冬が迫りつつあります。我が家の寝具も厚手の掛布団を用意しました。

蟋蟀とは本来,キリギリスでは無く、コオロギの事です。漢字ではコオロギが蟋蟀と書き、キリギリスは螽斯と書きます。七十二候を中国語から日本語に訳す時、誰かが間違えたらしいのです。

立秋の頃になると、野山にコオロギが鳴き出します。お月見をする頃になれば、コオロギは庭で鳴きます。そして秋も深まると、何とコオロギは家の戸の近くで鳴くようになるのです。これはコオロギの移動を示していますが、それは季節の移ろいでもあるのです。最早、冬が戸口に迫りくるのです。そんな季節を示唆しているのが、この七十二候「きりぎりすとにあり」です。皆さま、冬支度をしましょう。

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2021年10月16日

私の歳時記 阿仏尼、鎌倉行き開始 2021.10.16

鎌倉は近くて便利な歴史の町。鎌倉・北鎌倉・長谷などの駅から縦横無尽に歩ける歴史散歩が素敵です。十六夜日記(いざよいにっき)で有名な阿仏尼の墓(供養塔)へ行くには、鎌倉駅西口(江ノ電口)を降りて横須賀線沿い(旧道・今小路)を北へ向かいます。巽神社を経て八坂の大神を過ぎ、寿福寺の先に英勝寺があります。その英勝寺の崖の窟(やぐら)に阿仏尼の墓があるのです。そしてそこから横須賀線の踏切を渡って、東側に出て、暫く住宅街を登ると阿仏尼の息子の藤原(冷泉)為相(れいぜいためすけ)の墓がある浄光明寺(じょうこうみょうじ)に行き当たります。ここ扇ヶ谷(おおぎがやつ)は阿仏尼母子と所縁の深い土地柄です。

阿仏尼の息子藤原為相(1263〜1328)は、祖父に歌聖・藤原定家(小倉百人一首選者)を頂く家柄です。父・為家の後妻が阿仏尼で、為相が腹違いの兄・為氏に所領を横取りされたので、母の阿仏尼が訴訟を起こし、鎌倉幕府裁定を望んで、鎌倉に向かったのでした。何ともまあ、子離れのしない教育ママであったことでしょう。10月16日に旅だった事により、阿仏尼の死後に、この日記は十六夜日記と名付けられたのでした。阿仏尼は直ぐ死んでしまいましたが、為相はしっかり母のお陰を持って領地を獲得したのでした。藤原家は歌壇の雄の家柄、その嫁も凄い文才の持ち主で、女の身としては破格の紀行文をものにしました。息子為相も鎌倉で活躍し、歌壇の一つの冷泉家の始祖となりました。

今日が新暦10月16日、でも十六夜とは断然見当外れな日付、数字が合っただけの話、真実の日付は有耶無耶の中にあります。十六夜日記の中には十六夜に出立したと書いてはあるようですが…
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2021年10月15日

私の歳時記 グレゴリオ暦制定記念日 2021.10.15

1582年のこの日、ローマ教皇グレゴリウス13世により制定されたグレゴリオ暦が、イタリア・ポーランド・ポルトガル・スペインで導入されました。それまではユリウス・カエサル(シーザー)が制定したユリウス暦を使っていましたが、誤差が出るため、キリスト教で重要な、復活祭の期日を正確に特定できる暦を発案し、グレゴリウス13世が制定しました。キリスト教の復活祭が長く使われた暦を新しい暦に代えたのです。

日本では1872年に採用されて、旧暦明治5年12月2日の翌日を新暦(グレゴリオ暦)明治6年の1月1日(グレゴリオ暦1873年の1月1日)としました。

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2021年10月14日

私の歳時記 旧暦長月(9月)の九、今日は旧重陽 2021.10.14

旧歴重陽と雖も、こちらの重陽の方が本物です。9月9日は数字9の重なる日、陰陽思想の陽の最大数字9が重なる日ですから、お目出度い日なのです。東アジアの伝統的な節句で、祝日とされています。重なり過ぎて、余りにもお目出度く、注意が必要との思惑もあると言われています。祝うと同時に、警戒も必要とされています。節句とは心に刻み付ける日、人生に想いを馳せ、自らを省みて、大切にする日なのです。
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2021年10月13日

私の歳時記 引越しの日 サツマイモの日 2021.10.13

〇引越しの日
1868年(明治元年)のこの日、明治天皇が京都御所から江戸城(皇居)に入城しました。江戸を東京と改め、事実上の東京遷都です。それに因んで、引越し屋さんがこの日を「引越しの日」と決めました。

〇サツマイモの日
川越イモ友の会が制定しました。江戸から川越までが13里あったそうです。従って「栗(9里)より(4里)旨い十三里(サツマイモ)」だそうです。




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私の歳時記 旧暦長月の八・上弦 二十四節気寒露の次候の七十二候「菊花開」 2021.10.13

今日は旧暦長月の八、長月の上弦の月です。残念ながら横浜は小雨で観えません。天気概況を観てみると、北海道や九州、奄美・沖縄などで、上弦の月が観られているようです。明日が旧重陽(旧暦9月9日)で、野山に行けば野菊が咲いているでしょう。暦の上でも今日が七十二候の「菊花開」です。まあ、この七十二候は説明が全く要りません。正に今が菊の季節です。
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2021年10月10日

私の歳時記 今日は「まぐろの日」 2021.10.10

日本鰹鮪漁業協同組合連合会が、1986年に制定したそうです。その所以は遠く万葉集に遡ります。神亀3年9月15日(新暦726年10月10日)、歌人・山部赤人が聖武天皇のお供として、明石地方を訪ねました。そこはマグロ漁の盛んなところで、赤人は「しび釣ると海人船散動き…」の歌を詠んだそうです。「まぐろの日」はその赤人の歌に因んだそうです。

万葉集 第6巻 936番歌 山部赤人

訓読の文
やすみしし 我が 神ながら 高知らせる 印南野の 大海の原の 荒𣑥の 藤井の浦に 鮪釣ると 海人船散動 塩焼くと 人ぞさはにある 浦をよみ うべも釣りはす 浜をよみ うべも塩焼く あり通ひ 見さくもしるし 清き白浜

訳の文
われらが大君が 神ながら支配される印南野(いなみの)の邑美(おうみ)の原は 藤井の浦にマグロを釣ろうと漁師の舟がひしめき合う。塩を焼き出そうと 多くの人々が集まっている 。良い浦なので釣舟が集まるのももっとも。良い浜なので塩焼きに人が集まるのももっとも。こんな具合だから大君がたびたび通い、ご覧になるというものだ。何という清らかな白浜だろう。



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2021年10月08日

私の歳時記 今日から寒露で七十二候「鴻鴈来(こうがんきたる)」 2021.10.08

今日は旧暦長月の三、季節は晩秋です。二十四節気の寒露は、前月の白露を更に凌駕した葉を覆う露。より冷たい露となったのです。更に半月経てば霜降となり、氷の露となります。次第に進む季節、見事にそれを表した二十四節気です。

七十二候の「鴻鴈来(こうがんきたる)」は鴻(こう)がおおとりの意味で白鳥を指し、鴈(がん)は雁(かり)の事です。白鳥や雁のような冬鳥が飛来することを言います。先日のニュースで鳥取県に小白鳥が飛来したと伝えていました。冷たい露の降る、白鳥や雁が来る季節になりました。
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2021年10月07日

私の歳時記 ミステリー記念日・エドガー・アラン・ポー忌日 2021.10.07

1849年のこの日、ミステリー作家のエドガー・アラン・ポーが亡くなりました。その4年前の1945年に発表された「モルグ街の殺人」(密室殺人を扱った世界最初の推理小説)が世界初のミステリー(推理小説)と認められています。故に今日は、ミステリー記念日です。

ポーは貧窮の中で生まれ、養父アランに育てられました。バージニア大学に進み、学業の成績は抜群で、詩人としても出発しましたが、賭博や飲酒(のち酒乱)で身を持ち崩しました。結局退学して、文筆で身を立てるようになりました。短編小説・詩作・評論など、多くの作品を世に残しましたが、従妹で妻であったヴァージニアの死の二年後、ポーも謎の死を遂げました。40歳でした。もっと長生きすれば更に素晴らしい傑作をものにできたでありましょうに…。これが寿命であり、運命でした。
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2021年10月05日

私の歳時記 折り紙供養の日 2021.10.05

折り紙供養の日とは、折り紙を無駄に捨てるのではなく、ただの紙で作る折り紙でも、人の創意で作る魂の産物でもあるのですから、捨てるにしても、供養をしましょう、と言う折り紙の記念日です。

折り紙供養の日は一年で二日設けられています。釈迦の誕生日の花祭りの日の4月8日と達磨大師の命日である今日の10月5日です。仏教の教えを広めた二人の偉人に因んで、折り紙作家の河合豊彰氏が提唱して定められました。折り紙には、科学的な側面もありまして、東京大学の三浦公亮(みうらこうり)名誉教授が考案したミウラ折りは、大きなものを小さくたためる折り方で、宇宙船の太陽光パネルに採用されているそうです。折り紙は日本文化として、世界で認められているのです。

〇達磨忌
インド生まれで、中国に渡り、仏教・禅宗の祖となったのが、達磨大師。達磨大師が亡くなったのが、528年のこの日と言われています。偉大な仏僧で名言を多く残しています。

*全ての人が道を知っているが、僅かな人が道を歩いている

*気は長く、心は丸く

*心が差別することを邪と言う

*人は大きく、己は小さく


達磨大師を縁起物の置物人形にしたのが達磨さんです。
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2021年10月03日

私の歳時記 七十二候「水始涸(みずはじめてかるる)」 2021.010.03

10月3日は秋分の末候の七十二候「水始涸(みずはじめてかるる)」で、7日まで続きます。今は稲の収穫の季節で、田圃の水を切り、水が抜かれて、田圃が代掻き以来に始めて涸れて、土が観えるようになります。これが「水始涸」です。昨日はRくんの運動会で、伊勢原に行きましたが、伊勢原は神奈川県の穀倉地帯、もう稲刈りの済んだ田圃がありました。水始涸の風景がありました。
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2021年10月01日

私の歳時記 10月1日の記念日-2 コーヒーの日 日本茶の日 2021.10.01

全日本コーヒー協会が1983年に制定しました。国際コーヒー協会が定めたコーヒー年度の始まりの日だそうです。コーヒー豆の収穫が終わり、新たにコーヒーの栽培が行われる新年度が10月なのだそうです。

〇新コーヒー年度
世界のコーヒーの3分の1を栽培するブラジルでは9月の終わりにコーヒーの収穫・出荷が終わるそうで、これに合わせて、10月1日から翌年の9月30日までを、コーヒー年度としているそうです。

*コーヒー生産ランキング
1,ブラジル
2,ベトナム
3,コロンビア
4,インドネシア
5,エチオピア
6,ホンジュラス

天正15年のこの日(1587年11月1日)、豊臣秀吉が京都北野天満宮で大茶会を催したそうです。この日に因んでお茶の伊藤園がこの日を日本茶の人定めました。

ペットボトルのCMで、緑茶販売日本一を謳っているメーカーが二つあるので紛らわしいですね。一つが京都伊右衛門の「緑の茶」と、もう一つが伊藤園の「おーいお茶」です。飲み比べてみても、どちらも美味しい、甲乙つけがたいですが、「おーいお茶」は何と世界一だそうです。本当は「おーいお茶」の方が売れているのですよね?
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私の歳時記 10月1日の記念日-1 2021.10.01

10月1日とは、日本の月日で切りの良い数字のようです。これ程、記念日の多い月日はそうそうありません。大変、面白いので、並べて記します。

〇法の日
最高裁判所・検察庁・日本弁護士連合会の三者の進言により、1960年に法務省が制定しました。1928年のこの日に、陪審法(陪審員制度は今の日本では停止させられている)が施行されました。それに因んでの法の日です。

〇印章の日
全日本印章業組合連合会が制定しました。1873年のこの日、太政官布告によって、公式の書類には、実印を押すように定められました。私も1979年に結婚するに当たって、実印を作りました。

〇土地の日
国土庁(国土交通省)が1997年に制定しました。十と一で土ですから、この日が土地の日。


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2021年09月30日

私の歳時記 世界翻訳の日 2021.09.30

世界翻訳の日は、翻訳家の国際的団体で、翻訳家の権利と表現の自由を維持するために活動する国際翻訳家同盟が制定した国際デーです。日付は、聖書をギリシャ語(新約聖書)やヘブライ語(旧約聖書)からラテン語に翻訳をした神学者・ヒエロニムス(347年生-420年9月30日没)の忌日に因んでいます。

〇エウセビス・ソポロニウス・ヒエロニムス
347年に現クロアチアで生まれます。初めは哲学に興味を持ちローマに留学し、古典研究のためギリシャ語をマスターしました。やがて大病を患い、それが切っ掛けでキリスト教徒になり、ヘブライ語研究のため、シリアの砂漠地帯で隠遁生活をしたそうです。そして大切な聖書を二つの言語からラテン語(イタリア語の原型)に翻訳すべく努力を重ねました。この聖書こそが、中世から現代にいたるまで使われた「ウルガータ聖書」です。キリスト教徒ではない私でも、その恩恵に与っています。西洋音楽は聖書と深く関わっていますからね…。
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2021年09月28日

私の歳時記 水戸光圀(黄門様)が小石川後楽園を完成 2021.09.28

親父の徳川頼房が始めた庭園づくりを、黄門(水戸光圀・頼房の嫡子)様が寛永6年のこの日(新暦1629年11月13日)に完成させました。中国の政治書「岳陽楼記」の中の文章「天下の憂いに先んじて憂え、天下の楽しみに後れて楽しむ」を取り出し、後楽園と名付けました。小石川後楽園の名の謂れです。築山泉水回遊式庭園の小石川後楽園の現在は、都立公園となっており、国の特別史跡・特別名勝となっています。入場無料です。

この庭園の隣には、旧東京砲兵工廠跡地があったのですが、この跡地を利用して、プロ野球のメッカ・後楽園球場に造り変えました。同じ敷地内には、後楽園遊園地・後楽園ホールなどがあり、後楽園の名は後々まで残っています。球場は現在ドームで覆われ、東京ドームと名を変えています。
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私の歳時記 七十二候「蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)」 2021.09.28

秋分も次候になり、蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)となります。仲秋の下旬となり、虫の活動も収まり、土に穴を掘り、土に帰る頃となりました。所謂、冬支度と言うものですね。秋の恵みを沢山食べて、冬眠する頃なのです。年を超えて、啓蟄でまた会いましょう。
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2021年09月23日

私の歳時記 義父の墓参り、Hちゃんとバッタリ 2021.09.23

彼岸の中日の今日は、妻の父・義父のお墓参りをしました。義姉夫婦と義母を迎え、金沢区の墓苑に向かいました。途中、妻のスマホにナッチャンからラインメールが届きました。「Hちゃんを連れて、恵ちゃんとお墓に行くね。墓苑で落ち合おう」と連絡がありました。これを聴いた義母は大喜び、中々Hちゃんに会えなくて寂しがっていた義母、お墓参りに大きな喜びが加わりました。お墓に着いたら一足違いで、既にHちゃんがいました。久々のご対面、義母の顔が綻びました。恐らく草葉の陰の義父も喜んだことでしょう。23年前に亡くなった義父、在りし日の義父の噂話を皆でしました。Hちゃんも笑顔で輪に加わっていました。フトッ、義父の笑顔が私の脳裏に浮かびました。「お義父さん、長生きしたかったね。あの時、ナッチャンの大学合格も知ることが出来ずに彼岸(あの世)に行きましたね。あのナッチャンが可愛い子を産みました」、隔世の思いが沸き上がりました。

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私の歳時記 二十四節季・秋分、七十二候・雷乃収声(かみなりすなわちこえおさむ) 2021.09.23

秋分は太陽の黄経が180度の日、春分を0度、夏至が90度、秋分が180度、冬至が270度と決められています。春分の反対側で、春分と同じく、昼と夜の時間が同等の日を言います。太陽が真東から昇って真西に沈む日です。横浜の真西は富士山ですから、今日の夕日は富士山の辺りに沈みます。暑さ寒さも彼岸までと言いますが、今日の彼岸は暑いですね。

秋の彼岸が過ぎると、暑さが収まり、夕立も無くなります。夕立に憑き物と言えば雷ですが、夕立が無くなれば、雷も収まります。従って、秋分の初候で七十二候の「雷即収声(かみなりすなわちこえおさむ)」の時候となります。雷が聴こえなくなります。とは言っても、雷が完全になくなる訳ではありません。「雪お越しの雷」の言葉もありますから、一年中、雷はあるようです。

秋分過ぎは稲刈りの季節でもあります。稲が黄金に頭を垂れて実っています。ところで稲の実を作るのは雷と言う言い伝えがあります。稲妻の言葉に示されていますが、この稲の妻は妻ではなく夫とされています。詰まり、稲の夫は雷なのだそうです。雷が鳴り、稲光が起きると、稲に精が宿り、実になるのだそうです。雷雨が光と水で、米を実らせるのです。
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2021年09月21日

私の歳時記 旧暦葉月の十五 今日は中秋の名月 2021.09.21

今日は旧暦葉月の十五、中秋の名月です。関東の天気予報は、今一つでしたが、夕方の曇り空から一転、夜も更けると見事な中秋の名月が望めました。八年ぶりの満月の十五夜、弥が上(いやがうえ)にも有難味も増すと言うものです。中秋の名月、長生きしたとしても後何回観える事でしょうか。
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2021年09月18日

私の歳時記 今日は七十二候「玄鳥去(つばめさる)」 2021.09.18

今日9月18日は、二十四節気の白露の末候の七十二候の「玄鳥去」です。「つばめさる」は燕が南へ帰っていくの意味があり、秋を迎え夏鳥の燕が南国へ帰って行く時候を示したものです。

NちゃんYちゃんRくんが住んでいる伊勢原市は米作りを始めとした農業の町、大山を始め丹沢山塊の麓の町でもあるため昆虫が多いのです。それを餌にする燕も当然多く、夏の間は子育てをし、忙しく飛び回っています。その合間に一寸休憩するようで、良く電線などに連なって止まっています。燕返しなど俊敏な動きをする野鳥で、その飛翔力は並外れたものがあります。その燕が子育てを終え、餌の多い南国(主にフィリピン)に帰って行くのです。
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2021年09月13日

私の歳時記 今日は甲子(きのえね・かっし) 2021.09.13

甲子とは十干と十二支を組み合わせたものの第1番目のもの。年にすれば60年に1回、日にすれば60日に1回訪れます。干支(かんし・えと)の始まりであり、物事の始まりとして、昔の人は大切にしました。この目出度い甲子(本来はかっし)の名を地名として頂いたのが、兵庫県西宮市の甲子園です。そして、そこにできた球場ですから、甲子園球場の名が起きました。阪神タイガースのフランチャイズ球場で、高校野球の聖地です。
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2021年09月12日

私の歳時記 七十二候「鶺鴒鳴(せきれいなく)」 2021.09.12

2021年の七十二候カレンダーを観ると、今日は二十四節気の白露の次候の「鶺鴒鳴(せきれいなく)」です。「白露」とは寒暖の差で草に露が結ぶの意味があり、秋の深まりが感じられる頃になったこと。「鶺鴒鳴」は、本来南関東では冬鳥(秋に渡来して、そこで冬を過ごす鳥)であったセキレイ(鶺鴒・主にハクサキレイ)が、渡来して鳴き出す頃を意味しています。白露、そして鶺鴒は、秋の季語です。
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2021年09月09日

私の歳時記 今日は新暦の重陽 2021.09.09

今日は9月9日、重陽の節句です、奇数は陽の数字、その最大数9が重なるのですからお目出度さも倍々。ですからお年寄りの長寿を祝う敬老の日に近く、正にダブルの長寿の祝いに相応しい日にちです。重陽は菊の節句とも言われています。されど9月は夏が終わって間の無い季節、短日植物の菊には早すぎる季節、菊の節句と言えば、旧暦の重陽が相応しいと思います。旧重陽は旧暦長月の九、今年は新暦10月の14日です。菊花展なども多く催される頃です。
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2021年09月07日

私の歳時記 旧暦葉月の朔(旧八朔) 白露で草露白 2021.09.07

今日は旧暦葉月の朔、旧八朔です。そして折しも二十四節季の白露であり、七十二候の草露白(くさのつゆしろし)です。露は朝晩の気温の低下で草木の葉に視られる水滴です。秋の季語で、これが観られると秋も深まり、中秋と呼ばれる頃となります。旧八朔は旧暦の葉月(八月)の一日。旧暦の秋は7月が初秋、8月が中秋、9月が晩秋ですから、今日から中秋が始まります。中秋の名月は旧暦葉月の十五、今年は満月の名月が観られます。新暦で9月21日です。

旧八朔は早場米の稲の穂が実る頃、一年でも目出度い日で、古人はこの日に隣近所へ贈答をして、大切にしていました。
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2021年09月05日

私の歳時記 女優・原節子の忌日 2021.09.05

今日は、小津安二郎監督の紀子三部作のヒロインを演じた原節子の忌日です。1920年6月17日生まれで、2015年のこの日に、亡くなりました。生誕101年で、没後6年になりました。目が大きく、鼻筋が通っていて、日本人離れをした派手目な美人でした。しかし、演技は自然で、不思議な気品が感じられました。出演映画を観る機会は少ないですが、観た限り、その立ち振る舞いが綺麗でした。背も比較的高く(165cm)、グラマーで肉付きが良かったと思われます。気品と色気が混然一体となった女の魅力が溢れていました。東京物語に於いて、笠智衆と父娘の間柄を演じ、旅先で、結婚を控えた身でありながら、父と同室で就寝し、女の微かな(ほのかな)エロティシズムを感じさせました。印象深い映像でした。愛娘の女の香り、それを感じながらの旅先の宿、嫁がせる父親の微妙な感情が揺れていました。

原節子は横浜保土谷の帷子町(かたびらちょう)の生まれ、女優になった後は、狛江市に住み、1962年に引退し(42歳)、その後は鎌倉の浄明寺に住みました。永遠の処女・原節子(生涯独身)はひっそりと暮らしたそうです。浄明寺、好きな場所ですね。大江広元(頼朝の側近)や足利尊氏(室町幕府を開く)の屋敷があった辺り、また何時か訪ねてみましょう。


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2021年09月04日

私の歳時記 動物までも殺した太平洋戦争 2021.09.04

1943年のこの日、上野動物園は、空襲に備えて毒殺した猛獣の慰霊法要を行いました。愚かな人間は地球の同胞までも手に掛ける事になってしまいました。あんなに楽しませてもらった子供たちの友達も殺す羽目に陥ったのでした。

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2021年09月03日

私の歳時記 9月3日はアウシュヴィッツと因縁 2021.09.03

9月3日はナチスのアウシュヴィッツ収容所と因縁が深い月日です。1941年のこの日に、アウシュヴィッツのガス室で、初めて大量処刑が行われたそうです。そして1944年のこの日に、アンネ・フランクがアウシュヴィッツに送られました。絶望の果てに亡くなった方々、因縁のある日、心に刻みましょう。
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私の歳時記 9月3日の記念日 2021.09.03

9月3日も語呂合わせにより、記念日が沢山あります。ベッドの日、クエン酸の日、グミの日、口コミの日、しんくみの日などです。語呂合わせは世界各国で行われているようですが、日本も言葉遊びの国、語呂合わせが溢れています。

〇ベッドの日
グッ(9)スリ(3)で、ベッドの日。和室を寝床にしている私は、旅行でホテルに泊まる以外、ベッドで寝ませんので、ベッドの良し悪しは分かりません。でも、床に熱を奪われないので、暖かいかも知れませんね。

〇クエン酸の日
クエン酸(枸櫞酸)は柑橘類などに含まれる有機化合物、爽やかな酸味があるので、ジュースや果実菓子などに、食品添加物として利用されます。レモンなどの柑橘類、発酵食品、梅干しなどに多く含まれているそうです。

〇グミの日
グミは果汁などをゼラチンで固めたお菓子。ドイツ発祥の菓子で、グミはドイツ語でゴムを指します。グ(9)ミ(3)です。

〇口コミの日としんくみの日もあります。
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2021年09月02日

私の歳時記 七十二候・禾乃登(か【こくもつ】 すなわち みのる) 2021.09.02

旧暦文月も今日で廿六、あと6日経てば旧八朔(旧暦葉月の朔)となります。八朔とは最初の早生の稲が実る頃、それと同じ意味で、七十二候の禾乃登(かすなわちみのる)も早生の稲が実る頃を指しています。我が家の稲も先月に花が咲き、今刻々と実が入っている頃です。稲の栽培も季節を知る術になります。実りの秋が近づいています。

今日は二十四節季・処暑の末候の七十二候の禾乃登(かすなわちみのる)です。
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2021年08月28日

私の歳時記 天地始粛(てんちはじめてさむし) 2021,08,28

今日は二十四節季・処暑の次候・天地始粛(てんちはじめてさむし・ようやく暑さが鎮まる)です。暑さが収まり、秋らしさが増して来る季節を言わんとしています。ところが今年は第2の梅雨明けの様相で、厳しい残暑が残っています。こんな年もありますよね。もう薄も穂を出し始めています。もう少しの我慢です。秋は確実に潜行しています。
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2021年08月25日

私の歳時記 妻の68歳の誕生日 2021.08.25

1979年の5月3日に結婚式を挙げ、翌年8月に長女が生まれました。0歳児を抱きながらピアノの教師をして家計を助け、3年後には次女も生まれ、育児と仕事は益々忙しくなりましたが、子育てには殊の外熱心で、二人の娘をピアノの上手な賢い女性に育て上げました。良く働いてくれて長女を音大に、次女を幼稚園教諭科に入れ、その高額な学費の多くを負担してくれました。そして立派な社会人として独立させました。ほっとしたのも束の間で、今度は4人の孫に囲まれ、孫の世話に明け暮れる使命を受け持ったのでした。得意の洋裁でシャツやパジャマ、ワンピースをこさえ、子供ファションも支えました。優しく抱き抱え、些細な孫の心の隙間を埋めました。

妻をめとらば才たけて みめ美しく情けあり

今日は妻にこの言葉を贈りましょう。私は運の強い男、一人の女に出会ったことで、幸せになれました。
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2021年08月23日

私の歳時記 今日は処暑(しょしょ)にして綿柎開(わたのはなしべひらく) 2021.08.23

立秋の時期が終わり、今日からの二十四節季は処暑です。処暑は二十四節季の第14番目です。処にはとまるの意味があり、暑さが治まる頃を意味しています。七十二候の綿柎開(わたのはなしべひらく)は処暑の初候で、綿を包む萼(はなしべ・がく・うてなとも言う)が開いて、綿が出る頃を意味します。綿花は花が咲いた後、実が出来ますが、種子は綿に包まれています。この時期に、綿花が実って、その実が開き、綿が出て来るのです。太陽の黄経が150°の時です。朝から夕に掛けては夏蝉や寒蝉が鳴き交わしていますが、流石に夜になると秋の虫が鳴き出します。昨日からは本格的にアオマツムシが鳴き出しました。トレモロが緩くなってきました。
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2021年08月21日

私の歳時記 献血の日 2021.08.21

嘗て手術用などの血液は、売血制度で集めていました。昔のドラマなどでは、貧乏人が急場を凌ぐために、自分の血液を売ってお金に換えていたシーンがありました。その売血常習者の血液は、血球が少なく、血漿部分が多く黄色く目立つため、黄色い血と言われていました。この血液は、輸血しても効果が薄く、肝炎等の副作用を起こしがちだったので、大きな社会問題になっていました。故に、1964年のこの日、輸血用の全血液を献血によって確保する体制を確立すべく、閣議で決定されました。依って今日は献血の日です。

献血、私はやったことが無く、一つのコンプレックスとなりました。やる気になった頃は高齢となり、年齢制限があると知りました。献血は是非とも若い時にやった方が良いですね。
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2021年08月20日

私の歳時記 今日は蚊の日 2021.08.20

1897年のこの日、イギリスの細菌学者ロナルド・ロスが羽斑蚊類の蚊の胃の中からマラリア原虫(寄生性原生生物)を発見しました。蚊によって媒介された原虫は人間の体内で毒素を排出し、発熱・頭痛・関節痛・筋肉痛・下痢などを引き起こし、脳や内臓に合併症を引き起こします。非常に危険な原虫であり、人を死に至らしめます。熱帯を中心に全世界では2億人が感染し、40万人以上が死亡しているそうです(2016年)。特に子供の犠牲者が多いと言うことです。蚊退治には日本の蚊取り線香が有効のようです。
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2021年08月18日

私の歳時記 太閤忌 2021.08.18

太閤さん、今日は太閤こと豊臣秀吉の亡くなった日です。太閤秀吉、私は戦国の武将の中では嫌いなタイプです。確かに戦国の世を統一したまでは偉大でしたが、その後がイケません。特に朝鮮出兵は無理がありました。そして甥の秀次や千利休を死に追いやりました。それでも下品ではありましたが、文化人の素養はありました。能楽を愛し、茶に親しみ、手紙も多く残し、文才もあったようでした。特に辞世の歌が素晴らしいですね。「露と落ち 露に消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」。戦は強かったですが、統治能力は家康が上回りました。慶長3年8月18日(グレゴリオ暦1598年9月18日)に伏見城で亡くなりました。享年61歳。
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私の歳時記 七十二候「蒙霧霧升降(ふかききりまとう)」 2021.08.18

今日は太陽の黄経が145°の日。二十四節季・立秋の末候の「蒙霧升降(ふかききりまとう)」です。蒙霧(もうむ)とは深い霧のこと、升降(しょうこう)とは昇降と同じ、詰まり、深い霧が立ち込める頃と言うことです。盆が終われば夏も終わり、昼は暑くとも夜間は冷えてきます。そんな朝は霧が立ち込めるのです。今はそんな時期に差し掛かっています。昼は蝉が鳴いていますが、夜になれば蟋蟀などの秋の虫が鳴き出します。ツヅレサセコオロギ・ミツカドコオロギ・エンマコオロギ・カネタタキなどが鳴いています。夏と秋が知らず知らずのうちに入れ替わっています。
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2021年08月15日

私の歳時記 終戦記念日 2021.08.15

日本最大の恥が太平洋戦争です。勿論一番悪いのは、日本の指導者たちですが、どうやら日本国民も戦争に同意して、戦争をすることに興奮を覚えていたそうです。日本国民の間違いを洞察し、戦争に至ったこの高揚を理解しなければなりませんね。中には戦争反対の人もいたそうです。しかし、世は戦争一色になり、もう後戻りは出来なくなりました。そして多くの国民の無残な死が待っていたのでした。でも、もう二度と火垂るの墓の節子を生み出したくはありません。頑張れば皆が幸せになれる平和な世を守りたい!
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2021年08月13日

私の歳時記 月遅れの盆の迎え火 2021.08.13

旧暦と新暦の折衷案である月遅れの盆、今日がその月遅れの盆の迎え火です。本当の旧盆は8月22日ですので、近いと言えば近いので、お盆としては良い季節ではあります。コロナ禍で帰省が儘なりませんが、本来の健康な日本であれば、正月と並んで、国民の大移動がある時期です。今日が盆の迎え火、明後日が盆、明々後日が盆の送り火、全国で、大文字焼が行われます。今日から盆休みですかね、私は仕事ですが…。
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私の歳時記 七十二候「寒蝉鳴(ひぐらしなく・かんせんなく)」 2021.08.13

今日から17日までが七十二候の「寒蝉鳴」(かんぜみなく・かんせんなく)となります。寒蝉とはヒグラシのことであり、カナカナカナと鳴く、森林性の蝉のことです。アブラゼミやツクツクボウシのような都会派の蝉ではありません。例え小さくても森が無いとヒグラシは生息しません。

本来は梅雨の終わり頃から鳴き出しますが、本格的に合唱(輪唱)するようになるのは、立秋後ですね。早朝と夕方の日暮れ時と夕立の暗い雲間に鳴きます。その鳴き声の哀れさから寒蝉の部類(ツクツクボウシも寒蝉と言われています)に入れられています。二十四節季の立秋の次候に組み込まれています。

鬱蒼とした森から大挙して輪唱が聴こえるのが今の季節です。近くに居るヒグラシは、お隣さんが鳴き止むのを待って、空かさず鳴き出します。それが森全体に広がるので、斉唱と輪唱が重なるのです。これが絶妙な自然の虫の音楽になるのです。つまりヒグラシのカノンになるのですね。その美しさは壮絶?です。私の大切な生活の楽しみです。
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2021年08月09日

私の歳時記 長崎原爆忌 2021.08.09

8月6日の広島原爆忌と並んで、今日が長崎原爆忌の忌日です。私が思いますには、大人は兎も角として、子供たちの未来が失われたことに、強い悲しみを覚えます。勿論、孤児となった方々の苦労も同じですが…。論ずるよりは、心で悲しみを携えて、戦争で亡くなった方々に想いを寄せましょう。言葉ではなく、心で哀悼の意を表しましょう。そして何が何でも平和を守りましょう。未来永劫の子供の幸せを祈りましょう。

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2021年08月08日

私の歳時記 旧暦文月の朔、今日からは秋 2021.08.08

昨日が立秋でしたが、今日は旧暦文月の朔、旧暦の7月の始まりの日です。旧暦では、7月(文月・初秋)・8月(葉月・中秋)・9月(長月・晩秋)が秋、ですから今日からが暦上で秋になるのです。夏蝉が煩いですが、秋の蝉はヒグラシにツクツクボウシと決まっています。寒蝉とも言いまして、主に秋に鳴く蝉です。もう既にヒグラシもツクツクボウシも鳴き始めています。そしてコオロギの種類(ツヅレサセコウロギ・エンマコオロギ)も鳴き始めています。暑いですが、もう既に季節は整っているのです。秋の気配が薄っすらと兆しています。

午後3時に雨は止みまして、今は暗い曇天となっています。休んでいた蝉たちも一斉に鳴き出しました。裏山の森からはヒグラシの声が聴こえています。私は暫し、うっとりと聴き惚れます。夕凪と共に聴こえ出すヒグラシのカノン、最早それは虫が創り出す芸術の領域、鑑賞に堪えうる音楽です。
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2021年08月07日

私の歳時記 今日は立秋にして涼風至(すずかぜいたる) 2021.08.07

昨日が夏の土用の終わりで節分でした。従って今日からは立秋で、七十二候では涼風至(すずかぜいたる)です。そして明日が旧暦文月の朔(1日)で、愈々秋の始まりです。旧暦で秋とは文月・葉月・長月を言います。もう既に蟋蟀(こおろぎ)も鳴いていますし、ヒグラシやツクツクボウシも鳴き始めました。これらは全て秋の季語です。

立秋と涼風至は太陽の黄経が135°の時になります。二十四節季では13番目、七十二候では37番目となります。暦上は今日からが秋、初秋と言うところですね。これからは暑中ではなく残暑と言えます。旧七夕・旧盆・二百十日・旧地蔵盆と続き、次第に秋は深まって行きます。
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2021年08月05日

私の歳時記 マリリン・モンローの死 2021.08.05

ブロンドのセックスシンボル・マリリン・モンローが亡くなったのが1962年のこの日、8月5日。死因は薬物の過剰摂取による突然死と言うことで、結論付けられています。ところがモンローの死後に、当時の大統領ジョン・F・ケネディーとの不倫がスクープされ、謀殺説も浮上してきました。事の真相は闇の中に治まってしまいましたが、当時のモンローが多くの悩みを抱えていたことは事実のようで、未だ36歳の若き女優の死は哀れを誘いました。

親はいましたが、まともに育ててもらえず、里親や孤児院を転々とし、不安定な青春期を過ごしたようです。生涯3回結婚し、2番目の夫・元大リーガーのジョー・ディマジオとの結婚生活が幸せであったようです。

1952年2月、ディマジオが読売ジャイアンツの招きを受け、来日を決めました。ディマジオと結婚したばかりのモンローも、新婚旅行として来日し、新婚ほやほやの姿を日本国民の前に晒しました。3週間の滞在の中で、ディマジオは日本のプロ野球選手を教えたりしましたが、モンローは在日米軍の慰問をしたり、韓国に飛んで、在韓米軍の慰問もしました。中々感心した滞在記録が残されています。ところが、この来日機関中に二人は喧嘩をし、それが発端となり、翌年に二人は離婚をしています。もててもてて何処でも大歓迎を受けるモンローに対し、ディマジオが焼きもちを焼いたのが原因のようでした。

それでも二人は復縁し(再婚はしていない)、ディマジオは精神を病み始めたモンロー(ケネディー兄弟との不倫禍などで)に優しく寄り添い、モンローの死後も、全ての手続きをディマジオ自身がしたそうです。モンローの墓に週3回、赤いバラ(アメリカン・ビューティー)を捧げ続けたのもディマジオです。モンローの人生は様々な紆余曲折がありましたけれど、最後に最高の愛を見つけました。マリリン、ご冥福を祈ります。
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2021年08月03日

私の歳時記 大雨時行(たいうときどきふる) 2021.07.03

二十四節季の大暑も今日を入れてあと4日。今日からは大暑最後の七十二候・大雨時行(たいうときどきふる)です。梅雨明け十日の頃は晴れの安定した時期ですが、それを過ぎると、夕立が多くなり、時としてゲリラ豪雨が襲うようです。今年は毎日降水量を記録していますね。これが七十二候の大雨時行ですね。

雨も風流に色々表現されているようで、突然降ってくる雨を「肘傘雨(ひじかさあめ・肘で雨を避ける)」と呼んだり、「白雨(晴天に雨)」などとも呼びます。所謂「狐の嫁入り」ですね。竹やササのように、一直線の束で襲ってくる雨を「篠突く雨」と言いますね。夕立の一種ですね。

こんなお話をしていましたら、今「篠突く雨」が降ってきました。有明の月を撮影しようと思っていたのですが、残念、撮り損ねました。夕立ならぬ朝立ですね。




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2021年07月30日

私の歳時記 昨日から土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし) 2021.07.30

昨日が二十四節季の大暑の次項の七十二候・土潤溽暑(つちうるおうてあつし)の始まりでした。8月2日まで続きます。土潤は、土が強い陽気を受けて、熱を発することを言い、それを土熱れ(つちいけれ)とも言います。熱気が纏わりつく暑い日を指します。そしてジットリと蒸し暑いことを溽暑(じょくしょ)と言います。熱が纏わりつき、ジットリと蒸し暑い五日間なのです。熱に中ることが無い、健やかな「土潤溽暑」を過ごしましょう。 
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2021年07月22日

私の歳時記 大暑・桐始結花 2021.07.22

大暑は太陽の黄経が120°の時、今年の大暑は7月の22日になりました。大暑の初候・桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ・桐の実がなり始める)も今日からです。

大暑は一年で一番暑い頃、温暖化の昨今は尚更のこと、真夏日が続発し、熱帯夜も続きます。その初候の桐始結花は、初夏に咲いた桐の花が若い実を着ける頃を言います。中には細かい種が出来、冬に果実が裂けるとその種が飛び散ります。中国原産の園芸樹木ですが、その種で自生するものも出るそうです。若い果実は青く瑞々しく美しいものです。
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2021年07月21日

私の歳時記 選日とは、今日は大つち・三隣亡・一粒万倍日 2021.07.21

今は少なくなりましたが、昔は縁起をかつぐ人が大勢いました。その道案内が暦の選日(せんじつ)であり、何かを成すのに、暦と首っ引きになっていたのです。古くから伝わる暦日上の特殊な日の吉凶を占っていたのです。

*大つち(大犯土)
庚午(かのえうま)の日から丙子(ひのえね)の日までの7日間を大つちと言います。この期間は「土掘り」「穴掘り」「種蒔き」などの土に関わる行為は慎むが良いとされています。

*三隣亡
「普請始め」「柱立て」「棟上げ」などには最凶日とされています。この日を用いると後日災禍起きるとされています。ご近所隣を亡ぼすとされています。

*一粒万倍日
一粒の種が万倍に増えるという吉日です。「商売始め」「開店」「金銭を出す」などに適した日だそうです。増えて多くなる意味があり、借金はいけないそうです。

今日は吉凶相まみえる日ですね。暦は上手に使いましょう。
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2021年07月19日

私の歳時記 土用・海の日・茅ヶ崎寒川神社浜降祭(はまこうさい) 2021.07.19

祝日がどうなっているか良く分かりませんが、今日は海の日(7月の第3月曜日)です。オリンピックで変わるとか変わらないとか、どうでも好いですが、海の日だそうです。私の小学校時代の夏休みは月遅れ盆ごろまで、海で泳いでいました。幸い電気クラゲの犠牲になったことはなかったですが、土用波が立っても泳いでいました。全身真っ黒け?、否、色白だったので真っ赤に腫れ上がりましたが、黒光りするほどではありませんでした。宿題などは殆どやったことがありませんでした。

今日が夏の土用の入り、これから立秋前日まで、一年で最も暑い時期です。ミンミンゼミ・スイカ割り・夕涼み、夏の季語です。やりきれない暑さを一寸した食べ物や遊びで、夏を上手に過ごしましょう。素麵も好いですね。

今日の早朝、茅ヶ崎海岸では近隣の神社の神輿が次々と海に入ります。昔は激しく海に浸けて暴れまわっていた神輿担ぎも、現代では神輿のメンテナンスに莫大な金がかかるそうで、大人しい浜降祭になったいるそうです。一度観たいですね。


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2021年07月18日

私の歳時記 京都アニメーション放火事件 2021.07.18

2年前の2019年のこの日、京都アニメーション社屋内にガソリンが撒かれ、社員35人が死亡しました。火傷をし半死半生だった犯人は漸く命は取り留め、今後は裁判を受けるとのことです。京都アニメーションへの羨望と嫉妬による勘違いの犯行のように思われ、人間の愚かさを曝け出した犯行でした。精神鑑定など、ややこしい手続きがあるのでしょうが、いずれ死刑となるのでしょう。犠牲者の方々に、心よりお悔やみ申し上げます。
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2021年07月17日

私の歳時記 命日の人 冷泉為相・細川ガラシャ・石原裕次郎 2021.07.17

今日上げる命日の人は、その生きた時代には有名な人たちです。

冷泉為相(れいぜいためすけ)は鎌倉時代の貴族にして歌人でした。祖父が新古今の歌聖・藤原定家、母が十六夜日記の阿仏尼で、阿仏尼同様に鎌倉に縁のある人でした。藤原貴族の一党で、和歌の師範家の冷泉家を興した冷泉の始祖でもあります。墓所は鎌倉扇ガ谷の浄光明寺にあります。嘉暦(かりゃく)3年7月17日(1328年8月22日)没、数え66歳。

細川ガラシャは戦国時代の武士の娘。父が明智光秀で、母が明智煕子でした。名は玉(珠)で、確かな教育を受け、武門の誉れ高い姫でした。年頃になると、織田信長の勧めにより、細川藤孝の嫡子忠興の妻になりました。幸せな婚姻生活でしたが、父の光秀が信長を討ち、そこから珠の人生は波乱万丈となります。夫・忠興は絶世の美女・珠を愛していましたが、本能寺の件で珠を幽閉したり、余りにも美しい珠が、他の男から色目で観られるのが我慢ならず、忠興は、好奇の男を手討ちにしてしまったりしたそうです。そんな珠がキリスト教を知るようになり、自分の数寄な運命から逃れ、自分を救うのは宗教しかないと悟り、熱心なキリスト教徒となりました。その時に授けられた教名がガラシャです。時は関ケ原の前、石田三成は徳川方・細川忠興の奥方ガラシャを人質に取ろうと画策し、大阪の細川廷に冠者を寄こしましたが、ガラシャは潔く自決(家老に討たせた)し、武門の妻の意地を見せつけました。これにより、徳川方は力を得て、見事関ケ原の戦いを勝利しました。益々家康の細川家に対する温情が厚くなり、細川家は江戸時代を駆け抜け、今日の高名を得ることになるのです。慶長5年7月17日(1600年8月25日)没、数え38歳

1987年のこの日、俳優で歌手の昭和の大スター・石原裕次郎が亡くなりました。墓所は曹洞宗大本山の鶴見総持寺です。恐らく今日は、多くのファンたちが総持寺の石原の墓に詣でたことでしょう。
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私の歳時記 今日は「鷹乃学習(たか すなわち がくしゅうす・たか すなわち わざを ならう)」 2021.07.17

今日は小暑の最後・末候の「鷹乃学習(たかすなわちがくしゅうす)」です。意味は、鷹の幼鳥が親から飛び方を習う時期を示しています。鷹は早春に繁殖期を迎え、初夏までに営巣し産卵、梅雨頃に孵化、そして今の梅雨明け頃に飛び方の練習を始めます。飛べるようになれば餌の捕り方も学び、巣立ってゆきます。最大の鷹はクマタカ(熊鷹)、次にオオタカ(大鷹)。ワシもタカの仲間で、大型のものを鷲と呼んでいます。鳶(トビ)や隼(ハヤブサ)も鷹の仲間です。
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2021年07月16日

私の歳時記 盆送り火 2021.07.16

盆最後の日が盆の送り火、我が家に4日間滞在した先祖の霊が、再び彼岸へ帰って行く日です。迎え火同様に送り火を焚いて、無事の旅路を祈ります。四日前、迎え火で焚いた火を提灯に移していましたが、送り火のこの日は、その提灯の火を使い、送り火を焚きます。夕方焚いて先祖を送れば、盆は終わります。このささやかな風習を大々的に扱ったのが「大文字焼き」です。「京都五山の送り火」、日本の御魂を弔う火、現生を生きる我々の務めの一つです。
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2021年07月13日

私の歳時記 今日は盆の迎え火 2021.07.13

本来、盆とは旧暦の文月(7月)の十五日に行われていました。現代に、この古い風習をこの日に行っているのは沖縄ぐらいですがね。今年で言えば8月の22日です。暦は元来しっかりと作られたものですが、それを目安に利用する人間は適当なもので、新暦の世になって一か月も早い今日が盆の迎え火となっています。

盆とは盂蘭盆会(うらぼんえ)の略、先祖の死後の苦しみを救うための仏事です。陰暦7月15日を中心に、初日の迎え火、3日後の盆、最終日に送り火が行われ、都合4日間です。今日は盆の迎え火、辻の角や家の前などで芋殻・麻幹(おがら)を焚いて、先祖の帰郷の道しるべとします。そして先祖をお迎えして歓待します。

父や母、そしてその先の先祖たち、彼らがいなければ私はいません。正に私は縁の代物、一年に一度、先祖を思い遣りましょう。
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2021年07月12日

私の歳時記 今日は蓮始開(はすはじめてひらく) 2021.07.12

お釈迦様に所縁の花・蓮。古から天井の花として尊ばれてきました。明日が盆迎え火であり、夏の土用ももう直ぐです。こんな時期が蓮の開化の頃なのですね。

七十二候は、ピンポイントで季節を切り取る暦の一つです。二十四節季では小暑、その小暑の次候が「蓮始開」なのです。蓮華、見たいですね。三渓園当たり好いですね。
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2021年07月10日

私の歳時記 旧暦水無月の朔、今日から晩夏 2021.07.10

旧暦の水無月は新暦の7月頃に当たります。水無月の語源は水のない月ですが、水の月と言う意味もあるそうです。無をのと読むことも出来るそうです。従って、水無月は水の無い月でもあり、水の月(梅雨のため水の多い)でもあるのです。丁度梅雨明けがこの月を分ける形でやって来るからです。梅雨の後は猛暑、大変劇的な月で、米の収穫まであと一歩の時です。人力オンリーの昔の人は、暑さにめげずに農作業をしていたのです。必死に、祈りを籠めて…。
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2021年07月07日

私の歳時記 今日は七夕、小暑・温風至(あつかぜいたる) 2021.07.07

今日7日から21日までが二十四節季の小暑、今日から11日までが七十二候の温風至(あつかぜいたる)です。梅雨明け間近の季節であり、暑い季節の始まりです。

そして新暦の七夕ですね。牛飼いの牽牛が牛に勧められて織姫にちょっかいを出すのですね。水浴びしていた天女の一人織姫の衣を隠してしまうのです。「私と結婚してくれたら、衣を返します」、そこで仕方なく織姫は牽牛のプロポーズを受けてしまうのです。それでも二人は幸せでした。やがて、子も二人できました。二人は余りにも幸せ過ぎ、イチャイチャしっ放しで、天の仕事をサボるようになりました。天の神は怒り狂い、天の川を逆巻く波の急流に変えてしまいました。そして二人が会うことを禁止しました。そこで牽牛と二人の子は、母に会うために激流の天の川を渡ることにしました。苦労を重ねている姿を垣間見、天の神はほだされて、二人を許し、一年に一度だけ七夕の日に、会うことを許しました。カササギに導かれ、上弦の月の舟の乗って、二人(本当は四人)は会うのです。
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2021年07月05日

私の歳時記 江戸切子の日 2021.07.05

東京のカットグラスを江戸切子と言います。今日の7月5日(な・な・こ)はこの切子の記念日なのです。それはななこ(魚子)と言う鱗や魚卵を象った文様から導き出された月日で、7月5日は江戸切子の日となったのです。

江戸切子には他にも幾つかの文様があります。

*矢来文様(やらいもんよう)
竹や丸太を組んだ囲い文様。格子文様ですね。

*笹の葉文様
笹野しなやかさを際立たせた文様。

*八角篭目文様
竹篭を模した文様。

*菊繋ぎ文様
菊花が繋ぎあった文様。

*菊篭目文様
菊繋ぎと八角篭目を合わせた文様

目に鮮やかな江戸切子のグラス、一つ、手元に置きたいですね。
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2021年07月02日

私の歳時記 今日は半夏生 2021.07.02

今日は二十四節季の夏至の内の七十二候の半夏生に当たります。「はんげしょうず」と読みますが、普通は「はんげしょう」と言い慣わしています。暦的に、梅雨明け間近を意味し、田植えとしては最後の時期を示唆しています。今日から6日までの五日間が半夏生の期間です。

水辺に咲くドクダミ科の半化粧も時を同じくして咲きます。音が同じなので、混同する方が多いですが、七十二候のハンゲショウはハンゲ(半夏・カラスビシャクの漢名)と言うサトイモ科の草が生えることを意味しており、こちらは薬草として珍重されます。ドクダミの親戚の半化粧は中々味のある花で、その風情は私の愛するところです。


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2021年06月30日

私の歳時記 ☂ 大祓・夏越の祓 ハーフタイムデー 2021.06.30

愈々、梅雨本番となりましたね。今日明日は雨が続くようです。明日が私の2回目のコロナワクチン接種の日、傘をさして行くことになりそうです。

*大祓(おおはらえ)・夏越の祓(なごしのはらえ、6月晦)
古来、6月と12月の晦(つごもり・みそか)に、親王以下在京の百官を朱雀門の広場に集めて、万民の罪や穢れ(けがれ)を祓った神事のことを言います。6月と12月の晦とは旧暦での扱いで、新暦の世では6月30日と12月31日に行われます。従って今日が、大祓です。中臣の祓・みそぎはらえ・おおはらいとも言われ、現在も宮中や全国の各神社で行われています。半年間の懺悔とそれを祓い除けるの日なのですね。

*ハーフタイムデー
一年の半分の日、2021年(令和3年)も後半年ですね。

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2021年06月27日

私の歳時記 パンダ・チュチュ(初初)、日本出産第一号のパンダ 2021,06.27

1985年のこの日の上野動物園で、父がフェイフェイ、母がホワンホワンで、ホワンホワンが人工授精をされた結果、子パンダのチュチュ(初初)が誕生しました。今日は日本出産第1号パンダのこのチュチュの誕生日です。日本中を沸かせた初めてのパンダ出産、しかし、翌々日の29日に、ホワンホワンが小さなチュチュを体の下敷きにしてしまい、敢え無くチュチュは絶命してしまいました。可哀そうなチュチュ、僅か43時間の命でした。

最近、シンシンが双子の赤ちゃんパンダを出産したとか、目出たいことですね。シャンシャンに次いで、何と2頭も赤ちゃんパンダが生まれました。上野はまた大フィーバーとなりますね。コロナ禍が開けたら、また私も見てみたい…。チュチュの悲劇で学んだ上野動物園関係者、きっと丈夫な子パンダに育てるでしょう。双子パンダ、可愛いでしょうね。
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私の歳時記 菖蒲華(あやめはなさく) 2021.06.27

今日は季節を伝える暦・七十二候の菖蒲華(あやめはなさく)です。菖蒲(あやめ)という花はその名が混同された花で、春咲きにはアヤメ・カキツバタがあります。そして梅雨咲きの花としてはハナショウブがあります。従ってここで菖蒲と言っているのは、梅雨咲きのハナショウブのことを言っているのです。

一年を二十四等分割したのが二十四節季で、それより3倍細かく分けたのが七十二候と言う訳です。四季の移ろいを細かく分けて見詰める七十二候、現実の自然と多少前後して仕舞っていますが、味わいのある季語たちと言えます。今日は二十四節季の夏至の内の七十二候の菖蒲華・あやめはなさくです。
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2021年05月23日

私の歳時記 今日はキスの日 2021.05.23

1946年(昭和21年)のこの日、日本で初めてキスシーンがある映画が登場しました。佐々木康監督の「はたちの青春」と言う映画が封切られたのでした。当時は映画もGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の検閲があり、そこでキスシーンが割愛されていることにクレームがつけられ、キスシーンを挿入することに決定したのでした。主演の大坂史郎と幾野道子(松竹歌劇団出身・美人・存命96歳)がホンノリ僅かに唇を合わせるシーンが観られました。大変な話題となり、連日映画館は大入り満員となったのだそうです。

先ほど観た「茶屋次郎シリーズ」のレストラン支配人の坂上香織は、情夫の犯人に教唆され、犯人の義父をココアケーキを食べた唇で濃厚なキスをし、カカオアナフィラキシーショックを起こさせ、殺人を行ったシーンがありました。こんな舌を絡めるキスとは天地の差、私は淡いキスを好みます。でも坂上香織、美しかったです。好い女優でした。
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2021年05月22日

私の歳時記 小満・蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ) 2021.05.22

昨日は多忙で、書き損じましたが、昨日は二十四節気の小満で、七十二候の蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)でした。蚕が桑を盛んに食べ始める時候となりました。小満とは、陽気が盛んとなり、花は実となり、天地に最初の満足が訪れる意味を持っています。小さな実りの季節を言うのです。そして田植えの季節を示唆しています。
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2021年05月20日

私の歳時記 東京港開港記念日 成田空港開港記念日 2021.05.20

1941年のこの日、芝浦・竹島両埠頭が完成し、外国貿易港として開港指定を受けました。それまで横浜港に依存していた東京の貨物を、その増大を見込んで、それらを東京で捌くために、大型船が入港できる東京の貿易港が必要となっていたのでした。

増大する海外交流のため、羽田空港が手狭になったようで、何としても新たな東京の国際線空港が必要でした。しかし、千葉県三里塚の地元の住民の意向を無視した空港予定地決定に、激しい反対運動が展開され、警察と過激派ゲリラが対立し流血の事態となり、死者も出ました。連日テレビ中継がなされ、そこには止むに止まれぬこととは言え、愚かな人間の縮図が観えていました。お上風を吹かせた国、地元民の困惑に乗じた過激派、イデオロギーの対立、本当に情けない有様でした。それでも1978年のこの日に、成田空港は開港しました。僅かな海外旅行の一つで、私はこの空港を利用し、ヨーロッパへ渡りました。成田発フランクフルト行きのルフトハンザ航空機でした。素晴らしいヨーロッパの旅、全ての関係者のお陰でした。
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2021年05月18日

私の歳時記 阿部定、愛欲の果てに愛人を殺す(阿部定事件) 2021.05.18

1936年(昭和11年)のこの日、世間をあっと言わせ、好奇の目が注がれた事件がありました。嘗て芸者や娼婦をしていた神田出身の阿部定が、中野の鰻屋「吉田屋」で仲居をしていたところ、主人の石田吉蔵と好い仲になり、情交を重ねていました。性交の最中に首を絞められることに快感を覚えた吉蔵の首を定が腰紐で絞め上げていたところ、果たして吉蔵が意識を失いました。絶頂感の中、興奮した定は尚も首を絞め続け、吉蔵は絶命しました。定は吉蔵を心身とも深く愛していたようで、他の女にその吉蔵の一物を使わせたくなく、その一物を体から刃物で切り離しました。その陰茎と睾丸を包装紙で包み持ち帰り、そのまま逃走し、品川まで逃げたそうです。20日に逮捕され、定は正直に事の経緯を述べたそうです。数年後、定は恩赦で出所します。結婚もしたそうです。

正に定は魔性の女ですが、男の関わりなくして定はここまで性に溺れることはなかったでしょう。深い男女の性愛にも、留めるところはあるのです。本当の男女の交わりには、精神と肉体のバランスが大切です。性は生殖のためにあるのです。もっと性を科学的に観て、誇りを持って生きましょう。

大島渚の「愛のコリーダ」はこの事件を基にしています。
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2021年05月16日

私の歳時記 慶応4年5月16日(1868年7月5日)、中外新聞の上野彰義隊事件の号外は日本初 2021.05.16

慶応4年5月15日に、幕末の江戸で、唯一の明治政府軍と幕府軍(彰義隊)の戦いがありました。一日で決着し、彰義隊は破れました。彰義隊の根城であった上野寛永寺も攻め込まれましたが、幕府の菩提寺・寛永寺だけは残りました。されど境内の多くは明治政府に没収され、現在は美術館に博物館、それに上野恩賜公園になっており、その一角に上野動物園があります。江戸城を始め、上野寛永寺までも明治政府のものになりました。

この彰義隊の上野戦争の戦況を報じたのが中外新聞で、「別段中外新聞」として、翌日の5月16日(1868年7月5日)、日本で初めてとなる号外を発刊しました。日本のジャーナリズムの新たな出発となりました。

この上野戦争で、従軍の医療部隊で活躍したのが、架空のドラマですが、「jin・仁」の咲(綾瀬はるか)でした。咲は大怪我をし、破傷風となり、生死を彷徨いました。後に明治の世となって、産婦人科医となり、活躍をしました。平成の世で、仁(大沢たかお)は咲の子孫を訪ね歩きました。漸く見つけた咲の子孫、しかしその子孫は咲の子孫では無く、遊女野風(中谷美紀)の子孫でした。咲の文があり、その事情を知った仁は涙を流し、咲への思いを吐露するのでした。私が最も感動したのは、医術でも無く、明治維新の激動でも無く、唯々、美しい咲の恋する心根でした。
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2021年05月13日

私の歳時記 芭蕉「夏草や兵どもが夢の跡」「五月雨の降り残してや光堂」を吟ず 2021.05.13

芭蕉の俳諧紀行文「奥の細道」、それに依ると芭蕉は、江戸深川を春に出発して、元禄2年の5月13日(1689年6月29日)に平泉に達しました。そこで奥州藤原氏の遺構と義経の哀れに触れ、傑作「夏草や兵どもが夢の跡」を吟じ、その後、「五月雨の降り残してや光堂」を発句しました。

源頼朝に滅ぼされた奥州藤原氏と頼朝の弟の義経。夏草が蔓延る義経の塚に憐れを想い涙する芭蕉。「夏草や兵どもが夢の跡」、鮮やかに目に浮かぶ絵画的な名句が生まれました。そして雨にも腐らず佇む金色堂の姿に感動し、「五月雨の降り残してや光堂」を吟じます。その堂の中には藤原四代のミイラが保存されています。諸行無常と不滅の相反する混沌が、二つの句に凝縮されています。芭蕉の無常観と永遠への憧れが感じられる二つの句です。
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2021年05月12日

私の歳時記 ナイチンゲールの日 2021.05.12

1820年のナイチンゲールの誕生日に因んで、この日を赤十字社がナイチンゲールデーと制定しました。この日5月12日は、正にナイチンゲール一色の一日で、国際看護師の日、看護の日、慢性免疫神経系疾患世界啓発デー(ナイチンゲールも患者だった。ブルセラ属の細菌の感染による人獣感染症)も合わせて記念日になっています。

フローレンス・ナイチンゲールは近代看護教育の母と言われるイギリスの看護婦(師)で、クリミア戦争に従事し、敵味方関係なく看護する鉄の意志の持ち主でした。「クリミアの天使」とあだ名され、一躍名声を馳せました。ところがその後は、看護師としての活動は短く、看護教育家として活躍します。病院設立や看護学校設立をする企業家としての活動や、統計学者としての医療衛生改革を成功させました。

私も数回の入院生活を送りましたが、何より頼りになるのが看護婦さんの存在でした。優しい白衣の天使・看護婦さん、その大元がナイチンゲールでした。
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私の歳時記 ☁〜☀〜🌟 旧暦卯月の朔 2021.05.12

今日は旧暦卯月(4月)の朔(1日)です。今のところ薄日が射しています。午後は晴れの予報が出ています。旧暦では、4月(初夏)・5月(仲夏・梅雨)・6月(盛夏・晩夏)が夏です。今年の初夏は、天候が今一つです。一年で最も清々しい季節なのですが、雲が多めですね。弥生の天気が良すぎたのかも知れません。晴れた日が多く、異例とも言える程に横浜から富士山が良く観えた弥生でした。それでもここのところは南海に梅雨前線が屯し、湿度が上がり、空気が重くなっていました。月と山は観えませんが、今は初夏の花・ヤマボウシ(写真はライブドアブログで)が美しいです。初夏の名花ですね。
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2021年05月09日

私の歳時記 ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラーの忌日 2021.05.09

ドイツの思想家にして歴史学者で劇作家でもある詩人シラーは、1805年のこの日に亡くなりました。丁度音楽家のハイドンやモーツァルト、そしてベートーヴェンと重なる時代に活躍しました。自由を求める不屈の精神が、シラーの作品の根底に流れており、ドイツ国民の精神生活に多大な影響を与えた詩人でした。ゲーテと並んで尊敬されているドイツが誇る大芸術家です。

ベートーヴェンの第9の「歓喜の歌」の原詩や、ブラームスの「ネーニエ」の詩でもお馴染みの詩人です。私は「ネーニエ」の詩、大好きですね。ブラームスの名曲14「ネーニエ(哀悼歌)」に、その詩が載っています。
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私の歳時記 芭蕉、松島で句作れず 2021.05.09

1689年の5月9日(新暦6月25日)に松島に到着した芭蕉でしたが、その景色の素晴らしさに幻惑され、句が作れませんでした。人間、余りに美しく素晴らしい対象に出合うと、脳が麻痺し、何も語れなくなる時があります。芭蕉は予め用意していた言葉がこの景色に適切でなく、無理に句を捻り出すことに躊躇したようです。賢明な判断だったと思われます。インスピレーションは天から降って来ます。俳句は即興芸ですから、目が眩んで何も出来ない事があります。駄作を作らずに済みました。
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2021年05月05日

私の歳時記 薬の日 2021.05.05

私も色々な薬に助けられて生きていますが、今日はその薬の記念日だそうです。推古天皇19年(611年)のこの日、推古天皇が大和の卯田野(うだの)で薬草狩りを催したそうで、それに因んで、毎年この日を「薬日(くすりび)」と定めた故事があるようです。そこで1987年に、全国医薬品小売商業組合連合会が、この日を「薬の日」と制定したそうです。習慣病の薬、膏薬、肌の軟膏、目薬、胃腸薬など人生には多くの薬が役立っています。これもまた、我が人生の守護神ですね。飲むのが面倒臭いですが…
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私の歳時記 二十四節気の立夏 七十二候の蛙始鳴(かわずはじめてなく) 2021.05.05

立夏は夏の始まり、目に青葉、山不如帰、初鰹。視覚・聴覚・味覚の全てが爽快さを感じさせる季節、春を越えて夏に近づく頃を言います。昔の日本はそこら中に田圃が広がっていました。従ってこの季節になると耳に蛙の声が帰って来ます。鳥や虫と共に蛙も人間にとって懐かしい音と言えます。土地柄によっては河鹿(かじか)のような名歌手もいます。神奈川県に居る蛙はニホンアマガエルが多いようです。以前にはNちゃんYちゃんRくん家の植木にアマガエルが棲んでいたことがありました。
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2021年05月02日

私の歳時記 レオナルド・ダ・ヴィンチの忌日 2021.05.02

人類史上最大の天才と言われているレオナルド・ダ・ヴィンチが亡くなったのが、ユリウス年1519年5月2日だそうです。晩年はフランス王・フランソワT世の庇護(巨額の年金を貰っていた)の下、フランソワT世の居城アンボワーズ城近くのクルーの館で過ごしていました。享年67歳でした。
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私の歳時記 エンピツ記念日 2021.05.02

1887年のこの日は、眞崎仁六の眞崎鉛筆製造所(後の三菱鉛筆)が、日本で初めて鉛筆を作った日とされています。その真偽は記録が無いので、???だそうですが、文明開化の日本が筆記具でも、新たな革新をもたらした日でもあったようです。私も未だに三菱鉛筆を使っています。
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私の歳時記 緑茶の日 2021.05.02

緑茶の日は、毎年、八十八夜の5月2日に決められているのですが、2021の今年の5月2日は八十八夜ではありませんでした。暦上の時間の端数の調整(閏年など)が1日(1分の違いで早まった)ずれていたため、立春がこれまでより1日早く、2月3日でした。それに従って、八十八夜も1日早くなり、昨日の5月1日でした。それでも緑茶の日は調整せず、5月2日に行われたのでした。「八十八夜摘みの茶葉で淹れた緑茶」、こう書くと、本当に美味しそうなお茶になる気がしますね。思わず、喉が鳴って仕舞います。
posted by 三上和伸 at 15:03| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の歳時記 交通広告の日 2021.05.02

五(こ)・二(つう)の語呂合わせにより、今日は交通広告の日と決められました。1993年の事でした。

駅構内や電車・バスの車内に掲示される交通広告、様々な商品や会社、また月刊誌乃至週刊誌の広告などが掲示されています。公共交通機関利用の通勤通学時、一番関心があったのが、週刊誌の広告で、記事のラインナップが気になりました。ちょっとした一時の隙間の時間の読み物でした。興味をそそられる記事が掲載されている週刊誌は、大抵、降車駅の売店で買いました。まあ三面記事ですが、仕事の合間の暇潰しに、丁度良い文面が並んでいました。
posted by 三上和伸 at 14:38| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月01日

私の歳時記 八十八夜 2021.05.01

八十八夜は暦の上では雑節で、立春を起点(1として)として88日目を指します。正しい季節の把握のため、暦に雑節が設けられて、国民に正しい季節の認識を促しています。夏も近づく八十八夜と言われ、季節の変わり目で、昔は遅霜の心配があり、八十八夜の遅霜などと言われていました。農家にとって八十八夜の雑節は、五穀豊穣の大切な戒めであったのです。この戒めで、この節を上手く乗り切れば、秋に黄金の稲穂が実ります。

この日に摘まれたお茶は上物とされ、この頃は盛んに茶摘みがなされる季節です。茶摘みの作法などは知りませんが、若葉の季節は新芽の季節でもあります。従って瞬時に新芽を選んで、摘まなければなりません。茶の木の新芽、素晴らしく美味そうですよね。お茶ばかりでなく、新芽の天婦羅も美味しいらしいです。
posted by 三上和伸 at 13:45| 私の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする